説明

アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体及びその製造方法

【課題】 アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体であって、概略板状の気孔を有するもの及びその製造方法を提供する。
【解決手段】 アパタイト/コラーゲン複合体繊維と、コラーゲンと、水とを含む分散物をゲル化する工程と、得られたゲル体を凍結及び乾燥することにより多孔質体とする工程と、前記多孔質体中のコラーゲンを架橋する工程とを有するアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体を製造する方法において、前記ゲル化する工程に先立って、前記アパタイト/コラーゲン複合体繊維に水蒸気を付着させる工程を有する方法、及び係る製造方法によって得られ、概略板状の気孔を有するアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は人工骨材、細胞の足場材等に好適なアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体(以下、単に「アパタイト/コラーゲン多孔体」という)であって、概略板状の気孔を有するもの及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
アパタイトからなる人工骨は自家骨に対する親和性を有し、自家骨に直接結合することができるため、その有用性が評価されており、整形外科、脳神経外科、形成外科、口腔外科等で臨床応用されている。アパタイトとコラーゲンからなる多孔体の機械的強度と生体親和性はほぼ反比例の関係にあり、機械的強度を大きくするほど生体親和性は小さくなるという傾向がある。このため、用途に応じたバランスでこれらの特性を有するように多孔体を設計したいという要望がある。アパタイトとコラーゲンからなる多孔体の特性は気孔率にある程度依存し、多孔体の気孔率は、原料中の液体(水、リン酸水溶液等)の割合等により制御可能である。しかし人工骨の用途は多岐に渡ってきており、望ましい特性の違いも大きくなっているため、気孔率の制御のみでは十分とは言えない。
【0003】
機械的強度や生体親和性は、アパタイトとコラーゲンからなる多孔体の気孔率のみならず、平均気孔径にも依存することが知られている。例えば多孔体の平均気孔径が大きいほど、生体に埋入したときに気孔内に体液、組織等が入り込み易いので、多孔体は大きな生体親和性を有すると言える。平均気孔径はアパタイトとコラーゲンからなる多孔体の特性に大きな影響を与える因子であり、多孔体が所望の大きさの平均気孔径を有するようにしたいという要望は、近年一層高まってきている。
【0004】
本発明者らは、以前、アパタイト/コラーゲン複合体繊維と、コラーゲンと、水とを含む分散物をゲル化し、ゲル体を凍結及び乾燥した後、多孔質体中のコラーゲンを架橋するアパタイト/コラーゲン多孔体の製造方法において、ゲル体の凝固時間により、前記アパタイト/コラーゲン多孔体の平均気孔径を制御する方法を開示した(特許文献1)。この方法によると、ゲル体の凍結環境温度を調整するだけで、得られるアパタイト/コラーゲン多孔体の平均気孔径を制御可能であるので、所望の機械的強度及び生体親和性を有するアパタイト/コラーゲン多孔体を簡便に得ることができる。
【0005】
しかし、最近ではアパタイト/コラーゲン多孔体の気孔率や平均気孔径に加えて、気孔の形状も骨形成に影響することが分かってきた。つまり、骨形成材料が入り込み易い形状の気孔を有するアパタイト/コラーゲン多孔体を人工骨材として用いれば、骨形成は一層促進されると考えられる。ところが、骨形成に寄与する因子には組織や血管等、細長い形状のものもあるのに対し、特許文献1をはじめ、従来の方法によると、いずれも球状の気孔が形成される。球状でない気孔を有するアパタイト/コラーゲン多孔体の製造方法は、未だ知られていない。
【0006】
【特許文献1】特開2005-279078号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って本発明の目的は、概略板状の気孔を有するアパタイト/コラーゲン多孔体及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的に鑑み鋭意研究の結果、本発明者らは、予め水蒸気を付着させたアパタイト/コラーゲン複合体繊維及びコラーゲンを含むゲル体を凍結及び乾燥し、得られた多孔質体を架橋すると、概略板状の気孔を有するアパタイト/コラーゲン多孔体が得られることを発見し、本発明に想到した。
【0009】
すなわちアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体を製造する本発明の方法は、アパタイト/コラーゲン複合体繊維と、コラーゲンと、水とを含む分散物をゲル化する工程と、得られたゲル体を凍結及び乾燥することにより多孔質体とする工程と、前記多孔質体中のコラーゲンを架橋する工程とを有し、前記ゲル化する工程に先立って、前記アパタイト/コラーゲン複合体繊維に水蒸気を付着させる工程を有することを特徴とする。
【0010】
50〜95%RHの湿度でコラーゲンの変性温度未満の温度の雰囲気中に前記アパタイト/コラーゲン複合体繊維を12時間以上保持することによって、前記アパタイト/コラーゲン複合体繊維に水蒸気を付着させるのが好ましい。
【0011】
前記水蒸気を付着させたアパタイト/コラーゲン複合体繊維の含水量は5〜11質量%とするのが好ましい。
【0012】
本発明のアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体は、アパタイト/コラーゲン複合体繊維が集合してなる複数の繊維層からなり、前記繊維層の間に概略板状の気孔が形成されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の製造方法により、概略板状の気孔を有するアパタイト/コラーゲン多孔体を得ることができる。このようなアパタイト/コラーゲン多孔体は、人工骨材、細胞の足場材等に好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
[1] アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体の製造方法
(1) アパタイト/コラーゲン複合体繊維
(a) 原料
アパタイト/コラーゲン複合体繊維は、コラーゲン、リン酸又はその塩、カルシウム塩を原料とする。コラーゲンとしては特に限定されず、動物等から抽出したものを使用できる。なお由来する動物の種、組織部位、年齢等は特に限定されない。一般的には哺乳動物(例えばウシ、ブタ、ウマ、ウサギ及びネズミ)や鳥類(例えばニワトリ)の皮膚、骨、軟骨、腱、臓器等から得られるコラーゲンが使用できる。また魚類(例えばタラ、ヒラメ、カレイ、サケ、マス、マグロ、サバ、タイ、イワシ及びサメ)の皮、骨、軟骨、ひれ、うろこ、臓器等から得られるコラーゲン様蛋白を使用してもよい。なおコラーゲンの抽出方法も特に限定されず、一般的な抽出方法によることができる。また動物組織から抽出したものではなく、遺伝子組み替え技術によって得られたコラーゲンを使用してもよい。
【0015】
リン酸又はその塩(以下単に「リン酸(塩)」という)の例としてはリン酸、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二カリウム及びリン酸二水素カリウムが挙げられる。またカルシウム塩の例としては炭酸カルシウム、酢酸カルシウム及び水酸化カルシウムが挙げられる。リン酸塩及びカルシウム塩はそれぞれ均一な水溶液又は懸濁液の状態で添加するのが好ましい。
【0016】
使用するアパタイト原料[リン酸(塩)及びカルシウム塩]とコラーゲンとの質量比により、生成物中のアパタイト/コラーゲンの質量比を制御できる。このため使用するアパタイト原料とコラーゲンとの質量比は、目的とするアパタイト/コラーゲン複合体繊維の組成比により適宜決定する。アパタイト/コラーゲン複合体繊維中のアパタイト/コラーゲンの比率は9/1〜6/4(質量比)とするのが好ましく、例えば8/2とする。
【0017】
(b) 溶液の調製
リン酸(塩)水溶液及びカルシウム塩水溶液を調製する。リン酸(塩)水溶液及びカルシウム塩水溶液の濃度は、リン酸(塩)とカルシウム塩とが所望の配合比にあれば特に限定されないが、後述する滴下操作の都合上、リン酸(塩)水溶液の濃度を50〜250 mM程度とし、カルシウム塩水溶液の濃度を200〜600 mM程度とするのが好ましい。コラーゲンは一般的にはリン酸水溶液の状態で、前述のリン酸(塩)水溶液に加える。コラーゲンのリン酸水溶液としては、コラーゲンの濃度が約0.5〜1質量%、リン酸の濃度が10〜30 mM程度のものを使用する。実用的にはコラーゲンの濃度が0.8〜0.9質量%(例えば0.85質量%)、リン酸の濃度が15〜25 mM(例えば20 mM)程度である。
【0018】
(c) アパタイト/コラーゲン複合体繊維の製造
