説明

カップシール

【課題】カップシールの内周面とシリンダ内筒面間の内周側面圧と、カップシールの外周面とシリンダ外筒面間の外周側面圧と、の均一性が十分に確保されるカップシールを提供すること。
【解決手段】A:カップシール3の内径;B:シリンダ室4の内筒面4aの外径;C:一対のリップ部3d,3eの内周面と外周面の半径方向距離であるカップ幅;D:シリンダ室4の内筒面4aと外筒面4bの間の距離であるシリンダ幅;E:ヘッド部3c及び首部3bの合計軸長;F:首部3bの半径方向幅;と定義すると、A/Bは0.95以下の範囲、C/Dは1.30以上の範囲、及び、E/Fは1.5以下の範囲、である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カップシールに関し、特に、車両等に搭載される油圧式クラッチレリーズ装置に適用されるカップシールに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1又は特許文献2には、車両等に搭載される油圧式クラッチレリーズ装置に適用されるカップシールが開示されている。
【特許文献1】US6,076,645
【特許文献2】DE19681324C1
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記特許文献1又は特許文献2に開示されているカップシールの形状によれば、カップシールの内周面とシリンダ内筒面間の内周側面圧と、カップシールの外周面とシリンダ外筒面間の外周側面圧と、の均一性が十分に確保されていないため、ピストン作動時或いはカップシールに負圧が印加された際に、カップシールが軸方向に対して大きく傾き、カップシールがピストンやシリンダと過度に干渉するおそれがある。
【0004】
本発明の目的は、カップシールの内周面とシリンダ内筒面間の内周側面圧と、カップシールの外周面とシリンダ外筒面間の外周側面圧と、の均一性が十分に確保されるカップシールを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、第1の視点において、環状のシリンダ室内をストローク自在な環状のピストンの端部に結合され、前記ピストンがストロークする際に前記シリンダ室の内筒面及び外筒面と摺動する環状で弾性を有するカップシールであって、ベース部と、前記ベース部の軸方向一側に形成された首部と、前記ベース部上で前記首部の半径方向両側にそれぞれ形成された一対の肩部と、前記首部の軸方向一側に形成され前記ピストンに嵌合されるヘッド部と、前記ベース部の半径方向両側に形成され前記シリンダ室の内筒面及び外筒面と摺動する一対のリップ部と、を有し、
A:前記カップシールの内径;
B:前記シリンダ室の内筒面の外径;
C:前記一対のリップ部の内周面と外周面の半径方向距離であるカップ幅;
D:前記シリンダ室の内筒面と外筒面の間の距離であるシリンダ幅;
E:前記ヘッド部及び前記首部の合計軸長;
F:前記首部の半径方向幅;
と定義すると、
A/Bは0.95以下の範囲、C/Dは1.30以上の範囲、及び、E/Fは1.5以下の範囲、であるカップシールを提供する。
【0006】
本発明は、第2の視点において、環状のシリンダ室内をストローク自在な環状のピストンの端部に結合され、前記ピストンがストロークする際に前記シリンダ室の内筒面及び外筒面と摺動する環状で弾性を有するカップシールであって、ベース部と、前記ベース部の軸方向一側に形成された首部と、前記ベース部上で前記首部の半径方向両側にそれぞれ形成された一対の肩部と、前記首部の軸方向一側に形成され前記ピストンに嵌合されるヘッド部と、前記ベース部の半径方向両側に形成され前記シリンダ室の内筒面及び外筒面と摺動する一対のリップ部と、を有し、前記ベース部、前記首部及びヘッド部が軸対称な形状を有し、前記一対のリップ部の厚みが同一であり、前記ベース部は、前記首部の周囲において該首部と前記肩部の間に形成され前記ピストンの端部に形成され前記ヘッド部が嵌合する環状溝の周囲の端面と当接自在な第1の窪みを有し、前記一対のリップ部は、前記肩部の周囲に形成され前記シリンダ室の内筒面及び外筒面と摺動自在な第2の窪みを有する、カップシールを提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、上述したように形状を特定することによって、カップシールの内周面とシリンダ内筒面間の内周側面圧と、カップシールの外周面とシリンダ外筒面間の外周側面圧と、の均一性が十分に確保される。かくして、ピストン作動時或いはカップシールに負圧が印加された際に、カップシールが軸方向に対して傾く現象が高度に防止され、カップシールの耐久性が向上される。
