説明

エアロゾルデポジション用圧電セラミックス粉末及び圧電素子、並びに成膜方法

【課題】エアロゾルデポジション法を用いて圧電膜を成膜するにあたって、圧電特性の確保と成膜効率の確保との両立を図ること。
【解決手段】エアロゾルデポジション用圧電セラミックス粉末は、(K、Na)NbOを主成分とするペロブスカイト構造の主相と、当該主相に混合しているタングステンブロンズ構造の異相と、を有し、X線回折で得られた異相のピーク強度I1と、X線回折で得られた主相のピーク強度I0との強度比I1/I0が所定の範囲である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エアロゾルデポジション法を用いて圧電膜を成膜する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
乾燥した微粉体を固相状態のまま基材に衝突させ、低温かつ高速でコーティングを実現する、エアロゾルデポジション法という成膜プロセスがある。例えば、特許文献1には、エアロゾルデポジション用セラミックス粉末であって、構成元素として鉛を含まない化合物を主成分とし、平均粒径が0.6μm以上1.7μm以下であり、かつ、格子歪が0.3以下のセラミックス粉末が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−242161号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1は、エアロゾルデポジション法を用いて、基板を加熱しなくても十分に高い圧電特性を得ることを目的としているが、より短時間で必要な厚さの圧電膜を成膜すること(成膜効率)については言及されておらず、改善の余地がある。本発明は、上記事情に鑑みてされたものであり、エアロゾルデポジション法を用いて圧電膜を成膜するにあたって、圧電特性の確保と成膜効率の確保との両立を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上述した課題を解決し、目的を達成するために、本発明者はエアロゾルデポジション法に用いるセラミックス粉末について鋭意研究し、前記セラミックス粉末中の主相に異相が混合していることが、成膜効率の改善に効果的であることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて完成されたものである。
【0006】
本発明に係るエアロゾルデポジション用圧電セラミックス粉末は、主相と、当該主相に混合している異相と、を有し、X線回折で得られた前記異相のピーク強度I1と、X線回折で得られた前記主相のピーク強度I0との強度比I1/I0が所定の範囲であることを特徴とする。このように、強度比I1/I0を所定の範囲とすることで、異相によってエアロゾルデポジション用圧電セラミックス粉末の硬度を低下させることにより、成膜効率を改善できる。また、強度比I1/I0を所定の範囲とすることで、衝撃固化時に異相を低減させることができる。これによって、圧電膜中に残存する異相の量が低減するので、圧電特性(圧電体として求められる特性であり、誘電損失やヒステリシス)を確保できる。その結果、エアロゾルデポジション法を用いて圧電膜を成膜するにあたって、圧電特性の確保と成膜効率の確保との両立を図ることができる。なお、成膜効率は、上述したように、短時間で必要な厚さの圧電膜を成膜することであり、例えば、エアロゾルの所定回数の噴射当たりにおける圧電膜の厚さで評価することができる。
【0007】
本発明の望ましい態様としては、前記強度比I1/I0は、0よりも大きく0.065未満であることが好ましい。この範囲であれば、エアロゾルデポジション法を用いて圧電膜を成膜するにあたって、確実に、圧電特性の確保と成膜効率の確保との両立を図ることができる。
【0008】