添加すべきカルシウム塩水溶液の量に近い量(好ましくは添加すべきカルシウム塩水溶液の0.5〜2倍、より好ましくは0.8〜1.2倍)の水を予め反応容器に入れ、40℃程度に加熱しておく。そこに、コラーゲンを含有するリン酸(塩)水溶液とカルシウム塩水溶液を同時に滴下する。これらの滴下条件によって、合成するアパタイト/コラーゲン複合体繊維の長さを制御できる。滴下速度は10〜50 ml/min程度とするのが好ましく、反応溶液を50〜300 rpm程度で撹拌するのが好ましい。滴下中、反応溶液中のカルシウムイオン濃度を3.75 mM以下、かつリン酸イオン濃度を2.25 mM以下に維持するのが好ましい。これにより、反応溶液のpHは8.9〜9.1に保たれる。カルシウムイオン及び/又はリン酸イオンの濃度が上記範囲を超えると、複合体の自己組織化が妨げられる。本明細書中「自己組織化」とは、コラーゲン繊維に沿って、ハイドロキシアパタイト(アパタイト構造を有するリン酸カルシウム)が生体骨特有の配向をしていること、すなわちハイドロキシアパタイトのC軸がコラーゲン繊維に沿うように配向していることを意味する。以上の滴下条件により、アパタイト/コラーゲン複合体繊維の長さは、多孔体の原料として好適な1mm以下となる。またアパタイト/コラーゲン複合体繊維は、自己組織化したものとなる。
【0019】
滴下終了後、スラリー状になった水とアパタイト/コラーゲン複合体繊維との混合物を凍結乾燥する。凍結乾燥は、−10℃以下に凍結した状態で真空引きし、急速に乾燥させることにより行うことができる。
【0020】
(2) アパタイト/コラーゲン複合体繊維への水蒸気の付着
水蒸気を含む雰囲気中にアパタイト/コラーゲン複合体繊維を保持することによって、アパタイト/コラーゲン複合体繊維に水蒸気を付着させる。液体の水ではなく、水蒸気をアパタイト/コラーゲン複合体繊維に付着させることによって、表面に過剰な水を付着させることなく、アパタイト/コラーゲン複合体繊維が均一に水を含有するようにすることができる。アパタイト/コラーゲン複合体繊維に付着した水蒸気は、後述するゲル体の凍結の工程において氷となるが、この氷の核成長が、得られるアパタイト/コラーゲン多孔体の気孔形状に関係すると考えられる。アパタイト/コラーゲン複合体繊維に付着した水が偏在していると、凍結の工程において、氷の核成長によってゲル体の組織が破壊されてしまうため、得られるアパタイト/コラーゲン多孔体の強度が低くなってしまう。
【0021】
アパタイト/コラーゲン複合体繊維を一定の温度と湿度に保つには、例えば恒温恒湿装置を用いるのが好ましい。保持する雰囲気が高温であるほど、効率よく繊維に水蒸気を付着させることができるが、アパタイト/コラーゲン複合体繊維に含まれるコラーゲンの変性を防ぐ観点から、コラーゲンの変性温度未満の温度に保持するのが好ましく、変性温度より5〜15℃低い温度に保持するのがより好ましい。例えばアパタイト/コラーゲン複合体繊維に含まれるコラーゲンの変性温度が36〜37℃の場合、温度を21〜32℃にした恒温恒湿度装置内に保持するのが好ましい。保持する温度にもよるが、効率よく水蒸気を付着させるためには、恒温恒湿装置内の湿度を50〜99%にするのが好ましく、50〜95%にするのがさらに好ましい。
【0022】
温度や湿度にもよるが、水蒸気を含む雰囲気中にアパタイト/コラーゲン複合体繊維を保持する時間は12時間〜15日間とするのが好ましく、1日〜10日とするのがより好ましい。保持時間を12時間未満とすると、十分な量の水蒸気をアパタイト/コラーゲン複合体繊維に付着させにくい。保持時間を15日間超としても、水蒸気の付着量はほとんど変化しない。
【0023】
水蒸気を付着させたアパタイト/コラーゲン複合体繊維の含水量は、アパタイト/コラーゲン複合体繊維の乾燥重量の5〜11質量%とするのが好ましい。含水量がアパタイト/コラーゲン複合体繊維の乾燥重量の5%未満であると、得られるアパタイト/コラーゲン多孔体の気孔が概略板状になり難い。含水量を11質量%超とするのは、実質的に困難である。アパタイト/コラーゲン複合体繊維は、水蒸気の付着前から、コラーゲンの結晶水に由来する3質量%程度の水を含有している。このためアパタイト/コラーゲン複合体繊維の含水量を5〜11質量%とするためには、2〜8質量%の水蒸気を付着させればよい。含水量は、示差熱熱重量同時測定装置(TG-DTA)中でアパタイト/コラーゲン複合体繊維を加熱乾燥し蒸発する水分量を測定することにより求めることができる。
【0024】
(3) アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む分散物の調製
