説明

クーパー対ポンプ及びその駆動方法

【課題】量子標準として適切な出力を持つ電流源は提案されていない。
【解決手段】島電極に非断熱パルスをポンピングパルスとして印加すると共に、ドレイン電極のバイアス電圧を選択設定しておくことにより、クーパー対を1個ずつ、ソース電極から前記島電極に注入し、更に、島電極からドレイン電極に転送するクーロン対ポンプが得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、クーパー対ポンプ及びその駆動方法に関する。
【背景技術】
【0002】
量子コンピュータ実現に種々の研究・開発等が進められている。このような量子コンピュータを実現するためには、量子標準となる電圧源、抵抗源、及び電流源を定めておく必要があるものと推測される。これまで、電圧源、抵抗源については、既に提案されている。しかしながら、量子標準となる電流源については未だ有効な手段が提案されていないのが現状である。
【0003】
これまで、例えば、チャージポンプ、ターンスタイルのようなクーロン・ブロッケイド装置を計測機器等に応用することが提案されており、この種計測機器等を量子標準となる電流源とすることも考えられる。
【0004】
ここで、クーロン・ブロッケイド装置における動作は、単一電子或いはクーパー対のような電荷を一つずつ一方向に、数個の接合を転送制御することに基いており、正味電流は交流制御信号の周波数に依存し、周波数fと単一サイクル中に転送される電荷(e又は2e)の積で表される。
【0005】
クーロン・ブロッケイド装置における動作精度は、交流信号源の周波数安定度だけでなく、トンネリング動作の際におけるエラーにも依存している。10−12程度の周波数安定度を有する市販されている発振器を用いた場合、装置本来の不完全性によって、10−7程度の精度しか得られない。
【0006】
更に、クーロン・ブロッケイド装置を計測機器等に応用する際にもう一つの重要なパラメータはポンプ電流の絶対値である。十分に高精度を得るには、装置動作周波数が、単一電子では、1/RCより十分低い周波数であるか、クーパー対では(E/(h/2π))(EJ/Ec)より十分低い周波数である必要がある(但し、EJはジョセフソン接合におけるジョセフソンエネルギであり、Ecは電荷エネルギである)。このように、クーロン・ブロッケイド装置を使用してクーパー対ポンプを構成した場合、100MHzを超えない通常の周波数では、ポンプ電流は数十ピコアンペアであり、実用には余りにも小さすぎ、量子標準としての電流源を構成することは困難である。
【0007】
一方、特許文献1は、単電子トランジスタ(SET)論理回路の電圧利得を大きくできる電子回路を開示している。特許文献1では、単電子トランジスタに電界効果トランジスタを接続すると共に、単電子トランジスタのソース・ドレイン間電圧を、クーロン・ブロッケイド状態を維持できる程度に低い電圧に保つ構成が開示されている。また、特許文献1は、電界効果トランジスタに接続された出力端子から、単電子トランジスタの島電極に対する負帰還作用を抑えることによって、大きな電圧利得を得ることを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−289833号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1は、単電子トランジスタを含む論理回路の電圧利得を大きくすることを開示しているだけで、量子標準となるような電流源を構成することについて全く示唆していない。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の原理によれば、超伝導単一電子トランジスタ中においてクーパー対を非断熱的に操作するチャージポンプの駆動方法が得られる。
【0011】
本発明に係るクーパー対ポンプは、超伝導アイランドを備え、当該超伝導アイランドはトンネル接合を介して、超伝導ソース及びドレイン電極に接続された構成を備え、DC或いはRF測定に使用される超伝導単一電子トランジスタに類似した構成を備えている。
【0012】
本発明では、このような構成を備えた単一電子トランジスタを用いて、ソース電極から島電極へ、島電極からドレイン電極へ、一方向にクーパー対を1個ずつ移動させるクーパー対ポンプの駆動方法が得られる。
【0013】