本発明の望ましい態様としては、前記主相は、(K、Na)NbOを主成分とするペロブスカイト構造であり、前記異相は、タングステンブロンズ構造であることが好ましい。このような結晶構造の組み合わせにおいて、強度比I1/I0を上述した所定の範囲とすることで、圧電特性の確保と成膜効率の確保との両立を図ることができる。
【0009】
本発明に係る圧電素子は、前記エアロゾルデポジション用圧電セラミックス粉末が、エアロゾルデポジション法により基板に向かって噴射されて前記基板上に成膜された圧電膜を有することを特徴とする。前記エアロゾルデポジション用圧電セラミックス粉末は、圧電特性の確保と成膜効率の確保との両立を図ることができる。このため、このようなエアロゾルデポジション用圧電セラミックス粉末を用いて成膜された圧電膜を有する圧電素子は、圧電特性が確保され、かつ生産性も高い。
【0010】
本発明に係る成膜方法は、前記エアロゾルデポジション用圧電セラミックス粉末を、エアロゾルデポジション法により基板に向かって噴射させることにより、前記基板上に圧電膜を成膜することを特徴とする。前記エアロゾルデポジション用圧電セラミックス粉末は、圧電特性の確保と成膜効率の確保との両立を図ることができる。このため、このようなエアロゾルデポジション用圧電セラミックス粉末を用いて成膜すれば、生産性を向上させることができるとともに、得られた圧電膜の圧電特性も確保できる。
【0011】
本発明の望ましい態様としては、前記圧電膜を、所定温度で所定時間保持することが好ましい。これによって、圧電膜の圧電特性を大幅に向上させることができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明は、エアロゾルデポジション法を用いて圧電膜を成膜するにあたって、圧電特性の確保と成膜効率の確保との両立を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、エアロゾルデポジション法による成膜プロセスの模式図である。
【図2】図2は、本実施形態に係るAD用セラミックス粉末をX線回折法で解析した結果を示す図である。
【図3】図3は、本実施形態に係るAD用セラミックス粉末を製造する方法の一例を説明するフローチャートである。
【図4】図4は、AD法を実現するための成膜装置の一例を示す装置構成図である。
【図5】図5は、図4に示す成膜装置が備えるノズルの平面図である。
【図6】図6は、本実施形態に係る成膜方法を用いて圧電素子を製造する方法の一例を示すフローチャートである。
【図7】図7は、本実施形態に係るAD用セラミックス粉末を用いて作製された圧電素子の一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明につき図面を参照しつつ詳細に説明する。なお、以下の説明により本発明が限定されるものではない。以下の説明における構成要素には、当業者が容易に想定できるもの、実質的に同一のもの、いわゆる均等の範囲のものが含まれる。また、以下に開示する構成は、適宜組み合わせることが可能である。
【0015】
図1は、エアロゾルデポジション法による成膜プロセスの模式図である。エアロゾルデポジション法(以下、AD法という)は、原材料の粉末粒子Pを超音速で成膜対象物Bに衝突させることにより、粉末粒子Pに衝撃固化を起こさせて、成膜対象物Bの表面に膜Fを形成する技術である。AD法は、微細結晶粒の再構成により膜Fが形成されるため、成膜プロセスにおいては原材料の結晶構造が維持される。このため、多くの場合、原材料の粉末粒子Pと同じ結晶構造の膜Fを形成することができる。したがって、AD法を用いて圧電膜を形成すれば、大きな圧電効果等が期待できる。また、AD法は、膜特性が下地層に依存しないという特徴もある。さらに、AD法は、スパッタリング等の物理成膜法に対して、比較的低い真空度の環境で成膜できるので、設備を簡易なものとすることができる。
【0016】
