説明

キャリア位相相対測位装置

【課題】長基線の場合であっても高精度に整数バイアスを決定することができるキャリア位相相対測位装置を提供することを目的とする。
【解決手段】測位演算部31において、位相差観測量から基線ベクトルと電離層遅延量の時間更新を生成し、該生成した時間更新、位相差演算部31から得られる位相差観測量、及びGPS受信機201から得られる衛星情報を用いて、基準周波数に対する整数バイアス、ワイドレーン信号に対する整数バイアス、基線ベクトル、及び電離層遅延を推定する。これにより、電離層遅延誤差の影響を除去して整数バイアス及び基線ベクトルを求めることができる。また、他の方法として、ワイドレーン信号に対する整数バイアスを決定後、これを既知情報として、基準周波数に対する整数バイアス、基線ベクトル、及び電離層遅延を推定することも可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は測位用衛星からの搬送波の位相を利用して相対測位を行う装置に関し、特に電離層遅延量を推定・除去する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、GPS衛星等の測位用衛星(以下、「測位用衛星」という。)から送信される電波を複数の受信機で受信して、それらのキャリア位相を測定することによって相対測位を行う方法が、例えば、船舶等の移動体の相対測位を行う装置等に適用されている。
【0003】
このような測位装置では、以下に示す方法で相対測位を行う。
【0004】
2つの測位用衛星から送信された電波を、複数の受信機で受信し、それぞれのキャリア位相を測定する。そして、2つのアンテナを組として、一方の測位用衛星からの電波に基づく前記2つのアンテナの1重位相差と、他方の測位用衛星からの電波に基づく前記2つのアンテナの1重位相差との差を2重位相差として求める。なお、アンテナ間位相差を取るのは、衛星に起因する誤差を取り除くためであるから、衛星に起因する誤差を外部手段により取り除くことが可能な場合には、0重位相差(位相差を取らない場合)および衛星間1重位相差を用いてもよい。
【0005】
このように算出された2重位相差は波数単位に変換すると整数部と小数部とに分解される。このうち、小数部は測位装置により直接測定することができるが、整数部は直接測定できず不定性を残してしまう。この直接測定できない整数部を整数バイアスと呼び、この整数バイアスを求めることにより正確な位相差を求めることができる。整数バイアスは前述のように直接測定できないため、通常各種の方法で推定演算および検定して決定する。その後、基準アンテナと他のアンテナ(例えば、移動体に備えられたアンテナ)を結ぶ基線ベクトルを算出し、相対測位を行う(例えば、特許文献1、2参照)。
【特許文献1】特開2002−40124号公報
【特許文献2】特開2005−69866号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述のように測位装置では、整数バイアスを如何に正確に決定するかが、測位精度に大きく影響する。基線長が短い(短基線の)場合、すなわち、測位したい移動体の位置(移動体に備えられたアンテナの位置)が基準の位置(基準アンテナの位置)から近い場合には、既知の各技術で精度良く整数バイアスが決定される。
【0007】
しかし、基線長が長い(長基線の)場合、すなわち、測位したい移動体(固定点でもよい)の位置(移動体に備えられたアンテナの位置)が基準の位置(基準アンテナの位置)から遠い場合、例えば、遠洋に存在する船舶で自船位置を測位する場合には、測位用衛星から送信される電波の電離層遅延や対流圏遅延等の影響を受ける。特に、電離層遅延量の影響が大きく、整数バイアスの推定に対する電離層遅延量の影響をできる限り抑制することで、長基線における整数バイアス推定精度の向上が可能となる。
【0008】
