説明

インクジェット捺染用インク組成物およびインクジェット捺染方法

【課題】 分散染料を安定的に可溶化させ、かつ、スチーミングで良好な染着効果が得られるインクジェット捺染用インク組成物、およびそれを用いたインクジェット捺染方法を提供するものである。
【解決手段】 本発明に係るインクジェット捺染用インク組成物は、分散染料と、下記一般式(1)で示される溶剤と、を少なくとも含有し、前記一般式(1)で示される溶剤のHLB値が、10.5以上20.0以下であることを特徴とする。
【化6】


(式(1)中、Rは、炭素数1〜4のアルキル基を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インクジェット捺染用インク組成物およびインクジェット捺染方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分散染料とは、ポリエステル、ナイロン、アセテート等の疎水性合成繊維の染着に用いられる染料である。分散染料は、スルホン酸基やカルボキシル基のような親水性基を有さないため、水不溶性または水難溶性である。したがって、分散染料は、水系媒体中に微粒子として分散して用いられている。
【0003】
従来から、分散染料を水系媒体中に微粒子として分散させる技術については広く知られている。分散染料を水系媒体中に分散させるための代表的な分散剤としては、例えばナフタレンスルホン酸のホルマリン縮合物やリグニンスルホン酸等が挙げられ、また、特許文献1ないし5に記載の界面活性剤等が挙げられる。
【0004】
しかしながら、分散状態の微粒子染料を利用する場合、染着対象となるポリエステルやナイロン等の合成繊維中に微粒子染料を十分に拡散させる目的で高い温度を必要とすることや、微粒子染料の沈降により染着物の色ムラが生じるという課題があった。また、インクジェット捺染用インクとして利用する場合には、低粘度となるように分散剤の種類や量を調整する必要があるので、十分な安定性が得られずに保存性を低下させる要因となる場合があった。これらの課題を解決するために、分散染料を水系媒体中に微粒子として分散させるのではなく、分散染料をメチルナフタレンやn−ブチルベンゾエート等の溶剤中に可溶化させる試みがなされている(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開昭48−14888号公報
【特許文献2】特開昭50−100386号公報
【特許文献3】特開昭54−2484号公報
【特許文献4】特開昭55−54353号公報
【特許文献5】特開昭61−213273号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】添田、他2名、「分散染料の可溶化によるインク開発」、東京都立産業技術センター研究報告、2006年、第1号、p74−75
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、分散染料をメチルナフタレンやn−ブチルベンゾエート中に可溶化させても、該溶剤中で分散染料を安定的に可溶化させておくためにはさらに所定の界面活性剤の添加が必要であった。以上のように、分散染料を含有するインクジェット捺染用インクにおいて、分散染料を安定的に可溶化させる親油性およびスチーミングによる染着工程において要求される親水性の双方をバランス良く兼ね備えた溶剤は存在しなかった。
【0008】
本発明に係る幾つかの態様は、前記課題を解決することで、分散染料を安定的に可溶化させ、かつ、スチーミングで良好な染着効果が得られるインクジェット捺染用インク組成物およびそれを用いたインクジェット捺染方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は前述の課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の態様または適用例として実現することができる。
【0010】
[適用例1]
本発明に係るインクジェット捺染用インク組成物の一態様は、
分散染料と、
下記一般式(1)で示される溶剤と、
を少なくとも含有し、
前記一般式(1)で示される溶剤のHLB値が、10.5以上20.0以下であることを特徴とする。
【化1】

(式(1)中、Rは、炭素数1〜4のアルキル基を表す。)
【0011】
適用例1のインクジェット捺染用インク組成物によれば、分散染料を安定的に可溶化させることができる。また、従来の分散状態の微粒子染料を使用する場合に比べて、より低温のスチーミングで染着することができ、インクの保存性にも優れている。
【0012】
[適用例2]
請求項1のインクジェット捺染用インク組成物において、前記一般式(1)で示される溶剤のRが、メチル基またはn−ブチル基であることができる。
