説明

アディポネクチン上昇作用を有する亜鉛有機錯体

【課題】 天然物由来で副作用もなく、長期連用においても安全性が高く、血清アディポネクチン濃度を上昇させることにより、糖尿病ならびに心臓病の予防および/または治療が行える組成物を提供する。
【解決手段】 本発明は、アリキシン、トロポロン、サリチル酸及びそれらの誘導体からなる化合物を配位子として含有する亜鉛有機錯体を用いて、血清アディポネクチン濃度を上昇させるための薬剤および栄養機能食品とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、亜鉛有機錯体を有効成分とし、体内、特に血中のアディポネクチン濃度を上昇させ、糖尿病ならびに心臓病を予防し、さらにはこれらの疾患を治療する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞から放出され細胞相互作用を媒介することにより生体の働きを制御するサイトカインとして、最近アディポネクチンが同定され、その不足が肥満を伴った2型糖尿病、心臓病、および動脈硬化などの生活習慣病の発症と密接に係わり合いがあることが明らかになった。
【0003】
血液を全身に送り届けている血管は、血圧の増減、血中の脂質、および血糖値の上昇などにより絶えず傷つけられている。脂肪細胞から分泌されるアディポネクチンは、血液中を流れながら、血管の傷を修復する働きを担っていることが明らかとなっている(非特許文献1)。さらに、糖尿病の要因であるインスリン抵抗性を改善させる働きも報告されており(非特許文献2)、糖尿病、心臓病、および動脈硬化の治療または予防の重要な因子であることが分かってきている。さらにアディポネクチンは、B細胞系の細胞増殖抑制作用を利用した抗炎症作用や単球系細胞の増殖抑制作用を有することも報告されている。他にも、正常肝細胞増殖促進効果による肝線維化抑制作用や糖尿病モデル動物の血糖値低下作用などが実験的に証明されている(特許文献1〜2、非特許文献3)。
【0004】
最近、ペルオキシゾーム増殖促進受容体ガンマ(PPARγ)アゴニストであるチアゾリジン誘導体が、血中アディポネクチン濃度を上昇させ、インスリンの感受性を高めることが報告されている(非特許文献4)が、日常的に摂取でき、血中アディポネクチン濃度を上昇させる微量元素およびその有機錯体はこれまでに報告されていない。
【0005】
これらの状況下、本発明者らは、種々の検討を行った結果、亜鉛有機錯体に目的の生物活性を発見し、本発明を完成した。亜鉛イオンにはコレステロール低下作用、抗酸化作用などが知られているが、高容量を必要とする報告が多く、生理的な濃度で作用を発現させることは難しいとされている(非特許文献5)。そのため、本発明においては、亜鉛イオンよりも毒性が低く、ほど良い安定性をもち、ほど良い脂溶性をもつ亜鉛有機錯体を合成し、アディポネクチンを上昇させる化合物を提供することを目的とする。
【0006】
本発明で使用する配位子であるアリキシン、トロポロン、およびサリチル酸はそれぞれ大蒜、ヒノキ、およびヤナギの葉や樹皮から得られる天然物由来の物質であり(非特許文献6〜7、特許文献3)、それらの誘導体も安全性が高いことが示唆され、これら配位子をもつ亜鉛有機錯体は、低毒性で高活性な作用が期待される。
【0007】
【非特許文献1】松澤佑次、さかえ、2005年8月号、pp18−23.
【非特許文献2】C.Weyeret et al.,J.Clin.Endocrinol.Metab.,86,1930(2001).
【非特許文献3】日生下亜紀 等,Mebio,22,6(2005).
【非特許文献4】N.Maeda et al.,Diabetes,50,2094(2001).
【非特許文献5】A.Shisheva et al.,Diabetes,41,982(1992).
【非特許文献6】Y.Kodera et al.,Chem.Pharm.Bull.,37,1656(1989).
【非特許文献7】T.Hedner and B.Everts, Clin.Rheumatol.,17,17(1998).
【特許文献1】特願平11−61085
【特許文献2】特開2002−363094
【特許文献3】特開平7−135987
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、天然物由来の配位子を有する亜鉛有機錯体を用い、副作用が無く、長期連用においても安全性に優れ、血中アディポネクチン濃度を上昇させることにより、糖尿病ならびに心臓病の予防および/または治療する組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そのような課題を克服するために、本発明者らは、亜鉛イオンよりも毒性が低く、ほど良い安定性をもち、ほど良い脂溶性をもつ、アリキシン、トロポロン、サリチル酸およびそれらの誘導体を配位子にもつ亜鉛有機錯体が、血中アディポネクチン濃度を上昇させるという新しい効能を見出し、糖尿病ならびに心臓病の予防および/または治療可能な薬剤および栄養機能食品として、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明者らは、動物実験によって、アリキシン、トロポロン、サリチル酸およびそれらの誘導体を亜鉛イオンに配位させることで、亜鉛の吸収性を高めると同時に、血中アディポネクチン濃度を上昇させることを確かめた。
この発明が解決しようとしている課題は、前記、亜鉛有機錯体を有効成分として含有する組成物であり、糖尿病ならびに心臓病を予防および/または治療するための組成物に関する。
本発明の組成物は、前記した亜鉛有機錯体のほかに、さらに製薬上および栄養学上許容される単体およびそれらの混合物を含有してなる組成物が好ましい。
【0011】
本発明は、亜鉛と錯体を形成し得る有機化合物と亜鉛源とを含んでなる薬剤および栄養機能食品に関する。亜鉛と錯体を形成し得る有機化合物としては、例えば、一般式(1)〜(3)の他に、芳香環や硫黄を有する有機物類等が好ましいものとして挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0012】
本発明で用いられる亜鉛源としては、ヒトおよび/または他の動物への投与に好適な亜鉛源であればどのようなものでもよいが、例えば、亜鉛の鉱産塩や亜鉛有機錯体などが好ましいものとして挙げられる。亜鉛の鉱産塩としては、例えば、酢酸亜鉛、塩化亜鉛、硫酸亜鉛、硝酸亜鉛、水酸化亜鉛等が挙げられる。なお、亜鉛源として亜鉛の鉱産塩を使用した場合には、pH調整剤として、例えば、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム、水酸化リチウム、水酸化バリウム等の塩基性水溶液や、クエン酸緩衝液、リン酸緩衝液等の緩衝液を併用してもよい。