水蒸気を付着させたアパタイト/コラーゲン複合体繊維に水、リン酸水溶液等の液体を加えて撹拌し、ペースト状の分散物を調製する。この分散物が含有する液体の量は、80〜99体積%とするのが好ましく、90〜97体積%とするのがより好ましい。換言すると、複合体繊維の量は、1〜20体積%とするのが好ましく、3〜10体積%とするのがより好ましい。アパタイト/コラーゲン複合体繊維には予め水蒸気を付着させてあるので、分散物が含有する液体の量を所望の値にするには、アパタイト/コラーゲン複合体繊維に付着させた水蒸気の量を差し引いて、加える液体の量を決める必要がある。
【0025】
製造する多孔体の気孔率P(%)は分散物中のアパタイト/コラーゲン複合体繊維と液体との体積比に依存し、下記式(1):
P = Y / (X+Y)×100 ・・・ (1)
[ただし、Xは分散物中のアパタイト/コラーゲン複合体繊維の体積、Yは分散物中の液体(アパタイト/コラーゲン複合体繊維に付着した水蒸気が液化したものを含む)の体積を示す。]により表される。このため加える液体の量によって、多孔体の気孔率Pを制御することができる。液体を加えた後で分散物を撹拌することにより、アパタイト/コラーゲン複合体繊維が切断され繊維長の分布幅が大きくなるため、製造する多孔体の強度が向上する。
【0026】
複合体の分散物にバインダーとなるコラーゲンを加え、さらに撹拌する。コラーゲンの添加量は、アパタイト/コラーゲン複合体繊維100質量%に対して、1〜10質量%とするのが好ましく、3〜6質量%とするのがより好ましい。複合体の場合と同様に、コラーゲンはリン酸水溶液の状態で加えるのが好ましい。コラーゲンのリン酸水溶液の濃度等は特に限定されないが、実用的にはコラーゲンの濃度が0.8〜0.9質量%(例えば0.85質量%)、リン酸の濃度が15〜25 mM(例えば20 mM)である。
【0027】
(4) 分散物のゲル化
コラーゲンのリン酸(塩)水溶液の添加により分散物は酸性となっているので、これにpHが7程度となるまで水酸化ナトリウム溶液を加える。分散物のpHを6.8〜7.6とするのが好ましく、7.0〜7.4とするのがより好ましい。分散物のpHを6.8〜7.6とすることにより、バインダーとして加えたコラーゲンの繊維化を促進することができる。
【0028】
分散物にリン酸緩衝溶液(PBS)の2.5〜10倍程度の濃縮液を加えて撹拌し、イオン強度を0.2〜0.8に調整する。より好ましいイオン強度は、PBSと同程度のイオン強度(0.2〜0.8程度)である。分散物のイオン強度を大きくすることにより、バインダーとして加えたコラーゲンの繊維化を促進することができる。
【0029】
分散物を成形型に入れた後、35〜43℃の温度に保持することにより分散物をゲル化させる。保持温度は35〜40℃とするのが好ましい。分散物を十分にゲル化させるため、保持する時間は0.5〜3.5時間とするのが好ましく、1〜3時間とするのがより好ましい。分散物の温度を35〜43℃に保持することにより、バインダーとして加えたコラーゲンが繊維化し、分散物がゲル状となる。分散物がゲル化することにより、アパタイト/コラーゲン複合体繊維が分散物中で沈降するのを防ぐことができるため、均一な多孔質体を製造することが可能となる。ゲル化処理を施した分散物はゼリー状になる。
【0030】
(5) ゲル体の凍結及び乾燥
アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含むゲル体を凍結器に入れる等して凍結させる。目的とするアパタイト/コラーゲン多孔体の平均気孔径は、ゲル体の凍結に要する時間に依存する。凍結器内の温度は−100〜0℃とするのが好ましく、−100〜−10℃とするのがより好ましく、−80〜−20℃とするのが特に好ましい。−100℃未満とすると、得られるアパタイト/コラーゲン多孔体の平均気孔径が小さ過ぎる。0℃超とすると、凍結しないか凍結に長時間を要する上、多孔体の平均気孔径が大き過ぎる。ゲル体の凍結の工程において、アパタイト/コラーゲン複合体繊維に付着させた水蒸気からなる氷が生成し、この氷の核成長によって、得られるアパタイト/コラーゲン多孔体の気孔は概略板状になると考えられる。
【0031】
凝固したゲル体を乾燥し、多孔質体とする。ゲル体の乾燥は、凍結乾燥によるのが好ましい。つまり、アパタイト/コラーゲン複合体繊維の場合と同様に、−10℃以下に凍結した状態で真空引きし、急速に乾燥させることにより行う。凍結乾燥は分散物が十分に乾燥するまで行えばよく時間は特に制限されないが、一般的には24〜72時間程度である。
【0032】
(6) コラーゲンの架橋
