説明

エンジン油組成物

【課題】低粘度のエステル系基油を用いても、摩擦低減が十分に発揮できるエンジン油組成物を提供する
【解決手段】100℃における動粘度が3.6mm2/s以下、粘度指数が130以上のエステル系基油を主成分とし、炭素数6〜10個のアルキル基及び/又はアルケニル基を有するモリブデンジチオカーバメイトを、全量基準でモリブデン量として0.03質量%以上含有するエンジン油組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超低粘度エステル系基油とモリブデンジチオカーバメイトを用いた省燃費性能に優れたエンジン油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化防止のために自動車の燃費を向上させ、CO2の排出を抑制する要求が非常に高まっている。自動車の燃費を向上させるにはエンジンの効率向上が重要であり、ガソリンエンジンにおいてはリーンバーン化や直噴化あるいは動弁系のローラーフォロワ化及び各種可変化技術が採用されている。一方、エンジンの摩擦を低減することも燃費向上に貢献できることから、しゅう動部品への低摩擦材料の使用やピストンリングの低張力化等、様々なアプローチで低フリクション型エンジンの開発や低燃費化が計られている。
【0003】
一方、省燃費型エンジン油を使用することでもエンジンの燃費は向上が可能である。この省燃費型エンジン油を製造するには、SAE(米国自動車技術会)J300に規定されている粘度分類記載の5W−20や0W−20という低粘度化をはかると共に、摩擦を低下させる添加剤(摩擦調整剤、以下FMと称することもある)を配合することが有効であることが知られている(非特許文献1)。
【0004】
本出願人は、ローラーフォロワ型動弁系エンジンで最適の省燃費効果を発揮する潤滑油として、100℃における動粘度が5.5mm2/s以下、粘度指数が120以上、150℃における高温高せん断粘度が2.2mPa以上かつ2.5mPa未満のローラーフォロワ型動弁系エンジン用潤滑油組成物を提案した(特許文献1)。しかし、この潤滑油組成物は、特に粘度指数が低く、高温での粘度が低くなり耐摩耗性の点で、十分なものではなかった。
また、低粘度化を図るために、特定のジカルボン酸ジエステルを基油とし、あるいは、これにポリオールエステルを配合する潤滑油組成物(特許文献2)や特定のモノエステル化合物を含む内燃機関用潤滑油基油(特許文献3)が提案されている。しかし、エステル化合物を基油として用いると、摩擦低減に従来有効と考えられてきたモリブデンジチオカーバメイトの添加効果が十分に発揮されず、省燃費性の向上が不十分であることが分かった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2005−247978号公報
【特許文献2】特開2009−126871号公報
【特許文献3】特開2008−280381号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】上野ら、ガソリンエンジン用0W‐2 0油の開発、自動車技術会、学術講演会前刷集N o.79‐00、21頁、2000年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記課題を解決するためになされたもので、本発明の目的は、低粘度のエステル化合物を基油として用いても、摩擦低減が十分に発揮できるエンジン油組成物を提供するである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究を進めた結果、従来から一般に使用されているモリブデンジチオカーバメイトは、基油への溶解性の観点から炭素数12〜13のアルキル基を主とするものが用いられているが、エステル系基油を主成分とするエンジン油組成物においては、炭素数12以上のアルキル基を有するモリブデンジチオカーバメイトが摩擦低減に寄与していないことを見出し、本発明に想到した。
すなわち、本発明は、100℃における動粘度が3.6mm2/s以下、粘度指数が130以上のエステル系基油を主成分とし、炭素数6〜10のアルキル基及び/又はアルケニル基を有するモリブデンジチオカーバメイトを全量基準で、モリブデン量として0.03質量%以上含有するエンジン油組成物であり、好ましくは、前記エンジン油組成物が粘度指数向上剤としてポリメタクリレート系添加剤を5〜15質量%含有し、100℃における動粘度が8.8mm2/s以下である。
