説明

オートファジー性細胞死抑制剤

【課題】本発明は、本発明は、オートファジー制の細胞死を抑制できる医薬組成物を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明は、低分子ヒアルロン酸又はその塩を含む、オートファジー性細胞死抑制剤を提供する。本発明のオートファジー性細胞死抑制剤は、これまで存在しなかったオートファジー性細胞死を特異的に制御するものであり、低酸素−脳虚血負荷時にオートファジー性細胞死の抑制を通じて、障害を軽減させることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低分子ヒアルロン酸を含むオートファジー性細胞死の抑制剤等に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞は、分化、発生、個体の維持、免疫系や神経系の確立などの多くの局面において、自ら細胞死に必要な遺伝子を発現し、自発的に自己を消去するシステムを有する。
【0003】
2型細胞死とも呼ばれるオートファジー性細胞死は、オートファジー(自食作用)を伴う細胞死をいう。オートファジーとは、細胞の基礎代謝に必須の現象で、古くなって不要となった細胞の構成要素を、一部の細胞質と共に小胞様構造(オートファゴソーム)によって包み込み、リソソームの酵素を受けて分解する機構である。
【0004】
オートファジーには、細胞内代謝と恒常性の維持などに必要な基礎的なオートファジーと、ストレスに反応して誘導されるオートファジーとがある。基礎的なオートファジーが欠損すると生後間もなく死に至ることが知られている。オートファジーは、細胞が飢餓に陥ったときや、虚血や炎症などの病的状態によっても誘導される。
【0005】
ところで、脳虚血とは、様々な原因により脳の血液が不足する結果、脳組織に十分な酸素と栄養が供給されなくなる状態をいう。脳虚血が限界を超えると脳梗塞を発症する。脳梗塞は、脳虚血による酸素又は栄養の不足のために神経細胞が壊死すること、又は壊死に近い状態となることを意味する。
【0006】
脳梗塞は、日本人の死亡原因の中でも上位を示す疾患であり、重度の後遺症が残ることも多く、長期療養施設での介護が必要となる場合もある。細胞死は不可逆的な現象であり、一度生じるとその細胞を回復させることはできない。
【0007】
従来、形態学的、生化学的研究の結果、低酸素−脳虚血負荷後の海馬錐体細胞層では、カスパーゼ3の活性化をはじめとするアポトーシスの各種マーカーが陽性となることが知られていた。しかしながら、電子顕微鏡による形態観察においては、典型的なアポトーシスを呈する細胞がほとんど認められず、一方、典型的なネクローシスを呈する細胞もほとんど認められなかった。
【0008】
本発明者らは、オートファジーに必須なAtg7を神経組織特異的に欠損させたマウス(非特許文献1)を用いて低酸素−脳虚血負荷モデルを作製して解析した結果、脳虚血時に生じる神経細胞死は、低酸素ストレスにより過剰に誘導されるオートファジーが引き起こすことを実証した(非特許文献2、3)。
【0009】
以上より、オートファジーを制御する薬剤があれば、低酸素−脳虚血負荷後に当該薬剤を投与し、障害を軽減することができる可能性もあるものと考えられた。しかしながら、これまでオートファジーのみを特異的に制御する物質は、見出されていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Komatsu, M. et al., J. Cell Biol., 169:425-434, 2005
【非特許文献2】Koike et al., Am. J. Pathol. 172:454-469, 2008
【非特許文献3】Uchiyama, Y et al., Autophagy 4:404-408, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
そこで、本発明は、オートファジー性細胞死を抑制できる医薬組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために研究を重ねた結果、低分子ヒアルロン酸がオートファジー性細胞死を抑制することを見出し、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は、
〔1〕低分子ヒアルロン酸又はその塩を含む、オートファジー性細胞死抑制剤;
〔2〕前記低分子ヒアルロン酸が、2糖から20糖で構成されている、上記〔1〕に記載のオートファジー性細胞死抑制剤。
〔3〕前記低分子ヒアルロン酸が、ヒアルロン酸4糖である、上記〔1〕又は〔2〕に記載のオートファジー性細胞死抑制剤;
