説明

キャリア放出素子

【課題】キャリアの引き出し効率を向上させることが可能なキャリア放出素子を提供する。
【解決手段】針状の放出部10の先端部に、電子供給層としてのp型半導体層13Pと、電子放出層としての金属層15とを含む多層膜からなる積層構造を設ける。また、この多層膜内における全ての層間の界面(p型半導体層13Pと絶縁層14との界面および絶縁層14と金属層15との界面)が、放出部10の伸長方向(Z軸方向)と略垂直となっているようにする。放出部10における積層構造内の各等電位面Svも、この放出部10の伸長方向と略垂直になる。放出部10から外部へ電子が放出される際に、電子の移動方向が先端部側に向けて揃うことになり、先端部へ向けてキャリア(電子)が集中し易くなる。なお、積層構造としては、MOS構造、ショットキー接合構造もしくはヘテロ構造またはこれらの組み合わせを用いることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子等のキャリアを放出する針状の放出部を備えたキャリア放出素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、原子間顕微鏡(Atomic Force Microscopy;AFM)などの走査型プローブ顕微鏡における探針や、電界放出ディスプレイ(Field Emission Display;FED)などのディスプレイのキャリア放出源として、針状のキャリア放出素子が用いられている。このようなキャリア放出素子としては、キャリアとしての電子を放出する電子放出素子と、キャリアとしてのホールを放出するホール放出素子とに大別することができる。
【0003】
キャリア放出素子では、針状部分の先端部において、数十nm程度の微小な曲率半径が求められている。先端部の曲率半径を小さくしてより先鋭な針状構造とすることにより、キャリアの引き出し効率を向上させることができるからである。
【0004】
先鋭な針状構造を作製するための手法としては、電界研磨を用いた手法や、フォトリソグラフィ法と反応性イオンエッチング(Reactive Ion Etching;RIE)法とを組み合わせた手法などが挙げられる。前者の手法の利点は、工程が簡便かつ単純であることであり、後者の手法の利点は、曲率半径等のサイズが揃った針状構造を周期的に並べて大量に作製することが可能であることである。
【0005】
一方で、これらの手法の問題点として、前者の手法では曲率半径等のサイズの再現性が低いことが、後者の手法では作製された針状構造の物性を制御することが難しいことが挙げられる。
【0006】
そこで、先端部の曲率半径を小さくしてより先鋭な針状構造とする代わりに、この先端部のエネルギーバンド構造(バンドラインナップ)を変化させることによって、キャリアの引き出し効率を向上させる試みがなされている。例えば特許文献1には、先端部のエネルギーバンド構造を変化させるための手法として、針状構造自体を酸化させた後にこの針状構造全体を覆うように金属を蒸着させることにより、多層構造からなる針状構造を有するようにした電子放出素子が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−128767号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところが、この特許文献1の電子放出素子では、キャリア(電子)の引き出し効率が不十分であったため、引き出し効率の更なる向上が望まれていた。
【0009】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたもので、その目的は、キャリアの引き出し効率を向上させることが可能なキャリア放出素子を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明のキャリア放出素子は、下層側のキャリア供給層と上層側のキャリア放出層とを含む多層膜からなる積層構造を先端部に有する針状の放出部を備えたものである。ここで、多層膜内における全ての層間の界面は、放出部の伸長方向と略垂直となっている。
【0011】
本発明のキャリア放出素子では、針状の放出部の先端部に設けられた多層膜からなる積層構造内において、キャリア供給層からキャリア放出層へとキャリア(電子またはホール)が移動し、外部へ放出される。このとき、多層膜内における全ての層間の界面が放出部の伸長方向と略垂直となっていることにより、積層構造内の各等電位面もこの放出部の伸長方向と略垂直となり、その結果、先端部へ向けてキャリアが集中し易くなる。
【発明の効果】
【0012】
本発明のキャリア放出素子によれば、針状の放出部の先端部に多層膜からなる積層構造を設けると共に、この多層膜内における全ての層間の界面が放出部の伸長方向と略垂直となっているようにしたので、先端部へ向けてキャリアを集中し易くすることができる。よって、キャリアの引き出し効率を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一実施の形態に係るキャリア放出素子の概略構成を表す断面図である。
【図2】図1に示したキャリア放出素子の製造方法の一例を工程順に表す図である。
【図3】図2に続く工程を表す断面図である。
【図4】図3に続く工程を表す断面図である。
【図5】図1に示したキャリア放出素子のエネルギーバンド構成例を表す図である。
【図6】実施の形態および比較例に係るキャリア放出素子における積層構造および等電位面について対比して表す断面図である。
【図7】本発明の変形例1に係るキャリア放出素子の概略構成を表す断面図である。
【図8】図7に示したキャリア放出素子のエネルギーバンド構成例を表す図である。
【図9】本発明の変形例2に係るキャリア放出素子の概略構成を表す断面図である。
【図10】図9に示したキャリア放出素子のエネルギーバンド構成例を表す図である。
【図11】本発明の変形例3に係るキャリア放出素子の概略構成を表す断面図である。
【図12】図11に示したキャリア放出素子のエネルギーバンド構成例を表す図である。
【図13】本発明の変形例4に係るキャリア放出素子の概略構成を表す断面図である。
【図14】図13に示したキャリア放出素子のエネルギーバンド構成例を表す図である。
【図15】本発明の変形例5に係るキャリア放出素子の概略構成を表す断面図である。
【図16】図15に示したキャリア放出素子のエネルギーバンド構成例を表す図である。
【図17】本発明の変形例6に係るキャリア放出素子の概略構成を表す断面図である。
【図18】図17に示したキャリア放出素子のエネルギーバンド構成例を表す図である。
【図19】本発明の変形例7に係るキャリア放出素子の概略構成を表す断面図である。
【図20】図19に示したキャリア放出素子におけるII−II線に沿ったエネルギーバンド構成例を表す図である。
【図21】図19に示したキャリア放出素子の製造方法の一例を工程順に表す図である。
【図22】本発明の変形例8に係るキャリア放出素子の概略構成を表す断面図である。
【図23】図22に示したキャリア放出素子におけるIII−III線に沿ったエネルギーバンド構成例を表す図である。
【図24】本発明の変形例9に係るキャリア放出素子の概略構成を表す断面図である。
