説明

アルコール類の酸化方法

【課題】 アルコール性水酸基からカルボニル基への酸化反応を温和な条件で行う方法を提供する。この酸化方法によれば、一般的に厳しい反応条件が必要となるため反応基質が限定されるという課題や量論的な重金属系副生物等の有害性廃棄物の発生を伴う問題を有していた水酸基からカルボニル基への酸化反応を温和な条件で行うことが可能となる。
【解決手段】 脂肪族アルコールのC-OH部分を酸化してCO部分とする方法において、脱水素触媒及びニトロ化合物の存在下に脱水素反応してD−グルカール等の脂肪族アルコールを2−デオキシ−1,5−アンヒドロ−D−グルシトール等の脂肪族カルボニル化合物とする酸化方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はアルコール性水酸基(C-OH)をカルボニル基(CO)へ酸化する方法に関する。本発明の酸化方法は、医薬、農薬、機能性材料等を始めとする様々な分野における有用化合物の製造方法として利用できる。
【背景技術】
【0002】
精密有機合成上で重要な水酸基のカルボニル基への酸化技術は、化学量論的酸化剤や遷移金属触媒等に注目した研究開発が長年に渡って行われて来ている(例えば、非特許文献1参照)。前者では量論的な重金属系副生物等の有害性廃棄物の発生を伴うこと、また後者では200℃以上と言った一般的に厳しい反応条件が必要となるため反応基質が限定されるという課題を有しており(例えば、特許文献1参照)、改善された酸化・脱水素技術が求められている。この中で、後者の反応性向上を目的とした取組みの1つとして、1−オクテンを水素受容体として併用するアイデアが提案されてはいるものの(例えば、非特許文献2参照)、必ずしも期待した効果は得られていなかった。その後に水素受容体類に関する様々な検討がなされ、エチレンや酢酸ビニルといった単純オレフィン化合物が水酸基の酸化における良好な水素受容性能を示すことが見出されて来ている(例えば、特許文献2及び非特許文献3〜8参照)。しかしながら、これら良好な性能を有するオレフィン類は一般的に沸点が低く、所望の反応成績を得るためには反応過程での飛散量を見越して過剰量の試剤の使用が必要となることや同じく飛散を避けるために加圧条件下での反応が必要となることなどの課題があり、更には水素受容体自体が熱重合してしまう可能性が指摘されていた。
【0003】
一方、関連する技術として脱水素化反応による芳香族化合物類の製造技術があり、この分野においても貴金属触媒と水素受容体を併用する方法が開発されてきており、単純オレフィン化合物やニトロ化合物が良好な水素受容性能を示すことが知られてきている(例えば、特許文献2〜3参照)。
【0004】
【特許文献1】特開2002-284774号公報
【特許文献2】特開2002-080418号公報
【特許文献3】特開2003-160516号公報
【非特許文献1】Larock, R. C. Comprehensive Organic Transformations; VCH Publishers: New York, 1989, pp.604-616
【非特許文献2】Krafft, M. E., Zorc, B. JOC 1986,51, 5482
【非特許文献3】Hayashi, M.; Yamada, K.; Arikita, O. Tetrahedron Lett. 1999, 40, 1171-1174
【非特許文献4】Hayashi, M.; Yamada, K.; Arikita, O. Tetrahedron 1999, 55, 8331-8340
【非特許文献5】Hayashi, M.; Yamada, K.; Nakayama, S. Synthesis 1999, 1869-1871
【非特許文献6】Hayashi, M.; Yamada, K.; Nakayama, S. J.Chem. Soc., Perkin Trans. 1 2000, 1501-1503
【非特許文献7】Hayashi, M.; Yamada, K.; Nakayama, S.; Hayashi, H.; Yamazaki, S. Green Chem. 2000, 257-260
【非特許文献8】Hayashi, M.; Kawabata, H. J. Syn. Org. Chem., Jpn. 2002, 60, 137-144.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、アルコール性水酸基からカルボニル基への酸化反応を温和な条件で行う方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らはこのような問題点を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、従来高温を必要としていた脱水素触媒による水酸基のカルボニル基への酸化反応がニトロ化合物を添加することにより温和な条件で良好に進行することを見いだし本発明に到達した。
【0007】
本発明は、脂肪族アルコールのC-OH部分を酸化してCO部分とする方法において、脱水素触媒及びニトロ化合物の存在下に脱水素反応して脂肪族アルコールを脂肪族カルボニル化合物とすることを特徴とする酸化方法である。
【0008】
また、本発明は、一般式(I)に示す水酸基を有する化合物を、脱水素触媒及びニトロ化合物の存在下に脱水素反応を行うことを特徴とするα,β−不飽和カルボニル化合物の製造方法である。
【化1】