本発明は前記課題に鑑みてなされたものであり、電離層遅延量の影響を除去した整数バイアスのフロート解の算出を可能とすることにより、基線長に関わらず高精度且つ高速に整数バイアスを決定することができるキャリア位相相対測位装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために、本発明は、少なくとも1つが移動体上に固定され、測位用衛星から送信される複数の周波数の電波を受信する複数のアンテナと、前記複数のアンテナで受信した測位用信号からキャリア位相とともに、測位用信号に重畳された衛星情報を得る受信機と、前記キャリア位相から1つの基準周波数の電波に対する位相差観測量、及びワイドレーン信号の位相差観測量を生成する位相差演算部と、前記位相差観測量及び前記衛星情報から整数バイアス及び基線ベクトルを求め、得られた基線ベクトルに基づいて測位演算を行う測位演算部とを備え、前記測位演算部は、基準周波数に対する整数バイアス、基線ベクトル、及び電離層遅延量の推定演算に、1つの基準周波数の電波に対する位相差観測量と、ワイドレーン信号の位相差観測量と、前記位相差観測量から得られる単位時間当たりの電離層誤差の変化量から生成した基線ベクトル及び電離層遅延量の時間更新と、を少なくとも用いることを特徴とする。なお、推定演算の手法としては、例えばカルマンフィルタによる手法がある。これにより、電離層遅延量の影響を除去した整数バイアス、基線ベクトルを得ることができる。
【0010】
また、ワイドレーン信号はその波長が長く、例えば、L1−L2波の波長は0.862m、L1−L5波の波長は0.751m、L2−L5波の波長は5.865mであり、L1波の波長0.190m、L2波の波長0.244m、L5波の波長0.255mに比べ長い。そのため、長基線の場合であっても比較的容易にワイドレーン信号の整数バイアスを求めることができる。また、メルボルン・ビュベナ線形結合式を用いることにより、電離層遅延量の影響を除去したワイドレーン信号の整数バイアスを簡単に求めることができる。そのため、本発明の他の形態として、前記測位演算部が、先ず、前記位相差観測量及び前記衛星情報からワイドレーン信号の整数バイアスを決定し、該決定したワイドレーン信号の整数バイアス、前記時間更新、前記位相差観測量、及び前記衛星情報から、例えばカルマンフィルタを用いて、基準周波数に対する整数バイアス、基線ベクトル、及び電離層遅延を推定することも可能である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、位相差観測量から基線ベクトルと電離層遅延量の時間更新を生成し、該生成した時間更新、前記位相差観測量、及び前記衛星情報を用いて、基準周波数に対する整数バイアス、ワイドレーン信号に対する整数バイアス、基線ベクトル、及び電離層遅延を推定することにより、電離層遅延誤差の影響を除去した整数バイアス及び基線ベクトルを求めることができる。
【0012】
また、ワイドレーン信号の波長はL1波とL2波を用いた場合、約0.86mであり、例えば、DGPS測位結果やメルボルン・ビュベナ線形結合を用いてワイドレーン信号の整数バイアスを容易に決定することができる。そのため、先ず、ワイドレーン信号の整数バイアスを決定し、決定したワイドレーン信号の整数バイアス、時間更新、位相差観測量、及び衛星情報を用いて、基準周波数に対する整数バイアス、基線ベクトル、及び電離層遅延を推定することにより、より正確に整数バイアス及び基線ベクトルを求めることもできる。
【0013】
これにより、長基線の場合であっても電離層遅延量の影響を除去した測位演算を行うことができ、測位精度の向上に寄与する。
【0014】
また、基準周波数に対する整数バイアス決定後も電離層遅延量の推定を継続して行い、観測量に対して電離層遅延量を補正することにより、測位精度をさらに向上させることも可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
(実施の形態1)
以下、本発明の実施の形態1によるキャリア位相相対測位装置について図面を参照しながら説明する。
【0016】
図1は本実施形態に係る測位環境を示す概略図であり、図2は移動体受信機の測位装置の主要部を示す概略ブロック図である。
【0017】
図1において、100は固定局(基準局)に備えられたGPSアンテナ、101は船舶(移動体)に備えられたGPSアンテナ、sat1〜satNは測位用衛星である。また、GPSアンテナ101が備えられた船舶は、図2に示すように、GPS受信機201と相対測位演算処理部301を備えている。相対測位演算処理部301は、位相差演算部31と、測位演算部32を備えている。
【0018】
測位用衛星sat1〜satNは、複数の周波数の電波を送信する。なお、本実施形態では、この電波としてGPSシステムで使用されるL1波(fL1=1575.42MHz)、L2波(fL2=1227.60MHz)、L5波(1176.45MHz)のうち、L1波とL2波が送信されるものとし、受信機側ではL1波を基準信号とした処理内容について説明を行う。なお、これら電波はコードとよばれる測位符号がいくつか重畳された搬送波からなり、L1波にはC/AコードとPコードとを含み、他にエフェメリス情報や電離層遅延および対流圏遅延に関する情報からなる航法メッセージが重畳されている。
