説明

オーステナイト系ステンレス鋼部品の階層表面改質法

【課題】オーステナト系ステンレス鋼の耐食性を損なわずに表面硬さを高くし、かつ硬化層を深くして耐摩耗性を向上させる複合プラズマ表面改質法および連続的にプラズマにより炭素および窒素の浸透拡散を行う方法の提供。
【解決手段】真空容器11内において炭化水素系ガス雰囲気中でオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材22にグロー放電を用いて炭素をオーステナイト相に浸透拡散させる低温炭素浸透拡散工程と、同じ真空容器11内で、連続して窒素雰囲気中でグロー放電を用いて窒素をオーステナイト相に浸透拡散さる低温窒素浸透拡散工程とよりなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、オーステナイト系ステンレス鋼部品の耐食性を損なわずに表面硬さを高くし、かつ硬化層を深くする階層表面改質法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、オーステナイト系ステンレス鋼部品の耐摩耗性を向上させる方法としては、例えば非特許文献1に示すようにプラズマ浸炭の技術、および非特許文献2に記載のプラズマ窒化の技術により表面硬さを高くする表面改質方法が広く行われている。
しかし、処理温度が高く、プラズマ浸炭ではクロム炭化物、プラズマ窒化ではクロム窒化物が析出し、表面の不働体皮膜が除去され、オーステナイト系ステンレス鋼のもつ耐食性が損なわれることは周知の事実である。
また耐食性を損なわない表面改質方法として400℃程度の温度を用いて行われる浸炭法(非特許文献3)、および窒化法(非特許文献4)がある。
しかしながら上記低温浸炭では表面硬さは高いが、硬化層が浅い、例えば非特許文献3の例では低温浸炭では表面硬さは高いが、硬化層が浅い、例えば非特許文献3の例では表面硬さは1000程度(HV)であるが、硬化層の深さは4〜40μm程度である。また、例えば非特許文献4の例では低温窒化では表面硬さは290〜460(HV)、硬化層の深さは2〜5μm程度であるという欠点がある。
【0003】
【非特許文献1】表面技術第105回講演大会講演要旨集 2002,03.04 P120〜121
【非特許文献2】イオン窒化法 日刊工業新聞社 昭和51年7月10日 P51〜57
【非特許文献3】Thermochemical Surface Engineering of Stainless Steel (Reprinted from Surface Engineering 1999,15(1),P49〜54)
【非特許文献4】熱処理25巻4号 昭和60年8月 P191〜195
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
この発明の課題は、オーステナト系ステンレス鋼の耐食性を損なわずに表面硬さを高くし、かつ硬化層を深くして耐摩耗性を向上させる階層プラズマ表面改質法および連続的にプラズマにより炭素および窒素の浸透拡散を行う装置の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、真空容器内において炭化水素系ガス雰囲気中でオーステナイト系ステンレス鋼部品にグロー放電を用いて炭素をオーステナイト相に浸透拡散させる低温炭素浸透拡散工程と、同じ真空容器内で、連続して窒素雰囲気中でグロー放電を用いて窒素をオーステナイト相に浸透拡散さる低温窒素浸透拡散工程とよりなり、オーステナイト系ステンレス鋼部品の耐食性を損なわずに表面硬さを高くし、かつ硬化層を深くすることを特徴とする。
また、上記低温浸透拡散工程は、1Pa〜2.6kPaに保持した真空容器内で、炭素の浸透拡散はメタンガス、プロパンガス、アセチレンガスなどの炭化水素系ガスを用い、希釈ガスとしてアルゴンガス、又は水素ガスを用いると共に、低温窒素浸透拡散工程は、窒素の浸透拡散は窒素ガスを用い、希釈ガスとしてアルゴンガス、又は水素ガスを用いることを特徴とする。
更に前記低温炭素浸透拡散工程として用いる炭化水素系ガス濃度は1〜3%程度とすることが好ましく、また低温窒素浸透拡散工程として用いる窒素ガス濃度は10〜30%程度とすることが好ましい。更に、前記低温炭素浸透拡散工程において、炭素の浸透拡散温度は400〜450℃とし、低温窒素浸透拡散工程として、窒素の浸透拡散温度は380〜420℃とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0006】
