説明

ウイルスが感染した生物由来物の処理方法、感染ウイルスに対する処理済細胞、感染ウイルスに対する処理済組織、感染ウイルスに対する処理済臓器

【課題】 細胞、組織、臓器などの生物由来物にウイルスが感染している場合に、ウイルスを除去ないしは不活性化する。
【解決手段】 ウイルスが感染した生物由来物を、感染しているウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸すことにより、抗体がウイルスの周囲に結合してウイルスの細胞への接着を妨害し、生物由来物に感染しているウイルスを除去ないしは不活性化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルスが感染した生物由来物のウイルスを除去ないしは不活性化するウイルスが感染した生物由来物の処理方法、このような処理方法によりウイルスを除去した、感染ウイルスに対する処理済細胞、感染ウイルスに対する処理済組織、感染ウイルスに対する処理済臓器に関する。
【背景技術】
【0002】
医療技術の著しい発展により、近年、臓器移植や組織移植が一般化してきている。また、ヒト以外の動物の臓器や組織を移植に用いる場合もある。また、細胞等の培養も盛んに行われている。移植する臓器や組織の細胞にウイルスが感染していると、移植された側がそのウイルスに感染する可能性がある。このため、通常、ウイルスが感染した臓器や組織は、移植用に用いることができない。また、培養中の細胞等にウイルスが感染した場合、感染した培養細胞等は用いることができなくなるため、通常、ウイルスが感染した培養細胞等は廃棄することになる。
【0003】
このように、ウイルスが感染した場合、移植用の臓器や培養細胞等は廃棄することとなるため、生体から取り出された細胞、組織、臓器にウイルスが感染しないようにする技術が開発されている(例えば、特許文献1参照。)。この特許文献1には、培養時において感染の機会を低減し、健全な培養細胞を提供するための培養装置に関する技術が公開されている。
【特許文献1】特開2004−16045号公報(第4−7頁)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
このような技術を用いることにより、培養時におけるウイルスの感染は、ある程度、防ぐことができる。しかし、一旦、ウイルスが感染してしまうと、従来、ウイルスを除去する方法がなく、このような移植用の臓器や培養細胞等を用いることができなかった。また、ドナー(提供者)であるヒトやヒト以外の動物から取り出した臓器等にウイルスが感染している場合もあり、このような場合も、移植に用いることができない。このようにウイルスが感染している場合、移植用の臓器等や培養細胞等を廃棄しなければならない。特に、移植用の臓器等で入手が困難であるような場合には問題である。
【0005】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、細胞、組織、臓器などの生物由来物にウイルスが感染している場合に、ウイルスを除去ないしは不活性化するための、ウイルスが感染した生物由来物の処理方法、このような処理方法によりウイルスを除去した、感染ウイルスに対する処理済細胞、感染ウイルスに対する処理済組織、感染ウイルスに対する処理済臓器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記問題点を解決するために、請求項1に記載の発明は、生物由来物に感染したウイルスを除去ないしは不活性化する生物由来物の処理方法であって、前記生物由来物を前記ウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸すことを要旨とする。
【0007】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載のウイルスが感染した生物由来物の処理方法において、前記生物由来物は、細胞、組織、臓器のいずれか1つであることを要旨とする。
【0008】
請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載のウイルスが感染した生物由来物の処理方法において、前記生物由来物は、ヒト由来又は動物由来であることを要旨とする。
請求項4に記載の発明は、請求項1〜3のいずれか1つに記載のウイルスが感染した生物由来物の処理方法において、前記生物由来物が生物から採取された際にウイルスが感染している場合に、前記生物由来物から感染ウイルスを除去することを要旨とする。
【0009】