本実施形態は、AD法により圧電膜を成膜して、アクチュエータ、センサ、セラミックスフィルタ、圧電ブザー、超音波振動子等、様々な用途に応じた圧電素子を製造することができる。本実施形態において、AD法に用いて圧電膜を成膜する際に用いる原材料の粉末を、エアロゾルデポジション用圧電セラミックス粉末(以下、AD用セラミックス粉末)という。本実施形態において、圧電膜の原材料は特に限定されるものではないが、環境や生態系への配慮から、非鉛圧電材料が好ましい。
【0017】
非鉛圧電材料は、圧電材料として適しているものであればよく、ペロブスカイト構造の化合物であることが好ましい。ペロブスカイト構造の化合物(一般式ABOで表される化合物)としては、Aサイト成分及びBサイト成分がそれぞれ平均して1価及び5価である陽イオンであり、かつAサイト成分が少なくともアルカリ金属イオンを含む化合物、及び、Aサイト成分及びBサイト成分がそれぞれ平均して2価及び4価である陽イオンであり、かつAサイト成分が少なくともアルカリ金属イオンを含む化合物、が好ましい。ペロブスカイト型化合物としては、(K、Na)NbO(ニオブ酸塩系化合物)、(Bi、Na)TiO(チタン酸ビスマスナトリウム系化合物)が好ましい。
【0018】
AD用セラミックス粉末は、圧電特性を向上させるために、原材料を高温で仮焼して結晶性(ペロブスカイト構造の結晶の割合が高いこと)を向上させる必要がある。しかし、仮焼温度を高くすると、AD用セラミックス粉末の硬度が高くなる。AD用セラミックス粉末の硬度が高すぎると、AD法によって成膜した際には、基板に衝突することによる衝撃固化が起こりにくくなる。その結果、成膜効率が低下し、必要な厚さの圧電膜を得るためには長時間を要する。このため、圧電素子の生産性が低下するおそれがある。
【0019】
この問題を解決するため、本実施形態では、AD用セラミックス粉末中に存在する主相及び当該主相と異なる結晶構造を有する異相との関係に着目した。そして、AD用セラミックス粉末の主相に、当該主相とは異なる異相を残存させて混合させることにより、AD用セラミックス粉末の硬度を適切に調整できることを見出した。このような、異相が主相に完全に固溶せずに混合したAD用セラミックス粉末を用いてAD法により成膜すると、AD用セラミックス粉末が基板に衝突した際に衝撃固化が起こりやすくなり、成膜効率が向上する。また、主相に残存する異相の量を適切なものとすることで、衝撃固化の際に異相をほとんど消滅させることができると考えられる。これによって、成膜効率と圧電特性との両立を図ることができる。本実施形態では、X線回折で得られた異相のピーク強度I1と、X線回折で得られた前記主相のピーク強度I0との強度比I1/I0を所定の範囲とすることで、成膜効率と圧電特性との両立を図ることができる。
【0020】
図2は、本実施形態に係るAD用セラミックス粉末をX線回折法で解析した結果を示す図である。図2中、I0は、本実施形態に係るAD用セラミックス粉末の主相であるペロブスカイト構造の、X線回折法で解析したピーク強度であり、I1は、異相であるタングステンブロンズ構造の、X線回折法で解析したピーク強度である。本実施形態においては、AD用セラミックス粉末の主相はペロブスカイト構造が好ましく、異相はタングステンブロンズ構造が好ましい。
【0021】
本実施形態において、AD用セラミックス粉末は、ペロブスカイト構造の主相に、タングステンブロンズ構造の異相が完全に固溶せずに混合した状態となっている。このような構造とすることにより、AD用セラミックス粉末は、成膜効率と圧電特性との両立を図ることができる。本実施形態では、前記異相のピーク強度I1と、前記主相のピーク強度I0との強度比I1/I0が0.065よりも小さい場合に、優れた圧電特性を得ることができる。また、強度比I1/I0が0よりも大きい範囲で良好な成膜効率を得ることができる。
【0022】
強度比I1/I0をこのような範囲とすることで、AD用セラミックス粉末が適切な硬さになるので、成膜対象にAD用セラミックス粒子が衝突した際に衝撃固化が起こりやすくなる。その結果、圧電膜が形成されやすくなり、かつ圧電膜が効率的に成膜される。さらに、強度比I1/I0を上記範囲とすることで、衝撃固化により異相(タングステンブロンズ構造)はほとんど消滅する。これによって、成膜後の圧電膜には、異相(タングステンブロンズ構造)がほとんど存在しなくなるので、優れた圧電特性を得ることができる。なお、圧電特性の観点からは、強度比I1/I0は0.020以下がより好ましく、成膜効率の観点からは、強度比I1/I0は0.005以上がより好ましい。