【0008】
本発明によれば、上述したように形状を規定し、或いは、第1の窪みを設けることによって、カップシールの端部がピストンの端部に密着することができる。これによって、カップシールとピストンの間からの油漏れが防止される。
【0009】
本発明によれば、上述したように形状を規定し、或いは、第2の窪みを設けることによって、カップシールの一対のリップ部が前記シリンダ室の内筒面及び外筒面にそれぞれ密着することができる。これによって、カップシールとシリンダ室の内筒面及び外筒面間からの油漏れが防止される。
【0010】
本発明によれば、第1及び第2の窪みによって、カップシールとピストンとの当接状態、並びにカップシールとシリンダ室の内筒面及び外筒面との当接状態が安定する。これは、カップシールの内周面とシリンダ内筒面間の内周側面圧と、カップシールの外周面とシリンダ外筒面間の外周側面圧と、の均一性に寄与する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
本発明によれば、A(カップ内径)/B(インナ外径)を所定値以下の範囲に設定することにより、カップシール内側の接触面圧を安定させる。なお、カップシールには、ある程度の半径方向の大きさが要求されるため、A/Bは0.7以上が好ましい。
【0012】
本発明によれば、C(カップ幅)/D(シリンダ幅)を所定値以上の範囲に設定することにより、カップシールの十分な接触面圧を確保することができる。なお、カップシールが過度に圧縮されることを防止するためには、C/Dは1.6以下が好ましい。
【0013】
本発明によれば、E(ヘッド部及び首部の合計軸長)/F(ヘッド部幅)を所定値以下の範囲に設定することにより、ヘッド部の座屈を防止する。なお、カップシールとピストンの軸方向の嵌合長さを確保するために、ヘッド部にはある程度の軸方向長さが要求されるため、E/Fは1.2以上が好ましい。
【0014】
以上のように、カップシールの各諸元を設定することにより、カップシールの内周面とシリンダ内筒面間の内周側面圧と、カップシールの外周面とシリンダ外筒面間の外周側面圧と、の均一性が高度に確保される。
【0015】
本発明の好ましい実施の形態によれば、A/Bは0.7〜0.95の範囲;C/Dは1.30〜1.6の範囲;E/Fは1.2〜1.5の範囲;である。
【0016】
本発明の好ましい実施の形態によれば、G:前記一対のリップ部が半径方向及び軸方向に対して傾斜を有している部分の軸方向長さである前記一対のリップ部の軸長;H:前記ベース部の軸長;と定義すると、G/Hは1以下である。この形態によれば、リップ部が過度に折れ曲がることが防止される。
【0017】
本発明の好ましい実施の形態によれば、前記一対のリップ部の先端部の内周面及び外周面は、自然状態で軸方向に沿って延在している直進部である。このように直進部を設けることによって、カップシールの製作時、型抜けが良くなり、カップシールの寸法精度が向上される。
【0018】
本発明の好ましい実施の形態によれば、I:前記一対のリップ部が半径方向及び軸方向に対して傾斜を有している部分と、前記直進部と、を接続する部分の曲率、と定義すると、Iは1以下である。この形態によれば、リップ部の周面とシリンダ室の内筒面及び外筒面が密着し易くなり、内外の面圧の均一性の確保に貢献する。
【0019】
本発明の好ましい実施の形態によれば、前記一対のリップ部はそれぞれ、前記ヘッド部の周囲に、前記ベース部よりも軸方向に沿って前記ヘッド部側に突出している肩部を有する。
【0020】
本発明の好ましい実施の形態において、本発明のカップシール形状は、連続的かつ軸対称であって環状に形成される。本発明の別の好ましい実施の形態において、本発明のカップシール形状は、周方向に沿って不連続的に、すなわち、周方向に沿って所定間隔毎に複数個所形成される。
【実施例1】
【0021】
以下図面を参照して、本発明の一実施例を説明する。図1は、本発明の一実施例に係るカップシールが適用される油圧式クラッチレリーズ装置の構成を模式的に示した断面図である。
【0022】