請求項5に記載の発明は、請求項1〜4のいずれか1つに記載したウイルスが感染した生物由来物の処理方法において、前記生物由来物は、移植用であることを要旨とする。
請求項6に記載の発明は、請求項1〜5のいずれか1つに記載のウイルスが感染した生物由来物の処理方法において、前記抗体は鶏卵抗体であることを要旨とする。
【0010】
請求項7に記載の発明は、感染ウイルスに対する処理済細胞であって、感染しているウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸すことにより、ウイルスを除去ないしは不活性化したことを要旨とする。
【0011】
請求項8に記載の発明は、感染ウイルスに対する処理済組織であって、感染しているウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸すことにより、ウイルスを除去ないしは不活性化したことを要旨とする。
【0012】
請求項9に記載の発明は、感染ウイルスに対する処理済臓器であって、感染しているウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸すことにより、ウイルスを除去ないしは不活性化したことを要旨とする。
【0013】
(作用)
請求項1に記載の発明によれば、ウイルスが感染した生物由来物を、感染したウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸すことにより、抗体がウイルスの周囲に結合してウイルスの細胞への接着を妨害し、生物由来物に感染したウイルスを除去ないしは不活性化することができる。
【0014】
請求項2に記載の発明によれば、細胞、組織、臓器に感染しているウイルスを除去ないしは不活性化することができる。
請求項3に記載の発明によれば、ヒト由来又は動物由来の生物由来物について、感染しているウイルスを除去ないしは不活性化することができる。
【0015】
請求項4に記載の発明によれば、生物から取り出された際にウイルスが感染している生物由来物について、感染しているウイルスを除去ないしは不活性化することができる。
請求項5に記載の発明によれば、移植用の生物由来物について、感染しているウイルスを除去ないしは不活性化することができる。
【0016】
請求項6に記載の発明によれば、前記抗体を鶏卵抗体とすることができる。鶏卵抗体は容易に入手可能であり、抗体を安価に大量に準備することが可能となる。
請求項7に記載の発明によれば、ウイルスが感染した細胞を感染しているウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸すことにより、抗体がウイルスの周囲に結合して細胞へのウイルスの接着を妨害し、ウイルスを除去ないしは不活性化した、感染ウイルスに対する処理済細胞を提供できる。
【0017】
請求項8に記載の発明によれば、ウイルスが感染した組織を感染しているウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸すことにより、抗体がウイルスの周囲に結合して組織の細胞へのウイルスの接着を妨害し、ウイルスを除去ないしは不活性化した、感染ウイルス
に対する処理済組織を提供できる。
【0018】
請求項9に記載の発明によれば、ウイルスが感染した臓器を感染しているウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸すことにより、抗体がウイルスの周囲に結合して臓器の細胞へのウイルスの接着を妨害し、ウイルスを除去ないしは不活性化した、感染ウイルスに対する処理済臓器を提供できる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、ウイルスが感染した細胞、組織、臓器などの生物由来物のウイルスを除去ないしは不活性化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明を具体化した実施形態を説明する。本実施形態では、ウイルスが感染した生物由来物の処理方法、感染ウイルスに対する処理済細胞、感染ウイルスに対する処理済組織、感染ウイルスに対する処理済臓器として説明する。
【0021】
発明者らは、SARSコロナウイルス(SARS-CoV)のスパイクタンパク質を鶏に免役し、スパイクタンパク質についての抗SARSコロナウイルス鶏卵抗体を作成した。この抗体を、SARSコロナウイルスに持続感染している細胞の培養液中に共存させておくと、感染細胞のウイルスが消失することが実験により確認された(実施例参照)。
【0022】
