説明

ウィルス・細菌を破壊しその感染増殖を抑制する薬剤および方法

【課題】ウィルス・細菌を破壊しその感染増殖を抑制する広域型の薬剤およびその関連の方法を提供する。
【解決手段】本発明は、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(2-(10-mercaptodecyl)malonic acid)またはその塩類を使用することを含む、ウィルス・細菌を破壊しその感染増殖を抑制する広域型の薬剤およびその関連の方法、特に、(1)エンベロープを有するインフルエンザウィルス、および(2)エンベロープのないエンテロウィルス、ならびに(3)ブドウ球菌の感染を抑制する方法を提供する。本発明はまた、エチル2−(10−ブロモ−デシル)マロネート(ethyl 2-(10-bromo-decyl)malonate)をチオウレア(thiourea)およびエタノールと反応させてから、NaOH水溶液とさらに反応させることを含む2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の製造方法をも提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はウィルス・細菌を破壊しその感染増殖を抑制する広域型の薬剤およびそれに関連する方法についてのもので、特に、エンベロープを有する例えばインフルエンザウィルスH1N1、H5N1、H5N2亜型、およびエンベロープのない例えばエンテロウィルス71型、ならびにその他ブドウ球菌などの増殖感染を抑制する薬剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
世界100カ国以上に感染が広がり、国際的にも非常に重要視されている新型インフルエンザH1N1亜型は、欧米ではすでに死亡率が1000分の2から4に達している。これに加え、近年、世界各地で局所的または世界的にしばしばその発生が伝えられる鳥インフルエンザH5N1亜型、または人類の生活環境中に常に存在しかつ世界各地に分布しており、近い将来においては絶滅の可能性はない重症エンテロウィルス71型などは、いずれも人類の生命を脅かし続けているウィルスである。さらに、すでに耐薬性を獲得した新型インフルエンザ(H1N1)が全世界にもたらすであろう事態について、すべての専門家達は懸念を抱いている。各国の衛生機関は消極的な防御策しかとれないでおり、如何にしてより有効にこれらウィルスを第1の段階で阻止するかについてはなす術がない状態である。ある状況の下では、インフルエンザウィルスに感染しても症状が出ないまま、他人にうつしてしまうこともある。このため、体外においてウィルス侵入を防止することが、第1段階でのウィルス感染増殖の予防・抑制になると考えられている。よって、有効に広域型のウィルスまたは細菌の感染増殖を体外で防止する方法が提供できれば、台湾、アジアそして世界の公衆衛生に大きく貢献することができる。
【0003】
ウィルスまたは細菌の感染を体外で防止する方法は、ウィルスまたは細菌を破壊しその感染増殖を抑制するもの(消毒法)で、物理的および化学的に大別できる。物理的消毒法は一般に(1)放射線、(2)ろ過、(3)加熱、(4)冷凍、(5)乾燥などに分けられる。物理的消毒法の使用は空間的な制約を受けるのに対し、化学的消毒法はより広い応用が可能である。通常、化学消毒剤(disinfectant)として使用されるものには主に酸、アルカリ、アルコール、ジメチルエーテル、界面活性剤(surfactant)、ハロゲン(halogen)、酸化物、重金属および色素などがある。基本的にこれらの消毒剤は以下の4種のメカニズムによりウィルス・細菌の感染増殖を抑制する。つまり、(1)ウィルスのカプシド(capsid)もしくはエンベロープ(envelope)または細菌細胞壁/膜の破壊、(2)その輸送の破壊、(3)ウィルス・細菌のタンパク質の変性、(4)酵素活性および/またはレセプターの親和性の抑制、というメカニズムである。
【0004】
化学消毒剤(disinfectant)が有効および広域型であるか否かに関しては、基本的に有効であればあるほどヒトに対してはより危険である傾向がある。よって消毒剤は、(1)対象とするのはどんな微生物か、(2)消毒剤を使用する部分の特性はどうであるか、(3)疾病予防のニーズ、などいくつかのパラメータを基に選択する。
【0005】
一般に、理想的な化学消毒剤(disinfectant)は、大部分の種類の伝染性微生物(infectant microbe)に対し有効性(effectiveness)を持つ、有機化合物に対して感度を示さないまたはこれを無視できる、微生物表面への浸透能力が極めて高い、腐食性がない、毒性がない、ヒトに対し刺激性がない、消毒作用が持続し、化学的な安定性を持つ、水溶性が高い、消毒されるべき物体の表面への吸着力が良くかつ増殖感染を持続的に抑制する作用を有する、および量産にかかる費用が妥当である、というような特質を満たすものでなくてはならない。
【0006】
しかしながら、上に挙げた特質を備えると共に、エンベロープを有する/有しないウィルスおよび細菌を有効かつ広域に破壊でき、感染率を低下させ、人体に無害な、ウィルス/細菌の感染増殖を抑制する方法が、依然として求められている。
【0007】
特許文献1は、コロナウィルスの病原性を破壊する活性剤を開示しており、その活性成分は8−ヒドロキシオクタン酸(HO(CHCOOH)とされている。かかる化合物はコロナウィルスの外膜を破壊して、コロナウィルスが宿主細胞に接着できないようにし、病原性を失わせるものである。
【0008】
特許文献2はウィルスの活性化を喪失させる方法を開示しており、該方法は、有機酸、短鎖アルキルの陰イオン界面活性剤混合物、カルシウムイオンキレート剤および消泡剤の組成物を局部投与する工程を含む。有機酸を利用してウィルスを該陰イオン界面活性剤上に吸着させ、さらに該陰イオン界面活性剤をウィルスのリン脂質エンベロープまたは外殻と作用させることにより、ウィルスを破壊する。
【0009】
ここ数十年の間、世界各地で局部的もしくは全世界的な発生が頻繁に伝えられている鳥インフルエンザ、または近年流行し始めた新型インフルエンザウィルスH1N1亜型は、人類の生命を脅かしている。また、インフルエンザウィルスは既知の薬物に対して耐薬性を獲得し始めている。よって、(1)有効性があり、かつ(2)広域型のウィルス/細菌感染増殖を体外で、防止する実用的な方法、特に(1)エンベロープを有するインフルエンザウィルスH1N1、H5N1、H5N2亜型、および(2)エンベロープのないエンテロウィルス71型、ならびに(3)細菌の増殖感染を抑制する方法を提供できれば、世界の公衆衛生に大きく貢献することとなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】台湾特許公告第I304338号
【特許文献2】米国特許出願公開第2009/0035339A1号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、ウィルス・細菌を破壊しその感染増殖を抑制する広域型の薬剤およびその関連の方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(2-(10-mercaptodecyl)malonic acid)或いはその塩類の使用を含む、ウィルス・細菌を破壊しその感染増殖を抑制する広域型の薬剤およびその関連の方法に関し、特に、(1)エンベロープを有するインフルエンザウィルスH1N1、H5N1、H5N2亜型、および(2)エンベロープのないエンテロウィルス71型、ならびに(3)黄色ブドウ球菌の増殖感染を抑制する方法に関する。
【0013】
また本発明は、エチル2−(10−ブロモ−デシル)マロネート(ethyl 2-(10-bromo-decyl)malonate)をチオウレア(thiourea)およびエタノールと反応させてから、NaOH水溶液とさらに反応させることを含む2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の製造方法をも提供する。
【0014】
本発明の具体的な実施形態を以下に詳しく説明するが、その実施例は本発明の技術内容をより詳細に開示するためのものであって、本発明の範囲を限定するものではない。
本発明(1)は、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(2-(10-mercaptodecyl)malonic acid)またはその塩類を使用することを含む、ウィルス・細菌を破壊しその感染増殖を抑制する方法である。
本発明(2)は、前記ウィルスがエンベロープを有する(with envelope)ウィルスを含む、本発明(1)の方法である。
本発明(3)は、前記ウィルスがエンベロープのない(without envelope)ウィルスを含む、本発明(1)の方法である。
本発明(4)は、エンベロープを有するウィルスがヒトインフルエンザウィルス(human influenza virus)を含む、本発明(2)の方法である。
本発明(5)は、エンベロープを有するウィルスが鳥インフルエンザウィルス(avian influenza virus)を含む、本発明(2)の方法である。
本発明(6)は、エンベロープを有するウィルスが豚インフルエンザウィルス(swine influenza virus)を含む、本発明(2)の方法である。
本発明(7)は、エンベロープを有するウィルスがヒト・豚またはヒト・鳥遺伝子組み換えインフルエンザウィルスを含む、本発明(2)の方法である。
