イオンビーム制御装置および該方法
【課題】イオンビームにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさを制御し得るイオンビーム制御装置および制御方法を提供する。
【解決手段】イオンビーム制御装置Saは、イオンビーム生成部2、生成されたイオンビームIBが入射され、所定の大きさのエネルギー拡がりおよび動径方向における所定の大きさの直径でイオンビームIBが射出されるように、制御するイオンビーム制御部1aを備える。イオンビーム制御部1aでは、所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場による位相回転を少なくとも利用する。
【解決手段】イオンビーム制御装置Saは、イオンビーム生成部2、生成されたイオンビームIBが入射され、所定の大きさのエネルギー拡がりおよび動径方向における所定の大きさの直径でイオンビームIBが射出されるように、制御するイオンビーム制御部1aを備える。イオンビーム制御部1aでは、所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場による位相回転を少なくとも利用する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンビームを制御することができるイオンビーム制御装置およびイオンビーム制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
図12は、従来のイオンビーム制御装置の構成を示す図である。図13は、イオンビームのエネルギーに対する強度分布を示す図である。図13(A)は、パルスレーザの照射によって生成されたイオンビームのエネルギーに対する強度分布を示す模式図であり、図13(B)は、イオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギーに対する強度分布を示す模式図であり、そして、図13(C)は、その実験結果を示す図である。図13(A)〜(C)の横軸は、エネルギー(energy)を示し、それらの縦軸は、イオンビームの強度、すなわち、イオンの存在確率を示す。図13(C)の横軸の単位は、MeVであり、その縦軸の単位は、109/sr/shot/100keVである。
【0003】
図12に示すように、固体薄膜MFにパルス状のレーザ光(パルスレーザ光)PLが照射されると、パルスレーザ光PLによって固体薄膜MFが加熱され、ビーム状のイオン(イオンビーム)IBが生成される。このイオンビームIBにおけるエネルギーに対する強度分布(エネルギースペクトル)は、図13(A)に示すように、低エネルギー側に強度(イオンの存在確率)のピークが形成された後、エネルギーの増大と共に強度が指数関数的に減少する。このため、ユーザが所定のエネルギーを持ったイオンビームIBを利用したい場合、所定の強度が得られない場合があり、イオンビームIBを利用する上で不都合であった。
【0004】
そこで、図12に示すイオンビーム制御装置1000を用いてイオンビームIBにおけるエネルギーに対する強度分布を高周波電場による位相回転によって制御することが提案されている(非特許文献1、非特許文献2)。図12に示すイオンビーム制御装置1000は、円筒形状の筐体1001と、高周波の電場E(t)を生成する高周波電場生成部1002(1002−1〜1002−3)とを備える。高周波電場生成部1002は、イオンビームIBが通過すると共に当該イオンビームIBに高周波電場E(t)が作用するように配置された円筒形状の3個の第1ないし第3電場生成部材1002−1〜1002−3を備えて構成される。第1ないし第3電場生成部材1002−1〜1002−3は、互いに所定の間隔が空くように、かつ互いに中心軸が一致するように、かつ第1ないし第3電場生成部材1002−1〜1002−3の中心軸と筐体1001の中心軸とが互いに直交するように、筐体1001の一側面から他側面へ連なるようにそれぞれ配設される。より詳細には、第1電場生成部材1002−1は、筐体1001の側面を貫通するように、かつ第1電場生成部材1002−1の中心軸と筐体1001の中心軸とが互いに直交するように筐体1001の一側面に配設される。第2電場生成部材1002−2は、第1電場生成部材1002−1から所定の間隔を空けて第1電場生成部材1002−1の中心軸と第2電場生成部材1002−2の中心軸とが互いに一致するように、筐体1001の上蓋内面から垂下する支持部材1003によって支持されて筐体1001内に配設される。第3電場生成部材1002−3は、第2電場生成部材1002−2から所定の間隔を空けて第2電場生成部材1002−2の中心軸と第3電場生成部材1002−3の中心軸とが互いに一致するように、かつ筐体1001の側面を貫通するように、筐体1001の前記一側面に対向する他側面に配設される。そして、筐体1001および高周波電場生成部1002には、図略の交流電源によって高周波(RF)の交流電圧が印加される。これによって、第1電場生成部材1002−1と第2電場生成部材1002−2との間における第1空間(第1ギャップ)G1、および、第2電場生成部材1002−2と第3電場生成部材1002−3との間における第2空間(第2ギャップ)G2にそれぞれ高周波電場E(t)が生成される。
【0005】
このような構成のイオンビーム制御装置1000では、高周波電場E(t)による位相回転によって、図13(B)に示すように、イオンビームIBの或るエネルギーにおいて、強度のピークPKを生成することができる。これは、図13(C)に示すように、実験によっても確認されている。図13(C)の△は、位相回転がない場合における実験結果であり、□は、位相回転が80度の場合における実験結果であり、そして、■は、位相回転が215度の場合における実験結果である。位相回転がない場合では、エネルギーの増大と共に強度がなだらかに減少しているが、80度や215度のように位相回転がある場合では、複数の強度のピークが形成されている。
【0006】
これは、次のように説明される。図14は、イオンビームの位相回転を説明するための図である。図14の横軸は、高周波電場の位相(phase)を示し、その縦軸は、高周波電場E(t)の強度を示す。
【0007】
パルスレーザ光PLによって生成されたイオンビームIBは、図13(A)に示すように、様々なエネルギーを持つ複数のイオンによって構成されており、エネルギーの高いイオンは、エネルギーの低いイオンに較べて早く第1ギャップG1に到達する。したがって、図14に示すように、強度のピークを形成しようとしているエネルギーを持ったイオンPaを基準とすると、このイオンPaよりも高いエネルギーを持ったイオンPbは、このイオンPaよりも早く第1ギャップG1に到達し、このイオンPaよりも低いエネルギーを持ったイオンPcは、このイオンPaよりも遅く第1ギャップG1に到達することになる。このため、イオンPaよりも高いエネルギーを持ったイオンPbをイオンPaよりも小さいエネルギーだけ加速するように、そして、イオンPaよりも低いエネルギーを持ったイオンPcをイオンPaよりも大きいエネルギー分加速するように、高周波電場E(t)をイオンビームに作用させ、さらに、第1ギャップG1および第2ギャップG2において同一の位相で高周波電場E(t)がイオンPaに作用するように第1ギャップG1と第2ギャップG2との間の距離Lを設定すると、イオンPbのエネルギーおよびイオンPcのエネルギーがそれぞれイオンPaのエネルギーに近づく。この結果、イオンPaのエネルギーに強度のピークPKを形成することができる。このような高周波電場E(t)を用いてイオンビームIBのエネルギー広がりを圧縮することを高周波電場による位相回転と呼称している。
【0008】
一方、このようなイオンビームIBの適用例としては、例えば、イオンビームIBを照射することで微量元素を注入することにより表面改質を行う表面処理技術や、イオンビームIBを照射することによって癌細胞にダメージを与える粒子線治療等がある。一般に、X線やγ線等の放射線および中性子線では、体内の比較的浅い部位で線量が最大となり、徐々に線量が減少していく。このため、放射線や中性子線では、癌周辺の正常細胞にもダメージを与えてしまう。これに対し、陽子線や炭素イオン線等の粒子線では、体表面では線量が比較的少なく、深部で最大線量(Bragg peak、ブラッグピーク)となり、それより深部ではほとんど線量がゼロになるという特徴がある。そのため、粒子線では、このブラックピークを癌の病変部に合わせて照射すれば、深さ方向における周囲の正常細胞にあまり影響を与えることなく、癌細胞にダメージを与えることができる。従来、このような粒子線治療を行うためには、サイクロトロンやシンクロトロン等の比較的大掛かりな加速器が必要であった。
【非特許文献1】A.Noda et al.,Bean Science of Technology,Nol.6,2001.PP21-23
【非特許文献2】A.Noda et al.,Laser Physics 2006,Vol.16,No.4,PP647-653
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、上述のイオンビーム制御装置1000では、所定のエネルギーに強度のピークPKを形成する制御を行うことができるが、イオンビームIBが動径方向(進行方向に対し垂直な方向)に発散してしまうという不都合が生じた。また、第1ないし第3電場生成部材1002−1〜1002−3に一定以上の高電圧を印加すると静電破壊を生じるため、第1ないし第3電場生成部材1002−1〜1002−3に印加可能な電圧が制限される結果、高エネルギーのイオンビームIBの位相回転ができないという不都合も生じた。
【0010】
特に、イオンビームIBの利用を考えると、イオンビームIBにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向における大きさの制御(動径方向の収束)が望まれ、また、高エネルギー化が望まれる。
【0011】
本発明は、上述の事情に鑑みて為された発明であり、イオンビームにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができるイオンビーム制御装置およびイオンビーム制御方法を提供することを目的とする。また、イオンビームにおけるエネルギーの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができ、比較的高エネルギーのイオンビームを生成することができるイオンビーム制御装置およびイオンビーム制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、種々検討した結果、上記目的は、以下の本発明により達成されることを見出した。すなわち、本発明の一態様に係るイオンビーム制御装置は、イオンビームが入射され、所定の大きさのエネルギー拡がりおよび動径方向における所定の大きさの直径で前記イオンビームが射出されるように、前記所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場による位相回転を少なくとも利用することによって前記イオンビームを制御するイオンビーム制御部を備えることを特徴とする。そして、本発明の他の一態様に係るイオンビーム制御方法は、イオンビームが入射される工程と、所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するように高周波電場による位相回転によって前記イオンビームの存在確率を制御する工程と、前記所定の大きさのエネルギーおよび動径方向における所定の大きさの直径となるように、前記イオンビームのエネルギー拡がりおよび動径方向の直径を制御する工程とを備えることを特徴とする。
【0013】
このような構成のイオンビーム制御装置およびイオンビーム制御方法では、高周波電場による位相回転によって所望のエネルギーに強度のピークが形成される。このため、このような構成のイオンビーム制御装置およびイオンビーム制御方法は、この強度のピークを切り出すことによって、イオンビームにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができる。
【0014】
また、上述のイオンビーム制御装置において、前記イオンビーム制御部は、前記イオンビームが入射され、前記高周波電場による位相回転を行うギャップを備える高周波共振器と、前記高周波共振器から射出されたイオンビームが入射され、該入射されたイオンビームを前記所定の大きさのエネルギー拡がりおよび前記動径方向における所定の大きさの直径で射出するコリメータとを備えることを特徴とする。前記ギャップは、単一または複数を含む。
【0015】
このような構成のイオンビーム制御装置では、高周波共振器によって、所望のエネルギーに強度のピークが形成され、そして、コリメータによって、この強度のピークが切り出される。これにより、このような構成のイオンビーム制御装置は、イオンビームIBにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができる。
【0016】
さらに、上述のイオンビーム制御装置において、前記イオンビーム制御部は、前記イオンビームが入射され、前記高周波電場による位相回転を行う複数のギャップを備え、隣り合うギャップにおける高周波電場の位相が180度ずれている多重ギャップ高周波共振器を備えることを特徴とする。
【0017】
このような構成のイオンビーム制御装置では、多重ギャップ高周波共振器によって、所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場による位相回転が複数回繰り返される。これにより、このような構成のイオンビーム制御装置は、イオンビームにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができる。さらに、高周波電場による位相回転が複数回繰り返されるので、イオンビームの高エネルギー化を図ることもできる。
【0018】
そして、これら上述のイオンビーム制御装置において、前記イオンビーム制御部に入射されるイオンビームを生成するイオンビーム生成部をさらに備えることを特徴とする。このイオンビーム生成部は、パルスレーザ光を固体薄膜に照射することによってイオンビームを生成するレーザ生成イオンビーム生成装置であることが好ましい。
【0019】
このような構成のイオンビーム制御装置では、イオンビームを生成するイオンビーム生成部をさらに備えたイオンビーム制御装置が提供され、イオンビーム生成部を別途に用意する必要がない。
【0020】
また、この上述のイオンビーム制御装置において、前記高周波電場の周波数は、前記パルスレーザ光の周波数の整数倍であることを特徴とする。
【0021】
このような構成のイオンビーム制御装置では、高周波電場の周波数がパルスレーザ光の周波数の整数倍であるので、高周波電場の位相とパルスレーザ光のタイミングとを制御する場合に、その制御が容易となる。この結果、制御装置が簡易化される。
【0022】
さらに、これら上述のイオンビーム制御装置において、前記イオンビームの入射方向における電場方向が転換するタイミングで前記イオンビームが前記ギャップの中心位置に入射されるように、前記イオンビーム制御部における前記高周波電場の位相と前記イオンビーム生成部におけるイオンビームの生成タイミングとの同期を制御する同期制御部をさらに備えることを特徴とする。
【0023】
このような構成のイオンビーム制御装置では、同期制御部によって同期が制御されるので、高周波電場が形成する、イオンビームの入射方向における電場方向が転換するタイミングでイオンビームがギャップの中心位置に入射される。例えば、イオンビームが正イオンのビームである場合では、電場方向がイオンビームの入射方向の逆方向から該入射方向へ転換するタイミングでイオンビームがギャップの中心位置に入射されるように、同期が制御される。イオンビームにおけるイオンの極性に応じた電場方向の転換タイミングでイオンビームがギャップの中心位置に入射されるように、同期が制御される。このため、効率よく、所望のエネルギーにおける存在確率を増大させ、収束度合いを増大させることができる。
【0024】
そして、本発明の他の一態様に係るイオンビーム制御方法は、イオンビームが入射される工程と、前記所定の大きさのエネルギー拡がりおよび動径方向における所定の大きさの直径となるように、前記所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場による位相回転を複数繰り返す工程とを備えることを特徴とする。
【0025】
このような構成のイオンビーム制御方法では、所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場による位相回転が複数回繰り返される。これにより、このような構成のイオンビーム制御方法は、イオンビームにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができる。さらに、高周波電場による位相回転が複数回繰り返されるので、イオンビームの高エネルギー化を図ることもできる。
【発明の効果】
【0026】
本発明に係るイオンビーム制御装置およびイオンビーム制御方法は、イオンビームにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明に係る実施形態を図面に基づいて説明する。なお、各図において同一の符号を付した構成は、同一の構成であることを示し、その説明を省略する。
