説明

インクジェット用インク及びそれを用いたインクカートリッジ

【課題】物流時や、装置にインクを収納したインクカートリッジが装着されて長期間保持されたとしても、絶縁性保護層の厚みの減少が極めて少なく、インクの保存安定性に優れ、画像濃度が高い記録物が得られるインクジェット用インクを提供すること。
【解決手段】吐出口からインクを吐出するための熱エネルギーを発生する発熱部が設けられ、該発熱部が該インクと接する面に、珪素の酸化物及び珪素の窒化物からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有してなる保護層を有するサーマル方式のインクジェット記録ヘッドから吐出されるためのインクであって、粒子表面に結合している官能基が、その構造内に2つのホスホン酸基を少なくとも有する自己分散顔料を含有し、そのpHが6未満であることを特徴とするインク。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サーマル方式のインクジェット記録用のインク及びインクカートリッジに関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録方法は、インク小滴を普通紙や専用光沢メディア上に飛翔させ、画像を形成する記録方法であり、低価格化の進行、記録速度の向上に伴って、急速に普及が進んでいる。特に、デジタルカメラが普及したため、写真画質へのニーズが高まっており、さらなる高画質化と高速印刷化が要求されている。そのため、インクの小液滴化やノズル配列の高密度化、ノズル数の増大に伴うヘッドの長尺化、インク滴の吐出制御など、これまで以上に高い技術が求められてきている。
【0003】
一方、サーマルインクジェット記録方式は、熱エネルギーを利用してインクを発泡させて記録媒体にインクを吐出する方式であり、高速、高密度で、高精度、高画質の記録が可能であり、かつ、カラー化、コンパクト化に適している。この記録方式に用いられる一般的なヘッドは、インクを発泡させるための発熱抵抗体と、これに電気的接続を行う配線とを同一基板上に作製した記録ヘッド基板を有し、さらにその上にインクを吐出させるための流路を有する。
【0004】
そして、この記録ヘッド基板は、投入する電気エネルギーの省力化や、インクの発泡に伴う発熱部の破壊に起因する基板の寿命の低下を防ぐために、様々な工夫がなされている。とりわけ、一対の配線パターンの間に位置する発熱抵抗体をインクから保護する保護層については、多くの工夫がなされている。
【0005】
この保護層は、熱効率の観点では、熱伝導率が高い方が有利であり、また、層厚が薄い方が有利である。ところが、発熱抵抗体に接続する配線をインクから守るという観点では、層厚は厚い方が有利である。このため、保護層の厚みは、エネルギー効率と信頼性の観点とから適切な厚さに設定する必要がある。特にインクに接する層は、インクの発泡によるキャビテーションダメージ、すなわち機械的ダメージと、高温下でのインク成分との化学反応によるダメージ、すなわち化学的ダメージとの両方の影響を受ける。したがって、これらのダメージの影響を十分に考慮する必要がある。
【0006】
このことから、記録ヘッド基板の保護層は、通常、上層と下層とからなる積層構造をしており、上層(インクに接する層)として機械的及び化学的ダメージに対して安定性の高い層を有し、下層として配線を守るための絶縁性の層を有している。具体的には、上層には、機械的、化学的に安定性の極めて高い層であるTa層を、下層には、既存の半導体製造装置で容易に安定な層の形成が可能な、SiN層やSiO層やSiC層を形成することが一般的である。
【0007】
一例を詳述すると、配線上に保護層としてSiN層を約0.2μm以上1μm以下の厚さで形成し、そのあとに上層の保護層を形成する。上層としては、キャビテーションダメージに対する層であることから、耐キャビテーション層と呼ばれるTa層を0.2μm以上0.5μm以下の厚さで形成する。この構成によって記録ヘッド基板の発熱抵抗体の寿命及び信頼性の両立を図っている。
【0008】
サーマル方式の記録ヘッドを用いたインクジェット技術として、特許文献1には、発熱抵抗体としてSiやNやIrを特定の比率で含んだ材質を用い、耐久性と熱変換効率の向上を図った記録ヘッドが開示されている。また、サーマル方式の記録ヘッドの吐出耐久性や吐出により発熱部に堆積するコゲの抑制を改良する観点から、キレート試薬を特定濃度で含むインクが開示されている(特許文献2)。また、メチル基又はメチレン基とカルボキシ基とを有する酸のアンモニウム塩を含むインクが開示されている(特許文献3)。これらの従来技術は、発熱部の保護層の表面層としてTa層を配置した時の、吐出耐久に伴うTa層の侵食や、Ta層の上に堆積するコゲの抑制に関する。そして、インクが特定の化合物を特定の濃度で含むことによって、吐出耐久によるコゲの堆積とTa層の侵食のバランスを適正化して長寿命化を図っている。
【0009】
一方、インクジェット用のブラックインクとしては、記録物の画像濃度が高く、画像堅牢性に優れた記録物を与えることができる色材である、顔料を含むインクの開発が多く行われている。例えば、特許文献4では、自己分散顔料と特定の塩を含有してなる黒色顔料インクを用いることにより、高い画像濃度及び文字品位が得られることが開示されている。また、特許文献5では、カルシウムとの反応性の指標を定めたカルシウム指数値に基づき、カルシウムとの反応性の高い官能基を選択した自己分散顔料を用いることで、画像濃度を向上させる提案もなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平5−330048号公報
