説明

インクジェット用インク、インクジェット記録方法、インクカートリッジ、記録ユニット、及びインクジェット記録装置

【課題】吐出安定性などのインクの信頼性を満足すると同時に、従来にない高いレベルの耐擦過性を有し、かつ、光沢性にも優れた画像を記録できるインクジェット用インクを提供すること。
【解決手段】少なくとも、顔料及びグラフトポリマーを含有するインクジェット用インクであって、前記グラフトポリマーを構成するユニットが、少なくとも、特定のノニオン性ユニット、及び、ポリシロキサン構造を有するユニットを含むことを特徴とするインクジェット用インク。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、色材として顔料を含有するインクジェット用インク、インクジェット記録方法、インクカートリッジ、記録ユニット、及びインクジェット記録装置に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット用のインクでは、色材として顔料を含有する顔料インクが、近年、オフィスやホーム用途に用いられる小型プリンタ用としてだけでなく、ポスターや広告を印刷する用途に用いられる大判プリンタ用としても広く適用されている。大判プリンタで印刷する際には、A0サイズやA1サイズなどのかなり大きな記録媒体を用いることが多く、画像を記録した記録媒体を持ち運ぶ際には、丸めて筒状にすることが一般的であるため、下記のような問題を生じることがある。
【0003】
すなわち、記録媒体を丸める際に、記録媒体の角などの鋭利な部分で画像を擦るような場合があるが、このとき、顔料インクで記録した画像に傷が付き、色材が削れ落ちるという問題がかなりの頻度で発生する。また、顔料インクで画像を記録した記録媒体をポスターとして屋外に貼る際に、画像が爪などの鋭利なもので強く引っ掻かれるような場合にも、色材が削れ落ちるという問題がかなりの頻度で発生する。以上のように、大判プリンタに用いるインクとして顔料インクを選択した場合には、鋭利なものが画像に触れたとしても、画像の色材が削れ落ちることがない、従来よりも格段に高いレベルの耐擦過性を実現することが大きな課題となっている。
【0004】
これに対して、これまでにも、顔料インクで記録した画像の耐擦過性は課題となっていたため、かかる課題を解決するために様々な方法が提案されている。しかし、その多くが、オフィスやホームで用いられる小型プリンタ用の顔料インクとして検討が行われているため、従来の技術を用いるだけでは、指で画像に触れて傷がつかない程度の耐擦過性を得るのが精一杯である。つまり、今もなお、前記したような、鋭利なものが画像に触れた場合に生じる耐擦過性の課題を解決することはできていないのである。
【0005】
無論、鋭利なものが触れるような状況においても耐擦過性を満足し得る画像の提供を可能とすべく、より高いレベルの画像の耐擦過性を得るための方法に関する提案はいくつかある。例えば、インクジェット用インクで記録した画像の上に特定の化合物を付与することで、画像の滑り性を高め、画像の耐擦過性を向上させることに関する提案がある(特許文献1及び2参照)。また、画像の耐擦過性を向上させるとされているシリコーン系のポリマーをインク中に含有させることに関する提案もある(特許文献3参照)。
【0006】
一方、顔料インクを用いて記録媒体に記録を行う場合、上記した画像の耐擦過性の課題に加えて、顔料や分散剤として使用する樹脂が記録媒体の表面上に多く存在するために、画像の光沢性の低下が生じやすいという課題がある。例えば、インクジェット記録方法に多用される記録媒体である、膨潤型の記録媒体のインク受容層には孔が存在せず、また、空隙型の記録媒体のインク受容層には孔は存在するが、その孔径よりも顔料の平均粒径の方が大きい。したがって、顔料の多くは記録媒体のインク受容層の内部に浸透することができず、記録媒体の表面上に露出して存在することになる。この結果、記録媒体の、顔料インクで記録を行った画像の部分では、露出した顔料により新たな表面が形成された状態となる。さらに、分散剤として樹脂を含有する顔料インクが記録媒体に付与された後、水などの蒸発により樹脂の濃度が高くなると、樹脂の凝集が進行するため、記録媒体の表面上により多くの樹脂が残留するようになる。このように、顔料や樹脂が記録媒体の表面上に露出して存在する状態によっては、画像表面の平滑性が低くなり、画像の光沢性が低下する。また、画像表面の平滑性が低くなると、画像表面の平滑性と、画像が記録されていない記録媒体表面の平滑性とが異なることが生じる。そして、このような平滑性の違いは、記録媒体における記録部と非記録部とにおける光沢性の違いとして認識されるため、全体の光沢均一性が低下し、違和感が生じるという問題がある。
【0007】
画像の光沢性が低下するという課題に対して、インク中の顔料を微粒子化し、顔料の持つ光学的な粒子性をなくすことによって、画像の光沢性を向上させることに関する提案がある(特許文献4及び5参照)。また、顔料インクに樹脂エマルションを含有させることにより、画像の平滑性を向上させることや(特許文献6参照)、インク中の顔料を水不溶性のビニルポリマーに包含させることにより、顔料の露出をなくすことに関する提案がある(特許文献7参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000−108495号公報
【特許文献2】特開2004−284362号公報
【特許文献3】特開平09−188732号公報
【特許文献4】特開平09−176543号公報
【特許文献5】特開平11−181342号公報
【特許文献6】特開平09−208870号公報
【特許文献7】特開2006−282760号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、本発明者らの検討の結果、インクジェット用インクで画像を記録した場合、上記で挙げたような従来技術のいずれを用いても、記録した画像は、上述の本発明が目的とする格段に高いレベルの耐擦過性及び光沢性を満足するには至らないことがわかった。すなわち、画像の耐擦過性に関しては、上記で挙げたような従来技術では、爪で軽く触れても画像に傷が付かないレベルの耐擦過性であれば満足できる画像が得られるが、それよりも高いレベルの画像の耐擦過性を実現できてはいない。具体的には、記録媒体の非記録部に傷が付く程の強い圧力を加えて爪などの鋭利なもので画像を引っ掻くと、色材が削れ落ちるという現象が起きる。
【0010】
本発明者らの検討によると、特許文献1や2に記載のように、潤滑物質や滑り化合物を含むインクを用いる場合や、潤滑物質や滑り化合物を含む水溶液を画像上に付与する場合では、潤滑物質や滑り化合物が水性媒体と共に記録媒体の内部へ浸透する。その結果、これらの液体を画像に付与することによる耐擦過性向上の効果はほとんど得られないことがわかった。すなわち、特許文献1及び2に記載されているように、単に耐擦過性が向上するような物質を含有するインクを用いることや、かかる物質を含有する水溶液を画像に付与する方法では、本発明が目的とする耐擦過性を満足することができないのである。また、特許文献3には、シリコーン系ポリマーを含有するインクが記載されているが、画像の耐擦過性が向上することについては何ら記載されていない。
【0011】
画像の光沢性に関しては、特許文献4や5に記載の微粒子化された顔料を含有する顔料インクを用いて、光沢を有する記録媒体に記録を行うと、一般的な粒径の顔料を含有するインクを用いて記録を行った場合と比較して、画像の光沢性はある程度向上する。しかし、染料を含有する染料インクで記録した画像と比較して、微粒子化された顔料を含有する顔料インクを用いて記録した画像の光沢性は、依然として劣るレベルであり、光沢性に優れた鮮明な画像が得られるレベルには至っていない。また、これらの顔料インクを用いて記録した画像の耐擦過性に関しても、色の転写はやや抑えられるものの、顔料は依然として記録媒体の表面上に積層して露出した状態であるため、指などで擦ると、色材が削れ落ちたり、画像や非記録部が汚れたりする問題がある。
【0012】
また、特許文献6に記載されているような、樹脂エマルションを含有するインクを用いて記録した画像においては、光沢の均一性が失われ、ムラが目立つようになり、画像全体としての光沢性が向上しているとは言えない。さらに、特許文献7に記載のインクで記録した画像では、光沢性の向上がある程度見られるが、一方で、顔料にはシリコーン成分を有する分散剤が吸着しているため、記録媒体において、顔料の凝集物同士が滑るようになり、耐擦過性が低下する結果となった。つまりは、インク中の顔料の分散剤として、シリコーン成分を有する分散剤を用いると、画像の光沢性はある程度は向上し得るが、耐擦過性は向上しないことがわかった。
【0013】
したがって、本発明の目的は、従来にない高いレベルの耐擦過性を有し、かつ、光沢性にも優れた画像を記録できるインクジェット用インクを提供することにある。具体的には、記録媒体の非記録部に傷が付く程の強い圧力を加えて爪で画像を引っ掻いた場合でも、色材がほとんど削れ落ちることがない高いレベルの耐擦過性を有する画像を得ることができるインクジェット用インクを提供することにある。さらに、記録部と非記録部との光沢性が同等となる高いレベルの光沢性を有する画像を得ることができるインクジェット用インクを提供することにある。また、本発明の別の目的は、このような高いレベルの耐擦過性を有し、かつ、光沢性にも優れた画像が得られるインクジェット記録方法、インクカートリッジ、記録ユニット、及びインクジェット記録装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記の目的は、下記の本発明によって達成される。すなわち、本発明にかかるインクジェット用インクは、少なくとも、顔料及びグラフトポリマーを含有するインクジェット用インクであって、前記グラフトポリマーを構成するユニットが、少なくとも、下記一般式(I)で表されるノニオン性ユニット、及び、ポリシロキサン構造を有するユニットを含むことを特徴とする。

