説明

インスリン抵抗性改善剤

【課題】安全でかつ優れた効果を有するインスリン抵抗性改善剤の提供。
【解決手段】構成アシル基中のω3系不飽和アシル基含量が15重量%以上であるジグリセリド及び/又はモノグリセリドを5重量%以上含有する油脂からなるインスリン抵抗性改善剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定のジグリセリド及び/又はモノグリセリドを含有する油脂からなるインスリン抵抗性改善剤及び血中インスリン濃度低下剤に関する。
【背景技術】
【0002】
日本人の糖尿病患者は近年増加の一途をたどっており、大きな社会問題となってきている。糖尿病の90%以上を占める2型糖尿病は、膵β細胞からのインスリンの分泌低下とインスリン標的臓器である骨格筋、肝臓、脂肪組織でのインスリン感受性の低下(インスリン抵抗性)が様々な程度合わさってインスリン作用の低下が起こり、高血糖をきたした状態と言える。インスリン分泌低下は主に遺伝的に規定されている可能性が高く、インスリン抵抗性には遺伝素因と共に過食、高脂肪食、運動不足などの環境因子に起因する肥満が大きく関与すると考えられている。肥満に伴うインスリン抵抗性の存在は、その代償として高インスリン血症を招くことにある。生体は肥満によって生じるインスリン抵抗性に対してインスリンを過剰分泌することにより対応するが、インスリン抵抗性が持続すると膵β細胞が疲弊し、インスリン分泌能が徐々に低下し、糖尿病状態に進行する。高血糖状態が持続すると、ブドウ糖自身が膵β細胞のインスリン分泌、末梢でのインスリン抵抗性を増大させ、ブドウ糖毒性が発揮される。ここに悪循環が形成され、障害の程度が更に悪化する。従って、インスリン抵抗性を改善する薬剤は糖尿病の治療薬として極めて有用であると考えられる(非特許文献1〜4)。
【0003】
インスリン抵抗性の判定にはSSPG(steady-state plasma glucose)法といい、ソマトスタチンで内因性のインスリン分泌を抑制し、一定のインスリンとグルコースを経静脈的に持続注入して、血糖値が上昇した後にほぼ平衡状態(steady-state plasma glucose)になった頃の血糖値をインスリン感受性の指標とする方法が最も科学的な方法と考えられている。しかしこの方法は非常に時間がかかるうえ、機器も必要で、更に患者も苦痛を伴うことから、通常は血中インスリンレベルが、最も簡便で一般的な指標として用いられている。
【非特許文献1】生化学:71巻11号,pp1281-1298, 1999
【非特許文献2】化学と生物:37巻2号,pp120-125
【非特許文献3】臨床検査:42巻4号,pp395-403, 1998
【非特許文献4】Mebio別冊:Multiple risk factor syndrome 2, 1999
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のような状況に鑑み、インスリン抵抗性改善剤の探索が進められ、これまでにトログリタゾンやピオグリタゾンなどのいわゆるチアゾリジン系薬剤が開発され、その有効性が確認されている。その一方で、死亡例を伴う重篤な肝障害も報告されており、安全性に優れたインスリン抵抗性改善剤の開発が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は、モノグリセリド及びジグリセリドの構成アシル基の種類及びその含量とモノグリセリド及びジグリセリドの血中インスリン濃度に及ぼす影響との関係について検討した結果、ω3系不飽和脂肪酸を15重量%以上含有するジグリセリド及び/又はモノグリセリドが、血中のインスリン濃度を有効に低下させることができ、インスリン抵抗性改善剤として有用であることを見出した。
【0006】
本発明は、構成アシル基中のω3系不飽和アシル基含量が15重量%以上であるジグリセリド及び/又はモノグリセリドを5重量%以上含有する油脂からなるインスリン抵抗性改善剤及び血中インスリン濃度低下剤を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明のインスリン抵抗性改善剤及び血中インスリン濃度低下剤を用いることにより、血中のインスリン濃度を有効に低下させることができる。また、該インスリン抵抗性改善剤は特定のジグリセリド及び/又はモノグリセリドを含む油脂を含むものであり、安全性にも優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明のインスリン抵抗性改善剤及び血中インスリン濃度低下剤に用いられるモノグリセリド及びジグリセリドの構成アシル基中のω3系不飽和アシル基含量は、血中インスリン濃度低下効果の点から15重量%(以下、単に「%」で示す)以上が必要であり、好ましくは20%以上、特に好ましくは25%以上である。ここで上記ω3系不飽和アシル基とは炭素−炭素不飽和結合の位置をω位から特定し、ω位から3番目の炭素原子に最初の不飽和結合が位置するアシル基であって、かつ炭素−炭素不飽和結合を2以上有するものをいう。このうち、炭素−炭素不飽和結合を3〜6有するものが好ましい。