具体的に説明すると、本発明の一態様によれば、ソース電極、ドレイン電極、島電極、前記ソース電極と前記島電極との間に設けられた第1のジョセフソン接合、及び、前記島電極と前記ドレイン電極との間に設けられた第2のジョセフソン接合とを備え、前記島電極に非断熱パルスをポンピングパルスとして印加することにより、クーパー対を1個ずつ、前記ソース電極から前記島電極に注入し、更に、前記島電極から前記ドレイン電極に移動させることを特徴とするクーパー対ポンプの駆動方法が得られる。ここで、非断熱パルスとは、ジョセフソン接合と島電極との間で、コヒーレント振動が生じないような高い周波数(例えば、10GHz程度の周波数)を有するパルスであり、定量的には、立ち上がり及び立下り時間が2πh/EJより十分速いパルスである。
【0014】
このように、本発明は、前記ポンピングパルスとして、前記第1のジョセフソン接合と前記島電極、及び、前記島電極と第2のジョセフソン接合との間で、コヒーレント振動を起こさないような周波数を有する非断熱パルスを使用することを特徴としている。
【0015】
本発明者等に知見によれば、ポンピングパルスとして、上記した非断熱パルスを使用すること、即ち、立ち上がり及び立ち下がり時間が十分速い、10GHz程度の周波数を有するパルスを使用することにより、ジョセフソン接合と島電極との間でコヒーレント振動が生じることなく、クーパー対を一方向にのみ移動させることができることを見出した。
【発明の効果】
【0016】
本発明では、周波数fの高い上記非断熱パルスを用いることにより、クーパー対を1個ずつ一方向に移動させることにより、2efで表される出力電流をナノアンペア程度まで、大きくすることができ、量子標準となる電流源を構成することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の一実施形態に係るクーパー対ポンプの例を示す概略図である。
【図2】(a)、(b)、及び、(c)は図1に示されたクーパー対ポンプにおけるポテンシャル遷移及びクーパー対の移動を示す図である。
【図3】(a)、(b)、及び、(c)は、図1に示されたクーパー対ポンプのポンピングパルスを図2(a)、(b)、及び(c)に対応して示す図である。
【図4】図1に示されたクーパー対ポンプのバイアス電圧とポンプ電流との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1を参照して、本発明の一実施形態に係るクーパー対ポンプの構成について説明する。図示されたクーパー対ポンプはソース電極10、ドレイン電極12、及び島電極14を備え、ソース電極10と島電極14との間には、第1のジョセフソン接合16が設けられ、他方、島電極14とドレイン電極12との間には、第2のジョセフソン接合18が設けられている。また、島電極14には、ゲート制御部20からコンデンサ22を介して、ゲート電圧Vgが印加され、他方、ドレイン電極12には、バイアス源24からバイアス電圧Vbが印加されている。
【0019】
ここで、第1及び第2のジョセフソン接合16及び18は共に等しいジョセフソンエネルギEJを有しているものとし、更に、バイアス源24は、Vb≦2Δ/eであらわされるバイアス電圧Vbを供給しているものとする(ここで、Δは超伝導エネルギギャップであり、eは電子の電荷である)。即ち、クーパー対に対するクーロン・ブロッケイド現象は0電圧で生じ、これによって、電流が流れなくなるが、本発明では、クーロン・ブロッケイド現象が解けるバイアス電圧Vbを印加することにより、クーパー対の輸送を可能にしている。
【0020】
まず、初期状態において、島電極14のポテンシャルがソース電極10とドレイン電極12のポテンシャルの間のポテンシャルになるように、島電極14に与えられるゲート電圧Vgが調整されている。
【0021】
この状態では、クーパー対の可干渉的なトンネリングが抑制されるが、サブギャップ漏洩に加えて、環境との相互作用によって微小な正味電流が装置を流れる。
【0022】
図2及び図3を参照して、図1に示されたクーパー対ポンプの動作を説明する。図2には、図1に示されたクーパー対ポンプのソース電極10、島電極14、及びドレイン電極12のポテンシャル関係が示されており、図2の島電極14には、図3に示すようなポンピングパルスがゲート電圧Vgとして与えられることを示している。したがって、図1に示されたゲート制御部20はパルス源としても動作することになる。ここで、ポンピングパルスfpumpの周波数は、10GHz程度の高い周波数を有している。このため、図示されたクーパー対ポンプのポンピングパルスは、コヒーレント振動を発生させないような非断熱パルスであり、当該クーパー対ポンプは非断熱パルスによって駆動されていることが分る。また、ポンピングパルスのパルス幅は、クーパー対を基底状態と励起状態との間で遷移させる幅に選択されているものとする。即ち、ポンピングパルスはπパルスであるものとする。
【0023】