【発明の効果】
【0009】
本発明のエステル系基油使用の超省燃費エンジン油組成物を、最新のエンジンに使用することにより、良好な省燃費効果が得られるという格別の効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のエステル系基油は、100℃における動粘度が3.6mm2/s以下、粘度指数が130以上のものである。100℃における動粘度が3.6mm2/sを超えると省燃費性に劣り、粘度指数が130未満であれば、低温での粘度が高くなり省燃費性に劣る。
また、このエステル系基油は、100℃における動粘度が2.0mm2/s以上のものが、蒸発ロスが少ないため好ましい。粘度指数は、高ければ高いほど好ましいが、高くなれば、一般に動粘度も高くなるため、170以下のものが好ましい。
なお、本発明に用いるエステル系基油や組成物の動粘度及び粘度指数は、JIS K2283で測定される値である。
【0011】
さらに、このエステル系基油は蒸発ロスが18%以下のものが好ましい。この蒸発ロスが18%を超えるとエンジン油組成物の蒸発ロスを15%以下にすることが困難になる。この蒸発ロスは低ければ低いほど好ましいが、低過ぎると動粘度が高くなるため、5%以上が好ましい。なお、蒸発ロスは、−20mmH2Oの減圧度、油温250℃で、供試油を1時間放置したときに蒸発する割合でASTM D5800に規定された試験方法により測定される値である。
【0012】
エステル系基油を構成するエステル化合物としては、各種のエステル化合物、例えば、モノカルボン酸と1価アルコールとのエステルであるモノエステル化合物、ジカルボン酸と1価アルコールとのエステルであるジエステル化合物、モノカルボン酸と多価アルコールとのエステルであるポリオールエステル化合物のいずれからも選択することができるが、特には、炭素数4〜12の直鎖又は分岐の飽和ジカルボン酸と炭素数7〜12の1価のアルコールとのエステル化合物が、モリブデンジチオカーバメイトの添加効果が十分に発揮されるので好ましい。具体的には、セバシン酸ジオクチルやアジピン酸ジイソデシル等が、特に好ましい。
これらのエステル化合物は、単独で用いて、エステル系基油としてもよく、また数種類のエステル化合物を混合して、エステル系基油としてもよい。
【0013】
本発明においては、上記エステル系基油を主成分として用いるものであり、エステル系基油を単独で用いてもよいが、他の潤滑油基油、例えば、ポリアルファオレフィンや粘度指数が120以上の鉱油系基油などを配合してもよい。しかし、エンジン油組成物中に、エステル系基油が30質量%以上、特には50質量%以上、さらには80質量%以上含まれていることが好ましい。
【0014】
この場合のポリアルファオレフィンは、重合度や側鎖の長さの違いにより多種のものが存在するが、一般に潤滑油用として用いられているものを用いることができる。すなわち、CH2=CH−(CH2n−CH3の構造式で表されるα‐オレフィンが3〜5分子程度重合したもので、側鎖長のnが6〜12の分子を主成分としたもので、具体的には、1−オクテンオリゴマー、1‐デセンオリゴマー等の炭素数4〜16、好ましくは炭素数8〜12のα−オレフィンのオリゴマー又はそれらの水素化物等が好適である。
【0015】
鉱油系基油としては、原油を常圧蒸留して得られる常圧残油を減圧蒸留して得られた潤滑油留分を、溶剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、水素化精製等の処理を1つ以上行って精製したもの、あるいはワックス異性化鉱油、GTL WAX(ガストゥリキッドワックス)を異性化する手法で製造される基油等が好適である。なお、鉱油系基油中の硫黄分は、特に制限はないが、0.2質量%以下であることが好ましく、0.05質量%以下であることがさらに好ましい。この鉱油系基油は、蒸発ロスの低減と省燃費性とを鑑み、粘度指数が120以上のものを用いることが好ましい。
【0016】