【0013】
[適用例3]
適用例1または適用例2のインクジェット捺染用インク組成物において、前記一般式(1)で示される溶剤の含有量が、30質量%以上90質量%以下であることができる。
【0014】
[適用例4]
適用例1ないし適用例3のいずれか一例のインクジェット捺染用インク組成物において、前記分散染料が、C.I.ディスパースイエロー114、C.I.ディスパースイエロー163、C.I.ディスパースオレンジ73、C.I.ディスパースレッド15、C.I.ディスパースレッド91、C.I.ディスパースレッド92、C.I.ディスパースブルー60、およびC.I.ディスパースブルー165から選択される少なくとも1種であることができる。
【0015】
[適用例5]
適用例1ないし適用例4のいずれか一例のインクジェット捺染用インク組成物において、前記分散染料の含有量が、0.1質量%以上10質量%以下であることができる。
【0016】
[適用例6]
適用例1ないし適用例5のいずれか一例のインクジェット捺染用インク組成物において、測定温度20℃における粘度が、2mPa・s以上15mPa・s以下であることができる。
【0017】
[適用例7]
適用例1ないし適用例6のいずれか一例のインクジェット捺染用インク組成物において、測定温度20℃における表面張力が、20mN/m以上50mN/m以下であることができる。
【0018】
[適用例8]
本発明に係るインクジェット捺染方法の一態様は、
適用例1ないし適用例7のいずれか一例に記載のインクジェット捺染用インク組成物をインクジェット記録用ヘッドから吐出させて布帛に付着させる工程を含むことを特徴とする。
【0019】
適用例8のインクジェット捺染方法によれば、分散染料が安定的に可溶化されたインクジェット捺染用インク組成物を用いるので染着物の色ムラを生じることがなく、また染着対象となるポリエステル、ナイロン、アセテート等の合成繊維中に分散染料を十分に拡散させるための高温のスチーミングを必要とせず、より低温のスチーミングで染着することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。以下に説明する実施の形態は、本発明の一例を説明するものである。また、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において実施される各種の変形例も含む。
【0021】
1.インクジェット捺染用インク組成物
本発明の一実施形態に係るインクジェット捺染用インク組成物は、分散染料と、該分散染料を可溶化させるための溶剤と、を少なくとも含有する。
【0022】
以下、本実施の形態に用いられる各成分について詳細に説明する。
【0023】
1.1.分散染料
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物は、分散染料を少なくとも含有する。分散染料とは、ポリエステル、ナイロン、アセテート等の疎水性合成繊維の染着に用いられる染料であり、水に不溶または難溶である。
【0024】
本実施の形態に用いられる分散染料としては、特に制限されないが、具体的には以下に例示するものが挙げられる。
【0025】
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物をイエローインクとする場合に使用可能な分散染料としては、例えば、C.I.ディスパースイエロー3、4、5、7、9、13、23、24、30、33、34、42、44、49、50、51、54、56、58、60、63、64、66、68、71、74、76、79、82、83、85、86、88、90、91、93、98、99、100、104、108、114、116、118、119、122、124、126、135、140、141、149、160、162、163、164、165、179、180、182、183、184、186、192、198、199、202、204、210、211、215、216、218、224、227、231、232等が挙げられる。
【0026】
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物をオレンジインクとする場合に使用可能な分散染料としては、例えば、C.I.ディスパースオレンジ1、3、5、7、11、13、17、20、21、25、29、30、31、32、33、37、38、42、43、44、45、46、47、48、49、50、53、54、55、56、57、58、59、61、66、71、73、76、78、80、89、90、91、93、96、97、119、127、130、139、142等が挙げられる。
【0027】