【0019】
GPSアンテナ101は、移動体上に固定されたアンテナであり、測位用衛星sat1〜satNの所定の測位用衛星からの電波を受信して中間周波数信号に変換し、増幅器で増幅してGPS受信機201に送信する。この時GPSアンテナ101が受信する電波は、前述の測位用衛星から送信される複数の周波数の電波(ここでは、L1波、L2波)である。
【0020】
GPS受信機201は、GPSアンテナ101で受信した複数の周波数の電波から得たキャリア位相とともに前記電波に重畳される各衛星情報を、相対測位演算処理部301へ所定の間隔で送信する。ここで、キャリア位相は位相差演算部31に送信され、衛星情報は測位演算部32に送信される。
【0021】
位相差演算部31は、GPS受信機201から受信したキャリア位相信号と、基準アンテナで受信した信号を基準受信機で解析して得られる同様の信号とから2重位相差の観測量(以下、位相差観測量とする。)を算出して、測位演算部32に与える。位相差演算部31で生成する位相差観測測量は2種類あり、位相差演算部31は複数の周波数の電波から得たキャリア位相に基づいて、1つの基準周波数の電波(L1)に対する位相差観測量と、1つの基準周波数の電波(L1)に対して異なる周波数の電波(L2)を差分合成してなるワイドレーン信号の位相差観測量を生成する。
【0022】
測位演算部32は、GPS受信機201から与えられた衛星情報、位相差演算部31から与えられた位相差観測量、及び前記位相差観測量から生成した基線ベクトル・電離層遅延量の時間更新を用いて、基準周波数に対する整数バイアス(以下、適宜L1帯バイアスとする。)、ワイドレーン信号に対する整数バイアス(以下、適宜WLバイアスとする。)、基線ベクトル、及び電離層遅延量の推定演算を行う。この推定演算を行うための手法としては、例えばカルマンフィルタを用いた技法がある。その後、測位演算部32は、推定された整数バイアスの検定処理等を行って整数バイアスを決定し、基線ベクトルを算出した後、得られた基線ベクトルに基づいて測位演算を行う。
【0023】
図3は、本発明の実施の形態1によるキャリア位相相対測位装置の測位演算部32が行う処理内容の一例を示すフローチャートである。
【0024】
(S101)先ず、ステップS101として、GPS受信機201から与えられた衛星情報、位相差演算部31から与えられた位相差観測量、及び前記位相差観測量から生成された基線ベクトルと電離層遅延量の時間更新から、例えばカルマンフィルタを用いてL1帯バイアス、WLバイアス、基線ベクトル、及び電離層遅延量の推定を行う。なお、ここで推定されるL1帯バイアス及びWLバイアスは、整数バイアスのフロート解と呼ばれる小数部を持つバイアス値である(以下、この解をL1帯バイアスのフロート解、WLバイアスのフロート解とする。)。
【0025】
(S102)次に、推定されたL1帯バイアスのフロート解、WLバイアスのフロート解は、例えば、LAMBDA法等の公知の技法を用いて整数化される。
【0026】
(S103)ステップS103は、ステップS102で得られた整数バイアスが正しいかどうかを検定する処理である。整数バイアスの検定に失敗した場合には、再度、整数バイアスのフロート解の算出(ステップS101)、整数化処理(S102)を行う。一方、整数バイアスの検定をパスした場合には、基線ベクトルの推定処理に移行する。これにより、電離層遅延量の影響を除去したL1帯バイアス、WLバイアスを得ることができる。
【0027】
(S104)ステップS105では、決定されたL1帯バイアス、WLバイアス、及び電離層遅延量に基づいて、基線ベクトルを算出する。これにより、電離層遅延量の影響を除去した基線ベクトルを得ることができる。
(S105)得られた基線ベクトルを用いて、相対測位を行う。
【0028】
次に、ステップS101で説明した整数バイアスのフロート解の推定処理について、カルマンフィルタを用いる場合を例にとってさらに詳細に説明する。
【0029】
(観測方程式)
自受信機観測量の擬似距離P、積算搬送波位相(以下、ADRとする。)Ψは、それぞれ以下の式で定義される。添え字について、例えばPi1kは受信機kで衛星i のL1帯信号を観測した擬似距離を表す。
【数1】