本発明(8)は、前記ウィルスがエンベロープのないエンテロウィルス(enterovirus)を含む、本発明(1)の方法である。
本発明(9)は、前記細菌が黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)を含む、本発明(1)の方法である。
本発明(10)は、前記2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類が溶媒に溶かされる、本発明(1)の方法である。
本発明(11)は、前記溶媒が、水、C−Cアルコール、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)またはこれらを混合したものを含む、本発明(10)の方法である。
本発明(12)は、前記2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類の濃度が、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類および溶媒の総重量を基準として、30ppmよりも大きく1000ppmよりも小さく、ただし30ppmおよび1000ppmは含まない、本発明(10)の方法である。
本発明(13)は、ヒトまたは非ヒト動物がウィルスまたは細菌に感染することを抑制する、本発明(1)の方法である。
本発明(14)は、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類を生体外でウィルスと接触させることを含む、本発明(1)の方法である。
本発明(15)は、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類を個人衛生用品、空気清浄用品または繊維製品に添加することをさらに含む、本発明(1)の方法である。
本発明(16)は、前記個人衛生用品が、ハンドソープ、ボディソープまたは乳液を含む、本発明(15)の方法である。
本発明(17)は、前記空気清浄用品が、空気清浄スプレーを含む、本発明(15)の方法である。
本発明(18)は、前記繊維製品が、マスク、アイソレーションガウンまたは空気フィルターを含む、本発明(15)の方法である。
本発明(19)は、エチル2−(10−ブロモ−デシル)マロネート(ethyl 2-(10-bromo-decyl)malonate)をチオウレア(thiourea)およびエタノールと反応させてから、NaOH水溶液とさらに反応させることを含む、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の製造方法である。
本発明(20)は、NaOH水溶液と反応させた後、その反応溶液のpH値が2に調整される、本発明(19)の方法である。
本発明(21)は、前記反応がエタノールの沸点の温度下で行われる、本発明(19)の方法である。
本発明(22)は、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(2-(10-mercaptodecyl)malonic acid)またはその塩類を含むウィルス・細菌を破壊しその感染増殖を抑制するための薬剤である。
本発明(23)は、前記ウィルスがエンベロープを有する(with envelope)ウィルスを含む、本発明(22)の薬剤である。
本発明(24)は、前記ウィルスがエンベロープのない(without envelope)ウィルスを含む、本発明(22)の薬剤である。
本発明(25)は、エンベロープを有するウィルスがヒトインフルエンザウィルス(human influenza virus)を含む、本発明(23)の薬剤である。
本発明(26)は、エンベロープを有するウィルスが鳥インフルエンザウィルス(avian influenza virus)を含む、本発明(23)の薬剤である。
本発明(27)は、エンベロープを有するウィルスが豚インフルエンザウィルス(swine influenza virus)を含む、本発明(23)の薬剤である。
本発明(28)は、エンベロープを有するウィルスがヒト・豚またはヒト・鳥遺伝子組み換えインフルエンザウィルスを含む、本発明(23)の薬剤である。
本発明(29)は、前記ウィルスがエンベロープのないエンテロウィルス(enterovirus)を含む、本発明(22)の薬剤である。
本発明(30)は、前記細菌が黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)を含む、本発明(22)の薬剤である。
本発明(31)は、前記2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類が溶媒に溶かされる、本発明(22)の薬剤である。
本発明(32)は、前記溶媒が、水、C−Cアルコール、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)またはこれらを混合したものを含む、本発明(31)の薬剤である。
本発明(33)は、前記2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類の濃度が、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類および溶媒の総重量を基準として、30ppmよりも大きく1000ppmよりも小さく、ただし30ppmおよび1000ppmは含まない、本発明(31)の薬剤である。
本発明(34)は、ヒトまたは非ヒト動物がウィルスまたは細菌に感染することを抑制する、本発明(22)の薬剤である。
本発明(35)は、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類を生体外でウィルスと接触させるための、本発明(22)の薬剤である。
本発明(36)は、個人衛生用品、空気清浄用品または繊維製品に添加するための、本発明(22)の2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類を含む薬剤である。
本発明(37)は、前記個人衛生用品が、ハンドソープ、ボディソープまたは乳液を含む、本発明(36)の薬剤である。
本発明(38)は、前記空気清浄用品が、空気清浄スプレーを含む、本発明(36)の薬剤である。
本発明(39)は、前記繊維製品が、マスク、アイソレーションガウンまたは空気フィルターを含む、本発明(36)の薬剤である。
【発明の効果】
【0015】
エンベロープを有するウィルス(例えばインフルエンザウィルスH1N1、H5N1、H5N2亜型など)、およびエンベロープのないウィルス(例えばエンテロウィルス71型など)、ならびに細菌(例えばブドウ球菌など)を破壊し、その増殖感染を抑制する広域型かつ有効な薬剤およびその関連の方法を提供することができる。よって世界の公衆衛生に大きく貢献できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の製造方法を示している。
【図2】AはインフルエンザウィルスH1N1亜型に感染して細胞変性効果が生じ、細胞に円形化、剥落および壊死の現象が起こったことを示している。BはインフルエンザウィルスH1N1が2−(10−メルカプトデシル)マロン酸により抑制され、対照群と比べ細胞に変性が生じていない様子(陰性を示す)を示している。
【図3】Aは未処理のタミフル耐性株H1N1ウィルス粒子のナノ構造原子間力顕微像を、A’はその側面断面図を示している。BおよびCはそれぞれ30ppmおよび1000ppmの2−(10−メルカプトデシル)マロン酸で処理したタミフル耐性株H1N1ウィルス粒子のナノ構造原子間力顕微像を、B’およびC’はそれぞれその側面断面図を示している。
【図4】Aは未処理の鳥インフルエンザH5N2ウィルス粒子のナノ構造原子間力顕微像を、A’はその側面断面図を示している。BおよびCはそれぞれ30ppmおよび1000ppmの2−(10−メルカプトデシル)マロン酸で処理した鳥インフルエンザH5N2ウィルス粒子のナノ構造原子間力顕微像を、B’およびC’はそれぞれその側面断面図を示している。
【図5】Aは未処理のエンテロウィルス71型ウィルス粒子のナノ構造原子間力顕微像を、A’はその側面断面図を示している。BおよびCはそれぞれ30ppmおよび1000ppmの2−(10−メルカプトデシル)マロン酸で処理したエンテロウィルス71型ウィルス粒子のナノ構造原子間力顕微像を、B’およびC’はそれぞれその側面断面図を示している。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(2-(10-mercaptodecyl)malonic acid)或いはその塩類の使用を含む、ウィルス・細菌の感染増殖を抑制する広域型の方法を提供する。
【0018】
化合物2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の製造は、図1に示すように、先ず、エチル2−(10−ブロモ−デシル)マロネート(ethyl 2-(10-bromo-decyl)malonate)をチオウレア(thiourea)および95%エタノールと反応させてから、その反応物をNaOH水溶液とさらに反応させる。その反応物を、pH値を約2に調整した後、エチルエーテルで抽出する。抽出物中の溶媒を除去した後、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(2-(10-mercaptodecyl)malonic acid)が得られる。この製造方法において、エチル2−(10−ブロモ−デシル)マロネートとチオウレアのモル比は1:1.2とし、反応温度はエタノールの沸点である約78〜79℃とするのが好ましい。
