説明

オートテンショナ

【課題】既存のオートテンショナの構造や各部材の形状等を変更することなく、液体の浸入によって摺動部分の動作不良や摺動部材の異常摩耗が発生するのを防止できるような構成を得る。
【解決手段】オートテンショナを構成するベース部材2及びアーム部材3のうち少なくとも一方において、該アーム部材3の揺動に伴って摺動する部分の表面に、撥水性を有する撥水処理部61〜65を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベルトに張力を付与するとともにその張力変動に応じて自動的に張力付与動作を調整するオートテンショナに関し、特に、内部への液体の浸入対策に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、例えば自動車エンジンのベルト式補機駆動装置等において、ベルトに張力を付与する一方、その張力付与動作をダンピングすることでベルトの振動を抑えて安定したトルク伝達を行わせるようにしたオートテンショナは知られている。
【0003】
具体的には、特許文献1に開示されるように、上記オートテンショナは、例えばエンジンに取付固定される固定部材と、この固定部材の軸部に対して回転可能に外嵌合されたボス部と該ボス部の外周側でテンションプーリが回転自在に支持されたアームとを有する可動部材と、この可動部材のボス部を囲むように配置され、一端側が上記固定部材に、他端側が上記可動部材にそれぞれ接続され、捩りトルクにより上記固定部材に対し上記可動部材をテンションプーリがベルトを押圧する方向に回動付勢する捩りコイルばねと、上記可動部材の揺動を減衰する減衰手段とを備えている。
【0004】
上述のような構成のオートテンショナの場合、自動車のエンジンルーム内などに配置されると、上記固定部材と可動部材との間に雨水などが入り込んで、該可動部材のスムーズな揺動や上記減衰手段による減衰動作を妨げたり、該減衰手段としての摺動部材が異常摩耗したりするなどの問題が生じる。
【0005】
そのため、例えば特許文献1、2に開示されるように、固定部材と可動部材との隙間が露出しないように、該隙間を外方から覆う重なり部分としての隆起部を形成したり、例えば特許文献3に開示されるように、上記隙間を封止するためのシール部材を設けたり、例えば特許文献4に開示されるように、固定部材の端部と可動部材の端部とが重なるように形成し、その重なり部分の隙間に樹脂製のスリーブを介装したりする構成が考えられている。
【特許文献1】特開平9−42392号公報
【特許文献2】特開2004−204937号公報
【特許文献3】特開2001−173737号公報
【特許文献4】実開平05−32856号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述のような構成の場合には、オートテンショナ内部への液体の浸入を防止するために、重なり部分やシール部材、樹脂製のスリーブなど、新たな部位や部材を設ける必要があることから、摺動部材の異常摩耗などの不具合が生じた場合に既存のオートテンショナに液体の浸入対策を加えようとすると、固定部材や回動部材の設計変更が必要になり、金型の修正や設計時間の延長などによってコストアップにつながるという問題が生じる。
【0007】
本発明は、斯かる点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、既存のオートテンショナの構造や各部材の形状等を変更することなく、液体の浸入によって摺動部分での動作不良や摺動部材の異常摩耗が発生するのを防止できるような構成を得ることにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明では、既存のオートテンショナの固定部材及び可動部材のうち少なくとも一方の摺動部分の表面に、撥水処理部を形成することで、摺動部分に液体が浸入しても該摺動部分の摺動特性や摩耗特性が悪化しないようにした。
【0009】
具体的には、本発明では、軸部を有する固定部材と、上記軸部に対して周方向に揺動可能に外嵌合されるボス部、及び、該ボス部の揺動中心に対してオフセットした位置で回転自在に軸支され、外周面でベルトに接触するプーリ、を有する可動部材と、上記固定部材に対し可動部材をプーリがベルトを押圧する方向に回動付勢する捩りコイルばねと、上記可動部材の揺動を減衰する減衰手段とを備えたオートテンショナを対象とする。
【0010】
そして、上記固定部材及び可動部材のうち少なくとも一方には、該可動部材の揺動に伴って摺動する部分の表面に、撥水性を有する撥水処理部が設けられているものとする。