(第1の実施形態)
図1は、実施形態におけるイオンビーム制御装置の構成を示す図である。図2は、第1の実施形態におけるイオンビーム制御部の構成を示す図である。
【0028】
図1および図2において、イオンビーム制御装置Saは、イオンビームIBにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向(イオンビームIBの進行方向に直交する方向)の大きさを制御する装置であり、例えば、本実施形態では、イオンビームIBが入射され、予め設定された所定の大きさのエネルギー拡がりおよび予め設定された所定の大きさの動径方向における直径でイオンビームIBが射出されるように、この所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場E(t)による位相回転を少なくとも利用することによってイオンビームIBを制御するイオンビーム制御部1aと、イオンビーム制御部1aに入射されるイオンビームIBを生成するイオンビーム生成部2と、高周波電場E(t)の、イオンビームIBの入射方向における電場方向が転換するタイミングでイオンビームIBがイオンビーム制御部1における後述のギャップGの中心位置に入射されるように、イオンビーム制御部1aにおける高周波電場E(t)の位相とイオンビーム生成部2におけるイオンビームIBの生成タイミングとの同期を制御する同期制御部3とを備えて構成される。
【0029】
イオンビーム制御部1aは、例えば、本実施形態では、図2に示すように、イオンビームIBが入射され、所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場E(t)による位相回転を行うギャップを2個備える二重ギャップ高周波共振器11aと、二重ギャップ高周波共振器11aから射出されたイオンビームIBが入射され、この入射されたイオンビームIBを所定の大きさのエネルギー拡がりおよび所定の大きさの動径方向における直径で射出するコリメータ12とを備えて構成される。図2では、二重ギャップ高周波共振器11aは、縦断面図で示されている。
【0030】
二重ギャップ高周波共振器11aは、例えば、本実施形態では、円筒形状の筐体111aと、高周波の電場E(t)を生成する高周波電場生成部112a(112a−1〜112a−3)と、高周波(RF)の交流電源115aとを備える。
【0031】
なお、本明細書において、総称する場合には添え字を省略した参照符号で示し、個別の構成を指す場合には添え字を付した参照符号で示す。
【0032】
高周波電場生成部112aは、イオンビームIBが通過すると共に当該イオンビームIBに高周波電場E(t)が作用するように配置された円筒形状の3個の第1ないし第3電場生成部材112a−1〜112a−3を備えて構成される。第1ないし第3電場生成部材112a−1〜112a−3は、互いに所定の距離gが空くように、かつ互いに中心軸が一致するように、かつ第1ないし第3電場生成部材112a−1〜112a−3の中心軸と筐体111aの中心軸とが互いに直交するように、筐体111aの一側面から他側面へ連なるようにそれぞれ配設される。より詳細には、第1電場生成部材112a−1は、筐体111aの側面を貫通するように、かつ第1電場生成部材112a−1の中心軸と筐体111aの中心軸とが互いに直交するように筐体111aの一側面に配設される。第2電場生成部材112a−2は、第1電場生成部材112a−1から所定の距離gを空けて第1電場生成部材112a−1の中心軸と第2電場生成部材112a−2の中心軸とが互いに一致するように、筐体111aの上蓋内面から垂下するロッド形状の支持部材113aによって支持されて筐体111a内に配設される。第3電場生成部材112a−3は、第2電場生成部材112a−2から所定の距離gを空けて第2電場生成部材112a−2の中心軸と第3電場生成部材112a−3の中心軸とが互いに一致するように、かつ筐体111aの側面を貫通するように、筐体111aの前記一側面に対向する他側面に配設される。第1ないし第3電場生成部材112a−1〜112a−3における筐体111aの上蓋からの配設位置は、高周波電場E(t)の周波数(波長)に基づいて二重ギャップ高周波共振器11aが共振器を構成するように適宜に設定される。
【0033】
高周波電場生成部112aがこのように構成されることによって、第1電場生成部材112a−1と第2電場生成部材112a−2との間における第1空間(第1ギャップ)G1が形成され、そして、第2電場生成部材112a−2と第3電場生成部材112a−3との間における第2空間(第2ギャップ)G2が形成される。
【0034】
第2電場生成部材112−2の長さLは、(L+g)が高周波電場E(t)の1/2周期(半周期)の奇数倍の時間に、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンの速度を乗じた値に等しくなるように設定される。イオンの速度は、イオンの持つエネルギーから求められる。このように第2電場生成部材112−2の長さLが設定されると、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンは、第1ギャップG1の電場E(t)と第2ギャップの電場E(t)とのそれぞれから同一の位相で電場E(t)の作用を受けることになる。
【0035】
第1および第2ギャップG1、G2の距離gは、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンが2個のギャップの飛行中において高周波電場E(t)の位相を大きく変化させることなく(イオンの飛行中における高周波電場E(t)の変化が実質的な影響を受けることがない程度に小さく)、かつ、静電破壊が生じることなく必要とされる電圧が印加可能な距離に設定される。
【0036】
これら筐体111a、第1ないし第3電場生成部材112a−1〜112a−3および支持部材113aは、例えば金属(合金を含む)等の導体材料から形成されており、例えば、本実施形態は、導電特性や加工性等の観点から銅を用いて形成されている。
【0037】
交流電源115aは、その一方端子が筐体111aに接続されると共に、その他方端子が筐体111aに穿設された貫通孔114aを介して筐体111a内部に設置され、高周波の交流電圧が印加される。貫通孔114aには、絶縁部材が充填され、前記他方端子と筐体111aとは、絶縁されている。これによって第1および第2ギャップG1、G2のそれぞれに高周波電場E(t)が半周期ずれて生成される。交流電源115aは、同期制御部3からの同期信号によって高周波電場E(t)の位相が制御される。
【0038】
コリメータ12は、本実施形態では、例えば、磁場を生成しイオンビームIBに磁場を作用させる磁場生成部121と、貫通孔1221が形成された透過遮断部122とを備えて構成される。透過遮断部122は、磁場生成部121で磁場の作用を受けたイオンビームIBの進行方向に対して略垂直な方向Dに沿って移動可能に構成され、そして、貫通孔1221の直径が変更可能に構成されている。透過遮断部122は、重い元素によって構成される材料が好ましいが、加工の容易性や比較的低価格であることから、例えば、真鍮によって形成される。コリメータ12は、例えば、マグネットスペクトログラフである。またコリメータ12は、透過遮断部122の位置が固定され、磁場の強度が変更可能に構成されたマグネットスペクトロメータであってもよい。
【0039】
図1に戻って、イオンビーム生成部2は、本実施形態では、例えば、パルス状のレーザ光(パルスレーザ光)PLを固体薄膜23に照射することによってイオンビームIBを生成するレーザ生成イオンビーム生成装置であり、例えば、パルスレーザ光PLを発光して射出するレーザ光源21と、レーザ光源21から射出されたパルスレーザ光PLを集光して固体薄膜23へ射出する例えば放物面鏡等を備えて構成される光学系22と、薄膜状に形成された固体材料から成る固体薄膜23とを備えて構成される。固体薄膜23は、例えば、チタン、タンタルおよびポリイミド等の材料から形成される。固体薄膜23は、イオンビームIBをより良好に生成するためには、薄い方が好ましい。
【0040】
イオンビーム生成部2は、イオンビームIBの発生点(略固体薄膜23の配置位置)から二重ギャップ高周波共振器11aの第1電場生成部材112a−1にイオンビームIBが入射する位置までの距離が所定の長さとなるように配置される。イオンビームIBの時間的な拡がりは、発生直後は、極めて短く、飛行距離に応じて拡がる。この所定の長さは、このイオンビームIBの時間的な広がりが高周波電場E(t)の1/2周期未満となるように設定される。
【0041】
同期制御部3は、本実施形態では、例えば、イオンビーム生成部2のレーザ光源21からパルスレーザ光PLを照射する照射タイミングが通知され、この照射タイミングに基づいて、イオンビームIBの入射方向における電場E(t)方向が転換するタイミングでイオンビームIBがイオンビーム制御部1aに入射されるように、同期信号をイオンビーム制御部1aの交流電源115aへ通知し、イオンビーム制御部1aにおける高周波電場E(t)の位相とイオンビーム生成部2におけるイオンビームIBの生成タイミングとの同期を制御する回路である。
【0042】
ここで、高周波電場E(t)の周波数は、パルスレーザ光の周波数の整数倍に設定されている。このように高周波電場E(t)の周波数が設定されることにより、上記のように、高周波電場E(t)の位相とパルスレーザ光によって生成されたイオンビームIBにおける高周波電場E(t)への進入タイミングとを制御する場合に、その制御が容易となる。このため、同期制御部3が簡易に構成可能となる。
【0043】
次に、イオンビーム制御装置Saの動作について説明する。
【0044】
図3は、パルスレーザ光の発光タイミングと高周波電場の位相との関係を示す図である。図3の上段は、高周波電場E(t)における電場の強度の時間変化を示し、その下段は、イオンビームIBの進入タイミングを示す。図4は、実験結果およびシミュレーション結果を示す図である。図4の実線は、実験結果を示し、その破線は、シミュレーション結果を示す。図5ないし図7は、第1の実施形態におけるイオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギースペクトルおよび所定のエネルギーにおける動径方向のイオン粒子分布を示す図(その1〜その3)である。図5は、高周波電場E(t)の電圧(振幅)が50kVの場合であり、図6は、高周波電場E(t)の電圧(振幅)が80kVの場合であり、そして、図7は、高周波電場E(t)の電圧(振幅)が90kVの場合である。図5(A)、図6(A)および図7(A)は、エネルギースペクトルを示し、その横軸は、MeV単位で表すエネルギーであり、その縦軸は、強度(存在確率)である。図5(B)、(C)、図6(B)〜(G)および図7(B)、(C)は、イオン粒子分布を示し、その横軸および縦軸は、それぞれ、XYZ直交座標系において、イオンビームIBの進行方向をZ軸とした場合におけるX軸およびY軸である。図5(B)は、0.866〜0.877MeVの場合であり、図5(C)は、0.89〜0.90MeVの場合である。図6(B)は、0.65〜0.68MeVの場合であり、図6(C)は、0.68〜0.70MeVの場合であり、図6(D)は、0.70〜0.72MeVの場合であり、図6(E)は、0.83〜0.86MeVの場合であり、図6(F)は、0.86〜0.89MeVの場合であり、図6(G)は、0.89〜0.92MeVの場合である。そして、図7(B)は、0.82〜0.84MeVの場合であり、図7(C)は、0.92〜0.94MeVの場合である。
【0045】
イオンビーム生成部2のレーザ光源21は、予め設定された所定のパルス幅を持ったパルスレーザ光PLを予め設定された所定の周期で発光し、また、この発光のタイミングを同期制御部3へ通知する。レーザ光源21から射出されたパルスレーザ光PLは、光学系22で収束され、スポットで固体薄膜23に照射される。固体薄膜23にパルスレーザ光PLが照射されると、パルスレーザ光PLのエネルギーによって固体薄膜23が加熱され、固体薄膜23を形成する物質や固体薄膜表面に吸着されている水等がプラズマ化され、まず、電子(e−)が放出される。この電子に引かれてプロトン(H+)が放出されて飛行し、プロトンのイオンビームIBが生成される。このような熱的過程によってイオンビームIBが生成されるため、このイオンビームIBのエネルギー分布は、マックスウェル分布に従い、図13(A)に示すように、エネルギーの増大に従って強度(イオンの存在確率)が指数関数的に減少するプロファイルとなる。例えば、パルスレーザ光PLのパルス幅が約50〜100fsの場合に、固体薄膜23から放出される時点におけるイオンビームIBの時間的拡がりは、ピコ秒オーダ、例えば約1psとなる。
【0046】
例えば、固体薄膜23がチタンにより構成されている場合には、固体薄膜23は、約3〜5μmの厚みとされ、約3〜4TWのパルスレーザ光PLが直径約10μmのスポットで固体薄膜23に照射される。また例えば、固体薄膜23がタンタルにより構成されている場合には、固体薄膜23は、約3〜5μmの厚みとされ、約3〜4TWのパルスレーザ光PLが直径10μmのスポットで固体薄膜23に照射される。また例えば、固体薄膜23がポリイミドにより構成されている場合には、固体薄膜23は、約7.5μmの厚みとされ、約20TWのパルスレーザ光PLが直径10μmのスポットで固体薄膜23に照射される。
【0047】
なお、ヒータ等の熱を発生する熱源によって固体薄膜23を加熱することによりその表面に吸着されている水等を除去すること等によって、固体薄膜23を形成する物質のイオンビームIB、例えば炭素イオンのイオンビームIBが生成されると報告されている。
【0048】
このように生成されたイオンビームIBは、イオンビーム制御部1aに入射される。この入射されたイオンビームIBは、二重ギャップ高周波共振器11aに入射され、高周波電場生成部112aで高周波電場E(t)による位相回転が行われる。
【0049】
より具体的には、まず、この入射されたイオンビームIBは、第1電場生成部材112a−1を介して第1ギャップG1に入射され、高周波電場E(t)による位相回転が行われる。
【0050】
ここで、高周波電場E(t)の位相は、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーよりも高いエネルギーを持ったイオンビームIBのイオンが高周波電場E(t)から受ける作用によって減速し、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンビームIBのイオンが高周波電場E(t)から作用を受けることなく、そして、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーよりも低いエネルギーを持ったイオンビームIBのイオンが高周波電場E(t)から受ける作用によって加速するように、イオンビームIBの第1ギャップG1への入射タイミングと同期される。本実施形態では、図3に示すように、イオンビームIBのイオン(プロトン)が正電荷を持つため、高周波電場E(t)の正方向をイオンビームIBの進行方向(第1電場生成部材112a−1から第2電場生成部材112a−2へ向かう方向)とすると、イオンビームIBが第1ギャップG1の中心を通過するタイミングで正弦波の高周波電場E(t)が負から正に切り換わるように、高周波電場E(t)の位相が制御される。高周波電場E(t)の位相がこのように制御されるように、同期制御部3は、レーザ光源21からの発光タイミングの通知に基づいて同期信号を二重ギャップ高周波共振器11aの交流電源115aへ通知する。なお、イオンビームIBのイオンが負電荷である場合には、イオンビームIBが第1ギャップG1の中心を通過するタイミングで正弦波の高周波電場E(t)が正から負に切り換わるように、高周波電場E(t)の位相が制御される。
【0051】
また、第1ギャップG1に入射される前(位相回転する前)におけるイオンの状態を表すベクトルをSb、第1ギャップG1から射出された後(位相回転後)におけるイオンの状態を表すベクトルをSaとすると、Sa=F・Sbと表され、この式の位相回転マトリクスFは、式1のように表される。
【0052】
【数1】
【0053】
ここで、krおよびkzは、式2および式3のようにそれぞれ表される。
【0054】
【数2】
【0055】
【数3】
【0056】
ここで、qは、イオンの電荷量、V0は、ギャップGに印加される電圧、Tは、トランジェットタイムファクタ、gは、ギャップGの距離、φsは、前記形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンビームIBのイオンがギャップの中間位置を通過する際の高周波電場E(t)の位相、m0は、イオンの質量、cは、光速、βは、イオンの速度を光速で規格化した値(=(イオンの速度)/(光速))、γは、ローレンツファクタ、fは、高周波電場E(t)の周波数である。βおよびγの上付きのバーは、ギャップ中におけるその平均であることを示している。本実施形態では、qは、プロトンの電荷量であり、m0は、プロトンの質量である。
【0057】
