説明

アパタイト膜の製造方法

【課題】 生体親和性に優れるアパタイトを主成分とする膜および該膜を有する部材を極めて簡単で作業性の良い工程で提供すること。
【解決手段】 極性溶媒中にカルシウム化合物とリン化合物を含有する溶液組成物、もしくはリン酸カルシウム化合物およびアパタイトを極性溶媒に溶解した溶液組成物で、含有するCa/P比が1.0〜3.0に制御した該溶液組成物を基材表面にコートした後、熱処理する工程、または加熱した基材上に該溶液組成物をコートすることにより作成できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アパタイト、特にアパタイト膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒドロキシアパタイト(Ca10(PO(OH))は、生体硬組織の代替材料に代表されるセラミックスである。現在、人工歯根、人工骨、人工関節、骨補填材として歯科医療や外科医療の分野のみならず日用品に至るまで広く使用されている。
【0003】
近年、体内に埋入後、早期に骨と結合して治療期間を短縮できる人工歯根、人工骨、人工関節等の医療用インプラント材料の需要が高まっている。これらの表面には高い生体親和性を持つヒドロキシアパタイトやリン酸カルシウム化合物がコーティングされてある。これらの医療用インプラント製品の需要増加に伴い、チタンやチタン合金等の基材表面に高純度のヒドロキシアパタイトやリン酸カルシウム化合物をコーティングする研究が行われている。
【0004】
コーティング方法としては、プラズマ溶射法、フレーム溶射法、スパッタ法、レーザーアブレーション法、噴霧熱分解法、ゾルゲル法、熱分解法等が主に知られている。
【0005】
例えば、物理的なコーティング方法に代表されるプラズマ溶射法は、原料のヒドロキシアパタイトを10000℃といった高温で半融解した状態で100〜200m/sの高速で基材上に打ち付けて成膜し、高速フレーム溶射法は2950℃の酸素プロピレン炎の中に1350m/sの速さでヒドロキシアパタイトの粒子を導入して基材上に打ち付けて成膜する(例えば、非特許文献1参照。)。
【0006】
スパッタ法は、非特許文献2に示されるように、ヒドロキシアパタイトの作製は容易ではない。
【0007】
また、噴霧熱分解法では、硝酸カルシウムとリン酸一水素アンモニウムおよび硝酸等を含有した溶液を加熱したアルミナ基板に噴霧して溶媒の蒸発と不要成分の熱分解を同時に行いながら製膜する。製膜後、水蒸気雰囲気下1200℃で加熱してアパタイト膜を形成する(例えば、非特許文献3参照。)。
【0008】
また、溶液プロセスでは、硝酸カルシウムとリン酸一水素アンモニウムと尿素を含有した水溶液中に200℃に加熱したチタン板を浸漬後、擬似体液に移し浸漬することによりアパタイト薄膜を作成する方法がある(例えば、特許文献1参照。)。
【0009】
その他、化学的な方法に代表されるゾルゲル法(例えば、特許文献2参照。)や、熱分解法(例えば、特許文献3参照。)は、各々の溶液をコート、熱処理することによる膜作製方法であり、また最近、アルキルアミンとエチレンジアミンN,N,N’,N’四酢酸のカルシウム塩をアルコール中で反応させて得られた均一溶液中に、リン酸やリン酸化合物をヒドロキシアパタイトの化学量論比で添加して合成したアルコール溶液を用いて、コート、熱処理することによりヒドロキシアパタイトの薄膜を形成できる報告がある(例えば、特許文献4参照。)。ゾルゲル法のアルコキシド含有溶液と比較して液の安定が極めて高く、ディップ法、フローコート法、だけでなくスプレーコート法等のあらゆるコート法に対応できる。また、溶液法により基材の形状に依存せず、複雑な形状にも均一にコートできる有用な化学的製膜方法が報告されている。
【非特許文献1】宗宮重行,大野留治,金野正幸,木村脩七,角岡勉,松野陽太郎「セラミックスの機能と応用」技報堂出版、p.322−338(2002)
【非特許文献2】S.Nakamura,M.Ohgaki,T.Kobayashi,J.Hamagami and K.Yamashita,「Bioceramics,12」,p.467−470(1999)