【特許文献2】特開平6−93218号公報
【特許文献3】特開2002−12803号公報
【特許文献4】特開2000−198955号公報
【特許文献5】特表2009−515007号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、記録ヘッドが一体に形成されたインクカートリッジの場合、コスト面や製造面から、インクカートリッジを構成するプラスチックの筐体に直接ヘッドを実装する必要がある。そのため上述のようなサーマル方式の記録ヘッドを採用すると、多ノズル化や高密度化に伴って発泡に起因する蓄熱が起こりやすくなり、熱効率が損なわれる場合がある。また、投入する電気エネルギーの省力化の観点からも、熱効率の高い構成が求められている。
【0012】
そこで、本発明者らは、前記した上層及び下層からなる保護層から、上層をなくし、下層のSiN、SiOなどの、珪素の窒化物や酸化物を主成分とする絶縁性層のみで保護層(以下、絶縁性保護層と呼ぶ)を構成することについての検討を行った。まず、このような絶縁性保護層とした場合は、熱効率の点で有利なだけではなく、層構成がシンプルになるため、層の欠陥による歩留まりの低下やコストの上昇の点においても有利となる。また、熱効率が高くなるので、投入する電気エネルギーも小さくすることができ、キャビテーションダメージへの耐久性についても有利である。すなわち、上記したように、保護層を、従来の下層であった絶縁層のみで構成して絶縁性保護層とすることは、サーマル方式の記録ヘッドを有する一体型インクカートリッジとして好ましい形態である。
【0013】
しかし、本発明者らがさらに詳細な検討を行ったところ、この構成のサーマル方式の記録ヘッドにおいては、下記のような新たな課題があることを見出した。すなわち、絶縁性保護層とした場合、発泡を伴わない、例えば、物流を想定した長期間の保存の間に、その主成分である珪素の窒化物や酸化物や炭化物が、自己分散顔料を含むインク中に溶解し、該絶縁性保護層の厚みが減少しまうことが生じる。
【0014】
そして、この絶縁性保護層の厚みの減少によって、インクにかかる発泡エネルギーが増大してしまうため、ヘッドに駆動パルスを印加した際に、異常発泡による吐出不良に伴う画像劣化や発熱部の異常な昇温による記録耐久性の低下が起き易くなる。さらに、記録物の画像濃度の向上の目的で、カルシウムとの反応性指数が高い表面処理剤を導入した自己分散顔料を用いたインクの場合においても、該絶縁性保護層の厚みの減少は同様に発生することも同様に明らかとなった。一方で、表面電荷が陽性になるようなカチオン型自己分散顔料を用いたインクにおいては、酸性側のpHを有するものも存在するが、カチオン帯電を生じさせる化学種の特性上、画像性能と信頼性のトレードオフが問題となる場合がある。
【0015】
したがって、本発明の目的は、珪素の酸化物及び珪素の窒化物のいずれかを含む絶縁性保護層を有するサーマル方式の記録ヘッドを適用した技術において顕著に生じる技術課題を解決することである。具体的には、物流時や、装置にインクを収納したインクカートリッジが装着されて長期間保持されたとしても、絶縁性保護層の厚みの減少が極めて少なく、インクの保存安定性に優れ、画像濃度が高い記録物が得られるインクジェット用インクを提供することにある。また、サーマル方式の記録ヘッドを具備し、かかるインクを収容するインクカートリッジを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的は、以下の本発明によって達成される。すなわち、本発明は、吐出口からインクを吐出するための熱エネルギーを発生する発熱部が設けられ、該発熱部が該インクと接する面に、珪素の酸化物及び珪素の窒化物からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有してなる保護層を有するサーマル方式のインクジェット記録ヘッドから吐出されるためのインクであって、粒子表面に結合している官能基がその構造内に2つのホスホン酸基を少なくとも有する自己分散顔料を含有し、そのpHが6未満であることを特徴とするインクを提供する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、下記の特定の絶縁性保護層を有するサーマル方式のインクジェット記録用ヘッドから吐出された場合において、該保護層の厚みの減少が極めて少なく、画像濃度が高い記録物を得ることができるインクの提供が可能となる。なお、上記ヘッドは、吐出口からインクを吐出するための熱エネルギーを発生する発熱部があり、該発熱部が該インクと接する面に珪素の酸化物及び珪素の窒化物からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する絶縁性保護層を有する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】サーマル方式の記録ヘッドのノズル構造の概略を示す図である。
【図2】インクカートリッジに設けられた記録ヘッドの一部を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下に、好ましい実施の形態を挙げて、本発明をさらに詳細に説明する。
