説明

グラフェン、蓄電装置および電気機器

【課題】電気機器に用いることのできる、リチウムイオンを透過するグラフェンを提供する。
【解決手段】好ましいグラフェンは、炭素原子が酸素原子と結合してできた欠陥を有し、その数密度は0.0001以上0.1以下である。また、上記の数密度で欠陥を有するため、グラフェンの酸素濃度は0.3原子%以上30原子%以下である。このようなグラフェンはリチウムイオンを容易に透過させるため、電極や活物質表面を被覆しても、リチウムイオンの移動を妨げない。一方で、電極や活物質と電解液との反応を抑制できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウムイオン二次電池用の材料等、リチウムの透過性および導電性に優れたグラフェンあるいは複数層のグラフェンに関する。グラフェンとは、sp結合を有する1原子層の炭素分子のシートである。
【背景技術】
【0002】
グラフェンは高い導電率や移動度という優れた電気特性、柔軟性や機械的強度という物理的特性のためにさまざまな製品に応用することが試みられている(特許文献1乃至特許文献3参照)。また、グラフェンをリチウムイオン二次電池に応用する技術も提案されている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】米国特許公開第2011/0070146号公報
【特許文献2】米国特許公開第2009/0110627号公報
【特許文献3】米国特許公開第2007/0131915号公報
【特許文献4】米国特許公開第2010/0081057号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
グラフェンは高い導電率を持つことは知られているが、イオンを透過させる能力については不明な部分もある。本発明の一態様は、この問題を解決するためになされたもので、リチウムを透過させる能力と導電性を併せ持つグラフェンを有する電気機器を提供することを目的とする。そのほかに、本発明の一態様は、充放電特性の優れた蓄電装置を提供することを目的とする。あるいは、信頼性や長期あるいは繰り返しの使用にも耐える電気機器を提供することを目的とする。本発明は上記の課題のいずれかを解決する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様は、炭素原子と結合する酸素原子を有する欠陥の数密度が0.0001以上0.1以下(0.01%以上10%以下)であるグラフェンである。また、本発明の一態様は、酸素の濃度が0.3原子%以上30原子%以下であるグラフェンである。また、本発明の一態様は、上記のグラフェンを有する蓄電装置である。また、本発明の一態様は、上記のグラフェンを有する電気機器である。また、本発明の一態様は、上記のグラフェンで表面を被覆された電極や活物質である。
【発明の効果】
【0006】
一般にリチウムイオンはグラフェンを透過することができない。また、グラフェン中の炭素原子が1個抜けただけの状態(図1(A))でも、グラフェンを透過することは困難である。第一原理計算によると、図2に曲線Aで示すように、グラフェンの欠陥のポテンシャルは、グラフェン(の欠陥)とリチウムイオンの距離が0.2nm近辺で極小となるが、さらに小さくなると増加に転じる。グラフェンの欠陥にリチウムイオンが達するには3電子ボルト弱のエネルギーが必要となるため、現実的には、グラフェンから炭素が抜けただけの欠陥ではリチウムイオンは透過できない。
【0007】
これに対し、図1(B)のように炭素原子1個を抜き、さらに、その最近接の炭素原子3個を酸素原子3個に置換した欠陥では、図2に曲線Bで示すように、グラフェンの欠陥のポテンシャルの最大値は0電子ボルトであるため、この欠陥をリチウムイオンが通過することは容易となる。
【0008】
したがって、リチウムイオンがこのような欠陥を有するグラフェンを透過するのに要する時間は、主として、グラフェン面内にあるリチウムイオンが欠陥に到達する時間によって決定される。
【0009】
図3(A)に示すように、リチウムイオン103はグラフェン102の面内を移動し、欠陥104に到達すると、グラフェン102に接する電極101(蓄電装置であれば活物質)が負の電位の場合は下のグラフェンに移動する(電極101が正の電位の場合は上のグラフェンに移動する)。
【0010】
欠陥104を有するグラフェン102を移動するリチウムイオンが、面積aの欠陥104に到達するまでの時間は図3(B)のモデルをもとに以下のように算出される。時刻T=0において点Pにあるリチウムイオンは、時刻T=tにおいて、図3(B)の円105の中に存在する。ここで、円105の半径rは次式で表される。ここで、Dはリチウムイオンの拡散係数である。
【0011】
【数1】

【0012】
グラフェン102の単位面積あたりの欠陥104の数(欠陥の数密度)を1/Sとすると、リチウムイオンは次式を満たす時間tごとに1回、欠陥104に出会う可能性がある。
【0013】
【数2】

【0014】
欠陥104に到達した全てのリチウムイオンが欠陥104を透過すると、時刻T=tにリチウムイオンが欠陥104に到達する確率はa/Sであり、時刻T=tにリチウムイオンが欠陥104に到達していない確率は次式で表される。
【0015】
【数3】

【0016】
よって、時刻T=tにリチウムイオンがグラフェン102にない(欠陥104を透過している)確率は次式のようになる。
【0017】
【数4】

【0018】
欠陥104の数密度が十分に小さい場合には、次式のように近似できる。
【0019】
【数5】

【0020】
上記において、時刻T=tにリチウムイオンがグラフェン102にない(欠陥104を透過している)とすれば、P(t)=1である。したがって、tは次式で表される。
【0021】
【数6】