図1を参照すると、本発明の一実施例に係るカップシールが適用される油圧式クラッチレリーズ装置は、内側ハウジング1と外側ハウジング2との間にシリンダ室4を形成し、シリンダ室4内の油圧によって第1及び第2環状ピストン6,7、及びレリーズベアリング5を軸方向に沿って移動させることにより、不図示のクラッチの係合・非係合状態を制御する装置である。
【0023】
油圧式クラッチレリーズ装置は、内側ハウジング1と、外側ハウジング2と、カップシール3と、シリンダ室4と、レリーズベアリング5と、第1環状ピストン6と、第2環状ピストン7と、皿バネ8と、コイルスプリング9と、シート部材10と、カバー部材11と、止め輪12と、シール13と、ストッパ部材14と、を有している。
【0024】
内側ハウジング1は、環状の部材であって、筒状部1aと、筒状部1aの一端から外周方向に延在したフランジ部1bと、を有している。
【0025】
外側ハウジング2は、環状の部材であって、油ポート2aと、取付フランジ2bと、段差部2cと、を有している。取付フランジ2bは、本装置を変速機等に取り付けるためのフランジ形状部分である。段差部2cは、外側ハウジング2のフランジ部1b側の面に形成された凹部であり、シリンダ室4の外周にて環状に形成されている。
【0026】
カップシール3は、弾性材料よりなり、シリンダ室4を密封する環状のシール部材である。カップシール3は、内側ハウジング1と外側ハウジング2の間に配され、第2環状ピストン7の環状溝7aに装着されている。
【0027】
シリンダ室4は、内側ハウジング1、外側ハウジング2、及び第2環状ピストン7に囲まれた環状のシリンダ室である。シリンダ室4は、段差部2cとフランジ部1bの間の油路、及び油ポート2aを介して不図示のクラッチマスタシリンダ等に接続されて、圧油が供給される。
【0028】
レリーズベアリング5は、保持部材5cに取り付けられたボールベアリングである。レリーズベアリング5の内輪5aは、ボールを介して外輪5bに回動可能に支持されており、クラッチ側(図1の右側)の端部にて不図示のダイヤフラムスプリングと常時接合している。したがって、内輪5aは、不図示のダイヤフラムスプリングと一体的に回転する。レリーズベアリング5の外輪5bは、保持部材5cを介して第1環状ピストン6に固定された非回転輪である。レリーズベアリング5の保持部材5cは、第1環状ピストン6の取付部6aに対して、皿バネ8により調芯可能に取り付けられており、コイルスプリング9側の面にてシート部材10を介してコイルスプリング9の付勢力を受けている。皿バネ8は、レリーズベアリング5を半径方向に調心移動可能に支持している。
【0029】
なお、不図示のダイヤフラムスプリングは、不図示のプレッシャプレートを介して、不図示のクラッチディスクを不図示のフライホイールに圧接させる。
【0030】
第1環状ピストン6は、シリンダ室4側の端部にて第2環状ピストン7と接離可能に当接している。第1環状ピストン6は、内側ハウジング1と外側ハウジング2の間において第2環状ピストン7の摺動に伴って、軸方向(図1の左右方向)に沿って摺動自在である。
【0031】
第2環状ピストン7は、内側ハウジング1と外側ハウジング2の間において油圧により軸方向(図1の左右方向)に沿って摺動自在である。第2環状ピストン7は、シリンダ室4側の端部にカップシール3を装着するための環状溝(凹部)7aを有している。
【0032】
皿バネ8は、第1環状ピストン6の取付部6aにレリーズベアリング5の保持部材5cを取り付けるためのばね弾性を有する環状の部材である。
【0033】
コイルスプリング9は、本装置の軸方向(図1の左右方向)に沿って延在し、シート部材10とカバー部材11のシート部11aとの間に介装されている。コイルスプリング9は、シート部材10を介してレリーズベアリング5を不図示のダイヤフラムスプリング側に付勢している。
【0034】
シート部材10は、コイルスプリング9の一端を支持するための部材であり、レリーズベアリング5の保持部材5cに取り付けられている。
【0035】
カバー部材11は、コイルスプリング9の外周をカバーする円筒状の部材である。カバー部材11は、第1及び第2環状ピストン6,7がシリンダ室4側にスライドしたときにもレリーズベアリング5と接触しないように設定されている。カバー部材11は、変速機側(図1の左側)の端部にて内周側に延在したシート部11aを有している。シート部11aは、コイルスプリング9の他端を支持し、外側ハウジング2に当接している。
【0036】