本実験では細胞培養液中に100μg/mlという高濃度で抗体を添加している。通常、
抗体は、このような高濃度で用いることはなく、また、従来の抗体ではあまりに高価であるため、このような高濃度で抗体を用いることは考えられなかった。産卵鶏の免疫機構を利用してその鶏卵より得られる特異的鶏卵抗体は、ウサギ、ヤギ等の血液から得られる特異的抗体と比較して、量産が可能であり、生産コストが安い。このため、鶏卵抗体を用いることにより、多量の抗SARSコロナウイルス抗体を比較的安価なコストで得ることができた。このように、発明者らは、多量の抗体を得ることができたため、このような実験を行うことを想起した。
【0023】
(ウイルスの生活環)
まず、本発明の前提として、ウイルスの生活環について説明する。すなわち、すべてのウイルス感染において共通な過程は、ウイルスの宿主細胞への吸着、進入、ウイルス構成成分の合成、ウイルス構成成分の集合(ウイルス粒子形成)、ウイルスの細胞外への放出である。
【0024】
ここで、本実験に用いたSARSコロナウイルスを例にして、ウイルス粒子の構造、及び、生活環について説明する。
SARSコロナウイルスは、一本鎖の正のRNAを遺伝子とするウイルスで、基本構造は遺伝子RNAを安定化し保護するタンパク質(N,ヌクレオキャプシッド))で包まれた殻(コア)、コア構造を保護する脂質膜(エンベロープ、宿主細胞を構成している細胞小胞体(ER,endoplasmic Reticulum)由来と考えられる)、エンベロープに埋め込ま
れた膜タンパク質(S(スパイク(Spike))など)から成り立っている。この膜タンパ
ク質は、ウイルスの細胞への吸着に際しレセプターと結合し、細胞膜とウイルス膜の融合反応を促進し、コアのウイルス遺伝子を細胞へ導入するのに必要である。
【0025】
コロナウイルスはスパイクタンパク質(Sタンパク質)のレセプターを持つ細胞(感受性のある細胞)に結合する。なお、SARSコロナウイルスでは細菌レセプターの1つがアンジオテンシン2のレセプターであることが証明されている。結合によりスパイクタンパク質の立体構造に変化が起こり、ある種の細胞由来プロテアーゼに感受性となりスパイ
クタンパク質の特定部位が開裂される。この開裂により細胞膜に親和性を持つ端末が露出することによりウイルス膜と細胞膜が融合可能な距離に引き寄せられ、ウイルス粒子は細胞膜と融合しウイルスコアが細胞内へと進入すると考えられている。
【0026】
進入したウイルスコアのRNA遺伝子は壊されることなく直ちにRER(粗面小胞体、Rough ER)上でタンパク質合成を開始する(正のmRNAを持つウイルスの特徴で、インフルエンザウイルスなどは負のmRNAを遺伝子として持つので最初にウイルス粒子中の酵素で正のmRNAを作ってから、このステップが始まる。)
最初に作られるタンパク質はウイルスRNA合成に必要ないくつかの酵素やそれらの酵素を活性型に整形するプロテアーゼである。その酵素を用いて正から負のRNAが合成される。負のRNAを鋳型にウイルス構造タンパク質合成に必要な様々な長さのmRMAやウイルス粒子に取り込まれる完全長の正のRNA(ゲノムRNA)が多量に合成される。次いで、ゲノムRNAとNタンパク質の集合体(殻)がRERの膜に組み込まれたウイルス膜タンパク質を認識し、細胞内RERの内側に向かってウイルス修理を出芽形成する。ウイルス粒子を持つRERは細胞内排泄装置であるゴルジ体と融合し、細胞表面に移動、再び細胞膜と融合して内部のウイルス粒子を細胞外へと放出する。
【0027】
以上のようにウイルスの複製過程の概略はかなり明らかにされているものの、ウイルス増殖の制御法の開発に至る間で詳しくは解明されていない。ウイルスは巧妙に宿主細胞のRNA合成やタンパク質合成の装置を利用し増殖するので、現在知られているRNA合成やタンパク質合成の阻害剤を用いてウイルス増殖を阻害すれば、宿主細胞の死をも誘導する。
【0028】
(持続感染細胞)
発明者らは、SARSコロナウイルスに感受性を持つ培養細胞におけるウイルス増殖と感染細胞の生存の様子を調べた。一番典型的な急性感染様式を示すのはVero細胞で、ウイルスは感染後1−3日目までに急性感染を起こし急激なウイルス増殖が見られ、4日目に最大の細胞死が観察された。4日目以降は、ウイルス産生は減少した(最高値の1/100)が、細胞は再度増殖を初め、ウイルスを産生しながら継代できる持続感染細胞となった。なお、SARSコロナウイルスの感染で完全に死滅する培養細胞系は見つかっていない。
【0029】
(持続感染細胞において確認された現象と予想されるメカニズム)