ω3系不飽和アシル基の炭素数に特に制限はないが、8〜24が好ましく、16〜22がより好ましい。このうち、炭素数20以上のω3系不飽和アシル基としては、エイコサペンタエノイル基、ドコサペンタエノイル基、ドコサヘキサエノイル基が特に好ましい。また、炭素数20未満のω3系不飽和アシル基としては、α−リノレイル基(all cis-9,12,15−オクタデカトリエノイル基)が特に好ましい。炭素数20以上のω3系不飽和アシル基を有するジグリセリド及び/又はモノグリセリドは、血中インスリン濃度低下効果以外に、体脂肪低下効果、特に肝臓脂肪低下、肝機能改善効果に優れている。またω3系脂肪酸に基づく抗腫瘍、抗アレルギー効果等が期待できる。炭素数20未満のω3系不飽和アシル基を有するジグリセリド及び/又はモノグリセリドは、血中インスリン濃度低下効果以外に、体脂肪低下効果を有するが、特に酸化安定性がよく、風味も良好なので、これらが求められる用途に適している。
【0009】
以下、モノグリセリド及びジグリセリドの構成アシル基の好ましい組成を示す。
モノグリセリド及びジグリセリドは、血中インスリン濃度低下効果の観点から、ω3系不飽和アシル基含量が15%以上、更に20〜70%、特に25〜65%であるのが好ましく、またモノエンアシル基含量が10〜84.5%、更に12〜45%、特に14〜35%であるのが好ましい。ここでモノエンアシル基とは、炭素−炭素二重結合を1個有するアシル基であり、ヘキサデカモノエノイル基、オクタデカモノエノイル基、エイコサデカモノエノイル基、ドコサデカモノエノイル基が好ましい。
【0010】
モノグリセリド及びジグリセリドの構成アシル基は、更にω6系不飽和アシル基を含有するものであることが好ましい。ここでω6系不飽和アシル基とは、炭素−炭素不飽和結合の位置をω位から特定し、ω位から6番目の炭素原子に最初の不飽和結合が位置するアシル基であって、かつ炭素−炭素不飽和結合を2以上有するものをいう。炭素−炭素不飽和結合数は3〜6が好ましい。ω6系不飽和アシル基を含有すれば、その拮抗作用により、ω3系不飽和アシル基を過剰に摂取した際に生じる溶血、出血等の副作用の発現を抑制し、ω3系不飽和アシル基が有する生理活性の発現を容易にすることができる。ω6系不飽和アシル基としては、リノレイル基(cis,cis-9,12−オクタデカジエノイル基)、γ−リノレノイル基(all cis-6,9,12−オクタデカトリエノイル基、アラキドイル基(all cis-5,8,11,14−エイコサテトラエノイル基)等が挙げられるがリノレイル基が好ましい。ω6系不飽和アシル基の、モノグリセリド及びジグリセリド構成アシル基中の含有量は、上記効果をより顕著とする点から、0.5〜75%が好ましく、0.5〜50%がより好ましく、1〜25%が特に好ましい。不飽和アシル基の量は、全アシル基の55%以上が好ましく、70%以上がより好ましく、90%以上が特に好ましい。
【0011】
本発明の油脂には、上記モノグリセリド及びジグリセリド以外に、トリグリセリドが好ましくは0.1〜95%、より好ましくは0.1〜85%、更に好ましくは0.1〜60%、特に好ましくは0.1〜50%含まれる。トリグリセリドを構成するアシル基の組成も上記ジグリセリド及びモノグリセリドのアシル基組成と同様であることが好ましい。
【0012】
かかる油脂には、酸化安定性を向上させるために、グリセリド重合物を含有していてもよい。グリセリド重合物は、トリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリドといったグリセリドが、分子間で重合したもので(例えば、化学と生物21巻179頁1983年)、グリセリドの重合度、脂肪酸エステルの位置等に特に制限はない。グリセリド重合物の油脂中の含有量は、油脂組成物の酸化安定性の向上及び風味の観点から、0.1〜10%が好ましく、0.2〜5%がより好ましく、0.3〜4%が特に好ましい。かかるグリセリド重合物は、グリセリド合成時、反応温度条件等を適宜調整することにより、その量を調整できる。グリセリド重合物はゲル濾過クロマトグラフィーカラムを接続したHPLC法により定量できる。また、油脂中の遊離脂肪酸含有量は5%以下が好ましい。
【0013】
かかる油脂は、例えば魚油、シソ油、亜麻仁油、ナタネ油等のω3系不飽和アシル基等を構成アシル基として含有する油脂とグリセリンとのエステル交換反応等により得られたトリグリセリド、ジグリセリド、モノグリセリド等を分画し、次いでこれらを適宜混合することによって製造することができる。
【0014】
本発明のインスリン抵抗性改善剤及び血中インスリン濃度低下剤に用いられる油脂は、ジグリセリド及び/又はモノグリセリドを5%以上含むものであり、好ましくは15%以上、更に好ましくは40%以上、特に好ましくは50%以上含むものである。油脂中のジグリセリド及び/又はモノグリセリド含量が5%未満では充分な効果が得られない。
【0015】
本発明のインスリン抵抗性改善剤及び血中インスリン濃度低下剤は、油脂、又は乳化型もしくは懸濁型の液状物、流動物、半流動物、固形物、顆粒、粉末等の形態で医薬又は食品等として用いることができる。