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物をレッドインクとする場合に使用可能な分散染料としては、例えば、C.I.ディスパースレッド1、4、5、7、11、12、13、15、17、27、43、44、50、52、53、54、55、56、58、59、60、65、72、73、74、75、76、78、81、82、86、88、90、91、92、93、96、103、105、106、107、108、110、111、113、117、118、121、122、126、127、128、131、132、134、135、137、143、145、146、151、152、153、154、157、159、164、167、169、177、179、181、183、184、185、188、189、190、191、192、200、201、202、203、205、206、207、210、221、224、225、227、229、239、240、257、258、277、278、279、281、288、298、302、303、310、311、312、320、324、328等が挙げられる。
【0028】
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物をバイオレットインクとする場合に使用可能な分散染料としては、例えば、C.I.ディスパースバイオレット1、4、8、23、26、27、28、31、33、35、36、38、40、43、46、48、50、51、52、56、57、59、61、63、69、77等が挙げられる。
【0029】
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物をグリーンインクとする場合に使用可能な分散染料としては、例えば、C.I.ディスパースグリーン9等が挙げられる。
【0030】
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物をブラウンインクとする場合に使用可能な分散染料としては、例えば、C.I.ディスパースブラウン1、2、4、9、13、19等が挙げられる。
【0031】
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物をブルーインクとする場合に使用可能な分散染料としては、例えば、C.I.ディスパースブルー3、7、9、14、16、19、20、26、27、35、43、44、54、55、56、58、60、62、64、71、72、73、75、79、81、82、83、87、91、93、94、95、96、102、106、108、112、113、115、118、120、122、125、128、130、139、141、142、143、146、148、149、153、154、158、165、167、171、173、174、176、181、183、185、186、187、189、197、198、200、201、205、207、211、214、224、225、257、259、267、268、270、284、285、287、288、291、293、295、297、301、315、330、333等が挙げられる。
【0032】
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物をブラックインクとする場合に使用可能な分散染料としては、例えば、C.I.ディスパースブラック1、3、10、24等が挙げられる。
【0033】
前記例示した分散染料は、1種単独の原色で用いてもよく、2種以上を組み合わせた混色として用いてもよい。
【0034】
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物中における分散染料の含有量は、インクの染着性および分散染料の可溶化能の観点から、好ましくは0.1質量%以上10質量%以下、より好ましくは0.25質量%以上8質量%以下、特に好ましくは1質量%以上5質量%以下である。
【0035】
1.2.溶剤
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物は、下記一般式(1)で示される溶剤を少なくとも含有する。
【0036】
【化2】

【0037】
鋭意検討の結果、式(1)中、Rは、炭素数1〜4のアルキル基であることが好適であることが判明した。「炭素数1〜4のアルキル基」は、直鎖状または分岐状のアルキル基であることができ、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、iso−プロピル基、n−ブチル基、iso−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基であることができる。Rが炭素数1〜4のアルキル基の式(1)で示される溶剤は、分散染料の可溶化能に優れており、安定的に分散染料を可溶化させることができる。また、水への溶解性にも大変優れているため、染着対象に染着した後、水洗することで容易に溶剤を除去することができる。