コラーゲンの架橋は物理的架橋(γ線、紫外線、熱脱水、電子線等を用いる方法)、化学的架橋(架橋剤や縮合剤を用いる方法)のいずれを用いてもよい。化学的架橋の場合、架橋剤の溶液に多孔質体を浸すことにより、多孔質体中のコラーゲンを架橋する。架橋剤としては、アルデヒド系架橋剤(例えばグルタールアルデヒド及びホルムアルデヒド)、イソシアネート系架橋剤(ヘキサメチレンジイソシアネート等)、カルポジド系架橋剤(1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩等)、ポリエポキシ系架橋剤(エチレングリコールジエチルエーテル等)、トランスグルタミナーゼ等が挙げられる。これらの架橋剤のうち、架橋度の制御し易さや、得られる多孔体の生体適合性の面からグルタールアルデヒドが特に好ましい。
【0033】
架橋剤をグルタールアルデヒドとする場合、グルタールアルデヒド溶液の濃度は、0.005〜0.015質量%とするのが好ましく、0.005〜0.01質量%とするのがより好ましい。多孔体は脱水する必要があるが、ここでグルタールアルデヒド溶液の溶媒としてエタノール等のアルコールを使用すると、多孔体の脱水をコラーゲンの架橋と同時に行うことができる。脱水を架橋と同時に行うことにより、アパタイト/コラーゲン複合体繊維が収縮した状態で架橋反応を起こさせ、生成する多孔体の弾性を向上させることができる。
【0034】
架橋処理後、未反応のグルタールアルデヒドを除去するため2質量%程度のグリシン水溶液に多孔体を浸漬し、次いで水洗する。さらにエタノールに浸漬することにより多孔体を脱水した後、室温で乾燥させる。
【0035】
熱脱水架橋の場合、凍結乾燥後の多孔質体を100〜160℃、0〜100 hPaの真空オーブン中に10〜12時間保持すればよい。
【0036】
[2] アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体
本発明のアパタイト/コラーゲン多孔体は、アパタイト/コラーゲン複合体繊維が集合してなる複数の繊維層からなる。繊維層は10〜500μm程度の厚さを有する板状であり、ランダムな向きで、ランダムな層数で重なっている。繊維層の間には、アパタイト/コラーゲン複合体繊維が集合してなる柱が散在する。微視的に見ると、繊維層の重なり方向は散在する柱によって支持されているだけであるので、この方向にはアパタイト/コラーゲン多孔体は比較的脆いと考えられる一方、層方向には強度を有すると考えられる。しかし、上述のように、繊維層の重なりはランダムであるので、巨視的に見ると、繊維層の重なり方向は平均化されており、向きによる強度の比はさほど大きくない。
【0037】
繊維層の間に柱が散在することによって形成された気孔は概略板状である。概略板状の気孔の厚さは、繊維層の0.5〜10倍程度である。概略板状の気孔には、血管、比較的大きなタンパク質等も入り込み易いので、このアパタイト/コラーゲン多孔体を生体内に埋入すると、骨形成が促進されると考えられる。
【実施例】
【0038】
本発明を以下の実施例によってさらに詳細に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。
【0039】
実施例1
(1) アパタイト/コラーゲン複合体繊維の作製
120 mMリン酸水溶液400 mlに、コラーゲンのリン酸水溶液(濃度0.97 wt%、20 mMリン酸)を412 g加えて撹拌することにより溶液Iを得た。他方、400 mM水酸化カルシウム溶液(溶液II)を400 ml調製した。反応容器に200 mlの純水を入れた後、溶液I及びIIを同時に滴下し、得られた反応溶液を撹拌した。滴下中の反応溶液のpHは8.9〜9.1に保持した。生成したアパタイト/コラーゲン複合体繊維の長さは、概ね1〜2mmであった。アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含むスラリーは、凍結及び凍結乾燥した。アパタイト/コラーゲン複合体繊維中のアパタイト/コラーゲンの配合比は、質量基準で8/2であった。
【0040】
(2) 水蒸気の付着
凍結乾燥したアパタイト/コラーゲン複合体繊維を恒温恒湿度装置に入れ、装置内を温度21℃、湿度60〜70%にして、7日間保持することにより、アパタイト/コラーゲン複合体繊維に水蒸気を付着させた。TG-DTAを用いて、水蒸気を付着させる前後のアパタイト/コラーゲン複合体繊維の含水量をn=3で測定した。結果を表1及び図1に示す。水蒸気を付着させる前の含水量は、アパタイト/コラーゲン複合体繊維にもともと含まれている結晶水の量であると考えられる。表1及び図1から分かるように、水蒸気の付着によって、含水量は約2.3倍になった。
【0041】
【表1】

【0042】
(3) アパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体の作製