(式中、A,B,C,Dは、それぞれ独立に水素又は置換基であり、置換基である場合は、水酸基であってもよく、また、置換基A,B,C,Dの複数の置換基が一体となって環状構造を形成していてもよい。)
ここで、A,B,C,Dが、置換基である場合は、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、芳香族基、水酸基、メルカプト基、アミノ基、アルコキシ基、アルキルチオ基、ホルミル基、カルボキシル基、シアノ基、ニトロ基又はハロゲン原子を示し、これらが更に置換基を有しうる場合は、それぞれ更にアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、芳香族基、水酸基、メルカプト基、アミノ基、アルコキシ基、アルキルチオ基、ホルミル基、カルボキシル基、シアノ基、ニトロ基、ハロゲン原子により置換されていてもよい置換基であることが望ましい。
【0009】
水酸基を有する化合物としては、一般式(II)に示す化合物が好ましく例示される。
【化2】

(式中、nは1〜3の整数を示す。A,B,C,Dは、それぞれ独立に水素又は置換基であり、置換基である場合は、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、芳香族基、水酸基、メルカプト基、アミノ基、アルコキシ基、アルキルチオ基、ホルミル基、カルボキシル基、シアノ基、ニトロ基又はハロゲン原子を示し、これらが更に置換基を有しうる場合は、それぞれ更にアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、芳香族基、水酸基、メルカプト基、アミノ基、アルコキシ基、アルキルチオ基、ホルミル基、カルボキシル基、シアノ基、ニトロ基、ハロゲン原子により置換されていてもよい置換基である。また、置換基A,B,C,Dの内で複数の置換基が一体となって環状構造を形成していてもよい。)
nが1である場合、2である場合及び3である場合は、それぞれ式1、式2及び式3の構造となる。ここで、A〜Fは前記A〜Dと同様の意味を有する。
【化3】