【0038】
前記式(1)で示される溶剤のHLB値は、10.5以上20.0以下、好ましくは12.0以上18.5以下である。前記式(1)で示される溶剤のHLB値が前記範囲内にあると、分散染料を溶解する能力が高くなると共に、水への溶解性が良好であるので好適である。なお、本明細書におけるHLB値とは、有機概念図における無極性値(I)と有機性値(O)との比(以下、単に「I/O値」ともいう)から下記式(2)により算出された値である。
HLB値=(無極性値(I)/有機性値(O))×10 …(2)
具体的には、I/O値は、藤田穆著、「系統的有機定性分析混合物編」、風間書房、1974年;黒木宣彦著、「染色理論化学」、槙書店、1966年;井上博夫著、「有機化合物分離法」、裳華房、1990年、の各文献に基づいて算出することができる。
【0039】
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物中における前記式(1)で示される溶媒の含有量は、分散染料の可溶化能の観点から、30質量%以上であることが好ましい。本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物は、分散染料以外の成分を全て前記式(1)で示される溶媒とすることもできる。しかしながら、インクの布帛への浸透性や適度な滲みを得る観点から、後述する水溶性有機溶剤や界面活性剤を添加することが好ましいため、30質量%以上90質量%以下であることがより好ましい。
【0040】
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物中における分散染料と前記式(1)で示される溶媒の含有比率は、質量基準で、分散染料:前記式(1)で示される溶媒=1:24〜1:72の範囲内となるように設定することが好ましい。前記式(1)で示される溶媒の質量が少なすぎると、分散染料が完全に可溶化されない場合がある。一方、前記式(1)で示される溶媒の質量が多すぎると、分散染料を可溶化することはできるが、分散染料の濃度が低くなるため染着能が低下する場合がある。
【0041】
1.3.その他の添加剤
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物には、必要に応じて、前記式(1)で示される溶剤以外の水溶性有機溶剤、界面活性剤、保湿剤、水等を添加してもよい。
【0042】
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物には、布帛への濡れ性を高めてインクの浸透性を向上させる観点から、前記式(1)で示される溶剤以外の水溶性有機溶剤を添加してもよい。前記式(1)で示される溶剤以外の水溶性有機溶剤としては、例えば、エタノール、プロパノール等の低級アルコール類;エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル等のセロソルブ類;ジエチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル等のカルビトール類;エチレングリコールモノ−n−ブチルエーテル、ジエチレングリコール−n−ブチルエーテル、トリエチレングリコール−n−ブチルエーテル等のグリコールエーテル類等が挙げられる。これらの水溶性有機溶剤は、1種単独で用いてもよいし、2種以上混合して用いてもよい。本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物中における水溶性有機溶剤(前記式(1)で示される溶剤を除く)の含有量は、好ましくは2質量%以上15質量%以下である。
【0043】
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物には、布帛に対する濡れ性を高めてインクの浸透性を向上させる観点から、界面活性剤を添加してもよい。界面活性剤としては、例えば、脂肪酸塩、アルキル硫酸エステル塩等のアニオン性界面活性剤、アセチレングリコール系界面活性剤等のノニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤等が挙げられる。これらの中でも、布帛に対する濡れ性を高める作用に特に優れている点で、アセチレングリコール系界面活性剤が好ましい。市販品としては、サーフィノール61、82、104、440、465、485、ダイノール604、607(いずれも商品名、エアープロダクツジャパン社製)等が挙げられる。これらの界面活性剤は、1種単独で用いてもよいし、2種以上混合して用いてもよい。本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物の含有量は、好ましくは0.2質量%以上2質量%以下である。