実施例1(2) で得た水蒸気を付着させたアパタイト/コラーゲン複合体繊維1.074g(複合体繊維乾燥質量として1g)に、5.94gの生理食塩水 及び0.061mLの1N NaOHを混合した後、2.04gのコラーゲン水溶液[コラーゲン濃度:0.51質量%(20mMリン酸水溶液中)]を混合し、分散物を得た。分散物の液体含有量は、95体積%(アパタイト/コラーゲン複合体繊維中の水を含む。)であった。分散物を成形型に入れ、37.5℃で2時間保持して分散物をゲル化させ、−60℃で凍結させた後、凍結乾燥し、アパタイト/コラーゲン多孔体を得た。アパタイト/コラーゲン多孔体の光学顕微鏡写真及び走査電子顕微鏡写真をそれぞれ図2(a)及び図3(a)に示す。これらの写真から、このアパタイト/コラーゲン多孔体の気孔が概略板状であることが分かった。実施例1のアパタイト/コラーゲン多孔体の気孔率は、95%であった。
【0043】
比較例1
実施例1(1) で得た水蒸気を付着させる前のアパタイト/コラーゲン複合体繊維を1.032g(複合体繊維乾燥質量として1g)を用いて、生理食塩水の配合量を6.05g、1N NaOHの添加量を0.059ml、及びコラーゲン水溶液の添加量を1.96gとした以外実施例1と同様にしてアパタイト/コラーゲン多孔体を作製した。得られたアパタイト/コラーゲン多孔体の光学顕微鏡写真及び走査電子顕微鏡写真を図2(b)及び図3(b)に示す。これらの写真から、このアパタイト/コラーゲン多孔体の気孔は概略球状であることが分かった。このアパタイト/コラーゲン多孔体の気孔率は、95%であった。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】水蒸気を付着させる前後のアパタイト/コラーゲン複合体繊維の含水量を示すグラフである。
【図2(a)】本発明の実施例1のアパタイト/コラーゲン多孔体の光学顕微鏡写真である。
【図2(b)】比較例1のアパタイト/コラーゲン多孔体の光学顕微鏡写真である。
【図3(a)】本発明の実施例1のアパタイト/コラーゲン多孔体の走査電子顕微鏡写真である。
【図3(b)】比較例1のアパタイト/コラーゲン多孔体の走査電子顕微鏡写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アパタイト/コラーゲン複合体繊維と、コラーゲンと、水とを含む分散物をゲル化する工程と、得られたゲル体を凍結及び乾燥することにより多孔質体とする工程と、前記多孔質体中のコラーゲンを架橋する工程とを有するアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体を製造する方法において、前記ゲル化する工程に先立って、前記アパタイト/コラーゲン複合体繊維に水蒸気を付着させる工程を有することを特徴とする方法。
【請求項2】
請求項1に記載のアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体の製造方法において、50〜95%RHの湿度でコラーゲンの変性温度未満の温度の雰囲気中に前記凍結乾燥後のアパタイト/コラーゲン複合体繊維を12時間以上保持することによって、前記アパタイト/コラーゲン複合体繊維に水蒸気を付着させることを特徴とする方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のアパタイト/コラーゲン複合体繊維を含む多孔体の製造方法において、前記水蒸気を付着させたアパタイト/コラーゲン複合体繊維の含水量が5〜11質量%であることを特徴とする方法。
【請求項4】
アパタイト/コラーゲン複合体繊維が集合してなる複数の繊維層からなり、前記繊維層の間に概略板状の気孔が形成されていることを特徴とする多孔体。

【図1】
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【図2(a)】
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【図2(b)】
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【図3(a)】
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【図3(b)】
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【公開番号】特開2008−272297(P2008−272297A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−121104(P2007−121104)
【出願日】平成19年5月1日(2007.5.1)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【Fターム(参考)】