【0016】
医薬として用いる場合、投与形態としては経口、経腸及び静脈内投与等が挙げられるが、経口投与用医薬が好ましい。具体的には散剤、顆粒剤、カプセル剤、丸剤、錠剤等の固形製剤、懸濁剤、乳剤等の液剤等が挙げられる。これらの経口投与剤は、上記油脂の他、経口投与剤の形態に応じて一般に用いられる、他の油脂成分、賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤、界面活性剤、アルコール類、水、水溶性高分子、甘味料、矯味剤、酸味料等を添加し、常法に従って製造することができる。上記油脂の経口投与用医薬製剤への配合量は、一般に0.1〜100%、特に1〜80%が好ましい。また、投与量は、上記ジグリセリド及び/又はモノグリセリドとして、1日当たり0.1〜50gを、1〜数回に分けて投与することが好ましい。
【0017】
食品としては、健康食品、機能性食品、特定保健用食品等が挙げられる。かかる食品は、上記油脂の他に、食品の種類に応じて一般に用いられる食品原料を添加し、常法にしたがって製造することができる。上記油脂の食品への配合量は、食品の種類によっても異なるが、一般に0.1〜100%、特に1〜80%が好ましい。
【実施例】
【0018】
製造例1
魚油(花王(株)製)200重量部とグリセリン(和光純薬工業(株)製)8重量部とを混合し、アルカリ触媒(ナトリウムメトキサイドCH3ONa)0.6重量部を混合し、減圧下(0.133kPa)100℃で4時間エステル交換反応を行う。得られた反応生成物を、シリカゲルカラムクロマトグラフィーで分画し、次いでトリグリセリド56.1重量部、ジグリセリド42.9重量部、モノグリセリド1.0重量部を混合して油脂1を製造する。
【0019】
製造例2
DHA高含有油(マルハ(株)製「DHA−45」)200重量部とグリセリン10重量部を混合し、製造例1と同様にしてエステル交換反応、各成分の分画を行う。次いでトリグリセリド10.3重量部、ジグリセリド87.4重量部、モノグリセリド1.9重量部及びグリセリド重合物0.4重量部を混合して油脂2を製造する。
【0020】
製造例3
亜麻仁油(「スキャンオイル」、輸入元:日本商事(株))180重量部とグリセリン12重量部を混合し、製造例1と同様にしてエステル交換反応、各成分分画を行う。次いで、トリグリセリド36.8重量部、ジグリセリド61.3重量部、モノグリセリド0.5重量部、遊離脂肪酸0.8重量部、グリセリド重合物0.6重量部を混合して油脂3を製造する。
【0021】
製造例4
エゴマ油(太田油脂(株)製)180重量部とグリセリン15重量部を混合し、製造例1と同様にしてエステル交換反応、各成分の分画を行う。次いでトリグリセリド13.3重量部、ジグリセリド24.1重量部、モノグリセリド58.3重量部、遊離脂肪酸3.1重量部及びグリセリド重合物1.2重量部を混合して油脂4を製造する。
【0022】
製造例1〜4で得られた各油脂由来のモノグリセリド及びジグリセリド画分の主要脂肪酸組成を表1に示す。
【0023】
【表1】

【0024】
試験例1
BMI24以上(又は体脂肪率23%以上:軽度肥満)の健常男性10名に、カプセル型に成型した油脂2を、1日2gずつ経口摂取してもらい、摂取開始前及び摂取終了後の血中インスリン濃度を測定した。その結果、血中インスリン濃度の平均値は、摂取開始前(初期値)が16.3μU/mLであったのに対し、摂取終了後(1カ月)は12.9μU/mLと顕著に低下した(p<0.05)。この結果から、本発明のインスリン抵抗性改善剤及び血中インスリン濃度低下剤は、血中インスリン濃度を有意に低下させることができることが確認された。
【0025】
実施例1
表2に示す配合で常法に従い、1錠200mgの錠剤を製造する。この錠剤は、優れた血中インスリン濃度低下効果を示す。
【0026】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
構成アシル基中に炭素数16〜18のω3系不飽和アシル基を有し、当該ω3系不飽和アシル基含量が15重量%以上であるジグリセリド及び/又はモノグリセリドを5重量%以上含有する油脂からなるインスリン抵抗性改善剤。
【請求項2】
構成アシル基中に炭素数16〜18のω3系不飽和アシル基を有し、当該ω3系不飽和アシル基含量が15重量%以上であるジグリセリド及び/又はモノグリセリドを5重量%以上含有する油脂からなる血中インスリン濃度低下剤。

【公開番号】特開2009−13179(P2009−13179A)
【公開日】平成21年1月22日(2009.1.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−206700(P2008−206700)
【出願日】平成20年8月11日(2008.8.11)
【分割の表示】特願2000−60660(P2000−60660)の分割
【原出願日】平成12年3月6日(2000.3.6)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】