【0023】
図3は、本実施形態に係るAD用セラミックス粉末を製造する方法の一例を説明するフローチャートである。まず、AD用セラミックス粉末の最終組成となるような量で、複数の原料の粉末(原料粉末)を秤量する(ステップS101)。AD用セラミックス粉末の原料としては、AD用セラミックス粉末に含まれる元素に対応する炭酸塩や酸化物を用いることができる。AD用セラミックス粉末の最終組成となるような複数の原料の量は、AD用セラミックス粉末における元素のモル比に合わせた量とすることができる。
【0024】
複数の原料粉末を秤量したら、これらを粉砕しながら混合してAD用セラミックス粉末の原料組成物を得る(ステップS102)。本実施形態において、粉砕には、例えばボールミルを用いた湿式粉砕を用いることができる。なお、湿式粉砕に限らず、乾式粉砕を用いてもよい。次に、原料組成物は乾燥させられ(ステップS103)、乾燥後の原料組成物が仮成形される(ステップS104)。乾式粉砕を用いた場合、乾燥は不要である。得られた仮成形体は、例えば、加熱炉内で仮焼され(1次仮焼、ステップS105)、1次仮焼体を得る。1次仮焼の温度は、735℃から850℃とした。
【0025】
1次仮焼の温度が735℃以下になると、主相(ペロブスカイト構造)に異相(タングステンブロンズ構造)が十分に生成しないおそれがある。また、1次仮焼の温度が850℃を超えると、主相(ペロブスカイト構造)中における異相(タングステンブロンズ構造)の存在割合が大きくなりすぎて、圧電特性に影響を与えるおそれがある。このため、1次仮焼及び2次仮焼を実行する場合、1次仮焼の温度は、735℃よりも高く、850℃以下とすることが好ましい。なお、1次仮焼及び2次仮焼を実行する場合、2次仮焼の温度によっても異相の発生状態は変化する。また、原料の組成によっても異相の発生状態は変化する。したがって、2次仮焼の温度や原料の組成等によって、1次仮焼の温度は変更してもよい。
【0026】
次に、得られた1次仮焼体が粉砕されて(ステップS106)、原料組成物が得られる。そして、得られた原料組成物が仮成形されて、成形体が得られる(ステップS107)。得られた成形体は、例えば、加熱炉内で仮焼され(2次仮焼、ステップS108)、2次仮焼体を得る。2次仮焼の温度は1次仮焼の温度よりも高いことが好ましく、本実施形態では950℃から1150℃とした。2次仮焼の温度が950℃未満である場合、AD用セラミックス粉末の結晶性を十分に向上させることができないおそれがある。一方、2次仮焼の温度が1150℃を超えると、AD用セラミックス粉末の硬度が高くなりすぎるおそれがある。2次仮焼の温度は、AD用セラミックス粉末の種類に応じて変更してもよい。例えば、NBT(Na0.5Bi0.5TiO)系の材料をAD用セラミックス粉末として用いる場合、2次仮焼の温度は800℃から1000℃とすることが好ましい。
【0027】
2次仮焼の終了後、得られた2次仮焼体が粉砕されて(ステップS109)、本実施形態に係るAD用セラミックス粉末が得られる。AD用セラミックス粉末の平均粒径(D50、累積体積比率の50%の粒径でありメジアン径)は0.6μm以上1.7μm以下が好ましく、0.6μm以上0.9μm以下であるとより好適である。前記平均粒径が上記範囲であれば、AD法による成膜時には、AD用セラミックス粉末の衝撃固化がより発生しやすくなるとともに、AD用セラミックス粉末が成膜対象を削る現象を抑制できるので好ましい。
【0028】
この例では、1次仮焼及び2次仮焼の2回の仮焼を実行したが、各種の条件を整えることで仮焼を1回とすることも可能である。また、AD用セラミックス粉末をさらに細かく制御する場合には、仮焼を3回以上実行してもよい。