止め輪12は、環状ピストン6、7のクラッチ側(図1の右側)へのスライドを規制する環状部材である。止め輪12は、内側ハウジング1の外周面のクラッチ側(図1の右側)の端部の近傍に形成された溝に取り付けられている。
【0037】
シール13は、内側ハウジング1のフランジ部1bと外側ハウジング2との接合面を封止するための弾性材料よりなる環状部材である。シール13は、シリンダ室4及び油ポート2aよりも外周側に配されている。
【0038】
ストッパ部材14は、カップシール3の変速機側(図1の左側)へのスライドを規制する環状部材である。ストッパ部材14は、不図示のエンジンの不図示のクランクシャフトによってもたらされる軸方向振動が油圧系へ伝播することを遮断するためにピストンを完全分離した際に、カップシール3が段差部2cとフランジ部1bの間の油路で傷付かないようにするためのものである。ストッパ部材14は、内側ハウジング1の円筒部1aの外周にて、シリンダ室4のフランジ部1b近傍の部分から段差部2cとフランジ部1bの間の油路において、回動可能に配置されている。
【0039】
以上説明した油圧式クラッチレリーズ装置の基本的な動作を説明する。操作者が不図示のクラッチペダルを踏み込んだときは、不図示のクラッチマスタシリンダからシリンダ室4に圧油が供給され、これによって、第1及び第2環状ピストン6、7、及びレリーズベアリング5がクラッチ側(図1の右側)に移動して、不図示のクラッチは遮断状態となる。
【0040】
操作者が不図示のクラッチペダルを解放したときは、シリンダ室4内の圧油は油ポート2aから排出され、これによって、第1及び第2環状ピストン6、7、レリーズベアリング5がシリンダ室4側に移動し、不図示のクラッチは係合状態となる。
【0041】
次に、本発明の一実施例に係るカップシール結合構造を詳細に説明する。図2は、本発明の一実施例に係るカップシール結合構造の部分断面を示す分解図である。図3は、図2に示したカップシールとピストンの部分断面を示す組立図である。図4は、図3のIV−IV線全体断面を模式的に示す図である。なお、図2等に記載した中心線は、カップシールが環状であることを示すためのものであって、図1に示したカップシールの寸法とは対応していない。
【0042】
図2及び図3を参照すると、本発明の一実施例に係るカップシール結合構造においては、環状のシリンダ室4内をストローク自在な第2環状ピストン(以下単に「ピストン」という)7の端部に、ピストン7がストロークする際にシリンダ室4の内筒面4a及び外筒面4bと摺動する環状で弾性を有するカップシール3が結合される。カップシール3は、ピストン7とシリンダ室4の内筒面4a及び外筒面4bの間を液密にシールする。
【0043】
カップシール3は、ベース部3aと、ベース部3aの軸方向一側に形成された首部3bと、首部3bの軸方向一側に形成され首部3bよりも径大であってピストン7に嵌合ないし緊迫されるヘッド部3cと、ベース部3aの他側且つ半径方向両側に形成されシリンダ室4の内筒面4a及び外筒面4bとそれぞれ摺接する一対のリップ部3d,3eと、ベース部3a上で首部3bの半径方向両側にそれぞれ形成された一対の肩部3g,3gと、を有している。ベース部3a、首部3b及びヘッド部3cは軸対称な形状を有し、一対のリップ部3d,3eの厚みは略同一である。
【0044】
ベース部3aは、首部3bの周囲において首部3bと肩部3gの間に形成され、ピストン7の環状溝7a周囲の端面7iと当接自在な第1の窪み3hを有している。一対のリップ部3d,3eは、一対の肩部3gの周囲に形成されシリンダ室4の内筒面4a及び外筒面4bと摺動自在な第2の窪み3iを有している。一対のリップ部3d,3eの先端部の内周面及び外周面は、自然状態で軸方向に沿って延在している直進部3k,3lである。
【0045】
ピストン7は、首部3b及びヘッド部3cが挿入される環状溝7aと、環状溝7aの入口に位置する一対の顎部7b,7cと、一方の顎部(外側の顎部)7cに形成され環状溝7a内に向かって突出する突起部7dと、突起部7dよりも環状溝7aの奥側に配置され環状溝7aに挿入されたヘッド部3cを圧縮自在な緊迫部7eと、を有している。突起部7dの内周面は、首部3bの半径方向外側の面に当接している。
【0046】