【非特許文献3】山本哲兵,相沢守,板谷清司,末益博志,野末章,岡田勲「日本セラミックス協会年会講演予稿集 JST資料番号:X0505A Vol.1999」,page430(1999.03.25)
【特許文献1】特開平11−323570号公報
【特許文献2】特開昭61−295215号公報
【特許文献3】特公平3−60502号公報
【特許文献4】特開2004−33589号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述の先行技術において、非特許文献1にあっては、ヒドロキシアパタイトの融点は1700℃より、作製した膜の一部に分解やガラス化が生じることがある。このためコート後に再結晶の工程が必要な場合もある。得られる膜の厚さは十〜数百μmとなり、亀裂、剥離等が起こりやすいといった問題点がある。また、形状が複雑なのものにコーティングすることは容易でない。
【0011】
また、非特許文献2で示されるスパッタ法では、ヒドロキシアパタイトのターゲットの作製が容易でない上、均質な膜を得ることは困難である。また、その成膜原理から1μm以上の膜厚のコーティングには多くの時間かかり、結晶化の為のアニールや水酸基を導入する工程が必要である。また、形状が複雑なのものにコーティングすることは容易ではない。
【0012】
そして、これらの製膜方法は、高温の熱処理工程を経るので、熱による基材の強度劣化が起こる可能性がある。また装置は非常に高価であり、大量生産において設備の初期投資が膨大になるといった問題もある。
【0013】
更に噴霧熱分解法では、製膜後の水蒸気処理が高温のためアルミナ等の高温に耐える素材に限定されるため、生体材料であるチタン材に適用することは難しい。また、大量生産には高温水蒸気処理を行うため大きなエネルギーが必要とするといった問題もある。
【0014】
また、溶液プロセスでは、擬似体液中の浸漬時間が数日〜十数日間かかるので、目的のアパタイトの膜厚になるまでには相当の時間が必要といった問題がある。
【0015】
そして、ゾルゲル法や熱分解法は、成膜方法は簡便で、ディップコートやスピンコートにより形状が複雑なのものにコーティングも可能である。装置も前述の物理的な製膜法と比べ安価であるといった特徴がある。
【0016】
しかしながら、特許文献2のゾルゲル法では、そのゾルゲル液は、金属アルコキシド、金属塩の加水分解における縮合物からなるので水に対する安定性が乏しく、複数の成分を混合する場合、各成分によって加水分解速度が異なる為、均一な溶液の調整は困難である。また、成膜時には温湿度の環境コントロールが必要であり、環境によって得られる膜の膜質が異なる問題がある。
【0017】
また、熱分解法の特許文献3では、酸化カルシウムを2−エチルヘキサン酸等の有機酸と反応させたものにリン酸化合物を加えアルコールで希釈して合成された均一溶液はゾルゲル液と比べて安定性が高いことが特徴で、コート、熱処理によりヒドロキシアパタイトの膜を作成する有用な製膜方法も報告されている。
【0018】
これら溶液を用いた化学的製膜法は、液の濃度を調整することにより膜厚を制御可能であるという特徴があるものの1回のコーティングによる膜厚は約0.5〜1μmが限度なので、目的の膜厚が数μmの場合、積層化する必要がある。このため、物理的な方法と比べて熱処理温度が低温な場合が多いが、積層回数分の熱処理工程が必要になり、基材の強度劣化が起こる可能性がある。また、化学的製膜法の多くは溶媒にアルコールや有機溶媒を多く用いており、溶質にも加水分解を調整する添加剤やカルシウムとリンを安定化させる様々な有機化合物が含まれている。このためコート時に、工程から出た余分な液が外部に流出しないような設備が必要であったり、換気設備が必要な場合もある。また、少量ではあるものの熱処理時に有毒な気体が発生する場合もある。更に、アパタイトの特徴でもある吸着力の高さから、熱処理が不十分な場合、燃え残りの有機成分が生成したアパタイトに吸着したまま有機成分が残存するといった問題もある。
【0019】
