説明

イリジウムの製造方法

【課題】イリジウム含有物からイリジウムに還元する溶液反応において、不純物を除去するとともに、高品位の金属イリジウム粉を高収率で得るイリジウムの製造方法を提供する。
【解決手段】イリジウム含有物を塩酸で溶解した、イリジウム濃度が40g/L以上の塩化イリジウム溶液中へ、還元剤として用いるギ酸をイリジウム還元反応の2.0当量以上加え、還元時の溶液温度を90℃以上とすることで得た還元イリジウム粉を、300〜400℃の還元雰囲気ガス中において1〜2時間の焼成処理することにより金属イリジウム粉を得ることを特徴とするイリジウムの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イリジウムを含有する化合物からイリジウムを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
イリジウムはガソリンエンジンのスパークプラグの電極、酸化物単結晶を溶融するルツボなどに使われる白金族元素である。白金族元素は地殻における存在量が非常に少ないことがよく知られているが、非鉄製錬における電解精製工程で発生する陽極泥に濃縮されており、パラジウム、白金がこの陽極泥から種々の方法により回収されている。イリジウムは存在量が極端に低い元素であるため、通常、金、銀、上記白金族元素が回収された後にさらに濃縮処理をされた残渣から回収される。例えば特許文献1に白金族元素を含むアンモニウム溶液にアルカリを加えてアンモニアを揮発除去して、これを酸で中和して水酸化物で回収することが記載されている。
【0003】
イリジウム塩を金属イリジウムにする回収方法として、例えば特許文献2にイリジウム化合物(KIrCl)を中和、加熱乾燥して、イリジウム酸化物とした後に、水素気流中で加熱することで金属イリジウムが得られることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−229446号公報
【特許文献2】特開2004−190058号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、イリジウム含有物に含まれるアルカリ金属は中和でろ液に分離されるが、イリジウム中和物の付着水に残留する。このため、イリジウム中和物を純水等で洗浄する。ところが、イリジウム中和物は水分を多く含むため、アルカリ金属を充分に除去することが困難であり、金属イリジウム中にアルカリ金属が残留する。
【0006】
そこで本発明は、イリジウム含有物からイリジウムに還元する溶液反応において、不純物を除去するとともに、高品位の金属イリジウム粉を高収率で得るイリジウムの製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決する本発明のイリジウムの製造方法は、イリジウム含有物を塩酸で溶解した、イリジウム濃度が40g/L以上の塩化イリジウム溶液中へ、還元剤として用いるギ酸をイリジウム還元反応の2.0当量以上加え、還元時の溶液温度を90℃以上とすることで得た還元イリジウム粉を、300〜400℃の還元雰囲気ガス中において1〜2時間の焼成処理することにより金属イリジウム粉を得ることを特徴とする。本方法によれば、イリジウム含有物から高品位の金属イリジウム粉を得ることが可能である。また、ギ酸で還元されない成分、例えばナトリウム、カリウム、リンなどのアルカリ金属や非金属成分を分離し、高品位の金属イリジウム粉を得ることが可能である。
【0008】
上記のイリジウムの製造方法において、前記イリジウム含有物が、水酸化イリジウムであることが望ましい。水酸化物イリジウムを用いた水酸化物形成による中和沈殿法では、イリジウム濃度が40g/L以上の塩化イリジウム溶液が得られる。また、水酸化イリジウムを用いた水酸化物形成による中和沈殿法では、白金族元素の損失を抑制する。
【0009】
上記のイリジウムの製造方法において、前記還元雰囲気ガスが、水素ガス、または1vol%以上の水素を含む水素とアルゴンの混合ガスであることが望ましい。ギ酸還元で得た還元イリジウム粉は表面が酸化し、酸素を含んでいる。このため、焼成時に還元雰囲気にするために、水素ガスあるいは1vol%以上の水素を含む水素とアルゴンの混合ガスを焼成炉内に通じる。特に、水素とアルゴンの混合ガスを用いる場合、水素ガスの濃度が1vol%未満にすると十分な還元雰囲気にならず、焼成後に得られる金属イリジウム粉の酸素品位が高くなるため、水素ガスの濃度が1vol%以上とした。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、イリジウム含有物から高品位の金属イリジウム粉を得ることが可能である。また、ギ酸で還元されない成分、例えばナトリウム、カリウム、リンなどのアルカリ金属や非金属成分を分離し、高品位の金属イリジウム粉を得ることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明のイリジウムの製造方法の一態様の工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための一形態について説明する。
【0013】
図1は本発明のイリジウムの製造方法の一態様の工程図である。イリジウム含有物として、例えばイリジウムを含む酸性溶液を水酸化ナトリウムで中和して得た水酸化イリジウムを、塩酸で溶解してイリジウム濃度が40g/L以上の塩化イリジウム溶液を作製する。
溶液から金属イオンを回収する方法として、一般的に水酸化物形成による中和沈殿法、硫化物形成による硫化法およびアンモニウム塩形成による晶析法が利用されている。硫化法は、イリジウムを含む溶液に硫化水素を通じることで沈殿を得ることができる。しかしながら、イリジウムの硫化物は塩酸に溶解しにくく、イリジウム濃度が40g/L以上の塩化イリジウム溶液が得られない。また、晶析法は、アンモニウムイオンと塩化物イオンからなる結晶を加えることにより白金族元素のクロロ錯体とアンモニウムイオンからなる難溶性の結晶を作製することで白金族元素を回収する方法である。しかしながら、晶析法では、低濃度の白金族元素イオンの液に対しては晶析率が50〜80%程度であり、少なからぬ白金族元素の損失が生じる。
これに対し、本実施例で採用する水酸化イリジウムを用いた中和沈殿法では、イリジウム濃度が40g/L以上の塩化イリジウム溶液を容易に作製可能である。また、白金族元素の損失を抑制することができる。
ここで用いる塩酸の濃度は6N以上が好ましい。一般に、塩酸の濃度が低いと液量が増加し溶液中のイリジウム濃度が低下するが、ここで用いる濃度であれば、適度な液量が得られイリジウム濃度の低下を抑制する。また、水酸化イリジウムも容易に溶解する。
また、上記のイリジウム含有物として、イリジウムを含む溶液を乾固した残渣に塩酸を加えて溶解する方法で、イリジウム濃度が40g/L以上の塩化イリジウム溶液を作製してもよい。
【0014】
作製した塩化イリジウム溶液を90℃以上に加熱し、還元剤として用いるギ酸を2.0倍当量以上添加する。ギ酸を加えた塩化イリジウム溶液を90℃以上で保持することで、反応式(1)で表されるイリジウムの還元反応が進む。ここではイリジウム化合物の例として4価のヘキサクロロイリジウム酸を挙げたが、この形態に限定されるものではない。