図3及び図4を参照すると、ヘッド部3cが緊迫部7eに圧縮された状態で、第1の窪み3hによって、カップシール3がピストン7の環状溝7a周囲の端面7iに密着することができる。これによって、カップシール3とピストン7の間からの油漏れが防止される。さらに、第2の窪み3iによって、カップシール3の一対のリップ部3d,3eがシリンダ室4の外筒面4b及び内筒面4aにそれぞれ密着することができる。これによって、カップシール3とシリンダ室4の内筒面4a及び外筒面4b間からの油漏れが防止される。
【0047】
さらに、第1及び第2の窪み3h,3iによって、カップシール3とピストン7との当接状態、並びにカップシール3とシリンダ室4の内筒面4a及び外筒面4bとの当接状態が安定する。これは、カップシール3の内周面とシリンダ内筒面4a間の内周側面圧と、カップシール3の外周面とシリンダ外筒面4b間の外周側面圧と、の均一性に寄与する。
【0048】
また、図3及び図4を参照すると、ヘッド部3cが緊迫部7eに圧縮された状態で、一方の顎部(外側の顎部)7cは突起部7dを介して首部3bに当接しているが、他方の顎部(内側の顎部)7bと首部3bの間には隙間20が形成されている。かくして、首部3bは環状溝7aの入口に位置する一対の顎部7b,7cからは遊嵌され、ヘッド部3cが環状溝7aの一対の顎部7b,7cよりも奥側に位置する緊迫部7eで圧縮されることにより、カップシール3がピストン7に結合されている。なお、突起部7dが首部3bに当接することにより、カップシール3の位置決めが容易となり、カップシール3の捩れが防止される。
【0049】
このようにカップシール3が緊迫される箇所が少ないこと、すなわち、カップシール3が緊迫される箇所が緊迫部7eに限定されていることにより、多数の箇所で、カップシール3がピストン7側から緊迫される場合に比べて、カップシール3に対する緊迫力が安定する。この結果、ロット間における緊迫力のバラツキが減少する。
【0050】
カップシール3は、一般的にゴム等の弾性部材から形成され、一般的に剛体から形成されるピストンに比べて、加工による寸法のバラツキが不可避的に大きくなる。このバラツキは、カップシール3の形状が複雑であるほど大きくなる。仮に、環状溝7aの入口と内側ないし奥側の二箇所においてカップシール3を緊迫すると、カップシール3の寸法のバラツキの影響により、カップシール3に対する緊迫力のロット間におけるバラツキが大きくなる。すなわち、首部3bに対する一対の顎部7b,7cの緊迫度合いによって、緊迫力が大きく変動してしまう。
【0051】
本実施例によれば、緊迫部7eの位置を環状溝7aの内側ないし奥側に限定することにより、カップシール3の寸法のバラツキを吸収し、アセンブリ時には嵌め易く、作動時には抜け難いカップシール結合構造が提供される。
【0052】
次に、本実施例に係るカップシールの諸元、本実施例に係る試料1及び2のカップシールの諸元、並びに試料1のカップシールを用いて測定したカップシールのリップ部の接触面圧について説明する。図5は、本発明の一実施例に係るカップシールの諸元図である。
【0053】
図2及び図5を参照して、本実施例に係るカップシールの諸元を下記のとおり定義する:
A:カップシール3の内径;
B:シリンダ室4の内筒面4aの外径;
C:一対のリップ部3d,3eの内周面と外周面の半径方向距離であるカップ幅;
D:シリンダ室4の内筒面4aと外筒面4bの間の距離であるシリンダ幅;
E:ヘッド部3c及び首部3bの合計軸長;
F:首部3bの半径方向幅;
G:一対のリップ部3d,3eが半径方向及び軸方向に対して傾斜を有している部分(第2の窪み3i)の軸方向長さである一対のリップ部3d,3eの軸長;
H:ベース部3aの軸長;
I:一対のリップ部3d,3eが半径方向及び軸方向に対して傾斜を有している部分(第2の窪み3i)と、直進部3k,3lと、を接続する部分3jの曲率。
【0054】
試料1のカップシールの諸元:
A/B=0.94;
C/D=1.38;
E/F=1.45;
G/H=1;
I=0.1R。
【0055】
試料2のカップシールの諸元:
A/B=0.93;
C/D=1.36;
E/F=1.45;
G/H=1;
I=0.1R。
【0056】
図6は、本発明の一実施例に係るカップシールを用いて測定した、組み付け時すなわち無負荷時におけるカップシールのリップ部の接触面圧分布図である。図7は、本発明の一実施例に係るカップシールを用いて測定した、負荷時におけるカップシールのリップ部の接触面圧分布図である。
【0057】