(一般式(I)中、R1及びR2はそれぞれ独立に水素原子又はメチル基であり、xは1又は2である。)
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、従来の技術が目的としていた耐擦過性をはるかに上回るレベルの、優れた耐擦過性を有し、さらに、光沢性にも優れる画像を記録できるインクジェット用インクが提供される。具体的には、本発明のインクで記録した画像は、記録媒体の非記録部に傷が付く程の強い圧力を加えて爪で画像を引っ掻いた場合でも、色材がほとんど削れ落ちることがない高いレベルの耐擦過性を有するものとなる。さらに、本発明のインクで記録した画像は、記録部と非記録部との光沢性が同等となる高いレベルの光沢性を有するものとなる。また、本発明の別の実施態様によれば、上述したような、格段に高いレベルの耐擦過性を有し、かつ、優れた光沢性を有する画像を安定して得ることができる、インクジェット記録方法、インクカートリッジ、記録ユニット及びインクジェット記録装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】インクジェット記録装置の斜視図である。
【図2】インクジェット記録装置の機構部の斜視図である。
【図3】インクジェット記録装置の断面図である。
【図4】ヘッドカートリッジにインクカートリッジを装着する状態の斜視図である。
【図5】ヘッドカートリッジの分解斜視図である。
【図6】ヘッドカートリッジにおける記録素子基板を示す正面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に、好ましい実施の形態を挙げて、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明の最大のポイントは、インクジェット用インク(以下、単に「インク」と呼ぶことがある。)の構成を、下記一般式(I)で表されるノニオン性ユニット及びポリシロキサン構造を有するユニットを含むグラフトポリマーを含有する構成としたことにある。

(一般式(I)中、R1及びR2はそれぞれ独立に水素原子又はメチル基であり、xは1又は2である。)
【0018】
そして、このような構成のインクを用いて記録した場合、画像の表面が滑りやすくなり、かつ、レベリング性が発揮されることにより、画像の表面の平滑性を向上させることができる。また、記録媒体の表面に存在するカチオン性化合物とインク成分との凝集反応を抑制することも可能となる。その結果、画像の耐擦過性と光沢性とを向上させることができる。これらの効果は、構造中に、画像の表面を滑りやすくする機能を持つポリシロキサン構造を有するユニットと、上記凝集反応を抑制し、レベリングする機能を持つ上記ノニオン性ユニットとを有するグラフトポリマーを、インク中に含有させることで得られる。
【0019】
ここで、このような特徴を有する本発明のインクの構成を見出した経緯について説明する。画像の耐擦過性と光沢性とを向上させる方法としては、例えば、画像の耐擦過性を向上させるシリコーン系ポリマーを含有するインクに、親水性が高く、画像表面の平滑性を向上させる樹脂エマルションを添加する方法も考えられる。しかし、本発明者らの検討によると、上述したように、シリコーン系ポリマーを含有するインクに樹脂エマルションを添加しても、得られる画像における光沢性の向上の効果は非常に小さいものであった。この理由を、本発明者らは以下のように推測している。これらの化合物を共に含有するインクを記録媒体に付与すると、シリコーン系ポリマーは疎水性が高く、樹脂エマルションは親水性が高いため、記録媒体において、シリコーン系ポリマーと樹脂エマルションとが相分離を起こす。この結果、シリコーン系ポリマーと樹脂エマルションとが、それぞれが本来有する機能を互いに打ち消し合うようになってしまい、記録画像の耐擦過性と光沢性とを両立することができなかったものと考えられる。
【0020】
そこで、本発明者らは、画像の耐擦過性と光沢性とを共に向上させることができるインクの構成について種々の検討を行った。その結果、塗膜表面のスリップ性を向上させるポリシロキサン構造を有するユニットと、親水性を有する構造のノニオン性ユニットとが組み込まれてなるグラフトポリマーをインク中に含有させることが有効であることを見出した。また、本発明者らのさらなる検討の結果、このようなグラフトポリマーとして、上述した一般式(I)で表されるノニオン性ユニット及びポリシロキサン構造を有するユニットを含む構造のグラフトポリマーが好適であることを見出した。かかる構造のグラフトポリマーを含有するインクを記録媒体に付与した際には、疎水性であるポリシロキサン構造を有するユニットと、親水性である上記ノニオン性ユニットとが分子構造内で相分離を起こす。しかし、この場合における相分離は、ポリマーの分子構造内で起こるミクロ的なものであるため、記録媒体においても、上記グラフトポリマーの分子構造は維持される。このため、これらのユニットが有する機能は互いに打ち消し合うことはなく、このインクを用いて記録した画像は、その表面が滑りやすくなり、かつ、レベリング性が発揮されるようになったものと考えられる。また、記録媒体の表面に存在するカチオン性化合物とインク成分との凝集反応を抑制することも可能となるため、画像の耐擦過性と光沢性とを共に優れたものとすることが可能となったものと考えられる。
【0021】
[インクジェット用インク]
以下、本発明のインクを構成する各成分について説明する。
<グラフトポリマー>
本発明のインクに用いるグラフトポリマーは、少なくとも、上記一般式(1)で表されるノニオン性ユニットと、ポリシロキサン構造を有するユニットとを有するものである。なお、本発明において、以下、「ユニット」と記載した場合には、ユニットを構成する繰り返し単位が1つ又は複数の場合のどちらも含むものとする。
【0022】
また、本発明におけるグラフトポリマーとは、「一本の幹ポリマー(主鎖)に枝ポリマー(側鎖)が結合した構造を有するポリマー」のことである。そして、あるポリマーの構造がグラフトポリマーとなっているか否かを判別する方法としては、例えば、以下のような方法が挙げられる。すなわち、ゲルパーミエーションクロマトグラフィーと多角度光散乱検出器とを組み合わせて、絶対分子量と分子サイズを測定することにより、あるポリマーの構造がグラフトポリマーとなっていることを判別することができる。具体的には、これらの方法により測定される絶対分子量と分子サイズの測定値が乖離すればするほど、そのポリマーは、分岐度が高いことを示しており、グラフトポリマーの形態をとっていると判断することができる。
【0023】
本発明で用いるグラフトポリマーは、ポリシロキサン構造を有するユニットと上記ノニオン性ユニットにおける各機能が効率よく発揮されるようにするため、その分子中において、明確に機能分離した構造のものであることが好ましい。具体的には、これらのユニットの機能分離をより明確にするために、上記グラフトポリマーは、側鎖に上記ノニオン性ユニットとポリシロキサン構造を有するユニットが含まれた構造であることが好ましい。すなわち、上記ノニオン性ユニットやポリシロキサン構造を有するユニットの片方の末端が、グラフトポリマーの主鎖の一部を構成していることが好ましい。さらには、側鎖が上記ノニオン性ユニットとポリシロキサン構造を有するユニットのみで構成されているグラフトポリマーであることがより好ましい。このような構造のグラフトポリマーを用いることで、ポリシロキサン構造を有するユニットによる耐擦過性向上の効果と、上記ノニオン性ユニットによる耐擦過性及び光沢性向上の効果とが、特に効率よく得られると考えられる。また、上記ノニオン性ユニットとして、高分子量のユニットではなく低分子量のユニットを用いることが好ましい。具体的には、上記ノニオン性ユニットの分子量が、重量平均分子量で、70以上190以下、さらには110以上190以下の範囲であることが好ましい。この場合、上記グラフトポリマーの主鎖から上記ノニオン性ユニットをまんべんなく分岐させること、つまりは、該主鎖から分岐する上記ノニオン性ユニットを非局在化させることが可能となり、画像の耐擦過性と光沢性を両立させるのに特に有効である。
【0024】
本発明において、インク中における上記グラフトポリマーの含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上10.0質量%以下、さらには0.1質量%以上5.0質量%以下であることが好ましい。
【0025】
さらに、本発明者らの検討によると、適切な量のインクが記録媒体に付与され、上記グラフトポリマーが画像表面に多く配向することが、画像の耐擦過性を向上させるうえで重要であることがわかった。そして、適切な量のインクが記録媒体に付与されるようにするために、本発明においては、上記グラフトポリマーの重量平均分子量を5,000以上50,000以下の範囲とすることが好ましい。重量平均分子量が50,000より大きいと、インクの粘度が高くなるため、十分な吐出安定性が得られず、適切な量のインクを記録媒体に付与することができずに、画像の耐擦過性が十分に得られない場合がある。また、重量平均分子量が5,000未満であると、インクを構成する水性媒体と共に上記グラフトポリマーも記録媒体の内部に浸透するようになり、画像の耐擦過性が十分に得られない場合がある。
【0026】
また、本発明においては、上記グラフトポリマーを構成するユニットが、さらに酸性基を有するユニットを含み、かつ、該グラフトポリマーの酸価が、80mgKOH/g以上150mgKOH/g以下であることが好ましい。酸性基を有するユニットとしては、アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、イタコン酸、マレイン酸、フマル酸、シトラコン酸、2−メタクリロイルオキシメチルコハク酸などのカルボキシル基を有するモノマー、スチレンスルホン酸などのスルホン酸基を有するモノマー、ビニルホスホ酸などのリン酸基を有するモノマーなどの酸性基を有するモノマー及びこれらのモノマーの無水物や塩に由来するユニットが挙げられる。そして、上記グラフトポリマーの酸価は、該グラフトポリマーが、上述したような酸性基を有するユニットを含むように構成し、さらに、該酸性基を有するユニットの構造や質量比率を適宜に設定することにより調節することができる。本発明者らの検討によると、酸価が150mgKOH/gより大きい場合は、以下のような課題が生じる場合がある。すなわち、インクの粘度が高くなるため、吐出安定性が十分に得られず、適切な量のインクを記録媒体に付与することができずに、画像の耐擦過性が十分に得られない場合がある。一方、酸価が80mgKOH/g未満の場合は、上記グラフトポリマーの水溶性が低くなるため、インクの保存安定性が十分に得られない場合がある。さらに、酸価が80mgKOH/g未満である上記グラフトポリマーを含有するインクを熱エネルギーを利用したインクジェット記録方法により吐出させる際に、吐出安定性を維持することが難しい場合がある。
【0027】
なお、上記グラフトポリマーに、酸性基を有するユニットを含ませる場合には、該ユニットは上記グラフトポリマーの主鎖に含まれるようにする、すなわち、酸性基を有するユニットが側鎖に含まれないようにすることが好ましい。これは、酸性基を有するユニットが側鎖に含まれると、上記ノニオン性ユニットやポリシロキサン構造を有するユニットの作用が抑制され、画像の耐擦過性と光沢性が十分に得られない場合があるためである。一方、酸性基を有するユニットが主鎖に含まれると、上記ノニオン性ユニットやポリシロキサン構造を有するユニットの作用が十分に発揮され、画像の耐擦過性と光沢性を両立させることができる。
【0028】
さらに、本発明においては、インク中における、顔料の含有量(質量%)が、上記グラフトポリマーの含有量(質量%)に対する質量比率で、0.2倍以上2.0倍以下であることが好ましい。すなわち、(顔料の含有量/上記グラフトポリマーの含有量)=0.2倍以上2.0倍以下であることが好ましい。なお、本発明において、顔料及び上記グラフトポリマーの含有量とは、それぞれ、インク全質量中における各成分の含有量のことである。上記の質量比率が0.2倍未満であると、画像の耐擦過性が十分に得られない場合がある。この理由は、下記のように考えられる。上記の質量比率が0.2倍未満であると、顔料に対して、上記グラフトポリマーの量が多くなることから、画像表面だけでなく、画像を構成する顔料層の内部にまで上記グラフトポリマーが存在するようになるおそれがある。この場合には、画像を形成している顔料の粒子間にも上記グラフトポリマーが存在するようになり、顔料の凝集物同士が滑りやすくなる結果、画像の耐擦過性が十分に得られないことがある。一方、前記質量比率が2.0倍を超えると、画像表面に配向する上記グラフトポリマーの量が減少するため、画像の耐擦過性が十分に得られない場合がある。
【0029】
以下、本発明に用いる上記グラフトポリマーを構成する各ユニットについてより詳細に説明する。
(ノニオン性ユニット)
本発明のインクに使用する上記グラフトポリマーを構成するノニオン性ユニットは、下記一般式(I)で表される構造を有するものである。この構造のノニオン性ユニットは、エチレンオキサイド基の繰り返し単位の数が1又は2であり、片方の末端に重合性を持つ官能基を有する、下記一般式(I’)のモノマーが共重合されたものである。さらには、本発明に用いるグラフトポリマーは、下記一般式(I’)で表されるモノマーのビニル基又はビニリデン基がグラフトポリマーの主鎖の一部となり、エステル結合からR1までの部分が分岐してグラフトポリマーの側鎖となる構造であることが好ましい。
【0030】

