説明

ガス測定装置および方法

【課題】透明な多孔体を担体として検知剤を担持した検知素子よるガス測定における、測定環境の湿度による問題が解消できるようにする。
【解決手段】レイリー散乱光状態算出部103は、吸光度測定部102が第2波長で測定した検知素子101の第1補正用吸光度、および吸光度測定部102が第3波長で測定した検知素子101の第2補正用吸光度より、検知素子101を構成する多孔体におけるレイリー散乱光による光吸収の状態を算出する。補正部104は、吸光度測定部102が第1波長で測定した、測定対象のガスに晒された検知素子101の検出後吸光度を、レイリー散乱光状態算出部103が求めたレイリー散乱光による光吸収の状態で補正した補正後吸光度を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、環境リスクが高いガス状の大気汚染物質や室内環境汚染などのガスを測定するガス測定装置および方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
現在、光化学オキシダントや窒素酸化物などによる大気汚染は、大都市のみならず、大都市の周辺の地域にまで拡大しており、環境に対する影響が問題とされている。光化学オキシダントは、オゾン,酸化窒素,および揮発性有機化合物(VOC)などの汚染物質が、太陽光線の照射を受けて光化学反応したことにより生成されたものである。また、ホルムアルデヒドなどの、室内環境汚染物質も問題となっている。室内環境汚染物質は、例えば、シックハウス症候群を引き起こす原因の一つとされている。
【0003】
このため、上述したような汚染の原因となるガスの測定が、環境対策の中で重要となっている。このようなガスの測定を簡便に行うために、検知対象ガスと選択的に反応して可視領域で変色(発色あるいは退色)する検知剤を、可視光に対して透明な多孔体に担持させてガス検知素子とした超小型の蓄積型のガスセンサが開発されている(例えば、特許文献1,2、非特許文献1参照)。このガスセンサは、検知剤を担持する母材(以後、担体と称す)となる多孔体と、この細孔内に担持される検知剤との2つの要素より構成されている。
【0004】
【特許文献1】特許第3943008号公報
【特許文献2】特許第3700877号公報
【特許文献3】特許第3639123号公報
【非特許文献1】Yasuko Yamada Maruo, et al., "Development of formaldehyde sensing element using porous glass impregnated with β-diketon", Talanta, Vol.74, pp1141-1147, 2008.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上述したガスセンサを構成している多孔体は、大気中の検知対象であるガスを細孔内に吸着すると同時に、大気中に多く存在している水蒸気も吸着する。この水蒸気の吸着は物理吸着であり、細孔内の水蒸気圧と大気中の水蒸気圧との吸着平衡によって細孔内の水分量が決定される。また、梅雨時期などの高湿度状態の大気中に、多孔体を長時間暴露しておくと、表面親水性の多孔体は水蒸気を多量に吸着し、細孔内でよく知られた毛細管凝縮を起こし、細孔内が液体(水)で充填されるようになる。
【0006】
周辺環境の湿度変化が微小である限り、多孔体の細孔内に毛細管凝縮した水分は、多孔体の可視光に対する光学的な透過率特性に影響しない。しかし、上述したように高湿度の状態より湿度が急激に減少する急激な湿度変化が測定時に起こった場合に、観測事実として、多孔体が白濁して透明でなくなる現象(レイリー散乱)が起こる。例えば、暑く蒸した熱帯夜の間、高温多湿状態に晒された多孔体は、夜が明けて太陽光に晒されて急激な乾燥が起こると、細孔内の凝縮水が蒸発し、結果として、透明な多孔体が白く濁る。これは、検知素子を構成している担体に要求される透明性が満たされない状態であり、問題となる。このような白濁の発生した状態では、多孔体の吸光度の上昇が起こり、着色反応であれば測定対象ガスの濃度が高く算出されるようになり、脱色反応であれば測定対象ガスの濃度が低く算出されるようになり、正確なガスの測定が行えない。
【0007】