〔4〕虚血による神経細胞のオートファジー性細胞死を抑制する、上記〔1〕から〔3〕のいずれか1項に記載のオートファジー性細胞死抑制剤;
〔5〕脳虚血性疾患の予防又は治療剤である、上記〔1〕から〔4〕のいずれか1項に記載のオートファジー性細胞死抑制剤;及び
〔6〕前記脳虚血性疾患が、脳梗塞又は低酸素性虚血性脳症である、上記〔1〕から〔5〕のいずれか1項に記載のオートファジー性細胞死抑制剤、
に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明のオートファジー性細胞死抑制剤は、これまで存在しなかったオートファジー性細胞死を特異的に制御するものであり、低酸素−脳虚血負荷時にオートファジー性細胞死の抑制を通じて、障害を軽減させることができる。
【0014】
また、ヒアルロン酸は生体内にも存在する物質であり、細胞、個体に対する毒性も認められず、副作用を引き起こす可能性も非常に低いので、安全な医薬として有用性が高い。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】図1は、低酸素/脳虚血負荷の24時間後に、海馬錐体神経細胞をヘマトキシリン・エオジン染色した結果を示す。Salineはコントロール群、HA4はヒアルロン酸4糖投与群、Large−HAは、大型ヒアルロン酸投与群である。
【図2】図2は、低酸素/脳虚血負荷の24時間後に、海馬錐体神経細胞をTUNEL染色した結果を示す。Salineはコントロール群、HA4はヒアルロン酸4糖投与群、Large−HAは、大型ヒアルロン酸投与群である。
【図3】図3は、TLR2ノックアウトマウスに低酸素/脳虚血負荷を行い、図1と同様に染色した結果を示す。
【図4】図4は、図2と同様に、低酸素/脳虚血負荷の24時間後に、海馬錐体神経細胞をTUNEL染色した結果を示す。Salineはコントロール群、HA4はヒアルロン酸4糖投与群、Large−HAは大型ヒアルロン酸投与群、TLR−2はTLR2ノックアウトマウス、TLR−4はTLR4ノックアウトマウスである。
【図5】図5は、低酸素/脳虚血負荷後の海馬細胞におけるNFκBの発現をウェスタンブロット法によって測定した結果である。
【図6】図6は、低酸素/脳虚血負荷後の海馬細胞におけるIL−1βの発現を定量的PCR法で測定した結果である。
【図7】図7は、アポトーシス性細胞死における低分子ヒアルロン酸の作用を示す概念図である。低分子ヒアルロン酸がToll様受容体に結合すると、NFκBが活性化され、各種タンパク質の転写が増加する結果、アポトーシス性細胞死は抑制される。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明はオートファジー性細胞死抑制剤を提供する。
本発明のオートファジー性細胞死抑制剤は、低分子ヒアルロン酸又はその塩を含む。
【0017】
「オートファジー」とは、細胞の基礎代謝に必須の現象で、古くなって不要な細胞の構成要素を一部の細胞質と共に小胞様構造の隔離膜によって包み込み(オートファゴソームの形成)、リソソームの酵素により分解する機構である。オートファゴソームに取り込まれた高分子物質は、酸性条件下で生物活性のあるモノマーにまで分解され、その多くが細胞で再利用される。
【0018】
オートファジー関連遺伝子として同定されたAtg遺伝子のノックアウトマウスを用いた研究により、オートファジーの役割は、(1)栄養飢餓状態に反応したアミノ酸の供給、(2)非選択的タンパク質分解(Komatsu et al., J Cell Biol 169:425-434, 2005; Nature 441:880-884)、(3)ある種のタンパク質のユビキチンシグナルを介した選択的分解(Komatsu et al., J Cell Biol 169:425-434, 2005; Nature 441:880-884, 2006; Cell 131:1149-1163, 2007)、(4)様々なストレスに応答して誘導される細胞死の誘発、等であることが解明されてきた。
【0019】
特に、本発明者らは、オートファジーに必須なAtg7を神経組織特異的に欠損させたマウス(非特許文献1)を用いて低酸素−脳虚血負荷モデルを作製して解析した結果、低酸素負荷により脳虚血を生じると、海馬錐体神経細胞にオートファジーが誘導され、ピクノーシス(核濃縮)を呈して死に至ること、この神経細胞死は、カスパーゼ3欠損マウスやCAD欠損マウスでも抑制できないこと、即ちオートファジー性細胞死は、アポトーシスとは別の経路で生じることを実証した(非特許文献2、3)。
【0020】
本明細書において「オートファジー性細胞死」とは、このようなオートファジーを伴う細胞死をいう(Xu Y., et al., JBC. 2002, 281(28):19179-19187 )。