【化1】

【0019】
本発明の2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の塩類に特に制限はなく、例えばナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩、硝酸塩、塩酸塩または炭酸水素塩などが挙げられる。上述の2−(10−メルカプトデシル)マロン酸自体またはその塩類は、ウィルス表面のエンベロープ(envelope)またはコート(coat)の一部または全部を分解し、宿主細胞に対する親和性結合の感染能力を失わせることができる。
【0020】
本発明の2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類は溶液の形態で存在することが好ましく、水、C−Cアルコール、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)またはこれらの混合溶媒中に溶け得るものである。溶媒はこれらに限定はされない。エタノールと水の混合液に溶解するのがより好ましい。
【0021】
本発明において、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類の濃度は、溶液の総重量の濃度が20ppmより大きく1000ppm未満(20ppmと1000ppmは含まない)であることが好ましい。溶液の総重量の45〜750ppmであればより好ましい。2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類の濃度が20ppmよりも低いと、ウィルス感染を抑制する効果を生じ得ず、一方1000ppmを超えると、宿主細胞に対して細胞毒性を生じる。
【0022】
本発明で言う「ウィルス」とは生物学上定義されるウィルスであって、核酸分子とタンパク質の外殼から構成されるものであり、外形および感染の表面組成構造によって基本的に(1)エンベロープ(envelope)のあるウィルスと、(2)エンベロープ(envelope)のないウィルスの2種類に分けられる。本発明におけるウィルス・細菌の感染増殖抑制方法は、エンベロープを有するインフルエンザウィルスを失活させることができるものである。該インフルエンザウィルスには、H1N1、H1N2、H2N2、H3N2、H3N8、H5N1、H5N3、H5N8、H5N9、H7N1、H7N2、H7N3、H7N4、H7N7、H9N2およびH10N7亜型が含まれるが、これらに限定されるものではない。該インフルエンザウィルスにはさらに、通常“スペイン(Spanish)かぜ”、“アジア(Asian)かぜ”、“香港(Hong Kong)かぜ”、“鳥インフルエンザ(avian influenza)”、“豚インフルエンザ(swine influenza)”、“馬インフルエンザ”および“犬インフルエンザ”と呼ばれるインフルエンザの亜型なども含まれる。本発明の実施形態において、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類は、エンベロープ(envelope)を有するヒトインフルエンザウィルスH1N1亜型および鳥インフルエンザウィルス(avian influenza virus)H5N1亜型、H5N2亜型を有効に失活させることができ、かつ、宿主細胞の変形、溶解(lysis)またはアポトーシス(apotosis)などを起こさせる細胞毒性(cytotoxic)を生じない。
【0023】
本発明におけるウィルス・細菌の感染増殖抑制方法は、エンベロープのないエンテロウィルス(enterovirus)を失活させることもできるという点でも優れている。エンテロウィルスはピコルナウイルス科(Picornaviridae)に属し、ウィルスの群の総称である。かかるエンテロウィルスは遺伝子配列解析の結果によって、ヒトエンテロウィルスA、B、C、D(Human enterovirus A、B、C、D)型に分類される。このうち、エンテロウィルス71型(enterovirus type 71)はヒトエンテロウィルスA型に入る。小児麻痺ウィルスを除き、すべてのエンテロウィルスのうち、エンテロウィルス71型(Enterovirus Type 71)が最も神経系の合併症を引き起こし易い。本発明の実施形態において、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸或いはその塩類は、エンベロープ(envelope)のない71型を含むエンテロウィルスを破壊して失活させることができ、かつ、宿主細胞に変形、溶解(lysis)またはアポトーシス(apotosis)などを起こさせる細胞毒性(cytotoxic)を生じない。
【0024】
本発明におけるウィルス・細菌の感染増殖抑制方法は、ブドウ球菌(Staphylococcus)を失活させて感染能力を失わせることもできるものである。ブドウ球菌属には26種のブドウ球菌が含まれる。このうち黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)、腐生ブドウ球菌(Staphylococcus saprophyticus)が最もよく見られ、かつ病原性を持つブドウ球菌であるが、これらのみには制限されない。黄色ブドウ球菌は、食品製造において生じる汚染の主たる病原菌であるだけでなく、病院内で慢性的な院内感染を引き起こす病原菌でもあり、手術部位の感染またはその他の全身性感染を起こすことが多い。本発明の実施形態において、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類は、有効に黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)を失活させて病原性を失わせることができる。
【0025】
本発明で言う「宿主細胞」にはヒト細胞が含まれるが、これには限定されない。該宿主細胞は、非ヒト動物、例えば家禽もしくは野生の渡り鳥などの鳥類、ネズミ、ヒツジ、ウシ、ブタもしくはウマなどの哺乳類動物、サル(monkey)、類人猿(ape)もしくはチンパンジー(chimpanzee)などの非ヒト霊長類動物、またはその他の動物の細胞であってもよい。
【0026】
本発明のウィルス・細菌の感染増殖を抑制する方法は、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(2-(10-mercaptodecyl)malonic acid)またはその塩類を生体外でウィルスと接触させることを含む。
【0027】
本発明で言う「生体」には人体が含まれるが、これに限定はされない。該生体には、非ヒト動物、例えば家禽もしくは野生の渡り鳥などの鳥類、ネズミ、ヒツジ、ウシ、ブタもしくはウマなどの哺乳類動物、サル(monkey)、類人猿(ape)もしくはチンパンジー(chimpanzee)などの非ヒト霊長類動物、またはその他の動物の生体も含まれ得る。
【0028】
本発明で言う「生体外でウィルス・細菌と接触」は、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸或いはその塩類を、ウィルスまたは細菌と、活性を有するヒトまたは非ヒトの動物組織または細胞の入った試験管または培養皿などの動物体外にて接触させることを含む。
【0029】
本発明のウィルス・細菌の感染増殖を抑制する方法は、さらに、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(2-(10-mercaptodecyl)malonic acid)或いはその塩類を、空気清浄用品、個人衛生用品、または繊維製品中に添加することを含む。
【0030】
本発明の2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類は、例えばハンドソープ、ボディソープ、シャンプー、乳液または空気清浄スプレーなどの個人衛生用品または空気清浄用品に添加することができる。個人衛生用品または空気清浄用品に用いる場合は、その用途の属する技術分野において慣用されている調製方法に基づいて、その他の添加剤と適切に混合することができる。
【0031】
本発明の2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類は、繊維製品中に添加することもできる。該繊維製品には、ポリマー不織布、天然繊維製品、またはこれらの混織物が含まれるが、これらに限定はされない。該繊維製品は、マスク、アイソレーションガウンまたは空気フィルターなどの用途への応用が可能である。さらに、該繊維製品は、必要に応じてマスク、アイソレーションガウンまたは空気フィルターの表面や内部に取り入れることができる。
【実施例1】
【0032】
2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の製造工程
エチル2−(10−ブロモ−デシル)マロネート(ethyl 2-(10-bromo-decyl)malonate)(5.5mmol)、チオウレア(thiourea)(6.6mmol)および95%のエタノール(25mL)を50mL丸底フラスコ中に入れ、5時間加熱還流した。さらに2.0M NaOH水溶液(25mL)を加えて引き続き約15時間加熱還流した。反応が終了したら、2M HCl水溶液を加えて溶液のpH?を約2にした。その溶液をエチルエーテルで3回抽出して有機層を収集し、飽和食塩水で洗浄した。次いで、無水硫酸マグネシウムで有機層中の水分を除去し、濃縮後、真空システムで乾燥させて有機溶媒を取り除き、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(2-(10-mercaptodecyl)malonic acid)を得た(図1のとおり)。