【0011】
以上の構成により、可動部材が固定部材に対して揺動する際に該固定部材及び可動部材の摺動部分に、水などの液体が浸入した場合でも、該摺動部分の表面が撥水性なので、摺動面で液体を弾いた状態となり、液体を挟んだ摺動面間には反発する力が作用する。
【0012】
ここで、図2に示すように、摺動面が親水性となる従来構成の場合には、浸入した液体によって吸着力が発生し、摺動時の摩擦減衰力を増大させることになり、可動部材のスムーズな揺動を阻害したり摺動部材で異常摩耗が発生したりするなどの問題が生じる。これに対し、上述のように、摺動面を撥水性にして、摺動面間に反発する力を発生させれば、摺動部分に浸入した液体による吸着力を減少させて、該液体の吸着力に起因する摺動時の摩擦減衰力を減らすことができる。これにより、可動部材の揺動をよりスムーズなものにすることができ、摺動部材の異常摩耗の発生も防止することができる。
【0013】
しかも、摺動面が撥水性になるので、摺動面間に液体が浸入しにくくなり、該液体の浸入に起因する上述のような各種問題の発生を防止することができる。
【0014】
上述の構成において、上記撥水処理部は、その表面エネルギーがアルミニウム合金の表面エネルギーよりも小さいのが好ましい(第2の発明)。一般的に、オートテンショナの材料としては、アルミニウム合金が使用されているため、このアルミニウム合金よりも摺動部分の表面エネルギーを小さくすることで、従来の構成に比べて、浸入した液体の吸着力に起因する摺動時の摩擦減衰力の増大を防止することができる。よって、上述のような構成にすることで、従来の構成に比べて、可動部材をスムーズに揺動させることができ、摺動部材の異常摩耗の発生も低減することができる。
【0015】
また、上記撥水処理部は、フッ素樹脂を用いた無電解ニッケルめっきによって形成されるのが好ましい(第3の発明)。このように、金属材料(主にアルミニウム合金)からなる従来のオートテンショナの摺動部分の表面上にフッ素樹脂を用いた無電解ニッケルめっきを施すだけで、摺動部分への液体の浸入を防止できるとともに、液体が浸入しても可動部材の揺動が阻害されたり摺動部材で異常摩耗が発生したりするのを防止することができる。
【0016】
ここで、表面の撥水処理の方法としては、PTFEなどのフッ素樹脂を表面にコーティングする方法もあるが、摺動部表面に単にPTFEなどをコーティングしただけでは、該摺動部表面での摩耗量が多くなるため、フッ素樹脂をコーティングする場合には該フッ素樹脂の膜厚を大きくする必要がある。これに対し、上述のように、オートテンショナの摺動部表面に上記無電解ニッケルめっきを施すことにより、表面の硬度を高めることができ、該摺動部表面の耐摩耗性の向上を図れる。したがって、上述の構成によって、摺動部表面であっても膜厚を大きくする必要がなくなる。
【0017】
また、上記撥水処理部は、上記軸部及びボス部のうち少なくとも一方の表面に形成されているのが好ましい(第4の発明)。具体的には、上記ボス部には、上記減衰手段の一つとしての第1摺動部材が摺動可能に外嵌合されていて、上記撥水処理部は、上記ボス部における上記第1摺動部材との摺接部分の表面に形成されているものとする(第5の発明)。また、上記ボス部は、上記減衰手段の一つとしての第2摺動部材を介して上記軸部に外嵌合されていて、上記撥水処理部は、上記ボス部における上記第2摺動部材との摺接部分の表面に形成されていてもよい(第6の発明)。さらに、上記ボス部には、上記軸部の表面に摺接する上記減衰手段の一つとしての第3摺動部材が設けられていて、上記撥水処理部は、上記軸部における上記第3摺動部材との摺接部分の表面に形成されていてもよい(第7の発明)。
【0018】
これにより、固定部材の軸部や可動部材のボス部における各摺動部分で、液体の浸入に起因する摩擦減衰力の増大を抑えることができ、可動部材を固定部材に対してスムーズに揺動させることができるとともに、摺動部材の異常摩耗を防止することができる。
【0019】
また、上記可動部材には、上記固定部材の軸部の先端部分が挿通する挿通孔が形成されており、上記固定部材は、上記減衰手段の一つとしての第4摺動部材を上記可動部材との間で挟み込むように上記軸部の先端部分に取り付けられて、該可動部材のボス部の抜け止めとして機能する規制部材を備え、上記撥水処理部は、上記可動部材及び係止部材のうち少なくとも一方の部材において、上記第4摺動部材との摺接部分の表面に形成されていてもよい(第8の発明)。
【0020】