IrCl2− + 4HCOOH → Ir + 6Cl + 4CO + 8H + 4e 反応式(1)
【0015】
還元反応のために保持する時間は特に規定するものではないが、80%以上の高収率を得るために少なくとも1時間以上、望ましくは3〜6時間保持するのがよい。
ギ酸還元終了後、メンブレンフィルター等を用いてろ過を行うことで還元イリジウム粉を得る。ギ酸で還元されない成分、例えばナトリウム、カリウム、リンなどのアルカリ金属や非金属成分はろ液へ分離される。還元イリジウム粉に付着する少量のろ液は、純水で容易に洗浄できる。
ギ酸還元後にろ過を行い得られた還元イリジウム粉は少量の水分を含む。このため、還元イリジウム粉の焼成処理を行う。また、ギ酸還元で得た還元イリジウム粉は表面が酸化し、酸素を含んでいる。焼成処理における焼成温度が300℃より低いと還元反応が十分に進行せず、焼成後に得られる金属イリジウム粉の酸素品位が高くなる。また、焼成温度が400℃より高すぎると焼結してしまい粉砕が必要となる。イリジウムは硬い金属であり粉砕が困難であるため、これを回避するように焼成温度を設定する。したがって、焼成処理では、300℃〜400℃の還元雰囲気中において還元イリジウム粉を焼成する。焼成時間は、1〜2時間とする。この焼成処理により、水分を揮発除去し金属イリジウム粉を得ることが可能である。還元雰囲気中で焼成処理を行うことにより、金属イリジウム粉の表面酸化が防止できる。
例えば、還元雰囲気ガスとして一酸化炭素ガスが用いられる。しかしながら、一酸化炭素ガスは、高温において強い還元作用を示すが300℃〜400℃では還元効果が小さい。このため、水素ガスあるいは1vol%以上の水素を含む水素とアルゴンの混合ガスを用いることが好ましい。なお、水素とアルゴンの混合ガスを用いる場合、水素ガスの濃度が1vol%未満にすると十分な還元雰囲気にならず、焼成後に得られる金属イリジウム粉の酸素品位が高くなるため、水素ガスの濃度を1vol%以上とする。
【0016】
イリジウム化合物を塩酸で溶解するときに、イリジウム濃度を40g/L以上とした理由は、ギ酸還元後液中のイリジウム濃度が5〜10g/Lであるので、ギ酸還元前のイリジウム濃度を高くしてイリジウムの収率を確保するためである。
表1にギ酸還元前液中のイリジウム濃度とギ酸還元反応率の関連を調べた結果を示す。ここでは還元反応温度を90℃、反応式(1)で示した4価のイリジウムを還元する反応についてギ酸を2.0当量添加し、4時間保持した。還元反応率が80%以上となるギ酸還元前液中のイリジウム濃度は40g/L以上である。また40g/L未満では、処理液量が増えることにより操業上煩雑となる。従って、イリジウム濃度が40g/Lよりも高く溶解することが好ましい。