近年の低VOC化、低環境負荷の材料開発の流れから、化学的製膜法においても低公害の溶液開発が望まれる。医療用インプラント等に用いられているチタン材は、882℃以上の温度でα型からβ型に相転移が起こり、強度が著しく低下するので基材の強度劣化を防ぐためにも熱処理はなるべく低温かつ短時間であることが望まれる。
【0020】
以上のように、低VOC、環境低負荷の成分を用いて、基材の強度劣化が起きない低温度で強固なアパタイト膜を形成するのは一般に容易ではない。
【0021】
本発明は、上記課題を解決するものであり、環境低負荷の取り扱いやすい溶液組成物を用いてアパタイトの新規な製造方法を提供することを目的とする。
【0022】
また、本発明は、アパタイトを主成分とする膜と膜を有する該部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明は、以下の構成により上記課題を解決できる。
【0024】
(1)水、炭酸水、過酸化水素水、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等の極性溶媒で、それぞれ単独か、またはこれらの混合物である溶媒に、カルシウム化合物と、少なくともリン化合物とを加えることを特徴とするアパタイト膜の製造方法。
【0025】
(2)リン化合物が、リン酸化合物であることを特徴とする前記(1)記載のアパタイト膜の製造方法。
【0026】
(3)リン酸化合物が、リン酸、オルトリン酸、メタリン酸、二リン酸等のリン酸塩であることを特徴とする前記(2)記載のアパタイト膜の製造方法。
【0027】
(4)溶液は、溶質が沈殿が生じない程度の濃度に調整した溶液であることを特徴とする前記(1)記載のアパタイト膜の製造方法。
【0028】
(5)溶液中のカルシウムイオンとリン酸イオンの比(Ca/P)が1.0〜3.0であることを特徴とする前記(1)記載のアパタイト膜の製造方法。
【0029】
(6)アパタイトはハイドロキシアパタイトとハイドロキシアパタイト中のリン酸基と水酸基のどちらか、または両方が部分的に炭酸基に置換された含炭酸ヒドロキシアパタイトが、それぞれ単独か、またはこれらの混合物であることを特徴とする前記(1)記載のアパタイト膜の製造方法。
【0030】
(7)水、炭酸水、過酸化水素水、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等の極性溶媒で、それぞれ単独か、またはこれらの混合物である溶媒にリン酸カルシウム化合物を溶解することを特徴とするアパタイト膜の製造方法。
【0031】
(8)リン酸カルシウム化合物は、Ca(HPO・HO(第一リン酸カルシウム)、Ca(リン酸四カルシウム)、α−Ca(PO(α−第三リン酸カルシウム)、CaHPO(第二リン酸カルシウム)、Ca(PO・5HO(オクタリン酸カルシウム)、β−Ca(PO(β−第三リン酸カルシウム)、アパタイト等のそれぞれ単独か、またはこれらの混合物であることを特徴とする前記(7)記載のアパタイト膜の製造方法。
【0032】
(9)前記(1)ないし(8)のいずれかの項に記載の方法により作製されることを特徴とするアパタイト膜。
【0033】
(10)前記(1)ないし(8)のいずれかの項に記載の方法により作製されることを特徴とするアパタイトを主成分とする膜を有する部材。
【発明の効果】
【0034】
本発明はカルシウム化合物を含有する極性溶媒溶液とリン化合物を含有する溶液組成物、もしくはリン酸カルシウム化合物およびアパタイトを極性溶媒に溶解した溶液組成物で、含有するCa/P比が1.0〜3.0に制御した該溶液組成物を基材表面にコートした後、熱処理する工程、または加熱した基材上に該溶液組成物をコートするといった極めて簡単で作業性の良い工程で、亀裂、剥離、およびピンホール等の欠陥の無いアパタイト膜を主成分とする膜および該膜を有する部材が基材の形状、形態によらず得られることがわかった。その結果、高い生体親和性を要求される医療用インプラント材料などの医療器具や、装飾品の製造に適応できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0035】