本発明は、以上のような問題点を解消するためになされたものであり、透明な多孔体を担体として検知剤を担持した検知素子よるガス測定における、測定環境の湿度による問題が解消できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係るガス測定装置は、測定対象のガスと反応して可視領域の吸収が変化する検知剤と、この検知剤が孔内に担持された透明な多孔体からなる検知素子と、ガスと反応した検知剤が吸収する第1波長と、可視領域において第1波長より長波長の第2波長および第3波長とにおける検知素子の吸光度を測定する吸光度測定手段と、吸光度測定手段が第2波長で測定した検知素子の第1補正用吸光度、および吸光度測定手段が第3波長で測定した検知素子の第2補正用吸光度より、多孔体におけるレイリー散乱光による光吸収の状態を算出するレイリー散乱光状態算出手段と、吸光度測定手段が第1波長で測定した、測定対象のガスに晒された検知素子の検出後吸光度を、レイリー散乱光状態算出手段が求めたレイリー散乱光による光吸収の状態で補正した補正後吸光度を算出する補正手段と、吸光度測定手段が第1波長で測定した、測定対象のガスに晒されていない検知素子の初期吸光度と補正後吸光度との差によりガスの濃度を求める濃度算出手段とを備える。
【0009】
上記ガス測定装置において、補正手段は、第2波長の4乗の逆数と第1補正用吸光度との第1関係、および、第3波長の4乗の逆数と第2補正用吸光度との第2関係より、レイリー散乱光による光吸収の状態として波長の4乗の逆数と吸光度との直線関係を算出し、算出した直線関係より第1波長におけるレイリー散乱光の吸光度を算出し、検出後吸光度より算出したレイリー散乱光の吸光度を差し引くことで補正後吸光度を算出する。
【0010】
なお、検知剤は、β−ジケトン,アンモニウム塩,および酸を含むものであればよい。また、検知剤は、亜硝酸イオンと反応してジアゾ化合物を生成するジアゾ化試薬と、このジアゾ化合物とカップリングしてアゾ色素を生成するカップリング試薬と、酸とを含むものであってもよい。
【0011】
また、本発明に係るガス測定方法は、測定対象のガスと反応して可視領域の吸収が変化する検知剤が孔内に担持された透明な多孔体からなる検知素子における測定対象のガスに晒されていない状態の初期吸光度を、ガスと反応した検知剤が吸収する第1波長で測定する第1ステップと、可視領域において第1波長より長波長の第2波長で測定した検知素子の第1補正用吸光度、および可視領域において第1波長より長波長の第3波長で測定した検知素子の第2補正用吸光度より、多孔体におけるレイリー散乱光による光吸収の状態を算出する第2ステップと、測定対象のガスに晒された検知素子を第1波長で測定した検出後吸光度を、レイリー散乱光による光吸収の状態で補正した補正後吸光度を算出する第3ステップと、初期吸光度と補正後吸光度との差によりガスの濃度を求める第4ステップと少なくとも備える。
【0012】
上記ガス測定方法において、第2ステップでは、第2波長の4乗の逆数と第1補正用吸光度との第1関係、および、第3波長の4乗の逆数と第2補正用吸光度との第2関係より、多孔体におけるレイリー散乱光による光吸収の状態として、波長の4乗の逆数と吸光度との直線関係を算出し、第3ステップでは、算出した直線関係より第1波長におけるレイリー散乱光の吸光度を算出し、算出したレイリー散乱光の吸光度を検出後吸光度より差し引くことで補正後吸光度を算出する。
【0013】
上記ガス測定方法において、検知剤は、β−ジケトン,アンモニウム塩,および酸を含むものであればよい。また、検知剤は、亜硝酸イオンと反応してジアゾ化合物を生成するジアゾ化試薬と、このジアゾ化合物とカップリングしてアゾ色素を生成するカップリング試薬と、酸とを含むものであってもよい。
【発明の効果】
【0014】
以上説明したように、本発明では、第2波長で測定した検知素子の第1補正用吸光度および第3波長で測定した検知素子の第2補正用吸光度より、多孔体におけるレイリー散乱光による光吸収の状態を算出し、測定対象のガスに晒された検知素子を第1波長で測定した検出後吸光度を、算出したレイリー散乱光による光吸収の状態で補正するようにした。この結果、本発明によれば、透明な多孔体を担体として検知剤を担持した検知素子よるガス測定における、測定環境の湿度による問題が解消できるようになるという優れた効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態におけるガス測定装置の構成例を示す構成図である。本装置は、検知素子101と、吸光度測定部102と、レイリー散乱光状態算出部103と、補正部104と、濃度算出部105と、光源106とを備える。