(一般式(I)中、R1及びR2はそれぞれ独立に水素原子又はメチル基であり、xは1又は2である。)
【0031】

(一般式(I’)中、R1及びR2はそれぞれ独立に水素原子又はメチル基であり、xは1又は2である。)
【0032】
本発明においては、上記一般式(I)で表されるノニオン性ユニットにおける、エチレンオキサイド基の繰り返し単位の数は1又は2である、すなわち、上記一般式(I)におけるxが1又は2であるものを用いることが必要である。上記一般式(I)におけるxが3以上であると、ノニオン性ユニットがグラフトポリマーの主鎖から分岐する場合において、ノニオン性を有する部位が局在化して存在する傾向が大きくなり、グラフトポリマーの全体としての親水性が高くなる。このため、画像の耐擦過性が十分に得られず、耐水性も不十分となる。また、上記のように、グラフトポリマーの全体としての親水性が高くなると、インク中でグラフトポリマーが界面活性剤のような作用を有するようになる。この場合、グラフトポリマーの記録媒体へのインクの浸透性が高くなって、画像の最表面に配向するグラフトポリマーの量が減少することとなり、十分な画像の耐擦過性を得ることはできない。
【0033】
なお、グラフトポリマーに、一般式(I)で表されるノニオン性ユニットとは異なる構造の、エチレンオキサイド基を有するユニットをさらに含ませる場合には、該ユニットにおけるエチレンオキサイド基の繰り返し単位の数を1又は2とすることが好ましい。この理由は、上記で説明した一般式(I)で表されるノニオン性ユニットの場合と同様に、繰り返し単位の数が3以上であると、画像の耐水性が不十分となる場合があるからである。
【0034】
また、本発明者らの検討の結果、上記ノニオン性ユニットの代わりに、イオン性ユニットと、ポリシロキサン構造を有するユニットを有するシリコーングラフトポリマーをインク中に含有させても画像の光沢性が向上する効果が得られないことがわかった。本発明者らは、この理由を以下のように推測している。例えば、上記ノニオン性ユニットを有さず、代わりに、アニオン性ユニットを有するシリコーングラフトポリマーを含有するインクを記録媒体に付与すると、以下のような現象が起こる。すなわち、記録媒体に含まれるアルミナ、シリカ、炭酸カルシウムなどのカチオン性の化合物と、上記ポリマーの構成の一部であるアニオン性ユニットとが反応して、インクを構成する成分の凝集が促進されるようになる。これにより、顔料やポリマーなどの凝集が不均一に起こるようになり、その結果、画像の表面においてレベリング性が発揮されず、画像の光沢性が十分に得られなくなるものと考えられる。
【0035】
上記一般式(I)で表されるノニオン性ユニットとしては、具体的には、(メタ)アクリレート系モノマーが共重合されたものが挙げられる。また、本発明に用いる上記グラフトポリマーにおいて、上記ノニオン性ユニットは、1種又は2種以上を組み合わせて構成させてもよい。
【0036】
(メタ)アクリレート系モノマーとしては、例えば、以下のものが挙げられる。2−ヒドロキシエチルメタクリレート、ジエチレングリコールモノメタクリレート、2−ヒドロキシエチルアクリレート、ジエチレングリコールモノアクリレート、メトキシジエチレングリコール−モノメタクリレート、メトキシジエチレングリコール−モノアクリレートなど。本発明においては、これらのモノマーの中でも特に、2−ヒドロキシエチルアクリレート、2−ヒドロキシエチルメタクリレート、メトキシジエチレングリコール−モノメタクリレートを用いることが好ましい。このような(メタ)アクリレート系モノマーとしては、例えば、ブレンマー:PE−90、AE−90、PME−100(以上、日油製)、BHEA、HEMA(以上、日本触媒製)などの市販品を用いることができる。
【0037】
本発明においては、上記グラフトポリマーの全質量を基準とした、上記一般式(I)で表されるノニオン性ユニットの占める割合が、5.0質量%以上45.0質量%以下であることが好ましい。この割合が5.0質量%未満であると、レベリング性が低下するため、画像表面が平滑にならずに画像の光沢性が十分に得られない場合がある。一方、この割合が45.0質量%より大きいと、画像の耐擦過性が十分に得られない場合がある。これは、上記の割合が45.0質量%より大きいと、上記グラフトポリマーの親水性が高くなり、インク中において、上記グラフトポリマーが安定して存在するようになる。その結果、上記グラフトポリマーが記録媒体中に浸透しやすくなり、画像表面に配向する上記グラフトポリマーの量が減少する場合があるためである。
【0038】
(ポリシロキサン構造を有するユニット)
本発明のインクに使用する上記グラフトポリマーを構成するポリシロキサン構造を有するユニットとしては、ポリシロキサン構造を有するユニットであればいずれのものであってもよい。本発明においては、ポリシロキサン構造を有するユニットの中でも、下記一般式(V)で表されるユニットを用いることが特に好ましい。この一般式(V)で表されるユニットは、片方の末端に重合性を持つ官能基を有する、下記一般式(V’)で表されるモノマーが共重合されたものである。さらには、本発明に用いるグラフトポリマーは、下記一般式(V’)で表されるモノマーのビニル基又はビニリデン基がグラフトポリマーの主鎖の一部となり、エステル結合からR11までの部分が分岐してグラフトポリマーの側鎖となる構造であることが好ましい。また、本発明に用いる上記グラフトポリマーにおいて、ポリシロキサン構造を有するユニットは、1種又は2種以上を組み合わせて構成させてもよい。
【0039】