本発明は、上述のように、真空容器内において炭化水素系ガス雰囲気中でオーステナイト系ステンレス鋼部品にグロー放電を用いて炭素をオーステナイト相に浸透拡散させる低温炭素浸透拡散工程と、同じ真空容器内で、連続して窒素雰囲気中でグロー放電を用いて窒素をオーステナイト相に浸透拡散さる低温窒素浸透拡散工程とよりなり、低温処理であるためプラズマ浸炭ではクロム炭化物、プラズマ窒化ではクロム窒化物の析出をすることを防止出来、オーステナイト系ステンレス鋼部品の耐食性を損なわずに表面硬さを高くし、かつ硬化層を深くすることができる。
即ち、この発明のプラズマ階層表面加工法は、炭化水素系ガスが少なくとも水素ガスで希釈される雰囲気の中にオーステナイト系ステンレス鋼部品をセットし、そして、その温度が400〜450℃を保持し、その炭化水素ガスを1〜3%の濃度に保ちながらグロー放電により表面より炭素を浸透拡散させた後、その温度が380〜420℃を保持し、窒素ガスを10〜30%の濃度に保ちながらグロー放電により表面より窒素を浸透拡散させ、炭素および窒素をオーステナイト相に固溶させることにより、クロム炭化物およびクロム窒化物が析出されず、耐食性を損なわず、表面硬さを高くし、硬化層を深くさせるので、省エネルギー化が容易で環境にも低負荷になり、自動車部品、機械部品、電気部品に使用出来等優れた効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明を実施するための最良の形態を図面に基づき、詳細に説明する
図1は、この発明のプラズマ階層表面加工法を行うところのプラズマ階層表面改質装置10を図式的に示す。
このプラズマ階層表面加工装置10は、真空容器11、真空排気装置12、ガス供給装置13、直流プラズマ電源14および操作盤15などから構成される。
【0008】
<真空容器>
その真空容器11には、オーステナイト系ステンレス鋼の被処理材22の温度測定、およびグロー放電の状態を耐熱ガラスを通して観察できるように円筒状の観察窓16を有している。そして、その真空容器11は過熱を防止するために、2重構造とし、外壁と内壁の間に冷却水を通し水冷している。またこの真空容器は炭化水素系ガス、窒素ガス、水素ガスなどを供給するポートを有している。さらに真空容器11の床壁には絶縁された電極17が組みつけられ、真空容器内に突き出している。その電極17の先端にオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材22を載せる処理台18が取り付けられている。
【0009】
<真空排気装置及びガス供給装置>
その真空排気装置12は、油回転真空ポンプ20、メカニカルブースタポンプ21から構成され、真空容器11の内部を所定圧まで排気する。また、ガス供給装置13は、炭化水素系ガス、窒素ガス、水素ガスをそれぞれのガス流量計により、そのガス流量を所定値になるように調整し、ガス混合容器の中で混合する。そのガス混合容器の中で混合されたガスはマスフローコントローラにより真空容器11の中に供給される。勿論、ガス混合容器を用いないで、直接真空容器に供給してもかまわない。そして、その真空容器11の内部の圧力は、ピラニー真空計で計測しながら、所定値になるようにマスフローコントローラおよび真空排気装置12により制御する。
【0010】
<直流プラズマ電源>
その直流プラズマ電源14は、その陰極17と真空容器11との間に数百Vの電圧をかけて、そのオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材22の表面にグロー放電によりプラズマを発生させる。
従って、このプラズマ電源14は、直流、高周波、マイクロ波などの適宜電源を用いる。
本実施のための形態においては、被処理材22の昇温について、特別な装置を設けていいない。これはプラズマ階層表面改質装置10では、その表面にグロー放電を発生させることにより、その炭素イオン、窒素イオン、水素イオンなどが陰極に接続されたオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材22の表面に電気的に引き寄せられ、その表面に衝突し、その時の炭素イオン、窒素イオン、水素イオンなどの運動エネルギーが熱エネルギーに変換され被処理材22が加熱される為である。勿論、その加熱源として、適宜ヒータを用いて、被処理材22を所定の温度に加熱しても良い。
なお、またオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材22の温度は、耐熱ガラスの観察窓16を通して赤外線放射温度計19により測定する。勿論、その温度は熱電対を用いて測定しても良い。
【0011】