【0029】
1次仮焼の時間と2次仮焼の時間とは、AD用セラミックス粉末の結晶性を向上させることができる時間であればよい。前記時間は、例えば、両方の合計時間(総仮焼時間)が、2時間から8時間程度とすればよい。仮焼が1回である場合、総仮焼時間は2時間から8時間程度とすればよい。総仮焼時間が2時間未満であると、AD用セラミックス粉末の結晶性が十分に向上しないおそれがあり、総仮焼時間が8時間を超えるとAD用セラミックス粉末の硬度が高くなりすぎるおそれがある。なお、総仮焼時間は、AD用セラミックス粉末の種類に応じて変更してもよい。
【0030】
図4は、AD法を実現するための成膜装置の一例を示す装置構成図である。図5は、図4に示す成膜装置が備えるノズルの平面図である。図5は、ノズル6の噴射口6H側からノズル6を見た状態を示している。図4のXYZ座標系と図5のXYZ座標系とは同じ座標系である。成膜装置1は、エアロゾル生成装置2と、真空チャンバ3と、基板ホルダ4と、排気ポンプ5と、ノズル6と、ガス導入管7と、エアロゾル搬送管8と、制御装置10と、流量計11と、を含む。エアロゾル生成装置2は、エアロゾル生成室2Cと、攪拌装置2Dとを有する。エアロゾル生成室2Cは、本実施形態に係るAD用セラミックス粉末が投入されて、これを保持する。攪拌装置2Dは、エアロゾル生成室2C内のAD用セラミックス粉末に振動等を与えて、これを攪拌する。
【0031】
ガス導入管7は、ガス供給源(本実施形態ではガスボンベ)12とエアロゾル生成室2Cとを接続する。そして、ガス導入管7は、ガス供給源12からエアロゾル生成室2CへガスGを供給する。ガスGとしては、例えば窒素(N)、酸素(O)、ヘリウム(He)、アルゴン(Ar)、又は、乾燥空気を用いることができる。ガス供給源12とエアロゾル生成室2Cとの間には、ガス流量調整装置(本実施形態では流量調整弁)13と、流量計11とが設けられる。ガス流量調整装置13は、ガス供給源12からエアロゾル生成室2Cへ供給されるガスGの流量を調整する。流量計11は、ガス導入管7を流れるガスGの流量を計測する。
【0032】
エアロゾル搬送管8は、エアロゾル生成室2Cと真空チャンバ3とを接続する。エアロゾル搬送管8は、エアロゾル生成室2Cで生成されたエアロゾルを、真空チャンバ3内へ導入する。真空チャンバ3は、エアロゾル生成室2Cで生成されたエアロゾルを用いて、基板9の表面に圧電膜を成膜するための容器である。真空チャンバ3は、ノズル6と、排気ポンプ5と、基板ホルダ4とを有する。
【0033】
ノズル6は、エアロゾル搬送管8に接続されている。排気ポンプ5は、真空チャンバ3に接続されており、真空チャンバ3内を減圧する。これによって、真空チャンバ3内は、所定の真空度に保たれている。AD法においては、真空度が50Paから1000Pa程度が好ましい。ノズル6は、エアロゾル搬送管8を介してエアロゾル生成室2Cから搬送されてきたエアロゾルを、基板9に向かって噴射する。これによって、本実施形態に係るAD用セラミックス粉末を含んだエアロゾルが基板9に衝突する。そして、基板9に衝突したAD用セラミックス粉末は、基板9の表面で衝突固化して圧電膜となる。基板ホルダ4は、保持台4Hと保持台駆動装置4Dとを有する。保持台4Hは、例えば、真空吸着装置によって基板9を表面に保持する。保持台駆動装置4Dは、保持台4HをXYZ方向に移動させる。これによって、基板ホルダ4は、ノズル6と基板9との距離を調整したり、基板9の異なる位置にエアロゾルを噴射させたりする。ここで、Z方向は、保持台4Hの保持面(基板9の板面)と直交する方向であり、X方向、Y方向は、保持台4Hの保持面(基板9の板面)と平行な方向である。
【0034】
図5に示すように、ノズル6は、矩形形状の噴射口6Hを有している。噴射口6Hの長手方向における寸法はWであり、短手方向における寸法はhである。本実施形態において、Wは5mm、hは0.5mmであるが、噴射口6Hの寸法はこれに限定されるものではない。本実施形態において、噴射口6Hの長手方向はY方向と平行に配置され、短手方向はX方向と平行に配置される。そして、噴射口6Hの開口面と直交する方向がZ方向となる。