(一般式(V)中、R8は水素原子又はメチル基であり、R9は炭素数1乃至6のアルキレン基であり、R10はそれぞれ独立にメチル基又はフェニル基であり、R11は炭素数1乃至6のアルキル基又はフェニル基であり、mは1乃至150である。)
【0040】

(一般式(V’)中、R8は水素原子又はメチル基であり、R9は炭素数1乃至6のアルキレン基であり、R10はそれぞれ独立にメチル基又はフェニル基であり、R11は炭素数1乃至6のアルキル基又はフェニル基であり、mは1乃至150である。)
【0041】
また、本発明において、上記一般式(V’)で表されるモノマーとしては、例えば、サイラプレーンFM−0711、FM−0721、FM−0725(以上、チッソ製)などの市販品を用いることができる。
【0042】
本発明においては、上記グラフトポリマーの全質量を基準とした、上記ポリシロキサン構造を有するユニットが占める割合が、10.0質量%以上40.0質量%以下であることが好ましい。この割合が10.0質量%未満であると、インク中の上記グラフトポリマーの含有量に関わらず、画像表面に配向する上記グラフトポリマーの量が減少してしまい、画像の耐擦過性が十分に得られない場合がある。一方、上記の割合が40.0質量%より大きいと、画像の耐擦過性が十分に得られない場合がある。これは、上記とは逆に、画像表面に配向する上記グラフトポリマーの量が多くなるため、画像表面だけでなく、画像を構成する顔料層の内部にまで上記グラフトポリマーが存在するようになる場合があるためである。すなわち、顔料の粒子間にも上記グラフトポリマーが存在するようになり、顔料の凝集物同士が滑りやすくなる場合があるためである。
【0043】
(その他のユニット)
本発明のインクに用いる上記グラフトポリマーは、上述した、上記一般式(I)で表されるノニオン性ユニット及びポリシロキサン構造を有するユニットを少なくとも有することが必要であり、さらに酸性基を有するユニットを有することが好ましい。また、本発明のインクに用いる上記グラフトポリマーは、これらのユニットの他に、その他のユニットをさらに有してもよい。また、本発明においては、上述の酸性基を有するユニットと同様の理由から、上記グラフトポリマーの主鎖にその他のユニットが含まれる構造、すなわち、その他のユニットが側鎖に含まれないようにすることが特に好ましい。
【0044】
その他のユニットとしては、エステル化合物などのノニオン性のモノマーが共重合されたものが挙げられる。また、本発明に用いる上記グラフトポリマーにおいて、上記のその他のユニットは、1種又は2種以上を組み合わせて構成させてもよい。
【0045】
その他のユニットとしては、具体的には、例えば、以下のモノマーが共重合したユニットが挙げられる。例えば、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸ブチルなどのアクリル酸エステル、メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸ブチルなどのメタクリル酸エステル、3−スルホプロピル(メタ)アクリル酸エステル、ビス−(3−スルホプロピル)−イタコン酸エステル、ビニルホスフェート、ビス(メタアクリロキシエチル)ホスフェート、ジフェニル−2−メタクリロイロキシエチルホスフェート、ジブチル−2−アクリロイロキシエチルホスフェート、ジブチル−2−メタクリロイロキシエチルホスフェート、ジオクチル−2−(メタ)アクリロイロキシエチルホスフェートなど。これらの中でも、アクリル酸メチル、アクリル酸ブチル、メタクリル酸メチル、メタクリル酸ブチルが好ましい。なお、インクジェット用のインクの色材として多用される顔料はアニオン性のポリマー分散剤で分散されたものであることが多い。このような顔料を含有するインクの安定性を考慮すると、グラフトポリマーを構成するユニットとしては、前記ポリマーと反応を生じ得るカチオン性モノマーに由来するユニットが含まれないことが好ましい。
【0046】
<その他のポリマー>
本発明のインクには、上記グラフトポリマーとは異なるポリマーを1種又は2種以上含有させることができる。このようなポリマーは、顔料をインク中に分散させるための分散剤として、又は、その他の目的のために必要に応じてインクに含有させるものであり、水溶性を有するポリマーであればどのようなものでも用いることができる。
【0047】
具体的には、以下に挙げるようなモノマーやその誘導体などから選ばれる少なくとも2つのモノマー(このうち少なくとも1つはアニオン性モノマー)から合成された、ブロック、ランダム、グラフトなどの形態の共重合体やその塩などが挙げられる。モノマーとしては、例えば、スチレン、スチレン誘導体、ビニルナフタレン、ビニルナフタレン誘導体、α,β−エチレン性不飽和カルボン酸の脂肪族アルコールエステル、アクリル酸、アクリル酸誘導体、マレイン酸、マレイン酸誘導体、イタコン酸、イタコン酸誘導体、フマル酸、フマル酸誘導体、酢酸ビニルなどが挙げられる。また、ロジン、シェラック、デンプンなどの天然樹脂を好ましく使用することができる。顔料をインク中に分散させるためのポリマーは、アルカリ可溶型であることが好ましい。
【0048】
その他のポリマーは、その重量平均分子量が、1,000以上30,000以下、さらには3,000以上15,000以下のものであることが好ましく、また、その酸価が、100mgKOH/g以上300mgKOH/g以下のものであることが好ましい。また、インク中のその他のポリマーの含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。また、インク中における、その他のポリマーの含有量(質量%)が、上記グラフトポリマーの含有量(質量%)に対する質量比率で、0.2倍以上2.0倍以下であることが好ましい。すなわち、(その他のポリマーの含有量/上記グラフトポリマーの含有量)=0.2倍以上2.0倍以下であることが好ましい。なお、本発明において、その他のポリマー及び上記グラフトポリマーの含有量とは、それぞれ、インク全質量中における各成分の含有量のことである。
【0049】
<水溶性有機化合物>
本発明のインクには、上記で説明したグラフトポリマーに加えて、さらに、下記一般式(II)、下記一般式(III)、及び下記一般式(IV)で表される化合物からなる群から選ばれる少なくとも1種の水溶性有機化合物を含有させることが好ましい。なお、以下の記載においては、下記一般式(II)、下記一般式(III)、及び下記一般式(IV)で表される化合物からなる群の水溶性有機化合物を、「特定の水溶性有機化合物」と省略して呼ぶことがある。
【0050】