【図25】本発明の変形例10に係るキャリア放出素子の概略構成を表す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。なお、説明は以下の順序で行う。

1.実施の形態(p型のMOS(Metal Oxide Semiconductor)構造を有する電子放出素子の例)
2.変形例
変形例1(n型のMOS構造を有する電子放出素子の例)
変形例2(n型のショットキー接合構造を有する電子放出素子の例)
変形例3(p型のショットキー接合構造を有する電子放出素子の例)
変形例4(ヘテロ構造を有する電子放出素子の例)
変形例5(ヘテロ構造およびMOS構造を有する電子放出素子の例)
変形例6(ヘテロ構造およびショットキー接合構造を有する電子放出素子の例)
変形例7(量子井戸構造およびショットキー接合構造を有する電子放出素子の例)
変形例8(ヘテロ構造およびショットキー接合構造を有する電子放出素子の他の例)
変形例9(量子井戸構造およびMOS構造を有する電子放出素子の例)
変形例10(ヘテロ構造およびMOS構造を有する電子放出素子の他の例)
【0015】
<1.実施の形態>
[電子放出素子1の構成]
図1は、本発明の一実施の形態に係るキャリア放出素子(電子放出素子1)の概略断面構成(Z−X断面構成)を表したものである。電子放出素子1は、図示しない基板上に設けられた針状の放出部10を備えており、この放出部10の先端部からキャリアとしての電子を外部へ放出するようになっている。
【0016】
放出部10は、好ましくは5nm〜50nm程度の微小な曲率半径を有している。この放出部10では、支持部11上に接合部12が形成されている。また、放出部10は、この接合部12上(先端部)にZ軸方向に沿って、p型半導体層13P(後述する電子供給層)、絶縁層14および金属層15(後述する電子放出層)をこの順に積層した多層膜からなる積層構造を有している。この積層構造では、p型半導体層13P、絶縁層14および金属層15によって、p型のMOS構造が形成されている。
【0017】
支持部11は、例えばタングステン(W)等の金属などの導電性材料により構成されており、上記した積層構造を支持すると共に、図示しない基板上の配線からの電圧をp型半導体層13Pへ供給するための役割を担っている。
【0018】
接合部12は、例えば白金(Pt)等の金属などの導電性材料により構成されており、詳細は後述するが、支持部11と上記した積層構造とを接合する際の接合部として機能している。
【0019】
p型半導体層13Pは、支持部11および接合部12を介して供給される電圧(ここでは、負電圧)の印加に応じて、先端部側の金属層15へ向けて電子を供給するようになっており、電子供給層(キャリア供給層)として機能している。このp型半導体層は、例えばSi,SiC,Ge,GaN,GaAs,ZnSe,ZnCdSeなどの種々のp型半導体により構成することができ、その膜厚は例えば5000nm程度となっている。
【0020】
絶縁層14は、例えば、酸化アルミニウム(Al23),酸化シリコン(SiO2),窒化シリコン(SiN)等の酸化物絶縁体(半導体の熱酸化膜)により構成されている。この絶縁層14の膜厚は、例えば5nm以下となっている。
【0021】
金属層15は、p型半導体層13Pから絶縁層14を介して供給される電子を外部へ放出するようになっており、電子放出層(キャリア放出層)として機能している。この金属層15は、鉄(Fe),ニッケル(Ni),銅(Cu),金(Au),白金(Pt),チタン(Ti)等の金属材料により構成されており、その膜厚は例えば10nm以下となっている。
【0022】
ここで、本実施の形態の電子放出素子1では、図1に示したように、このような積層構造において、多層膜内における全ての層間の界面が、放出部10の伸長方向(突出方向,延在方向;Z軸方向)と略垂直(X−Y平面と略平行)となっている。具体的には、p型半導体層13Pと絶縁層14との界面、および絶縁層14と金属層15との界面がそれぞれ、放出部10の伸長方向と略垂直となっている。また、この放出部10では、多層膜内の各層の曲率半径が、先端部へ向かうに従って(Z軸の正方向に沿って)徐々に小さくなっている。具体的には、p型半導体層13Pの曲率半径は例えば10nm程度であり、絶縁層14の曲率半径は例えば8nm程度であり、金属層15の曲率半径は例えば5nm程度であり、この順に曲率半径が徐々に小さくなっている。
【0023】
[電子放出素子1の製造方法]
この電子放出素子1は、例えば次のようにして製造することができる。図2〜図4は、電子放出素子1を製造する工程の一例を、X−Y平面図、斜視図またはZ−X断面図で表したものである。
【0024】
まず、図2(A),(B)に示したように、前述した材料からなるp型半導体層23P上に、前述した材料からなる絶縁層24P(例えば5nm程度)および金属層25(例えば100nm程度)をこの順に積層させ、p型のMOS構造からなる積層構造体20を形成する。次に、この積層構造体20を、収束イオンビーム(FIB;Focused Ion Beam)装置内に配置する。そして、図中の符号P14で示した領域(X=5μm,Y=2μm,Z=1μm程度)内に、Ga(ガリウム)イオンビームを用いて、例えばPt,W等からなる保護層26を堆積させる(Ptデポ,Wデポ)。
【0025】
そののち、この保護層26を堆積した領域(符号P14で示した領域)の周辺領域(例えば、図中の符号P11,P12,P13で示した領域)を、FIB装置のGaイオンビームを用いて加工し、例えば10μm程度の深さまで取り除く。これにより、図2(B)に示したような、X=5μm,Y=2μm,Z=10μm程度のサイズからなる直方体の積層構造体が得られる。
【0026】
続いて、図2(C)に示したように、この直方体の積層構造体における保護層26の端部に、FIB装置のプローブ3(オムニプローブ)を接触させる。そして、PtデポまたはWデポ(図中の符号P23参照)を用いて、このプローブ3を保護層26の端部に固定させる。そののち、図中の符号P21,P22で示した領域に対してFIB加工を行うことにより、上記した直方体の積層構造体を、積層構造体20の基板部分から切り離す。
【0027】
次に、図2(D)および図3(B)の左図で示したように、切り離された直方体の積層構造体のp型半導体層23Pにおいて、図中の符号P31で示した部分に対してFIB加工を行う。具体的には、直方体の積層構造体をθ=約60°程度傾けた状態において、底部の端から約2μm程度の位置まで加工を行い、角部を切り落とす。これにより、図3(B)の右図で示したような積層構造体が得られる。
【0028】
一方、図3(A)に示したように、電界研磨によって作製した針状構造体4(例えば、Wからなる針状構造体)をFIB装置内に配置し、この針状構造体4における符号P41で示した部分に対してFIB加工を行う。具体的には、横幅が約2μm程度となる位置まで、針状構造体4の先端部を加工する。これにより、図3(A)の右図で示したように、支持部11が形成される。
【0029】