【0016】
検知素子101は、測定対象のガスと反応して可視域の吸収が変化する検知剤が、孔内に担持された透明な多孔体から構成されている。また、吸光度測定部102は、測定対象のガスと反応した検知剤が吸収する第1波長と、可視域において第1波長より長波長の第2波長および第3波長とにおける検知素子101の吸光度を測定する。この吸光度の測定においては、光源106から出射された光を光源として用いる。
【0017】
レイリー散乱光状態算出部103は、吸光度測定部102が第2波長で測定した検知素子101の第1補正用吸光度、および吸光度測定部102が第3波長で測定した検知素子101の第2補正用吸光度より、検知素子101を構成する多孔体におけるレイリー散乱光による光吸収の状態を算出する。
【0018】
補正部104は、吸光度測定部102が第1波長で測定した、測定対象のガスに晒された検知素子101の検出後吸光度を、レイリー散乱光状態算出部103が求めたレイリー散乱光による光吸収の状態で補正した補正後吸光度を算出する。また、濃度算出部105は、吸光度測定部102が第1波長で測定した、測定対象のガスに晒されていない検知素子101の初期吸光度と補正後吸光度との差によりガスの濃度を求める。
【0019】
次に、ガス測定装置を用いたガス測定方法について図2のフローチャートを用いて説明する。
【0020】
まず、ステップS201で、測定対象のガスもしくはこのガスを含む空気に晒されていない状態の検知素子101の吸光度である初期吸光度を、ガスと反応した検知剤が吸収する波長である第1波長で測定する。次に、ステップS202で、検知素子101を、測定対象となる環境中に配置し、測定対象ガスが含まれている空気に暴露する。
【0021】
次に、ステップS203で、可視領域において第1波長より長波長の第2波長における検知素子101の吸光度(第1補正用吸光度)を測定する。次いで、ステップS204で、可視領域において第1波長より長波長の、例えば第2波長より長波長の第3波長における検知素子101の吸光度(第2補正用吸光度)を測定する。
【0022】
次に、ステップS205で、検知素子101を構成する多孔体におけるレイリー散乱光による光吸収の状態を、測定した第1補正用吸光度および第2補正用吸光度を用いて算出する。例えば、第2波長の4乗の逆数と第1補正用吸光度との第1関係、および、第3波長の4乗の逆数と第2補正用吸光度との第2関係より、上記多孔体におけるレイリー散乱光による光吸収の状態として、波長の4乗の逆数と吸光度との直線関係を算出する。
【0023】
次に、ステップS206で、測定対象のガスもしくはこのガスを含む空気に晒された検知素子101の吸光度である検出後吸光度を、第1波長で測定する。次いで、ステップS207で、検出後吸光度を、レイリー散乱光による光吸収の状態で補正した補正後吸光度を算出する。例えば、上記直線関係により第1波長におけるレイリー散乱光の吸光度を算出し、検出後吸光度より算出した第1波長におけるレイリー散乱光の吸光度を差し引くことで補正後吸光度を求める。
【0024】
最後に、ステップS208で、初期吸光度と補正後吸光度との差によりガスの濃度を求める。
【0025】
上述した本実施の形態におけるガス測定によれば、レイリー散乱光状態算出部103により算出したレイリー散乱光による光吸収の状態で、測定対象のガスに晒された検知素子101の検出後吸光度を補正して補正後吸光度とてガスの濃度を求めるようにしたので、湿度の影響による検知素子101(多孔体)の白濁の問題が解消できるようになる。
【0026】
[実施例1]
次に、ホルムアルデヒドを検出する場合を例にした実施例1について説明する。
【0027】