この式1ないし式3によって計算(シミュレーション)した結果(図4の破線)と、実験結果(図4の実線)とを比較すると、図4に示すように、シミュレーション結果は、実験結果とよく一致しており、式1ないし式3は、イオンビームIBに作用する高周波電場E(t)による位相回転をよく表している。
【0058】
第1ギャップG1で位相回転したイオンビームIBは、第2電場生成部材112a−2を介して第2ギャップG2に入射され、高周波電場E(t)による位相回転が行われる。この位相回転は、第1ギャップG1と同様に、上記式1ないし式3によって表される。
【0059】
ここで、第1ギャップG1の距離gおよび第2電場生成部材112−2の長さLが上述のように設定されている。このため、第2ギャップG2の中間位置をイオンビームIBにおける前記形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンが通過した際における高周波電場E(t)の位相は、第1ギャップG1の中間をイオンビームIBにおける前記形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンが通過した際における高周波電場E(t)の位相と同じになる。このため、第2ギャップG2に入射したイオンビームIBは、高周波電場E(t)による位相回転によってこの形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーでさらにエネルギーが圧縮される。
【0060】
そして、二重ギャップ高周波共振器11で位相回転したイオンビームIBは、コリメータ12に入射され、この入射されたイオンビームIBは、コリメータ12でこの強度のピークに対応するエネルギーを持つイオンが選別され、さらに、所定の大きさの直径にされ、射出される。
【0061】
より具体的には、コリメータ12に入射したイオンビームIBは、まず、磁場生成部121に入射され、イオンビームIBの各イオンは、その運動量に応じて磁場によって進行方向(軌道)が曲げられ、図2に示すように、軌道b1〜b3に広がって透過遮断部122へ向かって飛行する。この磁場によって進行方向の曲げられる大きさは、運動量の大きいイオンでは小さく(軌道b1)、運動量の小さいイオンでは大きい(軌道b3)。このため、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンの軌道b2上に透過遮断部122の貫通孔1221が配置されるように、透過遮断部122を配置することによって、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンのみが選別され、コリメータ12から射出されることになる。そして、貫通孔1221の直径を前記所定の大きさに設定することによって、この所定の大きさの直径でイオンビームIBがコリメータ12から射出される。
【0062】
このように動作することにより、イオンビーム制御装置Saは、イオンビームIBにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができる。
【0063】
式1ないし式3を用いて50kV、80kVおよび90kVの各場合についてエネルギースペクトルをシミュレーションすると、各エネルギースペクトルは、図5(A)、図6(A)および図7(A)にそれぞれ示すように、複数のピーク(以下、「グローバルピーク」と呼称する。)を持ち、各ピークが2つのピーク(以下、「ローカルピーク」と呼称する。)に分かれるプロファイルとなっている。なお、シミュレーションに当たって、イオンビームIBの発生位置(固体薄膜23の配置位置)から二重ギャップ高周波共振器11aの第1電場生成部材112a−1へイオンビームIBが入射する位置までの距離は、1mに設定された。高周波電場E(t)の周波数は、80MHz近辺のレーザ光源21におけるマスタオシレータの周波数に設定され、第2電場生成部材112a−1の長さLは、10cmに設定され、第1および第2ギャップG1、G2は、2cmに設定された。
【0064】
例えば、高周波電場E(t)の電圧が50kVの場合であってエネルギーが0.866〜0.877MeVの場合では、図5(B)に示すように、イオンビームIBは、直径約0.06mの一様な径を形成する。また例えば、高周波電場E(t)の電圧が50kVの場合であってエネルギーが0.89〜0.90MeVの場合では、図5(C)に示すように、イオンビームIBは、直径約0.07m以内の領域に分布するが、その中心にエネルギー密度が高い直径約0.04mの収束部位が見られる。エネルギーが0.866〜0.877MeVの場合とエネルギーが0.89〜0.90MeVの場合とは、同一のグローバルピークに属するが、グローバルピークでもエネルギーによっては、エネルギー密度が高い収束部位が発生する。
【0065】
また例えば、高周波電場E(t)の電圧が80kVの場合であってエネルギーが0.65〜0.68MeVの場合では、図6(B)に示すように、イオンビームIBは、一様な直径約0.06mの分布を示す。また例えば、高周波電場E(t)の電圧が80kVの場合であってエネルギーが0.68〜0.70MeVの場合では、図6(C)に示すように、イオンビームIBは、直径約0.08mの分布を示すが、その中心にエネルギー密度が高い直径約0.03mの収束部位が見られる。また例えば、高周波電場E(t)の電圧が80kVの場合であってエネルギーが0.70〜0.72MeVの場合では、図6(D)に示すように、イオンビームIBは、直径約0.07mの分布を示すが、その中心にエネルギー密度が高い直径約0.02mの収束部位が見られる。エネルギーが0.65〜0.68MeVの場合とエネルギーが0.68〜0.70MeVの場合とエネルギーが0.70〜0.72MeVの場合とは、同一のグローバルピークに属するが、グローバルピークでもエネルギーによっては、エネルギー密度が高い収束部位が発生する。そして、エネルギーが高い方が、収束度合いがより高くなる傾向にある。
【0066】
また例えば、高周波電場E(t)の電圧が80kVの場合であってエネルギーが0.83〜0.86MeVの場合では、図6(E)に示すように、イオンビームIBは、エネルギー密度が一様な直径約0.06mの分布を示す。また例えば、高周波電場E(t)の電圧が80kVの場合であってエネルギーが0.86〜0.89MeVの場合では、図6(F)に示すように、イオンビームIBは、直径約0.08mの分布を示すが、その中心にエネルギー密度が高い直径約0.04mの収束部位が見られる。また例えば、高周波電場E(t)の電圧が80kVの場合であってエネルギーが0.89〜0.92MeVの場合では、図6(G)に示すように、イオンビームIBは、直径約0.08mの分布を示すが、その中心にエネルギー密度が高い直径約0.03mの収束部位が見られる。エネルギーが0.83〜0.86MeVの場合とエネルギーが0.86〜0.89MeVの場合とエネルギーが0.89〜0.92MeVの場合とは、同一のグローバルピークに属するが、グローバルピークでもエネルギーによっては、エネルギー密度が高い収束部位が発生する。そして、この例では、エネルギーが高い方が、収束度合いがより高くなる傾向にある。
【0067】
例えば、高周波電場E(t)の電圧が90kVの場合であってエネルギーが0.82〜0.84MeVの場合では、図7(B)に示すように、イオンビームIBは、エネルギー密度が一様な直径約0.06mの分布を示す。また例えば、高周波電場E(t)の電圧が90kVの場合であってエネルギーが0.92〜0.94MeVの場合では、図7(C)に示すように、イオンビームIBは、直径約0.08mの分布を示すが、その中心にエネルギー密度が高い直径約0.02mの収束部位が見られる。エネルギーが0.82〜0.84MeVの場合とエネルギーが0.92〜0.94MeVの場合とは、同一のグローバルピークに属するが、グローバルピークでもエネルギーによっては、エネルギー密度が高い収束部位が発生する。
【0068】
このような収束部位が生じるのは、イオンビームIBのイオンが正電荷であって、イオンビームIBが第1ギャップG1の中心位置を通過するタイミングにおいて正弦波の高周波電場E(t)が正から負に切り換わる場合には、第1ギャップG1に生じる電場E(t)の電気力線が、図2に示すように、第1ギャップG1の中央付近で絞られるような曲線であるため、イオンビームIBの進行方向において、第1ギャップG1の一方端からギャップG1の中央付近までは、イオンビームIBの中心へ向かう電場E(t)の成分が生じると共に、第1ギャップG1の中央付近から第1ギャップG1の他方端までも、高周波電場E(t)の向きが反転するため、外からイオンビームIBの中心に向かう電場E(t)の成分が生じるため、イオンビームIBの中心へ向かって収束するためである。第2ギャップG2についても同様である。なお、この場合には、エネルギーのピークは、形成されずに拡がる方向になる。
【0069】
そして、比較的小さい直径のイオンビームIBを利用する場合には、コリメータ12の遮断透過部122における貫通孔1221の直径を収束部位の直径以下に調整することにより収束部位をコリメータ12で選択的に取り出すことによって、エネルギー密度が一様なイオンビームIBを利用するよりも、収束部位を持つイオンビームIBを利用する方が、よりエネルギー密度の高いイオンビームIBを利用することができる。例えば、エネルギーが086〜0.9MeVであって直径0.04m以下のイオンビームIBを利用する場合、エネルギーが0.866〜0.877MeVのイオンビームIBを利用するよりも、収束部位を持つエネルギーが0.89〜0.90MeVのイオンビームIBを利用する方が、よりエネルギー密度が高くなる。また、コリメータ12の遮断透過部122における貫通孔1221の直径を収束部位の直径と一致するように調整することによって、効果的にエネルギー密度の高いイオンビームIBを生成することができる。
【0070】
なお、上述のイオンビームIBの生成およびイオンビームIBの制御は、予め設定された所定の真空度の真空中で行われる。このため、例えば、イオンビーム制御部1aおよびイオンビーム生成部2は、図略の真空チャンバ内に収納され、真空ポンプによって前記所定の真空度となるように排気される。
【0071】
また、上述の実施形態では、イオンビーム制御部1aにおけるイオンビームIBに電場を作用させ位相回転を行う高周波共振器は、高周波電場E(t)を形成する2個のギャップを備える二重ギャップ高周波共振器11aで構成されたが、高周波電場E(t)を形成する1個のギャップを備えるシングルギャップ高周波共振器や、高周波電場E(t)を形成する3個以上のギャップを備える多重ギャップ高周波共振器であってもよい。このような高周波共振器を備えたイオンビーム制御装置Saによっても同様にイオンビームIBにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさが制御可能となる。
【0072】
次に、別の実施形態について説明する。
(第2の実施形態)
イオンビームIBに作用する高周波電場E(t)は、静電破壊のため、一定の限界があり、また、第1の実施形態では、この高周波電場E(t)が生成されるギャップは、2個であるため、イオンビームIBの高エネルギー化に限界があった。第2の実施形態におけるイオンビーム制御装置は、ギャップを3個以上設けることにより、イオンビームIBの一層の高エネルギー化を図るものである。そして、ギャップが2個の二重ギャップ高周波共振器11aでは、イオンビームIBは、図5ないし図7に示すように、エネルギー密度が一様な状態で動径方向の直径が調整されるのではなくエネルギー密度の高い収束部位が存在する状態であるが、ギャップを複数設け、隣り合うギャップにおける高周波電場E(t)の位相を180度ずらすことにより、イオンビームIBは、後述するように、エネルギー密度が一様な状態で動径方向の直径が調整される。
【0073】
図8は、第2の実施形態におけるイオンビーム制御部の構成を示す図である。図8(A)は、イオンビーム制御部における高周波電場生成部の構成を示す模式図であり、図8(B)は、イオンビーム制御部の構成を示す斜視図である。
【0074】
第2の実施形態のイオンビーム制御装置Sbは、イオンビーム制御部1bと、イオンビーム生成部2と、同期制御部3とを備えて構成される。すなわち、第2の実施形態のイオンビーム制御装置Sbは、第1の実施形態のイオンビーム制御装置Saにおけるイオンビーム制御部1aの代わりに、イオンビーム制御部1bを用いるものである。このため、イオンビーム生成部2および同期制御部3の説明を省略する。
【0075】
イオンビーム制御部1bは、図8に示すように、イオンビームIBが入射され、所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場E(t)による位相回転を行うギャップを複数備え、隣り合うギャップにおける高周波電場E(t)の位相を180度ずらしている多重ギャップ高周波共振器11bを備えて構成される。図8に示す例では、多重ギャップ高周波共振器11b(イオンビーム制御部1b)は、第1ないし第6ギャップG1〜G6の6個のギャップを備えている。
【0076】
多重ギャップ高周波共振器11bは、例えば、本実施形態では、円筒形状の筐体111bと、高周波の電場E(t)を生成する高周波電場生成部112b(112b−1〜112b−7)と、高周波(RF)の交流電源115bとを備える。
【0077】
高周波電場生成部112bは、イオンビームIBが通過すると共に当該イオンビームIBに高周波の電場E(t)が作用するように配置された円筒形状の7個の第1ないし第7電場生成部材112b−1〜112b−7を備えて構成される。第1ないし第7電場生成部材112b−1〜112b−7は、互いに所定の距離gが空くように、かつ互いに中心軸が一致するように、かつ第1ないし第7電場生成部材112b−1〜112b−7の中心軸と筐体111bの中心軸とが互いに一致するように、筐体111bの内面から長尺方向に所定の間隔を空けて垂下または立設するロッド形状の第1ないし第7支持部材113b−1〜113b−7によって支持されて筐体111b内にその一端面から他端面へ連なるようにそれぞれ配設される。このような共振器は、その構造上の点において、ヴィデレー型共振器と同様の構造である。
【0078】
高周波電場生成部112bがこのように構成されることによって、第1電場生成部材112b−1と第2電場生成部材112b−2との間における第1空間(第1ギャップ)G1が形成され、第2電場生成部材112b−2と第3電場生成部材112b−3との間における第2空間(第2ギャップ)G2が形成され、第3電場生成部材112b−3と第4電場生成部材112b−4との間における第3空間(第3ギャップ)G3が形成され、第4電場生成部材112b−4と第5電場生成部材112b−5との間における第4空間(第4ギャップ)G4が形成され、第5電場生成部材112b−5と第6電場生成部材112b−6との間における第5空間(第5ギャップ)G5が形成され、そして、第6電場生成部材112b−6と第7電場生成部材112b−7との間における第6空間(第6ギャップ)G6が形成される。
【0079】
電場生成部材112b、図8(A)に示す位相回転空胴の例では、第2ないし第6電場生成部材112b−2〜112b−6の長さLは、(L+g)が高周波電場E(t)の1/2周期の偶数倍の時間に、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンの速度を乗じた値に等しくなるように設定される。第1および第7電場生成部材112b−1、112b−7は、上記第1空間(第1ギャップ)および上記第6空間(第6ギャップ)をそれぞれ形成するために必要な部材であり、任意の長さでよい。
【0080】
このように第2ないし第6電場生成部材112b−2〜112b−6の長さLが設定されると、この形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンは、第1ないし第6ギャップG1〜G6の電場E(t)のそれぞれから交互に180度(πラジアン)異なる位相で位相回転の作用を受けることになる。一般のヴィデレー型共振器では、隣り合うギャップGの中心位置をイオンが通過する際に電場E(t)の位相が同じになるように設定されるが、本実施形態に係る多重ギャップ高周波共振器11bは、この点で異なり、本実施形態に係る多重ギャップ高周波共振器11bでは、隣り合うギャップGの中心位置をイオンが通過する際に電場E(t)の位相が交互に180度ずつ変化するように設定される。後述するように、多重ギャップ高周波共振器11bにアルバレ型共振器の構造を採用した場合も同様である。
【0081】
第1ないし第6ギャップG1〜G6の距離gは、第1の実施形態の場合と同様に、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンがギャップの飛行中における高周波電場E(t)の位相を大きく変化させることなく、かつ、静電破壊が生じることなく必要とされる電圧が印加可能な距離に設定される。
【0082】
これら筐体111、電場生成部材112bおよび支持部材114bは、例えば金属(合金を含む)等の導体材料から形成されており、例えば、本実施形態は、導電特性や加工性等の観点から銅から形成されている。
【0083】