【0030】
また、WLのADRは、衛星i,j、受信機k,lに対する、L1帯ADRの二重差∇ΔΨij1klおよびL2帯ADRの二重差∇ΔΨij2klを用いて、次式のように表すことができる。
【数2】

【0031】
ここでf−f=fWLとおき、λWL=C/fWL(Cは光速)とすると、次式(5)のように表すことができる。
【数3】

【0032】
ところで、対流圏誤差については、モデルを用いた補正により予め除去することができる。また、幾何学的距離∇Δρは、基線ベクトルb=[x,y,z]と方向余弦差行列ΔHを使って∇Δρ=ΔHbと表すことができる。これを利用して(1)式、(5)式から、次式(6)のような観測方程式を立てることができる。
【数4】

【0033】
ここで、ステートベクトルを[b, ∇ΔN, ∇ΔNWL, −∇ΔIon1]とおくと観測方程式(6)は、次式(7)のように表すことができる。なお、次式からもわかるように、本発明の実施の形態1による整数バイアスのフロート解の推定処理では、マルチパスなどの影響によって位相観測量に比べて大きな誤差を持つ擬似距離観測量を使用していない。そのため、フロート解の推定処理に擬似距離観測量を用いる場合に比べて、ステートベクトルの推定結果の精度を向上させることができる。
【数5】

【0034】
測位演算部32はカルマンフィルタを用いて、この(7)式のステートベクトルを推定する。この際の時間更新及び観測更新は下記のように設定される。
【0035】
(時間更新)
時間更新は、新しい観測量が得られるまで計算によって予測値を求める処理である。ここで、整数バイアスはサイクルスリップが生じない限り時間経過により変化しないため、カルマンフィルタにおける整数バイアス、電離層誤差及び基線ベクトルの時間更新は次のように設定する。
【0036】
1.整数バイアス
整数バイアスは時間経過により変化しないため、整数バイアスは一定とする。
【0037】
2.電離層誤差
∇ΔΨ1−∇ΔΨWLは次式(8)より求めることができる。
【数6】

【0038】
これより、∇ΔIon1は、次式(9)のようになる。
【数7】

【0039】
前述のように時間変化によって整数バイアスは変化しないため、単位時間当たりの電離層誤差の変化量は次式(10)のように表すことができる。
【数8】

【0040】
そのため、(10)式で示す単位時間当たりの電離層誤差の変化量をdelta∇Δionとすると、電離層誤差の時間更新は次式(11)のようになる。
【数9】

【0041】
3.基線ベクトル
基線ベクトルについては、L1帯観測量の方がWL観測量より精度が良いためL1帯観測量を用いて更新する。ここで、時間変化により整数バイアスは変化しないこと、また対流圏誤差は予め除去できることより、∇ΔΨ1(t+1)−∇ΔΨ1(t)は(1)式から次式(12)より求めることができる。
【数10】