(一般式(II)中、R4は置換基を有してもよい炭素数2乃至5のアルキレン基であり、R5はそれぞれ独立に、水素原子、又は置換基を有してもよい炭素数1乃至4のアルキル基である。また、一般式(III)中、R6は置換基を有してもよい炭素数2乃至5のアルキレン基であり、R7は水素原子、又は置換基を有してもよい炭素数1乃至4のアルキル基である。また、一般式(IV)中、nは1乃至3の数である。)
【0051】
ここで、インク中に、本発明で必須とする前述した上記グラフトポリマーに加えて、さらに、上記特定の水溶性有機化合物を含有させることが好ましい理由について説明する。先ず、画像の耐擦過性と光沢性とを向上するためには、先に述べたように、適切な量のインクが記録媒体に付与され、上記グラフトポリマーが画像表面に多く配向することが重要である。また、本発明のインクに用いる上記グラフトポリマーを構成する上記ノニオン性ユニットは親水性が高く、また、ポリシロキサン構造を有するユニットは親油性が高い。このため、インク中においては、複数の上記グラフトポリマー分子が会合体を形成している状態であると考えられる。そして、このような状態の上記グラフトポリマーを含有するインクが記録媒体に付与された際に、画像の耐擦過性と光沢性とを特に顕著に向上させるためには、画像表面に配向する上記グラフトポリマーの量をより増やすことが重要である。
【0052】
そこで、本発明者らが検討を行った結果、上記グラフトポリマーと上記特定の水溶性有機化合物とを含有する構成のインクとすることにより、画像の耐擦過性と光沢性とを特に顕著に向上させることができることがわかった。かかる構成のインク中においては、上記グラフトポリマー分子の会合体がほどかれた状態となる。ここで、含窒素複素環化合物である上記一般式(II)や上記一般式(III)で表される化合物は、親水性ユニットと親油性ユニットを有するグラフトポリマーに対する親和性が高いため、インク中で上記グラフトポリマー分子の会合体をほどく作用を有している。また、1,2−アルカンジオールである一般式(IV)で表される化合物は、親水性の部分と親油性の部分とが明確に分かれた分子構造であるため、界面活性剤のような働きをし、インク中で上記グラフトポリマー分子の会合体をほどく作用を有している。つまり、このようなメカニズムにより、この構成のインクを記録媒体に付与した際には、会合体を形成していない上記グラフトポリマー分子が画像表面に効率的に均一に配向されるようになるため、画像の耐擦過性と光沢性とを特に顕著に向上させると考えられる。
【0053】
なお、インク中において、上記グラフトポリマー分子の会合体がほどかれた状態にあることは、インクの動的表面張力を測定することにより確認することができる。例えば、上記グラフトポリマーと共に、上記特定の水溶性有機化合物を含有させたインクと、上記特定の水溶性有機化合物を含有させていないインクとについて、ある寿命時間における動的表面張力をそれぞれ測定する。このとき、上記特定の水溶性有機化合物を含有させたために、上記グラフトポリマー分子の会合体を形成していないインクは、上記特定の水溶性有機化合物を含有させていないインクと比較して、ある寿命時間における動的表面張力の値が低くなる。これは、上記グラフトポリマー分子の会合体がほどかれた状態のインクでは、該グラフトポリマー分子が界面に相対的に多く配向するようになるため、インクの動的表面張力が下がるからである。つまり、これらのインクの動的表面張力の値を比較して、上記特定の水溶性有機化合物を含有させたインクの動的表面張力の値が低ければ、インク中で上記グラフトポリマー分子の会合体がほどかれた状態にあるといえる。なお、動的表面張力を測定する装置としては、例えば、Bubble Pressure Tensiometer BP2(KRUSS製)などを用いることができる。
【0054】
一般式(II)で表される化合物及び一般式(III)で表される化合物は含窒素複素環化合物であり、具体的には、2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、エチレン尿素などが挙げられる。また、一般式(IV)で表される化合物は1,2−アルカンジオールであり、具体的には、1,2−プロパンジオール、1,2−ブタンジオール、1,2−ペンタンジオール、1,2−ヘキサンジオールが挙げられる。これらの化合物の中でも、特に、2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドン、エチレン尿素、及び1,2−ヘキサンジオールから選ばれる少なくとも1種を用いることが好ましい。さらには、2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドン、エチレン尿素から選ばれる少なくとも1種と、1,2−ヘキサンジオールとを共にインク中に含有させることが特に好ましい。
【0055】
本発明においては、インク中における、上記一般式(II)、上記一般式(III)、及び上記一般式(IV)で表される化合物の合計含有量(質量%)が、上記グラフトポリマーの含有量(質量%)に対する質量比率で、2.0倍以上であることが好ましい。すなわち、(上記特定の水溶性有機化合物の合計含有量/上記グラフトポリマーの含有量)=2.0倍以上であることが好ましい。なお、上記特定の水溶性有機化合物及び上記グラフトポリマーの含有量とは、それぞれ、インク全質量中における各成分の含有量のことである。一方、この質量比率が2.0倍未満であると、インク中において、上記特定の水溶性有機化合物の含有量が少なくなり、上記グラフトポリマー分子の会合体を十分にほどくことができず、画像の耐擦過性と光沢性とを特に向上する効果が得られない場合がある。また、上記の質量比率の上限は、40.0倍以下、さらには20.0倍以下、特には10.0倍以下、中でも特には8.0倍以下であることが好ましい。上記質量比率の上限が40.0倍より大きいと、インクの粘度が高くなるため吐出安定性が十分に得られず、したがって適切な量のインクを記録媒体に付与することができない場合があり、画像の耐擦過性も十分に得られない場合がある。
【0056】
また、本発明においては、インク中の上記一般式(II)、上記一般式(III)、及び上記一般式(IV)で表される化合物の合計含有量(質量%)が、インク全質量を基準として、2.0質量%以上であることが好ましい。この含有量が2.0質量%未満であると、インク中における上記特定の水溶性有機化合物の含有量が少なくなり、上記グラフトポリマー分子の会合体を十分にほどくことができず、画像の耐擦過性と光沢性とを特に向上する効果が得られない場合がある。また、上記特定の水溶性有機化合物の含有量の上限は、20.0質量%以下であることが好ましい。前記含有量の上限が20.0質量%より大きいと、インクの粘度が高くなるため吐出安定性が十分に得られず、したがって適切な量のインクを記録媒体に付与することができない場合があり、画像の耐擦過性も十分に得られない場合がある。
【0057】
<顔料>
本発明のインクには、上述したようなポリマー分散剤により分散された状態の顔料が含有されていることが好ましい。インク中の顔料の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上15.0質量%以下、さらには1.0質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。
【0058】
本発明のインクにおいて使用することができる顔料は特に限定されず、下記に挙げるような無機顔料や有機顔料をいずれも用いることができるが、本発明においては有機顔料を用いることが特に好ましい。
【0059】
無機顔料としては、ファーネスブラック、ランプブラック、アセチレンブラック、チャンネルブラックなどのカーボンブラックを用いることが好ましい。具体的には、例えば、以下の市販品などを用いることができる。レイヴァン:1170、1190ULTRA−II、1200、1250、1255、1500、2000、3500、5000ULTRA、5250、5750、7000(以上、コロンビア製)。ブラックパールズL、リーガル:330R、400R、660R、モウグルL、モナク:700、800、880、900、1000、1100、1300、1400、2000、ヴァルカンXC−72R(以上、キャボット製)。カラーブラック:FW1、FW2、FW2V、FW18、FW200、S150、S160、S170、プリンテックス:35、U、V、140U、140V、スペシャルブラック:6、5、4A、4(以上、デグッサ製)。No.25、No.33、No.40、No.47、No.52、No.900、No.2300、MCF−88、MA600、MA7、MA8、MA100(以上、三菱化学製)。勿論、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0060】
また、新たに調製したカーボンブラックを無機顔料として用いることもできる。勿論、本発明はこれらに限定されるものではなく、従来のカーボンブラックをいずれも用いることができる。また、カーボンブラックに限定されず、マグネタイト、フェライトなどの磁性体微粒子や、チタンブラックなどを無機顔料として用いてもよい。
【0061】
有機顔料としては、具体的には、例えば、以下に挙げるようなものを用いることができる。トルイジンレッド、トルイジンマルーン、ハンザイエロー、ベンジジンイエロー、ピラゾロンレッドなどの水不溶性アゾ顔料。リトールレッド、ヘリオボルドー、ピグメントスカーレット、パーマネントレッド2Bなどの水溶性アゾ顔料。アリザリン、インダントロン、チオインジゴマルーンなどの建染染料からの誘導体。フタロシアニンブルー、フタロシアニングリーンなどのフタロシアニン系顔料。キナクリドンレッド、キナクリドンマゼンタなどのキナクリドン系顔料。ペリレンレッド、ペリレンスカーレットなどのペリレン系顔料。イソインドリノンイエロー、イソインドリノンオレンジなどのイソインドリノン系顔料。ベンズイミダゾロンイエロー、ベンズイミダゾロンオレンジ、ベンズイミダゾロンレッドなどのイミダゾロン系顔料。ピランスロンレッド、ピランスロンオレンジなどのピランスロン系顔料。インジゴ系顔料、縮合アゾ系顔料、チオインジゴ系顔料、ジケトピロロピロール系顔料。フラバンスロンイエロー、アシルアミドイエロー、キノフタロンイエロー、ニッケルアゾイエロー、銅アゾメチンイエロー、ペリノンオレンジ、アンスロンオレンジ、ジアンスラキノニルレッド、ジオキサジンバイオレットなど。勿論、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0062】
また、有機顔料をカラーインデックス(C.I.)ナンバーで示すと、例えば、以下に挙げるようなものを用いることができる。C.I.ピグメントイエロー:12、13、14、17、20、24、74、83、86、93、97、109、110、117など。同:120、125、128、137、138、147、148、150、151、153、154、166、168、180、185など。C.I.ピグメントオレンジ:16、36、43、51、55、59、61、71など。C.I.ピグメントレッド:9、48、49、52、53、57、97、122、123、149、168、175など。同:176、177、180、192、215、216、217、220、223、224、226、227、228、238、240、254、255、272など。C.I.ピグメントバイオレット:19、23、29、30、37、40、50など。C.I.ピグメントブルー:15、15:1、15:3、15:4、15:6、22、60、64など。C.I.ピグメントグリーン7、36など。C.I.ピグメントブラウン23、25、26など。勿論、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0063】
<水性媒体>
本発明のインクには、水及び水溶性有機溶剤の混合溶媒である水性媒体を用いることができる。インク中の水溶性有機溶剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、3.0質量%以上50.0質量%以下であることが好ましい。なお、この水溶性有機溶剤の含有量は、上記で説明した特定の水溶性有機化合物を含む含有量である。
【0064】
水溶性有機溶剤は、水溶性であれば特に制限はなく、以下に挙げるようなものを1種又は2種以上組み合わせて用いることができる。具体的には、例えば、以下の水溶性有機溶剤を用いることができる。1,3−プロパンジオール、1,3−ブタンジオール、1,4−ブタンジオール、1,5−ペンタンジオール、1,6−ヘキサンジオールなどのアルカンジオール類。ジエチレングリコールモノメチル(又はエチル)エーテル、トリエチレングリコールモノエチル(又はブチル)エーテルなどのグリコールエーテル類。エタノール、イソプロパノール、n−ブタノール、イソブタノール、sec−ブタノール、tert−ブタノールなどの炭素数1乃至4のアルキルアルコール類。N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミドなどのカルボン酸アミド類。アセトン、メチルエチルケトン、2−メチル−2−ヒドロキシペンタン−4−オンなどのケトン類又はケトアルコール類。テトラヒドロフラン、ジオキサンなどの環状エーテル類。グリセリン。エチレングリコール、ジエチレングリコール、トリエチレングリコール、テトラエチレングリコールなどのエチレングリコール類。1,2−又は1,3−プロピレングリコール、1,2−又は1,4−ブチレングリコール、平均分子量200乃至1,000のポリエチレングリコール、チオジグリコール、1,2,6−ヘキサントリオールなどのポリオール類。アセチレングリコール誘導体などのグリコール類。
【0065】
水は脱イオン水(イオン交換水)を用いることが好ましい。インク中の水の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、50.0質量%以上95.0質量%以下であることが好ましい。
【0066】
<その他の成分>
本発明のインクには、上記成分の他に、尿素、尿素誘導体、トリメチロールプロパン、トリメチロールエタンなどの保湿性固形分を含有してもよい。インク中の保湿性固形分の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上20.0質量%以下、さらには3.0質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。
【0067】
さらに、本発明のインクには、必要に応じて所望の物性値を有するインクとするために、pH調整剤、防錆剤、防腐剤、防黴剤、酸化防止剤、還元防止剤などの種々の添加剤を含有してもよい。
【0068】
[インクジェット記録方法]
本発明のインクは、かかるインクをインクジェット方式で吐出して記録媒体に記録を行う本発明のインクジェット記録方法に用いる。インクジェット記録方法は、インクに力学的エネルギーを作用することによりインクを吐出する記録方法や、インクに熱エネルギーを作用することによりインクを吐出する記録方法などがある。特に、本発明においては、熱エネルギーを利用するインクジェット記録方法を好ましく用いることができる。
【0069】
[インクカートリッジ]
本発明のインクを用いて記録を行うのに好適なインクカートリッジとしては、かかるインクを収容するインク収容部を備えてなる本発明のインクカートリッジが挙げられる。