次に、本発明のオーステナイト系ステンレス鋼部品の階層表面改質法を上記プラズマ階層表面加工装置10を用いた例で説明する。
上記プラズマ階層表面改質装置10の、処理台18上にオーステナイト系ステンレス鋼、例えばSUS316Lの被処理材22を載せ、次いで真空容器11を密閉状態とする。次いでその真空排気装置12を稼動させ、真空容器11内を1Pa以下まで排気する。次に、その真空容器11内にガス供給装置13から水素ガスを供給し、真空容器11内が2.6Paで保持されるようにマスフローコントローラで水素ガス供給量を制御し、その直流プラズマ電源14により、電極17に−200〜−300Vの電圧を印加させ、治具およびオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材22の表面にグロー放電を発生させる。それから、その水素ガス雰囲気中において、放電電圧、放電電流を増加させると共に、段階的に真空容器11内の雰囲気圧力を増加させる。そのような操作によりそのオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材22の加熱を続け、そして、その雰囲気圧力が532Paでオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材22が450℃を維持するように放電出力の調整を行う。
【0012】
また、その雰囲気圧力が532Paで、オーステナイト系ステンレス鋼の被処理材22の温度が450℃なった時点で、炭化水素系ガス、例えばメタンガスを用い真空容器11内に供給した。その雰囲気中の炭化水素系ガス濃度が1%になるように炭化水素系ガスおよび水素ガスをそのガス流量計で調整し、20時間、炭素の浸透拡散を行う。
【0013】
次に、その炭素の浸透拡散を行った後、ガス供給装置13からの炭化水素系ガスの供給、およびプラズマ放電を停止すべく直流プラズマ電源14の出力を停止し、オーステナイト系ステンレス鋼の被処理材22の温度を400℃まで降温させる。そして、オーステナイト系ステンレス鋼の被処理材22の温度が400℃になった時点で雰囲気中の窒素ガス濃度が30%になるようにガス供給装置13からの窒素ガスおよび水素ガスをそのガス流量計で調整し、その真空容器11内が532Paになるまで供給し、その直流プラズマ電源14により、電極17電圧を印加させ、処理台およびオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材22の表面にグロー放電を発生させ、40時間窒素の浸透拡散を行った。その窒素の浸透拡散後、そのオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材22は真空容器11内で冷却した。
【0014】
なお、この発明は、炭素の浸透拡散に用いる炭化水素系のガス濃度は1〜3%程度が望ましい。
1%以下では表面からの炭素の浸透拡散がほとんど行われない。また、3%以上では解離された炭素が多くなりオーステナイト系ステンレス鋼がスーティングされ浸炭される部分と浸炭されない部分が発生するからである。
【0015】
また、窒素の浸透拡散に用いる窒素ガス濃度は10〜30%程度が望ましい。
10%以下では表面からの窒素の浸透拡散が遅くなる。例えば、窒素のガス濃度が30%の場合のに比べ10%の場合には、被処理材表面からの窒素の浸透拡散が遅くなり、処理時間が約1.5倍となるからである。
また、30%以上ではクロム窒化物が生成され表面のクロムが減少し不働体皮膜が除去され、耐食性が低下する。
【0016】
炭素の浸透拡散温度は400〜450℃が望ましい。
400℃以下では炭素はオーステナイト相に浸透拡散されるが時間が長くかかる。例えば、450℃で処理した場合、20時間で得た表面硬度と同一の表面硬度を得るために、390℃で処理した場合には35時間かかった。
また、470℃を超えた温度では、クロム炭化物が析出し、耐食性が低下するからである。
他方、窒素の浸透拡散温度は380〜420℃が望ましい。380℃以下では窒素が浸透拡散されず、硬さが高くならない。420℃以上ではクロム窒化物が析出し、耐食性が低下する。
【0017】
上記処理を行ったオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材22の表面付近の金属顕微鏡組織を図2に示す。
図2に示されたように炭素の浸透拡散後、窒素の浸透拡散が行われても、4%硝酸アルコール溶液において、その表面には炭素化合物および窒素化合物は析出されず、耐食性が損なわれないことが確認できた。
【0018】