まず、上記した珪素の酸化物及び珪素の窒化物からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有する絶縁性保護層の厚みの減少が生じる例として、該保護層が窒化珪素を含有する場合について詳細に説明する。本発明者らは、該保護層を形成する窒化珪素は、一般的なインクと接触した場合、ケイ酸塩とアンモニアに分解され、この結果、該保護層の厚みが減少すると推定している。この場合に生じるケイ酸の酸性は非常に弱いため、保護層の溶解量を少なくするには、インクのpHを下げることが、まず有効である。
【0020】
しかし、本発明者らの検討によれば、中性領域のpHにおいても、自己分散顔料を用いたインクの場合は、依然、保護層の厚みの減少が発生してしまうが、その理由について、本発明者らは以下のように推論している。まず、当該顔料粒子の表面には、自己分散性をもたせるために結合させた官能基が存在するが、これ以外に、ケトン基、エノール基、ヒドロキシ基、カルボキシ基などが存在することが知られている。そして、これらのケトン基、エノール基、ヒドロキシ基、カルボキシ基などの基は、電気陰性度の違いから分極状態にある。このため、その中の特に分極したδ+部が、絶縁性保護層を形成している窒化珪素の窒素非共有電子対と反応を起こすことによって、保護層の厚みの減少が発生したものと想定している。
【0021】
一方で、自己分散性を付与するための官能基として、その構造内にビスホスホン酸基を有する官能基が結合している自己分散顔料を含むインクのpHを6未満に低下させることで、インクの保存安定性に影響を与えずに、保護層の厚みの減少を効果的に抑制できる。インクのpHを6未満にすることによって保護層の厚みの減少が抑制される理由については定かではないが、本発明者らは、上記したδ+部と窒素非共有電子対の反応もインクのpHと強く関わっているものと推測している。また、pH6未満でもインクの保存安定性が良好な理由としては、官能基中の酸部位の解離定数に影響が考えられる。すなわち、官能基中の酸部位がビスホスホン酸の場合は、第一解離定数(pKa1)及び第二解離定数(pKa2)がともに2を下回っており、例えばインクのpHが5付近にあっても顔料粒子の表面に十分な陰性チャージを与えることが可能となる。このため、インクの保存安定性に問題を生じないのであると考えられる。
【0022】
さらに、その構造内にビスホスホン酸基を含む官能基が結合した自己分散顔料を色材に用いたインクにおいては、形成した記録物の画像濃度も高い。上記のように、ビスホスホン酸基を含む官能基が結合した自己分散顔料を含むインクのpHを6未満にすることで、保護層の厚みの減少の抑制と、インクの保存安定性が確保されることと、高い画像濃度の記録物の提供のすべてを両立させることが可能となる。
【0023】
<インク>
以下、本発明のインクを構成する各成分やインクの物性について詳細に説明する。なお、本発明においては、インクのpHなどの物性は25℃における値とする。
【0024】
(インクのpH)
本発明のインクのpHは6未満であることが必要である。ここで、pHの下限に関しては、保護層の削れ抑制や高い画像濃度を達成するという観点では、インクのpHが低い場合であっても性能は変わらない。しかし、インクのpHが4未満であると、インク組成にもよるが、インクの保存安定性が十分に得られない場合があるため、インクのpHは4以上であることが好ましい。
【0025】
pHの調整手段としては、自己分散顔料の調製において、イオン交換膜などを用いてビスホスホン酸の中和度を下げることにより、顔料分散液のpHを低くしておく方法や、インクに酸を添加する方法などが挙げられる。酸の種類としては、例えば、酢酸などの脂肪酸、アリールカルボン酸、アリールジカルボン酸、グリコール酸などのヒドロキシ酸、硝酸、塩酸、硫酸などの鉱酸などが挙げられる。インクに酸を添加する場合、インク中の酸の含有量は、インクのpHが6未満(好適には4以上)となるように決定することができる。
【0026】
(顔料)
顔料の種類としては、例えば、有機顔料や、カーボンブラックなどの無機顔料が挙げられ、インクジェット用のインクに使用可能なものをいずれも用いることができる。また、調色などの目的のために、顔料に加えてさらに染料などを併用してもよい。本発明においては、顔料としてカーボンブラックを用いたブラックのインクとすることが特に好ましい。インク中の顔料の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上15.0質量%以下、さらには1.0質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。
【0027】
本発明のインクに用いる顔料は、粒子表面に結合している官能基がその構造内に2つのホスホン酸基を少なくとも有する自己分散顔料(以下、ビスホスホン酸型自己分散顔料とも呼ぶ)であることを要す。このような自己分散顔料を用いることにより、顔料をインク中に分散するための分散剤の添加が不要となる、又は分散剤の添加量を少量とすることができる。
【0028】
インク中において、顔料粒子の表面に結合している官能基に含まれるホスホン酸基−PO(O〔M1〕)2は、その一部が解離した状態及び全てが解離した状態のいずれであってもよい。つまり、−PO3-1+(一塩基塩)、及び−PO32-(M1+)2(二塩基塩)のいずれかの形態を取り得る。ここで、M1はそれぞれ独立に、アルカリ金属、アンモニウム、及び有機アンモニウムからなる群から選ばれる少なくとも1種である。
【0029】