上述のように、発明者らは、抗SARSコロナウイルス鶏卵抗体(抗SARSコロナウイルス・スパイクタンパク質IgY抗体)を、SARSコロナウイルスに持続感染している
細胞の培養液中に共存させておくと、感染細胞のウイルスが消失することを確認した(実施例参照)。持続感染細胞は、細胞内にウイルスをもったまま分裂増殖している細胞であるが、この状態でのウイルスのライフサイクルは未知の部分が多い。
【0030】
培養液中の抗体(抗SARSコロナウイルス・スパイクタンパク質IgY抗体)は、細胞
の外のウイルス粒子に結合し、ウイルスが細胞に感染するのを防いでいるものと考えられる。このことから、培養液中に添加した抗体が、細胞から放出されたウイルス粒子に結合することでウイルスの再感染を防いでいることが考えられる。
【0031】
(ウイルスが感染した生物由来物(細胞、組織、臓器)のウイルスを除去ないしは不活性化する方法)
このような観点から、発明者らは、感染細胞のウイルスを除去ないしは不活性化する方法として、感染細胞の周囲に、感染しているウイルスに特異的な抗体を多量に維持しておくことが効果的であると考えた。なお、感染細胞から放出されたウイルス粒子に抗体が結合することにより、ウイルスが細胞に再感染するのを防ぐため、この方法の適用対象は、
持続感染細胞に限られない。
【0032】
また、細胞の培養時において培養液に抗体を添加することによりウイルスを除去ないしは不活性化する場合について上述したが、生物由来物として、細胞の他、組織や臓器についても、同様に、抗体を含有する処理液に浸すことにより、ウイルスを除去ないしは不活性化することができる。
【0033】
このような観点から、利用可能な抗体、適用例等の検討を行った。これについて、以下に説明する。
(抗体)
抗体としては、対象となるウイルスのウイルス粒子に結合する抗体を用意する。ここで、ウイルス粒子の外面に露出している成分に対する抗体、特に、そのウイルスが細胞に感染する際に、宿主細胞との結合に必要なタンパク質に対する抗体が特に効果的である。例えば、SARSコロナウイルスについて、発明者らは、スパイクタンパク質に対する抗体を用いて実験を行ったが、SARSコロナウイルスにおいて、このスパイクタンパク質は、エンベロープに埋め込まれた膜タンパク質であって、ウイルスの細胞への吸着に際しレセプターと結合し、細胞膜とウイルス膜の融合反応を促進し、コアのウイルス遺伝子を細胞へ導入するのに必要である。
【0034】
抗体の製造方法としては、例えば、ヤギ、ウマ、ヒツジ、ウサギ等の動物に抗原を投与し、その血液からポリクローナル抗体を精製する方法、抗原を投与した動物の脾臓細胞と培養癌細胞とを細胞融合し、その培養液又は融合細胞を植え込んだ動物の体液(腹水等)からモノクローナル抗体を精製する方法、抗体産生遺伝子を導入した遺伝子組み換え細菌、植物細胞、動物細胞の培養液から抗体を精製する方法、ニワトリに抗原を投与して免疫卵を生ませ、卵黄液を殺菌及び噴霧乾燥して得た卵黄粉末から鶏卵抗体を精製する方法を挙げることができる。これらのうちでも、鶏卵から抗体を得る方法は、容易に且つ大量に抗体が得られ、本発明のように、多量の抗体を用いる場合には、特に適している。なお、鶏卵抗体においては、卵アレルギーについての対処として、アルブミン等のアレルギー成分を除去するための精製を行ってもよい。また、ニワトリ以外の鳥類の免疫卵を用いて抗体を製造する場合も、鶏卵抗体と同様に、容易に且つ大量に抗体を得ることができる。
【0035】
(適用例)
以下、適用例について説明する。なお、本発明は以下の適用例に限定されるものではない。
【0036】
<適用例1>
ウイルスが感染した生物由来物(細胞、組織、臓器)を、感染したウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸すことにより、感染しているウイルスを除去ないしは不活性化することは、細胞や組織の培養時に適用できる。ここで、処理液として、細胞培養や組織培養に適した通常の培養液に、対象となるウイルスに特異的な抗体を添加したものを用いる。この処理液(培養液)において、抗体の濃度は、細胞外に放出されたウイルスの再感染を防ぐために必要な濃度である。具体的には、抗体がウイルスの周囲に結合することによりウイルスの細胞への接着を妨害し細胞外のウイルスが細胞に感染しない程度の高濃度であることが必要である。なお、未反応の抗体について、このような濃度を維持するため、適宜、処理液(培養液)の交換を行う。
【0037】
この適用例1において、対象となる細胞や組織は、ヒト由来、ヒト以外の動物由来、植物由来など、由来する生物の種類にかかわらない。以下、細胞や組織の培養時に適用する場合の適用方法を列挙する。なお、適用方法は、これに限定されるものではない。