【0070】
[記録ユニット]
本発明のインクを用いて記録を行うのに好適な記録ユニットとしては、かかるインクを収容するインク収容部と、インクを吐出する記録ヘッドとを備えてなる本発明の記録ユニットが挙げられる。特に、前記記録ヘッドが、記録信号に対応した熱エネルギーをインクに作用することによりインクを吐出する記録ユニットを好ましく用いることができる。特に、本発明においては、金属及び/又は金属酸化物を含有する発熱部接液面を有する記録ヘッドを用いることが好ましい。前記発熱部接液面を構成する金属及び/又は金属酸化物は、具体的には、例えば、Ta、Zr、Ti、Ni、若しくはAlなどの金属、又はこれらの金属の酸化物などが挙げられる。
【0071】
[インクジェット記録装置]
本発明のインクを用いて記録を行うのに好適なインクジェット記録装置としては、かかるインクを収容するインク収容部と、インクを吐出する記録ヘッドとを備えてなる本発明のインクジェット記録装置が挙げられる。特に、前記インクを収容するインク収容部を有する記録ヘッドの内部のインクに、記録信号に対応した熱エネルギーを作用することによりインクを吐出するインクジェット記録装置を好ましく用いることができる。
【0072】
以下に、インクジェット記録装置の機構部の概略構成を説明する。インクジェット記録装置は、各機構の役割から、給紙部、搬送部、キャリッジ部、排紙部、クリーニング部、及びこれらを保護し、意匠性を持たせる外装部などで構成される。
【0073】
図1は、インクジェット記録装置の斜視図である。また、図2及び図3は、インクジェット記録装置の内部機構を説明する図であり、図2は右上部からの斜視図、図3はインクジェット記録装置の側断面図をそれぞれ示す。
【0074】
給紙を行う際には、給紙トレイM2060を含む給紙部において、記録媒体の所定枚数のみが給紙ローラM2080と分離ローラM2041から構成されるニップ部に送られる。記録媒体はニップ部で分離され、最上位の記録媒体のみが搬送される。搬送部に搬送された記録媒体は、ピンチローラホルダM3000及びペーパーガイドフラッパーM3030に案内されて、搬送ローラM3060とピンチローラM3070とのローラ対に搬送される。搬送ローラM3060とピンチローラM3070とのローラ対は、LFモータE0002の駆動により回転し、この回転により記録媒体がプラテンM3040上を搬送される。
【0075】
記録媒体に画像を記録する際には、キャリッジ部は、記録ヘッドH1001(図4;詳細な構成は後述する)を目的の画像を記録する位置に配置して、電気基板E0014からの信号にしたがって記録媒体にインクを吐出する。記録ヘッドH1001により記録を行いながらキャリッジM4000が列方向に走査する主走査と、搬送ローラM3060により記録媒体を行方向に搬送する副走査とを交互に繰り返すことにより、記録媒体に画像を記録する。画像が記録された記録媒体は、排紙部において、第1の排紙ローラM3110と拍車M3120とのニップに挟まれた状態で搬送されて、排紙トレイM3160に排出される。
【0076】
なお、クリーニング部は、画像を記録する前後の記録ヘッドH1001をクリーニングする。キャップM5010で記録ヘッドH1001の吐出口をキャッピングした状態で、ポンプM5000を作動すると、記録ヘッドH1001の吐出口から不要なインクなどが吸引されるようになっている。また、キャップM5010を開いた状態で、キャップM5010の内部に残っているインクなどを吸引することにより、残インクによる固着やその他の弊害が起こらないようになっている。
【0077】
〔記録ヘッドの構成〕
ヘッドカートリッジH1000の構成について説明する。図4は、ヘッドカートリッジH1000の構成を示した図であり、また、ヘッドカートリッジH1000に、インクカートリッジH1900を装着する様子を示した図である。ヘッドカートリッジH1000は、記録ヘッドH1001と、インクカートリッジH1900を搭載する手段、及びインクカートリッジH1900から記録ヘッドにインクを供給する手段を有しており、キャリッジM4000に対して着脱可能に搭載される。
【0078】
インクジェット記録装置は、イエロー、マゼンタ、シアン、ブラック、淡マゼンタ、淡シアン、及びグリーンの各インクで画像を記録する。したがって、インクカートリッジH1900も7色分が独立に用意されている。なお、上記において、少なくともひとつのインクに、本発明のインクを用いる。そして、図4に示すように、それぞれのインクカートリッジH1900が、ヘッドカートリッジH1000に対して着脱可能となっている。なお、インクカートリッジH1900の着脱は、キャリッジM4000にヘッドカートリッジH1000を搭載した状態でも行うことができる。
【0079】
図5は、ヘッドカートリッジH1000の分解斜視図である。ヘッドカートリッジH1000は、記録素子基板、プレート、電気配線基板H1300、カートリッジホルダーH1500、流路形成部材H1600、フィルターH1700、シールゴムH1800などで構成される。記録素子基板は第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101で構成され、プレートは第1のプレートH1200及び第2のプレートH1400で構成される。
【0080】
第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101はSi基板であり、その片面にインクを吐出するための複数の記録素子(ノズル)がフォトリソグラフィ技術により形成されている。各記録素子に電力を供給するAlなどの電気配線は成膜技術により形成されており、個々の記録素子に対応した複数のインク流路はフォトリソグラフィ技術により形成されている。さらに、複数のインク流路にインクを供給するためのインク供給口が裏面に開口するように形成されている。
【0081】
図6は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101の構成を説明する正面拡大図である。H2000〜H2600は、それぞれ異なるインク色に対応する記録素子の列(以下、ノズル列ともいう)である。第1の記録素子基板H1100には、イエローインクのノズル列H2000、マゼンタインクのノズル列H2100、及びシアンインクのノズル列H2200の3色分のノズル列が形成されている。第2の記録素子基板H1101には、淡シアンインクのノズル列H2300、ブラックインクのノズル列H2400、グリーンインクのノズル列H2500、及び淡マゼンタインクのノズル列H2600の4色分のノズル列が形成されている。
【0082】
各ノズル列は、記録媒体の搬送方向(副走査方向)に1200dpi(dot/inch;参考値)の間隔で並ぶ768個のノズルによって構成されている。そして、各ノズルからは、それぞれ約2ピコリットルのインクが吐出される。このため、各吐出口における開口面積は、およそ100μm2に設定されている。
【0083】
以下、図4及び図5を参照して説明する。第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101は第1のプレートH1200に接着固定されている。ここには、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101にインクを供給するためのインク供給口H1201が形成されている。さらに、第1のプレートH1200には、開口部を有する第2のプレートH1400が接着固定されている。この第2のプレートH1400は、電気配線基板H1300と第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101とが電気的に接続されるように、電気配線基板H1300を保持する。
【0084】
電気配線基板H1300は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101に形成されている各ノズルからインクを吐出するための電気信号を印加する。この電気配線基板H1300は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101に対応する電気配線と、この電気配線端部に位置し、インクジェット記録装置からの電気信号を受け取るための外部信号入力端子H1301とを有する。外部信号入力端子H1301は、カートリッジホルダーH1500の背面側に位置決め固定されている。
【0085】
インクカートリッジH1900を保持するカートリッジホルダーH1500には、流路形成部材H1600が、例えば、超音波溶着により固定され、インクカートリッジH1900から第1のプレートH1200に通じるインク流路H1501を形成する。インクカートリッジH1900と係合するインク流路H1501のインクカートリッジ側端部には、フィルターH1700が設けられており、外部からの塵埃の侵入を防止し得るようになっている。また、インクカートリッジH1900との係合部にはシールゴムH1800が装着され、係合部からのインクの蒸発を防止し得るようになっている。
【0086】
さらに、上記したように、カートリッジホルダー部と記録ヘッド部H1001とを接着などで結合することで、ヘッドカートリッジH1000が構成される。なお、カートリッジホルダー部は、カートリッジホルダーH1500、流路形成部材H1600、フィルターH1700、及びシールゴムH1800から構成される。また、記録ヘッド部H1001は、第1の記録素子基板H1100及び第2の記録素子基板H1101、第1のプレートH1200、電気配線基板H1300及び第2のプレートH1400から構成される。
【0087】
なお、ここでは記録ヘッドの一形態として、電気信号に応じた膜沸騰をインクに生じさせるための熱エネルギーを生成する電気熱変換体(記録素子)を用いて記録を行うサーマルインクジェット方式の記録ヘッドについて述べた。この代表的な構成や原理については、例えば、米国特許第4,723,129号明細書、同第4,740,796号明細書に開示されている基本的な原理を用いて行うものが好ましい。この方式は、所謂、オンデマンド型、コンティニュアス型のいずれにも適用することができる。
【0088】
サーマルインクジェット方式は、オンデマンド型に適用することが特に有効である。オンデマンド型の場合には、インクを保持する液流路に対応して配置されている電気熱変換体に、記録情報に対応していて核沸騰を超える急速な温度上昇を与える少なくともひとつの駆動信号を印加する。このことによって、電気熱変換体に熱エネルギーを発生せしめ、インクに膜沸騰を生じさせて、結果的にこの駆動信号に一対一で対応したインク内の気泡を形成できる。この気泡の成長及び収縮により吐出口を介してインクを吐出することで、少なくともひとつの滴を形成する。駆動信号をパルス形状とすると、即時、適切に気泡の成長及び収縮が行われるので、特に応答性に優れたインクの吐出が達成でき、より好ましい。
【0089】
また、本発明のインクは、前記のサーマルインクジェット方式に限らず、下記に述べるような、力学的エネルギーを利用したインクジェット記録装置においても好ましく用いることができる。かかる形態のインクジェット記録装置は、複数のノズルを有するノズル形成基板と、ノズルに対向して配置される圧電材料と導電材料からなる圧力発生素子と、この圧力発生素子の周囲を満たすインクを備えてなる。そして、印加電圧により圧力発生素子を変位させ、インクをノズルから吐出する。
【0090】
インクジェット記録装置は、上記したように、記録ヘッドとインクカートリッジとが別体となったものに限らず、それらが分離不能に一体になったものを用いてもよい。さらに、インクカートリッジは、記録ヘッドに対して分離可能又は分離不能に一体化されてキャリッジに搭載されるもの、また、インクジェット記録装置の固定部位に設けられて、チューブなどのインク供給部材を介して記録ヘッドにインクを供給するものでもよい。また、記録ヘッドに対して、好ましい負圧を作用させるための構成をインクカートリッジに設ける場合には、以下の構成とすることができる。すなわち、インクカートリッジのインク収容部に吸収体を配置した形態、又は可撓性のインク収容袋とこれに対してその内容積を拡張する方向の付勢力を作用するばね部とを有した形態などとすることができる。また、インクジェット記録装置は、上記したようなシリアル型の記録方式を採るもののほか、記録媒体の全幅に対応した範囲にわたって記録素子を整列させてなるラインプリンタの形態をとるものであってもよい。
【実施例】
【0091】
以下、実施例、及び比較例を挙げて、本発明を具体的に説明する。本発明は、その要旨を超えない限り、下記の実施例によって何ら限定されるものではない。なお、「部」又は「%」とあるのは特に断りのない限り質量基準である。
【0092】
<シリコーングラフトポリマーの合成>
以下の手順にしたがって、シリコーングラフトポリマーであるグラフトポリマー1〜23をそれぞれ合成した。なお、合成方法としては公知の重合方法を用いることができる。本実施例においては、グラフトポリマー1〜23は、以下の重合方法を用いてそれぞれ合成した。先ず、撹拌機、温度計、窒素導入管を備えたフラスコに、下記表1に示す組成で、各モノマーとアゾビスイソブチロニトリルを仕込み、溶媒として1−メトキシ−2−プロパノール500部を用いて、窒素ガス還流下、温度110℃で4時間重合反応を行った。このようにして得られた共重合体を含む溶液を減圧乾燥させて、共重合体を得た。得られた共重合体に、溶媒としてメチルエチルケトン25部を加えて溶解させた後、30%の水酸化カリウム水溶液2部を加えて共重合体の塩生成基の一部を中和し、さらにイオン交換水300部を加えて撹拌した。その後、減圧下、温度60℃で溶媒を除去し、さらに水の一部を除去することにより濃縮して、固形分濃度が20.0%の、グラフトポリマーの水溶液を得た。このようにしてそれぞれ得られたグラフトポリマー1〜23について、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(島津製作所製)と多角度光散乱検出器(昭光通商製)とを組み合わせて絶対分子量と分子サイズを測定した。その結果、絶対分子量と分子サイズの測定値は大きく乖離しており、また、使用したモノマーの構造から、主鎖からポリシロキサン構造を有するユニットとノニオン性ユニットが分岐して側鎖となっている構造のグラフトポリマーであることが確認できた。
【0093】
なお、下記表1中、(*1)〜(*6)はそれぞれ以下のモノマーを示す。
(*1):サイラプレーンFM−0711(チッソ製;前記一般式(V’)に示されるポリシロキサン構造を有するモノマー、数平均分子量約1,000)
(*2):BHEA(製品名:日本触媒製;前記一般式(I’)におけるR1及びR2が水素原子、xが1であるノニオン性モノマー)
(*3):HEMA(製品名:日本触媒製;前記一般式(I’)におけるR1が水素原子、R2がメチル基、xが1であるノニオン性モノマー)
(*4):ブレンマーPME−100(製品名:日油製;前記一般式(I’)におけるR1及びR2がメチル基、xが2であるノニオン性モノマー)
(*5):ブレンマーPME−200(製品名:日油製;前記一般式(I’)におけるR1及びR2がメチル基、xが約4であるノニオン性モノマー)
(*6):ブレンマーPME−1000(製品名:日油製;前記一般式(I’)におけるR1及びR2がメチル基、xが約23であるノニオン性モノマー)
【0094】