まず、図2(a)の島電極14には、図3(a)に示すように、実線で示された中間ポテンシャルAが与えられている。この場合、島電極14のポテンシャルはソース電極10のポテンシャルよりも低い状態にあり、且つ、ドレイン電極12のポテンシャルよりも低い状態にある。図3(a)の状態では、ソース電極10と島電極14との間でクーパー対cpの発振は生じないため、クーパー対cpはソース電極10から島電極14に注入されない。
【0024】
次に、図2(b)及び図3(b)に示すように、非断熱性で正ポテンシャルBのポンピングパルスがゲート電圧Vgとして島電極14に与えられると、島電極14のポテンシャルがソースポンシャルと等しくなる。これによって、ソース電極10と島電極14間で、クーパー対cpの可干渉的な発振が発生する条件が整う。
【0025】
ここで、ドレイン電極12には、前述したバイアス電圧Vbが与えられている。
【0026】
この状態で、時間間隔tπ=π(h/2π)/EJ後に終了し、立ち上がり及び立ち下がり時間が2πh/EJよりも速い非断熱パルス(π-パルス)がゲート電圧Vgとして与えられる。
【0027】
本発明者等の研究によれば、上記したバイアス条件及びポンピングパルス条件では、ソース電極10と島電極14間で、クーパー対cpの可干渉的な発振が抑制され、単一のクーパー対cpが島電極14上に残り、この結果、ソース電極10から島電極14に単一のクーパー対cpを注入することができることが判明した。
【0028】
一方、上記した条件では、島電極14とドレイン電極12との間の共振条件が成立し、同様に、島電極14とドレイン電極12に関連して、コヒーレントな重ね合わせが成立する。
【0029】
図2(c)及び図3(c)に示すように、負のポテンシャルCを持つポンピングパルスがゲート電圧Vgとして与えられ、時間間隔tπ=π(h/2π)/EJ(π-pulse)後に終了すると、クーパー対cpは島電極14からドレイン電極12へ転送される。このような操作の結果、単一のクーパー対cpがソース電極10からドレイン電極12へ転送される。
【0030】
このプロセスがエラーの発生無しに何度も繰り返されると、ポンプ電流Ipump=2efが生じる。但し、fはポンプ周波数であり、E/hであらわされる。
【0031】
図4を参照すると、バイアス電圧Vbとポンプ電流との関係が示されている。図示されているように、Δ/eのバイアス電圧Vbが与えられている状態で、ゲート電圧Vgが与えられると、ポンプ電流Ipumpが出力されることを示している。ここで、ジョセフソンエネルギEJはEJ=h×10GHzの値を有しているから、ポンプ電流Ipumpの値は数十ナノアンペアのオーダーであり、断熱ポンピングで得られたポンプ電流に比較して遥かに大きい。実際、ポンプ電流Ipumpのピーク値は2eEJ/hで表され、3.2nAであることが分った。
【0032】
変形例
上記した実施形態では、第1及び第2のジョセフソン接合のジョセフソンエネルギは互いに等しいものとして説明したが、各ジョセフソン接合のジョセフソンエネルギは変化しても、本発明は同様に適用できる。例えば、図1に示された第1及び第2のジョセフソン接合16、18におけるジョセフソンエネルギをEJL及びEJRとすると、π−パルスはそれぞれtπL=π(h/2π)/EJL及びtπR=π(h/2π)/EJRとすることにより、上記した実施形態と同様な結果を得ることができる。この場合、動作周波数は、f=(tπL+tπR)-1=(EJL+EJR)/2hとなる。
【0033】
また、ポンピング周波数の1サイクル中、電子電荷(例えば、2e/N)(Nは大きな整数)の一部にエラーが発生すると、Nサイクル後、装置は逆方向に電荷をチャージしてしまうことになる。結果として、正味ポンプ電流は予定した2efより非常に小さくなってしまう。この場合、Nをできるだけ大きくするために、π−パルスを正確に調整することによって、エラーの発生を防ぐことができる。
【0034】
また、リセットプロセス、例えば、ゲートパルスを停止させ、アイランドポテンシャルを初期状態にすることも可能である。このシステムは初期状態に戻すことができる。リセットプロセスは正確なポンピングを可能にするが、ポンプ電流値を減少させる。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明は、ソース電極からドレイン電極まで、単一のクーパー対を転送でき、且つ、ナノアンペア単位の出力を得ることができるため、量子標準の電流源を構成することが可能になる。
【符号の説明】
【0036】
10 ソース電極
12 ドレイン電極
14 島電極
16 第1のジョセフソン接合
18 第2のジョセフソン接合
20 ゲート制御部
22 コンデンサ