始めに、検知素子101について説明する。検知素子101は、図3に示すように、例えばコーニング社製のバイコール(Vycor:登録商標)ガラスからなる多孔体112と、多孔体112の細孔122の内部に配置されたβ−ジケトン113,アンモニウム塩114,および酸115よりなる検知剤111とを備えるものである。多孔体112は、例えば、バイコール#7930である。バイコール#7930は平均孔径4nmの複数の細孔を備えている。また、多孔体103は、例えば、8(mm)×8(mm)で厚さ1(mm)のチップサイズである。なお、検知剤111は、雰囲気の湿度の存在により細孔122内に吸着する水分112を含んでいる。
【0028】
ここで、多孔体111についてより詳細に説明する。まず製造について説明する。多孔体111である多孔質ガラスは、まず、Na2O−B23−SiO2系の硼珪酸系ガラスを作製し、これを所定の形状に成形した後に数百℃で熱処理をすることで、ガラス内部で、SiO2リッチ相とNa2O−B23リッチ相とに、数nmスケールでスピノーダル分解による分相を起こさせる。このようにして分相させたガラス(分相ガラス)を酸溶液中に浸漬し、Na2O−B23リッチ相を酸により溶出させる。これらのことにより、SiO2による骨格を持つ多孔質ガラスが得られる。
【0029】
上述したように作製される多孔質ガラスよりなる多孔体111の細孔122は、表面の開口部121から内部にまで連結した貫通細孔であり、細孔122の径およびこの分布が、製造中の熱処理条件により制御できることがよく知られている。なお、上述した多孔質ガラスにおいては、酸により溶出させるという製造方法より、細孔壁面を含む表面が極性を持つ水酸基で終端されていて親水性となっている。このため、前述したように、高湿度状態に晒されると毛細管凝縮が起こりやすく、この後、急激な湿度低下が起こると、白濁化し、レイリー散乱により透明度が低下する。
【0030】
次に、上述したような多孔体112の細孔122に検知剤111を担持させて検知素子101とする製造方法について簡単に説明する。まず、アンモニウム塩と酸とβ−ジケトンとを水に溶解した検知剤溶液を作製する。例えば、β−ジケトンとしての1−フェニル−1,3−プロパンジオン0.157gをエタノール50mlに溶解し、これにアンモニウム塩としての酢酸アンモニウム7.5gと、酸としての酢酸0.15ミリリットルと水とを加え全量を60mlとした検知剤溶液を作製する。
【0031】
次に、作製した検知剤溶液に、多孔体112を24時間程度浸漬する。この浸漬により、多孔体112の細孔122内部に検知剤溶液を含浸させた後、検知剤が含浸した多孔体112を風乾し、次いで、窒素ガス気流中に24時間放置して乾燥する。これらのことにより、検知素子101が作製される。作製された検知素子101においては、β−ジケトン113,アンモニウム塩114,および酸115よりなる検知剤111が導入され、水分112とともに細孔122の内部に担持されているものとなる。
【0032】
なお、上述した担持とは、検知剤に含まれる各成分物質が、化学的,物理的,または電気的に細孔122の内壁と結合または吸着している状態を示す。例えば、バイコールガラスなどより構成された多孔体112の細孔122表面は親水性を備えており、水や水溶液および水溶性の物質は吸着しやすい状態となっている。従って、水溶液である検知剤溶液および水溶性を備える成分物質は、多孔体112の細孔112内部表面に付着(吸着)する。このように、多孔体112の細孔122に、検知剤の成分物質が被覆しおよび/または含浸されているような状態を、担持したものとしている。
【0033】
ところで、β−ジケトンとしては、1−フェニル−1,3−ブタンジオンに限らず、アセチルアセトンまたは1,3−ジフェニル−1,3−プロパンジオンを用いるようにしてもよい。
【0034】
上述したように作製した検知素子101を用いる場合、第1波長は410〜420nmの範囲から選択し、第2波長は、500〜550nmの範囲から選択し、第3波長は600〜700nmの範囲から選択すればよい。上述したβ−ジケトン、アンモニウム塩、および酸を含む検知剤111による検知素子101では、温湿度の管理されたホルムアルデヒドを含む空気中に晒し、ホルムアルデヒドを検知剤111に反応させると(8時間暴露)、図4に示すように、波長410〜420nmの範囲において吸収(吸光度の変化)が生じる。一方、ホルムアルデヒドと反応しても、図4に示されているように、波長500nm以上の範囲においては、吸光度の変化は生じない。なお、実線が晒す前の吸光度であり、点線が晒した後の吸光度である。