【0010】
また、脱水素触媒としては、周期律表第VIII族金属又はその化合物を含むものであることが望ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、これまで一般的に厳しい反応条件が必要となるため反応基質が限定されるという課題や量論的な重金属系副生物等の有害性廃棄物の発生を伴う問題を有していた水酸基からカルボニル基への酸化反応を温和な条件で行うことが可能である。また、従来用いられてきたエチレンや酢酸ビニルといった単純オレフィン系水素受容体を併用する脱水素触媒系の課題であった水素受容体の飛散問題や加圧条件が必要といった設備上の制約を回避することができる。これらは反応条件の温和化、触媒使用量や水素受容体量の低減につながり工業的かつ実用的価値は大きく、更に環境問題の観点からも有益である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の酸化方法に使用するアルコール性水酸基を有する化合物としては、脂肪族アルコールであれば良く、不飽和結合を有しても、環状脂肪族アルコールであっても、置換基を有してもよい。好ましいアルコール性水酸基を有する化合物としては、α,β−不飽和アルコールがあり、置換基を有していてもよい。置換基を有する場合、この置換基は、反応を阻害しないものであれば特に限定されず、例えば、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、芳香族基、水酸基、メルカプト基、アミノ基、アルコキシ基、アルキルチオ基、ホルミル基、カルボキシル基、シアノ基、ニトロ基、ハロゲン原子、水素原子等を示すことができ、これらの置換基上に別種の置換基を有していてもよい。また、複数の置換基が一体となって環構造を形成してもよい。
【0013】
具体例としては、メタノール、エタノール、プロパノールなどの直鎖1級アルコール類、2−プロパノール、2−ブタノール、2−ペンタノールなどの直鎖2級アルコール類、シクロペンタノール、シクロヘキサノール、シクロヘプタノールなどの環状2級アルコール類が挙げられ、これらは置換基を有しうる。
【0014】
特に好適に本発明の酸化方法が適用される化合物としては、水酸基が酸化された後にα,β−不飽和カルボニル化合物となるような脂肪族アルコールが挙げられる。最も単純な化合物としてはアリルアルコールがある。具体的には、次のような化合物が例示される。ベンジルアルコール、1−ナフチルメタノール、2−ナフチルメタノール、1−(1−ナフチル)エタン−1−オール、1−(1−ナフチル)プロパン−1−オール、1−(1−ナフチル)ブタン−1−オール、9−フルオレニルメタノール、テトラリン−1−オール、2−ピリジンメタノール、3−ピリジンメタノールなどの水酸基と結合するα位炭素に芳香族置換基を有するアルコール類。プロペン−3−オール、1−ブテン−3−オール、シクロヘキセン−3−オールなどのオレフィン系アルコール。D−グルカール、D−ガラクタール、L−ランナールなどの分子内に不飽和結合を有する糖類。3−ヒドロキシ−4−アンドロステン−11,17−ジオン、4−アンドロステン−3,17−ジオール、5−エストレン−3,17−ジオールなどの分子内に不飽和結合と水酸基を有するステロイド類などが挙げられる。
【0015】
本発明のα,β−不飽和カルボニル化合物の製造方法に使用する水酸基を有する化合物としては、上記一般式(1)で表される化合物があり、好ましくは上記一般式(2)で表される化合物がある。
【0016】
上記一般式(1)において、A、B、C及びDは、それぞれ独立に水素又は置換基であり、置換基である場合は、水酸基であってもよく、また、置換基の2以上が一体となって環状構造を形成していてもよい。
ここで、A、B、C及びDが置換基である場合は、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、芳香族基、水酸基、メルカプト基、アミノ基、アルコキシ基、アルキルチオ基、ホルミル基、カルボキシル基、シアノ基、ニトロ基又はハロゲン原子を示し、これらが更に置換基を有しうる場合は、それぞれ更にアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、芳香族基、水酸基、メルカプト基、アミノ基、アルコキシ基、アルキルチオ基、ホルミル基、カルボキシル基、シアノ基、ニトロ基又はハロゲン原子により置換されていてもよい。
【0017】
上記一般式(2)において、A、B、C及びDは、一般式(1)と同じ意味を有するものではないが、それぞれ独立に水素又は置換基であり、置換基である場合は、水酸基であってもよく、また、置換基の2以上が一体となって環状構造を形成していてもよい。
ここで、A、B、C及びDが置換基である場合は、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、芳香族基、水酸基、メルカプト基、アミノ基、アルコキシ基、アルキルチオ基、ホルミル基、カルボキシル基、シアノ基、ニトロ基又はハロゲン原子を示し、これらが更に置換基を有しうる場合は、それぞれ更にアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、芳香族基、水酸基、メルカプト基、アミノ基、アルコキシ基、アルキルチオ基、ホルミル基、カルボキシル基、シアノ基、ニトロ基又はハロゲン原子により置換されていてもよい。
【0018】
上記一般式(2)において、nは1、2又は3の整数を示す。nが1の場合は5員環の化合物であり、nが2の場合は6員環の化合物であり、nが3の場合は7員環の化合物であり、これらは上記式1〜3で表すことができる。6員環又は7員環の化合物の場合はDが結合する炭素原子を2個又は3個有するので、Dの一つをDとし、他をE又はEとFと表している。D,E,Fは前記Dの定義と同様であるが、それぞれ独立に変化しうる。
【0019】
上記一般式(1)及び一般式(2)で表される化合物のいくつかの例は前記したが、好ましい化合物を例示すると下記化合物がある。
【化4】