【実施例2】
【0033】
インフルエンザウィルス株H1N1亜型の感染増殖抑制試験
イヌ腎臓(Madin-Darby canine kidney,MDCK)(ATCC CCL−34)細胞(数は約5×10)を6穴細胞培養マイクロプレート(Nunc)中で培養した。
【0034】
細胞の培養が完了したら、インフルエンザウィルス株H1N1亜型(A/WSN/33)(米国ATCCより入手)を選んで用いた。該ウィルス株は、10PFU/mLのウィルス力価 (1mLあたり10万個のウィルスを含み、50%の細胞を感染させるものとして定義される力価)を有する。かかるウィルスを、2倍濃度の細胞培養液(Eagle's minimum essential medium,MEM)(牛胎児血清、非必須アミノ酸、L−グルタミン(glutamine)、ペニシリン(penicillin)/ストレプトマイシン(streptomycin)を含む)500μl中に加えた。
【0035】
実施例1で作製した2−(10−メルカプトデシル)マロン酸をそれぞれ0ppm、6ppm、20ppm、60ppm、200ppm、600ppm、2000ppmおよび6000ppmの濃度でエタノール水溶液(エタノール:水=1:10)中に溶かした。その溶液をそれぞれ上述したウィルスを含む細胞培養液と1:1で等量混合し、室温(約25℃)下にて30分間静置した。これをウィルス処理群とした。全溶液中の細胞培養液と2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の濃度はいずれも半減した。
【0036】
一方、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸を上記と同じ濃度で、ウィルスを添加していない等量の2倍濃度の細胞培養液と、上記と同様に作用させたものを対照群とした。全溶液中の細胞培養液と2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の濃度はいずれも半減した。
【0037】
上述のウィルスと2−(10−メルカプトデシル)マロン酸とを混合した混合液、および対照の混合液を、上述したMDCK細胞の入った培養プレートにそれぞれ加えた。37℃の恒温下2時間感染させて、ウィルスを感染細胞上に吸着させた。
【0038】
上記培養プレート中の作用液を抜き取り、細胞をPBS(リン酸緩衝生理食塩水;phosphate buffered saline)(Invitrogen)で1回洗浄した。同時に、細胞に感染、吸着しなかったウィルスを洗い落とした。
【0039】
培養プレートの各穴に、さらに上述の1倍濃度の細胞培養液(牛胎児血清(fetal bovine serum)を含まない)) 2mLをそれぞれ加えた。37℃の恒温下36時間培養した後、倒立顕微鏡(Zeiss)で各穴の細胞変性効果(cytopathic effect,CPE)を観察した。細胞変性効果が起きた細胞には円形化、剥落および壊死の現象が認められた(図2Aに示すとおり)。3回繰り返した結果を表1にまとめた。
【0040】
(表1)2−(10−メルカプトデシル)マロン酸のウィルス感染抑制効果

※CPEは細胞変性効果を表す。+は細胞変性が起きたことを示す(陽性)。−は細胞変性がなかったことを示す(陰性)。CTXは細胞毒性があることを表す。
【0041】
結果に示されるように、インフルエンザウィルスH1N1型と2−(10−メルカプトデシル)マロン酸を添加したウィルス処理群では、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の添加量が30ppmを超えたとき、対照群との比較において、細胞に変性は生じなかった(陰性を示す)(図2Bに示すとおり)。こうした現象が生じたのは、ウィルスが2−(10−メルカプトデシル)マロン酸と作用して失活し病原性を失ったためであると説明することができる。このため細胞に変性が起こらなかったのである。
【0042】
また、上記インフルエンザウィルスH1N1型未添加の対照群において、低濃度の2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(≦300ppm)は細胞に変性を生じさせなかった(CPEは陰性を示す)。このことから、300ppmよりも低い濃度では2−(10−メルカプトデシル)マロン酸は細胞に傷害を与えないということが説明される。2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の添加量が1000ppmを超えたときに、初めて細胞毒性が現れた。
【実施例3】
【0043】
タミフル(Tamiflu:登録商標)耐性を持つインフルエンザウィルス株H1N1亜型の感染増殖抑制試験
イヌ腎臓(Madin-Darby canine kidney,MDCK)(ATCC CCL−34)細胞(数は約5×10)を6穴細胞培養マイクロプレート(Nunc)中で培養した。
【0044】
細胞の培養が完了したら、タミフル(Tamiflu:登録商標)耐性を持つインフルエンザウィルス株H1N1亜型(A/TW/066/09)(米国ATCCより入手)を選んで用いた。該ウィルス株は7×10PFU/mLのウィルス力価(1mLあたり70万個のウィルスを含み、50%の細胞を感染させるものとして定義される力価)を有する。
【0045】
上記2種類のウィルスを、2倍濃度の細胞培養液(Eagle's minimum essential medium,MEM)(牛胎児血清、非必須アミノ酸、L−グルタミン(glutamine)、ペニシリン(penicillin)/ストレプトマイシン(streptomycin)を含む)500μl中にそれぞれ加えた。
【0046】
実施例1で作製した2−(10−メルカプトデシル)マロン酸をそれぞれ0ppm、6ppm、20ppm、200ppm、600ppm、2000ppmおよび6000ppmの濃度でエタノール水溶液(エタノール:水=1:10)中に溶かした。その溶液をそれぞれ上述したウィルスを含む細胞培養液と等量混合し、室温(約25℃)下にて30分間静置した。これをウィルス処理群とした。全溶液中の細胞培養液と2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の濃度はいずれも半減した。
【0047】
一方、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸を上記と同じ濃度で、ウィルスを添加していない等量の2倍濃度の細胞培養液と、上記と同様に作用させたものを対照とした。全溶液中の細胞培養液と2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の濃度はいずれも半減した。
【0048】
上述のウィルスと2−(10−メルカプトデシル)マロン酸とを混合した混合液、および対照の混合液を、上述したMDCK細胞の入った培養プレートにそれぞれ加えた。37℃の恒温下2時間感染させて、ウィルスを感染細胞上に吸着させた。
【0049】
上記培養プレート中の作用液を抜き取り、細胞をPBS(リン酸緩衝生理食塩水;phosphate buffered saline)(Invitrogen)で1回洗浄した。同時に、細胞に感染、吸着しなかったウィルスを洗い落とした。
【0050】
培養プレートの各穴に、さらに上述の1倍濃度の細胞培養液(牛胎児血清(fetal bovine serum)を含まない)) 2mLをそれぞれ加えた。37℃の恒温下36時間培養した後、倒立顕微鏡(Zeiss)で各穴の細胞変性効果(cytopathic effect,CPE)を観察した。細胞変性効果が起きた細胞には円形化、剥落および壊死の現象が認められた。3回繰り返した結果を表2にまとめた。
【0051】
(表2)2−(10−メルカプトデシル)マロン酸のタミフル耐性株H1N1感染抑制効果

※CPEは細胞変性効果を表す。+は細胞変性が起きたことを示す(陽性)。−は細胞変性がなかったことを示す(陰性)。CTXは細胞毒性があることを表す。
【0052】
結果に示されるように、上記タミフル耐性株のインフルエンザウィルスH1N1型と2−(10−メルカプトデシル)マロン酸を添加したウィルス処理群では、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の添加量が30ppmを超えたとき、細胞に変性が生じなかった(陰性であった)。こうした現象が生じたのは、タミフル耐性株のインフルエンザウィルスH1N1が2−(10−メルカプトデシル)マロン酸と作用して失活し病原性を失ったためであると説明することができ、このために細胞に変性が起こらなかったのである。
【0053】
また、上記タミフル耐性株のインフルエンザウィルスH1N1型未添加の対照群においては、低濃度の2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(≦300ppm)は細胞に変性を生じさせなかった(CPEは陰性であった)。このことから、300ppmよりも低い濃度では2−(10−メルカプトデシル)マロン酸は細胞に傷害を与えないということが説明される。2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の添加量が1000ppmを超えたときに、初めて細胞毒性が現れた。