これにより、固定部材の軸部の先端部分に取り付けられて可動部材の抜け止めとして機能する規制部材や該可動部材の摺動部分に液体が浸入しても、摩擦減衰力の増大を抑えることができ、可動部材をスムーズに揺動させて、第4摺動部材の異常摩耗を防止できる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、固定部材及び可動部材のうち少なくとも一方には、該可動部材の揺動に伴って摺動する部分の表面に撥水処理部が形成されているため、摺動部分に液体が浸入しても上記可動部材の揺動が阻害されたり摺動部材で異常摩耗が発生したりするのを防止できる。よって、従来のオートテンショナから構成を大きく変更することなく、液体の浸入による不具合を防止できるような構成を得ることができる。特に、上記摺動部分の表面エネルギーを、一般的にオートテンショナの材料として用いられるアルミニウム合金よりも小さくすることで、従来の構成に比べて液体が浸入した場合の影響を低減できるとともに、該液体の摺動部分への液体の浸入もより確実に抑制することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態を、図面に基づいて説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意味するものではない。
【0023】
図1は、本発明の実施形態に係るオートテンショナ1の全体構成を示しており、このオートテンショナ1は、自動車用エンジンの出力トルクの一部を1本の伝動ベルト(図示省略)を介して複数の補機に伝達するように構成されたベルト式補機駆動装置に使用されるものであり、上記伝動ベルトに所定の張力を付与しつつ、そのベルト張力の変動に応じてダンピング力を自動的に変化させるように構成されている。
【0024】
上記オートテンショナ1は、エンジンに固定されるベース部材2(固定部材)と、このベース部材2に揺動軸心P回りに揺動可能に支持されたアーム部材3(可動部材)とを備えている。これらの部材2,3は、いずれもアルミニウム合金(ADC12)からなる。尚、ベルト式補機駆動装置では、レシプロエンジンの場合、クランク軸などの出力軸が略水平になるように配置される一方、上記伝動ベルトは略鉛直面内を走行するように配置されることから、上記オートテンショナ1は、揺動軸心Pが略水平方向に延びるように配置される。
【0025】
上記ベース部材2は、有底筒状のカップ部11と、このカップ部11内の底壁中央に立設された軸部12とを有する。この軸部12は、上記カップ部11の開口から突出するような長さに形成されている。また、上記軸部12の外周面は、先端側に向かって外径が漸次小さくなるテーパ状に形成されている。さらに、上記軸部12の軸心(揺動軸心P)部分には、該軸部12を軸方向に貫通するボルト孔12aが設けられている。
【0026】
上記カップ部11の外周には、図外の取付部が設けられており、ベース部材2は、これらの取付部およびボルト孔12aに挿通される複数のボルト(図示省略)によりエンジンに取付固定されている。また、上記カップ部11の側周壁における周方向の一部には、該側周壁を半径方向に貫通し且つ底壁近傍位置から開口近傍位置に達するスリット状の係止部(図示せず)が形成されている。
【0027】
一方、上記アーム部材3は、有底筒状のカップ部21と、このカップ部21の底壁中央に、上記ベース部材2の軸部12に対して先端側から外嵌合可能に設けられたボス部22とを有する。このボス部22は、カップ部21の底壁から該カップ部21の開口側に向かって延びる円筒状に形成されている。そして、上記ボス部22の内周面は、カップ部21の開口側に向かって内径が漸次大きくなる逆テーパ状に形成されている一方、外周面はカップ部21の開口側に向かって外径が漸次小さくなるテーパ状に形成されている。なお、上記ボス部22の内周面のテーパ角は、上記軸部12の外周面のテーパ角と略同じである。
【0028】
上記ボス部22には、その側周壁の基端側(底壁側)に半径方向に貫通する貫通孔22aが形成されている。この貫通孔22a内には、後述するように、樹脂材料からなるダブルスプリングサポート35(第3摺動部材)が配設されている。
【0029】
また、上記アーム部材3は、ボス部22がベース部材2の軸部12上に該軸部12の先端側から外嵌合された状態で、平面視(図1の左側から見て)で、カップ部21の開口縁部がベース部材2のカップ部11の開口縁部と重なり合うように構成されている。そして、上記アーム部材3は、ベース部材2と組み合わされた状態で、該ベース部材2の軸部12がカップ部21の底壁に形成された開口21a(挿通孔)を貫通して、その先端部分が上記カップ部21の底壁から突出するような大きさに形成されている。
【0030】