【0020】
ここで、水酸基を2以上有する場合、α,β−不飽和カルボニル化合物となるC-OH部分が優先的に酸化される。
【0021】
本発明の酸化方法又は製造方法を実施する際に使用する脱水素触媒としては、公知の金属又は金属化合物触媒を用いることができる。例えば、周期律表第VIII族金属、その錯体、それらの活性炭、アルミナ、シリカ等への担持物及び第VIII族金属の酸化物や、クロム、バナジウム、マンガン、モリブデン等の金属の錯体、それらの活性炭、アルミナ、シリカ等への担持物及びこれらの金属の酸化物を例示することができる。これらの中でも脱水素反応に対する活性が高い点で、周期律表第VIII族の金属、その錯体及びそれらの活性炭、アルミナ、シリカ等への担持物及び第VIII族金属の酸化物を好適に使用できる。
【0022】
周期律表第VIII族金属としては、鉄、コバルト、ニッケル、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金を例示することができ、これらの中でも、比較的容易に入手可能な、鉄、コバルト、ニッケル、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、白金を好適に用いることができ、更に好ましくは、パラジウム、白金、ニッケル、ルテニウム、ロジウムである。
【0023】
具体的には、パラジウムとしては、パラジウムブラック、活性炭担持パラジウム、アルミナ担持パラジウム、硫酸バリウム担持パラジウム、ゼオライト担持パラジウム、酸化パラジウム、シリカ担持パラジウム、塩化パラジウム、硝酸パラジウム、酢酸パラジウム、テトラアンミンパラジウム、ジニトロジアンミンパラジウム、ジクロロビス(トリフェニルホスフィン)パラジウム、テトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム、ビス(アセチルアデトナト)パラジウム、ジクロロビス(ベンゾニトリル)パラジウム、プロピオン酸パラジウム、トリス(ジベンジリデンアセトン)パラジウム、[1,1’‐ビス(ジフェニルホスフィノ)フェロセン]パラジウムクロライド、テトラクロロパラジウム酸ナトリウム、水酸化パラジウム、トリフルオロ酢酸パラジウム、硫酸パラジウム、シアン化パラジウムカリウム、臭化パラジウム、硫化パラジウム等のパラジウム化合物が広範に例示できる。
【0024】
白金としては、活性炭担持白金、アルミナ担持白金、白金ブラック、酸化白金、ヘキサクロロ白金酸、テトラクロロ白金酸カリウム、テトラアンミン白金塩化物、テトラアンミン白金硝酸塩、ジニトロジアミン白金、ジクロロジアンミン白金、アセチルアセトナト白金、塩化第一白金、塩化第二白金、シアン化第一白金、臭化第一白金酸、炭酸カルシウム担持白金等の化合物が広範に例示できる。
【0025】
ニッケルとしては、アセチルアセトナトニッケル、安息香酸ニッケル、塩化ニッケル、蟻酸ニッケル、酢酸ニッケル、一酸化ニッケル、三二酸化ニッケル、四三酸化ニッケル、ジ亜リン酸ニッケル、硝酸ニッケル、硫酸ニッケル、ラネーニッケル、安定化ニッケル等の化合物が例示できる。
【0026】
ルテニウムとしては、活性炭担持ルテニウム、アルミナ担持ルテニウム、二酸化ルテニウム、ルテニウムブラック、塩化ルテニウム、トリス(アセチルアセトナト)ルテニウム、四酸化ルテニウム、酢酸ルテニウム、硫酸ルテニウム等の化合物が例示できる。
【0027】
ロジウムとしては、活性炭担持ロジウム、アルミナ担持ロジウム、アセチルアセトナトロジウム、塩化ロジウム、酢酸ロジウム、硝酸ロジウム、酸化ロジウム等の化合物が例示できる。
【0028】
これらの中でも、反応後の触媒の回収操作を容易に行えるパラジウムブラック、活性炭担持パラジウム、アルミナ担持パラジウム、硫酸バリウム担持パラジウム、ゼオライト担持パラジウム、酸化パラジウム、シリカ担持パラジウム、活性炭担持白金、アルミナ担持白金、白金ブラック、酸化白金、炭酸カルシウム担持白金、ラネーニッケル、安定化ニッケル、活性炭担持ルテニウム、アルミナ担持ルテニウム、二酸化ルテニウム、ルテニウムブラック、四酸化ルテニウム、活性炭担持ロジウム、アルミナ担持ロジウムを用いることが好ましい。
【0029】
脱水素触媒の使用量は、脱水素しようとする水酸基を有する化合物の種類、反応温度等によって異なるが、通常、酸化される水酸基に対して0.01〜20モル%であり、好ましくは、0.1〜10モル%である。これ以下の量では反応が遅くなるため経済的ではない。一方、脱水素触媒を前記の範囲を超えて大量に使用しても差し支えないが、経済性の観点から工業的な利点はない。
【0030】
本発明の反応で脱水素触媒と共に使用するニトロ化合物は、水素受容体として作用する。ニトロ化合物としては、脂肪族系ニトロ化合物及び芳香族系ニトロ化合物のいずれもが使用でき、これらは置換基を有していてもよい。この置換基は、反応を阻害しないものであれば特に限定されず、例えば、アルキル基、ハロゲン原子、芳香族基、水酸基、アルコキシ基、チオ基、アミノ基、アルキルアミノ基、アシル基、アシルアミノ基等を示すことができ、これらの置換基上に別種の置換基を有していてもよい。分子中に含まれるニトロ基の数は複数であってもよい。