次に、図3(C)に示したように、このようにして得られた支持部11上に、図3(B)に示した積層構造体において加工された角部の部分を接触させる。そして、PtデポまたはWデポ(図3(C)中の符号P43参照)を用いて、支持部11と積層構造体とを固定させる。続いて、図3(C)中の符号P41,P42で示した領域に対してFIB加工を行うことにより、プローブ3を切り離す。そののち、支持部11を回転させながら、支持部11と積層構造体との間の開口部をPtデポまたはWデポを用いて完全に埋めることにより、接合部12を形成する。これにより、図4(A)に示したような積層構造体(支持部11上に、接合部12、p型半導体層23P、絶縁層24、金属層25および保護層26が積層された構造体)が形成される。
【0030】
続いて、図4(B)に示したように、積層構造体の先端部を、FIB装置の環状加工枠51を用いて加工する。この環状加工枠51は、2つの同心円で挟まれる領域のみを加工することを可能とする、FIB装置の機能の1つである。この際、環状加工枠51の内側の円の直径を徐々に小さくしていくことにより、先端部に保護層26が残存した針状の積層構造体が形成される。
【0031】
次に、図4(C)に示したように、保護層26が残存した針状の積層構造体の先端部を、円形加工枠52を用いて加工する。これにより、保護層26が完全に取り除かれる。なお、このときの加工は、例えば絶縁層14と金属層15との界面が、先端部から10μm程度の位置となるまで行う。以上により、図1に示した電子放出素子1が完成する。
【0032】
[電子放出素子1の作用・効果]
この電子放出素子1では、針状の放出部10の先端部に設けられた多層膜からなる積層構造内において、p型半導体層13P(電子供給層)から絶縁層14を介して金属層15(電子放出層)へとキャリア(電子)が移動し、外部へ放出される。
【0033】
ここで、図5に示した電子放出素子1のエネルギーハンド構造例を参照して、このような電子の移動・放出の原理について、詳細に説明する。この図5において、「S(p)」,「O」,「M」はそれぞれ、p型半導体層13、絶縁層14および金属層15におけるエネルギーハンド構造を示している。また、「Ev」は価電子帯上端準位を、「EFS」,「EFm」はそれぞれ、半導体層(ここでは、p型半導体層13)および金属層15におけるフェルミエネルギーを、「Ec」は伝導帯下端準位を、「Evac」は真空準位を示している。また、「φs」,「φm」はそれぞれ、半導体層(ここでは、p型半導体層13)および金属層15における仕事関数を、「e」は電子を模式的に示している。なお、これらの符号については、これ以降登場する他のエネルギーバンド構造においても同様となっている。
【0034】
この電子放出素子1では、支持部11および接合部12を介してp型半導体層13Pへ電圧が供給されていないときには、放出部10におけるp型のMOS構造部分のエネルギーバンド構造は、例えば図5(A)に示したようになる。
【0035】
このとき、支持部11および接合部12を介してp型半導体層13Pへ電圧(ここでは、負電圧)が供給されると、この部分のエネルギーバンド構造は、例えば図5(B)に示したように変化する。具体的には、p型半導体層13P側に負電圧が印加されると、絶縁層14の電位ポテンシャルが傾くため、この絶縁層14におけるトンネル障壁が減少する。その結果、図中に示したように、p型半導体層13Pにおける電子eが絶縁層14をトンネルし、金属層15内へ到達する。そして、このようにして金属層15へ到達した電子eのうち、金属層15内で散乱を受けても、なおこの金属層15の仕事関数φm以上のエネルギーを有する電子eが、金属層15から外部へと放出される。以上により、電子放出素子1では、低電圧(例えば、金属層15の仕事関数φmと同程度の電圧(数V程度、材料により異なる))での電子放出が実現される。
【0036】
(比較例)
ここで、図6(B)に示した比較例に係る従来の電子放出素子101では、本実施の形態の電子放出素子1とは異なり、以下のような積層構造を有する針状の放出部100が設けられている。
【0037】
具体的には、この放出部100の先端部には、これまで説明した放出部1と同様に、p型半導体層103P、絶縁層104および金属層105をこの順に積層した多層膜からなる積層構造が設けられている。ただし、この放出部100の積層構造では、放出部1の積層構造とは異なり、針状のp型半導体層103P上に絶縁層104および金属層105が一様に形成されている。このため、これらp型半導体層103P、絶縁層104および金属層105間の界面は、いずれも放出部100の伸長方向(Z軸方向)とは略垂直になっておらず、放出部100の針状構造に沿った方向を向いている。
【0038】
したがって、この比較例の電子放出素子101では、放出部100における積層構造内の各等電位面Svが、例えば図6(D)に示したように、上記した各界面の方向に沿った形状となる。言い換えると、図中の矢印で示したように、各等電位面Svが、放出部100の中心付近から外部へ向けて放射状に連なった形状となる。これにより、放出部100から外部へ電子が放出される際にも、この矢印の方向に沿って電子が移動することになるため、電子の移動方向が放射状に分散し、放出部100の先端部へ電子が集中しにくくなる。その結果、この比較例の電子放出素子101では、キャリア(電子)の引き出し効率が低くなってしまう。
【0039】
なお、仮に、この電子放出素子101における放出部100の積層構造において、各層間の界面の一部分のみを、放出部100の伸長方向と略垂直にした場合であっても、以下説明する本実施の形態の電子放出素子1と比べ、引き出し効率は依然として不十分となる。
【0040】
これに対し、本実施の形態の電子放出素子1では、図6(A)に示したように、放出部10の積層構造において、多層膜内における全ての層間の界面が、放出部10の伸長方向(Z軸方向)と略垂直となっている。具体的には、p型半導体層13Pと絶縁層14との界面、および絶縁層14と金属層15との界面がそれぞれ、放出部10の伸長方向と略垂直となっている。その結果、この放出部10では、多層膜内の各層の曲率半径が、先端部へ向かうに従って(Z軸の正方向に沿って)徐々に小さくなっている。具体的には、p型半導体層13P、絶縁層14および金属層15の順に、曲率半径が徐々に小さくなっている。
【0041】
したがって、この電子放出素子1では、例えば図6(C)に示したように、放出部10における積層構造内の各等電位面Svも、この放出部10の伸長方向(Z軸方向)と略垂直となる。言い換えると、図中の矢印で示したように、各等電位面Svが、放出部10の下方から上部へ向けてZ軸の正方向(放出部10の伸長方向)に連なった形状となる。これにより、放出部10から外部へ電子が放出される際にも、この矢印の方向に沿って電子が移動することになるため、電子の移動方向が先端部側に向けて揃うことになり、上記比較例と比べて放出部10の先端部へ電子が集中し易くなる。
【0042】
以上のように本実施の形態では、針状の放出部10の先端部に多層膜からなる積層構造を設けると共に、この多層膜内における全ての層間の界面が放出部10の伸長方向(Z軸方向)と略垂直となっているようにしたので、先端部へ向けてキャリア(電子)を集中し易くすることができる。よって、比較例(従来)と比べてキャリアの引き出し効率を向上させることが可能となる。
【0043】