交流電源115bは、その一方端子が筐体111bに接続されると共に、その他方端子が筐体111bに穿設された貫通孔114bを介して筐体111b内に配置され、高周波の交流電圧が印加される。貫通孔114bには、絶縁部材が充填され、前記他方端子と筐体111bとは、絶縁されている。これによって第1ないし第6ギャップG1〜G6のそれぞれに高周波電場(E(t))が順次に半周期ずつずれて生成される。交流電源115bは、同期制御部3からの同期信号によって高周波電場E(t)の位相が制御される。
【0084】
図9は、第2の実施形態におけるイオンビーム制御部の他の構成を示す図である。
【0085】
なお、高周波電場E(t)を形成する共振器の方式としては、上述の他に、例えば、図9に示すように、第1ないし第7電場生成部材112b−1〜112b−7が第1ないし第7支持部材113b−1〜113b−7によってすべて同一方向から立設(または垂下)される共振器であってもよい。このような共振器は、その構造上の点において、アルバレ型共振器と同様の構造である。このアルバレ型共振器構造による位相回転空胴の場合では、(L+g)が高周波電場E(t)の1/2周期の奇数倍の時間に、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンの速度を乗じた値に等しくなるように、第2ないし第6電場生成部材112b−2〜112b−6の長さLが設定される。このようなアルバレ型共振器は、ヴィデレー型共振器に較べて電場生成部材112bの長さLを短くすることができ、共振器の小型化が可能となる。
【0086】
次に、イオンビーム制御装置Sbの動作について説明する。
【0087】
図10は、第2の実施形態におけるイオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギースペクトルおよび所定のエネルギーにおける動径方向のイオン粒子分布を示す図である。図11は、比較例として、イオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギースペクトルおよび所定のエネルギーにおける動径方向のイオン粒子分布を示す図である。図11は、隣り合うギャップGの位相のみ図10の場合と相違し、隣り合うギャップGの位相が同一とされている場合である。図10(A)および図11(A)は、エネルギースペクトルを示し、その横軸は、MeV単位で表すエネルギーであり、その縦軸は、強度(存在確率)である。図10(B)および(C)ならびに図11(B)および(C)は、イオン粒子分布を示し、その横軸および縦軸は、それぞれ、XYZ直交座標系において、イオンビームIBの進行方向をZ軸とした場合におけるX軸およびY軸である。図10(B)および図11(C)は、位相回転させた場合であり、図10(C)および図11(B)は、位相回転のない場合である。
【0088】
イオンビーム生成部2は、第1の実施形態と同様に、パルスレーザ光PLを固体薄膜23に照射することによってプロトン(H+)のイオンビームIBを射出し、また、パルスレーザ光PLの発光のタイミングを同期制御部3へ通知する。イオンビーム生成部2から射出されたイオンビームIBは、イオンビーム制御部1bに入射される。この入射されたイオンビームIBは、多重ギャップ高周波共振器11bに入射され、高周波電場生成部112bで高周波電場E(t)による位相回転が行われる。
【0089】
より具体的には、まず、この入射されたイオンビームIBは、第1電場生成部材112b−1を介して第1ギャップG1に入射され、高周波電場E(t)による位相回転が行われる。
【0090】
ここで、高周波電場E(t)の位相は、第1の実施形態と同様に、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーよりも高いエネルギーを持ったイオンビームIBのイオンが高周波電場E(t)から受ける作用によって減速し、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンビームIBのイオンが高周波電場E(t)から作用を受けることなく、そして、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーよりも低いエネルギーを持ったイオンビームIBのイオンが高周波電場E(t)から受ける作用によって加速するように、イオンビームIBの第1ギャップG1への入射タイミングと同期される。本実施形態では、イオンビームIBのイオンが正電荷を持つので、イオンビームIBがギャップの中心を通過するタイミングで正弦波の高周波電場E(t)が負から正に切り換わるように、パルスレーザ光PLが発光するタイミングに基づく同期制御部3の同期信号であって、交流電源115bへ通知された同期制御部3の同期信号によって高周波電場E(t)の位相が制御される。
【0091】
次に、この位相回転が行われたイオンビームIBは、第2電場生成部材112b−2を介して第2ギャップG2に入射され、高周波電場E(t)による位相回転が行われる。次に、この位相回転が行われたイオンビームIBは、第3電場生成部材112b−3を介して第3ギャップG3に入射され、高周波電場E(t)による位相回転が行われる。次に、この位相回転が行われたイオンビームIBは、第4電場生成部材112b−4を介して第4ギャップG4に入射され、高周波電場E(t)による位相回転が行われる。次に、この位相回転が行われたイオンビームIBは、第5電場生成部材112b−5を介して第5ギャップG5に入射され、高周波電場E(t)による位相回転が行われる。次に、この位相回転が行われたイオンビームIBは、第6電場生成部材112b−6を介して第6ギャップG6に入射され、高周波電場E(t)による位相回転が行われる。そして、この位相回転が行われたイオンビームIBは、第7電場生成部材112b−7から射出され、イオンビーム制御部11bから射出される。
【0092】
イオンビーム制御部11bに入射したイオンビームIBは、このように第1ないし第6ギャップG1〜G6で順次に高周波電場E(t)による位相回転が行われる。第1ないし第6ギャップG1〜G6における高周波電場E(t)による位相回転は、第1の実施形態と同様に、上記式1ないし式3によって表される。
【0093】
ここで、第1ないし第6ギャップG1〜G6および第2ないし第6電場生成部材112b−2〜112b−6の各長さLが上述のように設定されている。このため、高周波電場E(t)の方向が負から正に切り換わるタイミングでイオンビームIBがギャップGの中心位置を通過するように、イオンビームIBがギャップGに進入する場合では、イオンビームIBのエネルギー拡がりが収束される一方でイオンビームIBの動径方向における大きさが拡がる。そして、次のギャップGでは、高周波電場E(t)の方向が正から負に切り換わるタイミングでイオンビームIBがギャップGの中心位置を通過するように、イオンビームIBがギャップGに進入する。この場合では、イオンビームIBのエネルギー拡がりが拡散される一方でイオンビームIBの動径方向における大きさが収束される。したがって、第1ないし第6ギャップG2〜G6に入射したイオンビームIBは、高周波電場E(t)による位相回転によってこの形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーで、エネルギーの圧縮および緩和がギャップごとに順次に繰り返され、そして、その動径方向の大きさの発散および収束がギャップごとに順次に繰り返される。
【0094】
このように動作することにより、結果的に、イオンビーム制御装置Sbは、イオンビームIBにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができ、また、イオンビームIBを高エネルギーにすることができる。
【0095】
なお、イオンビームIBのより高エネルギー化の観点からは、高周波電場E(t)の方向が負から正に切り換わるタイミングよりもずれたタイミングでイオンビームIBがギャップGの中心位置を通過するように、イオンビームIBがギャップGに進入するようにイオンビーム制御装置Sbが構成される方が好ましい場合もある。
【0096】
式1ないし式3を用いてシミュレーションすると、エネルギースペクトルは、アルバレ型共振器構造では、図10(A)に示すように、エネルギーが9MeV〜11MeVの範囲で9.6MeV付近、10MeV付近および10.5MeV付近に3個のピークを持ったプロファイルとなっている。9.6MeV付近のピークは、2個のローカルピークからなっており、そのエネルギーは、10+7から約1.7×10+8へ約17倍になっている。10MeV付近のピークは、単一のピークからなっており、そのエネルギーは、10+7から約3.3×10+8へ約33倍になっている。そして、10.5MeV付近のピークは、2個のローカルピークからなっており、そのエネルギーは、10+7から約3×10+8へ約30倍になっている。さらに、図10(B)と図10(C)を比較すると分かるように、例えば、10MeV付近のピークでは、エネルギー密度が一様な状態を維持しつつ動径方向の直径が高周波電場E(t)による位相回転を行わない図10(C)の場合(直径約0.024mの分布)に較べて高周波電場E(t)による位相回転を行った図10(B)の場合(直径約0.022mの分布)の方が小さく成っている。
【0097】
これに対し、比較例として、隣り合うギャップGにおける高周波電場E(t)の位相を180度ずらすことなく、高周波電場E(t)の位相が常に負から正へ転換するタイミングでイオンビームIBが各ギャップGの中央位置を通過するように設定されている場合、すなわち、エネルギー圧縮のみを行う場合では、図11に示すように、動径方向に発散している。
【0098】
200MeVで強度のピークを持つように多重ギャップ高周波共振器11bを設計して式1ないし式3を用いてシミュレーションすると、エネルギースペクトルは、アルバレ型共振器構造では、図11(A)に示すように、エネルギーが190MeV〜210MeVの範囲で単一のピークを持ったプロファイルとなっており、そのピークのエネルギーは、10+7から10+9へ100倍になっている。そして、図11(B)と図11(C)を比較すると分かるように、そのピークでは、エネルギー密度が一様な状態を維持しつつ動径方向の直径が高周波電場E(t)による位相回転を行わない図11(B)の場合(直径約0.028mの分布)に較べて高周波電場E(t)による位相回転を行った図11(C)の場合(直径約0.032mの分布)の方が大きく成っている。
【0099】
なお、シミュレーションに当たって、イオンビームIBの発生位置(固体薄膜23の配置位置)から多重ギャップ高周波共振器11bの第1電場生成部材112b−1へイオンビームIBが入射する位置までの距離は、1mに設定された。高周波電場E(t)の周波数は、1.6GHzに設定され、第2ないし第6電場生成部材112b−2〜112b−6の長さLは、8.62cmに設定され、第1ないし第6ギャップG1〜G6は、2cmに設定された。
【0100】
本発明を表現するために、上述において図面を参照しながら実施形態を通して本発明を適切且つ十分に説明したが、当業者であれば上述の実施形態を変更及び/又は改良することは容易に為し得ることであると認識すべきである。従って、当業者が実施する変更形態又は改良形態が、請求の範囲に記載された請求項の権利範囲を離脱するレベルのものでない限り、当該変更形態又は当該改良形態は、当該請求項の権利範囲に包括されると解釈される。
【図面の簡単な説明】
【0101】
【図1】実施形態におけるイオンビーム制御装置の構成を示す図である。
【図2】第1の実施形態におけるイオンビーム制御部の構成を示す図である。
【図3】パルスレーザ光の発光タイミングと高周波電場の位相との関係を示す図である。
【図4】実験結果およびシミュレーション結果を示す図である。
【図5】第1の実施形態におけるイオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギースペクトルおよび所定のエネルギーにおける動径方向のイオン粒子分布を示す図(その1)である。
【図6】第1の実施形態におけるイオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギースペクトルおよび所定のエネルギーにおける動径方向のイオン粒子分布を示す図(その2)である。
【図7】第1の実施形態におけるイオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギースペクトルおよび所定のエネルギーにおける動径方向のイオン粒子分布を示す図(その3)である。
【図8】第2の実施形態におけるイオンビーム制御部の構成を示す図である。
【図9】第2の実施形態におけるイオンビーム制御部の他の構成を示す図である。
【図10】第2の実施形態におけるイオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギースペクトルおよび所定のエネルギーにおける動径方向のイオン粒子分布を示す図である。
【図11】比較例として、イオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギースペクトルおよび所定のエネルギーにおける動径方向のイオン粒子分布を示す図である。
【図12】従来のイオンビーム制御装置の構成を示す図である。
【図13】イオンビームのエネルギーに対する強度分布を示す図である。
【図14】イオンビームの位相回転を説明するための図である。
【符号の説明】
【0102】
Sa、Sb イオンビーム制御装置
1a、1b イオンビーム制御部
2 イオンビーム生成部
3 同期制御部
11a 二重ギャップ高周波共振器
11b 多重ギャップ高周波共振器
12 コリメータ
112a、112b 電場生成部材
115a、115b 交流電源
121 磁場生成部
122 透過遮断部
1221 貫通孔
21 レーザ光源
22 光学系
23 固体薄膜
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンビームを制御することができるイオンビーム制御装置およびイオンビーム制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
図12は、従来のイオンビーム制御装置の構成を示す図である。図13は、イオンビームのエネルギーに対する強度分布を示す図である。図13(A)は、パルスレーザの照射によって生成されたイオンビームのエネルギーに対する強度分布を示す模式図であり、図13(B)は、イオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギーに対する強度分布を示す模式図であり、そして、図13(C)は、その実験結果を示す図である。図13(A)〜(C)の横軸は、エネルギー(energy)を示し、それらの縦軸は、イオンビームの強度、すなわち、イオンの存在確率を示す。図13(C)の横軸の単位は、MeVであり、その縦軸の単位は、109/sr/shot/100keVである。
【0003】
図12に示すように、固体薄膜MFにパルス状のレーザ光(パルスレーザ光)PLが照射されると、パルスレーザ光PLによって固体薄膜MFが加熱され、ビーム状のイオン(イオンビーム)IBが生成される。このイオンビームIBにおけるエネルギーに対する強度分布(エネルギースペクトル)は、図13(A)に示すように、低エネルギー側に強度(イオンの存在確率)のピークが形成された後、エネルギーの増大と共に強度が指数関数的に減少する。このため、ユーザが所定のエネルギーを持ったイオンビームIBを利用したい場合、所定の強度が得られない場合があり、イオンビームIBを利用する上で不都合であった。
【0004】
そこで、図12に示すイオンビーム制御装置1000を用いてイオンビームIBにおけるエネルギーに対する強度分布を高周波電場による位相回転によって制御することが提案されている(非特許文献1、非特許文献2)。図12に示すイオンビーム制御装置1000は、円筒形状の筐体1001と、高周波の電場E(t)を生成する高周波電場生成部1002(1002−1〜1002−3)とを備える。高周波電場生成部1002は、イオンビームIBが通過すると共に当該イオンビームIBに高周波電場E(t)が作用するように配置された円筒形状の3個の第1ないし第3電場生成部材1002−1〜1002−3を備えて構成される。第1ないし第3電場生成部材1002−1〜1002−3は、互いに所定の間隔が空くように、かつ互いに中心軸が一致するように、かつ第1ないし第3電場生成部材1002−1〜1002−3の中心軸と筐体1001の中心軸とが互いに直交するように、筐体1001の一側面から他側面へ連なるようにそれぞれ配設される。より詳細には、第1電場生成部材1002−1は、筐体1001の側面を貫通するように、かつ第1電場生成部材1002−1の中心軸と筐体1001の中心軸とが互いに直交するように筐体1001の一側面に配設される。第2電場生成部材1002−2は、第1電場生成部材1002−1から所定の間隔を空けて第1電場生成部材1002−1の中心軸と第2電場生成部材1002−2の中心軸とが互いに一致するように、筐体1001の上蓋内面から垂下する支持部材1003によって支持されて筐体1001内に配設される。第3電場生成部材1002−3は、第2電場生成部材1002−2から所定の間隔を空けて第2電場生成部材1002−2の中心軸と第3電場生成部材1002−3の中心軸とが互いに一致するように、かつ筐体1001の側面を貫通するように、筐体1001の前記一側面に対向する他側面に配設される。そして、筐体1001および高周波電場生成部1002には、図略の交流電源によって高周波(RF)の交流電圧が印加される。これによって、第1電場生成部材1002−1と第2電場生成部材1002−2との間における第1空間(第1ギャップ)G1、および、第2電場生成部材1002−2と第3電場生成部材1002−3との間における第2空間(第2ギャップ)G2にそれぞれ高周波電場E(t)が生成される。