【0042】
この(12)式をdelta∇Δion(単位時間当たりの電離層誤差の変化量)を用いて整理すると、次式のようになる。
【数11】

【0043】
これより、基線ベクトルの時間更新は次式(13)のように表すことができる。
【数12】

【0044】
以上のように設定した1.整数バイアス、2.電離層誤差、3.基線ベクトルの時間更新をマトリクス表示すると、時間更新は次式(14)のようになる。
【数13】

【0045】
(観測更新)
観測更新は、新しく得られた観測量と予測値から新しい推定値を求める処理であり、観測された値と予測された観測値を比較することにより、誤差に関する情報を得、それに対してあるゲインを掛けて予測値に対して付加し、それを推定値とする。この設定は通常の観測更新と同様である。
【0046】
(整数バイアスのフロート解推定処理)
測位演算部32は、前述のように位相差観測量から生成した時間更新、及び観測更新に基づいて、(7)式のステートベクトル[b, ∇ΔN, ∇ΔNWL, −∇ΔIon1]を、カルマンフィルタを用いて推定する。
【0047】
その後、推定された整数バイアスのフロート解は、公知のLAMBDA法等を用いて整数化され、整数バイアスの検定が行われる。この検定をパスすることにより、整数バイアスが得られる。整数バイアスの決定後、基線ベクトルは、例えば、前述のカルマンフィルタでの推定演算より得られる電離層遅延量、及び決定された整数バイアスに基づいて、(6)式から求めることができる。
【0048】
以上のような処理を行うことにより、(7)式のステートベクトルの推定演算時に電離層遅延量の影響を除去することができ、整数バイアス及び基線ベクトルを高精度に求めることができる。
また、本発明によれば、マルチパスなどの影響によって位相観測量に比べて大きな誤差を持つ擬似距離観測量を使用せずに整数バイアスのフロート解を推定できるため、フロート解の推定処理に擬似距離観測量を用いる場合に比べて、ステートベクトルの推定結果の精度を向上させることができる。
【0049】
次に、本発明について行ったシミュレーション結果を以下に示す。
図4、図5は、本発明の実施の形態1によるキャリア位相相対測位装置について行ったシミュレーション結果を示す図である。図4は本発明の技法を用いて電離層推定を行った場合のシミュレーション結果を示し、図5は同一条件で、電離層を推定しない場合に得られる結果を示す。
【0050】
本発明の実施の形態1にかかる手法をPC上に実装し、2004年7月20日10時から約24時間、基線長約35kmの環境で収録したデータを用いて、ポストプロセスにより効果を確認した。カルマンフィルタを3600secごとに24回プログラム上でリセットする。リセットによりカルマンフィルタは推定を開始した状態となるため、異なった衛星配置のもとで24回、1時間づつカルマンフィルタを用いて推定した結果が得られる。経過時間ごとに24回の推定基線ベクトルの平均誤差を求めた。つまり、図4は、ある経過時間(1〜3600sec)における24個の推定基線ベクトルから、X,Y,Z各軸方向の平均誤差を示したものである。正しい電離層誤差は未知であるため、図5に示す電離層を推定しない場合に得られる基線精度との比較により効果確認を行った。
【0051】
図示するように、電離層推定を行わない図5ではいつまで経っても推定基線ベクトル平均誤差が収束しないのに対し、本発明を用いて電離層推定を行った図4では約1000secを経過した頃から徐々に推定基線ベクトル平均誤差がゼロに収束することが確認できた。
【0052】
以上のように、本発明の実施の形態1によるキャリア位相相対測位装置によれば、位相差観測量から基線ベクトルと電離層遅延量の時間更新を生成し、該生成した時間更新、前記位相差観測量、及び前記衛星情報を用いて、基準周波数に対する整数バイアス、ワイドレーン信号に対する整数バイアス、基線ベクトル、及び電離層遅延を推定することにより、電離層遅延誤差の影響を除去した整数バイアス及び基線ベクトルを求めることができる。これにより、長基線の場合であっても電離層遅延量の影響を除去した測位演算を行うことができ、測位精度の向上に寄与する。
【0053】
また、基準周波数に対する整数バイアス決定後も電離層遅延量の推定を継続して行い、観測量に対して電離層遅延量を補正することにより、測位精度をさらに向上させることも可能である。