上記カップ部21の底壁から突出した軸部12の先端部分には、上記ベース部材2の一部を構成する規制部材としてのフロントプレート23が係止されている。このフロントプレート23は、略円板状をなしていて外径が上記アーム部材3のボス部22の内径よりも大きく形成されており、これにより、該ボス部22が上記軸部12から抜け出ないようになっている。すなわち、上記フロントプレート23は、後述するスラストワッシャ31を介設した状態で上記アーム部材3のカップ部21の底壁に当たるように構成されている。また、上記カップ部21の側周壁における周方向の一部であり且つ底壁近傍の部位には、該側周壁を半径方向に貫通する係止孔(図示せず)が形成されている。
【0031】
また、上記アーム部材3は、上記カップ部21の外周側に半径方向外方に向かって突出するアーム部24を備えている。このアーム部24は、上記カップ部21に一体形成されたもので、その先端には、プーリ29を保持するための円柱状のプーリ保持部25が設けられている。
【0032】
上記プーリ保持部25には、上記揺動軸心Pに対して平行に延びるボルト孔25aが形成されている。このプーリ保持部25の外周面上には、ベアリング27が内輪で外嵌合されている。このベアリング27の内輪は、上記ボルト孔25aに螺合されたボルト28の頭部の鍔部によって軸方向に抜けないように押さえられている。ベアリング27の外輪上には、ベルト押圧部としてのプーリ29が回転一体に外嵌合されており、このプーリ29が伝動ベルトに接触してプーリ軸心回りに回転しつつ該伝動ベルトを押圧している。
【0033】
上記アーム部材3のボス部22とベース部材2の軸部12との間には、樹脂材料からなる略円筒状のインサートベアリング30(第2摺動部材)が介装されており、該アーム部材3は、このインサートベアリング30を介してベース部材2に揺動軸心P回りに揺動可能に支持されている。上記インサートベアリング30の内外周面はそれぞれテーパ状に形成されている。該インサートベアリング30の内周面のテーパ角は上記軸部12の外周面のテーパ角と略同じであり、該インサートベアリング30の外周面のテーパ角は、上記ボス部22の内周面のテーパ角と略同じである。
【0034】
また、上記インサートベアリング30の側周壁には、上記アーム部材3のボス部22の貫通孔22aに対応して、貫通孔30aが形成されている。この貫通孔30a内には、上記ダブルスプリングサポート35の一部が位置付けられている。すなわち、上記ボス部22の貫通孔22a及びインサートベアリング30の貫通孔30a内には、上記ベース部材2の軸部12の外周面に摺接可能に上記ダブルスプリングサポート35が位置付けられている。このダブルスプリングサポート35の外方には、後述する捩りコイルばね50が縮径された状態で配置されていて、該ダブルスプリングサポート35は、この捩りコイルばね50の捩りトルクの反力によって上記軸部12の外周面に押し付けられるようになっている。
【0035】
上記フロントプレート23と、アーム部材3のカップ部21の底壁との間には、概略円板状のスラストワッシャ31(第4摺動部材)が介装されている。なお、本実施形態では、このスラストワッシャ31は、上記ダブルスプリングサポート35と一体形成されていて、該ダブルスプリングサポート35の一部が上記スラストワッシャ31の役割も果たすように構成されている。
【0036】
上記ベース部材2とアーム部材3との間には、該ベース部材2に対し、該アーム部材3をプーリ29が伝動ベルトを押圧する方向に向かって揺動軸心P回りに回動するように常時付勢する捩りコイルばね40が介装されている。具体的には、この捩りコイルばね40は、ベース部材2のカップ部11とアーム部材3のカップ部21との間に形成される空間内に収容されていて、平面視(図1の右側から見て)で右巻きのコイル部41と、このコイル部41におけるベース部材2側の端部から半径方向外方に向かって突出する固定側タング(図示せず)と、コイル部41におけるアーム部材3側の端部から半径方向外方に向かって突出する揺動側タング(図示せず)とを有する。
【0037】
なお、上記コイル部41は、アーム部材3のボス部22上に套嵌されていて、上記固定側タングはベース部材2の上記係止部に周方向の移動を規制された状態で係止されており、一方、上記揺動側タングはアーム部材3の上記係止孔に同じく周方向の移動を規制された状態で係止されている。すなわち、上記捩りコイルばね40は、その一端側が固定側のベース部材2に接続され、他端側が可動側のアーム部材3に接続されている。
【0038】