【0021】
ある細胞死がオートファジー性であるか否かは、上述のとおり、オートファジーに必須な遺伝子をノックアウトしたモデル動物においても生じる細胞死であるか否か、アポトーシスに必須な遺伝子をノックアウトしたモデル動物においても生じる細胞死であるか否かを確認することによって、当業者が判断することができる。
また、死んだ細胞におけるオートファジーのマーカー蛋白LC3の発現、電子顕微鏡によるオートファゴソームやオートリソソームの形成の確認によっても判断することができる。
【0022】
さらに、アポトーシスの各種マーカー(例えば、カスパーゼ3の活性化、細胞体と核の縮小化、核クロマチンの凝縮、核質と凝縮したクロマチンの鮮明な境界、アポトーシス小体の形成など)が認められないこと、ネクローシスの各種マーカー(細胞体、核、ミトコンドリアなどのオルガネラの膨化、細胞膜の破綻、細胞質のオルガネラの流出など)が認められないことも、判断の補強的な材料として用いることができる。
【0023】
本明細書において、細胞死抑制とは、細胞死を防止、遅延、停止又は減少等させることを意味する。
【0024】
「ヒアルロン酸」とは、グリコサミノグリカン(ムコ多糖)の一種であり、グルクロン酸とN−アセチルグルコサミンの2糖単位(GlcAβ1−3GlcNAcβ1−4)が繰り返された構造を有する。ヒアルロン酸は、極めて長い鎖構造をとるものから(例えば分子量100万以上)、2糖又は4糖で構成される低分子量のものまで各種のサイズのものが存在し、サイズによって様々な生理活性を示すことが知られている。
【0025】
本明細書において用語「低分子ヒアルロン酸」は、高分子ヒアルロン酸に対する用語であり、その最も広い意味で用いられる。低分子ヒアルロン酸は、例えば、60糖以下、30糖以下、25糖以下、又は20糖以下で構成されるヒアルロン酸を意味する。構成糖の数は奇数であってもよい。非還元末端に位置する糖は、飽和糖であっても不飽和糖であってもよい。
【0026】
低分子ヒアルロン酸としては、例えばヒアルロン酸4糖(4糖で構成されるヒアルロン酸)を用いることができる。ヒアルロン酸4糖には、これまで外傷性神経傷害保護作用、神経細胞賦活作用(Xu H., et al., JBC. 2002, 277(19):17308-4)、神経突起伸展作用、炎症関連サイトカインの抑制作用、ストレスタンパク質発現増強作用(特開2007−291133号公報)等の生理活性があることが報告されている。
【0027】
低分子ヒアルロン酸は、天然物を分解して得たものであっても、人工的に合成したものであってもよい。天然物を分解して製造する方法としては、鶏冠、臍帯、豚皮、牛皮、魚類、ヒアルロン酸を産生する微生物等から公知の方法に従って高分子ヒアルロン酸を分離、精製し、これを酵素分解法、化学分解法、加熱処理法、超音波処理法により分解する方法が挙げられる。酵素分解法としては、ヒアルロニダーゼやコンドロイチナーゼを用いることができ、化学分解法としては、アルカリ分解法、DMSOによる方法などが挙げられるがこれらに限定されない。こうして分解されたヒアルロン酸は、さらにカラムクロマトグラフィー等を用いる常法に従って、所望の分子量を有するものに分離することができる。
人工的な合成も、公知の方法又はそれに準ずる方法で行うことが可能である。
【0028】
本明細書において「ヒアルロン酸の塩」は、特に限定されないが、食品として又は薬学的に許容される塩が好ましく、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、アンモニウム塩等が挙げられる。
【0029】
本発明のオートファジー性細胞死抑制剤は、オートファジー性細胞死を伴う種々の疾患(例えば、オートファジー性細胞死を原因とする疾患や、疾患の結果オートファジー性細胞死を生じる疾患を含むがこれらに限定されない)の予防又は治療剤として用いることができる。オートファジー性細胞死を伴う疾患としては、例えば、虚血性疾患や膵炎が挙げられる(Hashimoto D. et al., J Cell Biol. 2008;181(7):1065-72)。
【0030】
本発明のオートファジー性細胞死抑制剤の一態様は、虚血による神経細胞のオートファジー性細胞死を抑制する。
本明細書において、「虚血」は、動脈血量の減少による局所の貧血をいう。
【0031】
本明細書において、「脳虚血性疾患」とは、脳虚血が生じる疾患である限り特に限定されず、脳虚血によって生じる種々の疾患、又はその疾患の結果脳虚血が生じるものを含む。脳虚血とは、脳の血液が不足し、脳組織に十分な酸素、栄養が供給されない状態をいう。
脳虚血性疾患としては、例えば、脳梗塞、低酸素性虚血性脳症が挙げられるがこれらに限定されない。
【0032】
