説明

アディポネクチン増加剤

【課題】優れたアディポネクチン発現増加作用を有するアディポネクチン増加剤の提供。
【解決手段】一般式(1)


(式中、Aは炭素原子又は窒素原子を示す)
で表される含窒素芳香族カルボン酸又はその薬学的に許容される塩を有効成分とするアディポネクチン増加剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なアディポネクチン増加剤に関する。
【背景技術】
【0002】
アディポネクチン(adiponectin)は、主に脂肪細胞から分泌される因子(アディポカイン)であるが、近年インスリン抵抗性改善作用や抗動脈硬化作用があることが報告されている(非特許文献1)。アディポネクチン以外のアディポカインとして、TNF-α(tumor necrosis factor α)、レジスチン、遊離脂肪酸、PAI-1(plasminogen activator inhibitor 1)などが知られているが、これらはいずれもインスリン抵抗性を惹起することが明らかになっている。アディポネクチンは多くのアディポカインとは異なりインスリン抵抗性を改善する善玉アディポカインであることから、最近、非常に注目されている。
【0003】
アディポネクチンはその作用だけではなく、血中アディポネクチン量の低下が糖尿病発症の予知マーカーになることも臨床データとして示されている(非特許文献2)。また、血中アディポネクチン量は肥満度と逆相関を示すことが報告されており(非特許文献3)、肥満によるインスリン抵抗性、糖尿病、動脈硬化症、循環器疾患の発症、増悪においてアディポネクチンの低下が重要な役割を果たしていると推察されている。実際、血中アディポネクチンが低いほど心筋梗塞の発症リスクが高くなることが明らかになっている。さらに最近、血中アディポネクチン量が骨密度と正相関することが報告され(非特許文献4)、アディポネクチンを増加させることにより骨密度の低下を予防・改善できることが示唆されている。
【0004】
アディポネクチン発現量を評価するin vitro 試験系はいくつか確立されており、例えば、脂肪前駆細胞株である3T3-L1細胞を分化させた系が知られている。この系において、TNF-α、インスリン、グルココルチコイド受容体アゴニストであるデキサメタゾンなどの添加でアディポネクチン発現量が低下することが報告されている(非特許文献5)。また、グルココルチコイドの添加によってもアディポネクチン発現量が低下すること、一方、悪玉アディポカインであるPAI-1の分泌は増加することが報告されている(非特許文献6)。さらに、ヒト臨床試験においてグルココルチコイドの投与により、血中アディポネクチンが低下することが報告されている(非特許文献7)。このことから、グルココルチコイド自体がアディポカインの異常を引き起こし、アディポネクチン発現・分泌に影響を与えると考えられている。
【0005】
グルココルチコイドは、また、肥満における脂肪細胞機能異常にも関与していることもわかってきた。不活性型のグルココルチコイド(cortisone)を活性型(cortisol)に変換する酵素はHSD1(11β-hydroxysteroid dehydrogenase 1)であるが、肥満度と脂肪組織でのHSD1の発現量の間に正の相関があることが明らかとなっている(非特許文献8)。さらにHSD1のノックアウトマウスはメタボリックシンドロームが発症し難いことがわかっており(非特許文献9)、脂肪細胞で過剰産生されるグルココルチコイドがメタボリックシンドロームの発症要因のひとつになっていることが示唆されている。
【0006】
以上のことから、脂肪細胞を用いたin vitro 試験系において、デキサメタゾン、グルココルチコイドの添加によってもアディポネクチン発現量を増加させる物質は、アディポネクチン発現を増加させる物質として有用であり、ひいては動脈硬化症、糖尿病、高血圧症などの各疾病や、各種生活習慣病の上流に位置するメタボリックシンドローム、骨密度の低下などの予防・改善に有用であると考えられる。
【0007】
一方、オロチン酸は哺乳動物のミルク中から検出され(非特許文献10)、ラットに投与すると脂肪肝を誘発することが知られている(非特許文献11)。また、オキソン酸は抗癌剤である5−FU類の副成分として配合され、抗癌剤による消化管障害を緩和する作用を有することが知られている(非特許文献12)。また、オキソン酸はウリカーゼを阻害することによってラットなどの血中尿酸値を上昇させることが知られている(非特許文献13)。
しかしながら、これら両化合物がアディポネクチンに対して与える影響については全く知られていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Kadowaki, T.et al.:J. Clin. Invest., 116:1784.1792 (2006).
【非特許文献2】Spranger, J. et al.: Lancet., 361:226-228 (2003).
【非特許文献3】Arita, Y. et al.: Biochem. Biophys. Res. Commun., 257:79-83 (1999).
【非特許文献4】Richards, JB. et al.: J. Clin Endocrinol Metab., 92:1517-23 (2007)
【非特許文献5】Fasshauer. et al.: Biochem. Biophys. Res. Commun. 290:1084-1089 (2002).
【非特許文献6】Ayachi S EI., et al.: J Thromb Haemost., 4:621-627 (2006)
【非特許文献7】Fallo F., et al.: Eur J Endocrinol., 150: 339-344 (2004)
【非特許文献8】Masuzaki H., et al.: J Jpn Coll Angiol, 46: 345-351 (2006)
【非特許文献9】Kotelevtsev Y, et al.: Proc Natl Acad Sci USA, 94: 14924-14929 (1997)
【非特許文献10】Hallanger LE, et al.: J Biol Chem., 202: 83-89 (1953)
【非特許文献11】Su GM, et al.: J Pharmacol Exp Ther.,291:953-959(1999)
【非特許文献12】Yoshisue K, et al.: Cancer Chemother Pharmacol.,46:51-56 (2000)
【非特許文献13】Newburger J, et al.: J Pharm Sci.,68:651-652 (1979)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、優れたアディポネクチン発現増加作用を有するアディポネクチン増加剤を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、アディポネクチン発現において有効な成分の探索を行った結果、下記一般式(1)で表される含窒素芳香族カルボン酸が、優れたアディポネクチン増加作用を示すことを見出した。
すなわち、本発明は、次の一般式(1)
【0011】
【化1】