また、上記捩りコイルばね40は、コイル部41が縮径する方向に捩られた状態で上記ベース部材2及びアーム部材3間に介装されている。このことにより、上記捩りコイルばね40は、コイル部41が拡径する方向の捩りトルクでもってアーム部材3を回動付勢するようになっている。さらに、上記捩りコイルばね40は、コイル部41が軸方向に圧縮された状態で上記ベース部材2及びアーム部材3間に介装されており、このことで、上記スラストワッシャ31がフロントプレート23とアーム部材3のカップ部21との間に挟圧された状態となっている。
【0039】
上記捩りコイルばね40のコイル部41と上記アーム部材3のボス部22との間には、樹脂材料からなる概略鍔付円筒状のスプリングサポート50(第1摺動部材)が介装されている。このスプリングサポート50は、アーム部材3のボス部22上に外嵌合されていて該ボス部22に対し摺接可能な円筒状の摺接部51と、この摺接部51の一方の開口縁に一体形成された外向きフランジ状の鍔部52とからなっている。上記摺接部51の軸方向寸法は、捩りコイルばね40のコイル部41の1巻き分の軸方向寸法と略同じである。上記鍔部52は、コイル部41の固定側タングの側の端部とベース部材2のカップ部11の底壁との間に配置されていて、軸方向に圧縮されたコイル部41の反力により両者間に挟圧保持されており、このことで、スプリングサポート60は、ベース部材2側に回動不能に固定されている。
【0040】
次に、上述のように構成されたオートテンショナ1の作動について説明する。
【0041】
上記オートテンショナ1は、伝動ベルトの張力が低下した場合、捩りコイルばね40の拡径する方向の捩りトルクでもってアーム部材3がベルト押圧方向に回動する。これにより、プーリ29が伝動ベルトを押圧し、該伝動ベルトのベルト張力の低下が抑えられる。一方、伝動ベルトの張力が上昇した場合、そのベルト反力によりプーリ29が押圧され、アーム部材3がベルト押圧方向とは反対の方向に回動するので、ベルト張力の上昇が抑えられる。
【0042】
ここで、上記捩りコイルばね40のコイル部41における周方向の一部は、該捩りコイルばね40の捩りトルクの反力でもって、半径方向内方に向かって常に押圧されている。これにより、アーム部材3のボス部22における周方向の一部がスプリングサポート50の摺接部51とインサートベアリング30との間に挟圧されている。
【0043】
よって、上述のようなアーム部材3の揺動に伴い、上記スプリングサポート50の摺接部51とボス部22との間、およびインサートベアリング30とボス部22との間には、それぞれ摺動摩擦が発生し、それらがアーム部材3の揺動を減衰させるダンピング力として作用する。その際に、捩りトルクの反力は、アーム部材3がベルト押圧方向に回動するとき、つまり、コイル部41が拡径するときには、それに応じて低下するので、ダンピング力も低下する。よって、アーム部材3の回動が速やかに行われる。一方、アーム部材3がベルト押圧方向とは反対の方向に回動するとき、つまり、コイル部41が縮径するときには、それに応じて捩りトルクの反力が上昇するので、ダンピング力も上昇する。
【0044】
また、上記ボス部22及びインサートベアリング30にそれぞれ形成された貫通孔22a,30a内に配置されるダブルスプリングサポート35も、上記捩りコイルばね40によって外方から押圧されているため、ベース部材2の軸部12との間で摺動摩擦を生じ、上記アーム部材3の揺動を減衰させるダンピングを発生する。なお、上記ダブルスプリングサポート35も、上記インサートベアリング30やスプリングサポート50と同様、コイル部41の拡径によりダンピング力が低下し、該コイル部41の縮径によってダンピング力が上昇するようになっている。
【0045】
さらに、上記捩りコイルばね40は軸方向に圧縮された状態で上記ベース部材2とアーム部材3との間に介装されていて、該アーム部材3のカップ部21の底壁と、該ベース部材2の軸部12の先端部に係止されたフロントプレート23との間には、スラストワッシャ31が狭圧されているため、上述のようにアーム部材3がベース部材2に対して揺動する際には、スラストワッシャ31とフロントプレート23との間、及び該スラストワッシャ31とアーム部材3のカップ部21の底壁との間で、それぞれ、摺動摩擦を生じる。これによっても、上記アーム部材3の揺動を減衰させるダンピング力を得ることができる。
【0046】
これらの結果、オートテンショナ1は、ベルト張力が低下したときには速やかに伝動ベルトを押圧してベルト張力の低下を抑える一方、ベルト張力が増加したときには緩やかにベルト反力の増加分を吸収してベルト張力の増加を抑える。このようにすることで、張力変動に起因する伝動ベルトのばたつきが回避され、これにより、補機プーリに対する伝動ベルトの滑りが抑えられてトルク伝達が確実化するとともに、伝動ベルトの寿命の短命化が防止されることとなる。