本発明にかかる薬剤および栄養機能食品の形状は、粉末状、顆粒状、錠剤型、カプセル、液状、ゲル状、その他いずれのものでもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係る、亜鉛と錯体を形成し得る有機化合物と亜鉛源とを含んでなる薬剤および栄養機能食品は、亜鉛イオンよりも毒性が低く、ほど良い安定性をもち、ほど良い脂溶性をもち、かつ血中アディポネクチン濃度上昇効果をもつ亜鉛有機錯体で、糖尿病および心臓病を予防および/または治療する組成物として大いに期待されるものである。
また、本発明の亜鉛有機錯体は、長期間の摂取においても、実質的な副作用を伴わず、安全である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下の製造例および実施例は、この発明を説明するために示したものであり、本発明はこれらの実施例や試験例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0015】
ビス(アリキシン)/亜鉛錯体([Zn(alx)])は、Adachiらの方法に従って合成した。また本化合物は、腹腔内投与により血糖値降下作用が報告されている。(非特許文献8)
【0016】
【非特許文献8】Y.Adachi,and H.Sakurai,J.Biol.Inorg.Chem.,9,885(2004).
【実施例2】
【0017】
Bis(1,6−dimethyl−3−hydroxy−5−methoxy−2−pentyl−1,4−dihydropyridine−4−thionato)zinc錯体(ビス(S−アリキシンN−メチル)/亜鉛錯体([Zn(sanm)])の合成は、水中で水酸化リチウム存在下硫酸亜鉛と配位子をモル比1:2で混合し、析出した固体をろ別洗浄することによって合成した。IRスペクトル(KBr): 2957、2928、2859、1601 and 1552 cm−1、元素分析値、C:53.92、H:7.22、N:4.69、Zn(C1320NS)・0.5HOに対する計算値、C:53.55、H:7.09、N:4.80、質量分析値:m/z:[M+H]=573
【実施例3】
【0018】
ビス(ヒノキチオール)/亜鉛錯体([Zn(hkt)2])は、Barretらの方法に従って合成した。(非特許文献9)
【0019】
【非特許文献9】M.C.Barret et al.,Inorg.Chem.,40,4384(2001).
【実施例4】
【0020】
ビス(アスピリン)/亜鉛錯体([Zn(asp)])は、Singlaら、および小嶋らによって合成され、腹腔内投与において、血糖値降下作用が報告されている。(非特許文献10、特許文献4参照)
【0021】
【非特許文献10】K.Singla and H.Wadhwa,Int. J.Pharmaseutics,108,173(1994).
【特許文献4】特開2004−155766(薬理試験例1)
【0022】
血清中のアディポネクチン濃度の評価には、2型糖尿病モデル動物のKK−Aマウスを用いた。KK−Aマウスに一日一回、14日間腹腔内に3 mg Zn/kg体重となるように、もしくは、24日間経口的に15 mg Zn/kg体重となるように、各種亜鉛有機錯体を投与した。錯体投与時には、体重、摂餌量、摂水量の変化も同時にモニターした。投与終了後、眼窩採血により血液を採取し、ERISA法により血清アディポネクチン濃度の測定を行った。
錯体投与群として、ビス(ヒノキチオール)/亜鉛錯体、[Zn(hnk)]を腹腔内投与したときの血糖値変化と血清アディポネクチン濃度を図1に、ビス(アリキシン)/亜鉛錯体([Zn(alx)])、ビス(S−アリキシンN−メチル)/亜鉛錯体([Zn(sanm)])、およびビス(アスピリン)/亜鉛錯体([Zn(asp)])を経口投与した時の血糖値変化と血清アディポネクチン濃度を図2および図3に示す。
【0023】
図1から図3に示すように、本発明に係わる亜鉛有機錯体を投与することにより、錯体を投与していない群と比較して、血糖値は低下していた。さらに、血清アディポネクチン濃度に関しても、錯体を投与することにより上昇していた。
以上の結果より、本発明で提案された亜鉛有機錯体は、血清アディポネクチン濃度を上昇させることから、糖尿病ならびに心臓病を予防し、あるいはこれらの疾患の症状を改善する点において、極めて有用である。
【0024】
特に亜鉛は、味覚異常、皮膚疾患など種々の疾患との係わりが指摘されており、近年のサプリメントブームに乗じて急速に普及し、現在では広く利用されている栄養素の一つである。さらに、平成16年3月には、健康増進法施行規則の一部を改正する省令、栄養機能食品表示に関する基準の一部を改正する件および栄養表示基準の一部を改正する件がそれぞれ公布され、「栄養機能食品」及び「栄養成分の補給ができる旨の表示」の対象成分に同年4月1日から亜鉛が追加されることになり、基準量の範囲内の摂取であれば、長期にわたり摂取しても安全性が高いことが担保される事になった。従って、本発明で使用する亜鉛有機錯体も安全性が高いことが推測され、薬剤および栄養機能食品として、一般生活で馴染みがある亜鉛を使用することは、不快感や不安感を与えることなく、安心して摂取される素地となり、予防的な摂取も抵抗無く受け入れられることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明に係わるビス(ヒノキチオール)/亜鉛錯体、[Zn(hnk)]を、一日一回14日間腹腔内投与したときの血糖値降下作用と血清アディポネクチン濃度を示したものである。錯体非投与群(control;◆)、[Zn(hnk)]投与群(□)。p<0.05 vs. control, **p<0.01 vs. control
【図2】本発明に係わるビス(アリキシン)/亜鉛錯体、[Zn(alx)]、およびビス(S−アリキシンN−メチル)/亜鉛錯体、[Zn(sanm)]を、一日一回24日間経口投与したときの血糖値降下作用と血清アディポネクチン濃度を示したものである。錯体非投与群(control;○)、[Zn(alx)]投与群(□)、[Zn(sanm)]投与群(▲)。p<0.05 vs. control
【図3】本発明に係わるビス(アスピリン)/亜鉛錯体、[Zn(asp)]を一日一回24日間経口投与したときの血糖値降下作用と血清アディポネクチン濃度を示したものである。錯体非投与群(control;○)、[Zn(hnk)]投与群(■)。p<0.05 vs. control