【0044】
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物には、インクジェットプリンターの記録ヘッドのノズルからの吐出安定性を向上させる観点から、保湿剤を添加してもよい。保湿剤としては、例えば、グリセリン、エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコール、ポリエチレングリコール、ジプロピレングリコール、ポリプロピレングリコール、1,3−プロパンジオール、1,4−ブタンジオール、1,2−ヘキサンジオール、1,5−ペンタンジオール、1,6−ヘキサンジオール、1,2,6−ヘキサントリオール、ペンタエリスリトール等のポリオール類、およびそのエーテルまたはエステル等の誘導体;2−ピロリドン、2−メチル−2−ピロリドン、ε−カプロラクタム等のラクタム類;尿素、チオ尿素、エチレン尿素、1,3−ジメチルイミダゾリジノン類等の尿素類;マルチトール、ソルビトール、グルコノラクトン、マルトース等の糖類等が挙げられる。これらの保湿剤は、1種単独で用いてもよいし、2種以上混合して用いてもよい。本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物中における保湿剤の含有量は、好ましくは4質量%以上40質量%以下である。
【0045】
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物には、さらに水を添加してインクの粘度や表面張力等の物性を調整してもよい。水としては、イオン交換水、限外濾過水、逆浸透水、蒸留水等の純水、または超純水を用いることが好ましい。特に、これらの水を紫外線照射または過酸化水素添加等により滅菌処理した水は、長期間に亘ってカビやバクテリアの発生が防止されるので好ましい。
【0046】
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物には、さらに必要に応じて、防黴剤、防腐剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、キレート剤、酸素吸収剤、pH調整剤(例えば、トリエタノールアミン)、溶解助剤等のインクジェット捺染用インク組成物において通常用いることができる各種添加剤を添加してもよい。
【0047】
1.4.物性
本実施の形態に係るインクジェット捺染用インク組成物は、印字品質とインクジェット用インク組成物としての信頼性とのバランスの観点から、20℃における表面張力が20mN/m以上50mN/mであることが好ましく、25mN/m以上40mN/m以下であることがより好ましい。なお、表面張力の測定は、自動表面張力計CBVP−Z(協和界面科学社製)を用いて、20℃の環境下で白金プレートをインクで濡らしたときの表面張力を確認することにより測定することができる。
【0048】
また、同様の観点から、本実施の形態に係るインク組成物の20℃における粘度は、2mPa・s以上15mPa・s以下であることが好ましく、2mPa・s以上10mPa・s以下であることがより好ましい。なお、粘度の測定は、粘弾性試験機MCR−300(Pysica社製)を用いて、20℃の環境下で、Shear Rateを10〜1000に上げていき、Shear Rate200時の粘度を読み取ることにより測定することができる。
【0049】
表面張力および粘度を前記範囲内とするためには、前記分散染料の濃度を調整する方法や、前記保湿剤の種類や添加量等を調整する方法等を用いることができる。
【0050】
2.インクジェット捺染方法
本実施の形態に係るインクジェット捺染方法は、前述したインクジェット捺染用インク組成物をインクジェット記録用ヘッドから吐出させて布帛に付着させる工程を含むことを特徴とする。染着対象となる布帛としては、織物、編物、不織布等が挙げられる。
【0051】
本発明に係るインクジェット捺染用インク組成物は、前述したように分散染料が溶媒中に安定的に可溶化されている。そのため、本発明に係るインクジェット捺染用インク組成物をポリエステル、ナイロン、アセテート等の疎水性合成繊維からなる布帛に対するインクジェット捺染に用いると、色ムラを生じることがなく、布帛を均一に染着することができる。
【0052】
また、本実施の形態に係るインクジェット捺染方法によれば、分散染料が溶媒中に可溶化されているため、染着対象となるポリエステル、ナイロン、アセテート等の疎水性合成繊維中に拡散しやすい。そのため、染着対象中に分散染料を十分に拡散させるための高温のスチーミングを必要とせず、より低温のスチーミングで染着することができる。