【0005】
このような構成のイオンビーム制御装置1000では、高周波電場E(t)による位相回転によって、図13(B)に示すように、イオンビームIBの或るエネルギーにおいて、強度のピークPKを生成することができる。これは、図13(C)に示すように、実験によっても確認されている。図13(C)の△は、位相回転がない場合における実験結果であり、□は、位相回転が80度の場合における実験結果であり、そして、■は、位相回転が215度の場合における実験結果である。位相回転がない場合では、エネルギーの増大と共に強度がなだらかに減少しているが、80度や215度のように位相回転がある場合では、複数の強度のピークが形成されている。
【0006】
これは、次のように説明される。図14は、イオンビームの位相回転を説明するための図である。図14の横軸は、高周波電場の位相(phase)を示し、その縦軸は、高周波電場E(t)の強度を示す。
【0007】
パルスレーザ光PLによって生成されたイオンビームIBは、図13(A)に示すように、様々なエネルギーを持つ複数のイオンによって構成されており、エネルギーの高いイオンは、エネルギーの低いイオンに較べて早く第1ギャップG1に到達する。したがって、図14に示すように、強度のピークを形成しようとしているエネルギーを持ったイオンPaを基準とすると、このイオンPaよりも高いエネルギーを持ったイオンPbは、このイオンPaよりも早く第1ギャップG1に到達し、このイオンPaよりも低いエネルギーを持ったイオンPcは、このイオンPaよりも遅く第1ギャップG1に到達することになる。このため、イオンPaよりも高いエネルギーを持ったイオンPbをイオンPaよりも小さいエネルギーだけ加速するように、そして、イオンPaよりも低いエネルギーを持ったイオンPcをイオンPaよりも大きいエネルギー分加速するように、高周波電場E(t)をイオンビームに作用させ、さらに、第1ギャップG1および第2ギャップG2において同一の位相で高周波電場E(t)がイオンPaに作用するように第1ギャップG1と第2ギャップG2との間の距離Lを設定すると、イオンPbのエネルギーおよびイオンPcのエネルギーがそれぞれイオンPaのエネルギーに近づく。この結果、イオンPaのエネルギーに強度のピークPKを形成することができる。このような高周波電場E(t)を用いてイオンビームIBのエネルギー広がりを圧縮することを高周波電場による位相回転と呼称している。
【0008】
一方、このようなイオンビームIBの適用例としては、例えば、イオンビームIBを照射することで微量元素を注入することにより表面改質を行う表面処理技術や、イオンビームIBを照射することによって癌細胞にダメージを与える粒子線治療等がある。一般に、X線やγ線等の放射線および中性子線では、体内の比較的浅い部位で線量が最大となり、徐々に線量が減少していく。このため、放射線や中性子線では、癌周辺の正常細胞にもダメージを与えてしまう。これに対し、陽子線や炭素イオン線等の粒子線では、体表面では線量が比較的少なく、深部で最大線量(Bragg peak、ブラッグピーク)となり、それより深部ではほとんど線量がゼロになるという特徴がある。そのため、粒子線では、このブラックピークを癌の病変部に合わせて照射すれば、深さ方向における周囲の正常細胞にあまり影響を与えることなく、癌細胞にダメージを与えることができる。従来、このような粒子線治療を行うためには、サイクロトロンやシンクロトロン等の比較的大掛かりな加速器が必要であった。
【非特許文献1】A.Noda et al.,Bean Science of Technology,Nol.6,2001.PP21-23
【非特許文献2】A.Noda et al.,Laser Physics 2006,Vol.16,No.4,PP647-653
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、上述のイオンビーム制御装置1000では、所定のエネルギーに強度のピークPKを形成する制御を行うことができるが、イオンビームIBが動径方向(進行方向に対し垂直な方向)に発散してしまうという不都合が生じた。また、第1ないし第3電場生成部材1002−1〜1002−3に一定以上の高電圧を印加すると静電破壊を生じるため、第1ないし第3電場生成部材1002−1〜1002−3に印加可能な電圧が制限される結果、高エネルギーのイオンビームIBの位相回転ができないという不都合も生じた。
【0010】
特に、イオンビームIBの利用を考えると、イオンビームIBにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向における大きさの制御(動径方向の収束)が望まれ、また、高エネルギー化が望まれる。
【0011】
本発明は、上述の事情に鑑みて為された発明であり、イオンビームにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができるイオンビーム制御装置およびイオンビーム制御方法を提供することを目的とする。また、イオンビームにおけるエネルギーの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができ、比較的高エネルギーのイオンビームを生成することができるイオンビーム制御装置およびイオンビーム制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、種々検討した結果、上記目的は、以下の本発明により達成されることを見出した。すなわち、本発明の一態様に係るイオンビーム制御装置は、イオンビームが入射され、所定の大きさのエネルギー拡がりおよび動径方向における所定の大きさの直径で前記イオンビームが射出されるように、前記所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場による位相回転を少なくとも利用することによって前記イオンビームを制御するイオンビーム制御部を備えることを特徴とする。そして、本発明の他の一態様に係るイオンビーム制御方法は、イオンビームが入射される工程と、所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するように高周波電場による位相回転によって前記イオンビームの存在確率を制御する工程と、前記所定の大きさのエネルギーおよび動径方向における所定の大きさの直径となるように、前記イオンビームのエネルギー拡がりおよび動径方向の直径を制御する工程とを備えることを特徴とする。
【0013】
このような構成のイオンビーム制御装置およびイオンビーム制御方法では、高周波電場による位相回転によって所望のエネルギーに強度のピークが形成される。このため、このような構成のイオンビーム制御装置およびイオンビーム制御方法は、この強度のピークを切り出すことによって、イオンビームにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができる。
【0014】
また、上述のイオンビーム制御装置において、前記イオンビーム制御部は、前記イオンビームが入射され、前記高周波電場による位相回転を行うギャップを備える高周波共振器と、前記高周波共振器から射出されたイオンビームが入射され、該入射されたイオンビームを前記所定の大きさのエネルギー拡がりおよび前記動径方向における所定の大きさの直径で射出するコリメータとを備えることを特徴とする。前記ギャップは、単一または複数を含む。
【0015】
このような構成のイオンビーム制御装置では、高周波共振器によって、所望のエネルギーに強度のピークが形成され、そして、コリメータによって、この強度のピークが切り出される。これにより、このような構成のイオンビーム制御装置は、イオンビームIBにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができる。
【0016】
さらに、上述のイオンビーム制御装置において、前記イオンビーム制御部は、前記イオンビームが入射され、前記高周波電場による位相回転を行う複数のギャップを備え、隣り合うギャップにおける高周波電場の位相が180度ずれている多重ギャップ高周波共振器を備えることを特徴とする。
【0017】
このような構成のイオンビーム制御装置では、多重ギャップ高周波共振器によって、所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場による位相回転が複数回繰り返される。これにより、このような構成のイオンビーム制御装置は、イオンビームにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができる。さらに、高周波電場による位相回転が複数回繰り返されるので、イオンビームの高エネルギー化を図ることもできる。
【0018】
そして、これら上述のイオンビーム制御装置において、前記イオンビーム制御部に入射されるイオンビームを生成するイオンビーム生成部をさらに備えることを特徴とする。このイオンビーム生成部は、パルスレーザ光を固体薄膜に照射することによってイオンビームを生成するレーザ生成イオンビーム生成装置であることが好ましい。
【0019】
このような構成のイオンビーム制御装置では、イオンビームを生成するイオンビーム生成部をさらに備えたイオンビーム制御装置が提供され、イオンビーム生成部を別途に用意する必要がない。
【0020】
また、この上述のイオンビーム制御装置において、前記高周波電場の周波数は、前記パルスレーザ光の周波数の整数倍であることを特徴とする。
【0021】
このような構成のイオンビーム制御装置では、高周波電場の周波数がパルスレーザ光の周波数の整数倍であるので、高周波電場の位相とパルスレーザ光のタイミングとを制御する場合に、その制御が容易となる。この結果、制御装置が簡易化される。
【0022】
さらに、これら上述のイオンビーム制御装置において、前記イオンビームの入射方向における電場方向が転換するタイミングで前記イオンビームが前記ギャップの中心位置に入射されるように、前記イオンビーム制御部における前記高周波電場の位相と前記イオンビーム生成部におけるイオンビームの生成タイミングとの同期を制御する同期制御部をさらに備えることを特徴とする。
【0023】
このような構成のイオンビーム制御装置では、同期制御部によって同期が制御されるので、高周波電場が形成する、イオンビームの入射方向における電場方向が転換するタイミングでイオンビームがギャップの中心位置に入射される。例えば、イオンビームが正イオンのビームである場合では、電場方向がイオンビームの入射方向の逆方向から該入射方向へ転換するタイミングでイオンビームがギャップの中心位置に入射されるように、同期が制御される。イオンビームにおけるイオンの極性に応じた電場方向の転換タイミングでイオンビームがギャップの中心位置に入射されるように、同期が制御される。このため、効率よく、所望のエネルギーにおける存在確率を増大させ、収束度合いを増大させることができる。
【0024】
そして、本発明の他の一態様に係るイオンビーム制御方法は、イオンビームが入射される工程と、前記所定の大きさのエネルギー拡がりおよび動径方向における所定の大きさの直径となるように、前記所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場による位相回転を複数繰り返す工程とを備えることを特徴とする。
【0025】
このような構成のイオンビーム制御方法では、所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場による位相回転が複数回繰り返される。これにより、このような構成のイオンビーム制御方法は、イオンビームにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができる。さらに、高周波電場による位相回転が複数回繰り返されるので、イオンビームの高エネルギー化を図ることもできる。
【発明の効果】
【0026】
本発明に係るイオンビーム制御装置およびイオンビーム制御方法は、イオンビームにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明に係る実施形態を図面に基づいて説明する。なお、各図において同一の符号を付した構成は、同一の構成であることを示し、その説明を省略する。
(第1の実施形態)
図1は、実施形態におけるイオンビーム制御装置の構成を示す図である。図2は、第1の実施形態におけるイオンビーム制御部の構成を示す図である。
【0028】
図1および図2において、イオンビーム制御装置Saは、イオンビームIBにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向(イオンビームIBの進行方向に直交する方向)の大きさを制御する装置であり、例えば、本実施形態では、イオンビームIBが入射され、予め設定された所定の大きさのエネルギー拡がりおよび予め設定された所定の大きさの動径方向における直径でイオンビームIBが射出されるように、この所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場E(t)による位相回転を少なくとも利用することによってイオンビームIBを制御するイオンビーム制御部1aと、イオンビーム制御部1aに入射されるイオンビームIBを生成するイオンビーム生成部2と、高周波電場E(t)の、イオンビームIBの入射方向における電場方向が転換するタイミングでイオンビームIBがイオンビーム制御部1における後述のギャップGの中心位置に入射されるように、イオンビーム制御部1aにおける高周波電場E(t)の位相とイオンビーム生成部2におけるイオンビームIBの生成タイミングとの同期を制御する同期制御部3とを備えて構成される。
【0029】
イオンビーム制御部1aは、例えば、本実施形態では、図2に示すように、イオンビームIBが入射され、所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場E(t)による位相回転を行うギャップを2個備える二重ギャップ高周波共振器11aと、二重ギャップ高周波共振器11aから射出されたイオンビームIBが入射され、この入射されたイオンビームIBを所定の大きさのエネルギー拡がりおよび所定の大きさの動径方向における直径で射出するコリメータ12とを備えて構成される。図2では、二重ギャップ高周波共振器11aは、縦断面図で示されている。
【0030】
二重ギャップ高周波共振器11aは、例えば、本実施形態では、円筒形状の筐体111aと、高周波の電場E(t)を生成する高周波電場生成部112a(112a−1〜112a−3)と、高周波(RF)の交流電源115aとを備える。
【0031】
なお、本明細書において、総称する場合には添え字を省略した参照符号で示し、個別の構成を指す場合には添え字を付した参照符号で示す。
【0032】
高周波電場生成部112aは、イオンビームIBが通過すると共に当該イオンビームIBに高周波電場E(t)が作用するように配置された円筒形状の3個の第1ないし第3電場生成部材112a−1〜112a−3を備えて構成される。第1ないし第3電場生成部材112a−1〜112a−3は、互いに所定の距離gが空くように、かつ互いに中心軸が一致するように、かつ第1ないし第3電場生成部材112a−1〜112a−3の中心軸と筐体111aの中心軸とが互いに直交するように、筐体111aの一側面から他側面へ連なるようにそれぞれ配設される。より詳細には、第1電場生成部材112a−1は、筐体111aの側面を貫通するように、かつ第1電場生成部材112a−1の中心軸と筐体111aの中心軸とが互いに直交するように筐体111aの一側面に配設される。第2電場生成部材112a−2は、第1電場生成部材112a−1から所定の距離gを空けて第1電場生成部材112a−1の中心軸と第2電場生成部材112a−2の中心軸とが互いに一致するように、筐体111aの上蓋内面から垂下するロッド形状の支持部材113aによって支持されて筐体111a内に配設される。第3電場生成部材112a−3は、第2電場生成部材112a−2から所定の距離gを空けて第2電場生成部材112a−2の中心軸と第3電場生成部材112a−3の中心軸とが互いに一致するように、かつ筐体111aの側面を貫通するように、筐体111aの前記一側面に対向する他側面に配設される。第1ないし第3電場生成部材112a−1〜112a−3における筐体111aの上蓋からの配設位置は、高周波電場E(t)の周波数(波長)に基づいて二重ギャップ高周波共振器11aが共振器を構成するように適宜に設定される。
【0033】
高周波電場生成部112aがこのように構成されることによって、第1電場生成部材112a−1と第2電場生成部材112a−2との間における第1空間(第1ギャップ)G1が形成され、そして、第2電場生成部材112a−2と第3電場生成部材112a−3との間における第2空間(第2ギャップ)G2が形成される。
