説明

キャビテーション気泡衝撃圧検出装置

【課題】振動加速度の計測値とキャビテーション気泡衝撃圧を対応付けるデータベースを不要化すると共に、振動加速度のばらつきや誤差の影響を低減しつつ、キャビテーション気泡衝撃圧を検出することを技術課題とする。
【解決手段】作動流体中でキャビテーションが生じる機器に複数の振動加速度センサを取付け、キャビテーション発生位置から各振動加速度センサ位置まで伝播する圧力波の減衰率や異種媒質界面での透過率,センサ設置部の壁厚さと密度等を考慮して算出される所定の抵抗係数を用い、計測された複数の振動加速度の値を最小自乗近似処理してキャビテーション気泡衝撃圧を抽出することにより解決できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、作動流体中でキャビテーションが生じる機器一般に対し、キャビテーション気泡衝撃圧を検出する装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
各種液体を作動流体とする機器においては、ある条件下でキャビテーションが発生することがある。ここで、キャビテーションとは、上流の微小な気泡核が流体の飽和蒸気圧より低い圧力領域に流入した際、その核を基にして気泡が膨張する現象である。この膨張した気泡が下流の高圧領域に達すると、気泡内外の差圧によって気泡が崩壊(急激に収縮,消滅)する場合がある。
【0003】
このときMPa〜GPaオーダにも達する非常に大きなスパイク状の衝撃圧が生じると共に、機器の固体部にエロージョンと呼ばれる変形や損傷を与える恐れがある。
【0004】
従って、キャビテーション気泡衝撃圧の大きさや波形を計測・分析すれば、キャビテーションの発生の有無や位置,エロージョンの予測等が可能となる。
【0005】
従来、キャビテーションの発生の有無や位置を予測するために、音響・振動センサを用いてキャビテーション気泡衝撃圧を間接的に計測する方法が提案されている。これは、キャビテーション気泡衝撃圧の発生位置から周囲に伝播した圧力波を、液中や空中における音響や固体部の振動として捉える方法である。
【0006】
例えば特許文献1に記載のキャビテーション診断装置は、水力発電機器に取付けられた複数のAEセンサで計測したAE信号の特徴成分に対し、データベースに蓄積された診断情報と比較してキャビテーションの大きさや位置を同定する診断手段を備えており、キャビテーションを高感度に検出すると共にキャビテーションの発生部位を推定可能にしている。
【0007】
また、特許文献2に記載のキャビテーション検出方法は、振動検出ピックアップで計測した振動加速度信号の分析方法として従来のパワースペクトル解析の代わりにバイスペクトル解析を用い、キャビテーションの発生時と非発生時の識別精度を改善している。
【0008】
【特許文献1】特開2003−97410号公報(第11頁,第2図)
【特許文献2】特開2000−337288号公報(第3頁,第1図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
音響・振動センサを用いてキャビテーション気泡衝撃圧を間接的に計測する従来の方法では、キャビテーション気泡衝撃圧の大きさが評価できなかったり、大きさを評価するには音響・振動の計測値とキャビテーション気泡衝撃圧を対応付けるデータベースが必要となるなどの問題があった。
【0010】
また、機器の構造が複雑な場合や、物性が大きく異なる材質が多数使用されている場合は、圧力波の伝播経路が複雑となる上に圧力波の減衰や異種媒質界面での反射,透過等による影響が大きくなり、音響・振動の計測値のばらつきや誤差が大きくなるという問題があった。
【0011】
本発明の目的は、振動加速度の計測値とキャビテーション気泡衝撃圧を対応付けるデータベースを不要化すると共に、振動加速度のばらつきや誤差の影響を低減しつつ、キャビテーション気泡衝撃圧を検出することが可能なキャビテーション気泡衝撃圧検出装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的は、作動流体中でキャビテーションが生じる機器に取付けられた複数の振動加速度センサと、これらの各振動加速度センサの出力信号を増幅するアンプと、前記アンプの出力信号を高速サンプリングするA/D変換器と、このA/D変換器から出力される振動加速度の波形を高速フーリエ変換して特定の周波数帯域をフィルターリングして振動加速度のオーバーオール値を算出する高速フーリエ変換器と、この高速フーリエ変換器から出力される振動加速度のオーバーオール値を記録するコンピュータと、このコンピュータ内で記録された振動加速度のオーバーオール値からキャビテーション気泡衝撃圧を抽出するデータ処理手段とを備えたことにより達成される。
【0013】