【実施例4】
【0054】
タミフル(Tamiflu:登録商標)耐性を持つインフルエンザウィルス株H1N1亜型の破壊試験
タミフル(Tamiflu:登録商標)耐性を持つインフルエンザウィルス株H1N1亜型(以下、タミフル耐性株H1N1と略称する。)(A/TW/066/09)(米国ATCCより入手)を用いた。該ウィルス株は7×10PFU/mLのウィルス力価(1mLあたり70万個のウィルスを含み、50%の細胞を感染させるものとして定義される力価)を有する。
【0055】
次いで、タミフル耐性株H1N1試料を静電相互作用により、修飾済みの正に帯電したポリ−L−リシン臭化水素酸塩(poly-L-lysine hydrobromide)のマイカ片上に固定し、原子間力顕微法による観察・検討を行った。2−(10−メルカプトデシル)マロン酸で処理する前と2−(10−メルカプトデシル)マロン酸で処理した後のH1N1ウィルスの画像の比較により、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸で処理した後のH1N1ウィルスは、ウィルス表面に破壊が生じ、宿主に対する親和性結合を失って病原性を喪失するという現象が証明された。
【0056】
メタノールおよび脱イオン水でマイカ片を洗浄した後、0.01% (wt/vol) ポリ−L−リシン臭化水素酸を含む溶液をマイカ片上に滴下し、30分間反応させてから、脱イオン水でマイカ片表面を数回洗浄した。続いて、タミフル耐性株H1N1を室温下マイカ片上に加え5分置いた後、迅速に原子間力顕微法による実験を行った。
【0057】
多種のモードのうち走査型プローブ顕微鏡中の原子間力顕微鏡を用いて観察・検討を行った。用いたのはタッピングモード原子間力顕微鏡(SPI300 HV, Seiko Instruments Inc., Chiba, Japan)であり、これに光学顕微鏡(Mitutoyo, Japan)を組み合わせてサンプルを観察した。原子間力顕微鏡に用いたプローブの周波数は140kHzである。標準回折格子(Seiko Instruments Inc., Chiba, Japan)によりAFMプローブの校正を行った。タッピングモード原子間力顕微法は、カンチレバーの振幅の高低を維持しながら走査を行うものである。走査は、先ず20μm×20μmの領域の大きさから開始し、その中に100以上のタミフル耐性株H1N1ウィルス粒子が含まれるように制御した後、走査画像のサイズを次第に縮めていき、単一のウィルスの領域の大きさ(300nm×300nm)までにした。単一のウィルス粒子画像が走査できなかった場合は、先ずタミフル耐性株H1N1サンプルを往復走査して、プローブ走査に加工された画像について、例えば遅れの現象が生じていないかを確かめる。図3Aはタミフル耐性株H1N1ウィルスの原子間力顕微法による三次元画像であり、単一のタミフル耐性株H1N1ウィルス粒子がはっきりと見て取れる。図3A’はその側面断面図である。
【0058】
次に2−(10−メルカプトデシル)マロン酸と作用させたタミフル耐性株H1N1ウィルスを処理した。メタノールおよび脱イオン水でマイカ片を洗浄した後、0.01%(wt/vol)ポリ−L−リシン臭化水素酸を含む溶液をマイカ片上に滴下し、30分間反応させてから、脱イオン水でマイカ片表面を数回洗浄した。続いて、タミフル耐性株H1N1を室温下で修飾済みのマイカ片上に加えて5分置き、さらに2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(30ppm)をマイカ基材上のウィルスサンプルに加え5分間反応させた後、迅速に原子間力顕微法による実験を行った。その走査の結果は図3Bの三次元画像に示すとおりである。図3B’はその側面断面図である。
【0059】
また、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(1000ppm)を用い、同じ方式でマイカ片上のウィルスサンプルに加えて5分間反応させた後、迅速に原子間力顕微法による実験を行った。その走査の結果は図3Cに示すとおりであり、図3Cは三次元画像、図3C’は側面断面図である。
【0060】
図3のA、BおよびCから明らかなように、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸で処理したタミフル耐性株H1N1ウィルスには、すでに破壊の現象が見られる。図3の側面断面図A’の分析から、未処理のタミフル耐性株H1N1ウィルスの高さは約54ナノメートルであったが、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(30ppm)処理後のタミフル耐性株H1N1ウィルスは平坦化して高さが約7ナノメートルになり、さらに2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(1000ppm)処理後では、平坦化して高さが約5ナノメートルとなったことがわかった。なおかつ、図3の側面断面図B’およびC’を比較するとわかるように、より高濃度(1000ppm)で処理すると(図3C’)、H1N1ウィルスの高さがより低くなり、破壊の程度がより高くなるということが示された。これら2つの現象は、ウィルスが2−(10−メルカプトデシル)マロン酸と作用したことでウィルス外部のエンベロープが破壊され、内容物が流失して平坦化したために生じたものであると理解することができる。
【実施例5】
【0061】
鳥インフルエンザウィルス株H5N1亜型の感染増殖抑制試験
イヌ腎臓(Madin-Darby canine kidney,MDCK)(ATCC CCL−34)細胞を、96穴細胞培養マイクロプレート(Nunc)中で培養した。細胞の培養が完了したら、後に使用するまで置いた。
【0062】
鳥インフルエンザウィルス株H5N1亜型(TW1209/03(H5N1)AIV)(家畜衛生試験所で分離された台湾野外株)を選んで用いた。該ウィルス株は、10EID50/0.1mLのウィルス力価(0.1mLあたり1000万個のウィルスを含み、50%の鶏胚を感染させるものとして定義される力価)、または64HAU/25μLの血球凝集単位力価(25μLあたり64個の血球凝集単位を含むものとして定義される力価)を有する。
【0063】
このウィルス株をPBS(Sigma)で1:100に希釈した後、エタノール水溶液(エタノール:水=1:10)に溶かした濃度0ppm、6ppm、20ppm、200ppm、600ppm、2000ppmおよび6000ppmの2−(10−メルカプトデシル)マロン酸とそれぞれ等量混合し、室温(約25℃)下にて30分間静置した。これをウィルス処理群とした。全溶液中の2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の濃度は半減した。
【0064】
また、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸を上記と同じ濃度で、ウィルスを添加していない等量のPBS溶液と、上記と同様に作用させたものを対照とした。全溶液中の2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の濃度は半減した。
【0065】
上述のウィルスと2−(10−メルカプトデシル)マロン酸とを混合した混合液、および対照の混合液中に、MEM(minimum essential medium)培養液(GIBCO)100μLをそれぞれ加えてから、上述したMDCK細胞の入った培養プレートにそれぞれ加えた。37℃の恒温下2時間感染させて、ウィルスを感染細胞上に吸着させた。
【0066】
上記培養プレート中の作用液を抜き取り、細胞をMEM培養液で洗浄した。同時に、細胞に感染、吸着しなかったウィルスを洗い落とした。
【0067】
培養プレートの各穴に、さらにMEM培養液100μLをそれぞれ加え、37℃の恒温下7日間培養した後、倒立顕微鏡(Nikon)で各穴の細胞変性効果(cytopathic effect,CPE)を観察した。細胞変性効果が起きた細胞には円形化、剥落および壊死の現象が認められた。同時に、各穴の培養液の血球凝集活性(hemagglutination activity)を測定した。各穴の培養液50μLを取り、96穴V底マイクロプレート(Nunc)に入れ、1%鶏赤血球浮遊液(鶏赤血球をPBSに浮遊させ作製したもの)25μLを加えた。均一に混合した後、室温に30分置いて血球凝集現象が起きたか否かを判断した。血球が試験プレート底部に均一に分布すれば陽性、血球が試験プレート底部に沈降し日の丸状を呈すれば陰性である。3回繰り返した結果を表3にまとめた。
【0068】
(表3)2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の鳥インフルエンザウィルスH5N1感染抑制効果

※CPEは細胞変性効果を表す。HAは血球凝集活性を表す。CTは細胞毒性を有することを表す。+は陽性を示し、ウィルスの感染増殖に対し抑制作用がないことを表す。‐は陰性を示し、ウィルスの感染増殖を抑制したことを表す。
【0069】
鳥インフルエンザウィルスH5N1型と2−(10−メルカプトデシル)マロン酸を添加したウィルス処理群では、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の添加量が100ppmを超えたときに、細胞に変性が生じなかった(陰性であった)。こうした現象が生じたのは、ウィルスが2−(10−メルカプトデシル)マロン酸と作用して失活し病原性を失ったためであると理解することができる。よって、細胞に変性および血球凝集の現象が生じなかったのである。