【0053】
本実施の形態に係るインクジェット捺染方法に用いるインクジェット記録装置は、特に限定されないが、ドロップオンデマンド型のインクジェット記録装置が好ましい。ドロップオンデマンド型のインクジェット記録装置には、記録ヘッドに配設された圧電素子を用いて記録を行う圧電素子記録方法を採用したもの、記録ヘッドに配設された発熱抵抗素子のヒーター等による熱エネルギーを用いて記録を行う熱ジェット記録方法を採用したもの等があるが、いずれの記録方法も採用することができる。本発明に係るインクジェット捺染用インク組成物を用いる場合には、通常のインクと同様に、専用カートリッジにインクジェット捺染用インク組成物を充填して、該専用カートリッジをインクジェット記録装置に装填して使用する。
【0054】
3.実施例
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。
【0055】
3.1.溶剤の合成
3.1.1.溶剤A
撹拌装置、熱電対および窒素ガス導入管を備えた300mlセパラブルフラスコに、N,N−ジメチルアクリルアミド19.828gおよびメタノール6.408gを入れ、窒素ガスを導入しながら撹拌した。次に、ナトリウム t−ブトキシド0.338gを加え、35℃で4時間反応を行った。加熱終了後、リン酸150mgを加え、溶液を均一にした後、3時間放置した。溶液を濾過して、析出物を除去し、さらにエバポレーターで未反応物を除いた。このようにして、下記式(3)で示される溶剤Aを得た。
【化3】

なお、得られた溶剤Aの、有機概念図におけるI/O値から上記式(2)により算出されたHLB値は、18.3であった。
【0056】
3.1.2.溶剤B
撹拌装置、熱電対および窒素ガス導入管を備えた300mlセパラブルフラスコに、N,N−ジメチルアクリルアミド19.828gおよび1−ブタノール14.824gを入れ、窒素ガスを導入しながら撹拌した。次に、ナトリウム t−ブトキシド0.338gを加え、35℃で4時間反応を行った。加熱終了後、リン酸150mgを加え、溶液を均一にした後、3時間放置した。溶液を濾過して、析出物を除去し、さらにエバポレーターで未反応物を除いた。このようにして、下記式(4)で示される溶剤Bを得た。
【化4】

なお、得られた溶剤Bの、有機概念図におけるI/O値から上記式(2)により算出されたHLB値は、12.2であった。
【0057】
3.2.インクジェット捺染用インク組成物の調製
表1〜表3の組成に従い各成分を混合し十分に撹拌した後、10μmのメンブランフィルターで濾過することにより、各インク組成物を調製した。なお、表中の数値は、質量%を表す。
【0058】
なお、表中で使用した材料は、下記の通りである。
・Disperse.Blue 165(商品名、日本化薬株式会社製、分散染料)
・Disperse.Yellow 163(商品名、日本化薬株式会社製、分散染料)
・Disperse.Red 15(商品名、日本化薬株式会社製、分散染料)
・Disperse.Yellow 114(商品名、日本化薬株式会社製、分散染料)
・Disperse.Orange 73(商品名、日本化薬株式会社製、分散染料)
・Disperse.Red 91(商品名、日本化薬株式会社製、分散染料)
・Disperse.Red 92(商品名、日本化薬株式会社製、分散染料)
・Disperse.Blue 60(商品名、日本化薬株式会社製、分散染料)
・グリセリン(商品名、花王株式会社製、保湿剤)
・トリエチレングリコール(商品名、三協化学株式会社製、保湿剤)
・トリエタノールアミン(商品名、日本触媒株式会社製、pH調整剤)
・ブチルトリグリコール(商品名、日本乳化剤株式会社製、トリエチレングリコールモノ−n−ブチルエーテル、水溶性有機溶剤)
・ダイノール607(商品名、エアープロダクツジャパン社製、アセチレングリコール系界面活性剤)
・エチレングリコールジメチルエーテル(商品名、日本乳化剤株式会社製、水溶性有機溶剤)
・γ−ブチロラクトン(商品名、関東化学株式会社製、水溶性有機溶剤)
・コハク酸ジメチル(商品名、関東化学株式会社製、水溶性有機溶剤)
・3−メトキシ−3−メチル−1−ブチルアセテート(商品名「ソルフィットAC」、株式会社クラレ製、水溶性有機溶剤)
・1,3−ジオキソラン(商品名、東邦化学工業株式会社製、水溶性有機溶剤)
【0059】
3.3.評価試験
3.3.1.分散染料の溶解性試験
「3.2.インクジェット捺染用インク組成物の調製」で得られた各インク組成物100gを、孔径0.1μmのPTFE製メンブランフィルター(ミリポア社製、オムニポアメンブレンフィルター)を用いて濾過し、濾過前後の濾紙の重量変化を測定した。