【0031】
ニトロ化合物の具体例としては、ニトロメタン、ニトロエタン、ニトロプロパン等の脂肪族系ニトロ化合物、ニトロベンゼン、ニトロナフタレン、ニトロビフェニル等の芳香族系ニトロ化合物を好適に使用することができ、安価に入手可能なニトロベンゼンを更に好適に用いることができる。ニトロ化合物の使用量は、脱水素しようとする水酸基を有する化合物から脱水素される水素原子のモル数に対してニトロ化合物が有するニトロ基のモル数として1/6倍モル量〜10倍モル量がよく、好ましくは1/6倍モル量〜5倍モル量である。これ以下の量では収率は顕著に低下する。一方、ニトロ化合物を前記の範囲を超えて大量に使用しても差し支えないが、経済性の観点から工業的な利点はない。
【0032】
本発明の反応は、無溶媒でも実施し得るが溶媒を用いても差し支えない。溶媒としては、この種の反応に使用できることが公知の化合物の中でも、脱水素しようとする水酸基を有する化合物よりも脱水素に対する活性が低いものであればよい。例えば、ジクロロメタン、クロロホルム、ジクロロエタン、クロロベンゼンに代表されるハロゲン化炭化水素、アセトニトリル、プロピルオニトリル、ブチロニトリル、マロノニトリル、アジポニトリル等に代表されるニトリル系化合物、ジエチルエーテル、ジフェニルエーテル、ジオキサン、テトラヒドロフランに代表されるエーテル系化合物、メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール、エチレングリコール、グリセリン、エトキシエタノール、イソプロポキシエタノール、フェノキシエタノールに代表されるアルコール系化合物、ベンゼン、トルエン、キシレン、ナフタレン、ビフェニルに代表される芳香族系化合物、ジメチルフォルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジメチルイミダゾリジノンに代表されるアミド系化合物が広範に使用でき、これらの混合溶媒を使用しても差し支えない。また、本発明の脱水素化反応に使用するニトロ化合物が反応温度において液状になる場合は溶媒として使用しても差し支えない。溶媒を使用する場合の使用量は、原料のアルコールに対して、1から100重量倍であればよく、好ましくは2から50重量倍、さらに好ましくは2から20重量倍である。前記の範囲を超えて大量に使用しても差し支えないが、反応速度が著しく低下するため実用的ではない。
【0033】
反応は原料のアルコール化合物を、上記脱水素触媒及びニトロ化合物を必須成分として含む触媒溶液(分散溶液)に加えて行う。触媒溶液、原料のアルコール化合物及び反応生成物を含む反応溶液(分散溶液)の少なくとも一部は、反応条件下で、液状で存在する必要があるが、ニトロ化合物、原料の環式化合物や反応生成物の一部は気相中にあっても差支えない。反応はバッチ式でも連続式でもよいが、少量生産の場合はバッチ式が簡便である。反応温度は、原料のアルコール化合物の種類や用いる反応溶媒、触媒量によっても異なるが、通常、室温から200℃の範囲であり、好ましくは40から150℃の範囲である。反応圧力は、常圧であってもよいが、低沸点の溶媒等を用いた場合は、上記触媒溶液を存在させるに必要な圧力以上とする。また、反応時間も反応条件によって異なるが、通常10分から100時間で反応は終了する。
【0034】
脱水素化反応終了後、常法に従って後処理を行なうことにより目的化合物である脱水素化合物であるカルボニル化合物を得ることができる。例えば、反応溶液を瀘別することにより溶媒に不溶の脱水素化触媒を除いた後に、抽出溶媒として通常用いられる有機溶剤、例えばベンゼン、トルエン、ジエチルエーテル、ジクロロメタン、クロロホルム、酢酸エチル等を加え水で洗浄した後、有機層から目的化合物であるカルボニル化合物を得ることができる。また、濾過、遠心分離等により回収された脱水素触媒は、必要に応じて、洗浄や乾燥操作を行った後、再度脱水素触媒として使用できる。
【実施例】
【0035】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
実施例1
D−グルカール(化合物1)231mg、10%パラジウム炭素47.8mg、ニトロベンゼン54.4μlをアセトニトリル2mlに加え、50℃で48時間攪拌した。得られた反応混合物にピリジン0.8mlと無水酢酸0.6mlを加え、更に室温で12時間攪拌した。触媒をセライトで濾別し、得られた濾液を濃縮した。シリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製して、目的物である1,5−アンヒドロヘキ−1−エン−3−ウロースのジアセチル体(化合物2)を342.9mg得た。また、プロトン核磁気共鳴法により、化合物2と副生物である2−デオキシ−1,5−アンヒドロ−D−グルシトールのジアセチル体(化合物3)のモル比率を測定したところ98:2であった。化合物2と3を合わせた収率は99%であった。
【0036】
【化5】