【0038】
(1)培養する細胞や組織が由来する生物がウイルスに感染している場合、培養時に、感染しているウイルスに特異的な抗体を培養液に添加しておくことにより、ウイルスを除去ないしは不活性化する。これにより、培養する細胞や組織が由来する生物がウイルスに感染しており、この生物から採取した細胞や組織にウイルスが感染している場合でも、培養細胞や培養組織のウイルスを除去ないしは不活性化することができる。
【0039】
(2)細胞培養中又は組織培養中にウイルスが混入し、培養細胞や培養組織にウイルスが感染した場合に、感染しているウイルスに特異的な抗体を培養液に添加しておくことにより、ウイルスを除去ないしは不活性化する。これにより培養中にウイルスが感染した場合でも、培養細胞や培養組織を廃棄せずに用いることが可能となる。
【0040】
(3)特定の組織を培養して身体の各部分の代替物を作成する場合に、感染しているウイルスに特異的な抗体を培養液に添加しておくことにより、ウイルスを除去ないしは不活性化する。例えば、皮膚の組織を培養して培養皮膚シートを作成する場合に、感染しているウイルスに特異的な抗体を培養液に添加しておくことにより、ウイルスを除去ないしは不活性化する。この場合、採取した細胞や組織にウイルスが感染している場合、及び、培養時に感染した場合のいずれについても、ウイルスが除去ないしは不活性化された培養皮膚シートを作成できる。これにより、例えば、損傷した皮膚の代替物として、身体の他の部分から採取した細胞や組織を培養して培養皮膚シートを作成し、この培養皮膚シートを用いる場合に、ウイルスが除去ないしは不活性化された培養皮膚シートを用いることができる。
【0041】
また、培養皮膚シート等は、ヒト以外の動物由来の細胞や組織を用いて作成してもよい。この場合、動物から採取された細胞や組織にヒトが持っていないウイルスが感染している場合があるが、この場合も、ウイルスが除去ないしは不活性化された培養皮膚シート等を作成できる。
【0042】
<適用例2>
ウイルスが感染した生物由来物(細胞、組織、臓器)を、感染したウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸すことにより、感染しているウイルスを除去ないしは不活性化することは、移植用の細胞、組織、臓器について適用できる。ここで、処理液として、細胞、組織、臓器の機能を保たせるように調製し、これに抗体を添加したものを用いる。処理液の抗体の濃度は、細胞外に放出されたウイルスの再感染を防ぐために必要な濃度である。具体的には、抗体がウイルスの周囲に結合することによりウイルスの細胞への接着を妨害し細胞外のウイルスが細胞に感染しない程度の高濃度であることが必要である。なお、未反応の抗体についてこのような濃度を維持するため、適宜、培養液の交換を行う。
【0043】
この適用例2は、移植用の細胞、組織、臓器の提供者(ドナー)が、ヒトの場合、ヒト以外の動物の場合について、それぞれ適用できる。以下、移植用の細胞、組織、臓器について適用する場合の適用方法を列挙する。なお、適用方法は、これに限定されるものではない。
【0044】
(1)ドナーである他人(ヒト)から取り出された臓器等にウイルスが感染している場合に、この移植用の臓器等を、移植前に、感染しているウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸しておくことにより、ウイルスを除去ないしは不活性化する。他人(ヒト)から提供された臓器等にウイルスが感染している場合、このまま移植すると、移植を受けた患者がこのウイルスに感染してしまう。このような処理を行ってウイルスを除去ないしは不活性化することで、ドナーから取り出された臓器等にウイルスが感染している場合でも、ウイルスが除去ないしは不活性化された臓器等を移植に用いることができる。従って、ウイルスに感染している場合でも、ドナーとなることができる。これにより、例えば、
適合性の高い臓器等が少ない場合に、得られた適合性が高い臓器等にウイルスが感染している場合でも、この臓器等を移植に用いることができる。
【0045】
(2)ヒト以外の動物の臓器等を移植に用いる場合に、この移植用の臓器等を、移植前に、感染しているウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸しておくことにより、ウイルスを除去ないしは不活性化する。ヒト以外の動物の臓器等を移植に用いる場合に、ヒトが持っていないウイルスにドナーである動物が感染している場合があり、ヒト以外の動物から取り出した臓器等をヒトに移植した場合に、移植を受けた者(ヒト)がこのようなウイルスに感染する場合がある。このような処理を行ってウイルスを除去ないしは不活性化することで、ドナーである動物から取り出された臓器等にヒトが持っていないウイルスが感染している場合でも、ウイルスが除去ないしは不活性化された臓器等を移植に用いることができる。