【0035】
以上の結果に対し、高温多湿の状態でホルムアルデヒドを含む空気中に晒し、急激な湿度の変化を発生させることで、レイリー散乱が発生する状態とすると、図5に示すように、波長410〜420nmの範囲において吸収(吸光度の変化)が生じるとともに、500nmから徐々に減少する吸収も測定される。なお、実線が晒す前の吸光度であり、点線が晒した後の吸光度である。この図5における500nmから徐々に減少する吸収が、発生した白濁(レイリー散乱)によるものである。
【0036】
上述したレイリー散乱は、「多孔体へ入射する光の波長に対する散乱光の強度は1/波長4」の依存性を備えている。従って、レイリー散乱が起こっている多孔体において、2つの異なる波長における各々の吸光度が測定できれば、多孔体におけるレイリー散乱光による、波長と光吸収との線形の関係を求めることができる。
【0037】
ここで、図4に示した結果より明らかなように、上述したホルムアルデヒドの検知の場合、500〜550nmの範囲から選択した第2波長と、600〜700nmの範囲から選択した第3波長とを用いることで、測定による検知剤111の吸光度変化の影響を受けることがなく、レイリー散乱の状態を算出することができる。このように、測定対象のガスと反応した検知剤による吸光度変化が影響しない範囲で、第2波長と第3波長を選択すればよい。
【0038】
例えば、まず、レイリー散乱が発生している状態で、第2波長として波長525nmの吸光度(第1補正用吸光度)を測定し、第3波長として波長660nmの吸光度(第2補正用吸光度)を測定する。次に、1/(波長)4と吸光度との座標系において、1/(525)4と第1補正用吸光度との点と、1/(660)4と第2補正用吸光度との点とを通る直線を求めれば、図6に示すように、レイリー散乱による「波長の4乗の逆数と吸光度との直線関係(近似曲線)」が算出できる。
【0039】
このようにして求めた直線関係において、例えば波長415nmにおけるレイリー散乱による吸光度を求めれば、測定において発生したレイリー散乱の状態、例えば、波長415nmにおけるレイリー散乱による吸光度の増加分を求めることができる。このようにして求めたレイリー散乱による吸光度の増加分を、第1波長としての415nmにおける検知素子101の吸光度より差し引くことで、ホルムアルデヒドとの反応による吸光度の変化分が正確に求められる。
【0040】
ところで、吸光度の測定は、例えば、図7に例示する測定装置を用いることで行えばよい。この測定装置は、まず、波長415nmの発光ダイオード702,波長525nmの発光ダイオード703,および波長660nmの発光ダイオード704を備える光源部705と、ハーフミラー706と処理部筐体709とを備え、これらが定盤701の上に固定されている。
【0041】
また、光源部705からの光源光がハーフミラー706を透過して到達する箇所、およびハーフミラー706を反射して到達する箇所に、各々光センサ707,光センサ708が設けられている。光センサ707は、固定部707により定盤701の上に支持されている。また、光センサ708は、固定部712に固定され、支持部713により処理部筐体709に支持接続されている。この測定装置において、検知素子101は、ハーフミラー706と光センサ707との間に配置される。
【0042】
本測定装置では、光源部705からの光源光は、まず、ハーフミラー706に入射し、この一部が透過して光センサ707に到達し、他の一部が反射して光センサ708に到達する。ここで、検知素子101を配置せずに、光センサ707および光センサ708の両者で受光される光強度が一致するように、各センサの感度を調整しておく。このように調整した状態で、検知素子101を配置して光源光の強度を各センサで測定すれば、光センサ708で検出された光強度と光センサ707で検出された光強度との差により、検知素子101の吸光度が測定できる。
【0043】
また、発光ダイオード702のみを点灯させて上述した光強度測定を行えば、波長415nmにおける吸光度が測定できる。また、発光ダイオード703のみを点灯させて上述した光強度測定を行えば、波長525nmにおける吸光度が測定できる。また、発光ダイオード704のみを点灯させて上述した光強度測定を行えば、波長660nmにおける吸光度が測定できる。