また、トンネル現象を利用するようにしたので、低電圧での電子放出を行うことが可能になる。
【0044】
<2.変形例>
以下、上記実施の形態の変形例をいくつか挙げて説明する。なお、実施の形態における構成要素と同一のものには同一の符号を付し、適宜説明を省略する。
【0045】
(変形例1)
図7は、変形例1に係るキャリア放出素子(電子放出素子1A)の概略断面構成(Z−X断面構成)を表すものである。この電子放出素子1Aは、上記実施の形態の電子放出素子1において、p型のMOS構造の代わりにn型のMOS構造を有するようにしたものである。
【0046】
具体的には、電子放出素子1Aにおける放出部10Aは、接合部12上にZ軸方向に沿って、金属層15(電子供給層)、絶縁層14およびn型半導体層13N(電子放出層)をこの順に積層した多層膜からなる積層構造を有している。この積層構造では、金属層15、絶縁層14およびn型半導体層13Nによって、n型のMOS構造が形成されている。
【0047】
金属層15は、ここでは電子供給層として機能しており、その膜厚は例えば5000nm程度となっている。
【0048】
n型半導体層13Nは、電子放出層として機能するものである。このn型半導体層13Nは、例えばSi,SiC,Ge,GaN,GaAs,ZnSe,ZnCdSeなどの種々のn型半導体により構成することができ、その膜厚は例えば10nm以下となっている。
【0049】
ここで、本変形例の電子放出素子1Aにおいても、上記実施の形態の電子放出素子1と同様に、積層構造において多層膜内における全ての層間の界面が、放出部10Aの伸長方向(Z軸方向)と略垂直(X−Y平面と略平行)となっている。具体的には、金属層15と絶縁層14との界面、および絶縁層14とn型半導体層13Nとの界面がそれぞれ、放出部10Aの伸長方向と略垂直となっている。また、同様にこの放出部10Aでは、多層膜内の各層の曲率半径が、先端部へ向かうに従って(Z軸の正方向に沿って)徐々に小さくなっている。具体的には、金属層15、絶縁層14およびn型半導体層13Nの順に、曲率半径が徐々に小さくなっている。
【0050】
なお、この電子放出素子1Aは、前述した電子放出素子1と同様にして製造することが可能である。
【0051】
本変形例の電子放出素子1Aでは、支持部11および接合部12を介して金属層15へ電圧が供給されていないときには、放出部10Aにおけるn型のMOS構造部分のエネルギーバンド構造は、例えば図8(A)に示したようになる。
【0052】
このとき、支持部11および接合部12を介して金属層15へ電圧(ここでは、負電圧)が供給されると、この部分のエネルギーバンド構造は、例えば図8(B)に示したように変化する。具体的には、金属層15側に負電圧が印加されると、絶縁層14の電位ポテンシャルが傾くため、この絶縁層14におけるトンネル障壁が減少する。その結果、図中に示したように、金属層15における電子eが絶縁層14をトンネルし、n型半導体層13N内へ到達する。そして、上記実施の形態と同様に、このn型半導体層13Nへ到達した電子eのうち、n型半導体層13N内で散乱を受けても、なおこのn型半導体層13Nの仕事関数φs以上のエネルギーを有する電子eが、n型半導体層13Nから外部へと放出される。これにより、本変形例の電子放出素子1Aにおいても、低電圧(例えば、n型半導体層13Nの仕事関数φsと同程度の電圧(数V程度、材料により異なる))での電子放出が実現される。
【0053】
以上のように本変形例においても、上記実施の形態と同様の作用により同様の効果を得ることができる。すなわち、従来と比べてキャリアの引き出し効率を向上させることが可能となると共に、低電圧での電子放出を行うことが可能になる。
【0054】
(変形例2)
図9は、変形例2に係るキャリア放出素子(電子放出素子1B)の概略断面構成(Z−X断面構成)を表すものである。この電子放出素子1Bは、上記実施の形態の電子放出素子1において、p型のMOS構造の代わりにn型のショットキー接合(金属−半導体接合)構造を有するようにしたものである。
【0055】
具体的には、電子放出素子1Bにおける放出部10Bは、接合部12上にZ軸方向に沿って、金属層15(電子供給層)およびn型半導体層13N(電子放出層)をこの順に積層した多層膜からなる積層構造を有している。すなわち、上記変形例1の放出部10Aにおいて、絶縁層14を設けないようにしたものに対応している。この積層構造では、金属層15およびn型半導体層13Nによって、n型のショットキー接合構造が形成されている。なお、ここでは金属層15の厚みは、例えば5000nm程度となっている。
【0056】
本変形例の電子放出素子1Bにおいても、上記実施の形態の電子放出素子1と同様に、積層構造において多層膜内における全ての層間の界面が、放出部10Bの伸長方向(Z軸方向)と略垂直(X−Y平面と略平行)となっている。具体的には、金属層15とn型半導体層13Nとの界面が、放出部10Bの伸長方向と略垂直となっている。また、同様にこの放出部10Bでは、多層膜内の各層の曲率半径が、先端部へ向かうに従って(Z軸の正方向に沿って)徐々に小さくなっている。具体的には、金属層15およびn型半導体層13Nの順に、曲率半径が徐々に小さくなっている。
【0057】
なお、この電子放出素子1Bは、前述した電子放出素子1,1Aと同様にして製造することが可能である。
【0058】
本変形例の電子放出素子1Bでは、支持部11および接合部12を介して金属層15へ電圧が供給されていないときには、放出部10Bにおけるn型のショットキー接合構造部分のエネルギーバンド構造は、例えば図10(A)に示したようになる。
【0059】
このとき、支持部11および接合部12を介して金属層15へ電圧(ここでは、負電圧)が供給されると、この部分のエネルギーバンド構造は、例えば図10(B)に示したように変化する。具体的には、金属層15側に負電圧が印加されると、ショットキー障壁の幅が薄くなるため、トンネル障壁が減少する。その結果、図中に示したように、金属層15における電子eがトンネルし、n型半導体層13N内へ到達する。そして、上記実施の形態と同様に、このn型半導体層13Nへ到達した電子eのうち、n型半導体層13N内で散乱を受けても、なおこのn型半導体層13Nの仕事関数φs以上のエネルギーを有する電子eが、n型半導体層13Nから外部へと放出される。これにより、本変形例の電子放出素子1Bにおいても、低電圧(例えば、n型半導体層13Nの仕事関数φsと同程度の電圧(数V程度、材料により異なる))での電子放出が実現される。
【0060】
以上のように本変形例においても、上記実施の形態と同様の作用により同様の効果を得ることができる。すなわち、従来と比べてキャリアの引き出し効率を向上させることが可能となると共に、低電圧での電子放出を行うことが可能になる。
【0061】
(変形例3)
図11は、変形例3に係るキャリア放出素子(電子放出素子1C)の概略断面構成(Z−X断面構成)を表すものである。この電子放出素子1Cは、上記実施の形態の電子放出素子1において、p型のMOS構造の代わりにp型のショットキー接合構造を有するようにしたものである。
【0062】