【0047】
ところで、上述のような構成を有するオートテンショナ1を例えば自動車のエンジンルーム内に配置した場合、オートテンショナ1のベース部材2とアーム部材3との隙間などから、該オートテンショナ1内に雨水などが浸入する可能性がある。上記オートテンショナ1の内部に浸入した雨水は、該オートテンショナ1内の摺動部分、例えばスプリングサポート50とアーム部材3のボス部22との間、該ボス部22とインサートベアリング30との間、スラストワッシャ31とアーム部材3のカップ部21の底壁との間、該スラストワッシャ31とフロントプレート23との間などに入り込むおそれがある。そうすると、浸入した液体によって吸着力が発生し、摺動時の摩擦減衰力が増大することになり、アーム部材3のスムーズな揺動を阻害したりスプリングサポート50やインサートベアリング30、ダブルスプリングサポート35、スラストワッシャ31などで異常摩耗が発生したりするなどの問題が生じる場合がある。
【0048】
そのため、本発明の特徴部分として、上記摺動部分の金属(アルミニウム合金)表面に、それぞれ、外表面が撥水性を有する撥水処理部61〜65を設けた。これらの撥水処理部61〜65は、例えばフッ素樹脂(PTFE)を用いた無電解ニッケルめっきなどの表面コーティングによって形成され、その表面で水を弾くように構成されている。なお、上記撥水処理部61〜65の表面エネルギーは、オートテンショナ1のベース部材2やアーム部材3を構成するアルミニウム合金(ADC12)よりも小さいのが好ましい。ここで、図3に各物質の表面エネルギーの一例を示す。この図3から分かるように、アルミニウム合金は、鉄に比べれば表面エネルギーが小さいが、樹脂などに比べて大きいことから、ベース部材2やアーム部材3を構成するアルミニウム合金の表面に樹脂をコーティングすることで、樹脂コーティングを施していない従来構成に比べて表面エネルギーを小さくすることができ、撥水性を高めることができる。
【0049】
具体的には、上記図1に示すように、上記アーム部材3のボス部22の外周面上で且つ上記スプリングサポート50と摺接する部分に、撥水処理部61が形成されている。また、上記アーム部材3のボス部22の内周面上で且つ上記インサートベアリング30と摺接する部分に、撥水処理部62が形成されている。また、上記ベース部材2の軸部12の外周面上で且つ上記ダブルスプリングサポート35と摺接する部分に、撥水処理部63が形成されている。
【0050】
さらに、上記アーム部材3のカップ部21の底壁の外底面上で、且つ上記スラストワッシャ31と摺接する部分に、撥水処理部64を設け、上記フロントプレート23の一方の面上で、且つ上記スラストワッシャ31と摺接する部分に、撥水処理部65が形成されている。
【0051】
このように、摺動部分に撥水性を有する撥水処理部61〜65を設けることで、該摺動部分に液体が介在する場合に、該液体に摺動面間で吸着するメニスカス力の発生を防止することができる。図2に、表面が撥水性の場合及び親水性の場合における、メニスカスの形状や二面間に作用する力、表面のぬれ性、表面エネルギーなどの比較を示す。このように、表面が撥水性の場合には、液体を挟んだ二面間に働く力は反発する方向の力であり、吸着する方向に力が作用する親水性の場合に比べて、二面間の摩擦係数は低くなる。したがって、上述のように、表面を撥水性にすることで、摺動部分に浸入した液体によって該摺動部分の摺動特性が悪化するのを防止できると考えられる。
【0052】
特に、捩りコイルばね40の縮径によってスプリングサポート50の摺接部51が押しつけられるボス部22の外周面では、大きな摩擦摺動力が生じるため、この部分に撥水処理部61を形成することで、雨水などの浸入による摺動特性の悪化をより確実に防止することができる。
【0053】
このような撥水処理部61〜65の効果を確認するために、オートテンショナ1のベース部材2及びアーム部材3の表面全体にフッ素樹脂(PTFE)を用いた無電解ニッケルめっきを施したもの(撥水加工あり)と、該めっきを施していないもの(撥水加工なし)とを用いて、それぞれ所定時間、浸水させた後、ダンピング率の計測を行った。
【0054】
具体的には、図示しないトルク測定装置によって、オートテンショナ1のアーム部材3の回転角度とトルクとの関係を求め、それらの結果からダンピング率を算出する。すなわち、上述のような構成のオートテンショナ1のプーリ29を、トルク測定装置の測定子によって往復回動させ、そのときのアーム部材3の回転角度と、該アーム部材3の回転に要するトルクと、を求める。これらの値を回転角度とトルクとの関係でグラフにすると、ヒステリシスカーブを描くため、設計上のノミナルアーム角度において、下式によりダンピング率DI(%)を算出する。