本発明では、カルシウム化合物を含有する極性溶媒溶液とリン化合物を含有する溶液組成物、もしくはアパタイトおよびリン酸カルシウム化合物を極性溶媒に溶解した溶液組成物からアパタイトを主成分とした膜と膜を有する該部材が作成される。
【0036】
本発明の第一に用いる溶液組成物は、カルシウム化合物を極性溶媒に溶解することにより得た極性溶媒溶液と、リン化合物とを混合することによって得られる。好ましくは、得られる溶液組成物は均一かつ透明である。
【0037】
本発明の第二に用いる溶液組成物は、リン酸カルシウム化合物およびアパタイトを極性溶媒に溶解した溶液組成物から得られる。好ましくは、得られる溶液組成物は均一かつ透明である。
【0038】
本発明に用いられる極性溶媒としては、水、炭酸水、過酸化水素水、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール等の低級アルコール、エチレングリコール、プロピレングリコール等のグリコール、エチレングリコールモノブチルエーテル、プロピレングリコールモノメチルエーテル等のグリコールエーテル等が挙げられるが、これらに限定されない。またこれらの極性溶媒は単独で用いてもよく、2種以上組み合わせても良い。
【0039】
本発明に用いられるカルシウム化合物としては臭化カルシウム、クエン酸カルシウム、塩化カルシウム、炭酸カルシウム、炭酸水素カルシウム、ヨウ化カルシウム、硝酸カルシウム、シュウ酸カルシウム、酢酸カルシウム、水酸化カルシウム、次亜リン酸酸カルシウム、ジメトキシカルシウム、ジエトキシカルシウム、ジプロポキシカルシウム、ジ−i−プロポキシカルシウム、ジ−i−ブトキシカルシウム、ジブトキシカルシウム、ジ−sec−ブトキシカルシウム等が挙げられるがこれらに限定されない。これらは単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせても良い。これらの化合物はカルシウム以外に水溶性金属イオンを含有しても構わないが、高純度なヒドロキシアパタイトを合成するためにはカルシウム以外の金属がないことが望ましい。
【0040】
本発明に用いられるリン化合物としては、オルトリン酸、メタリン酸、二リン酸、次リン酸、リン酸ジメチル、リン酸ジエチル、リン酸ジブチル、リン酸ジイソプロピルリン酸メチル、リン酸エチル、リン酸プロピル、リン酸イソプロピル、リン酸ブチル、リン酸ラウリル、リン酸ステアリル、リン酸2−エチルヘキシル、リン酸トリメチル、リン酸トリエチル、リン酸トリプロピル、リン酸トリ−i−ブチル、リン酸トリブチル、リン酸トリ−sec−ブチル、リン酸トリオクチル、リン酸トリクレジル、リン酸トリス(2−エチルヘキシル)、リン酸トリス(2−ブトキシエチル)、リン酸トリトル、亜リン酸ジエチル、亜リン酸トリメチル、亜リン酸トリエチル、ホスホノ酢酸、ホスホノ蟻酸、ホスホノプロピオン酸、トリフェニルホスフィンオキサイド、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二アンモニウム、リン酸テトラブチルアンモニウム、アデノシン一リン酸、アデノシン二リン酸、アデノシン三リン酸、イノシン酸、グアニル酸、ホスフィン酸等、およびその塩等が挙げられるがリン酸およびメタリン酸および亜リン酸および次亜リン酸化合物であればこれらに限定されるものではない。これらは単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせても良い。これらの化合物はカルシウム以外に水溶性金属イオンを含有しても構わないが、高純度なヒドロキシアパタイトを合成するためにはカルシウム以外の金属がないことが望ましい。
【0041】
リン化合物は、前記溶液組成物中のCa/P比が1.0〜3.0、より好ましくは1.0〜2.5となる様に添加される。この範囲を逸脱し、1.0を下回る場合ヒドロキシアパタイトが主成分となる膜は得られず、アパタイト以外のリン酸カルシウム化合物が主成分となる膜となり、好ましくない。また、2.5を上回るとアルカリ成分が過剰となり、生体親和性が低下する。
【0042】