【0012】
(式中、Aは炭素原子又は窒素原子を示す)
で表される含窒素芳香族カルボン酸又はその薬学的に許容される塩を有効成分とするアディポネクチン増加剤を提供するものである。
【発明の効果】
【0013】
本発明のアディポネクチン増加剤を用いれば、血中のアディポネクチン発現量を増加させることができ、その発現を増加することに有用性があると考えられる各種疾病、例えば低アディポネクチン血症、耐糖能障害、糖尿病、2型糖尿病、インスリン抵抗性症候群、糖尿病合併症、高血糖症、動脈硬化症、アテローム性動脈硬化症、心臓血管疾患、脳血管障害、血管狭窄、末梢血管疾患、動脈瘤、高脂血症、高コレステロール血症、肥満、メタボリックシンドローム、骨密度の低下などの予防・改善を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】脂肪細胞におけるオキソン酸とオロチン酸のアディポネクチン発現増加効果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明で用いる含窒素芳香族カルボン酸(1)としては、下記式(1a)
【0016】
【化2】

【0017】
で表されるオロチン酸と、下記式(1b)
【0018】
【化3】

【0019】
で表されるオキソン酸が挙げられる。
【0020】
オロチン酸は哺乳動物のミルク中から検出される成分であり、脂肪肝ラットモデル作成用試薬として利用されている。オロチン酸は、工業的には発酵法又は化学合成によって製造され、市販品として容易に入手することができる。
【0021】
また、オキソン酸は、抗癌剤である5−FU類により生じる炎症の発生抑制剤として、また高尿酸血症モデル作成用試薬として利用されている化合物である。オキソン酸は、市販品として容易に入手することができる。
オロチン酸とオキソン酸にはケト−エノール互変異性体が存在し、本願発明においてはそれら異性体も当然に包含される。
【0022】
含窒素芳香族カルボン酸(1)の薬学的に許容される塩としては、例えばナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩;カルシウム塩、マグネシウム塩等のアルカリ土類金属塩;アルギニン、リシン等のアミノ酸塩;塩酸、硫酸、リン酸のような鉱酸の酸付加塩;酢酸、シュウ酸、コハク酸、マレイン酸、フマル酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、マロン酸、メタンスルホン酸、安息香酸のような有機酸の酸付加塩を挙げることができる。これらのうち、特にアルカリ金属塩が好ましい。また、上記含窒素芳香族カルボン酸又はその薬学的に許容される塩は水和物の形態であってもよい。
【0023】
本発明のアディポネクチン増加剤は、後記実施例に示すように、脂肪細胞を用いたin vitro 試験系において優れたアディポネクチン発現増加作用を示した。
アディポネクチン発現増加効果は、脂肪細胞を用いたin vitro 試験系において、前述したようにアディポネクチンの発現・分泌を抑制すると考えられているグルココルチコイドの影響下においてもアディポネクチン発現量が増加するかを指標として評価できる。
従って、本発明のアディポネクチン増加剤は、アディポネクチン分泌を増加することが有用であると考えられる各種疾病、例えば低アディポネクチン血症、耐糖能障害、糖尿病、2型糖尿病、インスリン抵抗性症候群、糖尿病合併症、高血糖症、動脈硬化症、アテローム性動脈硬化症、心臓血管疾患、脳血管障害、血管狭窄、末梢血管疾患、動脈瘤、高脂血症、高コレステロール血症、肥満、メタボリックシンドローム、骨密度の低下などの予防又は改善剤(以下、「アディポネクチン増加剤等」)として使用でき、さらにこれらの剤を製造するために使用することができる。
【0024】