【0070】
また、鳥インフルエンザウィルスH5N1型未添加の対照群において、低濃度の2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(≦300ppm)は細胞に変性を生じさせなかった(CPEは陰性を示す)。このことから、300ppmよりも低い濃度では2−(10−メルカプトデシル)マロン酸は細胞に傷害を与えないということが説明される。2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の添加量が1000ppmを超えたときに、初めて細胞毒性が現れた(CPEが陽性を示す)。
【0071】
そして、血球凝集力価(HA)の結果からわかるように、濃度が100ppm以上となったとき、血球凝集が生じなかった(HAが陰性となった)。このことは、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸は濃度が100ppm以上であるときに、鳥インフルエンザウィルスH5N1型を有効に失活させ、これによりウィルスは増殖せず、血球凝集が陰性を示した、ということも説明できる。
【実施例6】
【0072】
鳥インフルエンザウィルス株H5N2亜型の感染増殖抑制試験
イヌ腎臓(Madin-Darby canine kidney,MDCK)(ATCC CCL−34)細胞を、96穴細胞培養マイクロプレート(Nunc)中で培養した。細胞の培養が完了したら、後に使用するまで置いた。
【0073】
鳥インフルエンザウィルスH5N2亜型株(TW1209/03(H5N2)AIV)(家畜衛生試験所で分離された台湾野外株)を選んで用いた。該ウィルス株は、10EID50/0.1mLのウィルス力価(0.1mLあたり1000万個のウィルスを含み、50%の鶏胚を感染させるものとして定義される力価)、または64HAU/25μLの血球凝集単位力価(25μLあたり64個の血球凝集単位を含むものとして定義される力価)を有する。
【0074】
このウィルス株をPBS(Sigma)で1:100に希釈した後、エタノール水溶液(エタノール:水=1:10)に溶かした濃度0ppm、6ppm、20ppm、200ppm、600ppm、2000ppmおよび6000ppmの2−(10−メルカプトデシル)マロン酸とそれぞれ等量混合し、室温(約25℃)下にて30分間静置した。これをウィルス処理群とした。全溶液中の2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の濃度は半減した。
【0075】
また、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸を上記と同じ濃度で、ウィルスを添加していない等量のPBS溶液と、上記と同様に作用させたものを対照とした。全溶液中の2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の濃度は半減した。
【0076】
上述のウィルスと2−(10−メルカプトデシル)マロン酸とを混合した混合液、および対照の混合液中に、MEM(minimum essential medium)培養液(GIBCO)100μLをそれぞれ加えてから、上述したMDCK細胞の入った培養プレートにそれぞれ加えた。37℃の恒温下2時間感染させて、ウィルスを感染細胞上に吸着させた。
【0077】
上記培養プレート中の作用液を抜き取り、細胞をMEM培養液で洗浄した。同時に、細胞に感染、吸着しなかったウィルスを洗い落とした。
【0078】
培養プレートの各穴に、さらにMEM培養液100μLをそれぞれ加え、37℃の恒温下7日間培養した後、倒立顕微鏡(Nikon)で各穴の細胞変性効果(cytopathic effect, CPE)を観察した。細胞変性効果が起きた細胞には円形化、剥落および壊死の現象が認められた。同時に、各穴の培養液の血球凝集活性(hemagglutination activity)を測定した。各穴の培養液50μLを取り、96穴V底マイクロプレート(Nunc)に入れ、1%鶏赤血球浮遊液(鶏赤血球をPBSに浮遊させ作製したもの)25μLを加えた。均一に混合した後、室温に30分置いて血球凝集現象が起きたか否かを判断した。血球が試験プレート底部に均一に分布すれば陽性、血球が試験プレート底部に沈降し日の丸状を呈すれば陰性である。3回繰り返した結果を表4にまとめた。
【0079】
(表4)2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の鳥インフルエンザウィルスH5N2感染抑制効果

※CPEは細胞変性効果を表す。HAは血球凝集活性を表す。CTは細胞毒性を有することを表す。+はウィルスの感染増殖に対し抑制作用がないことを表す。‐はウィルスの感染増殖を抑制したことを表す。
【0080】
鳥インフルエンザウィルスH5N2型と2−(10−メルカプトデシル)マロン酸を添加したウィルス処理群では、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の添加量が100ppmを超えたときに、細胞に変性が生じなかった(陰性を示す)。こうした現象が生じたのは、ウィルスが2−(10−メルカプトデシル)マロン酸と作用して失活し病原性を失ったためであると理解することができる。よって、細胞に変性および血球凝集の現象が生じなかったのである。
【0081】
また、鳥インフルエンザウィルスH5N2型未添加の対照群において、低濃度の2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(≦300ppm)は細胞に変性を生じさせなかった(CPEは陰性を示す)。このことから、300ppmよりも低い濃度では2−(10−メルカプトデシル)マロン酸は細胞に傷害を与えないということが説明される。2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の添加量が1000ppmを超えたときに、初めて細胞毒性が現れた(CPEが陽性を示す)。
【0082】
そして、血球凝集力価(HA)の結果からわかるように、濃度が100ppm以上となったとき、血球凝集が生じなかった(HAは陰性を示す)。このことは、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸は濃度が100ppm以上であるときに、鳥インフルエンザウィルスH5N2型を有効に失活させ、これによりウィルスは増殖せず、血球凝集が陰性を示した、ということも説明できる。
【実施例7】
【0083】
鳥インフルエンザウィルス株H5N2亜型の破壊試験
鳥インフルエンザウィルス株H5N2亜型(TW1209/03(H5N2)AIV)(家畜衛生試験所で分離された台湾野外株)を選んで用いた。該ウィルス株は、10EID50/0.1mLのウィルス力価(0.1mLあたり1000万個のウィルスを含み、50%の鶏胚を感染させるものとして定義される力価)、または64HAU/25μLの血球凝集単位力価(25μLあたり64個の血球凝集単位を含むものとして定義される力価)を有する。続いて、鳥インフルエンウィルスH5N2試料を、静電相互作用により、修飾済みの正に帯電したポリ−L−リシン臭化水素酸塩(poly-L-lysine hydrobromide)のマイカ片上に固定し、原子間力顕微法による観察・検討を行った。2−(10−メルカプトデシル)マロン酸で処理する前と2−(10−メルカプトデシル)マロン酸で処理した後のH5N2ウィルスの画像の比較により、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸で処理した後のH5N2ウィルスは、ウィルス表面に破壊が生じ、宿主に対する親和性結合を失って病原性を喪失するという現象が証明された。
【0084】
メタノールおよび脱イオン水でマイカ片を洗浄した後、0.01%(wt/vol)ポリ−L−リシン臭化水素酸を含む溶液をマイカ片上に滴下し、30分間反応させてから、脱イオン水でマイカ片表面を数回洗浄した。続いて、鳥インフルエンザウィルスH5N2亜型を室温下マイカ片上に加え5分置いた後、迅速に原子間力顕微法による実験を行った。
【0085】
多種のモードのうち走査型プローブ顕微鏡中の原子間力顕微鏡を用いて観察・検討を行った。用いたのはタッピングモード原子間力顕微鏡(SPI300 HV, Seiko Instruments Inc., Chiba, Japan)であり、これに光学顕微鏡(Mitutoyo, Japan)を組み合わせてサンプルを観察した。原子間力顕微鏡に用いたプローブの周波数は140kHzである。標準回折格子(Seiko Instruments Inc., Chiba, Japan)によりAFMプローブの校正を行った。タッピングモード原子間力顕微法は、カンチレバーの振幅の高低を維持しながら走査を行うものである。走査は、先ず20μm×20μmの領域の大きさから開始し、その中に100以上の鳥インフルエンザH5N2亜型ウィルス粒子が含まれるように制御した後、走査画像のサイズを次第に縮めていき、単一のウィルスの領域の大きさ(300nm×300nm)までにした。単一のウィルス粒子画像が走査できなかった場合は、先ず鳥インフルエンザウィルスH5N2亜型サンプルを往復走査して、プローブ走査に加工された画像について、例えば遅れの現象が生じていないかを確かめる。図4Aは鳥インフルエンザH5N2亜型ウィルスの原子間力顕微法による三次元画像であり、単一の鳥インフルエンザH5N2亜型ウィルス粒子がはっきりと見て取れる。図4A’はその側面断面図である。