前記の溶液組成物のpHが3〜13の範囲にあることが好ましい。より好ましくはpHが5〜10の範囲が好ましい。この範囲では基材の浸食が防げる上、溶液組成物のハンドリング性が良いという利点がある。この範囲を逸脱し、pHが3より小さい場合、酸性環境のため酸に弱いアパタイトは生成し難い上、結晶性の低いアパタイトしか生成されない。pHが13より大きい場合、溶質成分が加水分解を起こし水酸化物の沈殿物が生成して溶液が不均一になりコートに適さない。
【0043】
本発明に用いられる基材は、チタン、チタン合金、ステンレス合金、ニッケル−クロム合金、コバルト−クロム合金等の金属基材、高分子基材、ガラス基材、チタニア、アルミナ、ジルコニア等のセラミックス基材が挙げられる。当業者が溶液組成物をコートでき、熱処理温度以上の融点を持っている基材を任意に選択できる。また、基材の形状、形態、表面状態は問わず、表面が平滑でも粗でも良い。より具体的には、人工歯根、人工骨、人工関節等医療用インプラント器具、触媒材、触媒用担持材、吸着材、装飾品、日用品等が挙げられる。ここに例を挙げたが、これらに限定されない。
【0044】
得られた溶液組成物は基材にコートして熱処理、もしくは加熱した基材にコートしてアパタイト膜を形成する。コートの方法には制限が無く、当業者がアパタイト膜を製造するに際して、基材の形態、形状、表面状態に応じて適宜選択できる。用いるコート方法として、例えばスピンコート法、ディップコート法、スプレーコート法、フローコート法等を用いてコートされる。
【0045】
この様にコートした基材は50℃〜1200℃、好ましくは100℃〜1000℃、より好ましくは110℃〜600℃で熱処理される。また、前記の温度範囲に加熱した基材に溶液組成物をコートしてもよい。この範囲を逸脱し低温で熱処理すると、熱処理が不十分であり、重ね塗り等をした場合に剥離することがある。また高温で熱処理すると、生成したアパタイトの組成が変化しアパタイト以外にもβ−Ca(PO(β−第三リン酸カルシウム)等が生成することがある。なお、上記熱処理温度は例示であり、これらに限定されない。
【0046】
熱処理時間は当業者がコート材の種類やコート方法により適宜選択して設定することができる。例えば、10秒〜5時間、好ましくは5分〜2時間で行うことができる。また、加熱した状態の基材に溶液組成物をコートする場合、基材が前記の温度範囲を保ったまま溶液組成物をコートできる場合は熱処理とコート工程を同時に行うことができる。
【0047】
なお、上記熱処理時間は例示であり、これらに限定されない。
【0048】
本発明において、コート、熱処理の工程は1〜複数回行うことにより、または加熱基材上にコートを1〜複数回行うことにより、約10nmの薄膜から数十μmの厚膜を作製することができる。コート後、必要に応じて膜および膜を有する該部材を水で煮沸して洗浄と結晶性を向上させる処理をして製膜工程は完成する。当業者が溶液組成物の濃度、塗布方法、塗布条件を選択することにより、任意の膜厚のアパタイトを主成分とする膜および該膜を有する部材が得られる。上記のコート、熱処理工程は例示であり、これらに限定されない。
【0049】
本発明により得たアパタイトを主成分とする膜および該膜を有する部材は、そのまま使用しても良いし、基材との密着性の高さを利用して更に膜等を付与することも可能である。この場合の膜の種類、工法は問わない。また、上記使用方法については例示であり、これらに限定されない。
【0050】
本発明は上述の発明を実施するための最良の形態に限らず本発明の要旨を逸脱することなくその他種々の構成を採り得ることはもちろんである。
【0051】
以下に実施例を上げて本発明を説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0052】
1000mLのビーカーに1000mLのイオン交換水をスターラで撹拌しながら、炭酸カルシウム0.52g(5.20mmol)を加えて懸濁溶液を得た。この懸濁溶液に二酸化炭素をバブリングしながら3時間室温撹拌して完全に溶解した。
【0053】
得られた炭酸水素カルシウム水溶液中に50mLのイオン交換水で希釈した85%リン酸0.36g(ヒドロキシアパタイトの化学量論比(Ca/P=1.67)に対応する3.12mmolのリン成分)を添加して更に10分間室温で撹拌して透明な溶液組成物を得た。