【0035】
制御装置10は、攪拌装置2Dと、基板ホルダ4と、排気ポンプ5と、ガス流量調整装置13とを制御する。また、制御装置10は、流量計11が計測したガスGの流量を取得する。制御装置10は、取得したガスGの流量に基づき、エアロゾル生成室2Cへ所定の流量でガスGが供給されるように、ガス流量調整装置13を制御する。これによって、制御装置10は、ノズル6から噴射されるエアロゾルの噴射条件を制御する。圧電膜を基板9の表面に成膜する場合、制御装置10は、攪拌装置2Dを制御して、エアロゾル生成室2C内のAD用セラミックス粉末を攪拌する。また、制御装置10は、ガス流量調整装置13を制御して、ガス供給源12からエアロゾル生成室2CへガスGを供給する。これによって、AD用セラミックス粉末が吹き上げられてエアロゾルが生成される。
【0036】
生成されたエアロゾルは、エアロゾル搬送管8を介して、真空チャンバ3内に設けられたノズル6に供給される。ノズル6は、供給されたエアロゾルを基板9に向けて高速で噴射する。これにより、エアロゾル状態のAD用セラミックス粉末が、基板9や基板9の表面に形成された堆積物に衝突して衝撃固化することにより堆積して、薄膜(圧電膜)が成膜される。なお、エアロゾルの生成方法は、AD用セラミックス粉末をガスG中に分散させることができる方法であればよく、上述の方法の他にも様々な方法を適用することができる。例えば、ガスGの気流が形成されている容器にAD用セラミックス粉末を投入することによってエアロゾルを生成してもよい。
【0037】
制御装置10は、ノズル6の噴射口6Hからエアロゾルを噴射させながら、X方向、すなわち、図5に示すノズル6の短手方向と平行な方向に基板ホルダ4の保持台4Hを移動させる。これによって、基板9の表面に圧電膜が成膜される。そして、基板9の所定の領域に圧電膜を成膜したら、制御装置10は、ノズル6の噴射口6Hからのエアロゾルの噴射を停止してから、Y方向、すなわち、図5に示すノズル6の長手方向と平行な方向に基板ホルダ4の保持台4Hを移動させる。これによって、圧電膜を成膜した所定の領域とは異なる基板9の領域に、ノズル6の噴射口6Hを移動させる。この状態で、制御装置10は、ノズル6の噴射口6Hからエアロゾルを噴射させながら、X方向、すなわち、図5に示すノズル6の短手方向と平行な方向に基板ホルダ4の保持台4Hを移動させる。これによって、圧電膜を成膜した所定の領域とは異なる基板9の領域も圧電膜が形成される。これを繰り返すことによって、基板9の必要な領域に圧電膜が形成される。
【0038】
図6は、本実施形態に係る成膜方法を用いて圧電素子を製造する方法の一例を示すフローチャートである。本実施形態に係る成膜方法は、AD法を用い、本実施形態に係るAD用セラミックス粉末で圧電膜を成膜する方法である。まず、上述した本実施形態に係るAD用セラミックス粉末を製造する方法により、AD用セラミックス粉末を作製する(ステップS201)。
【0039】
次に、作成されたAD用セラミックス粉末を用いて、成膜対象(例えば、基板)の表面に、圧電膜を成膜する(ステップS202)。圧電膜は、大気中に、所定温度で所定時間(例えば、500℃から650℃で30分から1時間)保持される熱処理が施されることが好ましい。これによって、圧電膜中における微結晶の粒成長や欠陥回復が進行するので、圧電膜の圧電特性を大幅に向上させることができる。その後、必要に応じて圧電膜等に電極を形成することによって、圧電素子が作製される。作製された圧電素子は、筐体等や回路基板等に組み付けられて、アクチュエータやセンサ等の電子部品が作製される(ステップS203)。
【0040】