具体的には、電子放出素子1Cにおける放出部10Cは、接合部12上にZ軸方向に沿って、p型半導体層13P(電子供給層)および金属層15(電子放出層)をこの順に積層した多層膜からなる積層構造を有している。すなわち、上記実施の形態の放出部10において、絶縁層14を設けないようにしたものに対応している。この積層構造では、p型半導体層13Pおよび金属層15によって、p型のショットキー接合構造が形成されている。なお、ここではp型半導体層13Pの厚みは、例えば5000nm程度となっている。
【0063】
本変形例の電子放出素子1Cにおいても、上記実施の形態の電子放出素子1と同様に、積層構造において多層膜内における全ての層間の界面が、放出部10Cの伸長方向(Z軸方向)と略垂直(X−Y平面と略平行)となっている。具体的には、p型半導体層13Pと金属層15との界面が、放出部10Cの伸長方向と略垂直となっている。また、同様にこの放出部10Cでは、多層膜内の各層の曲率半径が、先端部へ向かうに従って(Z軸の正方向に沿って)徐々に小さくなっている。具体的には、p型半導体層13Pおよび金属層15の順に、曲率半径が徐々に小さくなっている。
【0064】
なお、この電子放出素子1Cは、前述した電子放出素子1と同様にして製造することが可能である。
【0065】
本変形例の電子放出素子1Cでは、支持部11および接合部12を介してp型半導体層13Pへ電圧が供給されていないときには、放出部10Cにおけるp型のショットキー接合構造部分のエネルギーバンド構造は、例えば図12(A)に示したようになる。
【0066】
このとき、支持部11および接合部12を介してp型半導体層13Pへ電圧(ここでは、負電圧)が供給されると、この部分のエネルギーバンド構造は、例えば図12(B)に示したように変化する。具体的には、p型半導体層13P側に負電圧が印加されると、図中に示したように、このp型半導体層13P中の電子eが金属層15へと拡散し、この金属層15内に閉じ込められる。そして、この電子eは、金属層15から外部へと放出される。
【0067】
以上のように本変形例においても、上記実施の形態と同様の作用により同様の効果を得ることができる。すなわち、従来と比べてキャリアの引き出し効率を向上させることが可能となる。
【0068】
また、本変形例では、金属層15内に電子が閉じ込められるようにしたので、電子の引き出し効率を更に向上させることが可能となる。
【0069】
(変形例4)
図13は、変形例4に係るキャリア放出素子(電子放出素子1D)の概略断面構成(Z−X断面構成)を表すものである。この電子放出素子1Dは、上記実施の形態の電子放出素子1において、p型のMOS構造の代わりに、バンドギャップの大きさが互いに異なる2種類の半導体層を積層してなるヘテロ構造を有するようにしたものである。
【0070】
具体的には、電子放出素子1Dにおける放出部10Dは、接合部12上にZ軸方向に沿って、p型半導体層13P(電子供給層)およびn型半導体層13N(電子放出層)をこの順に積層した多層膜からなる積層構造を有している。この積層構造では、p型半導体層13Pおよびn型半導体層13Nによって、ヘテロ構造が形成されている。なお、ここではp型半導体層13Pの厚みは、例えば4000nm程度となっている。
【0071】
ここで、p型半導体層13Pおよびn型半導体層13Nとしては、例えば化合物半導体(III−V族,II−VI族,三元混晶,四元混晶など)を用いるようにするのが望ましい。また、p型半導体層13Pのバンドギャップのほうが、n型半導体層13Nのバンドギャップよりも大きくなるようにするのが望ましい。
【0072】
本変形例の電子放出素子1Dにおいても、上記実施の形態の電子放出素子1と同様に、積層構造において多層膜内における全ての層間の界面が、放出部10Dの伸長方向(Z軸方向)と略垂直(X−Y平面と略平行)となっている。具体的には、p型半導体層13Pとn型半導体層13Nとの界面が、放出部10Dの伸長方向と略垂直となっている。また、同様にこの放出部10Dでは、多層膜内の各層の曲率半径が、先端部へ向かうに従って(Z軸の正方向に沿って)徐々に小さくなっている。具体的には、p型半導体層13Pおよびn型半導体層13Nの順に、曲率半径が徐々に小さくなっている。
【0073】
なお、この電子放出素子1Dは、前述した電子放出素子1と同様にして製造することが可能である。
【0074】
本変形例の電子放出素子1Dでは、支持部11および接合部12を介してp型半導体層13Pへ電圧(ここでは、負電圧)が供給されると、放出部10Dにおけるヘテロ構造部分のエネルギーバンド構造は、例えば図14に示したようになる。具体的には、p型半導体層13P側に負電圧が印加されると、図中に示したように、電子eは、p型半導体層13Pからn型半導体層13Nへと移動する。一方、n型半導体層13Nからp型半導体層13Pへは、電子eはほとんど移動できない。すなわち、p型半導体層13Pとn型半導体層13Nとの内蔵電位の差により、n型半導体層13N内に電子eが閉じ込められる。そして、この電子eは、n型半導体層13Nから外部へと放出される。
【0075】
以上のように本変形例においても、上記実施の形態と同様の作用により同様の効果を得ることができる。すなわち、従来と比べてキャリアの引き出し効率を向上させることが可能となる。
【0076】
また、本変形例では、n型半導体層13N内に電子が閉じ込められるようにしたので、電子の引き出し効率を更に向上させることが可能となる。
【0077】
(変形例5)
図15は、変形例5に係るキャリア放出素子(電子放出素子1E)の概略断面構成(Z−X断面構成)を表すものである。この電子放出素子1Eは、上記実施の形態の電子放出素子1において、p型のMOS構造の代わりに、上記変形例4で説明したヘテロ構造と、n型のMOS構造との双方の構造を有するようにしたものである。
【0078】
具体的には、電子放出素子1Eにおける放出部10Eは、接合部12上にZ軸方向に沿って、p型半導体層13P(電子供給層)、n型半導体層13N、絶縁層14および金属層15(電子放出層)をこの順に積層した多層膜からなる積層構造を有している。すなわち、上記変形例4で説明したヘテロ構造上に、絶縁層14および金属層15を積層したものに対応している。この積層構造では、p型半導体層13Pおよびn型半導体層13Nによってヘテロ構造が形成され、n型半導体層13N、絶縁層14および金属層15によってn型のMOS構造が形成されている。なお、ここではp型半導体層13Pおよびn型半導体層13Nの厚みはそれぞれ、例えば、4000nm程度,1000nm程となっている。
【0079】
本変形例の電子放出素子1Eにおいても、上記実施の形態の電子放出素子1と同様に、層構造において多層膜内における全ての層間の界面が、放出部10Eの伸長方向(Z軸方向)と略垂直(X−Y平面と略平行)となっている。具体的には、p型半導体層13Pとn型半導体層13Nとの界面、n型半導体層13Nと絶縁層14との界面、絶縁層14と金属層15との界面がそれぞれ、放出部10Eの伸長方向と略垂直となっている。また、同様にこの放出部10Eでは、多層膜内の各層の曲率半径が、先端部へ向かうに従って(Z軸の正方向に沿って)徐々に小さくなっている。具体的には、p型半導体層13P、n型半導体層13N、絶縁層14および金属層15の順に、曲率半径が徐々に小さくなっている。