斯かるアディポネクチン増加剤等は、例えば低アディポネクチン血症、耐糖能障害、糖尿病、2型糖尿病、インスリン抵抗性症候群、糖尿病合併症、高血糖症、動脈硬化症、アテローム性動脈硬化症、心臓血管疾患、脳血管障害、血管狭窄、末梢血管疾患、動脈瘤、高脂血症、高コレステロール血症、肥満、メタボリックシンドローム、骨密度の低下の予防又は改善等の各効果を発揮する、ヒト若しくは動物用の医薬品、医薬部外品、食品、機能性食品として使用することができる。そして、当該アディポネクチン増加剤等は、例えば低アディポネクチン血症、耐糖能障害、糖尿病、2型糖尿病、インスリン抵抗性症候群、糖尿病合併症、高血糖症、動脈硬化症、アテローム性動脈硬化症、心臓血管疾患、脳血管障害、血管狭窄、末梢血管疾患、動脈瘤、高脂血症、高コレステロール血症、肥満、メタボリックシンドローム、骨密度の低下の予防又は改善をコンセプトとし、必要に応じてその旨を表示した食品、機能性食品、病者用食品、特定保健用食品に応用できる。
【0025】
本発明のアディポネクチン増加剤等を、医薬品として使用する場合、任意の投与形態で投与され得る。投与形態としては、経口、経腸、経粘膜、注射等が挙げられる。経口投与のための製剤の剤型としては、例えば錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤等が挙げられる。非経口投与としては、静脈内注射、筋肉注射剤、坐剤、吸入薬、経皮吸収剤、点眼剤、点鼻剤等が挙げられる。
【0026】
また、斯かる製剤では、本発明の含窒素芳香族カルボン酸又はその薬学的に許容される塩と、薬学的に許容される担体とを組み合わせて使用してもよい。斯かる担体としては、例えば、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、希釈剤、浸透圧調整剤、pH調整剤、乳化剤、防腐剤、安定剤、酸化防止剤、着色剤、紫外線吸収剤、保湿剤、増粘剤、光沢剤、活性増強剤、抗炎症剤、殺菌剤、矯味剤、矯臭剤、増量剤、界面活性剤、分散剤、緩衝剤、保存剤、香料、被膜剤等が挙げられる。
【0027】
これらの投与形態のうち、経口投与が好ましく、経口投与用製剤として用いる場合の該製剤中の本発明の含窒素芳香族カルボン酸又はその薬学的に許容される塩の含有量は、通常、製剤全質量の0.01〜20質量%であり、0.5〜5質量%であるのが好ましい。
【0028】
上記製剤の投与量は、患者の状態、体重、性別、年齢又はその他の要因に従って変動し得るが、経口投与の場合の成人1人当たりの1日の投与量は、通常、含窒素芳香族カルボン酸又はその薬学的に許容される塩として1〜2000mg、10〜1000mg、50〜500mgがより好ましい。また、上記製剤は、任意の投与計画に従って投与され得るが、1日1回〜数回に分けて投与することが好ましい。
【0029】
本発明のアディポネクチン増加剤等を、食品として使用する場合、その形態は、固形、半固形または液状であり得る。食品の例としては、パン類、麺類、菓子類、ゼリー類、乳製品、冷凍食品、インスタント食品、でんぷん加工製品、加工肉製品、その他加工食品、飲料、スープ類、調味料、栄養補助食品等、およびそれらの原料が挙げられる。また、上記の経口投与製剤と同様、錠剤形態、丸剤形態、カプセル形態、液剤形態、シロップ形態、粉末形態、顆粒形態等であってもよい。
【0030】
種々の形態の食品を調製するには、含窒素芳香族カルボン酸又はその薬学的に許容される塩を単独で、又は他の食品材料や、溶剤、軟化剤、油、乳化剤、防腐剤、香科、安定剤、着色剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、保湿剤、増粘剤等を適宜組み合わせて用いることができる。
【0031】