また、ホスホン酸基が官能基の末端にあること、つまり、顔料粒子の表面とホスホン酸基の間に他の原子団が存在することが好ましい。前記他の原子団(−R−)としては、炭素原子数1乃至12の直鎖又は分岐のアルキレン基、フェニレン基やナフチレン基などのアリーレン基、アミド基、スルホン基、アミノ基、カルボニル基、エステル基、エーテル基が挙げられる。また、これらの基を組み合わせた基などが挙げられる。さらには、前記他の原子団が、前記アルキレン基及び前記アリーレン基の少なくとも一方と、水素結合性を有する基(アミド基、スルホン基、アミノ基、カルボニル基、エステル基、エーテル基)と、を含むことが特に好ましい。
【0030】
本発明においては、顔料粒子の表面に結合させる官能基に、−CQ(PO3〔M12)2の構造が含まれていることがより好ましい。ここで、式中のQは、水素原子、R、OR、SR、及びN(R)2のいずれかであり、Rはそれぞれ独立に、水素原子、アルキル基、アシル基、アラルキル基、及びアリール基のいずれかである。Rが炭素原子を含む基である場合、その基に含まれる炭素原子の数は1乃至18であることが好ましい。具体的には、アルキル基としては、メチル基、エチル基など、アシル基としては、アセチル基、ベンゾイル基など、アラルキル基としてはベンジル基など、アリール基としてはフェニル基、ナフチル基など、がそれぞれ挙げられる。また、M1はそれぞれ独立に、水素原子、アルカリ金属、アンモニウム、及び有機アンモニウムからなる群から選ばれる少なくとも1種である。本発明においては、前記Qが水素原子である、−CH(PO3〔M12)2の構造を含む官能基を顔料粒子の表面に結合させることが特に好ましい。
【0031】
ビスホスホン酸型自己分散顔料の、上記特定の官能基導入量は0.10mmol/g以上であることが好ましい。0.10mmol/g未満であると、顔料の分散状態が不安定になり、インクの保存安定性が十分に得られない場合がある。なお、官能基導入量の単位は、顔料固形分1g当たりの官能基のミリモル数である。
【0032】
本発明に用いるビスホスホン酸型自己分散顔料粒子の表面への特定の官能基の導入量は、下記のようにしてリンイオンを定量することで測定することができる。詳しくは、先ず、顔料(固形分)の含有量が0.03質量%程度になるように顔料分散液を純水で希釈してA液を調製する。また、5℃で、80,000rpm、15時間の条件で顔料分散液に対して超遠心分離を行い、顔料が除去された上澄みの液体を採取し、これを純水で80倍程度に希釈してB液を調製する。得られたA液及びB液について、ICP発光分光分析装置などにより、リンイオンの定量をそれぞれに行い、これらA液及びB液について測定値から求められるリンイオン量の差分から、ホスホン酸基の量を算出することができる。そして、顔料への官能基導入量は、ホスホン酸基の量/n(nは1つの官能基に含まれるホスホン酸基の数を示し、モノなら1、ビスなら2、トリスなら3となる)により算出することができる。ここで、官能基に含まれるホスホン酸基の数が不明である場合には、NMRなどによりその構造を解析することで知ることができる。なお、上記では顔料分散液を用いて測定する方法について述べたが、インクを用いても同様に測定することができるし、勿論、官能基導入量の測定方法は上記のものに限られるものではない。
【0033】
(塩)
本発明のインクには、画像のブリーディング抑制や、インクの浸透性が大きい記録媒体における画像濃度のさらなる向上などの目的のために、塩を添加することができる。インク中における塩の形態は、その一部が解離した状態、又は全てが解離した状態のいずれの形態であってもよい。インク中の塩の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.05質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。
【0034】
本発明のインクに用いることができる塩としては、以下のものが挙げられる。例えば、(M2)Cl、(M2)Br、(M2)I、(M2)ClO、(M2)ClO2、(M2)ClO3、(M2)ClO4、(M2)NO2、(M2)NO3、(M22SO4、(M22CO3、(M2)HCO3、HCOO(M2)、(COOM22、COOH(COOM2)、CH3COOM2、C24(COOM22、C65COOM2、C64(COOM22、(M23PO4、(M22HPO4、(M2)H2PO4である。なお、上記M2は、アルカリ金属イオン、アンモニウムイオン、及び有機アンモニウムイオンからなる群から選ばれる少なくとも1種である。アルカリ金属イオンとしては、リチウムイオン、ナトリウムイオン、カリウムイオンなどが挙げられる。
【0035】
(水性媒体)
本発明のインクには、水及び水溶性有機溶剤の混合溶媒である水性媒体を含有させることができる。水としては脱イオン水を用いることが好ましい。インク中の水の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、50.0質量%以上95.0質量%以下であることが好ましい。また、インク中の水溶性有機溶剤の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、3.0質量%以上50.0質量%以下であることが好ましい。水溶性有機溶剤としては、アルコール類、グリコール類、グリコールエーテル類、含窒素化合物類などのインクジェット用のインクに使用可能なものをいずれも用いることができ、1種又は2種以上をインクに含有させることができる。
【0036】
(その他の添加剤)