【0080】
なお、この電子放出素子1Eは、前述した電子放出素子1と同様にして製造することが可能である。
【0081】
本変形例の電子放出素子1Eでは、支持部11および接合部12を介してp型半導体層13Pへ電圧が供給されていないときには、放出部10Eにおけるヘテロ構造およびn型のMOS構造部分のエネルギーバンド構造は、例えば図16(A)に示したようになる。
【0082】
このとき、支持部11および接合部12を介してp型半導体層13Pへ電圧(ここでは、負電圧)が供給されると、これらの部分のエネルギーバンド構造は、例えば図16(B)に示したように変化する。具体的には、p型半導体層13P側に負電圧が印加されると、図中に示したように、電子eがn型半導体層13N内に閉じ込められる。また、それと共に、絶縁層14の電位ポテンシャルが傾くため、この絶縁層14におけるトンネル障壁が減少し、その結果、n型半導体層13Nにおける電子eが絶縁層14をトンネルし、金属層15内へ到達する。そして、この金属層15へ到達した電子eのうち、金属層15内で散乱を受けても、なおこの金属層15の仕事関数φm以上のエネルギーを有する電子eが、金属層15から外部へと放出される。以上により、電子放出素子1では、電子の引き出し効率が特に向上すると共に、低電圧(例えば、金属層15の仕事関数φmと同程度の電圧(数V程度、材料により異なる))での電子放出が実現される。
【0083】
以上のように本変形例においても、上記実施の形態および変形例4と同様の作用により同様の効果を得ることができる。すなわち、従来と比べてキャリアの引き出し効率を特に向上させることが可能となると共に、低電圧での電子放出を行うことが可能になる。
【0084】
(変形例6)
図17は、変形例6に係るキャリア放出素子(電子放出素子1F)の概略断面構成(Z−X断面構成)を表すものである。この電子放出素子1Fは、上記実施の形態の電子放出素子1において、p型のMOS構造の代わりに、上記変形例4で説明したヘテロ構造と、n型のショットキー接合構造との双方の構造を有するようにしたものである。
【0085】
具体的には、電子放出素子1Fにおける放出部10Fは、接合部12上にZ軸方向に沿って、p型半導体層13P(電子供給層)、n型半導体層13Nおよび金属層15(電子放出層)をこの順に積層した多層膜からなる積層構造を有している。すなわち、上記変形例4で説明したヘテロ構造上に金属層15を積層したものに対応すると共に、上記変形例5の放出部10Eにおいて、絶縁層14を設けないようにしたものに対応している。この積層構造では、p型半導体層13Pおよびn型半導体層13Nによってヘテロ構造が形成され、n型半導体層13Nおよび金属層15によってn型のショットキー接合構造が形成されている。なお、ここではp型半導体層13Pおよびn型半導体層13Nの厚みはそれぞれ、例えば、4000nm程度,1000nm程度となっている。
【0086】
本変形例の電子放出素子1Fにおいても、上記実施の形態の電子放出素子1と同様に、層構造において多層膜内における全ての層間の界面が、放出部10Fの伸長方向(Z軸方向)と略垂直(X−Y平面と略平行)となっている。具体的には、p型半導体層13Pとn型半導体層13Nとの界面、n型半導体層13Nと金属層15との界面がそれぞれ、放出部10Fの伸長方向と略垂直となっている。また、同様にこの放出部10Fでは、多層膜内の各層の曲率半径が、先端部へ向かうに従って(Z軸の正方向に沿って)徐々に小さくなっている。具体的には、p型半導体層13P、n型半導体層13Nおよび金属層15の順に、曲率半径が徐々に小さくなっている。
【0087】
なお、この電子放出素子1Fは、前述した電子放出素子1と同様にして製造することが可能である。
【0088】
本変形例の電子放出素子1Fでは、支持部11および接合部12を介してp型半導体層13Pへ電圧(ここでは、負電圧)が供給されると、放出部10Fにおけるヘテロ構造およびn型のショットキー接合構造の部分のエネルギーバンド構造は、例えば図18に示したようになる。具体的には、p型半導体層13P側に負電圧が印加されると、図中に示したように、電子eがn型半導体層13N内に閉じ込められる。また、それと共に、このn型半導体層13N中の電子eが金属層15へと拡散し、この金属層15内に閉じ込められる。そして、この電子eは、金属層15から外部へと放出される。
【0089】
以上のように本変形例においても、上記変形例3,4と同様の作用により同様の効果を得ることができる。すなわち、従来と比べてキャリアの引き出し効率を特に向上させることが可能となる
【0090】
(変形例7)
図19は、変形例7に係るキャリア放出素子(電子放出素子1G)の概略断面構成(Z−X断面構成)を表すものである。この電子放出素子1Gは、上記実施の形態の電子放出素子1において、p型のMOS構造の代わりに、ショットキー接合構造と、以下説明する量子井戸構造との双方の構造を有するようにしたものである。
【0091】
具体的には、電子放出素子1Gにおける放出部10Gは、接合部12上にZ軸方向に沿って、半導体層131(電子供給層)および半導体層132(量子井戸層)と、金属層15(電子放出層)とをこの順に積層した多層膜からなる積層構造を有している。この積層構造では、2つの半導体層131,132によってこれらの層内方向(ここではX軸方向)に沿って量子井戸構造が形成され、半導体層131および金属層15によってショットキー接合構造が形成されている。なお、ここでは半導体層132におけるX軸方向の厚みは、例えば2nm程度となっている。
【0092】
半導体層131は、電子供給層として機能するものであり、p型半導体およびn型半導体のいずれを用いて構成されていてもよい。
【0093】
半導体層132は、量子井戸層として機能するものであり、半導体層131中においてZ軸方向に延在するように挿設されることにより、半導体層131がX軸方向に沿って2つに分断されている。この半導体層132もまた、p型半導体およびn型半導体のいずれを用いて構成されていてもよい。
【0094】
ここで、図20は、図19中のX軸方向におけるII−II線に沿った部分(量子井戸構造の部分)のエネルギーバンド構造の一例を表したものである。この図20において、「S1」,「S2」はそれぞれ、半導体層131,132におけるエネルギーハンド構造を示している。また、「Ev1」,「EV2」はそれぞれ、半導体層131,132における価電子帯上端準位を、「Ec1」,「Ec2」はそれぞれ、半導体層131,132における伝導帯下端準位を示している。この図から分かるように、ここでは半導体層131のバンドギャップよりも半導体層132のバンドギャップのほうが小さくなっており、量子井戸構造が実現されている。
【0095】
また、本変形例の電子放出素子1Gにおいても、上記実施の形態の電子放出素子1と同様に、層構造において多層膜内における全ての層間の界面が、放出部10Gの伸長方向(Z軸方向)と略垂直(X−Y平面と略平行)となっている。具体的には、半導体層131と金属層15との界面、および半導体層132と金属層15との界面がそれぞれ、放出部10Gの伸長方向と略垂直となっている。また、同様にこの放出部10Gでは、多層膜内の各層の曲率半径が、先端部へ向かうに従って(Z軸の正方向に沿って)徐々に小さくなっている。具体的には、半導体層131および金属層15の順に、曲率半径が徐々に小さくなっている。