本明細書において、「脳虚血性疾患の予防又は治療」とは、脳虚血性疾患の症状の緩和、進行の停止又は遅延等を意味する。
【0033】
図7(Bourguinon, L.Y.W., Wong, G., et al, Cytoskeleton published on line DOI 10.1002/cm. 20554 (2011) から引用)に示されるとおり、オリゴ糖を含む低分子ヒアルロン酸(LMW-HA)が細胞表面のToll様受容体2及び4(以下、それぞれ「TLR2」「TLR4」と表記する場合もある。)とCD44に作用すると、次のような一連の現象が誘起される:(1) CD44-AFAP-110-TLR2/TLR4-MyD88という複合体が形成される;(2)AFAP-110とactinとが結合し細胞骨格の活性化が起こる;(3) (2)と同時にMyD88/NF-κBが活性化され核内に移行する;(4) IL-1β等の遺伝子の転写活性が活性化される;(5) 様々なサイトカインやケモカインの合成量が増え、例えばヒートショックプロテインの発現増大により、アポトーシス性細胞死は抑制される。なお、AFAPは、Actin Filament Associated Proteinを、MyDは、Myeloid Differentiation factorを示す。
しかしながら、後述する実施例に示されるとおり、虚血性障害による海馬細胞においては、低分子ヒアルロン酸は、NFκBの発現を抑制するとともに、その下流のIL-1βの発現も抑制しており、むしろToll様受容体の機能を阻害していることがわかった。このことから、虚血性障害における細胞死はアポトーシス性細胞死ではなく、本発明における低分子ヒアルロン酸は、アポトーシス性細胞死ではなく、オートファジー性細胞死を特異的に抑制しているということができる。
【0034】
本発明のオートファジー性細胞死抑制剤は、注射、経鼻、経口、経皮、吸入等により投与することができ、投与方法に応じて、液剤(例えば注射剤)、分散剤、懸濁剤、錠剤、丸剤、粉末剤、坐剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、軟膏剤、貼付剤などとすることができる。
【0035】
製剤化は、公知の方法に従って行うことができ、本発明の効果に影響を与えない限りにおいて、安定化剤、乳化剤、浸透圧調整剤、pH調整剤、緩衝剤、等張化剤、保存剤、無痛化剤、着色剤、賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤等、通常医薬に用いられる担体や添加物等の成分を使用できる。
【0036】
担体及び添加物の例として、水、食塩水、リン酸緩衝液、デキストロース、グリセロール、エタノール等薬学的に許容される有機溶剤、コラーゲン、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、カルボキシメチルセルロースナトリウム、ポリアクリル酸ナトリウム、アルギン酸ナトリウム、水溶性デキストラン、カルボキシメチルスターチナトリウム、ぺクチン、メチルセルロース、エチルセルロース、キサンタンガム、アラビアゴム、カゼイン、寒天、ポリエチレングリコール、ジグリセリン、グリセリン、プロピレングリコール、ワセリン、パラフィン、ステアリルアルコール、ステアリン酸、ヒト血清アルブミン、マンニトール、ソルビトール、ラクトース、界面活性剤等が挙げられるがこれらに限定されない。
投与量は特に限定されず、対象とする疾患、患者の年齢、体重等に応じて適宜決定することができるが、例えば、0.05〜50mg/kgあるいは0.1〜3mg/kgを1日1回あるいはそれ以上に分けて投与することができる。
【実施例】
【0037】
〔実験動物〕
本研究における動物実験はすべて「動物の愛護及び管理に関する法律(動物愛護法)」、日本学術会議による「動物実験の適正な実施に向けたガイドライン」「順天堂大学医学部動物実験に関する指針」に則って実施した(動物実験計画書; 承認番号230036「神経系におけるオートファジー/リソソームタンパク分解系の破綻に関する分子細胞生物学的研究」)。野生型新生仔C57BL/6J マウスは日本SLC、C57BL/6系統のToll様受容体(TLR)-2と-4のノックアウトマウスはオリエンタルバイオサービスより購入した。
【0038】
〔低酸素/脳虚血負荷〕