図7は、本実施形態に係るAD用セラミックス粉末を用いて作製された圧電素子の一例を示す断面図である。図7に示す圧電素子20は、圧電ブザーに適用される。図7に示すように、圧電素子20は、基板である振動板21の表面に圧電膜22が設けられ、さらに圧電膜22の表面に電極23が設けられている。振動板21は、例えば、真鍮、ステンレス鋼等の円板を用いることができる。
【0041】
圧電膜22は、本実施形態に係るAD用セラミックス粉末を用い、AD法によって振動板21の表面に直接成膜される。圧電膜22は、例えば、平面視が円形に成膜される。圧電膜22の表面に設けられる電極23は、例えば、スパッタリング、無電解めっき、CVD(Chemical Vapor Deposition)等により、好適には、スパッタリングにより形成される。電極23の材質としては、例えば、金、銀、銅、アルミニウム、白金等を含む群から選択された少なくとも一種の金属又は合金(好適には銀)が挙げられる。電極23は、例えば、平面視が円形に成膜される。
【0042】
本実施形態に係るAD用セラミックス粉末で成膜された圧電膜22を用いた圧電素子20の適用対象として圧電ブザーを例示したが、圧電膜22及び圧電素子20の適用対象はこれに限定されるものではない。この他にも、例えばインジェクター、超音波モータ、トランスデューサ、インクジェットプリンタ用ヘッド、センサ、発振回路、フィルタ回路、点火装置等に対しても、圧電膜22及び圧電素子20を適用することができる。
【0043】
[評価例]
ペロブスカイト構造の主相を有するAD用セラミックス粉末において、タングステンブロンズ構造の異相の割合を変化させたものを作製して評価した。AD用セラミックス粉末の組成は、(Na0.540.36Li0.05Sr0.05Ba0.0025)(Nb0.89Ta0.09Zr0.05)O+0.5質量%MnCOとした。それぞれの化合物の割合は、MnCOを除き原子%である(MnCOは質量%)。原料粉末として、NaCO粉末と、KCO粉末と、LiCO粉末と、BaCO粉末と、Nb粉末と、Ta粉末と、MnCO粉末と、SrZrO粉末とを用意した。これらの原料粉末を、焼成後に上述したセラミックス粉末の組成となるように秤量し、純水を用いて湿式ボールミルで16時間混合してから十分に乾燥させた後、粉砕した。
【0044】
次に、乾燥後の原料粉末を仮成形して、735℃、740℃、750℃、785℃、800℃、850℃のいずれかの温度で1次仮焼することにより、1次仮焼体を得た。1次仮焼体を粉砕した後、再度仮成形して、950℃又は1150℃で2次仮焼することにより、2次仮焼体を得た。2次仮焼体を粉砕した後、純水を用いて湿式ボールミルにより8時間微粉砕した後、十分に乾燥させてAD用セラミックス粉末を得た。このAD用セラミックス粉末を用いて、AD法により基板上に圧電膜を成膜して評価した。圧電膜は、大気雰囲気中に、雰囲気温度が600℃で30分間保持される熱処理が施された。
【0045】
AD法による成膜条件は次の通りである。ガスは酸素(O)を用いた。ガス流量は7L(リットル)/min.とした。ノズルと基板(成膜対象)との距離は5mmとした。ノズルのスキャンは50往復とした。基板上に成膜された圧電膜の膜厚は、ノズルが基板に対して50往復する間に成膜された圧電膜の厚さである。成膜効率は、エアロゾルの所定回数の噴射当たりにおける圧電膜の厚さで評価した。具体的には、1往復の噴射を1回のエアロゾルの噴射とすると、50回のエアロゾルの噴射当たりにおける圧電膜の厚さ(50回噴射当たりの膜厚)で評価した。膜厚は、表面形状測定装置Dektak(ビーコ社製)で測定された。それぞれの圧電膜は、熱処理後にtanδ(誘電損失)が測定された。tanδは、LCRメーター(アジレントテクノロジー社製)を用いて100Hzで測定された。
【0046】