【0096】
本変形例の電子放出素子1Gは、例えば図21に示したようにして製造することができる。すなわち、まず、図21(A)に示したように、前述した半導体層131,132の材料からなる半導体層231,232を、半導体層231,232,231の順に積層させる。次いで、図21(B)に示したように、この積層構造体をZ−X平面内で90°回転させたのち、引き続き図21(C)に示したように、X−Y平面内で90°回転させ、この状態でFIB装置内に配置する。続いて、図21(D)に示したように、この積層構造体20Gの一部分に対してFIB加工を行う。この際、予め、量子井戸層となる半導体層232の表面からの正確な深さを調べておき、この半導体層232が前述した環状加工枠51の中心に位置するように設定しておく。なお、その後は、上記実施の形態の図2(C),(D)、図3(A)〜(C)および図4(A)〜(C)に示した工程と同様の工程により、図19に示した電子放出素子1Gが完成する。
【0097】
本変形例の電子放出素子1Gでは、支持部11および接合部12を介して半導体層131へ電圧が供給されると、図20に示したように、電子eが半導体層132(量子井戸層)内に閉じ込められる。これは、半導体層132へ侵入した電子eは、(Ec1−Ec2)に相当するエネルギーを受け取らないと、この半導体層132から出られなくなるためである。また、それと共に、この半導体層132中の電子eが金属層15へと拡散し、この金属層15内に閉じ込められる。そして、この電子eは、金属層15から外部へと放出される。このようにして、電子eが半導体層132(量子井戸層)内に閉じ込められたのちに放出されるため、電子が放出される範囲が狭くなる。
【0098】
以上のように本変形例においても、上記変形例3と同様の作用により同様の効果を得ることができる。すなわち、従来と比べてキャリアの引き出し効率を特に向上させることが可能となる。
【0099】
また、本変形例では、電子eが半導体層132(量子井戸層)内に閉じ込められたのちに放出されるようにしたので、電子が放出される範囲が狭くなり、電子線をより細く絞って出力することが可能になる。
【0100】
(変形例8)
図22は、変形例8に係るキャリア放出素子(電子放出素子1H)の概略断面構成(Z−X断面構成)を表すものである。この電子放出素子1Hは、上記実施の形態の電子放出素子1において、p型のMOS構造の代わりに、X軸方向に沿って形成されたヘテロ構造と、n型のショットキー接合構造との双方の構造を有するようにしたものである。
【0101】
具体的には、電子放出素子1Hにおける放出部10Hは、接合部12上にZ軸方向に沿って、n型半導体層13N(電子供給層)およびp型半導体層13Pと、金属層15(電子放出層)とをこの順に積層した多層膜からなる積層構造を有している。すなわち、上記変形例7の放出部10Gにおいて、半導体層131,132からなる量子井戸構造の代わりに、以下説明するヘテロ構造(HEMT(High Electron Mobility Transistor)構造)を設けるようにしたものに対応している。この積層構造では、n型半導体層13Nおよびp型半導体層13Pによってヘテロ構造が形成され、n型半導体層13Nおよび金属層15によってn型のショットキー接合構造が形成されている。
【0102】
なお、図23は、図22中のX軸方向におけるIII−III線に沿った部分(ヘテロ構造の部分)のエネルギーバンド構造の一例を表したものである。
【0103】
本変形例の電子放出素子1Hにおいても、上記実施の形態の電子放出素子1と同様に、層構造において多層膜内における全ての層間の界面が、放出部10Hの伸長方向(Z軸方向)と略垂直(X−Y平面と略平行)となっている。具体的には、n型半導体層13Nと金属層15との界面、およびp型半導体層13Pと金属層15との界面がそれぞれ、放出部10Hの伸長方向と略垂直となっている。また、同様にこの放出部10Hでは、多層膜内の各層の曲率半径が、先端部へ向かうに従って(Z軸の正方向に沿って)徐々に小さくなっている。具体的には、n型半導体層13Nとp型半導体層13Pとの形成部分、および金属層15の順に、曲率半径が徐々に小さくなっている。
【0104】
なお、この電子放出素子1Hは、上記変形例7で説明した電子放出素子1Gと同様にして製造することが可能である。
【0105】
本変形例の電子放出素子1Hでは、上記したヘテロ構造によってp型半導体層13Pとn型半導体層13Nとの界面に電子が閉じ込められると共に、更に電圧が印加されることにより、放出部10Hの先端部に、電子がより高密度に閉じ込められる。このようにして、電子が先端部に高密度に閉じ込められたのちに放出されるため、電子が放出される範囲が狭くなる。
【0106】
以上のように本変形例においても、上記変形例3と同様の作用により同様の効果を得ることができる。すなわち、従来と比べてキャリアの引き出し効率を特に向上させることが可能となると共に、低電圧での電子放出を行うことが可能になる。
【0107】
また、本変形例では、電子が放出部10Hの先端部に高密度に閉じ込められたのちに放出されるようにしたので、電子が放出される範囲が狭くなり、電子線をより細く絞って出力することが可能になる。
【0108】
(変形例9,10)
図24は、変形例9に係るキャリア放出素子(電子放出素子1I)の概略断面構成(Z−X断面構成)を表すものであり、図25は、変形例10に係るキャリア放出素子(電子放出素子1J)の概略断面構成(Z−X断面構成)を表すものである。
【0109】
電子放出素子1Iは、上記変形例7の電子放出素子1Gにおいて、半導体層131,132からなる量子井戸構造と、金属層15との間に、絶縁層14を設けるようにしたものである。具体的には、この電子放出素子1Iにおける放出部10Iは、接合部12上にZ軸方向に沿って、半導体層131(電子供給層)および半導体層132(量子井戸層)と、絶縁層14と、金属層15(電子放出層)とをこの順に積層した多層膜からなる積層構造を有している。この積層構造では、半導体層131,132によって量子井戸構造が形成され、半導体層131、絶縁層14および金属層15によってMOS構造が形成されている。
【0110】
この電子放出素子1Iにおいても、上記実施の形態の電子放出素子1と同様に、層構造において多層膜内における全ての層間の界面が、放出部10Iの伸長方向(Z軸方向)と略垂直(X−Y平面と略平行)となっている。具体的には、半導体層131と絶縁層14との界面、半導体層132と絶縁層14との界面、および絶縁層14と金属層15との界面がそれぞれ、放出部10Gの伸長方向と略垂直となっている。また、同様にこの放出部10Iでは、多層膜内の各層の曲率半径が、先端部へ向かうに従って(Z軸の正方向に沿って)徐々に小さくなっている。具体的には、半導体層131、絶縁層14および金属層15の順に、曲率半径が徐々に小さくなっている。
【0111】