また、図3は上記処理方法を行ったオーステナイト系ステンレス鋼のそれぞれの表面硬さおよび断面硬さ分布曲線を示したグラフであり、そのオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材22は、マイクロビッカース硬さ計、荷重0.245Nで表面硬さおよび断面硬さを測定している。
図3に示されたように450℃で20時間炭素の浸透拡散を行った後、400℃で40時間窒素の拡散浸透を行ったオーステナイト系ステンレス鋼の被処理材22は、表面硬さがHv1090、断面硬さ分布による硬化層深さは70μm程度が確認できた。
なお、比較例として450℃で20時間炭素の浸透拡散を行ったオーステナイト系ステンレス鋼の表面硬さはHv620、硬化層深さは25μm程度、400℃で80時間窒素の浸透拡散を行ったオーステナイト系ステンレス鋼の表面硬さは、Hv1200、硬化層深さは20μm程度であり、炭素の浸透拡散では表面硬さが低く、硬化層が浅い、窒素の浸透拡散では表面硬さは高いが、硬化層が浅いことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0019】
上述から理解されるように、こ発明のプラズマ複合表面加工法は、クロム炭化物およびクロム窒化物が析出されず、耐食性を損なわず、表面硬さを高くし、硬化層を深くさせるので、省エネルギー化が容易で環境にも低負荷になり、自動車部品、機械部品、電気部品などにとって利用することが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】この発明のオーステナイト系ステンレス鋼部品を表面加工する方法を実施するところのプラズマ階層表面改質装置を図式的に示した概説図である。
【図2】そのオーステナイト系ステンレス鋼の表面付近の金属顕微鏡組織である。
【図3】そのオーステナイト系ステンレス鋼のそれぞれの表面硬さおよび断面硬さ分布曲線を示したグラフである。
【符号の説明】
【0021】
11 真空容器
12 真空排気装置
13 ガス供給装置
14 直流プラズマ電源
15 操作盤
16 耐熱ガラス製観察窓
17 電極
18 処理台
19 赤外線放射温度計
20 油回真空ポンプ
21 メカニカルブースタポンプ
22 被処理材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空容器内において炭化水素系ガス雰囲気中でオーステナイト系ステンレス鋼部品にグロー放電を用いて炭素をオーステナイト相に浸透拡散させる低温炭素浸透拡散工程と、同じ真空容器内で、連続して窒素雰囲気中でグロー放電を用いて窒素をオーステナイト相に浸透拡散さる低温窒素浸透拡散工程とよりなり、オーステナイト系ステンレス鋼部品の耐食性を損なわずに表面硬さを高くし、かつ硬化層を深くすることを特徴とするオーステナイト系ステンレス鋼部品の階層表面改質法。
【請求項2】
低温炭素浸透拡散工程は、1Pa〜2.6kPaに保持した真空容器内で、炭素の浸透拡散はメタンガス、プロパンガス、アセチレンガスなどの炭化水素系ガスを用い、希釈ガスとしてアルゴンガス、又は水素ガスを用いると共に、低温窒素浸透拡散工程は、窒素の浸透拡散は窒素ガスを用い、希釈ガスとしてアルゴンガス、又は水素ガスを用いることを特徴とする請求項1記載のオーステナイト系ステンレス鋼部品の階層表面改質法。
【請求項3】
低温炭素浸透拡散工程として用いる炭化水素系ガス濃度は1〜3%とすることを特徴とする請求項2記載のオーステナイト系ステンレス鋼部品の階層表面改質法。
【請求項4】
低温窒素浸透拡散工程として用いる窒素ガス濃度は10〜30%とすることを特徴とする請求項2又は3記載のオーステナイト系ステンレス鋼部品の階層表面改質法。
【請求項5】
低温炭素浸透拡散工程において、炭素の浸透拡散温度は400〜450℃とし、低温窒素浸透拡散工程として、窒素の浸透拡散温度は380〜420℃とすることを特徴とする請求項1〜4の何れか記載のオーステナイト系ステンレス鋼部品の階層表面改質法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−16273(P2007−16273A)
【公開日】平成19年1月25日(2007.1.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−198219(P2005−198219)
【出願日】平成17年7月7日(2005.7.7)
【出願人】(591055078)日本電子工業株式会社 (8)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【Fターム(参考)】