【0044】
例えば、発光ダイオード702のみを点灯させた上述した光強度測定により、既知の濃度のホルムアルデヒドの測定を検知素子101により行うことで、波長415nmの吸光度とホルムアルデヒド濃度との関係を示す検量線を作成することができる。
【0045】
また、実際のホルムアルデヒド観測において、発光ダイオード702を点灯させた光強度測定により、初期吸光度および検出後吸光度を測定する。また、発光ダイオード703を点灯させた光強度測定により第1補正用吸光度を測定し、発光ダイオード704を点灯させた光強度測定により第2補正用吸光度を測定する。このようにして測定された初期吸光度,検出後吸光度,第1補正用吸光度,および第2補正用吸光度が、処理部筐体709に収容されている処理部により処理され、第1補正用吸光度および第2補正用吸光度よりレイリー散乱に対応する近似直線が求められ、近似曲線により検出後吸光度が補正されて補正後吸光度が求められ、補正後吸光度と初期吸光度との差が出力される。出力された値より、前述した検量線を参照することでホルムアルデヒドの濃度が求められる。
【0046】
例えば、検知素子101を、温度や湿度が大きく変化する測定対象の空気中に8時間暴露させる測定を行うと、発光ダイオード702のみを用いた光強度測定による検出後吸光度と初期吸光度との差からは、ホルムアルデヒド濃度が125ppb/1時間と算出される。これに対し、上述したように、発光ダイオード703および発光ダイオード704を用いた測定により、レイリー散乱に対応する近似直線を求め、この近似曲線を用いて補正した補正後吸光度と初期吸光度との差からは、ホルムアルデヒド濃度が95ppb/1時間と算出され、実際のホルムアルデヒド濃度が得られる。
【0047】
[実施例2]
次に、二酸化窒素を検出する場合を例にした実施例2について説明する。
【0048】
始めに、検知素子について説明する。検知素子は、例えばコーニング社製のバイコール(Vycor:登録商標)ガラスからなる多孔体と、多孔体の細孔の内部に配置されたジアゾ化試薬,カップリング試薬,および酸よりなる検知剤を備えるものである。ジアゾ化試薬は、例えばスルファニルアミドであり、カップリング試薬は例えばN,N−ジメチルナフチルアミンである。一方、多孔体は、例えば、バイコール#7930である。バイコール#7930は平均孔径4nmの複数の細孔を備えている。また、多孔体は、例えば、8(mm)×8(mm)で厚さ1(mm)のチップサイズである。なお、上記検知剤は、雰囲気の湿度の存在により細孔内に吸着する水分を含んでいる。また、バイコールガラスは、硼珪酸ガラスであり、製造過程で酸処理されているため、細孔内、酸性環境となっており、予め酸が存在した状態となっている(特許文献3参照)。
【0049】
次に、上述した検知素子の製造について簡単に説明する。まず、スルファニルアミドとN,N−ジメチルナフチルアミンとをエタノールに溶解した検知剤溶液を作製する。エタノールと水との混合液を用いてもよい。次に、作製した検知剤溶液に、多孔体を24時間程度浸漬する。この浸漬により、多孔体の細孔内部に上述した検知剤溶液を含浸させた後、検知剤が含浸した多孔体を風乾し、次いで、窒素ガス気流中に24時間放置して乾燥する。これらのことにより、二酸化窒素を検出するための検知素子が作製される。作製された検知素子においては、スルファニルアミドとN,N−ジメチルナフチルアミンと酸とよりなる検知剤が導入され、吸着している水分と共に細孔の内部に担持されているものとなる。
【0050】
上述したように作製した検知素子を用いる場合、第1波長は500〜550nmの範囲から選択し、第2波長は、620〜65nmの範囲から選択し、第3波長は660〜720nmの範囲から選択すればよい。上述したスルファニルアミドとN,N−ジメチルナフチルアミンとを含む検知剤による検知素子では、温湿度の管理された二酸化窒素を含む空気中に晒し、二酸化窒素を検知剤に反応させると(24時間暴露)、図8に示すように、波長430〜620nmの範囲において吸収(吸光度の変化)が生じる。一方、二酸化窒素と反応しても、図8に示されているように、波長620nm以上の範囲においては、吸光度の変化は生じない。なお、実線が晒す前の吸光度であり、点線が晒した後の吸光度である。