【特許請求の範囲】
【請求項1】
亜鉛と錯体を形成し得る、アリキシン、トロポロン、サリチル酸およびそれらの誘導体からなる有機化合物を配位子とする亜鉛源とを含んでなる、血清アディポネクチン上昇作用を有する組成物。
【請求項2】
亜鉛源が亜鉛の鉱産塩又は有機錯体である請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
医薬品である、請求項1に記載の組成物。
【請求項4】
栄養機能食品である、請求項1に記載の組成物。
【請求項5】
アリキシン類が、次式の一般式(1)
【化1】

(式中、Rは、酸素および硫黄を示し、Rは、炭素、酸素、硫黄、窒素、3級アミンを示す。)で表される誘導体。
【請求項6】
トロポロン類が、次式の一般式(2)
【化2】

(式中、Rは、低級アルコキシ基、又は低級アルキル基を示す。)で表される誘導
【請求項7】
サリチル酸類が、次式の一般式(3)、
【化3】

(式中、Rは、水酸基、低級アルコキシ基、又は低級アルキル基で置換されてもよいアミノ基を示し、RおよびRは、各々独立して水素、アセチル基、低級アルコキシ基、低級アルキル基、ニトロ基又は水酸基を示す。)で表されるベンゼン環を有する誘導体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−137857(P2007−137857A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−336898(P2005−336898)
【出願日】平成17年11月22日(2005.11.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 第55回日本薬学会近畿支部総会・大会、日本薬学会近畿支部主催、平成17年10月29日
【出願人】(305029830)
【Fターム(参考)】