また上記目的は、キャビテーション気泡衝撃圧を抽出するデータ処理手段は、キャビテーション発生位置から各振動加速度センサ位置まで伝播する圧力波の減衰率や異種媒質界面での透過率,センサ設置部の壁厚さと密度等を考慮して算出される所定の抵抗係数を用い、計測された複数の振動加速度オーバーオール値を最小自乗近似処理することにより達成される。
【0014】
また上記目的は、前記複数の振動加速度センサの個数は3個以上であることにより達成される。
【0015】
また上記目的は、前記所定の抵抗係数Rti(i=1,2,…)の値は、Rti<0.7Rti+1および1.4Rti+1<Rti+2を満たすことにより達成される。
【0016】
また上記目的は、前記キャビテーション発生位置から各振動加速度センサ位置まで伝播する圧力波の伝播経路は、1次元の直線的な経路を仮定したことにより達成される。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、振動加速度の計測値とキャビテーション気泡衝撃圧を対応付けるデータベースを不要化すると共に、振動加速度のばらつきや誤差の影響を低減しつつキャビテーション気泡衝撃圧を検出できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の一実施例を数式と図で説明する。
【実施例1】
【0019】
以下、本発明の具体的な実施例を、図を用いて説明する。
【0020】
図1は、本発明の一実施例を備えたポンプの部分断面図である。
【0021】
図1において、羽根車1は主軸2によって回転し、吸込管3から水を吸い込んで吐出ケーシング4に吐出して揚水する。炭素鋼製の吸込管3や鋳鉄製の吐出ケーシング4の外面には4個の振動加速度センサ10a〜10dが設置されている。ポンプのある運転条件においては、羽根車1の前縁付近においてキャビテーションが発生し、羽根面上でキャビテーション気泡が崩壊して衝撃圧を生じる。
【0022】
キャビテーション気泡の崩壊による衝撃圧の発生位置をP点で仮定する。次に、P点から各振動加速度センサ10a〜10dまでの圧力伝播経路を点線で示す1次元の直線的な経路で仮定する。例えば振動加速度センサ10cの場合、経路途中における吐出ケーシング4の流水面上の点をQ点、振動加速度センサ10cの吐出ケーシング4表面での設置位置をR点とすると、圧力波は水中伝播経路PQ,固体伝播経路QRを経て振動加速度センサ10cに到達する。
【0023】
図2は本発明の一実施例である信号処理方法を示すブロック図である。
【0024】
図2において、図1の吸込管3や吐出ケーシング4の外面に設置された振動加速度センサ10a〜10dの出力信号は、アンプ11a〜11dに取り込まれて増幅される。この振動加速度センサ10a〜10dの共振周波数は20kHz以上である。アンプ11a〜11dからの出力信号はA/D変換器20により、40kHz以上のサンプリング周波数で高速サンプリングされる。A/D変換器20からの出力信号は高速フーリエ変換器21に取り込まれ、高速フーリエ変換処理が行われる。また、フーリエ変換後の20kHz以下の周波数成分に対し、特定の周波数帯域がフィルターリングされる。このフィルターリングには1kHzのハイパスフィルターと10kHzのローパスフィルターを用いているが、キャビテーションの様相に応じて別の周波数帯域に対応したフィルターに変更することも可能である。さらに高速フーリエ変換器21では、フィルターリングした信号のオーバーオール値が算出され、振動加速度の計測値として出力される。この振動加速度はコンピュータ22に記録され、キャビテーション気泡衝撃圧を抽出するデータ処理手段23により、キャビテーション気泡衝撃圧が得られる。
【0025】
以下では、本発明のデータ処理手段の基本的な考え方を説明する。
【0026】
図3は、本発明の一実施例を備えた適用対象物と信号処理方法から得られた振動加速度分布の例である。
【0027】
図3において、吸込管3や吐出ケーシング4の構造や材質の影響を受け、振動加速度センサ10a〜10dから得られた振動加速度の値は大きくばらついている。また、各振動加速度の計測誤差も大きい。振動加速度センサ10bの振動加速度α2は振動加速度センサ10cの振動加速度α3の約4倍であり、1つのセンサの振動加速度を元にキャビテーション気泡衝撃圧を評価するのは不適当である。
【0028】
そこで、以下の考えに基づいてキャビテーション気泡衝撃圧を抽出する。図1に示したように、P点において気泡衝撃圧pc が生じ、初期振幅pc ,周波数f(一定)の平面圧力波として伝播すると仮定する。この圧力波が経路長Li の媒質i(水や固体)の中を音速Ci で伝播する際、経路長Li の中に含まれる波数はLii/Ci となる。この媒質の減衰係数をδi とすると、経路長Li を伝播した後に圧力波の振幅は
【0029】
【数1】