【0051】
以上の結果に対し、高温多湿の状態で二酸化窒素を含む空気中に晒し、急激な湿度の変化を発生させることで、レイリー散乱が発生する状態とすると、図9に示すように、波長430〜620nmの範囲において吸収(吸光度の変化)が生じるとともに、620nmから徐々に減少する吸収も測定される。なお、実線が晒す前の吸光度であり、点線が晒した後の吸光度である。この図9における620nmから徐々に減少する吸収が、発生した白濁(レイリー散乱)によるものである。
【0052】
ここで、図8に示した結果より明らかなように、上述した二酸化窒素の検知の場合、620〜650nmの範囲から選択した第2波長と、660〜720nmの範囲から選択した第3波長とを用いることで、測定による検知剤の吸光度変化の影響を受けることがなく、レイリー散乱の状態を算出することができる。このように、測定対象のガスと反応した検知剤による吸光度変化が影響しない範囲で、第2波長と第3波長を選択すればよい。
【0053】
例えば、まず、レイリー散乱が発生している状態で、第2波長として波長640nmの吸光度(第1補正用吸光度)を測定し、第3波長として波長680nmの吸光度(第2補正用吸光度)を測定する。次に、1/(波長)4と吸光度との座標系において、1/(5640)4と第1補正用吸光度との点と、1/(680)4と第2補正用吸光度との点とを通る直線を求めれば、レイリー散乱による「波長の4乗の逆数と吸光度との直線関係(近似曲線)」が算出できる。
【0054】
このようにして求めた直線関係において、例えば波長530nmにおけるレイリー散乱による吸光度を求めれば、測定において発生したレイリー散乱の状態、例えば、波長530nmにおけるレイリー散乱による吸光度の増加分を求めることができる。このようにして求めたレイリー散乱による吸光度の増加分を、第1波長としての530nmにおける検知素子の吸光度より差し引くことで、二酸化窒素との反応による吸光度の変化分を、正確に求めることが可能となる。
【0055】
なお、亜硝酸イオンと反応してジアゾ化合物を生成するジアゾ化試薬として、スルファニルアミドを用いる場合を例に説明したが、これに限るものではなく、よく知られているように、スルファニル酸など、ベンゼン,ナフタレン,ビフェニル等の芳香族化合物、もしくは、チオフェン,チアゾール等の複素芳香族化合物であって、1級アミノ基もしくはアセトアミド基を備えた化合物であればよい。また、カップリング試薬は、ベンゼン,ナフタレン,ビフェニル等の芳香族化合物、もしくは、チオフェン,チアゾール等の複素芳香族化合物であって、1〜3級アミノ基もしくはアルコオキシ基もしくは水酸基を有する化合物であればよい。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の実施の形態におけるガス測定装置の構成例を示す構成図である。
【図2】本発明の実施の形態におけるガス測定方法を説明するフローチャートである。
【図3】検知素子101の一部構成を模式的に示す概略的な断面図である。
【図4】レイリー散乱が発生していない状態の吸光度の変化を示す特性図である。
【図5】レイリー散乱が発生している状態の吸光度の変化を示す特性図である。
【図6】レイリー散乱による波長の4乗の逆数と吸光度との関係を表す近似曲線を示す特性図である。
【図7】吸光度の測定を行う測定装置の構成例を示す構成図である。
【図8】レイリー散乱が発生していない状態の吸光度の変化を示す特性図である。
【図9】レイリー散乱が発生している状態の吸光度の変化を示す特性図である。
【符号の説明】
【0057】
101…検知素子、102…吸光度測定部、103…レイリー散乱光状態算出部、104…補正部、105…濃度算出部、106…光源。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象のガスと反応して可視領域の吸収が変化する検知剤と、
この検知剤が孔内に担持された透明な多孔体からなる検知素子と、
前記ガスと反応した前記検知剤が吸収する第1波長と、可視領域において前記第1波長より長波長の第2波長および第3波長とにおける前記検知素子の吸光度を測定する吸光度測定手段と、