【0046】
(3)ヒト以外の動物にヒトの遺伝子を組み込んでヒト由来の臓器等を作成させ、この臓器等を移植に用いる場合に、この移植用の臓器等を、移植前に、感染しているウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸しておくことにより、ウイルスを除去ないしは不活性化する。ヒト以外の動物を用いて臓器等の作成をさせているため、ヒトが持っていないウイルスにこの動物が感染している場合、作成された臓器等にこのようなウイルスが感染している場合がある。このため、作成された臓器等をヒトに移植した場合に、移植を受けた者(ヒト)がこのウイルスに感染する可能性がある。このような処理を行ってウイルスを除去ないしは不活性化することで、ヒト以外の動物により作成されたヒト由来の移植用の臓器等にヒトが持っていないウイルスが感染している場合でも、ウイルスが除去ないしは不活性化された臓器等を移植に用いることができる。
【0047】
なお、上述の適用例1及び適用例2における各適用方法において、特定のウイルスが感染していることが明らかな場合は、この特定のウイルスを除去ないしは不活性化するために、このウイルスに特異的な抗体を含有する処理液を用いる。なお、複数のウイルスの抗体を混合した処理液を用いてもよい。また、感染しているウイルスを除去ないしは不活性化するために、感染している可能性があるウイルスに特異的な抗体を含有する処理液を用いてもよい。さらに、感染している可能性がある複数のウイルスについて、各ウイルスに特異的な抗体を混合した処理液を用いてもよい。
【実施例】
【0048】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は以下の実施例により何ら限定されるものではない。
以下、SARSコロナウイルス(SARS−CoV)スパイクタンパク質特異的ニワトリIgY抗体を用いて、SARSコロナウイルス(SARS−CoV)持続感染Vero細
胞からウイルスを消失させた実験について説明する。
【0049】
(1)Vero細胞におけるSARSコロナウイルスの持続感染
被検物質の抗SARSコロナウイルス活性は、以下の方法により測定した。SARSコロナウイルスは、FFM-1株(Dr.HW. Doerr,Frankfrut University of Medicine, Germanyより分与)を用いた。培養細胞はVeroを用い、培地はダルベッコの最小必須 (DMEM
) に10%ウシ胎児血清を添加したものを用い、5% CO存在下において37℃で培養した。なお、上記Vero細胞は(株)大日本製薬より購入した。
【0050】
ウイルス液の調製は、90%単層が形成された培養細胞に、細胞1個当たりのウイルス量が0.1(MOI=0.1, Multiplicity of infection)となる条件で行い(Tuker,P.C.ら, J. Virol. 71: 6106, 1997)、24時間後に培養液を回収し-70℃に保存し適宜使用した。
【0051】
ウイルス力価の測定は、以下のようなプラーク形成法で行った。回収した培養上清を1% ウシ血清アルブミンを加えたPBA(−)(Mg2+, Ca2+を含まない0.05Mリン酸緩衝液、0.15M NaCl、pH7.0、ウイルス希釈液)で10倍階段希釈し、各0.2mlずつをそれぞれのウエル(6ウエルプレート、90%単層が形成された培養細胞)に接種した。25℃で60分間感染させた後1.0% メチルセルロースを加えたDMEM (5%ウシ胎児血清含有)で4日間培養した。培養後、メチルセルロースを取り除き、細胞を2.5% クリスタルバイオレット(30% エチルアルコール、1% シュウ酸アンモニウム中)で染色し、PBS(−)で3回洗浄/脱色後、プラーク数の平均値(3個のウエル)から1ml中のウイルス量を“PFU (Plaque Forming Unit)/mlとして算出した(Tuker, P.C.ら, J.Virol.71:6106, 1997)。
【0052】