本発明のインクには、上記成分の他に、尿素やその誘導体、トリメチロールプロパン、トリメチロールエタンなどの常温で固体の水溶性有機化合物を含有させてもよい。インク中の常温で固体の水溶性有機化合物の含有量(質量%)は、インク全質量を基準として、0.1質量%以上20.0質量%以下、さらには3.0質量%以上10.0質量%以下であることが好ましい。また、必要に応じて、界面活性剤、樹脂、pH調整剤、消泡剤、防錆剤、防腐剤、防黴剤、酸化防止剤、還元防止剤、キレート剤などの種々の添加剤を含有させてもよい。
【0037】
(インクカートリッジ)
次に、本発明のインクカートリッジについて、図面を参照して説明する。本発明のインクカートリッジは、吐出口からインクを吐出するための熱エネルギーを発生する発熱部が設けられたサーマル方式のインクジェット記録ヘッドを具備するものである。さらに、該インクカートリッジは、インクを収容するインク収容部を有するが、上記発熱部が、インクと接する面に、珪素酸化物や珪素窒化物からなる群より選ばれる少なくとも1種を含有する絶縁層としても機能する保護層を有する。本発明のインクカートリッジは、かかる構成を有するものであればよく、他の構成はいずれのものであってもよい。例えば、添付図面に記載された構成のものが挙げられるが、本発明はこれに限定されるものではない。図1及び2は、本発明が実施又は適用される好適な記録ヘッドを説明するための説明図である。以下、これらの図面を参照して各構成要素について説明する。
【0038】
本発明のインクカートリッジは、ヘッドとインク収容部が一体の構成のものとできる。例えば、電気信号に応じてインクに膜沸騰を生じさせるための熱エネルギーを生成する電気熱変換体を用いたバブルジェット(登録商標)方式の記録ヘッド、いわゆるサイドシュータ型の記録ヘッドが適用できる。普通紙への記録物の高画質化と高速記録の観点からは、150個以上のノズルが300dpi以上のピッチ間隔で配置され、各ノズルの吐出量が30pL以下のノズル列を有するヘッドが好ましい。
【0039】
図1は、本発明のインクカートリッジを構成する記録ヘッドに設けられたノズル部分を模式的に示した図である。図1(a)は、ノズルの吐出口側から見た時のノズル形状を示した図である。図1(b)は図1(a)の破線X−Yに沿って切断した時の断面を示した図である。図1(b)において、H2101はシリコン基板、H2102は熱酸化層からなる蓄熱層を示す。また、H2103は、蓄熱を兼ねる珪素の酸化物層又は窒化物層などからなる層間層であり、H2104は発熱抵抗層、H2105はAl、Al−Si及びAl−Cuなどの金属材料からなる配線としての金属配線層である。そして、H2106は、珪素の酸化物層、窒化物層及び炭化物層などからなる絶縁層としても機能する保護層を示す。とりわけこの保護層H2106は、インクと直接的に接触するために、アルカリなどに対して化学的にも安定で、かつ、機械的衝撃に対しても十分な耐性が求められると共に、電気的な絶縁性も兼ね備える必要性が高い。このため、特に、形成材料としては、珪素窒化物を含む層が好適に用いられる。また、H2107は発熱部であり、発熱抵抗層H2104の発熱抵抗体で発生した熱がインクに作用する。本発明は、このような、絶縁層としても機能する保護層H2106が、珪素の酸化物層や窒化物層であるインクカートリッジにおいて顕著に生じる技術課題を、特定のインクを用いることで解決したものである。
【0040】
記録ヘッドにおける発熱部H2107は、発熱抵抗体での熱発生により高温に曝されると共に、インクの発泡、発泡後の泡収縮に伴い、キャビテーション衝撃やインクによる化学的作用を主に受ける。そのため、発熱部H2107には、このキャビテーション衝撃やインクによる化学的作用から電気熱変換素子を保護するため、保護層H2106が設けられる。この保護層H2106の層厚は、発熱抵抗体にかかる電気パルスを効率的に変換する上で重要な熱変換効率と、発泡現象に伴うインクの物理的衝撃、化学的腐食への保護の観点から、50nm以上500nm以下が好ましい範囲である。
【0041】
すなわち、層厚が50nm未満であると発熱部の吐出耐久性の点で不十分になることや、保存による保護層の溶解による層厚変化に対して投入されるエネルギーの変動の影響が敏感になることがある。一方、層厚が500nmを超える場合は、発泡するためのエネルギーが多く必要になり、ノズルを高密度に配置し、吐出周波数を高くするとノズルの温度が上昇しやすくなる傾向がある。さらに、本発明においては、より一層の、多ノズル化、高密度化、高耐久性化のためには、保護層の厚さが100nm以上450nm以下であることが特に好ましい。保護層H2106の上には、流路形成部材H2108を用いて、インクを吐出するための吐出口H2109を備えた吐出素子が形成される。
【0042】
図1(a)及び(b)の斜線部H2110は、インクが満たされるノズル部の液室部分である。インクは、ノズル部の右側に配置されたH2111の共通液室より供給され、発熱部H2107にて発泡し泡を形成後、吐出口H2109からインクが押し出され、インク滴として吐出される。
【0043】
また、本発明においては、H2110で示したノズルの液室容積と、インクが接する保護層H2106の面積との関係も重要である。通常、記録ヘッドが一体に形成されたインクカートリッジが物流などにより長期間保存される場合、乾燥の抑制のために、シールテープやホットメルト接着剤などの封止手段により吐出口H2109が塞がれる。そのため、ノズル液室H2110のインクは、長期間ノズル液室内部に滞留した状態となる。その結果、液室内部のインクと保護層H2106とは接している状態が続くため、保護層が徐々にインク中に溶解すると考えられる。
【0044】