【表1】

【0017】
次にギ酸還元反応温度を90℃以上とした理由は、90℃以上において、ギ酸による還元反応が速く、イリジウムの収率が増加するためである。
表2にギ酸還元反応温度還元剤とギ酸還元反応率の関連を調べた結果を示す。ここではギ酸還元前液中イリジウム濃度を40g/L、反応式(1)で示した反応についてギ酸を2.0当量添加し、4時間保持した。表2に示すように、90℃以上のとき、ギ酸による還元反応率が高いことが判明した。したがって、ギ酸還元の反応温度を90℃以上とすることが好ましい。

【表2】

【0018】
また、ギ酸添加量をイリジウム還元反応の2.0当量以上とした理由は、ギ酸添加量が2.0当量未満のときギ酸還元反応率が低くなり、イリジウムの収率が低下するためである。表3にギ酸添加量とギ酸還元反応率の関連を調べた結果を示す。ここではギ酸還元前液中イリジウム濃度を40g/L、還元反応温度を90℃でギ酸を添加後4時間保持した。添加量が2.0当量以上のときイリジウムの収率が80%以上を示すため、添加量を2.0当量以上とすることが好ましい。

【表3】

【実施例】
【0019】
以下に本発明の実施例および比較例を詳細に説明する。
(実施例1)
【0020】
溶媒抽出等の手法を用いて精製したイリジウムを含む塩酸溶液に、水酸化ナトリウムを加えて中和・ろ過し、水酸化イリジウムを得た。水酸化イリジウム65gに、35%塩酸100mLを加えて、95℃に加熱して溶解し、イリジウム濃度87g/Lの塩化イリジウム溶液を150mL作製した。
このイリジウム溶液を95℃に加熱した後、98%ギ酸を還元当量の2.0当量相当の25g添加し、4時間加熱状態を維持した後、徐冷した。徐冷後にメンブレンフィルター(孔径0.1μm)を用いて、反応液をろ別して還元イリジウム粉とろ液を回収した。ろ液をICP分析してイリジウムの還元反応収率を計算した結果、93%であることが判明した。
上記還元イリジウムを純水で水洗後、水素雰囲気中、350℃において1時間焼成処理を行い、金属イリジウム粉12.0gを得た。得られた金属イリジウム粉をグロー放電質量分析法(GDMS分析法)で分析し、不純物の量を測定した。表4に金属イリジウム粉のGDMS分析結果を示す。非金属元素(水素、窒素、酸素、フッ素、塩素、希ガス元素)を除く不純物金属元素の差分法による純度分析を算出した結果、イリジウム純度は99.95wt%以上であった。したがって、本実施例では、イリジウム含有物から高品位の金属イリジウム粉を高収率で得る。