本発明においては、ポリアルファオレフィン及び鉱油系基油は、それぞれ単独で、エステル系基油に配合しても、また両者を共に配合しても良い。このポリアルファオレフィン及び/又は鉱油系基油の配合量は、両者の合計量として、エンジン油組成物全量基準で、好ましくは、70質量%以下、より好ましくは50質量%以下、特に好ましくは20質量%以下とする。配合量が、70質量%を超えると、エンジン油組成物の粘度指数を250以上にすることが困難となるので、好ましくない。
【0017】
本発明に用いるモリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)は、炭素数6〜10のアルキル基及び/又はアルケニル基を有するものであり、次の構造のものが使用できる。
【0018】
【化1】

上記式中、Rは炭素数6〜10を有する直鎖及び又は分岐のアルキル基及び/又はアルケニル基を表し、Xは酸素原子又は硫黄原子を表し、その酸素原子と硫黄原子との比は1/3〜3/1である。Rは、好ましくは炭素数7〜9の分岐アルキル基であり、具体的には2‐エチルヘキシル基が挙げられる。1分子中に存在する4個のRは、同一であってもよく、異なっていてもよい。また、Rの異なるMoDTCを2種以上混合して用いることもできる。
【0019】
なお、炭素数が10を超えるアルキル基及び/又はアルケニル基を有するモリブデンジチオカーバメイトは、エステル系基油に非常に良く溶解し、摩擦界面で、MoS2を形成し難くなること、逆に、炭素数が6未満のアルキル基及び/又はアルケニル基を有するものは、エステル系基油に対する溶解度が低いため、摩擦界面でのMoS2形成ができないことによるものと推測される。したがって、炭素数6未満、11以上のアルキル基及び/又はアルケニル基を有するモリブデンジチオカーバメイトは含まれていないことが好ましい。具体的には、モリブデンジチオカーバメイトの全質量に対してこの範囲外のモリブデンジチオカーバメイトは、20質量%以下、特には5質量%以下が好ましい。
【0020】
炭素数6〜10の直鎖及び又は分岐のアルキル基及び/又はアルケニル基を有するモリブデンジチオカーバメイトは、エンジン油組成物の全量基準で、モリブデン量として0.03質量%以上、好ましくは0.08質量%以下、より好ましくは、0.045〜0.075質量%含まれていることにより、良好な摩擦低減効果をエンジン油組成物に付与することができる。
【0021】
本発明のエンジン油組成物は、高い省燃費効果を達成するために、100℃における動粘度が8.8mm2/s以下が好ましく、蒸発ロスの観点から6.0mm2/s以上のものがより好ましい。また、粘度指数が200℃以上のものが好ましく、260以上がより好ましく好ましい。粘度指数が低いと高温での粘度が低くなり、摩耗が発生しやすくなり、粘度指数は高ければ高いほどよいが、高くなれば一般に動粘度も高くなるため、350以下であることが好ましい。さらに、蒸発ロスが18%以下、特には13〜18%が好ましい。蒸発ロスが多いと、使用中に動粘度が上昇し、省燃費効果が低下する。この蒸発ロスは、低ければ低いほど良いが、低すぎると粘度を低くすることが難しくなるので、3%以上とすることが好ましい。
【0022】
本発明のエンジン油組成物には、粘度指数向上剤としてポリメタクリレート系添加剤を5〜15質量%、特には8〜15質量%配合することが好ましい。この場合のポリメタクリレートは、非分散型、分散型のいずれも使用できる。非分散型ポリメタクリレートは、ポリメタクリレート化合物の重合体を用いるもので、一方、分散型ポリメタクリレートは、アルキルメタクリレートモノマーと、極性モノマーとの共重合で得られるものである。極性モノマーとしては、ジエチルアミノエチルメタクリレート、2−メチル−5−ビニルピロリドン、N−ビニルピロリドン、モルホリノエチルメタクリレートから選ばれる1種以上が好適に使用できる。
また、ポリマーの分子量であるが、GPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィー)によりポリスチレン換算値として求められた重量平均分子量において、150,000以上のものが好ましく、200,000以上がさらに好ましい。重量平均分子量が小さいと、粘度指数向上効果が小さい。重量平均分子量の上限は、特に制限されるものではないが、1,000,000を超えると剪断安定性が低下し、粘度指数向上効果が低下する。このため、重量平均分子量150,000〜1,000,000のものが好適である。