SARSコロナウイルスはVero細胞において、感染後1−3日目までに急性感染を起こし急激なウイルス増殖が見られ、4日目に最大の細胞死が観察された。4日目以降は、ウイルス産生は減少した(最高値の1/100)が、細胞は再度増殖を始め、ウイルスを産生しながら継代できる持続感染細胞となった(吉仲由之、山本直樹:上田重晴ら編、抗菌・抗カビの最新技術とDDSの実際、NTS社、pp14-25、2005)
(2)組換え型SARSコロナウイルス・スパイクタンパク質(Recombinant SARS-CoV
spike protein)に対するIgY抗体の作成
a)免疫用抗原:免疫用抗原として、Protein Sciences社製「SARS CoV Spike"S"ΔTM」を用いた。
【0053】
b)産卵鶏への免疫:20週齢前後のローラ種に、免疫用抗原(100μg/ml)1
mlを等量のアジュバント(FCA:Difco社製)と混和させたのち、胸筋内に注射した
。その6週間後に、同量の抗原を追加免役し、その5週間後から採卵した。
【0054】
c)抗体の調製:免疫卵を割卵して卵黄を取り出した後、卵黄重量に対し10倍量の精製水を加えて脱脂した。上清に40%飽和になるように硫酸アンモニウムを加えて攪拌し、遠心により回収した沈殿物を生理的食塩水で溶かし、再び30%飽和塩析を行い、沈殿物を得た。この沈殿物を少量の生理的食塩水で溶解し、これに最終濃度が50%になるように−20℃に冷却したエタノールを、攪拌しながら徐々に加えた。遠心後、沈殿物を生理的食塩水で溶かし、精製抗体溶液とした。
【0055】
d)抗体力価の測定:抗体力価の測定はプラーク減少法による中和反応により測定した。ウイルス希釈液で10倍階段希釈した抗体溶液200μlにあらかじめ力価を測定したウイルス液400PFU/200μlを加え、室温(22℃)1時間、4℃で16時間反応後、上記プラーク法
によりウイルス量を測定した。抗体を含まない対照と比較し、50%プラーク数が減少する
抗体の希釈倍数の逆数を中和抗体価とした。
【0056】
e)精製抗体の力価:上記中和法で、20,000倍希釈まで陽性、という結果が得られた(図1参照)。
(3)SARSコロナウイルス(SARS-CoV)持続感染Vero細胞の抗SARSコロナウイルス・スパイクタンパク質IgY抗体(抗SARS-CoV spike IgY抗体)による処理
ウイルスのスパイクタンパク質に対して特異的なIgY抗体による処理による、SARS
コロナウイルス持続感染Vero細胞のウイルスの除去ないしは不活性化に関し、抗体存在下に培養を続け(4日毎に新しい抗体を含む培地に交換、10日毎に継代培養)35日ま
で適宜ウイルス力価の測定、細胞内ウイルスタンパク質、ウイルスRNAの検出を行った。
【0057】
ウイルスの力価の測定は、培養上清を上記プラーク法により行った。細胞内タンパク質の検出では、6ウエルプレートに培養した持続感染Vero細胞(1ウエル当たり2.5
mlの培地、106個の細胞)を0.3mlのSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動法(SDS−PAGE)用のサンプルバッファーに回収し、全タンパク質をSDS−PAGEで分離後、タンパク質をPVDF膜(Polyvinylidene fluolide)に転写後、抗ウサギSARS-ヌクレオキャプシッドタンパク質抗体(IMGENEX社)、抗ウサギSARS-スパイクタンパク質抗体(IMGENEX社)、アクチン、Bcl−2などの標準タンパク質の抗体(サンタクル
ズ社)で免疫ブロットを行い、二次抗体にはアルカリホスファターゼで標識した抗ウサギ−ヤギ抗体(サンタクルズ社)を用い、NBT(ニトロブルーテトラゾリュウム塩、ベーリンガー社)による発色で検出した(Yoshinaka,Y.ら, Biochem. Biophy.Res.Commun.261:139,1999)。画像をCCDカメラで撮影し画像解析ソフト(The Analytical Imaging System AIS. アマシャム/ファルマシア社)によりアクチンバンドの濃度との相対比より抗原
発現の強弱を測定した。ウイルスRNAの検出では、細胞中のウイルスRNAの存在有無を、リバースPCR法により調べた(表1参照)。
【0058】
(実験結果)
作成したSARSコロナウイルスのスパイクタンパク質に対して特異的な精製IgY抗体
の力価と同抗体処理によるSARSコロナウイルス持続感染Vero細胞のウイルスの除去ないしは不活性化に関する実験結果を図1、表1に示す。
【0059】
図1は、精製抗SARS-SARS-CoV スパイクタンパク質IgY抗体の力価を示す。精製したSARS-CoV スパイクタンパク質IgY(10mg/ml)の希釈列200μ/lを作成し、400PFU/200μlの