図6及び図7中、矢線の長さが、接触面圧(反力)の大きさを示し、矢線の先端を結んだ不図示の包絡線が囲む面積が接触面圧の合計を示している。図2、図6及び図7を参照すると、カップシール3の内周面とシリンダ室4の内筒面4a間の内周側面圧と、カップシール3の外周面とシリンダ室4の外筒面4b間の外周側面圧とは、組み付け時においても負荷時においても、ほとんど同一であることが分かる。さらに、内周側及び外周側とも、面圧は明確なピークを有し、カップシール3とシリンダ室4の内筒面4a及び外筒面4b間から油が漏れにくくなっていることが分かる。
【0058】
図8は、図6に示したカップシールを用いて、シリンダ室4内の圧力を変えて測定した内側リップ3dと外側リップ3eの接触面圧比較図である。図2及び図8を参照すると、内側リップ3dと外側リップ3eのシリンダ室4に対する接触面圧(反力)は、広い圧力範囲に亘ってほとんど同一である。よって、本実施例に係るカップシール3の形状によれば、カップシール3の内周面とシリンダ室4の内筒面4a間の内周側面圧と、カップシール3の外周面とシリンダ室4の外筒面4b間の外周側面圧と、の均一性が高度に確保されることが分かった。
【0059】
続いて、本実施例に係るカップシール3及びピストン7のその他の部分の形状について説明する。
【0060】
図2を参照すると、環状溝7aの内面において、突起部7dに対向する方の壁面7fが、径方向断面上でピストン7の軸線方向に沿ってストレートに形成されている。或いは、環状溝7aの内面において、突起部に対向する壁面7fが、軸方向に沿って同一径上に形成されている。このような形態によれば、組立時、ヘッド部3cが環状溝7aに挿入し易くなる。
【0061】
図2及び図3を参照すると、環状溝7aの底面は、ピストン7の径方向に沿って直線上に形成された直線部7gと、直線部7gの両側に曲面上にそれぞれ形成された第1のR部7h,7hと、を有する。この形態によれば、環状溝7aの開口部に突起部7dがあっても、環状溝7aの切削加工が容易となる。
【0062】
図2及び図3を参照すると、ヘッド部3cは、その先端部の半径方向両側に曲面状にそれぞれ形成された第2のR部3f,3fを有する。この形態によれば、ヘッド部3cと環状溝7aの接触面積が増大し、カップシール3に対する緊迫力を高めることができる。
【0063】
図2を参照すると、環状溝7aの開口径L1に対する突起部7dの半径方向に沿った突起長さL2の割合L2/L1(%)は、5〜20%程度が好ましい。突起長さは、通常、0.1mm以上であれば十分である。
【0064】
本発明の一実施例においては、ヘッド部3c先端と、環状溝7aの底部との間には、スペース21が形成されることを許容する。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明のカップシールは、環状ピストンに結合される環状カップシールに適用され、特に、車両等に搭載される油圧式クラッチレリーズ装置に好適に適用される。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明の一実施例に係るカップシールが適用される油圧式クラッチレリーズ装置の構成を模式的に示した断面図である。
【図2】本発明の一実施例に係るカップシール結合構造の部分断面を示す分解図である。
【図3】図2に示したカップシールとピストンの部分断面を示す組立図である。
【図4】図3のIV−IV線全体断面を模式的に示す図である。
【図5】本発明の一実施例に係るカップシールの諸元図である。
【図6】本発明の一実施例に係るカップシールを用いて測定した、組み付け時におけるカップシールのリップ部の接触面圧分布図である。
【図7】本発明の一実施例に係るカップシールを用いて測定した、圧力負荷時におけるカップシールのリップ部の接触面圧分布図である。
【図8】図6に示したカップシールを用いて、シリンダ室の圧力を変えて測定した内側リップと外側リップの接触面圧比較図である。
【符号の説明】
【0067】
1 内側ハウジング
1a 筒状部
1b フランジ部
2 外側ハウジング
2a 油ポート
2b 取付フランジ
2c 段差部
3 カップシール
3a ベース部
3b 首部
3c ヘッド部
3d,3e 一対のリップ部(内側リップ3d,外側リップ3e)
3f,3f 第2のR部
3g,3g 一対の肩部
3h 第1の窪み
3i 第2の窪み
3j 第2の窪みと直進部を接続する部分
3k,3l 直進部
4 シリンダ室
4a 内筒面
4b 外筒面