【0034】
第2電場生成部材112−2の長さLは、(L+g)が高周波電場E(t)の1/2周期(半周期)の奇数倍の時間に、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンの速度を乗じた値に等しくなるように設定される。イオンの速度は、イオンの持つエネルギーから求められる。このように第2電場生成部材112−2の長さLが設定されると、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンは、第1ギャップG1の電場E(t)と第2ギャップの電場E(t)とのそれぞれから同一の位相で電場E(t)の作用を受けることになる。
【0035】
第1および第2ギャップG1、G2の距離gは、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンが2個のギャップの飛行中において高周波電場E(t)の位相を大きく変化させることなく(イオンの飛行中における高周波電場E(t)の変化が実質的な影響を受けることがない程度に小さく)、かつ、静電破壊が生じることなく必要とされる電圧が印加可能な距離に設定される。
【0036】
これら筐体111a、第1ないし第3電場生成部材112a−1〜112a−3および支持部材113aは、例えば金属(合金を含む)等の導体材料から形成されており、例えば、本実施形態は、導電特性や加工性等の観点から銅を用いて形成されている。
【0037】
交流電源115aは、その一方端子が筐体111aに接続されると共に、その他方端子が筐体111aに穿設された貫通孔114aを介して筐体111a内部に設置され、高周波の交流電圧が印加される。貫通孔114aには、絶縁部材が充填され、前記他方端子と筐体111aとは、絶縁されている。これによって第1および第2ギャップG1、G2のそれぞれに高周波電場E(t)が半周期ずれて生成される。交流電源115aは、同期制御部3からの同期信号によって高周波電場E(t)の位相が制御される。
【0038】
コリメータ12は、本実施形態では、例えば、磁場を生成しイオンビームIBに磁場を作用させる磁場生成部121と、貫通孔1221が形成された透過遮断部122とを備えて構成される。透過遮断部122は、磁場生成部121で磁場の作用を受けたイオンビームIBの進行方向に対して略垂直な方向Dに沿って移動可能に構成され、そして、貫通孔1221の直径が変更可能に構成されている。透過遮断部122は、重い元素によって構成される材料が好ましいが、加工の容易性や比較的低価格であることから、例えば、真鍮によって形成される。コリメータ12は、例えば、マグネットスペクトログラフである。またコリメータ12は、透過遮断部122の位置が固定され、磁場の強度が変更可能に構成されたマグネットスペクトロメータであってもよい。
【0039】
図1に戻って、イオンビーム生成部2は、本実施形態では、例えば、パルス状のレーザ光(パルスレーザ光)PLを固体薄膜23に照射することによってイオンビームIBを生成するレーザ生成イオンビーム生成装置であり、例えば、パルスレーザ光PLを発光して射出するレーザ光源21と、レーザ光源21から射出されたパルスレーザ光PLを集光して固体薄膜23へ射出する例えば放物面鏡等を備えて構成される光学系22と、薄膜状に形成された固体材料から成る固体薄膜23とを備えて構成される。固体薄膜23は、例えば、チタン、タンタルおよびポリイミド等の材料から形成される。固体薄膜23は、イオンビームIBをより良好に生成するためには、薄い方が好ましい。
【0040】
イオンビーム生成部2は、イオンビームIBの発生点(略固体薄膜23の配置位置)から二重ギャップ高周波共振器11aの第1電場生成部材112a−1にイオンビームIBが入射する位置までの距離が所定の長さとなるように配置される。イオンビームIBの時間的な拡がりは、発生直後は、極めて短く、飛行距離に応じて拡がる。この所定の長さは、このイオンビームIBの時間的な広がりが高周波電場E(t)の1/2周期未満となるように設定される。
【0041】
同期制御部3は、本実施形態では、例えば、イオンビーム生成部2のレーザ光源21からパルスレーザ光PLを照射する照射タイミングが通知され、この照射タイミングに基づいて、イオンビームIBの入射方向における電場E(t)方向が転換するタイミングでイオンビームIBがイオンビーム制御部1aに入射されるように、同期信号をイオンビーム制御部1aの交流電源115aへ通知し、イオンビーム制御部1aにおける高周波電場E(t)の位相とイオンビーム生成部2におけるイオンビームIBの生成タイミングとの同期を制御する回路である。
【0042】
ここで、高周波電場E(t)の周波数は、パルスレーザ光の周波数の整数倍に設定されている。このように高周波電場E(t)の周波数が設定されることにより、上記のように、高周波電場E(t)の位相とパルスレーザ光によって生成されたイオンビームIBにおける高周波電場E(t)への進入タイミングとを制御する場合に、その制御が容易となる。このため、同期制御部3が簡易に構成可能となる。
【0043】
次に、イオンビーム制御装置Saの動作について説明する。
【0044】
図3は、パルスレーザ光の発光タイミングと高周波電場の位相との関係を示す図である。図3の上段は、高周波電場E(t)における電場の強度の時間変化を示し、その下段は、イオンビームIBの進入タイミングを示す。図4は、実験結果およびシミュレーション結果を示す図である。図4の実線は、実験結果を示し、その破線は、シミュレーション結果を示す。図5ないし図7は、第1の実施形態におけるイオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギースペクトルおよび所定のエネルギーにおける動径方向のイオン粒子分布を示す図(その1〜その3)である。図5は、高周波電場E(t)の電圧(振幅)が50kVの場合であり、図6は、高周波電場E(t)の電圧(振幅)が80kVの場合であり、そして、図7は、高周波電場E(t)の電圧(振幅)が90kVの場合である。図5(A)、図6(A)および図7(A)は、エネルギースペクトルを示し、その横軸は、MeV単位で表すエネルギーであり、その縦軸は、強度(存在確率)である。図5(B)、(C)、図6(B)〜(G)および図7(B)、(C)は、イオン粒子分布を示し、その横軸および縦軸は、それぞれ、XYZ直交座標系において、イオンビームIBの進行方向をZ軸とした場合におけるX軸およびY軸である。図5(B)は、0.866〜0.877MeVの場合であり、図5(C)は、0.89〜0.90MeVの場合である。図6(B)は、0.65〜0.68MeVの場合であり、図6(C)は、0.68〜0.70MeVの場合であり、図6(D)は、0.70〜0.72MeVの場合であり、図6(E)は、0.83〜0.86MeVの場合であり、図6(F)は、0.86〜0.89MeVの場合であり、図6(G)は、0.89〜0.92MeVの場合である。そして、図7(B)は、0.82〜0.84MeVの場合であり、図7(C)は、0.92〜0.94MeVの場合である。
【0045】
イオンビーム生成部2のレーザ光源21は、予め設定された所定のパルス幅を持ったパルスレーザ光PLを予め設定された所定の周期で発光し、また、この発光のタイミングを同期制御部3へ通知する。レーザ光源21から射出されたパルスレーザ光PLは、光学系22で収束され、スポットで固体薄膜23に照射される。固体薄膜23にパルスレーザ光PLが照射されると、パルスレーザ光PLのエネルギーによって固体薄膜23が加熱され、固体薄膜23を形成する物質や固体薄膜表面に吸着されている水等がプラズマ化され、まず、電子(e−)が放出される。この電子に引かれてプロトン(H+)が放出されて飛行し、プロトンのイオンビームIBが生成される。このような熱的過程によってイオンビームIBが生成されるため、このイオンビームIBのエネルギー分布は、マックスウェル分布に従い、図13(A)に示すように、エネルギーの増大に従って強度(イオンの存在確率)が指数関数的に減少するプロファイルとなる。例えば、パルスレーザ光PLのパルス幅が約50〜100fsの場合に、固体薄膜23から放出される時点におけるイオンビームIBの時間的拡がりは、ピコ秒オーダ、例えば約1psとなる。
【0046】
例えば、固体薄膜23がチタンにより構成されている場合には、固体薄膜23は、約3〜5μmの厚みとされ、約3〜4TWのパルスレーザ光PLが直径約10μmのスポットで固体薄膜23に照射される。また例えば、固体薄膜23がタンタルにより構成されている場合には、固体薄膜23は、約3〜5μmの厚みとされ、約3〜4TWのパルスレーザ光PLが直径10μmのスポットで固体薄膜23に照射される。また例えば、固体薄膜23がポリイミドにより構成されている場合には、固体薄膜23は、約7.5μmの厚みとされ、約20TWのパルスレーザ光PLが直径10μmのスポットで固体薄膜23に照射される。
【0047】
なお、ヒータ等の熱を発生する熱源によって固体薄膜23を加熱することによりその表面に吸着されている水等を除去すること等によって、固体薄膜23を形成する物質のイオンビームIB、例えば炭素イオンのイオンビームIBが生成されると報告されている。
【0048】
このように生成されたイオンビームIBは、イオンビーム制御部1aに入射される。この入射されたイオンビームIBは、二重ギャップ高周波共振器11aに入射され、高周波電場生成部112aで高周波電場E(t)による位相回転が行われる。
【0049】
より具体的には、まず、この入射されたイオンビームIBは、第1電場生成部材112a−1を介して第1ギャップG1に入射され、高周波電場E(t)による位相回転が行われる。
【0050】
ここで、高周波電場E(t)の位相は、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーよりも高いエネルギーを持ったイオンビームIBのイオンが高周波電場E(t)から受ける作用によって減速し、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンビームIBのイオンが高周波電場E(t)から作用を受けることなく、そして、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーよりも低いエネルギーを持ったイオンビームIBのイオンが高周波電場E(t)から受ける作用によって加速するように、イオンビームIBの第1ギャップG1への入射タイミングと同期される。本実施形態では、図3に示すように、イオンビームIBのイオン(プロトン)が正電荷を持つため、高周波電場E(t)の正方向をイオンビームIBの進行方向(第1電場生成部材112a−1から第2電場生成部材112a−2へ向かう方向)とすると、イオンビームIBが第1ギャップG1の中心を通過するタイミングで正弦波の高周波電場E(t)が負から正に切り換わるように、高周波電場E(t)の位相が制御される。高周波電場E(t)の位相がこのように制御されるように、同期制御部3は、レーザ光源21からの発光タイミングの通知に基づいて同期信号を二重ギャップ高周波共振器11aの交流電源115aへ通知する。なお、イオンビームIBのイオンが負電荷である場合には、イオンビームIBが第1ギャップG1の中心を通過するタイミングで正弦波の高周波電場E(t)が正から負に切り換わるように、高周波電場E(t)の位相が制御される。
【0051】
また、第1ギャップG1に入射される前(位相回転する前)におけるイオンの状態を表すベクトルをSb、第1ギャップG1から射出された後(位相回転後)におけるイオンの状態を表すベクトルをSaとすると、Sa=F・Sbと表され、この式の位相回転マトリクスFは、式1のように表される。
【0052】
【数1】
【0053】
ここで、krおよびkzは、式2および式3のようにそれぞれ表される。
【0054】
【数2】
【0055】
【数3】
【0056】
ここで、qは、イオンの電荷量、V0は、ギャップGに印加される電圧、Tは、トランジェットタイムファクタ、gは、ギャップGの距離、φsは、前記形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンビームIBのイオンがギャップの中間位置を通過する際の高周波電場E(t)の位相、m0は、イオンの質量、cは、光速、βは、イオンの速度を光速で規格化した値(=(イオンの速度)/(光速))、γは、ローレンツファクタ、fは、高周波電場E(t)の周波数である。βおよびγの上付きのバーは、ギャップ中におけるその平均であることを示している。本実施形態では、qは、プロトンの電荷量であり、m0は、プロトンの質量である。
【0057】
この式1ないし式3によって計算(シミュレーション)した結果(図4の破線)と、実験結果(図4の実線)とを比較すると、図4に示すように、シミュレーション結果は、実験結果とよく一致しており、式1ないし式3は、イオンビームIBに作用する高周波電場E(t)による位相回転をよく表している。
【0058】
第1ギャップG1で位相回転したイオンビームIBは、第2電場生成部材112a−2を介して第2ギャップG2に入射され、高周波電場E(t)による位相回転が行われる。この位相回転は、第1ギャップG1と同様に、上記式1ないし式3によって表される。
【0059】
ここで、第1ギャップG1の距離gおよび第2電場生成部材112−2の長さLが上述のように設定されている。このため、第2ギャップG2の中間位置をイオンビームIBにおける前記形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンが通過した際における高周波電場E(t)の位相は、第1ギャップG1の中間をイオンビームIBにおける前記形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンが通過した際における高周波電場E(t)の位相と同じになる。このため、第2ギャップG2に入射したイオンビームIBは、高周波電場E(t)による位相回転によってこの形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーでさらにエネルギーが圧縮される。
【0060】
そして、二重ギャップ高周波共振器11で位相回転したイオンビームIBは、コリメータ12に入射され、この入射されたイオンビームIBは、コリメータ12でこの強度のピークに対応するエネルギーを持つイオンが選別され、さらに、所定の大きさの直径にされ、射出される。
【0061】
より具体的には、コリメータ12に入射したイオンビームIBは、まず、磁場生成部121に入射され、イオンビームIBの各イオンは、その運動量に応じて磁場によって進行方向(軌道)が曲げられ、図2に示すように、軌道b1〜b3に広がって透過遮断部122へ向かって飛行する。この磁場によって進行方向の曲げられる大きさは、運動量の大きいイオンでは小さく(軌道b1)、運動量の小さいイオンでは大きい(軌道b3)。このため、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンの軌道b2上に透過遮断部122の貫通孔1221が配置されるように、透過遮断部122を配置することによって、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンのみが選別され、コリメータ12から射出されることになる。そして、貫通孔1221の直径を前記所定の大きさに設定することによって、この所定の大きさの直径でイオンビームIBがコリメータ12から射出される。
【0062】
このように動作することにより、イオンビーム制御装置Saは、イオンビームIBにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができる。
【0063】
式1ないし式3を用いて50kV、80kVおよび90kVの各場合についてエネルギースペクトルをシミュレーションすると、各エネルギースペクトルは、図5(A)、図6(A)および図7(A)にそれぞれ示すように、複数のピーク(以下、「グローバルピーク」と呼称する。)を持ち、各ピークが2つのピーク(以下、「ローカルピーク」と呼称する。)に分かれるプロファイルとなっている。なお、シミュレーションに当たって、イオンビームIBの発生位置(固体薄膜23の配置位置)から二重ギャップ高周波共振器11aの第1電場生成部材112a−1へイオンビームIBが入射する位置までの距離は、1mに設定された。高周波電場E(t)の周波数は、80MHz近辺のレーザ光源21におけるマスタオシレータの周波数に設定され、第2電場生成部材112a−1の長さLは、10cmに設定され、第1および第2ギャップG1、G2は、2cmに設定された。
【0064】
例えば、高周波電場E(t)の電圧が50kVの場合であってエネルギーが0.866〜0.877MeVの場合では、図5(B)に示すように、イオンビームIBは、直径約0.06mの一様な径を形成する。また例えば、高周波電場E(t)の電圧が50kVの場合であってエネルギーが0.89〜0.90MeVの場合では、図5(C)に示すように、イオンビームIBは、直径約0.07m以内の領域に分布するが、その中心にエネルギー密度が高い直径約0.04mの収束部位が見られる。エネルギーが0.866〜0.877MeVの場合とエネルギーが0.89〜0.90MeVの場合とは、同一のグローバルピークに属するが、グローバルピークでもエネルギーによっては、エネルギー密度が高い収束部位が発生する。