【0054】
(実施の形態2)
次に、本発明の実施の形態2によるキャリア位相相対測位装置について説明する。なお、本発明の実施の形態2によるキャリア位相相対測位装置は、図2で示した測位演算部32の処理内容が前記実施の形態1によるキャリア位相相対測位装置と異なるものである。そのため、以下の説明では測位演算部32が行う処理について説明し、他の構成要素についての説明は省略する。
【0055】
図6は、本発明の実施の形態2によるキャリア位相相対測位装置の測位演算部32が行う処理内容の一例を示すフローチャートである。
【0056】
ワイドレーン信号の波長は約0.86mであり、L1波の波長0.19mやL2波の波長0.24mに比べて長い。そのため、WLバイアスは、L1帯バイアスやL2帯バイアスに比べて比較的容易に得ることができる。そこで、本発明の実施の形態2によるキャリア位相相対測位装置では、先ず、WLバイアスの整数バイアスを決定した後、これを既知情報として電離層遅延量の影響を除去したL1帯バイアス及び基線ベクトルを求める。
【0057】
(S201)先ず、ステップS201として、WLバイアスのフロート解を推定する。この推定方法としては、例えば公知のメルボルン・ビュベナ線形結合を用いた技法やカルマンフィルタを用いた技法が考えられる。
【0058】
ここで、メルボルン・ビュベナ線形結合を用いた技法とは、自受信機観測量の擬似距離P及び積算搬送波位相(以下、ADRとする。)Ψを表す(1)式〜(4)式よりWLバイアスを求める技法である。具体的には、前述の(1)式〜(4)式の(ρ+Tik)を1個の未知数とみなし、2つの(3)式、(4)式から2つの未知数(ρ+TikとI)を求める。その後、その解を(1)式、(2)式に代入してn1k、n2kを求め、n1k−n2kからWLバイアスを求める技法である。なお、(3)式、(4)式で表される擬似距離Pは大きな誤差を含むため、この技法は、一般的に波長の長いWLバイアスの算出に用いられる。波長の短いL1波、L2波のバイアス決定に用いることは実用的ではない。
【0059】
(S202)次に、推定されたWLバイアスのフロート解は、例えば、LAMBDA法等の公知の技法を用いて整数化される。
【0060】
(S203)ステップS203は、ステップS202で得られたWLバイアスが正しいかどうかを検定する処理である。整数バイアスの検定に失敗した場合には、再度、WLバイアスのフロート解の算出(ステップS201)、整数化処理(S202)を行う。一方、整数バイアスの検定をパスした場合には、L1帯バイアス及び基線ベクトルの推定処理に移行する。なお、ここで得られるWLバイアスは波長が長いため電離層遅延による誤差の影響を受けにくい。
【0061】
(S204)次に、S204として、GPS受信機201から与えられた衛星情報、位相差演算部31から与えられた位相差観測量、及び前記位相差観測量から生成した基線ベクトルと電離層遅延量の時間更新から、例えばカルマンフィルタを用いてL1帯バイアス、基線ベクトル、及び電離層遅延量の推定を行う。
【0062】
(S205)次に、推定されたL1帯バイアスのフロート解は、LAMBDA法等の公知の技法を用いて整数化される。
【0063】
(S206)ステップS206は、ステップS102で得られたL1帯バイアスが正しいかどうかを検定する処理である。整数バイアスの検定に失敗した場合には、再度、L1帯バイアスのフロート解の算出(ステップS204)、整数化処理(S205)を行う。一方、整数バイアスの検定をパスした場合には、基線ベクトルの推定処理に移行する。これにより、電離層遅延量の影響を除去したL1帯バイアスを得ることができる。
【0064】
(S207)ステップS207では、決定されたL1帯バイアス及びWLバイアスに基づいて、基線ベクトルを算出する。これにより、電離層遅延量の影響を除去した基線ベクトルを得ることができる。
(S208)得られた基線ベクトルを用いて、相対測位を行う。
【0065】
次に、ステップS204で説明したL1帯バイアスのフロート解の推定処理について、カルマンフィルタを用いる場合を例にとってさらに詳細に説明する。
【0066】
(観測方程式)
WLバイアス決定後のL1ADRの二重位相差とWLADRの二重位相差に対する観測方程式は次式(15)のように表される。
【数14】