5 レリーズベアリング
5a 内輪
5b 外輪
5c 保持部材
6 第1環状ピストン
6a 取付部
7 第2環状ピストン,ピストン
7a 凹部,環状溝
7b,7c 一対の顎部(一方の顎部7c,他方の顎部7b)
7d 突起部
7e 緊迫部
7f 壁面(半径方向内側の壁面)
7g 直線部
7h,7h 第1のR部
7i 環状溝周囲の端面
8 皿バネ
9 コイルスプリング
10 シート部材
11 カバー部材
11a シート部
12 止め輪
13 シール
14 ストッパ部材
20 隙間、クリアランス
21 スペース
L1 環状溝の開口径
L2 突起部の半径方向に沿った突起長さ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状のシリンダ室内をストローク自在な環状のピストンの端部に結合され、前記ピストンがストロークする際に前記シリンダ室の内筒面及び外筒面と摺動する環状で弾性を有するカップシールであって、
ベース部と、前記ベース部の軸方向一側に形成された首部と、前記ベース部上で前記首部の半径方向両側にそれぞれ形成された一対の肩部と、前記首部の軸方向一側に形成され前記ピストンに嵌合されるヘッド部と、前記ベース部の半径方向両側に形成され前記シリンダ室の内筒面及び外筒面と摺動する一対のリップ部と、を有し、
A:前記カップシールの内径;
B:前記シリンダ室の内筒面の外径;
C:前記一対のリップ部の内周面と外周面の半径方向距離であるカップ幅;
D:前記シリンダ室の内筒面と外筒面の間の距離であるシリンダ幅;
E:前記ヘッド部及び前記首部の合計軸長;
F:前記首部の半径方向幅;
と定義すると、
A/Bは0.95以下の範囲、
C/Dは1.30以上の範囲、及び、
E/Fは1.5以下の範囲、
であることを特徴とするカップシール。
【請求項2】
A/Bは0.7〜0.95の範囲;
C/Dは1.30〜1.6の範囲;
E/Fは1.2〜1.5の範囲;
であることを特徴とする請求項1記載のカップシール。
【請求項3】
G:前記一対のリップ部が半径方向及び軸方向に対して傾斜を有している部分の軸方向長さである前記一対のリップ部の軸長;
H:前記ベース部の軸長;
と定義すると、
G/Hは1以下であることを特徴とする請求項1記載のカップシール。
【請求項4】
前記一対のリップ部の先端部の内周面及び外周面は、自然状態で軸方向に沿って延在している直進部であることを特徴とする請求項1記載のカップシール。
【請求項5】
I:前記一対のリップ部が半径方向及び軸方向に対して傾斜を有している部分と、前記直進部と、を接続する部分の曲率、と定義すると、
Iは1以下であることを特徴とする請求項4記載のカップシール。
【請求項6】
前記一対のリップ部はそれぞれ、前記ヘッド部の周囲に、前記ベース部よりも軸方向に沿って前記ヘッド部側に突出している肩部を有することを特徴とする請求項1記載のカップシール。
【請求項7】
環状のシリンダ室内をストローク自在な環状のピストンの端部に結合され、前記ピストンがストロークする際に前記シリンダ室の内筒面及び外筒面と摺動する環状で弾性を有するカップシールであって、
ベース部と、前記ベース部の軸方向一側に形成された首部と、前記ベース部上で前記首部の半径方向両側にそれぞれ形成された一対の肩部と、前記首部の軸方向一側に形成され前記ピストンに嵌合されるヘッド部と、前記ベース部の半径方向両側に形成され前記シリンダ室の内筒面及び外筒面と摺動する一対のリップ部と、を有し、
前記ベース部、前記首部及びヘッド部が軸対称な形状を有し、
前記一対のリップ部の厚みが同一であり、
前記ベース部は、前記首部の周囲において該首部と前記肩部の間に形成され前記ピストンの端部に形成され前記ヘッド部が嵌合する環状溝の周囲の端面と当接自在な第1の窪みを有し、
前記一対のリップ部は、前記肩部の周囲に形成され前記シリンダ室の内筒面及び外筒面と摺動自在な第2の窪みを有する、
ことを特徴とするカップシール。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−84906(P2010−84906A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−256578(P2008−256578)
【出願日】平成20年10月1日(2008.10.1)
【出願人】(000000011)アイシン精機株式会社 (5,421)
【Fターム(参考)】