本発明者らの検討によれば、そのような状態で保存されている間、インク液室H2110に存在しているインクはほとんど流動せず、珪素の溶解濃度が飽和状態になるところで溶解平衡に達し、それ以上の溶解がほとんど進行しなくなる。そのため、ノズルの液室H2110中のインクが接する最表面の保護層H2106の表面積に対して、ノズルの液室H2110の容積をある範囲に制御することによって、保護層H2106の溶解をある程度抑えることが可能であることを見出した。具体的には、各ノズル部分の保護層H2106のインクが接している表面積に対する各ノズルのインク液室H2110の容積が50μm3/μm2以下となるようにすればよい。これにより、物流保存などにおける、長期間インクと接している状態が続いた場合において、保護層の溶解が抑制されるので好ましい。
【0045】
また、10kHz以上の高周波数で駆動させるためにはノズルの構造に制約が生じ、吐出特性の観点より5μm3/μm2以上40μm3/μm2以下の範囲がより好ましい。なお、ここで定義される各ノズルのインク液室の容積(ノズル液室の容積)とは、図1のH2110に相当する部分のことであり、共通液室H2111から分岐して吐出口H2109までのインク流路部分の容積である。また、本発明でいう、各ノズル部分の保護層のインクと接する部分の表面積とは、ノズル部分の最表面である保護層H2106にインクが接している表面積、より具体的には、インク流路部分H2110におけるインクと接している保護層の表面積に相当する。
【0046】
また、電気熱変換体とインク吐出口とが対向するように配置された、いわゆるサイドシュータ型の記録ヘッドであると、各ノズルが共通の液室の両端に対向するように配置されるため、インクの流路がストレートではなく屈曲した構造となる。これによって長期保存においては各ノズルと共通のインク液室との間でのインクの対流が起こりにくく、保護層の形成成分である珪素化合物の溶解がノズル内で飽和に達しやすくなり、保護層の層厚の低下が抑制されるため好ましい形態である。
【0047】
図2は、インクカートリッジに設けられた記録ヘッドの一部の模式的な断面図である。図2中の電気配線テープH1301は、記録素子基板H1101に対してインクを吐出するための電気信号を印加する電気信号経路を形成するものであり、記録素子基板を組み込むための開口部が形成されている。この開口部の縁付近には、記録素子基板の電極部H1104に接続される電極端子が形成されている。また、電気配線テープH1301には、本体装置からの電気信号を受け取るための外部信号入力端子H1302が形成されており、電極端子と外部信号入力端子H1302は連続した銅箔の配線パターンでつながれている。
【0048】
図示した例では、インク流路の下流部には、記録素子基板H1101にブラックインクを供給するためのインク供給口H1201が形成されている。記録素子基板H1101の各インク供給口1102がインク供給保持部材の各インク供給口H1201に連通するよう、記録素子基板H1101がインク供給保持部材に対して位置精度良く接着固定される。この接着に用いられる接着剤は、低粘度で硬化温度が低く、短時間で硬化し、硬化後比較的高い硬度を有し、かつ、耐インク性のあるものが好ましい。例えば、接着剤としては、エポキシ樹脂を主成分とした熱硬化接着剤が用いられ、その際の接着層の厚みは50μm程度が好ましい。
【0049】
また、インク供給口H1201付近周囲の平面には、電気配線テープH1301の一部の裏面が接着剤により接着固定される。記録素子基板H1101と電気配線テープH1301との電気接続部分は、第1の封止剤H1307及び第2の封止剤H1308(図2参照)により封止され、電気接続部分をインクによる腐食や外的衝撃から保護されている。第1の封止剤H1307は、主に電気配線テープの電極端子H1302と記録素子基板のバンプH1105との接続部の裏面側と記録素子基板の外周部分を封止し、第2の封止剤H1308は、上述の接続部の表側を封止している。そして、電気配線テープH1301の未接着部は折り曲げられ、インク供給保持部材のインク供給口H1201を有する面にほぼ直交した側面に熱カシメ又は接着などで固定される。
【実施例】
【0050】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は、その要旨を超えない限り、下記実施例により限定されるものではない。なお、以下の記載で、「部」及び「%」とあるものは特に断らない限り質量基準である。
【0051】
<顔料分散液の調製>
(顔料分散液1)
アレンドロン酸ナトリウムを用いて、(4−(4−アミノベンゼンスルホニルアミノ)−1−ヒドロキシブタン−1,1−ジイル)ビスホスホン酸ナトリウムを合成した。この際、アレンドロン酸ナトリウムには、(4−アミノ−1−ヒドロキシブタン−1,1−ジイル)ビスホスホン酸の一ナトリウム塩(Zentiva製)を用いた。500mLのビーカーを用いて、34g(104mmol)のアレンドロン酸塩を150mLの純水中に加え、濃水酸化ナトリウム水溶液を用いて液体のpHを11に調整して溶解させた。これに、100mLのテトラヒドロフラン中に溶解させた25g(110mmol)のニトロフェニルスルホニルクロライドを滴下した。この際、水酸化ナトリウム水溶液をさらに加えて、液体のpHを10〜11に保った。滴下が終わった後、この液体を室温でさらに2時間撹拌した。その後、真空中でテトラヒドロフランを蒸発させ、そして、この液体のpHを4になるように調整し、固体を析出させた。4℃にて一晩冷却した後、この固体をろ過して、純水で洗浄、乾燥させることで、(4−(4−アミノベンゼンスルホニルアミノ)−1−ヒドロキシブタン−1,1−ジイル)ビスホスホン酸ナトリウムを得た。