【0037】
実施例2
ニトロベンゼンの量を28.0μlとした他は実施例1と同様な操作を行った。得られた化合物2と3のモル比率は78:22であり、化合物2と3を合わせた収率は100%であった。
【0038】
実施例3
ニトロベンゼンの量を164.8μlとした他は実施例1と同様な操作を行った。得られた化合物2と3のモル比率は100:0であり、化合物2と3を合わせた収率は100%であった。
【0039】
実施例4
原料アルコールとしてD−ガラクタール(化合物4)231mgとし、反応条件を80℃で24時間とした他は実施例1と同様な操作を行った。目的物である対応するエノン(化合物5)の収率は83%であった。
【化6】

【0040】
実施例5
原料アルコールとしてL−ランナール(化合物6)206mgとし、反応条件を80℃で48時間とした他は実施例1と同様な操作を行った。目的物である対応するエノン(化合物7)の収率は90%であった。
【化7】

【0041】
実施例6
4−アンドロステン−3,17−ジオール(化合物8)481mg、10%パラジウム炭素120mg、ニトロベンゼン54.4μlをアセトニトリル2mlに加え、80℃で3日間攪拌した。触媒をセライトで濾別し、得られた濾液を濃縮した。シリカゲルカラムクロマトグラフィーにて精製して、目的物であるテストステロン(化合物9)を392mg得た。収率は82%であった。
【化8】