【0086】
次に2−(10−メルカプトデシル)マロン酸と作用させた鳥インフルエンザH5N2亜型ウィルスを処理した。メタノールおよび脱イオン水でマイカ片を洗浄した後、0.01%(wt/vol)ポリ−L−リシン臭化水素酸を含む溶液をマイカ片上に滴下し、30分間反応させてから、脱イオン水でマイカ片表面を数回洗浄した。続いて、鳥インフルエンザウィルスH5N2亜型を室温下で修飾済みのマイカ片上に加えて5分置き、さらに2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(100ppm)をマイカ基材上のウィルスサンプルに加え5分間反応させた後、迅速に原子間力顕微法による実験を行った。その走査の結果は図4Bの三次元画像に示すとおりである。図4B’はその側面断面図である。
【0087】
また、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(1000ppm)を用い、同じ方式でマイカ片上のウィルスサンプルに加えて5分間反応させた後、迅速に原子間力顕微法による実験を行った。その走査の結果は図4Cに示すとおりであり、図4Cは三次元画像、図4C’は側面断面図である。
【0088】
図4のA、BおよびCから明らかなように、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸で処理した鳥インフルエンザH5N2亜型ウィルスには、すでに破壊の現象が見られる。図4の側面断面図A’の分析から、未処理の鳥インフルエンザH5N2亜型ウィルスの高さは約32ナノメートルであったが、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(30ppm)処理後の鳥インフルエンザH5N2亜型ウィルスは平坦化して高さが約14ナノメートルになり、さらに2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(1000ppm)処理後では、平坦化して高さが約6ナノメートルとなっていたことがわかった。なおかつ、図4BおよびCの側面断面図B’およびC’を比較するとわかるように、より高濃度(1000ppm)で処理すると(図4C’)、H5N2ウィルス粒子の高さがより低くなり、破壊の程度がより高くなるということが示された。この現象は、ウィルスが2−(10−メルカプトデシル)マロン酸と作用したことでエンベロープが破壊され、内容物が流失して平坦化したために生じたものであると理解することができる。
【0089】
こうした2つの現象が生じたのは、ウィルスと2−(10−メルカプトデシル)マロン酸とが作用してウィルスが破壊され、内容物が流出して平坦化したことによるものと解される。
【実施例8】
【0090】
エンベロープのないエンテロウィルス71型破壊試験
ヒトエンテロウィルスウィルス株71型を選んで用いた。該ウィルス株は、10PFU/mLのウィルス力価(1mLあたり100万個のウィルスを含み、50%の細胞を感染させるものとして定義される力価)を有する。次いで、エンテロウィルス71型試料を静電相互作用により、修飾済みの正に帯電したポリ−L−リシン臭化水素酸塩(poly-L-lysine hydrobromide)のマイカ片上に固定し、原子間力顕微法による観察・検討を行った。2−(10−メルカプトデシル)マロン酸で処理する前と2−(10−メルカプトデシル)マロン酸で処理した後のエンテロウィルス71型の画像の比較により、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸で処理した後のエンテロウィルス71型は、ウィルス表面に破壊が生じ、宿主に対する親和結合を失って病原性を喪失するという現象が証明された。
【0091】
メタノールおよび脱イオン水でマイカ片を洗浄した後、0.01%(wt/vol)ポリ−L−リシン臭化水素酸を含む溶液をマイカ片上に滴下し、30分間反応させてから、脱イオン水でマイカ片表面を数回洗浄した。続いて、エンテロウィルス71型を室温下マイカ片上に加え5分置いた後、迅速に原子間力顕微法による実験を行った。
【0092】
多種のモードのうち走査型プローブ顕微鏡中の原子間力顕微鏡を用いて観察・検討を行った。用いたのはタッピングモード原子間力顕微鏡(SPI300 HV, Seiko Instruments Inc., Chiba, Japan)であり、これに光学顕微鏡(Mitutoyo, Japan)を組み合わせてサンプルを観察した。原子間力顕微鏡に用いたプローブの周波数は140kHzである。標準回折格子(Seiko Instruments Inc., Chiba, Japan)によりAFMプローブの校正を行った。タッピングモード原子間力顕微法は、カンチレバーの振幅の高低を維持しながら走査を行うものである。走査は、先ず20μm×20μmの領域の大きさから開始し、その中に100以上のエンテロウィルス71型のウィルス粒子が含まれるように制御した後、走査画像のサイズを次第に縮めていき、単一のウィルスの領域の大きさ(300nm×300nm)までにした。単一のウィルス粒子画像が走査できなかった場合は、先ずエンテロウィルス71型サンプルを往復走査して、プローブ走査に加工された画像、例えば遅れの現象が起こっていないかを確かめる。図5Aはエンテロウィルス71型ウィルスの原子間力顕微法による三次元画像であり、単一のエンテロウィルス71型ウィルス粒子がはっきりと見て取れる。図5A’はその側面断面図である。
【0093】
次に2−(10−メルカプトデシル)マロン酸と作用させたエンテロウィルス71型ウィルスを処理した。メタノールおよび脱イオン水でマイカ片を洗浄した後、0.01%(wt/vol)ポリ−L−リシン臭化水素酸を含む溶液をマイカ片上に滴下し、30分間反応させてから、脱イオン水でマイカ片表面を数回洗浄した。続いて、エンテロウィルス71型を室温下で修飾済みのマイカ片上に加えて5分置き、さらに2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(30ppm)をマイカ基材上のウィルスサンプルに加え5分間反応させた後、迅速に原子間力顕微法による実験を行った。その走査の結果は図5Bの三次元画像に示すとおりである。図5B’はその側面断面図である。
【0094】
また、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(1000ppm)を用い、同じ方式でマイカ片上のウィルスサンプルに加えて5分間反応させた後、迅速に原子間力顕微法による実験を行った。その走査の結果は図5Cに示すとおりであり、図5Cは三次元画像、図5C’は側面断面図である。
【0095】
図5のA、BおよびCから明らかなように、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸で処理したエンテロウィルス71型ウィルスには、すでに破壊の現象が見られる。図5の側面断面図A’の分析から、未処理のエンテロウィルス71型ウィルスは高さが約75ナノメートルであったが、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(30ppm)処理後は平坦化して高さが約10ナノメートルになり、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(1000ppm)処理後では、平坦化して高さが約8ナノメートルとなっていたことがわかった。更に、図5の側面断面図B’およびC’を比較するとわかるように、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(30ppmおよび1000ppm)で処理後のエンテロウィルス71型ウィルスは、その破壊の高さにすでにあまり差がなく(両者の高さはいずれも約8〜10ナノメートル)、破壊の程度が同等であることが示された。これら2つの現象は、ウィルスと2−(10−メルカプトデシル)マロン酸とが作用したことでウィルスが破壊され、内容物が流失して平坦化したために生じたものであると理解することができる。
【実施例9】
【0096】
黄色ブドウ球菌の増殖抑制試験
黄色ブドウ球菌標準菌株(Staphylococcus aureus、ATCC−25923、以下S.aureusと略称する)を選んで用いた。これをLB培養液に播種し、37℃の培養器に入れて対数増殖期(約12〜18時間)まで培養した。分光光度計を用い固定波長620nmでのS.aureus−25923の吸光値が0.1となるように制御した。溶液中の総生菌数を10000CFUまで計算し、後続の生体感受性(susceptibility)テストに用いるべく備えた。
【0097】
このS.aureusブドウ球菌をLB培養液中から500μL取り出し、溶媒としてのエタノール水溶液(1:10)に溶かした2−(10−メルカプトデシル)マロン酸と等体積で混合し、これをS.aureusブドウ球菌実験群とした。全溶液中の2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の濃度は半減した。実験群の反応が終了した後、反応後のS.aureus混合液を100μLずつ取り、LB寒天プレート(LB agar plate)に滴下して塗抹し、その後37℃の培養器中に入れてO/N培養を行い(約12〜18時間)、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸がS.aureusに抑制効果を生じたか否かを観察した。3回繰り返した結果を表5にまとめた。