また、食品中における含窒素芳香族カルボン酸又はその薬学的に許容される塩の含有量は、その使用形態により異なるが、通常、飲料の形態では、通常0.001〜2質量%であり、0.002〜1質量%が好ましく、0.01〜0.5質量%がより好ましい。また、錠剤や加工食品などの固形食品形態では、通常0.01〜20質量%であり、0.02〜10質量%が好ましく、0.1〜5質量%がより好ましい。
【実施例】
【0032】
実施例1
[試験方法]
マウス脂肪前駆細胞株である3T3-L1細胞(ATCC社)を脂肪細胞に分化させた系で行った。基本培地はDMEM(高グルコース、インビトロジェン11965-092)を用いた。3T3-L1細胞を24穴プレートに7.5 x 103cell/wellで播種し、4日間通常培地(10%牛胎児血清/DMEM)中で培養した後、分化用培地1(1μMインスリン、0.5mMイソブチルメチルキサンチン、0.1μMデキサメタゾン、10%牛胎児血清/DMEM)中で3日間、さらに分化用培地2(1μMインスリン、10%牛胎児血清/DMEM)中で3日間、さらに通常培地中で3〜6日間培養した。
牛胎児血清を除いたDMEM培地に交換し、6時間培養した後、検体(オキソン酸;オキソン酸カリウム[シグマアルドリッチ156124]、オロチン酸;オロチン酸1水和物[和光純薬158-00392])及びデキサメタゾン(10nM)を添加しさらに16時間培養した。その後、回収した細胞よりRNA抽出キット(RNeasy mini kit[キアゲン])を用いてRNAの抽出を行った。抽出したTotal RNAはオリゴdTプライマー(インビトロジェン)とMMLV RT(インビトロジェン)で逆転写反応(37℃、1時間)を行い、cDNAを作製した。作製したcDNAはTaqMan(登録商標)プローブを用いたReal-Time PCR法によりアディポネクチン遺伝子発現量を測定した。なお、発現量はβ-Actin遺伝子量で補正し、相対値で示した。TaqMan(登録商標)プローブおよびプライマーはアディポネクチン用としてTaqMan(登録商標) Gene Expression Assays(ABI社、Assay ID;Mm00456425_m1)、β-Actin用として4352341E(ABI社)を用いた。グラフの値は平均値±標準誤差で示した。
【0033】
[結果]
グルココルチコイド受容体アゴニストであるデキサメタゾンを添加したコントロール群では、デキサメタゾン非添加群に比べてアディポネクチンmRNA発現量は低下した。
これに対し、オキソン酸、オロチン酸を添加した群では、コントロール群に比べていずれもアディポネクチンmRNA発現量は増加した。特に、オキソン酸(10μM)、オロチン酸(10μM、100μM)を添加した群では有意に増加した。なお、オキソン酸1μM、100μM及びオロチン酸1μM添加によっても増加する傾向が認められた(図1)。
この結果から、本発明のアディポネクチン増加剤は、血中アディポネクチン発現を有意に増加させることができることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(1)
【化1】

(式中、Aは炭素原子又は窒素原子を示す)
で表される含窒素芳香族カルボン酸又はその薬学的に許容される塩を有効成分とするアディポネクチン増加剤。

【図1】
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【公開番号】特開2010−189283(P2010−189283A)
【公開日】平成22年9月2日(2010.9.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−32670(P2009−32670)
【出願日】平成21年2月16日(2009.2.16)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】