【0065】
また例えば、高周波電場E(t)の電圧が80kVの場合であってエネルギーが0.65〜0.68MeVの場合では、図6(B)に示すように、イオンビームIBは、一様な直径約0.06mの分布を示す。また例えば、高周波電場E(t)の電圧が80kVの場合であってエネルギーが0.68〜0.70MeVの場合では、図6(C)に示すように、イオンビームIBは、直径約0.08mの分布を示すが、その中心にエネルギー密度が高い直径約0.03mの収束部位が見られる。また例えば、高周波電場E(t)の電圧が80kVの場合であってエネルギーが0.70〜0.72MeVの場合では、図6(D)に示すように、イオンビームIBは、直径約0.07mの分布を示すが、その中心にエネルギー密度が高い直径約0.02mの収束部位が見られる。エネルギーが0.65〜0.68MeVの場合とエネルギーが0.68〜0.70MeVの場合とエネルギーが0.70〜0.72MeVの場合とは、同一のグローバルピークに属するが、グローバルピークでもエネルギーによっては、エネルギー密度が高い収束部位が発生する。そして、エネルギーが高い方が、収束度合いがより高くなる傾向にある。
【0066】
また例えば、高周波電場E(t)の電圧が80kVの場合であってエネルギーが0.83〜0.86MeVの場合では、図6(E)に示すように、イオンビームIBは、エネルギー密度が一様な直径約0.06mの分布を示す。また例えば、高周波電場E(t)の電圧が80kVの場合であってエネルギーが0.86〜0.89MeVの場合では、図6(F)に示すように、イオンビームIBは、直径約0.08mの分布を示すが、その中心にエネルギー密度が高い直径約0.04mの収束部位が見られる。また例えば、高周波電場E(t)の電圧が80kVの場合であってエネルギーが0.89〜0.92MeVの場合では、図6(G)に示すように、イオンビームIBは、直径約0.08mの分布を示すが、その中心にエネルギー密度が高い直径約0.03mの収束部位が見られる。エネルギーが0.83〜0.86MeVの場合とエネルギーが0.86〜0.89MeVの場合とエネルギーが0.89〜0.92MeVの場合とは、同一のグローバルピークに属するが、グローバルピークでもエネルギーによっては、エネルギー密度が高い収束部位が発生する。そして、この例では、エネルギーが高い方が、収束度合いがより高くなる傾向にある。
【0067】
例えば、高周波電場E(t)の電圧が90kVの場合であってエネルギーが0.82〜0.84MeVの場合では、図7(B)に示すように、イオンビームIBは、エネルギー密度が一様な直径約0.06mの分布を示す。また例えば、高周波電場E(t)の電圧が90kVの場合であってエネルギーが0.92〜0.94MeVの場合では、図7(C)に示すように、イオンビームIBは、直径約0.08mの分布を示すが、その中心にエネルギー密度が高い直径約0.02mの収束部位が見られる。エネルギーが0.82〜0.84MeVの場合とエネルギーが0.92〜0.94MeVの場合とは、同一のグローバルピークに属するが、グローバルピークでもエネルギーによっては、エネルギー密度が高い収束部位が発生する。
【0068】
このような収束部位が生じるのは、イオンビームIBのイオンが正電荷であって、イオンビームIBが第1ギャップG1の中心位置を通過するタイミングにおいて正弦波の高周波電場E(t)が正から負に切り換わる場合には、第1ギャップG1に生じる電場E(t)の電気力線が、図2に示すように、第1ギャップG1の中央付近で絞られるような曲線であるため、イオンビームIBの進行方向において、第1ギャップG1の一方端からギャップG1の中央付近までは、イオンビームIBの中心へ向かう電場E(t)の成分が生じると共に、第1ギャップG1の中央付近から第1ギャップG1の他方端までも、高周波電場E(t)の向きが反転するため、外からイオンビームIBの中心に向かう電場E(t)の成分が生じるため、イオンビームIBの中心へ向かって収束するためである。第2ギャップG2についても同様である。なお、この場合には、エネルギーのピークは、形成されずに拡がる方向になる。
【0069】
そして、比較的小さい直径のイオンビームIBを利用する場合には、コリメータ12の遮断透過部122における貫通孔1221の直径を収束部位の直径以下に調整することにより収束部位をコリメータ12で選択的に取り出すことによって、エネルギー密度が一様なイオンビームIBを利用するよりも、収束部位を持つイオンビームIBを利用する方が、よりエネルギー密度の高いイオンビームIBを利用することができる。例えば、エネルギーが086〜0.9MeVであって直径0.04m以下のイオンビームIBを利用する場合、エネルギーが0.866〜0.877MeVのイオンビームIBを利用するよりも、収束部位を持つエネルギーが0.89〜0.90MeVのイオンビームIBを利用する方が、よりエネルギー密度が高くなる。また、コリメータ12の遮断透過部122における貫通孔1221の直径を収束部位の直径と一致するように調整することによって、効果的にエネルギー密度の高いイオンビームIBを生成することができる。
【0070】
なお、上述のイオンビームIBの生成およびイオンビームIBの制御は、予め設定された所定の真空度の真空中で行われる。このため、例えば、イオンビーム制御部1aおよびイオンビーム生成部2は、図略の真空チャンバ内に収納され、真空ポンプによって前記所定の真空度となるように排気される。
【0071】
また、上述の実施形態では、イオンビーム制御部1aにおけるイオンビームIBに電場を作用させ位相回転を行う高周波共振器は、高周波電場E(t)を形成する2個のギャップを備える二重ギャップ高周波共振器11aで構成されたが、高周波電場E(t)を形成する1個のギャップを備えるシングルギャップ高周波共振器や、高周波電場E(t)を形成する3個以上のギャップを備える多重ギャップ高周波共振器であってもよい。このような高周波共振器を備えたイオンビーム制御装置Saによっても同様にイオンビームIBにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさが制御可能となる。
【0072】
次に、別の実施形態について説明する。
(第2の実施形態)
イオンビームIBに作用する高周波電場E(t)は、静電破壊のため、一定の限界があり、また、第1の実施形態では、この高周波電場E(t)が生成されるギャップは、2個であるため、イオンビームIBの高エネルギー化に限界があった。第2の実施形態におけるイオンビーム制御装置は、ギャップを3個以上設けることにより、イオンビームIBの一層の高エネルギー化を図るものである。そして、ギャップが2個の二重ギャップ高周波共振器11aでは、イオンビームIBは、図5ないし図7に示すように、エネルギー密度が一様な状態で動径方向の直径が調整されるのではなくエネルギー密度の高い収束部位が存在する状態であるが、ギャップを複数設け、隣り合うギャップにおける高周波電場E(t)の位相を180度ずらすことにより、イオンビームIBは、後述するように、エネルギー密度が一様な状態で動径方向の直径が調整される。
【0073】
図8は、第2の実施形態におけるイオンビーム制御部の構成を示す図である。図8(A)は、イオンビーム制御部における高周波電場生成部の構成を示す模式図であり、図8(B)は、イオンビーム制御部の構成を示す斜視図である。
【0074】
第2の実施形態のイオンビーム制御装置Sbは、イオンビーム制御部1bと、イオンビーム生成部2と、同期制御部3とを備えて構成される。すなわち、第2の実施形態のイオンビーム制御装置Sbは、第1の実施形態のイオンビーム制御装置Saにおけるイオンビーム制御部1aの代わりに、イオンビーム制御部1bを用いるものである。このため、イオンビーム生成部2および同期制御部3の説明を省略する。
【0075】
イオンビーム制御部1bは、図8に示すように、イオンビームIBが入射され、所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場E(t)による位相回転を行うギャップを複数備え、隣り合うギャップにおける高周波電場E(t)の位相を180度ずらしている多重ギャップ高周波共振器11bを備えて構成される。図8に示す例では、多重ギャップ高周波共振器11b(イオンビーム制御部1b)は、第1ないし第6ギャップG1〜G6の6個のギャップを備えている。
【0076】
多重ギャップ高周波共振器11bは、例えば、本実施形態では、円筒形状の筐体111bと、高周波の電場E(t)を生成する高周波電場生成部112b(112b−1〜112b−7)と、高周波(RF)の交流電源115bとを備える。
【0077】
高周波電場生成部112bは、イオンビームIBが通過すると共に当該イオンビームIBに高周波の電場E(t)が作用するように配置された円筒形状の7個の第1ないし第7電場生成部材112b−1〜112b−7を備えて構成される。第1ないし第7電場生成部材112b−1〜112b−7は、互いに所定の距離gが空くように、かつ互いに中心軸が一致するように、かつ第1ないし第7電場生成部材112b−1〜112b−7の中心軸と筐体111bの中心軸とが互いに一致するように、筐体111bの内面から長尺方向に所定の間隔を空けて垂下または立設するロッド形状の第1ないし第7支持部材113b−1〜113b−7によって支持されて筐体111b内にその一端面から他端面へ連なるようにそれぞれ配設される。このような共振器は、その構造上の点において、ヴィデレー型共振器と同様の構造である。
【0078】
高周波電場生成部112bがこのように構成されることによって、第1電場生成部材112b−1と第2電場生成部材112b−2との間における第1空間(第1ギャップ)G1が形成され、第2電場生成部材112b−2と第3電場生成部材112b−3との間における第2空間(第2ギャップ)G2が形成され、第3電場生成部材112b−3と第4電場生成部材112b−4との間における第3空間(第3ギャップ)G3が形成され、第4電場生成部材112b−4と第5電場生成部材112b−5との間における第4空間(第4ギャップ)G4が形成され、第5電場生成部材112b−5と第6電場生成部材112b−6との間における第5空間(第5ギャップ)G5が形成され、そして、第6電場生成部材112b−6と第7電場生成部材112b−7との間における第6空間(第6ギャップ)G6が形成される。
【0079】
電場生成部材112b、図8(A)に示す位相回転空胴の例では、第2ないし第6電場生成部材112b−2〜112b−6の長さLは、(L+g)が高周波電場E(t)の1/2周期の偶数倍の時間に、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンの速度を乗じた値に等しくなるように設定される。第1および第7電場生成部材112b−1、112b−7は、上記第1空間(第1ギャップ)および上記第6空間(第6ギャップ)をそれぞれ形成するために必要な部材であり、任意の長さでよい。
【0080】
このように第2ないし第6電場生成部材112b−2〜112b−6の長さLが設定されると、この形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンは、第1ないし第6ギャップG1〜G6の電場E(t)のそれぞれから交互に180度(πラジアン)異なる位相で位相回転の作用を受けることになる。一般のヴィデレー型共振器では、隣り合うギャップGの中心位置をイオンが通過する際に電場E(t)の位相が同じになるように設定されるが、本実施形態に係る多重ギャップ高周波共振器11bは、この点で異なり、本実施形態に係る多重ギャップ高周波共振器11bでは、隣り合うギャップGの中心位置をイオンが通過する際に電場E(t)の位相が交互に180度ずつ変化するように設定される。後述するように、多重ギャップ高周波共振器11bにアルバレ型共振器の構造を採用した場合も同様である。
【0081】
第1ないし第6ギャップG1〜G6の距離gは、第1の実施形態の場合と同様に、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンがギャップの飛行中における高周波電場E(t)の位相を大きく変化させることなく、かつ、静電破壊が生じることなく必要とされる電圧が印加可能な距離に設定される。
【0082】
これら筐体111、電場生成部材112bおよび支持部材114bは、例えば金属(合金を含む)等の導体材料から形成されており、例えば、本実施形態は、導電特性や加工性等の観点から銅から形成されている。
【0083】
交流電源115bは、その一方端子が筐体111bに接続されると共に、その他方端子が筐体111bに穿設された貫通孔114bを介して筐体111b内に配置され、高周波の交流電圧が印加される。貫通孔114bには、絶縁部材が充填され、前記他方端子と筐体111bとは、絶縁されている。これによって第1ないし第6ギャップG1〜G6のそれぞれに高周波電場(E(t))が順次に半周期ずつずれて生成される。交流電源115bは、同期制御部3からの同期信号によって高周波電場E(t)の位相が制御される。
【0084】
図9は、第2の実施形態におけるイオンビーム制御部の他の構成を示す図である。
【0085】
なお、高周波電場E(t)を形成する共振器の方式としては、上述の他に、例えば、図9に示すように、第1ないし第7電場生成部材112b−1〜112b−7が第1ないし第7支持部材113b−1〜113b−7によってすべて同一方向から立設(または垂下)される共振器であってもよい。このような共振器は、その構造上の点において、アルバレ型共振器と同様の構造である。このアルバレ型共振器構造による位相回転空胴の場合では、(L+g)が高周波電場E(t)の1/2周期の奇数倍の時間に、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンの速度を乗じた値に等しくなるように、第2ないし第6電場生成部材112b−2〜112b−6の長さLが設定される。このようなアルバレ型共振器は、ヴィデレー型共振器に較べて電場生成部材112bの長さLを短くすることができ、共振器の小型化が可能となる。
【0086】
次に、イオンビーム制御装置Sbの動作について説明する。
【0087】
図10は、第2の実施形態におけるイオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギースペクトルおよび所定のエネルギーにおける動径方向のイオン粒子分布を示す図である。図11は、比較例として、イオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギースペクトルおよび所定のエネルギーにおける動径方向のイオン粒子分布を示す図である。図11は、隣り合うギャップGの位相のみ図10の場合と相違し、隣り合うギャップGの位相が同一とされている場合である。図10(A)および図11(A)は、エネルギースペクトルを示し、その横軸は、MeV単位で表すエネルギーであり、その縦軸は、強度(存在確率)である。図10(B)および(C)ならびに図11(B)および(C)は、イオン粒子分布を示し、その横軸および縦軸は、それぞれ、XYZ直交座標系において、イオンビームIBの進行方向をZ軸とした場合におけるX軸およびY軸である。図10(B)および図11(C)は、位相回転させた場合であり、図10(C)および図11(B)は、位相回転のない場合である。
【0088】
イオンビーム生成部2は、第1の実施形態と同様に、パルスレーザ光PLを固体薄膜23に照射することによってプロトン(H+)のイオンビームIBを射出し、また、パルスレーザ光PLの発光のタイミングを同期制御部3へ通知する。イオンビーム生成部2から射出されたイオンビームIBは、イオンビーム制御部1bに入射される。この入射されたイオンビームIBは、多重ギャップ高周波共振器11bに入射され、高周波電場生成部112bで高周波電場E(t)による位相回転が行われる。
【0089】
より具体的には、まず、この入射されたイオンビームIBは、第1電場生成部材112b−1を介して第1ギャップG1に入射され、高周波電場E(t)による位相回転が行われる。
【0090】
ここで、高周波電場E(t)の位相は、第1の実施形態と同様に、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーよりも高いエネルギーを持ったイオンビームIBのイオンが高周波電場E(t)から受ける作用によって減速し、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーを持ったイオンビームIBのイオンが高周波電場E(t)から作用を受けることなく、そして、形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーよりも低いエネルギーを持ったイオンビームIBのイオンが高周波電場E(t)から受ける作用によって加速するように、イオンビームIBの第1ギャップG1への入射タイミングと同期される。本実施形態では、イオンビームIBのイオンが正電荷を持つので、イオンビームIBがギャップの中心を通過するタイミングで正弦波の高周波電場E(t)が負から正に切り換わるように、パルスレーザ光PLが発光するタイミングに基づく同期制御部3の同期信号であって、交流電源115bへ通知された同期制御部3の同期信号によって高周波電場E(t)の位相が制御される。
【0091】