24 バイアス源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ソース電極、ドレイン電極、島電極、前記ソース電極と前記島電極との間に設けられた第1のジョセフソン接合、及び、前記島電極と前記ドレイン電極との間に設けられた第2のジョセフソン接合とを備え、前記島電極に非断熱パルスをポンピングパルスとして印加することにより、クーパー対を1個ずつ、前記ソース電極から前記島電極に注入し、更に、前記島電極から前記ドレイン電極に移動させることを特徴とするクーパー対ポンプの駆動方法。
【請求項2】
請求項1において、前記ポンピングパルスは、前記第1のジョセフソン接合と前記島電極、及び、前記島電極と第2のジョセフソン接合との間で、コヒーレント振動が生じないような周波数を有していることを特徴とするクーパー対ポンプの駆動方法。
【請求項3】
請求項2において、前記ポンピングパルスは、前記第1のジョセフソン接合及び前記第2のジョセフソン接合における第1及び第2のジョセフソンエネルギに依存した周波数を有することを特徴とするクーパー対ポンプの駆動方法。
【請求項4】
請求項3において、前記クーパー対を前記ソース電極から前記島電極に注入する場合における第1のポンピング周波数と、前記島電極から前記ドレイン電極に前記クーパー対を移動させる場合における第2のポンピング周波数とが互いに等しいことを特徴とするクーパー対ポンプの駆動方法。
【請求項5】
請求項3において、前記クーパー対を前記ソース電極から前記島電極に注入する場合における第1のポンピング周波数と、前記島電極から前記ドレイン電極に前記クーパー対を移動させる場合における第2のポンピング周波数とが互いに異なっていることを特徴とするクーパー対ポンプの駆動方法。
【請求項6】
請求項4又は5のいずれかにおいて、前記第1のポンピング周波数は、EJL/h(但し、EJLは第1のジョセフソン接合におけるジョセフソンエネルギ、hはプランク定数)で表され、他方、前記第2のポンピング周波数は、EJR/h(但し、EJRは第2のジョセフソン接合におけるジョセフソンエネルギ)で表されることを特徴とするクーパー対ポンプの駆動方法。
【請求項7】
請求項6において、前記第1及び前記第2のポンピングパルスの周波数は、それぞれ、EJL/h及びEJR/hで表されることを特徴とするクーパー対ポンプの駆動方法。
【請求項8】
請求項1〜7のいずれかにおいて、前記ドレイン電極に出力されるポンプ電流は2ef(但し、eは電子電荷、fは動作周波数であり、f=((EJL+EJR)/2e)で表される非断熱パルスであることを特徴とするクーパー対ポンプの駆動方法。
【請求項9】
ソース電極、ドレイン電極、島電極、前記ソース電極と前記島電極との間に設けられた第1のジョセフソン接合、前記島電極と前記ドレイン電極との間に設けられた第2のジョセフソン接合、前記島電極に非断熱パルスをポンピングパルスとして印加するパルス源、及び、前記ドレイン電極をクーロン・ブロッケイド現象の生じる電圧よりも低い電圧を印加するバイアス源とを備えたことを特徴とするクーパー対ポンプ。
【請求項10】
請求項9において、前記パルス源は、前記ポンピングパルスとしてπパルスを発生することを特徴とするクーパー対ポンプ。
【請求項11】
請求項9又は10において、前記ポンピングパルスの周波数は、第1及び第2のジョセフソン接合におけるジョセフソンエネルギによって決定されることを特徴とするクーパー対ポンプ。
【請求項12】
請求項9〜11のいずれかにおいて、前記バイアス電圧はΔ/e(但し、Δは超伝導エネルギギャップ、eは電子の電荷)で表されることを特徴とするクーパー対ポンプ。
【請求項13】
請求項12において、前記ドレイン電極から出力される電流は、2eEJ/h(但し、EJはジョセフソン接合のジョセフソンエネルギ、hはプランク定数)で表されることを特徴とするクーパー対ポンプ。
【請求項14】
請求項9〜13のいずれかに記載されたクーパー対ポンプを用いて構成されたことを特徴とする電流源。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−161106(P2010−161106A)
【公開日】平成22年7月22日(2010.7.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−808(P2009−808)
【出願日】平成21年1月6日(2009.1.6)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【出願人】(000004237)日本電気株式会社 (19,353)
【Fターム(参考)】