【0067】
ここで、ステートベクトルを[b, ∇ΔN, −∇ΔIon1]とおくと観測方程式(15)は、次式(16)のように表すことができる。なお、次式からもわかるように、本発明の実施の形態1による整数バイアスのフロート解の推定処理では、マルチパスなどの影響によって位相観測量に比べて大きな誤差を持つ擬似距離観測量を使用していない。そのため、フロート解の推定処理に擬似距離観測量を用いる場合に比べて、ステートベクトルの推定結果の精度を向上させることができる。
【数15】

【0068】
(時間更新・観測更新)
時間更新及び観測更新は、前記実施の形態1で説明したものと同じであるため、ここでは説明を省略する。
【0069】
(整数バイアスのフロート解推定処理)
測位演算部32は、位相差観測量から生成した時間更新、及び観測更新に基づいて、(16)式のステートベクトル[b, ∇ΔN, −∇ΔIon1]をカルマンフィルタを用いて推定する。
【0070】
その後、推定されたL1帯バイアスのフロート解は、公知のLAMBDA法等を用いて整数化され、L1帯バイアスの検定が行われる。この検定をパスすることにより、L1帯バイアスが得られる。L1帯バイアスの決定後、基線ベクトルは、例えば、前述のカルマンフィルタでの推定演算より得られる電離層遅延量、及び決定されたL1帯バイアスに基づいて、(15)式から求めることができる。
【0071】
以上のような処理を行うことにより、(16)式のステートベクトルの推定演算時に電離層遅延量の影響を除去することができ、L1帯バイアス及び基線ベクトルをより高精度に求めることができる。
また、本発明によれば、マルチパスなどの影響によって位相観測量に比べて大きな誤差を持つ擬似距離観測量を使用せずに整数バイアスのフロート解を推定できるため、フロート解の推定処理に擬似距離観測量を用いる場合に比べて、ステートベクトルの推定結果の精度を向上させることができる。
【0072】
次に、本発明について行ったシミュレーション結果を以下に示す。
図7は、本発明の実施の形態2によるキャリア位相相対測位装置について行ったシミュレーション結果を示す図である。なお、WLバイアスは正しい基線を元にあらかじめ計算した値を用い、その他の条件は前記実施の形態1で説明した図4及び図5のものと同じである。
【0073】
図7に示すように、x、y、z軸何れにおいても基線ベクトルが、±0.03mの誤差範囲内で求まり、高精度に基線ベクトルを算出できることが確認できた。
【0074】
以上のように、本発明の実施の形態2によるキャリア位相相対測位装置によれば、先ず、位相差観測量及び衛星情報からワイドレーン信号の整数バイアスを決定し、その後、決定したワイドレーン信号の整数バイアス、時間更新、位相差観測量、及び衛星情報を用いて、基準周波数に対する整数バイアス、基線ベクトル、及び電離層遅延を推定することにより、電離層遅延誤差の影響を除去して整数バイアス及び基線ベクトルを求めることができる。これにより、長基線の場合であっても電離層遅延量の影響を除去した測位演算を行うことができ、測位精度の向上に寄与する。
【0075】
また、基準周波数に対する整数バイアス決定後も電離層遅延量の推定を継続して行い、観測量に対して電離層遅延量を補正することにより、測位精度をさらに向上させることも可能である。
【0076】
なお、前述した実施形態1、2は最良の実施形態の一例であって、本発明の要旨を損なわない範囲で種々の変更が可能であり、本発明は前述した実施形態に限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】本実施形態にかかる測位環境を示す概略図
【図2】本発明の実施の形態1によるキャリア位相相対測位装置の構成の一例を示すブロック図
【図3】本発明の実施の形態1によるキャリア位相相対測位装置の測位演算部が行う処理内容の一例を示すフローチャート
【図4】本発明の実施の形態1による技法を用いて電離層推定を行った場合のシミュレーション結果を示す図
【図5】図4と同一条件で電離層推定を行わない場合に得られたシミュレーション結果を示す図
【図6】本発明の実施の形態2によるキャリア位相相対測位装置の測位演算部が行う処理内容の一例を示すフローチャート
【図7】本発明の実施の形態2による技法を用いて電離層推定を行った場合のシミュレーション結果を示す図
【符号の説明】
【0078】
100、101 GPSアンテナ
201 GPS受信機
301 相対測位演算処理部
31 位相差演算部
32 測位演算部
sat1〜satN 測位用衛星