【0055】
Tc=(Ta+Tb)/2 (1)
DI=(Ta−Tb)/(2・Tc)×100 (2)
ここで、Taはノミナルアーム角度におけるトルクの最大値を、Tbはノミナルアーム角度におけるトルクの最小値を、それぞれ意味する。
【0056】
なお、本実施形態では、上記アーム部材3の往復回転角度は、ノミナルアーム角度に対して±10度とし、回転速度は、1往復当たり10s(=0.1Hz)とした。
【0057】
ダンピング率DIの試験結果を図4に示す。この図から分かるように、摺動部分の表面に撥水加工を施したもの(白丸)は、ドライ状態(浸水時間0h)から浸水状態になってもダンピング率DIに大きな変化は見られず、浸水時間が長くなっても、良好なダンピング率IDが得られる。これに対し、摺動部分の表面に撥水加工を施していないもの(黒丸)は、ドライ状態から浸水状態になると、ダンピング率DIが急激に上昇し、浸水時間が20h超で100%近くになって、アーム部材3が揺動しない状態になった。
【0058】
この結果から、上述のように摺動部分に撥水処理を施すことにより、該摺動部分に水が浸入しても、摩擦減衰力はほとんど影響を受けないため、良好な摺動性能が得られることが分かる。
【0059】
次に、上記摺動部分への水の浸入を確認するため、該摺動部分の樹脂部材(スプリングサポート50、インサートベアリング30及びスラストワッシャ31)の吸水量を確認した。上記ダンピング率の試験と同様、オートテンショナ1のベース部材2及びアーム部材3の表面全体にフッ素樹脂(PTFE)を用いた無電解ニッケルめっきを施したもの(撥水加工あり)と、該めっきを施していないもの(撥水加工なし)とを用いて、それぞれ所定時間、浸水させて、その後の樹脂部材の重量増加分(吸水量)を求めた。
【0060】
浸水時間と樹脂部材の吸水量との関係を図5に示す。この図から分かるように、撥水加工ありの場合(白丸)の方が、撥水加工なしの場合(黒丸)に比べて樹脂部材の吸水量が少なく、摺動部分に水があまり浸入していないことが分かる。すなわち、上述のように摺動部分の表面に撥水処理を施すことによって、該摺動部分への水の浸入を押さえることができる。これによって、摺動部分の樹脂部材の吸水量を減らすことができるため、該樹脂部材の形状変化を抑えることができ、摺動部分での摩擦減衰力の増大を防止できる。
【0061】
以上より、オートテンショナ1の摺動部分に、撥水性を有する撥水処理部61〜65を形成したため、雨水などの液体がオートテンショナ1の内部に浸入した場合でも、上記摺動部分で液体の吸着力によって摩擦減衰力が増大するのを防止でき、これにより、アーム部材3をスムーズに揺動させることができるとともに、摺動部分での異常摩耗の発生を防止することができる。
【0062】
しかも、上記撥水処理部61〜65を設けることで、上記摺動部分への液体の浸入を抑制できるため、該液体の影響をさらに確実に低減することができる。特に、このように摺動部分への液体の浸入を抑制することで、該摺動部分の樹脂部材30,31,35,50の吸水による形状変化を防止でき、摩擦減衰力の増大を確実に防止できる。なお、上記撥水処理部61〜65は、撥油性も有するため、摺動部分への油の浸入も抑制することができる。
【0063】
《その他の実施形態》
本発明の構成は、上記実施形態に限定されるものではなく、それ以外の種々の構成を包含するものである。すなわち、上記実施形態では、摺動部分に撥水処理部61〜65を形成しているが、この限りではなく、例えば、オートテンショナ1のベース部材2の表面全体やアーム部材3の表面全体に形成してもよい。
【0064】
また、上記実施形態では、撥水処理部61〜65を、フッ素樹脂(PTFE)を用いた無電解ニッケルめっきによって構成しているが、この限りではなく、例えばフッ素樹脂を用いた硬質アルマイト処理など、撥水性を有する表面を実現できるような表面処理方法であれば、どのようなものであってもよい。さらに、上記フッ素樹脂は、撥水性を有するものであれば、PTFE以外のものでもよい。
【0065】
また、上記実施形態では、アーム部材3のボス部22及びインサートベアリング30にそれぞれ形成された貫通孔22a,30a内に、スラストワッシャ31と一体のダブルスプリングサポート35を配置するようにしているが、この限りではなく、ダブルスプリングサポート35を設けずに、スラストワッシャ31をリング状に形成してもよい。この場合には、当然のことながら、上記ボス部22及びインサートベアリング30に貫通孔22a,30aを形成する必要はない。