ウイルス液を加え、22℃で1時間、4℃で16時間反応後、反応液200μlにつきプラーク法で活性ウイルスを測定し、50%ウイルスを不活化する抗体の希釈度から中和抗体力価を
求めた。この抗体の力価は20,000とした。
【0060】
【表1】

【0061】
この実験において、SARSコロナウイルス持続感染Vero細胞を、新しい抗体を含む培養液(100μg/ml)による溶液の交換を3日毎に行いながら、表示日数の間、IgY抗体で処理した(*)。ウイルスの力価は、IgYが含まれない培養液に移してから7日
後に測定した(**)。細胞にアソシエイトしたウイルスのヌクレオキャプシッドタンパク質は、イムノブロット法により検出した(***)。ウイルスRNAの検出については、0
日後では、PCRの15反応サイクル後に、ウイルスRNAが検出された(****)。28日後では、PCRの30反応サイクル後に、ウイルスRNAの痕跡が検出された(*****
)。35日後では、PCRの40反応サイクル後では、ウイルスRNAは、検出されなか
った(******)。なお、この表1において、NDは、実施していないことを示す。
【0062】
この表1に示すように、SARSコロナウイルス持続感染Vero細胞においてウイルスが除去ないしは不活性化されたことが、ウイルス力価の測定、細胞中のウイルスのヌクレオキャプシッドタンパク質の検出、ウイルスRNAの検出により、それぞれ示された。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の抗ウイルス剤及びウイルス感染細胞処理方法は、医学、生物学等の分野において、生物由来物にウイルスが感染した場合について、幅広く利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】精製抗SARS-SARS-CoV スパイクタンパク質IgY抗体の力価を示す図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物由来物に感染したウイルスを除去ないしは不活性化する生物由来物の処理方法であって、
前記生物由来物を前記ウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸すことを特徴とするウイルスが感染した生物由来物の処理方法。
【請求項2】
前記生物由来物は、細胞、組織、臓器のいずれか1つであることを特徴とする請求項1に記載のウイルスが感染した生物由来物の処理方法。
【請求項3】
前記生物由来物は、ヒト由来又は動物由来であることを特徴とする請求項1又は2に記載のウイルスが感染した生物由来物の処理方法。
【請求項4】
前記生物由来物が生物から採取された際にウイルスが感染している場合に、前記生物由来物から感染ウイルスを除去することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つに記載のウイルスが感染した生物由来物の処理方法。
【請求項5】
前記生物由来物は、移植用であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1つに記載したウイルスが感染した生物由来物の処理方法。
【請求項6】
前記抗体は鶏卵抗体であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つに記載のウイルスが感染した生物由来物の処理方法。
【請求項7】
感染しているウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸すことにより、ウイルスを除去ないしは不活性化したことを特徴とする感染ウイルスに対する処理済細胞。
【請求項8】
感染しているウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸すことにより、ウイルスを除去ないしは不活性化したことを特徴とする感染ウイルスに対する処理済組織。
【請求項9】
感染しているウイルスに特異的な抗体を含有する処理液に浸すことにより、ウイルスを除去ないしは不活性化したことを特徴とする感染ウイルスに対する処理済臓器。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−82486(P2007−82486A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−276704(P2005−276704)
【出願日】平成17年9月22日(2005.9.22)
【出願人】(000002853)ダイキン工業株式会社 (7,604)
【Fターム(参考)】