低酸素/脳虚血負荷は、生後7日齢の新生仔マウスに対して、Rice-Vannucciモデル(Rice JE III, Vannucci RC, Brierley JB: The influence of immaturity on hypoxic-ischemic brain damage in the rat. Ann Neurol 1981, 9:131-141)に改変を加えて行った。2%イソフルランの麻酔下でマウスの左総頸動脈を結紮することで虚血した後、37℃で一時間回復を待った。その後、酸素濃度を8%、室温37℃に調節した容器内に25から30分置くことで低酸素負荷を加えた。低酸素/脳虚血負荷後、新生仔マウスは直ちに母胎へと戻され1、3、6、12、24時間、あるいは7日後に分子生物学的、生化学的、あるいは組織学的解析に供された。本法は、主に虚血側海馬の錐体ニューロンの細胞死を誘発することが知られている (Sheldon RA, Sedik C, Ferriero DM: Strain-related brain injury in neonatal mice subjected to hypoxia-ischemia. Brain Res 1998, 810:114-122; Ness JM, Harvey CA, Strasser A, Bouillet P, Klocke BJ, Roth KA: Selective involvement of BH3-only Bcl-2 family members Bim and Bad in neonatal hypoxia-ischemia. Brain Res 2006, 1099:150-159) 。
【0039】
〔ヒアルロン酸投与〕
ヒアルロン酸4糖は、低酸素/脳虚血負荷の12時間前と直前の2点において10mg/kg(体重)の濃度で腹腔より投与した。また、大型のヒアルロン酸(分子量800kDa)は、ヒアルロン酸4糖と同等のモル濃度で投与した。対照群には、生理食塩水を投与した。
【0040】
〔組織化学的、形態学的解析〕
低酸素/脳虚血負荷のマウスを麻酔下で脱血し、4%スクロースを含む0.1mol/Lリン酸緩衝液(pH 7.2)で灌流固定し、脳を摘出後、同固定液で一晩浸漬固定した。パラフィン切片は、脱水後ミクロトーム(RM2245; Leica)により4μmの標本を作製した。凍結切片は、15%、30%スクロースを含む0.1 mol/Lリン酸緩衝液(pH 7.2)に浸漬した後、OCT compound (Miles, Elkhart, IN)に包埋し、クライオスタット (CM3050; Leica)で10μmの切片を作製した。
結果を図1に示す。海馬は、虚血侵襲に対して最も脆弱な領域である。大型のヒアルロン酸投与群と対照群ではクロマチンの凝集と細胞質の脱落が認められたのに対して、ヒアルロン酸4糖投与群では予後に著しい改善が認められた。
【0041】
ヒアルロン酸4糖の細胞保護効果をより詳細に検討するため、続いて細胞死の指標としてTUNEL染色を行った。TUNEL染色は先行論文に従って行った(Gavrieli Y, Sherman Y, Ben-Sasson SA: Identification of programmed cell death in situ via specific labeling of nuclear DNA fragmentation. J Cell Biol 1992, 119:493-501)。簡単に、切片は100 U/ml terminal deoxynucleotidyl transferase (TdT; Promega)と10 nmol/L biotinylated 16-2'-dUTP (Roche Diagnostics)を含むTdT緩衝液(100 mmol/L sodium cacodylate, pH 7.0, 1 mmol/L cobalt chloride, 50 μg/ml gelatin)中で37°C 、1時間反応させた。検出にはstreptavidin-conjugated Alexa Fluor 488 (Invitrogen, San Diego, CA) を室温で1時間反応させた。
結果を図2に示す。低酸素/脳虚血負荷24時間後の海馬CA領野におけるTUNEL陽性の錐体ニューロンの数は、ヒアルロン酸4糖投与群(切片あたり204±22)において、大型のヒアルロン酸投与群(切片あたり517±112)や対照群(切片あたり438±152)と比較して半分相当まで減少していることが明らかとなった。
【0042】
次に、TLR2のノックアウトマウスについて、図1と同様の方法で作製した標本を観察した結果を図3に示す。TLR2ノックアウトマウスにおいても、ヒアルロン酸4糖の投与時と同様に、虚血性障害による海馬細胞の細胞死数が減少した。
さらに、TLR2、TLR4ノックアウトマウスについて、図2と同様にTUNEL染色を行い、ヒアルロン酸4糖投与群(HA4)、大型ヒアルロン酸投与群(HA-L)、及び対象群(Cont)についても再度実験をおこなった結果を図4に示す。TLR2、TLR4ノックアウトマウスでも、ヒアルロン酸4糖の投与時と同様に、TUNEL陽性の錐体ニューロンの数が著しく減少することが確認された。