【0054】
鏡面状に研磨(Ra=0.03μm)した後、洗浄した純度99%以上のチタン板をヒータ上で160−190℃に加熱したところにこの溶液組成物100mLを断続的にスプレーしてチタン板上に白色の膜を形成した。得られた膜の同定はマックサイエンス製のMXP−18AHF22を用いた薄膜X線回折測定と、Shimadzu社製FT−IR1600を用いた赤外線吸収スペクトル測定にて行った。その結果、薄膜X線回折測定からはヒドロキシアパタイトに帰属されるピーク以外には基板に由来するチタンのピークのみが観測された(図1)。赤外線吸収スペクトル測定からは水酸化物、リン酸、炭酸に帰属される吸収ピークのみが観察された(図2)。これらの結果から含炭酸ヒドロキシアパタイト膜が得られたことを確認した。膜厚の測定はDEKTAK−3の触針法にて測定を行った。その結果膜厚は約4μmであった。
【実施例2】
【0055】
実施例1で得た溶液組成物を未研磨のチタン板(Ra=0.23μm)に同様の条件でスプレーコートした。得られた膜の同定は実施例1と同じ薄膜X線回折測定と、赤外線吸収スペクトル測定にて行った。その結果、薄膜X線回折測定からはヒドロキシアパタイトに帰属されるピーク以外には基板に由来するチタンのピークのみが観測された(図3)。赤外線吸収スペクトル測定からは水酸化物、リン酸、炭酸に帰属される吸収ピークのみが観察された(図4)。これらの結果から含炭酸ヒドロキシアパタイト膜が得られたことを確認した。また、この膜を水中で5時間煮沸したが膜の剥離は起きなかった。
【0056】
作成した含炭酸ヒドロキシアパタイト膜の表面状態は日立製作所製S−4200型 電界放出型走査電子顕微鏡を用いた表面状態観察を行った。図5に未研磨のチタン基板表面の電子顕微鏡写真、図6にチタン基板上にコートした含炭酸ヒドロキシアパタイト膜の電子顕微鏡写真を示す。その結果、表面の粗い未研磨のチタン基板全面を含炭酸ヒドロキシアパタイトが隙間なく覆っていることが判明した。
【実施例3】
【0057】
実施例1で得た溶液組成物を、粒子径50μmのアルミナを用いてブラスト処理した後、洗浄したチタン板(Ra=0.65μm)に実施例1、2と同様の条件でスプレーコートした。得られた膜の同定は実施例1と同じ薄膜X線回折測定と、赤外線吸収スペクトル測定にて行った。その結果、実施例1、実施例2と同様に含炭酸ヒドロキシアパタイト膜が得られたことを確認した。また、この膜を水中で5時間煮沸したが膜の剥離は起きなかった。
【0058】
含炭酸ヒドロキシアパタイト膜の表面状態は実施例2と同様に電子顕微鏡による表面状態観察を行った。図7にブラスト処理したチタン基板表面の電子顕微鏡写真、図8にチタン基板上にコートした含炭酸ヒドロキシアパタイト膜の電子顕微鏡写真を示す。その結果、表面が粗い(Ra=0.65μm)未研磨のチタン基板全面を含炭酸ヒドロキシアパタイトが隙間なく覆っていることが判明した。
【0059】
また、この膜の断面状態の観察を電子顕微鏡により行った。図9に膜の断面写真を示す。含炭酸ヒドロキシアパタイトが表面の凹凸の全てに追従してコートされていることが判明した。
【実施例4】
【0060】
1000mLのビーカーに1000mLのイオン交換水をスターラで撹拌しながら、化学的湿式法にて合成された含炭酸ヒドロキシアパタイト0.50g(0.5mmol)を加えて懸濁溶液を得た。この懸濁溶液に二酸化炭素をバブリングしながら7.5時間室温撹拌した。
【0061】
得られた懸濁溶液をろ過して、溶け残りの含炭酸ヒドロキシアパタイトの重量から溶解量を求め(0.15g溶解)、85%リン酸を約10倍に希釈した0.87mmol/gのリン酸水溶液を1.02g(ヒドロキシアパタイトの化学量論比(Ca/P=1.67)に対応する0.89mmolのリン成分)を添加して更に10分間室温で撹拌して透明な溶液組成物を得た。
【0062】