また、得られた各インク組成物につき、遠心分離機を用いて遠心分離を行い、沈殿物の有無を目視にて観察した。なお、遠心分離は、3500rpm、30分間の条件で行った。なお、評価基準は、以下の通りである。評価結果を表1〜表3に併せて示す。
A:濾紙の重量変化が1%以下であり、且つ、遠心分離試験において沈殿物が認められない。
B:濾紙の重量変化が1%を超えていた、または、遠心分離試験において沈殿物が認められた。
【0060】
3.3.2.周波数応答性試験
JローランドDG社製プリンターSP−300Vに搭載されているヘッドを用いて、ヘッド駆動周波数を変化させ、各周波数における吐出インク滴の飛翔状態について「液滴形状」や「飛行曲がり」がなく吐出されているか、それらの評価項目が連続吐出時にも保障されるか(連続吐出安定性)を評価し、それらの評価項目を全て満足する最高周波数を求めた。評価結果を表1〜表3に併せて示す。
【0061】
3.3.3.染着濃度評価試験
表1〜表3中に記載のインク組成物のうちいずれか1種を、インクジェットプリンターPM−750C(セイコーエプソン株式会社製)の専用カートリッジに充填し、その専用カートリッジをPM−750Cにセットした。次に、インクジェットプリンターPM−750Cを用いて、ポンジー(経糸、緯糸いずれも75D(デニール)のウーリ糸を用いたもの)に印捺した後、100℃または170℃にて10分間スチーミングを実施した。その後、80℃の条件下でハイドロサルファイト・水酸化ナトリウム(共に約0.2%)水溶液を用いて洗浄した。その後、スペクトロリーノ(グレタグマクベス製)にてDb測定することで染着濃度を確認した。評価結果を表1〜表3に併せて示す。
【0062】
【表1】

【0063】
【表2】

【0064】
【表3】

【0065】
3.3.4.インクジェット捺染方法の具体例
表1中の実施例3に記載のインク組成物を、インクジェットプリンターPM−750C(セイコーエプソン株式会社製)の専用カートリッジに充填し、その専用カートリッジをPM−750Cにセットした。次に、インクジェットプリンターPM−750Cを用いて、ポンジー(経糸、緯糸いずれも75D(デニール)のウーリ糸を用いたもの)に印捺した後、100℃にて10分間スチーミングを実施した。その後、80℃の条件下でハイドロサルファイト・水酸化ナトリウム(共に約0.2%)水溶液を用いて10分間洗浄して仕上げた。得られた染着物について、上記「3.3.3.染着濃度評価試験」を行ったところ、染着濃度(Db値)は0.7であった。なお、インクジェット捺染では一般的に裏抜けが乏しいにも拘わらず、本具体例によって得られた染着物は裏抜けが大きかった。このことから、本具体例によって得られた染着物は、のぼり旗等の用途にも有用であることが判明した。
【0066】
一方、同量の分散染料を用いた下記の組成の分散染料が分散されたインク組成物を用いて、スチーミング温度を100℃から190℃まで10℃毎に変更したこと以外は、上記具体例と同様の方法で染着した。その結果、スチーミング温度100℃では染着濃度(Db値)が0.2であり、スチーミング温度180℃では染着濃度(Db値)が0.7と最高値を示した。したがって、下記の組成の分散染料が分散されたインク組成物を用いた場合、前記具体例と同程度の染着濃度を得るためには、180℃にて10分間のスチーミングを必要とすることが判明した。
<分散染料分散インク組成物>
・ディスパースブルー165 0.25質量%
・ディスパースイエロー163 0.50質量%
・ディスパースレッド15 0.50質量%
・分散剤A 8.00質量%
・グリセリン 20.00質量%
・ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム 0.80質量%
・FOAMBAN MS−575 0.05質量%
・メチルトリグリコール 9.00質量%
・水 60.90質量%
但し、分散剤Aは、デモールSSL(花王株式会社製、メタクレゾールメチレンスルホン酸−シェファー酸ホルマリン縮合物塩)40%水溶液である。
【0067】
以上の結果より、分散染料が可溶化されたインク組成物を用いることで、分散染料が分散されたインク組成物に比べてより低温のスチーミングで染着できることが判明した。
【0068】
3.4.評価結果
3.4.1.分散染料の溶解性試験
実施例1および実施例2によれば、分散染料の含有量に対して溶剤Aまたは溶剤Bの含有量が少なすぎたため、分散染料を完全に可溶化させることができなかった。一方、実施例3〜16および比較例1〜5によれば、分散染料の含有量に対して溶剤Aまたは溶剤Bの含有量が十分な量であったため、分散染料を完全に可溶化させることができた。
【0069】
3.4.2.周波数応答性試験