【0095】

【0096】

【0097】

【0098】
<顔料分散液の調製>
(顔料分散液1の調製)
カーボンブラック10部、グリセリン6部、ポリマー(分散剤)10部、及び水74部を、0.6mm径のジルコニアビーズの充填率を70%としたサンドミル(金田理化工業製)に仕込み、1,500rpmで5時間分散した。前記カーボンブラックとしては、比表面積が220m2/g、DBP吸油量が130ml/100gのものを用いた。また、前記ポリマーとしては、スチレン、アクリル酸メチル及びアクリル酸の共重合比(質量比)が58:25:17、重量平均分子量が4,000、酸価が130mgKOH/gのランダム共重合体を用いた。なお、前記ポリマーは、予め、上記の酸価と当量の水酸化カリウムと水を加えて温度80℃で撹拌し、水溶液としたものを用いた。その後、5,000rpmにて10分間遠心分離を行って凝集成分を除去し、さらに、顔料の含有量が2.5%、ポリマーの含有量が2.5%となるように水を用いて濃度を調整し、顔料分散液1を得た。
【0099】
(顔料分散液2の調製)
カーボンブラックに代えてシアン顔料であるC.I.ピグメントブルー15:3を用いた以外は顔料分散液1の調製と同様の方法で、顔料の含有量が2.5%、ポリマーの含有量が2.5%である顔料分散液2を得た。
【0100】
(顔料分散液3の調製)
カーボンブラックに代えてマゼンタ顔料であるC.I.ピグメントレッド122を用いた以外は顔料分散液1の調製と同様の方法で、顔料の含有量が2.5%、ポリマーの含有量が2.5%である顔料分散液3を得た。
【0101】
<インクの調製>
下記表2に示す組成で、各成分を混合し、十分に撹拌した後、ポアサイズが1.2μmのポリプロピレンフィルター(ポール製)にて加圧ろ過を行い、実施例及び比較例のインクをそれぞれ調製した。なお、下記表2中、グラフトポリマーは固形分としての含有量の値で示した。また、下記表2中、(*1)は平均分子量600のポリエチレングリコールを示し、(*2)は界面活性剤(川研ファインケミカル製)を示す。また、下記表2中、「特定の水溶性有機化合物」とは、前記一般式(II)、前記一般式(III)、及び、前記一般式(IV)で表される化合物からなる群の水溶性有機化合物のことを示す。また、下記表2中、「特定のグラフトポリマー」とは、本発明に用いるグラフトポリマーのことを示し、本実施例においては、グラフトポリマー1〜19のことを示す。
【0102】