前記吸光度測定手段が前記第2波長で測定した前記検知素子の第1補正用吸光度、および前記吸光度測定手段が前記第3波長で測定した前記検知素子の第2補正用吸光度より、前記多孔体におけるレイリー散乱光による光吸収の状態を算出するレイリー散乱光状態算出手段と、
前記吸光度測定手段が前記第1波長で測定した、前記測定対象のガスに晒された前記検知素子の検出後吸光度を、前記レイリー散乱光状態算出手段が求めたレイリー散乱光による光吸収の状態で補正した補正後吸光度を算出する補正手段と、
前記吸光度測定手段が前記第1波長で測定した、前記測定対象のガスに晒されていない前記検知素子の初期吸光度と前記補正後吸光度との差により前記ガスの濃度を求める濃度算出手段と
を備えることを特徴とするガス測定装置。
【請求項2】
請求項1記載のガス測定装置において、
前記補正手段は、
前記第2波長の4乗の逆数と前記第1補正用吸光度との第1関係、および、前記第3波長の4乗の逆数と前記第2補正用吸光度との第2関係より、前記レイリー散乱光による光吸収の状態として波長の4乗の逆数と吸光度との直線関係を算出し、
算出した直線関係より前記第1波長におけるレイリー散乱光の吸光度を算出し、
前記検出後吸光度より算出したレイリー散乱光の吸光度を差し引くことで前記補正後吸光度を算出する
ことを特徴とするガス測定装置。
【請求項3】
請求項1または2記載のガス測定装置において、
前記検知剤は、β−ジケトン,アンモニウム塩,および酸を含むものである
ことを特徴とするガス測定装置。
【請求項4】
請求項1または2記載のガス測定装置において、
前記検知剤は、
亜硝酸イオンと反応してジアゾ化合物を生成するジアゾ化試薬と、このジアゾ化合物とカップリングしてアゾ色素を生成するカップリング試薬と、酸とを含むものである
ことを特徴とするガス測定装置。
【請求項5】
測定対象のガスと反応して可視領域の吸収が変化する検知剤が孔内に担持された透明な多孔体からなる検知素子における前記測定対象のガスに晒されていない状態の初期吸光度を、前記ガスと反応した前記検知剤が吸収する第1波長で測定する第1ステップと、
可視領域において前記第1波長より長波長の第2波長で測定した前記検知素子の第1補正用吸光度、および可視領域において前記第1波長より長波長の第3波長で測定した前記検知素子の第2補正用吸光度より、前記多孔体におけるレイリー散乱光による光吸収の状態を算出する第2ステップと、
前記測定対象のガスに晒された前記検知素子を前記第1波長で測定した検出後吸光度を、前記レイリー散乱光による光吸収の状態で補正した補正後吸光度を算出する第3ステップと、
前記初期吸光度と前記補正後吸光度との差により前記ガスの濃度を求める第4ステップと
を少なくとも備えることを特徴とするガス測定方法。
【請求項6】
請求項5記載のガス測定方法において、
前記第2ステップでは、
前記第2波長の4乗の逆数と前記第1補正用吸光度との第1関係、および、前記第3波長の4乗の逆数と前記第2補正用吸光度との第2関係より、前記多孔体におけるレイリー散乱光による光吸収の状態として、波長の4乗の逆数と吸光度との直線関係を算出し、
前記第3ステップでは、
算出した直線関係より前記第1波長におけるレイリー散乱光の吸光度を算出し、算出したレイリー散乱光の吸光度を前記検出後吸光度より差し引くことで前記補正後吸光度を算出する
ことを特徴とするガス測定方法。
【請求項7】
請求項5または6記載のガス測定方法において、
前記検知剤は、β−ジケトン,アンモニウム塩,および酸を含むものである
ことを特徴とするガス測定方法。
【請求項8】
請求項5または6記載のガス測定方法において、
前記検知剤は、
亜硝酸イオンと反応してジアゾ化合物を生成するジアゾ化試薬と、このジアゾ化合物とカップリングしてアゾ色素を生成するカップリング試薬と、酸とを含むものである
ことを特徴とするガス測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−91279(P2010−91279A)
【公開日】平成22年4月22日(2010.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−258429(P2008−258429)
【出願日】平成20年10月3日(2008.10.3)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】