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1つが移動体上に固定され、測位用衛星から送信される複数の周波数の電波を受信する複数のアンテナと、
前記複数のアンテナで受信した測位用信号からキャリア位相とともに、測位用信号に重畳された衛星情報を得る受信機と、
前記キャリア位相から1つの基準周波数の電波に対する位相差観測量、及び1つの基準周波数の電波に対して異なる周波数の電波を差分合成してなるワイドレーン信号の位相差観測量を少なくとも算出する位相差演算部と、
前記位相差観測量及び前記衛星情報から整数バイアス及び基線ベクトルを求め、得られた基線ベクトルに基づいて測位演算を行う測位演算部とを備え、
前記測位演算部は、基準周波数に対する整数バイアス、基線ベクトル、及び電離層遅延量の推定演算に、1つの基準周波数の電波に対する位相差観測量と、ワイドレーン信号の位相差観測量と、前記位相差観測量から得られる単位時間当たりの電離層誤差の変化量より生成した基線ベクトル及び電離層遅延量の時間更新と、を少なくとも用いることを特徴とするキャリア位相相対測位装置。
【請求項2】
少なくとも1つが移動体上に固定され、測位用衛星から送信される複数の周波数の電波を受信する複数のアンテナと、
前記複数のアンテナで受信した測位用信号からキャリア位相とともに、測位用信号に重畳された衛星情報を得る受信機と、
前記キャリア位相から1つの基準周波数の電波に対する位相差観測量、及び1つの基準周波数の電波に対して異なる周波数の電波を差分合成してなるワイドレーン信号の位相差観測量を少なくとも算出する位相差演算部と、
前記位相差観測量及び前記衛星情報から整数バイアス及び基線ベクトルを求め、得られた基線ベクトルに基づいて測位演算を行う測位演算部とを備え、
前記測位演算部は、基準周波数に対する整数バイアス、基線ベクトル、及び電離層遅延量の推定演算に、ワイドレーン信号の位相差観測量と前記衛星情報を用いて予め決定したワイドレーン信号の整数バイアスと、1つの基準周波数の電波に対する位相差観測量と、ワイドレーン信号の位相差観測量と、前記位相差観測量から得られる単位時間当たりの電離層誤差の変化量より生成した基線ベクトル及び電離層遅延量の時間更新と、を少なくとも用いることを特徴とするキャリア位相相対測位装置。
【請求項3】
請求項2に記載のキャリア位相相対測位装置において、
前記測位演算部は、ワイドレーン信号の整数バイアスの決定にメルボルン・ビュベナ線形結合式を用いることを特徴とするキャリア位相相対測位装置。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載のキャリア位相相対測位装置において、
前記測位演算部による推定演算を、カルマンフィルタを用いて行うことを特徴とするキャリア位相相対測位装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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