【0098】
(表5)2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の黄色ブドウ球菌(S.aureus)増殖抑制効果

※−は黄色ブドウ球菌(S.aureus)の増殖を抑制したことを表す。+は黄色ブドウ球菌(S.aureus)の増殖に対し抑制作用がないことを表す。
【0099】
表5からわかるように、上述のS.aureusブドウ球菌と2−(10−メルカプトデシル)マロン酸を添加した実験群のデータより、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の添加量の最終濃度が20ppmを超えたときに、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸はS.aureusブドウ球菌を失活させ、その増殖を抑制し、それに対して病原性を失わせるという結果が得られることがわかった。
【0100】
本発明を好ましい実施例により以上のように開示したが、これらは本発明を限定するものではなく、当業者であれば、本発明の精神と範囲を逸脱しない限りにおいていくらかの変更や修飾を加えることができる。よって本発明の保護範囲は添付の特許請求の範囲の記載が基準となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(2-(10-mercaptodecyl)malonic acid)或いはその塩類の使用を含む、ウィルス・細菌を破壊しその感染増殖を抑制する方法。
【請求項2】
前記ウィルスがエンベロープを有する(with envelope)ウィルスを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ウィルスがエンベロープのない(without envelope)ウィルスを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
エンベロープを有するウィルスがヒトインフルエンザウィルス(human influenza virus)を含む、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
エンベロープを有するウィルスが鳥インフルエンザウィルス(avian influenza virus)を含む、請求項2に記載の方法。
【請求項6】
エンベロープを有するウィルスが豚インフルエンザウィルス(swine influenza virus)を含む、請求項2に記載の方法。
【請求項7】
エンベロープを有するウィルスがヒト・豚またはヒト・鳥遺伝子組み換えインフルエンザウィルスを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項8】
前記ウィルスがエンベロープのないエンテロウィルス(enterovirus)を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記細菌が黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
前記2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類が溶媒に溶かされる、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
前記溶媒が、水、C−Cアルコール、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)またはこれらを混合したものを含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類の濃度が、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類および溶媒の総重量を基準として、30ppmよりも大きく1000ppmよりも小さく、ただし30ppmおよび1000ppmは含まない、請求項10に記載の方法。
【請求項13】
ヒトまたは非ヒト動物がウィルスまたは細菌に感染することを抑制する、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
2−(10−メルカプトデシル)マロン酸或いはその塩類を生体外でウィルスと接触させることを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項15】
2−(10−メルカプトデシル)マロン酸或いはその塩類を個人衛生用品、空気清浄用品または繊維製品に添加することをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項16】
前記個人衛生用品が、ハンドソープ、ボディソープまたは乳液を含む、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記空気清浄用品が、空気清浄スプレーを含む、請求項15記載の方法。
【請求項18】
前記繊維製品が、マスク、アイソレーションガウンまたは空気フィルターを含む、請求項15に記載の方法。
【請求項19】
エチル2−(10−ブロモ−デシル)マロネート(ethyl 2-(10-bromo-decyl)malonate)をチオウレア(thiourea)およびエタノールと反応させてから、NaOH水溶液とさらに反応させることを含む、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸の製造方法。
【請求項20】
NaOH水溶液と反応させた後、その反応溶液のpH値が2に調整される、請求項19に記載の方法。
【請求項21】
前記反応がエタノールの沸点の温度下で行われる、請求項19に記載の方法。
【請求項22】
2−(10−メルカプトデシル)マロン酸(2-(10-mercaptodecyl)malonic acid)またはその塩類を含むウィルス・細菌を破壊しその感染増殖を抑制するための薬剤。
【請求項23】
前記ウィルスがエンベロープを有する(with envelope)ウィルスを含む、請求項22に記載の薬剤。
【請求項24】
前記ウィルスがエンベロープのない(without envelope)ウィルスを含む、請求項22に記載の薬剤。
【請求項25】
エンベロープを有するウィルスがヒトインフルエンザウィルス(human influenza virus)を含む、請求項23に記載の薬剤。
【請求項26】
エンベロープを有するウィルスが鳥インフルエンザウィルス(avian influenza virus)を含む、請求項23に記載の薬剤。
【請求項27】
エンベロープを有するウィルスが豚インフルエンザウィルス(swine influenza virus)を含む、請求項23に記載の薬剤。
【請求項28】
エンベロープを有するウィルスがヒト・豚またはヒト・鳥遺伝子組み換えインフルエンザウィルスを含む、請求項23に記載の薬剤。
【請求項29】
前記ウィルスがエンベロープのないエンテロウィルス(enterovirus)を含む、請求項22に記載の薬剤。
【請求項30】
前記細菌が黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)を含む、請求項22に記載の薬剤。
【請求項31】
前記2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類が溶媒に溶かされる、請求項22に記載の薬剤。
【請求項32】
前記溶媒が、水、C−Cアルコール、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルスルホキシド(DMSO)またはこれらを混合したものを含む、請求項31に記載の薬剤。
【請求項33】
前記2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類の濃度が、2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類および溶媒の総重量を基準として、30ppmよりも大きく1000ppmよりも小さく、ただし30ppmおよび1000ppmは含まない、請求項31に記載の薬剤。
【請求項34】
ヒトまたは非ヒト動物がウィルスまたは細菌に感染することを抑制する、請求項22に記載の薬剤。
【請求項35】
2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類を生体外でウィルスと接触させるための、請求項22に記載の薬剤。
【請求項36】
個人衛生用品、空気清浄用品または繊維製品に添加するための、請求項22に記載の2−(10−メルカプトデシル)マロン酸またはその塩類を含む薬剤。
【請求項37】
前記個人衛生用品が、ハンドソープ、ボディソープまたは乳液を含む、請求項36に記載の薬剤。
【請求項38】
前記空気清浄用品が、空気清浄スプレーを含む、請求項36記載の薬剤。
【請求項39】
前記繊維製品が、マスク、アイソレーションガウンまたは空気フィルターを含む、請求項36に記載の薬剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−20994(P2011−20994A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−3537(P2010−3537)
【出願日】平成22年1月12日(2010.1.12)
【出願人】(502140558)國立台灣大學 (5)
【Fターム(参考)】