次に、この位相回転が行われたイオンビームIBは、第2電場生成部材112b−2を介して第2ギャップG2に入射され、高周波電場E(t)による位相回転が行われる。次に、この位相回転が行われたイオンビームIBは、第3電場生成部材112b−3を介して第3ギャップG3に入射され、高周波電場E(t)による位相回転が行われる。次に、この位相回転が行われたイオンビームIBは、第4電場生成部材112b−4を介して第4ギャップG4に入射され、高周波電場E(t)による位相回転が行われる。次に、この位相回転が行われたイオンビームIBは、第5電場生成部材112b−5を介して第5ギャップG5に入射され、高周波電場E(t)による位相回転が行われる。次に、この位相回転が行われたイオンビームIBは、第6電場生成部材112b−6を介して第6ギャップG6に入射され、高周波電場E(t)による位相回転が行われる。そして、この位相回転が行われたイオンビームIBは、第7電場生成部材112b−7から射出され、イオンビーム制御部11bから射出される。
【0092】
イオンビーム制御部11bに入射したイオンビームIBは、このように第1ないし第6ギャップG1〜G6で順次に高周波電場E(t)による位相回転が行われる。第1ないし第6ギャップG1〜G6における高周波電場E(t)による位相回転は、第1の実施形態と同様に、上記式1ないし式3によって表される。
【0093】
ここで、第1ないし第6ギャップG1〜G6および第2ないし第6電場生成部材112b−2〜112b−6の各長さLが上述のように設定されている。このため、高周波電場E(t)の方向が負から正に切り換わるタイミングでイオンビームIBがギャップGの中心位置を通過するように、イオンビームIBがギャップGに進入する場合では、イオンビームIBのエネルギー拡がりが収束される一方でイオンビームIBの動径方向における大きさが拡がる。そして、次のギャップGでは、高周波電場E(t)の方向が正から負に切り換わるタイミングでイオンビームIBがギャップGの中心位置を通過するように、イオンビームIBがギャップGに進入する。この場合では、イオンビームIBのエネルギー拡がりが拡散される一方でイオンビームIBの動径方向における大きさが収束される。したがって、第1ないし第6ギャップG2〜G6に入射したイオンビームIBは、高周波電場E(t)による位相回転によってこの形成しようとしている強度のピークに対応するエネルギーで、エネルギーの圧縮および緩和がギャップごとに順次に繰り返され、そして、その動径方向の大きさの発散および収束がギャップごとに順次に繰り返される。
【0094】
このように動作することにより、結果的に、イオンビーム制御装置Sbは、イオンビームIBにおけるエネルギー拡がりの大きさおよび動径方向の大きさを制御することができ、また、イオンビームIBを高エネルギーにすることができる。
【0095】
なお、イオンビームIBのより高エネルギー化の観点からは、高周波電場E(t)の方向が負から正に切り換わるタイミングよりもずれたタイミングでイオンビームIBがギャップGの中心位置を通過するように、イオンビームIBがギャップGに進入するようにイオンビーム制御装置Sbが構成される方が好ましい場合もある。
【0096】
式1ないし式3を用いてシミュレーションすると、エネルギースペクトルは、アルバレ型共振器構造では、図10(A)に示すように、エネルギーが9MeV〜11MeVの範囲で9.6MeV付近、10MeV付近および10.5MeV付近に3個のピークを持ったプロファイルとなっている。9.6MeV付近のピークは、2個のローカルピークからなっており、そのエネルギーは、10+7から約1.7×10+8へ約17倍になっている。10MeV付近のピークは、単一のピークからなっており、そのエネルギーは、10+7から約3.3×10+8へ約33倍になっている。そして、10.5MeV付近のピークは、2個のローカルピークからなっており、そのエネルギーは、10+7から約3×10+8へ約30倍になっている。さらに、図10(B)と図10(C)を比較すると分かるように、例えば、10MeV付近のピークでは、エネルギー密度が一様な状態を維持しつつ動径方向の直径が高周波電場E(t)による位相回転を行わない図10(C)の場合(直径約0.024mの分布)に較べて高周波電場E(t)による位相回転を行った図10(B)の場合(直径約0.022mの分布)の方が小さく成っている。
【0097】
これに対し、比較例として、隣り合うギャップGにおける高周波電場E(t)の位相を180度ずらすことなく、高周波電場E(t)の位相が常に負から正へ転換するタイミングでイオンビームIBが各ギャップGの中央位置を通過するように設定されている場合、すなわち、エネルギー圧縮のみを行う場合では、図11に示すように、動径方向に発散している。
【0098】
200MeVで強度のピークを持つように多重ギャップ高周波共振器11bを設計して式1ないし式3を用いてシミュレーションすると、エネルギースペクトルは、アルバレ型共振器構造では、図11(A)に示すように、エネルギーが190MeV〜210MeVの範囲で単一のピークを持ったプロファイルとなっており、そのピークのエネルギーは、10+7から10+9へ100倍になっている。そして、図11(B)と図11(C)を比較すると分かるように、そのピークでは、エネルギー密度が一様な状態を維持しつつ動径方向の直径が高周波電場E(t)による位相回転を行わない図11(B)の場合(直径約0.028mの分布)に較べて高周波電場E(t)による位相回転を行った図11(C)の場合(直径約0.032mの分布)の方が大きく成っている。
【0099】
なお、シミュレーションに当たって、イオンビームIBの発生位置(固体薄膜23の配置位置)から多重ギャップ高周波共振器11bの第1電場生成部材112b−1へイオンビームIBが入射する位置までの距離は、1mに設定された。高周波電場E(t)の周波数は、1.6GHzに設定され、第2ないし第6電場生成部材112b−2〜112b−6の長さLは、8.62cmに設定され、第1ないし第6ギャップG1〜G6は、2cmに設定された。
【0100】
本発明を表現するために、上述において図面を参照しながら実施形態を通して本発明を適切且つ十分に説明したが、当業者であれば上述の実施形態を変更及び/又は改良することは容易に為し得ることであると認識すべきである。従って、当業者が実施する変更形態又は改良形態が、請求の範囲に記載された請求項の権利範囲を離脱するレベルのものでない限り、当該変更形態又は当該改良形態は、当該請求項の権利範囲に包括されると解釈される。
【図面の簡単な説明】
【0101】
【図1】実施形態におけるイオンビーム制御装置の構成を示す図である。
【図2】第1の実施形態におけるイオンビーム制御部の構成を示す図である。
【図3】パルスレーザ光の発光タイミングと高周波電場の位相との関係を示す図である。
【図4】実験結果およびシミュレーション結果を示す図である。
【図5】第1の実施形態におけるイオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギースペクトルおよび所定のエネルギーにおける動径方向のイオン粒子分布を示す図(その1)である。
【図6】第1の実施形態におけるイオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギースペクトルおよび所定のエネルギーにおける動径方向のイオン粒子分布を示す図(その2)である。
【図7】第1の実施形態におけるイオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギースペクトルおよび所定のエネルギーにおける動径方向のイオン粒子分布を示す図(その3)である。
【図8】第2の実施形態におけるイオンビーム制御部の構成を示す図である。
【図9】第2の実施形態におけるイオンビーム制御部の他の構成を示す図である。
【図10】第2の実施形態におけるイオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギースペクトルおよび所定のエネルギーにおける動径方向のイオン粒子分布を示す図である。
【図11】比較例として、イオンビーム制御装置によって制御されたイオンビームのエネルギースペクトルおよび所定のエネルギーにおける動径方向のイオン粒子分布を示す図である。
【図12】従来のイオンビーム制御装置の構成を示す図である。
【図13】イオンビームのエネルギーに対する強度分布を示す図である。
【図14】イオンビームの位相回転を説明するための図である。
【符号の説明】
【0102】
Sa、Sb イオンビーム制御装置
1a、1b イオンビーム制御部
2 イオンビーム生成部
3 同期制御部
11a 二重ギャップ高周波共振器
11b 多重ギャップ高周波共振器
12 コリメータ
112a、112b 電場生成部材
115a、115b 交流電源
121 磁場生成部
122 透過遮断部
1221 貫通孔
21 レーザ光源
22 光学系
23 固体薄膜
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンビームが入射され、所定の大きさのエネルギー拡がりおよび動径方向における所定の大きさの直径で前記イオンビームが射出されるように、前記所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場による位相回転を少なくとも利用することによって前記イオンビームを制御するイオンビーム制御部を備えること
を特徴とするイオンビーム制御装置。
【請求項2】
前記イオンビーム制御部は、
前記イオンビームが入射され、前記高周波電場による位相回転を行うギャップを備える高周波共振器と、
前記高周波共振器から射出されたイオンビームが入射され、該入射されたイオンビームを前記所定の大きさのエネルギーおよび前記動径方向における所定の大きさの直径で射出するコリメータとを備えること
を特徴とする請求項1に記載のイオンビーム制御装置。
【請求項3】
前記イオンビーム制御部は、
前記イオンビームが入射され、前記高周波電場による位相回転を行う複数のギャップを備え、隣り合うギャップにおける高周波電場の位相が180度ずれている多重ギャップ高周波共振器を備えること
を特徴とする請求項1に記載のイオンビーム制御装置。
【請求項4】
前記イオンビーム制御部に入射されるイオンビームを生成するイオンビーム生成部をさらに備えること
を特徴とする請求項1ないし請求項3の何れか1項に記載のイオンビーム制御装置。
【請求項5】
前記イオンビーム生成部は、パルスレーザ光を固体薄膜に照射することによってイオンビームを生成するレーザ生成イオンビーム生成装置であること
を特徴とする請求項4に記載のイオンビーム制御装置。
【請求項6】
前記高周波電場の周波数は、前記パルスレーザ光の周波数の整数倍であること
を特徴とする請求項5に記載のイオンビーム制御装置。
【請求項7】
前記イオンビームの入射方向における電場方向が転換するタイミングで前記イオンビームが前記ギャップの中心位置に入射されるように、前記イオンビーム制御部における前記高周波電場の位相と前記イオンビーム生成部におけるイオンビームの生成タイミングとの同期を制御する同期制御部をさらに備えること
を特徴とする請求項2ないし請求項6の何れか1項に記載のイオンビーム制御装置。
【請求項8】
イオンビームが入射される工程と、
所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するように高周波電場による位相回転によって前記イオンビームの存在確率を制御する工程と、
前記所定の大きさのエネルギーおよび動径方向における所定の大きさの直径となるように、前記イオンビームのエネルギー拡がりおよび動径方向の直径を制御する工程とを備えること
を特徴とするイオンビーム制御方法。
【請求項9】
イオンビームが入射される工程と、
前記所定の大きさのエネルギー拡がりおよび動径方向における所定の大きさの直径となるように、前記所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場による位相回転を複数繰り返す工程とを備えること
を特徴とするイオンビーム制御方法。
【請求項1】
イオンビームが入射され、所定の大きさのエネルギー拡がりおよび動径方向における所定の大きさの直径で前記イオンビームが射出されるように、前記所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場による位相回転を少なくとも利用することによって前記イオンビームを制御するイオンビーム制御部を備えること
を特徴とするイオンビーム制御装置。
【請求項2】
前記イオンビーム制御部は、
前記イオンビームが入射され、前記高周波電場による位相回転を行うギャップを備える高周波共振器と、
前記高周波共振器から射出されたイオンビームが入射され、該入射されたイオンビームを前記所定の大きさのエネルギーおよび前記動径方向における所定の大きさの直径で射出するコリメータとを備えること
を特徴とする請求項1に記載のイオンビーム制御装置。
【請求項3】
前記イオンビーム制御部は、
前記イオンビームが入射され、前記高周波電場による位相回転を行う複数のギャップを備え、隣り合うギャップにおける高周波電場の位相が180度ずれている多重ギャップ高周波共振器を備えること
を特徴とする請求項1に記載のイオンビーム制御装置。
【請求項4】
前記イオンビーム制御部に入射されるイオンビームを生成するイオンビーム生成部をさらに備えること
を特徴とする請求項1ないし請求項3の何れか1項に記載のイオンビーム制御装置。
【請求項5】
前記イオンビーム生成部は、パルスレーザ光を固体薄膜に照射することによってイオンビームを生成するレーザ生成イオンビーム生成装置であること
を特徴とする請求項4に記載のイオンビーム制御装置。
【請求項6】
前記高周波電場の周波数は、前記パルスレーザ光の周波数の整数倍であること
を特徴とする請求項5に記載のイオンビーム制御装置。
【請求項7】
前記イオンビームの入射方向における電場方向が転換するタイミングで前記イオンビームが前記ギャップの中心位置に入射されるように、前記イオンビーム制御部における前記高周波電場の位相と前記イオンビーム生成部におけるイオンビームの生成タイミングとの同期を制御する同期制御部をさらに備えること
を特徴とする請求項2ないし請求項6の何れか1項に記載のイオンビーム制御装置。
【請求項8】
イオンビームが入射される工程と、
所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するように高周波電場による位相回転によって前記イオンビームの存在確率を制御する工程と、
前記所定の大きさのエネルギーおよび動径方向における所定の大きさの直径となるように、前記イオンビームのエネルギー拡がりおよび動径方向の直径を制御する工程とを備えること
を特徴とするイオンビーム制御方法。
【請求項9】
イオンビームが入射される工程と、
前記所定の大きさのエネルギー拡がりおよび動径方向における所定の大きさの直径となるように、前記所定の大きさのエネルギーにおける存在確率が増加するような高周波電場による位相回転を複数繰り返す工程とを備えること
を特徴とするイオンビーム制御方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図8】
【図9】
【図12】
【図13】
【図14】
【図5】
【図6】
【図7】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図8】
【図9】
【図12】
【図13】
【図14】
【図5】
【図6】
【図7】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2008−286742(P2008−286742A)
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−134132(P2007−134132)
【出願日】平成19年5月21日(2007.5.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成17年度電源開発促進対策特別会計受託事業「先進小型加速器の要素技術の普及事業」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(301032942)独立行政法人放射線医学総合研究所 (149)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年11月27日(2008.11.27)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年5月21日(2007.5.21)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成17年度電源開発促進対策特別会計受託事業「先進小型加速器の要素技術の普及事業」、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(301032942)独立行政法人放射線医学総合研究所 (149)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】
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