倍に減衰する。
【0030】
一方、図4に示すように異なる媒質i,i+1の界面を平面圧力波が透過する際、その振幅は
【0031】
【数2】

倍になる。
【0032】
ここでτpiは透過率であり、Zi=ρii は音響インピーダンスである。従って、複数(n種類)の媒質の中を伝播する場合、加速度センサに到達する圧力波の振幅は、
【0033】
【数3】

で表される。図1の場合、n=2,i=1(水中伝播経路PQ),i=2(固体伝播経路QR)である。
【0034】
また、図5に示すような図1とは異なる圧力伝播経路を考えると、点Pから点Rまで複数の異なる経路をそれぞれ伝播してきた圧力波の振幅の最大値は、
【0035】
【数4】

で表せる。圧力伝播経路は多数仮定することが可能であるためj=1,2,…であるが、図1,図5で示した圧力伝播経路のみを仮定する場合、j=1は図1、j=2は図5の場合に対応する。
【0036】
一方、センサを設置した固体部(n番目の媒質)密度および経路長をρm ,Lm (図1のPQ間距離)、計測された振動加速度をαm (m=1,2,…)とすると、本模型ポンプではセンサを設置した固体部内でほとんど圧力波が減衰しないため、その固体部はρm×Lm×Gmの圧力を受けて振動する。この圧力は数式(4)で表される圧力と等価であるため、
【0037】
【数5】

【0038】
【数6】

と表せる。ここで、圧力伝播係数Rt を次式で定義すると、
【0039】
【数7】

【0040】
【数8】

となる。数式(7)が示すように、圧力伝播係数Rt は材料の物性や形状に依存する抵抗係数である。気泡衝撃圧pc はある運転条件において一定であると仮定すると、本理論上では数式(8)より、Rt の値に応じて比例的なαm が計測されることになる。
【0041】
本模型ポンプではモータの振動やキャビテーション以外の流動現象等に起因する振動加速度βも加わるため、数式(8)は
【0042】
【数9】

の形に修正される。これを図6に示すように横軸にRt 、縦軸にαm を取ってプロットすると、理論上では各計測点は切片βを通る直線上に位置し、その傾きがpc に相当する。
【0043】
実際の各計測点は図7に示すようなばらつきや誤差を有しており、切片β,傾きpc の直線からずれる可能性が高い。しかし、全点から最小自乗近似直線
【0044】
【数10】