【0052】
20g(固形分)のカーボンブラック、10mmolの上記で得た(4−(4−アミノベンゼンスルホニルアミノ)−1−ヒドロキシブタン−1,1−ジイル)ビスホスホン酸ナトリウム(処理剤)、20mmolの硝酸、及び200mLの純水を混合した。この際、カーボンブラックには、比表面積220m2/g、DBP吸油量105mL/100gのものを用い、混合は、シルヴァーソン混合機を用いて、室温で6,000rpmにて混合した。30分後、この混合物に少量の水に溶解させた20mmolの亜硝酸ナトリウムをゆっくり添加した。この混合によって混合物の温度は60℃に達し、この状態で1時間反応させた。その後、水酸化ナトリウム水溶液を用いて、混合物のpHを10に調整した。30分後、20mLの純水を加え、スペクトラムメンブランを用いてダイアフィルトレーションを行い、その後、イオン交換法によりナトリウムイオンをカリウムイオンに置換して、顔料の含有量が10.0%となるようにして、分散液を得た。
以上のようにして、顔料粒子の表面に、−C64−SO2−NH−C36−C(OH)(PO(OH)(OK))(PO(OH)2)基が結合している自己分散顔料が水中に分散された状態の顔料分散液1を得た。顔料分散液1のpHを測定したところ9であった。
【0053】
上記で得られた顔料分散液1を、顔料の含有量が0.03%程度になるように純水で希釈してA液を調製した。また、5℃で、80,000rpm、15時間の条件で顔料分散液1に対して超遠心分離を行い、ホスホン酸型自己分散顔料が除去された上澄みの液体を採取し、これを純水で80倍程度に希釈してB液を調製した。上記のようにして得た測定用試料のA液及びB液について、ICP発光分光分析装置(SPS5100;SIIナノテクノロジー製)を用いてリンイオンの定量を行った。そして、得られたA液及びB液におけるリンイオン量の差分からホスホン酸基の量を求め、1つの官能基に含まれるホスホン酸基の数で割ることで、顔料への官能基の導入量を算出した。その結果、官能基の導入量は0.35mmol/gであった。
【0054】
(顔料分散液2)
5.5gの水に5gの濃塩酸を溶かした溶液に、5℃に冷却した状態で1.5g(8.28mmol)の4−アミノフタル酸(処理剤)を加えた。次に、この溶液の入った容器をアイスバスに入れて液を撹拌することにより溶液を常に10℃以下に保った状態とし、これに5℃の水9gに2.2g(26mmol)の亜硝酸カリウムを溶かした溶液を加えた。この溶液をさらに15分間撹拌後、6g(固形分)のカーボンブラック(比表面積220m2/g、DBP吸油量105mL/100gのもの)を撹拌下で加えた。その後、さらに15分間撹拌した。水酸化カリウム水溶液を用いて、混合物のpHを10に調整した。30分後、20mLの純水を加え、スペクトラムメンブランを用いてダイアフィルトレーションを行い、その後、イオン交換法によりカリウムイオンをアンモニウムイオンに置換して、顔料の含有量が10.0%となるようにして、分散液を得た。このようにして、顔料粒子の表面に、−C63−(COOK)2基が結合している自己分散顔料が水中に分散された状態の顔料分散液2を得た。顔料分散液2のpHを測定したところ、8であった。
上記で得られた顔料分散液2について、イオンメータ(東亜DKK製)を用いて、アンモニウムイオン濃度を測定した。得られたアンモニウムイオン濃度から換算して、顔料への官能基の導入量を求めた。その結果、官能基の導入量は0.68mmol/gであった。
【0055】
(顔料分散液3)
5.5gの水に5gの濃硫酸を溶かした溶液に、5℃に冷却した状態で0.64g(4.64mmol)の4−アミノ安息香酸(処理剤)を加えた。次に、この溶液の入った容器をアイスバスに入れて液を撹拌することにより溶液を常に10℃以下に保った状態とし、これに5℃の水9gに2.2g(26mmol)の亜硝酸カリウムを溶かした溶液を加えた。この溶液をさらに15分間撹拌後、6g(固形分)のカーボンブラック(比表面積220m2/g、DBP吸油量105mL/100gのもの)を撹拌下で加えた。その後、さらに15分間撹拌した。得られたスラリーをろ紙(商品名:標準用濾紙No.2;アドバンテック製)でろ過し、粒子を十分に水冷し、110℃のオーブンで乾燥させた。これに水を足して、顔料の含有量が10.0%となるようにして、分散液を得た。このようにして、顔料粒子の表面に、−C64−COOK基が結合している自己分散顔料が水中に分散された状態の顔料分散液3を得た。顔料分散液3のpHを測定したところ9であった。
上記で得られた顔料分散液3について、イオンメータ(東亜DKK製)を用いて、カリウムイオン濃度を測定した。得られたカリウムイオン濃度から換算して、顔料への官能基の導入量を求めた。その結果、官能基の導入量は0.37mmol/gであった。
【0056】
<インクの調製>
表1の上段に示す各成分(単位:%)を混合した。なお、インク1〜5は、表1中(*1)として示した0.6mol/L硫酸以外の成分をあらかじめ混合した後に、表1の下段に示すpH(25℃)となるように0.6mol/L硫酸を添加した。その後、十分に撹拌した後、ポアサイズが1.0μmであるメンブレンフィルターにて加圧ろ過を行って、各インクを調製した。表1中における「NIKKOL BL−9EX」は、日光ケミカルズ製のポリオキシエチレンラウリルエーテルであり、グリフィン法により求められるHLB値が14.5、エチレンオキサイド基の付加モル数が9の界面活性剤である。
【0057】

【0058】
<評価>