実施例2と同じチタン板をヒータ上で240℃に加熱したところにこの溶液組成物100mLを断続的にスプレーしてチタン板上に白色の膜を形成した。得られた膜の同定は実施例1と同じ薄膜X線回折測定と、赤外線吸収スペクトル測定にて行った。その結果、薄膜X線回折測定からはヒドロキシアパタイトに帰属されるピーク以外には基板に由来するチタンのピークのみが観測された。赤外線吸収スペクトル測定からは水酸化物、リン酸、炭酸に帰属される吸収ピークのみが観察された。これらの結果から含炭酸ヒドロキシアパタイト膜が得られたことを確認した。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】鏡面研磨したチタン板上に作成した膜の薄膜X線回折測定の結果のグラフ
【図2】鏡面研磨したチタン板上に作成した膜のIR測定の結果のグラフ
【図3】未研磨のチタン板上に作成した膜の薄膜X線回折測定の結果のグラフ
【図4】未研磨のチタン板上に作成した膜のIR測定の結果のグラフ
【図5】未研磨のチタン基板表面の走査型電子顕微鏡写真
【図6】未研磨のチタン基板上にコートしたアパタイト膜の走査型電子顕微鏡写真
【図7】ブラスト処理したチタン基板表面の走査型電子顕微鏡写真
【図8】ブラスト処理チタン基板上にコートしたアパタイト膜の走査型電子顕微鏡写真
【図9】ブラスト処理チタン基板上にコートしたアパタイト膜の断面写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水、炭酸水、過酸化水素水、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等の極性溶媒で、それぞれ単独か、またはこれらの混合物である溶媒に、カルシウム化合物と、少なくともリン化合物とを加えることを特徴とするアパタイト膜の製造方法。
【請求項2】
リン化合物が、リン酸化合物であることを特徴とする請求項1記載のアパタイト膜の製造方法。
【請求項3】
リン酸化合物が、リン酸、オルトリン酸、メタリン酸、二リン酸等のリン酸塩であることを特徴とする請求項2記載のアパタイト膜の製造方法。
【請求項4】
溶液は、溶質が沈殿が生じない程度の濃度に調整した溶液であることを特徴とする請求項1記載のアパタイト膜の製造方法。
【請求項5】
溶液中のカルシウムイオンとリン酸イオンの比(Ca/P)が1.0〜3.0であることを特徴とする請求項1記載のアパタイト膜の製造方法。
【請求項6】
アパタイトはハイドロキシアパタイトとハイドロキシアパタイト中のリン酸基と水酸基のどちらか、または両方が部分的に炭酸基に置換された含炭酸ヒドロキシアパタイトが、それぞれ単独か、またはこれらの混合物であることを特徴とする請求項1記載のアパタイト膜の製造方法。
【請求項7】
水、炭酸水、過酸化水素水、メタノール、エタノール、プロパノール、ブタノール等の極性溶媒で、それぞれ単独か、またはこれらの混合物である溶媒にリン酸カルシウム化合物を溶解することを特徴とするアパタイト膜の製造方法。
【請求項8】
リン酸カルシウム化合物は、Ca(HPO・HO(第一リン酸カルシウム)、Ca(リン酸四カルシウム)、α−Ca(PO(α−第三リン酸カルシウム)、CaHPO(第二リン酸カルシウム)、Ca(PO・5HO(オクタリン酸カルシウム)、β−Ca(PO(β−第三リン酸カルシウム)、アパタイト等のそれぞれ単独か、またはこれらの混合物であることを特徴とする請求項7記載のアパタイト膜の製造方法。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれかの項に記載の方法により作製されることを特徴とするアパタイト膜。
【請求項10】
請求項1ないし8のいずれかの項に記載の方法により作製されることを特徴とするアパタイトを主成分とする膜を有する部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−348370(P2006−348370A)
【公開日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−179286(P2005−179286)
【出願日】平成17年6月20日(2005.6.20)
【出願人】(505231752)有限会社TFTECH (10)
【出願人】(502278024)株式会社プラトンジャパン (12)
【出願人】(595125432)
【Fターム(参考)】