以上より、ヒアルロン酸4糖は、Toll様受容体の機能を阻害したのと同様の作用を示すことが示唆された。
【0043】
〔ウェスタンブロット法〕
次に、低酸素/脳虚血負荷後のマウスの脳におけるNF-κBの発現をウェスタンブロット法で調べた。
タンパク質は各々の組織から、タンパク質分解酵素阻害剤 (Nacalai)と脱リン酸化酵素阻害剤 (Nakarai)を含むRIPA緩衝液[50mM Tris-HCl (pH7.6) with 150mM NaCl, 1% NP-40, 0.5% sodium deoxycholate and 0.1% SDS]において調製した。さらに、残渣を取り除くため4°C 、15,000rpmで10分間遠心した。BCA protein assay system (Pierce, Rockford, IL)によりタンパク濃度を検定した後、等量のタンパク質をウェスタンブロットに供した。タンパク質懸濁液は、ローディングバッファー中で変性された後、SDS-PAGEに供されImmobilon P-membrane (Millipore)に転写された。一次抗体には抗-NF-κB p65抗体(1:1000 dilution; Cell signaling technology)、抗-phospho NF-κB p65 (Ser536)抗体(1:1000; Cell signaling technology)を用いた。
結果を図5に示す。虚血性障害を受けた海馬細胞では、遺伝子発現調節因子として知られるNFκBが一時的に活性化されるが、HA4の投与によりこの一時的活性化が抑制されることがわかった。
【0044】
〔定量的PCR法〕
次に、定量的PCRで、海馬におけるIL-1βの発現量を測定した。
定量的PCRを行うにあたり、虚血側海馬をIsogen (Nippon gene)に溶解後、全RNAを抽出し、Super script 3 (Invitrogen)を用いてcDNAを作製した。IL-1βの発現量は、Thermal cycler dice (Takara)によりThunderbird sybr qPCR mix (Toyobo)を用いて定量した。プライマーの組み合わせは以下の通りである。
【表1】

結果を図6に示す。NFκB活性化の下流に位置するIL-1βの発現量が、ヒアルロン酸4糖の投与により抑制された。
図5及び6の結果は、虚血障害による細胞死が、ヒアルロン酸4糖がToll様受容体への結合を介してNFκBを活性化する結果抑制するアポトーシス性細胞死とは異なることを示すものである。
【0045】
以上の実施例の結果は、マウス新生仔低酸素/脳虚血負荷時におけるヒアルロン酸4糖の神経細胞保護効果が強く示唆するものである。
【配列表フリーテキスト】
【0046】
配列番号:1は、IL-1βの発現量を測定した定量的PCRに用いたフォワードプライマーのDNA配列である。
配列番号:2は、IL-1βの発現量を測定した定量的PCRに用いたリバースプライマーのDNA配列である。
配列番号:3は、β-アクチンの発現量を測定した定量的PCRに用いたフォワードプライマーのDNA配列である。
配列番号:4は、β-アクチンの発現量を測定した定量的PCRに用いたリバースプライマーのDNA配列である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
低分子ヒアルロン酸又はその塩を含む、オートファジー性細胞死抑制剤。
【請求項2】
前記低分子ヒアルロン酸が、2糖から20糖で構成されている、請求項1に記載のオートファジー性細胞死抑制剤。
【請求項3】
前記低分子ヒアルロン酸が、ヒアルロン酸4糖である、請求項1又は2に記載のオートファジー性細胞死抑制剤。
【請求項4】
虚血による神経細胞のオートファジー性細胞死を抑制する、請求項1から3のいずれか1項に記載のオートファジー性細胞死抑制剤。
【請求項5】
脳虚血性疾患の予防又は治療剤である、請求項1から4のいずれか1項に記載のオートファジー性細胞死抑制剤。
【請求項6】
前記脳虚血性疾患が、脳梗塞又は低酸素性虚血性脳症である、請求項1から5のいずれか1項に記載のオートファジー性細胞死抑制剤。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公開番号】特開2012−207014(P2012−207014A)
【公開日】平成24年10月25日(2012.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−53457(P2012−53457)
【出願日】平成24年3月9日(2012.3.9)
【出願人】(505192084)株式会社 糖質科学研究所 (21)
【Fターム(参考)】