【産業上の利用可能性】
【0066】
以上説明したように、本発明におけるオートテンショナは、摺動部分に液体が浸入しにくく、該液体が浸入しても摺動特性や摩耗特性の悪化を防止できるので、例えば自動車のエンジンルーム内など、内部に液体の浸入しやすい環境下に配置されるものに特に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】図1は、本発明の実施形態に係るオートテンショナの全体構成を示す縦断面図である。
【図2】図2は、表面が撥水性の場合と親水性の場合の違いを比較して示す図である。
【図3】図3は、物質の表面エネルギーの一例を示す図である。
【図4】図4は、ダンピング率の試験結果を示す図である。
【図5】図5は、吸水量の試験結果を示す図である。
【符号の説明】
【0068】
1 オートテンショナ
2 ベース部材(固定部材)
3 アーム部材(可動部材)
11 カップ部
12 軸部
12a ボルト孔
21 カップ部
21a 開口(挿通孔)
22 ボス部
22a 貫通孔
23 フロントプレート(規制部材)
24 アーム部
29 プーリ
30 インサートベアリング(第2摺動部材、減衰手段)
30a 貫通孔
31 スラストワッシャ(第4摺動部材、減衰手段)
35 ダブルスプリングサポート(第3摺動部材、減衰手段)
40 捩りコイルばね
41 コイル部
50 スプリングサポート(第1摺動部材、減衰手段)
51 摺接部
52 鍔部
61〜65 撥水処理部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸部を有する固定部材と、
上記軸部に対して周方向に揺動可能に外嵌合されるボス部、及び、該ボス部の揺動中心に対してオフセットした位置で回転自在に軸支され、外周面でベルトに接触するプーリ、を有する可動部材と、
上記固定部材に対し可動部材をプーリがベルトを押圧する方向に回動付勢する捩りコイルばねと、
上記可動部材の揺動を減衰する減衰手段とを備えたオートテンショナにおいて、
上記固定部材及び可動部材のうち少なくとも一方には、該可動部材の揺動に伴って摺動する部分の表面に、撥水性を有する撥水処理部が設けられていることを特徴とするオートテンショナ。
【請求項2】
請求項1において、
上記撥水処理部は、その表面エネルギーがアルミニウム合金の表面エネルギーよりも小さいことを特徴とするオートテンショナ。
【請求項3】
請求項1または2において、
上記撥水処理部は、フッ素樹脂を用いた無電解ニッケルめっきによって形成されていることを特徴とするオートテンショナ。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一つにおいて、
上記撥水処理部は、上記軸部及びボス部のうち少なくとも一方の表面に形成されていることを特徴とするオートテンショナ。
【請求項5】
請求項4において、
上記ボス部には、上記減衰手段の一つとしての第1摺動部材が摺動可能に外嵌合されていて、
上記撥水処理部は、上記ボス部における上記第1摺動部材との摺接部分の表面に形成されていることを特徴とするオートテンショナ。
【請求項6】
請求項4において、
上記ボス部は、上記減衰手段の一つとしての第2摺動部材を介して上記軸部に外嵌合されていて、
上記撥水処理部は、上記ボス部における上記第2摺動部材との摺接部分の表面に形成されていることを特徴とするオートテンショナ。
【請求項7】
請求項4において、
上記ボス部には、上記軸部の表面に摺接する上記減衰手段の一つとしての第3摺動部材が設けられていて、
上記撥水処理部は、上記軸部における上記第3摺動部材との摺接部分の表面に形成されていることを特徴とするオートテンショナ。
【請求項8】
請求項1から3のいずれか一つにおいて、
上記可動部材には、上記固定部材の軸部の先端部分が挿通する挿通孔が形成されており、
上記固定部材は、上記減衰手段の一つとしての第4摺動部材を上記可動部材との間で挟み込むように上記軸部の先端部分に取り付けられて、該可動部材のボス部の抜け止めとして機能する規制部材を備え、
上記撥水処理部は、上記可動部材及び係止部材のうち少なくとも一方の部材において、上記第4摺動部材との摺接部分の表面に形成されていることを特徴とするオートテンショナ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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