(保護層の膜厚変化)
インクによる絶縁性保護層に生じる削れを想定して、珪素の窒化物膜のインク浸漬前後の膜厚変化を測定した。ここで用いた珪素の窒化物膜は従来公知のプラズマプロセスを用いて、Siウエハー基板上に、膜厚約560nmのSiN膜を形成し、そのSiN膜が形成されたウエハーを2cm×2cmにダイシングした。次いで、SiNが表面に位置するように3cm×3cmの石英ガラス上に切断ウエハーを載せ、該ウエハーの裏面及びダイシング面をエポキシ系の接着剤にて封止した。これにより、SiN面のみがインクと接し得る形態の試験片を準備した。
上記で得られた各インク60g中に上記試験片を投入し、80℃で24時間保存した。その後、インクから該試験片を取り出し水洗・乾燥試験片のSiN膜厚を光干渉式膜厚測定装置(ナノスペックM5100)で測定し、試験前の膜厚との差分から膜厚変化量を算出した。
【0059】
(画像濃度の評価)
上記で得られた各インクをキヤノン製インクジェット記録装置(iP4100)のブラックインクのポジションにセットし、1辺の長さが2cmのブラックのベタ画像を普通紙(名称:GF−500/キヤノン製)上に記録した。その後、1日乾燥させ、該ベタ画像の濃度を反射濃度計(マクベスRD−918)にて測定をした。
【0060】
(インクの保存安定性の評価)
上記で得られた各インクをフッ素樹脂製の保存容器に入れ、60℃で12時間保存した。その後動的光散乱方式の粒径測定装置(FPAR−100;大塚電子製)で平均粒子径を測定した。なお、測定に際しては、希釈を伴わないインク原液で測定を実施し、解析に用いる溶媒粘度の項目は、表1に示した各インク組成から顔料分散液分を純水に置き換えた液体を別途調製し、その液体の実測粘度を用いて解析を実施した。なお、各インクの保存安定性の評価基準は下記のとおりである。上記実施例及び比較例の評価結果を下記表2に示した。
○:100nm未満の粒子径である。
×:100nm以上の粒子径である。
【0061】

【0062】
<実施例3、比較例5>
[インクカートリッジの準備]
インク1及びインク6をインクカートリッジに収容した。この実施例3、比較例5にて使用するインクカートリッジの記録ヘッドの構成は、図1に示したものであるが、5pLの体積のインク滴を吐出するノズルH2112が、600dpiの間隔で192個一直線状に配置されたノズル列を具備している。そして、このノズル列が、共通液室H2111の両端に対向するように配置された、2列一体のノズル列を3並列に配置したヘッドを用いた。上述のヘッドの保護層は、窒化珪素を主体とする材質で構成されているものであり、とりわけ発熱部とインクと接する面の材質は窒化珪素で構成されており、該保護層の層厚が300nmのものを用いた。また、インク供給保持部材の材質は、スチレン系材料とポリフェニレンエーテルのアロイであり、インク吸収体の材質は、ポリプロピレンであった。
【0063】
(インクカートリッジの評価)
これら実施例3及び比較例5のインクカートリッジに関して、記録装置を用いてそれぞれ吐出が可能となる駆動パルスの計測を行い、駆動パルスPth0とした。このPth0に対して1.2倍のパルス幅を持つ駆動パルスPopが各ノズルにかかるようにパルス設定をして、初期のノズルチェックパターン記録を行った。その後、さらに、吐出口が配置されている面にシールテープでシーリングをし、ブリスターパックの物流容器に密閉されるように収容し、温度60℃の恒温槽に14日間保管した。保管後、駆動パルスPopが各ノズルにかかるようにパルス設定をして保存後のノズルチェックパターンを記録し、初期記録に対して記録ヨレがないかを調べた。
○:記録ヨレは発生していなかった。
×:記録ヨレが発生していた。
同時に前述の画像濃度評価とインクの保存安定性の評価を実施し、その結果を下記表3に示した。
【0064】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
吐出口からインクを吐出するための熱エネルギーを発生する発熱部が設けられ、該発熱部が該インクと接する面に、珪素の酸化物及び珪素の窒化物からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有してなる保護層を有するサーマル方式のインクジェット記録ヘッドから吐出されるためのインクであって、
粒子表面に結合している官能基が、その構造内に2つのホスホン酸基を少なくとも有する自己分散顔料を含有し、そのpHが6未満であることを特徴とするインク。
【請求項2】
インクを収容するためのインク収容部を具備し、さらに、吐出口からインクを吐出するための熱エネルギーを発生させるための発熱部が設けられ、該発熱部が、インクと接する面に、珪素の酸化物及び珪素の窒化物からなる群から選ばれる少なくとも1種を含有してなる保護層を有するサーマル方式のインクジェット記録ヘッドを具備するインクカートリッジであって、
上記インク収容部に、請求項1に記載のインクが収容されていることを特徴とするインクカートリッジ。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−116959(P2012−116959A)
【公開日】平成24年6月21日(2012.6.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−268097(P2010−268097)
【出願日】平成22年12月1日(2010.12.1)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】