【0103】

【0104】

【0105】

【0106】

【0107】

【0108】

【0109】
<評価>
(耐擦過性の評価)
上記で得られた各インクを、インクジェット記録装置(商品名:BJF900;キヤノン製)用のインクカートリッジにそれぞれ充填し、該インクカートリッジを、上記インクジェット記録装置のシアンインクの位置にそれぞれセットした。次に、このインクジェット記録装置を用いて、三菱フォト光沢紙(三菱製)に、吐出量4.5ng、解像度1200dpi×1200dpi、8パス双方向記録で、記録デューティが100%である画像をそれぞれ記録した。得られた各記録物を室温で1日放置した後、各記録物の画像を、記録媒体の非記録部に傷が付く程の強い圧力を加えて爪で引っ掻いた。その後、各記録物を目視で確認して、耐擦過性の評価を行った。耐擦過性の評価基準は下記の通りである。評価結果を表3に示した。本発明においては、下記の評価基準でC以上が許容できる耐擦過性のレベル、その中でもAAAが最も優れている耐擦過性のレベルとした。
AAA:画像の表面に爪跡が残らなかった。
AA :画像の表面に爪跡がほとんど残らなかった。
A :画像の表面に若干爪跡が残ったものの、記録媒体から色材が削れ落ちることはなかった。
B :画像の表面に爪跡は残ったものの、記録媒体から色材が削れ落ちることはなかった。
C :画像の表面に爪跡が残り、かつ、記録媒体から色材がわずかに削れ落ちた。
D :記録媒体の表面は露出しなかったが、色材が明らかに削れ落ちた。
E :画像を軽く触れる程度には問題のないレベルであったが、記録媒体に傷が強く付く程の圧力で引っ掻くと、記録媒体の表面が見える程度に色材が削れ落ちた。
【0110】
(光沢性の評価)
上記で得られた各記録物の画像領域における光沢性(20°グロス値)を、マイクロヘイズメーター(ビック−ガートナー製)を用いて測定し、光沢性の評価を行った。光沢性の評価基準は下記の通りである。評価結果を表3に示した。本発明においては、下記の評価基準でA以上が許容できる光沢性のレベル、その中でもAAが優れている光沢性のレベルとした。
AA:20°グロス値が40以上であった。
A :20°グロス値が35以上40未満であった。
B :20°グロス値が30以上35未満であった。
C :20°グロス値が30未満であった。
【0111】
(吐出安定性の評価)
上記で得られた各インクを、インクジェット記録装置(商品名:PIXUS850i;キヤノン製)用のインクカートリッジにそれぞれ充填し、該インクカートリッジを、上記インクジェット記録装置を改造したもののシアンインクの位置にそれぞれセットした。次に、このインクジェット記録装置を用いて、オフィスプランナー(キヤノン製)に、記録デューティが50%で18cm×24cmの画像を、デフォルトモードで3枚記録した。この際、1枚記録するごとに1回の割合で、PIXUS850iのワイパーブレードを用いて、記録ヘッド表面のクリーニング操作を行った。その後、PIXUS850iのノズルチェックパターンを記録した。上記で得られたノズルチェックパターンを目視で確認して、吐出安定性の評価を行った。吐出安定性の評価基準は下記の通りである。評価結果を表3に示した。本発明においては、下記の評価基準でB以上が許容できる吐出安定性のレベル、その中でもAが優れている吐出安定性のレベルとした。
A:ノズルチェックパターンに乱れがなく正常に記録できた。
B:ノズルチェックパターンに若干の乱れがあったが、不吐出はなかった。
C:ノズルチェックパターンにはっきりとした不吐出や乱れがあり、正常に記録できなかった。
【0112】

【0113】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、顔料及びグラフトポリマーを含有するインクジェット用インクであって、
前記グラフトポリマーを構成するユニットが、少なくとも、下記一般式(I)で表されるノニオン性ユニット、及び、ポリシロキサン構造を有するユニットを含むことを特徴とするインクジェット用インク。

(一般式(I)中、R1及びR2はそれぞれ独立に水素原子又はメチル基であり、xは1又は2である。)
【請求項2】
前記グラフトポリマーの重量平均分子量が、5,000以上50,000以下である請求項1に記載のインクジェット用インク。
【請求項3】
前記グラフトポリマーの全質量を基準とした、前記ポリシロキサン構造を有するユニットの占める割合が、10.0質量%以上40.0質量%以下である請求項1又は2に記載のインクジェット用インク。
【請求項4】
前記グラフトポリマーの全質量を基準とした、前記一般式(I)で表されるノニオン性ユニットの占める割合が、5.0質量%以上45.0質量%以下である請求項1乃至3のいずれか1項に記載のインクジェット用インク。
【請求項5】
前記グラフトポリマーを構成するユニットが、さらに酸性基を有するユニットを含み、該グラフトポリマーの酸価が、80mgKOH/g以上150mgKOH/g以下である請求項1乃至4のいずれか1項に記載のインクジェット用インク。
【請求項6】
前記インク中における、前記顔料の含有量(質量%)が、前記グラフトポリマーの含有量(質量%)に対する質量比率で、0.2倍以上2.0倍以下である請求項1乃至5のいずれか1項に記載のインクジェット用インク。
【請求項7】
さらに、水溶性有機化合物を含有してなり、前記水溶性有機化合物が、下記一般式(II)、下記一般式(III)、及び下記一般式(IV)で表される化合物からなる群から選ばれる少なくとも1種である請求項1乃至6のいずれか1項に記載のインクジェット用インク。

(一般式(II)中、R4は置換基を有してもよい炭素数2乃至5のアルキレン基であり、R5はそれぞれ独立に、水素原子、又は置換基を有してもよい炭素数1乃至4のアルキル基である。また、一般式(III)中、R6は置換基を有してもよい炭素数2乃至5のアルキレン基であり、R7は水素原子、又は置換基を有してもよい炭素数1乃至4のアルキル基である。また、一般式(IV)中、nは1乃至3の数である。)
【請求項8】
前記インク中における、前記一般式(II)、前記一般式(III)、及び前記一般式(IV)で表される化合物の合計含有量(質量%)が、前記グラフトポリマーの含有量(質量%)に対する質量比率で、2.0倍以上である請求項7に記載のインクジェット用インク。
【請求項9】
前記インク中における、前記一般式(II)、前記一般式(III)、及び前記一般式(IV)で表される化合物の合計含有量(質量%)が、インク全質量を基準として、2.0質量%以上である請求項7又は8に記載のインクジェット用インク。
【請求項10】
インクをインクジェット方式で吐出して記録媒体に記録を行うインクジェット記録方法であって、
前記インクとして、請求項1乃至9のいずれか1項に記載のインクジェット用インクを用いることを特徴とするインクジェット記録方法。
【請求項11】
インクを収容するインク収容部を備えてなるインクカートリッジであって、
前記インク収容部に収容されているインクが、請求項1乃至9のいずれか1項に記載のインクジェット用インクであることを特徴とするインクカートリッジ。
【請求項12】
インクを収容するインク収容部と、インクを吐出する記録ヘッドとを備えてなる記録ユニットであって、
前記インク収容部に収容されているインクが、請求項1乃至9のいずれか1項に記載のインクジェット用インクであることを特徴とする記録ユニット。
【請求項13】
インクを収容するインク収容部と、インクを吐出する記録ヘッドとを備えてなるインクジェット記録装置であって、
前記インク収容部に収容されているインクが、請求項1乃至9のいずれか1項に記載のインクジェット用インクであることを特徴とするインクジェット記録装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2010−59400(P2010−59400A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−168349(P2009−168349)
【出願日】平成21年7月17日(2009.7.17)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】