【0023】
本発明のエンジン油には、所望により、アルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)、フェノール化合物、ジフェニルアミン化合物等の酸化防止剤、Ca、Mg、Ba、Na等の金属スルホネート、フェネート、サリシレート、ホスホネート等の清浄剤、アルケニルコハク酸イミド等の無灰系分散剤、その他流動点降下剤や防錆剤等の添加剤を添加することができる。
【実施例】
【0024】
次に、実施例により本発明を具体的に説明する。
用いたエステル系基油と鉱油系基油の性状を表1に示す。
【0025】
【表1】

エステル系基油:炭素数10の直鎖飽和2価脂肪酸と炭素数8のアルコールのエステル
【0026】
表1の基油を用いて試作した供試油について、その配合量と性状を表2に示す。配合量は質量%で示す。
なお、モリブデンジチオカーバメイト、粘度指数向上剤は次のものを用いた。
MoDTC1:アルキル基Rが2−エチルヘキシル基であり、酸素原子と硫黄原子との比が1/3から3/1であるモリブデンジチオカーバメイト、このMoDTC1は、炭素数8のアルキル基を有するモリブデンジチオカーバメイトをモリブデン量として4.1質量%含有する。
MoDTC2:アルキル基Rが2−エチルヘキシル基及びイソトリデシル基が混在したもので、酸素原子と硫黄原子との比が1/3から3/1であるモリブデンジチオカーバメイト、これは、アルキル基Rが2−エチルヘキシル基である化合物と、アルキル基Rがイソトリデシル基である化合物と、アルキル基Rが2−エチルヘキシル基とイソトリデシル基が混在した化合物が、2:1:3のモル比で混在するものである。このMoDTC2は、炭素数8のアルキル基を有するモリブデンジチオカーバメイトをモリブデン量として1.5質量%含有する。
PMA:ポリスチレン換算の重量平均分子量が245,000のポリメタクリレート
なお、その他の添加剤は、清浄剤、分散剤などを組み合わせた市販のパッケージ添加剤である。
【0027】
次に、各供試油について、SRV試験での摩擦係数を測定した。試験条件は荷重400N、振動数50Hz、振幅1.5mmで行なった。この結果を表2の最下段に示した。
【0028】
【表2】

【0029】
以上の結果から明らかなように、実施例の供試油では、モリブデンジチオカーバメイトによる摩擦低減効果が得られるとともに、−35℃におけるCCS粘度が非常に低く、特に低温領域において優れた省燃費性を発揮することは明らかである。一方、比較例1の供試油は、低温領域での摩擦低減効果は十分であるが、実施例の供試油と比較して高油温時の摩擦低減効果が不十分である。さらに、比較例2、3の供試油は、実施例の供試油と比較して−35℃におけるCCS粘度が高く、低温領域における摩擦低減効果が不十分である。
【産業上の利用可能性】
【0030】
本発明は、高性能の内燃機関用エンジン、例えば、ローラーフォロワ型エンジンや低摩擦材を用いたスリッパー型動弁系エンジン等の最新のエンジン用潤滑油として利用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
100℃における動粘度が3.6mm2/s以下、粘度指数が130以上のエステル系基油を主成分とし、炭素数6〜10のアルキル基及び/又はアルケニル基を有するモリブデンジチオカーバメイトを、全量基準でモリブデン量として0.03質量%以上含有するエンジン油組成物。
【請求項2】
粘度指数向上剤としてポリメタクリレート系添加剤を5〜15質量%含有し、100℃における動粘度が8.8mm2/s以下である請求項1記載のエンジン油組成物。

【公開番号】特開2011−57759(P2011−57759A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−206201(P2009−206201)
【出願日】平成21年9月7日(2009.9.7)
【出願人】(000004444)JX日鉱日石エネルギー株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】