得られた圧電膜は、X線回折パターンが測定された。X線回折パターンは、X線回折装置X’Pert PRO MPD(パナリティカル社製)で測定された。使用した装置のX線はCuKαであった。そして、同社製解析ソフトウェアX’Pert HighScore Plusを用いて、測定結果に対してK−Alpha2分離、スムージング、バックグラウンド除去、ピークサーチを施すことにより、ペロブスカイト構造のピーク強度I0とタングステンブロンズ構造のピーク強度I1とを求めた。そして、ペロブスカイト構造のピーク強度I0に対するタングステンブロンズ構造のピーク強度I1の強度比I1/I0を算出した。評価結果を表1に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
表1の結果から、強度比I1/I0が大きいほど、50回噴射当たりの膜厚は大きくなることが分かる。すなわち、強度比I1/I0が大きいほど、成膜効率は向上することが分かる。一方、強度比I1/I0が大きくなるにしたがって、tanδは増加することが分かる。すなわち、強度比I1/I0が大きくなるにしたがって圧電特性は低下することが分かる。
【0049】
本実施形態において、圧電特性については、tanδ=0.96よりも小さいものを許容とし、成膜効率については、50往復当たりの膜厚が1.5μmよりも大きいものを許容とした。なお、圧電特性及び成膜効率の許容値は、圧電素子の仕様等によって変更される場合もある。かかる基準から、強度比I1/I0が0よりも大きく0.065よりも小さい範囲であれば、圧電特性に優れ、かつ成膜効率の高いAD用セラミックス粉末が得られるといえる。さらには、圧電特性及び成膜効率は、tanδ=0.1以下、50往復当たりの膜厚が2.0μm以上の範囲がより好ましい。かかる観点から、強度比I1/I0は0.005以上0.02以下がより好ましい。
【産業上の利用可能性】
【0050】
以上のように、本発明に係るエアロゾルデポジション用圧電セラミックス粉末及び圧電素子、並びに成膜方法は、AD法において、圧電特性の確保と成膜効率の確保との両立を図ることことに有用である。
【符号の説明】
【0051】
1 成膜装置
2 エアロゾル生成装置
3 真空チャンバ
4 基板ホルダ
6 ノズル
6H 噴射口
7 ガス導入管
8 エアロゾル搬送管
9 基板
10 制御装置
12 ガス供給源
20 圧電素子
22 圧電膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
主相と、当該主相に混合している異相と、を有し、
X線回折で得られた前記異相のピーク強度I1と、X線回折で得られた前記主相のピーク強度I0との強度比I1/I0が所定の範囲であることを特徴とするエアロゾルデポジション用圧電セラミックス粉末。
【請求項2】
前記強度比I1/I0は、0よりも大きく0.065未満である請求項1に記載のエアロゾルデポジション用圧電セラミックス粉体。
【請求項3】
前記主相は、(K、Na)NbOを主成分とするペロブスカイト構造であり、前記異相は、タングステンブロンズ構造である請求項1又は2に記載のエアロゾルデポジション用圧電セラミックス粉末。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載のエアロゾルデポジション用圧電セラミックス粉末が、エアロゾルデポジション法により基板に向かって噴射されて前記基板上に成膜された圧電膜を有することを特徴とする圧電素子。
【請求項5】
請求項1から3のいずれか1項に記載のエアロゾルデポジション用圧電セラミックス粉末を、エアロゾルデポジション法により基板に向かって噴射させることにより、前記基板上に圧電膜を成膜することを特徴とする成膜方法。
【請求項6】
前記圧電膜を、所定温度で所定時間保持する請求項5に記載の成膜方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2011−195934(P2011−195934A)
【公開日】平成23年10月6日(2011.10.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−66747(P2010−66747)
【出願日】平成22年3月23日(2010.3.23)
【出願人】(000003067)TDK株式会社 (7,238)
【Fターム(参考)】