一方、電子放出素子1Jは、上記変形例8の電子放出素子1Hにおいて、n型半導体層13Nおよびp型半導体層13Pからなるヘテロ構造と、金属層15との間に、絶縁層14を設けるようにしたものである。具体的には、この電子放出素子1Jにおける放出部10Jは、接合部12上にZ軸方向に沿って、n型半導体層13N(電子供給層)およびp型半導体層13Pと、絶縁層14と、金属層15(電子放出層)とをこの順に積層した多層膜からなる積層構造を有している。この積層構造では、n型半導体層13Nおよびp型半導体層13Pによってヘテロ構造が形成され、n型半導体層13N、絶縁層14および金属層15によってn型のMOS構造が形成されている。
【0112】
この電子放出素子1Jにおいても、上記実施の形態の電子放出素子1と同様に、層構造において多層膜内における全ての層間の界面が、放出部10Jの伸長方向(Z軸方向)と略垂直(X−Y平面と略平行)となっている。具体的には、n型半導体層13Nと絶縁層14との界面、p型半導体層13Pと絶縁層14との界面、および絶縁層14と金属層15との界面がそれぞれ、放出部10Jの伸長方向と略垂直となっている。また、同様にこの放出部10Jでは、多層膜内の各層の曲率半径が、先端部へ向かうに従って(Z軸の正方向に沿って)徐々に小さくなっている。具体的には、n型半導体層13Nとp型半導体層13Pとの形成部分、絶縁層14および金属層15の順に、曲率半径が徐々に小さくなっている。
【0113】
なお、これらの電子放出素子1I,IJは、上記変形例7,8で説明した電子放出素子1G,1Hと同様にして製造することが可能である。
【0114】
以上のようにこれらの変形例9,10においても、上記実施の形態等と同様の作用により同様の効果を得ることができる。すなわち、従来と比べてキャリアの引き出し効率を特に向上させることが可能となると共に、低電圧での電子放出を行うことが可能になる。また、電子が閉じ込められたのちに放出されるようにしたので、電子が放出される範囲が狭くなり、電子線をより細く絞って出力することが可能になる。
【0115】
(その他の変形例)
以上、実施の形態および変形例を挙げて本発明を説明したが、本発明はこれらの実施の形態等に限定されず、種々の変形が可能である。
【0116】
例えば、上記実施の形態等では、キャリア放出素子の一例として、キャリアとしての電子を放出する電子放出素子を挙げて説明したが、本発明は、キャリアとしてのホールを放出するホール放出素子にも適用することが可能である。
【0117】
また、上記実施の形態等において説明した各層の材料および厚み、または成膜方法および成膜条件などは限定されるものではなく、他の材料および厚みとしてもよく、または他の成膜方法および成膜条件としてもよい。
【0118】
本発明のキャリア放出素子は、例えば、原子間顕微鏡(AFM)などの走査型プローブ顕微鏡における探針や、電界放出ディスプレイ(FED)などのディスプレイのキャリア放出源等に適用することが可能である。
【符号の説明】
【0119】
1,1A〜1J…電子放出素子、10,10A〜10J…放出部、11…支持部、12…接合部、13P…p型半導体層、13N…n型半導体層、131…半導体層、132…半導体層(量子井戸層)、14…絶縁層、15…金属層、20,20G…積層構造体、23P…p型半導体層、231…半導体層、232…半導体層(量子井戸層)、24…絶縁層、25…金属層、26…保護層、3…プローブ、4…針状構造体、51…環状加工枠、52…円形加工枠、EFS,EFm…フェルミエネルギー、Evac…真空準位、Ec…伝導帯下端準位、Ev…価電子帯上端準位、φs,φm…仕事関数、e…電子、Sv…等電位面。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下層側のキャリア供給層と上層側のキャリア放出層とを含む多層膜からなる積層構造を先端部に有する針状の放出部を備え、
前記多層膜内における全ての層間の界面が、前記放出部の伸長方向と略垂直となっている
キャリア放出素子。
【請求項2】
前記多層膜内の各層の曲率半径が、前記放出部の先端部へ向かうに従って徐々に小さくなっている
請求項1に記載のキャリア放出素子。
【請求項3】
前記積層構造が、金属層、絶縁層および半導体層を積層してなるMOS構造を有する
請求項1または請求項2に記載のキャリア放出素子。
【請求項4】
前記MOS構造が、前記キャリア供給層としてのp型半導体層と、前記キャリア放出層としての前記金属層とを含むp型のMOS構造である
請求項3に記載のキャリア放出素子。
【請求項5】
前記MOS構造が、前記キャリア供給層としての前記金属層と、前記キャリア放出層としてのn型半導体層とを含むn型のMOS構造である
請求項3に記載のキャリア放出素子。
【請求項6】
前記半導体層の層内方向に沿って、量子井戸構造またはヘテロ構造が形成されている
請求項3に記載のキャリア放出素子。
【請求項7】
前記積層構造が、金属層および半導体層を積層してなるショットキー接合構造を有する
請求項1または請求項2に記載のキャリア放出素子。
【請求項8】
前記ショットキー接合構造が、前記キャリア供給層としての前記金属層と、前記キャリア放出層としてのn型半導体層とからなるn型のショットキー接合構造である
請求項7に記載のキャリア放出素子。
【請求項9】
前記ショットキー接合構造が、前記キャリア供給層としてのp型半導体層と、前記キャリア放出層としての前記金属層とからなるp型のショットキー接合構造である
請求項7に記載のキャリア放出素子。
【請求項10】
前記半導体層の層内方向に沿って、量子井戸構造またはヘテロ構造が形成されている
請求項7に記載のキャリア放出素子。
【請求項11】
前記積層構造が、p型半導体層およびn型半導体層を積層してなるヘテロ構造を有する
請求項1または請求項2に記載のキャリア放出素子。
【請求項12】
前記ヘテロ構造が、前記キャリア供給層としての前記p型半導体層と、前記キャリア放出層としての前記n型半導体層とにより構成されている
請求項11に記載のキャリア放出素子。
【請求項13】
前記積層構造は、前記ヘテロ構造を構成する半導体層、絶縁層および金属層を積層してなるMOS構造を有し、
前記ヘテロ構造内の前記p型半導体層が、前記キャリア供給層となっており、
前記MOS構造内の前記金属層が、前記キャリア放出層となっている
請求項11に記載のキャリア放出素子。
【請求項14】
前記積層構造は、前記ヘテロ構造を構成する半導体層および金属層を積層してなるショットキー接合構造を有し、
前記ヘテロ構造内の前記p型半導体層が、前記キャリア供給層となっており、
前記ショットキー接合構造内の前記金属層が、前記キャリア放出層となっている
請求項11に記載のキャリア放出素子。
【請求項15】
前記放出部は、キャリアとして電子を放出するものであり、電子放出素子として構成されている
請求項1または請求項2に記載のキャリア放出素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【公開番号】特開2011−60659(P2011−60659A)
【公開日】平成23年3月24日(2011.3.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−210734(P2009−210734)
【出願日】平成21年9月11日(2009.9.11)
【出願人】(000002185)ソニー株式会社 (34,172)
【Fターム(参考)】