【表4】

(実施例2)
【0021】
実施例1と同様の方法で作製した水酸化イリジウム60gに、6N塩酸250mLを加えて、95℃に加熱して溶解し、イリジウム濃度40g/Lの塩化イリジウム溶液を300mL作製した。
このイリジウム溶液を90℃に加熱した後、98%ギ酸を還元当量の2.0当量相当の25g添加し、4時間加熱状態を維持した後、徐冷した。徐冷後にメンブレンフィルター(孔径0.1μm)を用いて、反応液をろ別して還元イリジウム粉とろ液を回収した。ろ液をICP分析してイリジウムの還元反応収率を計算した結果、80%であることが判明した。
上記還元イリジウム粉を純水で水洗後、5%水素−アルゴンガス雰囲気中、350℃において1時間焼成処理を行い、金属イリジウム粉9.5gを得た。ここで得られた金属イリジウム粉のGDMS分析結果を表4に示すが、イリジウム純度は99.95wt%以上であった。したがって、本実施例では、イリジウム含有物から高品位の金属イリジウム粉を高収率で得る。
(比較例1)
【0022】
実施例1と同様の方法で作製した水酸化イリジウム60gに、6N塩酸250mLを加えて、95℃に加熱して溶解し、イリジウム濃度40g/Lの塩化イリジウム溶液を300mL作製した。この溶液に純水300mLを加えて、イリジウム濃度20g/Lの塩化イリジウム溶液を600mL作製した。
このイリジウム溶液を90℃に加熱した後、98%ギ酸を還元当量の2.0当量相当の25g添加し、4時間加熱状態を維持した後、徐冷した。徐冷後にメンブレンフィルター(孔径0.1μm)を用いて、反応液をろ別して還元イリジウムとろ液を回収した。ろ液をICP分析した結果から、イリジウムの還元反応収率は40%であることが判明した。
上記還元イリジウム粉を純水で水洗後、5vol%水素−アルゴンガス雰囲気中、350℃において1時間焼成処理を行い、金属イリジウム粉4.8gを得た。ここで得られた金属イリジウム粉のGDMS分析結果を表4に示すが、イリジウム純度は99.95wt%以上であった。
この比較例1のようにギ酸還元前のイリジウム濃度が低いと還元反応収率が低くなる。従って、ギ酸還元前のイリジウム濃度は40g/L以上にするのが好ましい。
(比較例2)
【0023】
実施例1と同様の方法で作製した水酸化イリジウム60gを純水で水洗後、水素雰囲気中、800℃において3時間焼成処理を行い、水酸化物を直接に水素還元して、金属イリジウム粉12.0gを得た。ここで得られた金属イリジウム粉のGDMS分析結果を表4に示すが、イリジウム純度は99.95wt%未満となり高品位の金属イリジウム粉を得ることができなかった。主な不純物は、ナトリウムとリンであった。ナトリウムは水酸化イリジウムを作製するときに添加した水酸化ナトリウムから水酸化イリジウムの付着水で混入したが、水洗で除去できていなかった。リンはイリジウムの精製工程で使用したリン酸系溶媒抽出剤の分解物が水酸化イリジウムに混入したが、水洗で除去できていなかった。
水酸化物を直接に水素還元して、金属イリジウム粉を得る方法は還元反応収率が高いが、実施例1、実施例2、及び比較例1のように塩化物にして適する温度、時間を要して還元した方が、より高品位の金属イリジウム粉を得ることができる。
【0024】
上記実施例は本発明を実施するための例にすぎず、本発明はこれらに限定されるものではなく、これらの実施例を種々変形することは本発明の範囲内であり、さらに本発明の範囲内において、他の様々な実施例が可能であることは上記記載から自明である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イリジウム含有物を塩酸で溶解した、イリジウム濃度が40g/L以上の塩化イリジウム溶液中へ、還元剤として用いるギ酸をイリジウム還元反応の2.0当量以上加え、還元時の溶液温度を90℃以上とすることで得た還元イリジウム粉を、300〜400℃の還元雰囲気ガス中において1〜2時間の焼成処理することにより金属イリジウム粉を得ることを特徴とするイリジウムの製造方法。
【請求項2】
前記イリジウム含有物が、水酸化イリジウムであることを特徴とする請求項1に記載のイリジウムの製造方法。
【請求項3】
前記還元雰囲気ガスが、水素ガス、または1vol%以上の水素を含む水素とアルゴンの混合ガスであることを特徴とする請求項1または2に記載のイリジウムの製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−36498(P2012−36498A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−155530(P2011−155530)
【出願日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【出願人】(502362758)JX日鉱日石金属株式会社 (482)
【Fターム(参考)】