を得ることにより、図6中の直線の傾きpc に近い値p′c が求められる。すなわち、本発明で定義する圧力伝播係数を用いて多点の振動加速度の最小自乗近似処理を行い、各計測点のばらつきや誤差の影響を受けにくい近似直線の傾きを評価すれば、振動加速度からキャビテーション強さが直接評価可能となると共に、計測対象機器の構造や材質に依存する振動加速度のばらつきや誤差の影響が低減できる。
【0045】
以上の考え方に基づき、本発明のデータ処理手段23では、振動加速度センサ10a〜10dのそれぞれについて上記の圧力伝播係数Rt を求め、各センサで計測された振動加速度を図7に示したようなグラフに整理する。次に、全点の振動加速度値から最小自乗近似直線を求めることにより、その傾きの値をキャビテーション気泡衝撃圧pc として抽出できる。
【0046】
また、本発明のデータ処理手段23において、気泡衝撃圧の発生仮定位置Pを実際の発生位置と大きく異なる点で仮定すると、例えば図8に示すように各計測点は近似直線から遠い位置に分布し、各計測点の近似直線に対する偏差が増加する。このような場合は点Pの位置が不適当であるため、偏差が最小になるまで再度点Pの位置を変えてデータ処理を行う。このように点Pの位置の変化に対するRt−αmグラフ上での計測点分布を分析し、近似直線に対する偏差を最小化することにより、気泡衝撃圧の発生位置を予測することも可能である。
【0047】
なお、本発明は、上述した実施例のみに限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の構成や手法の変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】本発明の一実施例を備えたポンプの断面図である。
【図2】本発明の一実施例である信号処理方法を示すブロック図である。
【図3】本発明の一実施例から得られた振動加速度分布を示すグラフ図である。
【図4】異なる媒質の界面を平面圧力波が透過する際の圧力波の様子を表した図である。
【図5】他の実施例を備えたポンプの断面図である。
【図6】理論的な振動加速度を圧力伝播係数を用いてプロットしたグラフ図である。
【図7】実際に計測される振動加速度を、圧力伝播係数を用いてプロットしたグラフ図である。
【図8】気泡衝撃圧の発生仮定位置を実際の発生位置と大きく異なる点で仮定した場合における、振動加速度と圧力伝播係数の関係を示すグラフ図である。
【符号の説明】
【0049】
1…羽根車、2…主軸、3…吸込管、4…吐出ケーシング、10a〜10d…振動加速度センサ、11a〜11d…アンプ、20…A/D変換器、21…高速フーリエ変換器、22…コンピュータ、23…データ処理手段。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
作動流体中でキャビテーションが生じる機器に取付けられた複数の振動加速度センサと、これらの各振動加速度センサの出力信号を増幅するアンプと、前記アンプの出力信号を高速サンプリングするA/D変換器と、このA/D変換器から出力される振動加速度の波形を高速フーリエ変換して特定の周波数帯域をフィルタリングして振動加速度のオーバーオール値を算出する高速フーリエ変換器と、この高速フーリエ変換器から出力される振動加速度のオーバーオール値を記録するコンピュータと、このコンピュータ内で記録された振動加速度のオーバーオール値からキャビテーション気泡衝撃圧を抽出するデータ処理手段とを備えたことを特徴とするキャビテーション気泡衝撃圧検出装置。
【請求項2】
請求項1に記載のキャビテーション気泡衝撃圧検出装置において、
キャビテーション気泡衝撃圧を抽出するデータ処理手段は、キャビテーション発生位置から各振動加速度センサ位置まで伝播する圧力波の減衰率や異種媒質界面での透過率,センサ設置部の壁厚さと密度等を考慮して算出される所定の抵抗係数を用い、計測された複数の振動加速度オーバーオール値を最小自乗近似処理することによりキャビテーション気泡衝撃圧を抽出することを特徴とするキャビテーション気泡衝撃圧検出装置。
【請求項3】
請求項1に記載のキャビテーション気泡衝撃圧検出装置において、
前記複数の振動加速度センサの個数は3個以上であることを特徴とするキャビテーション気泡衝撃圧検出装置。
【請求項4】
請求項2に記載のキャビテーション気泡衝撃圧検出装置において、
前記所定の抵抗係数Rti(i=1,2,…) の値は、Rti<0.7Rti+1および1.4Rti+1<Rti+2を満たすことを特徴とするキャビテーション気泡衝撃圧検出装置。
【請求項5】
請求項2に記載のキャビテーション気泡衝撃圧検出装置において、
前記キャビテーション発生位置から各振動加速度センサ位置まで伝播する圧力波の伝播経路は、1次元の直線的な経路を仮定したことを特徴とするキャビテーション気泡衝撃圧検出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−170981(P2007−170981A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−368988(P2005−368988)
【出願日】平成17年12月22日(2005.12.22)
【出願人】(000005452)株式会社日立プラントテクノロジー (1,767)
【Fターム(参考)】