比較例1〜5ではいずれも周波数24〜28kHzまでしか吐出できないのに対して、実施例1〜16ではいずれも周波数40kHzまで吐出することができた。したがって、比較例1〜5のような従来のインク組成物よりも本実施例に係るインク組成物を用いることで高速駆動が可能となるため、さらなる生産性の向上に寄与できる。
【0070】
3.4.3.染着濃度評価試験
(1)スチーミング温度100℃の場合
実施例1および実施例2では、分散染料を完全に可溶化させることができなかったが、100℃のスチーミングによって得られた染着濃度(Db値)は0.5であった。これに対して、比較例1〜5では、分散染料を完全に可溶化できたにも拘わらず、100℃のスチーミングによって得られた染着濃度(Db値)は0.3または0.4であった。このような染着濃度の差が生じた理由は定かではないが、溶媒Aや溶媒Bの構造的特徴に由来するものと考えられる。以上のように、実施例1および実施例2では、フィルター濾過することで比較例1〜5よりも実質的に分散染料の濃度が低くなっているにも拘わらず、得られるDb値が高くなっていることから、少なくとも溶媒Aまたは溶媒Bの効果が発揮されているものと考えられる。また、実施例4〜16では、分散染料を溶媒Aまたは溶媒Bで完全に可溶化させたインク組成物を用いることにより、実施例1〜2よりもさらに高いDb値が得られた。
【0071】
(2)スチーミング温度170℃の場合
比較例1〜5では、スチーミング温度100℃の場合に比べて染着濃度(Db値)の向上が認められ、いずれも0.7となった。一方、実施例1〜16では、スチーミング温度100℃の場合に比べて染着濃度(Db値)の向上は認められなかった。以上のことから、実施例1〜16のように溶媒Aまたは溶媒Bを用いることで、より低温のスチーミング処理で比較例1〜5と同等以上の染着濃度を確保できることが判明した。
【0072】
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、種々の変形が可能である。例えば、本発明は、実施形態で説明した構成と実質的に同一の構成(例えば、機能、方法および結果が同一の構成、あるいは目的および効果が同一の構成)を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成または同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分散染料と、
下記一般式(1)で示される溶剤と、
を少なくとも含有し、
前記一般式(1)で示される溶剤のHLB値が、10.5以上20.0以下である、インクジェット捺染用インク組成物。
【化5】

(式(1)中、Rは、炭素数1〜4のアルキル基を表す。)
【請求項2】
請求項1において、
前記一般式(1)で示される溶剤のRが、メチル基またはn−ブチル基である、インクジェット捺染用インク組成物。
【請求項3】
請求項1または請求項2において、
前記一般式(1)で示される溶剤の含有量が、30質量%以上90質量%以下である、インクジェット捺染用インク組成物。
【請求項4】
請求項1ないし請求項3のいずれか一項において、
前記分散染料が、C.I.ディスパースイエロー114、C.I.ディスパースイエロー163、C.I.ディスパースオレンジ73、C.I.ディスパースレッド15、C.I.ディスパースレッド91、C.I.ディスパースレッド92、C.I.ディスパースブルー60、およびC.I.ディスパースブルー165から選択される少なくとも1種である、インクジェット捺染用インク組成物。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか一項において、
前記分散染料の含有量が、0.1質量%以上10質量%以下である、インクジェット捺染用インク組成物。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれか一項において、
測定温度20℃における粘度が、2mPa・s以上15mPa・s以下である、インクジェット捺染用インク組成物。
【請求項7】
請求項1ないし請求項6のいずれか一項において、
測定温度20℃における表面張力が、20mN/m以上50mN/m以下である、インクジェット捺染用インク組成物。
【請求項8】
請求項1ないし請求項7のいずれか一項に記載のインクジェット捺染用インク組成物をインクジェット記録用ヘッドから吐出させて布帛に付着させる工程を含む、インクジェット捺染方法。

【公開番号】特開2011−246570(P2011−246570A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−120138(P2010−120138)
【出願日】平成22年5月26日(2010.5.26)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】