【0042】
実施例7
原料アルコールとして、5−エストレン−3,17−ジオール(化合物10)459mgとした他は実施例6と同様な操作を行った。目的物である対応する19−ノルテストステロン(化合物11)を287mg得た。収率は63%であった。
【化9】

【0043】
比較例1
ニトロベンゼンを添加しなかった他は実施例1と同様な操作を行った。得られた化合物2と3のモル比率は47:53であり、化合物2と3を合わせた収率は88%であった。
【0044】
比較例2
ニトロベンゼンの代わりにエチレンガスを通気しながら攪拌を行った他は実施例1と同様な操作を行った。得られた化合物2と3のモル比率は97:3であり、化合物2と3を合わせた収率は100%であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂肪族アルコールのC-OH部分を酸化してC=O部分とする方法において、脱水素触媒及びニトロ化合物の存在下に脱水素反応して脂肪族アルコールを脂肪族カルボニル化合物とすることを特徴とする酸化方法。
【請求項2】
一般式(I)に示す水酸基を有する化合物を、脱水素触媒及びニトロ化合物の存在下に脱水素反応を行うことを特徴とするα,β−不飽和カルボニル化合物の製造方法。
【化1】

(式中、A,B,C,Dは、それぞれ独立に水素又は置換基であり、置換基である場合は、水酸基であってもよく、またA,B,C,Dの複数の置換基が一体となって環状構造を形成していてもよい。)
【請求項3】
一般式(I)のA,B,C,Dが、それぞれ独立に水素又は置換基であり、置換基である場合は、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、芳香族基、水酸基、メルカプト基、アミノ基、アルコキシ基、アルキルチオ基、ホルミル基、カルボキシル基、シアノ基、ニトロ基又はハロゲン原子を示し、これらが更に置換基を有しうる場合は、それぞれ更にアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、芳香族基、水酸基、メルカプト基、アミノ基、アルコキシ基、アルキルチオ基、ホルミル基、カルボキシル基、シアノ基、ニトロ基、ハロゲン原子により置換されていてもよい置換基である請求項2記載のα,β−不飽和カルボニル化合物の製造方法。
【請求項4】
脱水素触媒が周期律表第VIII族金属又はその化合物を含むものである請求項2又は3に記載のα,β−不飽和カルボニル化合物の製造方法。
【請求項5】
水酸基を有する化合物が一般式(II)に示す化合物である請求項2、3又は4に記載のα,β−不飽和カルボニル化合物の製造方法。
【化2】

(式中、nは1、2又は3の整数を示す。A,B,C,Dは、それぞれ独立に水素又は置換基であり、置換基である場合は、アルキル基、アルケニル基、アルキニル基、芳香族基、水酸基、メルカプト基、アミノ基、アルコキシ基、アルキルチオ基、ホルミル基、カルボキシル基、シアノ基、ニトロ基又はハロゲン原子を示し、これらが更に置換基を有しうる場合は、それぞれ更にアルキル基、アルケニル基、アルキニル基、芳香族基、水酸基、メルカプト基、アミノ基、アルコキシ基、アルキルチオ基、ホルミル基、カルボキシル基、シアノ基、ニトロ基、ハロゲン原子により置換されていてもよい置換基である。また、置換基A,B,C,Dの内で複数の置換基が一体となって環状構造を形成していてもよい。)

【公開番号】特開2007−84499(P2007−84499A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−277404(P2005−277404)
【出願日】平成17年9月26日(2005.9.26)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 1.研究集会名:2005年日本化学会第85春季年会 2.主催者:社団法人 日本化学会 3.開催日:平成17年3月26日
【出願人】(504150450)国立大学法人神戸大学 (421)
【出願人】(000006644)新日鐵化学株式会社 (747)
【Fターム(参考)】