【0022】
グラフェン面でのリチウムイオンの拡散係数Dは、1×10−11cm/sであり、また、aは炭素原子1個分の面積である。上記のことより、1枚のグラフェンを透過するのに要する時間は、欠陥の数密度に依存し、図4(A)のようになる。また、1枚のグラフェンを透過するのに要する時間は、酸素濃度に依存し、図4(B)のようになる。例えば、10枚のグラフェンが重なった状態で、欠陥の数密度が0.1%であれば、1つのリチウムイオンがこのグラフェンの層を透過する時間はおよそ20秒である。
【0023】
当然のことながら、欠陥の数密度が多ければリチウムイオンが欠陥に到達する時間は短くなる。一方、このような欠陥を有するグラフェンは、機械的安定性に欠けることがあるため、欠陥の数密度あるいは酸素濃度には上記の上限がある。
【0024】
1次元方向の引っ張りや圧縮に対する機械的強度は、1次元方向でのC原子サイトに対する欠陥の割合によって決まると考えられる。グラフェンの1次元方向の強度の67%を確保するには、1次元方向でのC原子サイトに対する欠陥の割合を1/3にすれば良い。つまり、欠陥の炭素原子サイトに対する面密度としては1/9、つまりおおよそ10%以下にすればよい。
【0025】
上記のように欠陥を有するグラフェンを1層もしくは複数層、電極あるいは活物質表面に形成すると、リチウムイオンの移動はほとんど妨げられない。一方で、電極あるいは活物質表面と電解液やその他の物質との電気反応が抑制される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】グラフェンの欠陥を説明する図である。
【図2】欠陥のポテンシャルを説明する図である。
【図3】リチウムイオンの移動を説明する図である。
【図4】リチウムイオンがグラフェンを透過するのに要する時間を説明する図である。
【図5】コイン型の二次電池の構造を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、実施の形態について説明する。但し、実施の形態は多くの異なる態様で実施することが可能であり、趣旨およびその範囲から逸脱することなくその形態および詳細を様々に変更し得ることは当業者であれば容易に理解される。従って、本発明は、以下の実施の形態の記載内容に限定して解釈されるものではない。
【0028】
(実施の形態1)
本実施の形態では、シリコン粒子の表面に1枚以上50枚以下のグラフェンの層よりなるカーボン膜を形成する例について説明する。最初に、グラファイトを酸化して、酸化グラファイトを作製し、これに超音波振動を加えることで酸化グラフェンを得る。詳細は特許文献2を参照すればよい。また、市販の酸化グラフェンを利用してもよい。
【0029】
次に、酸化グラフェンとシリコン粒子を混合する。酸化グラフェンの割合は、全体の1重量%乃至15重量%、好ましくは1重量%乃至5重量%とするとよい。さらに、真空中あるいは不活性ガス(窒素あるいは希ガス等)中等の還元性の雰囲気で150℃、好ましくは200℃以上の温度で加熱する。加熱する温度が高いほど、酸化グラフェンがよく還元され、純度の高い(すなわち、炭素以外の元素の濃度の低い)グラフェンが得られる。なお、酸化グラフェンは150℃で還元されることがわかっている。
【0030】
なお、得られるグラフェンの電子伝導性を高めるためには、高温での処理が好ましい。例えば、加熱温度100℃(1時間)では多層グラフェンの抵抗率は240MΩcm程度であるが、加熱温度200℃(1時間)では4kΩcmとなり、300℃(1時間)では2.8Ωcmとなる。
【0031】
このようにしてシリコン粒子の表面に形成された酸化グラフェンは還元され、グラフェンの層よりなるカーボン膜となる。その際、隣接するグラフェン同士が結合し、より巨大な網目状あるはシート状のネットワークを形成する。このようにして形成されたカーボン膜は、上記で説明したような数密度の欠陥があるため、リチウムイオンが透過する。
【0032】
以上の処理を経たシリコン粒子を適切な溶媒(水やクロロホルムやN,N−dimethylformamide(DMF)やN−methylpyrrolidone(NMP)等の極性溶媒が好ましい)に分散させスラリーを得る。このスラリーを用いて二次電池を作製できる。
【0033】
図5はコイン型の二次電池の構造を示す模式図である。図5に示すように、コイン型の二次電池は、負極204、正極232、セパレータ210、電解液(図示せず)、筐体206および筐体244を有する。このほかにはリング状絶縁体220、スペーサー240およびワッシャー242を有する。
【0034】
負極204は、負極集電体200上に負極活物質層202を有する。負極集電体200としては、例えば銅を用いるとよい。負極活物質としては、上記スラリー単独、あるいはバインダーで混合したものを負極活物質層202として用いるとよい。
【0035】
正極集電体228の材料としては、アルミニウムを用いるとよい。正極活物質層230は、正極活物質の粒子をバインダーや導電助剤ともに混合したスラリーを正極集電体228上に塗布して、乾燥させたものを用いればよい。
【0036】
正極活物質の材料としては、コバルト酸リチウム、リン酸鉄リチウム、リン酸マンガンリチウム、珪酸マンガンリチウム、珪酸鉄リチウム等を用いることができるが、これに限らない。活物質粒子の粒径は20nm乃至100nmとするとよい。また、焼成時にグルコース等の炭水化物を混合して、正極活物質粒子にカーボンがコーティングされるようにしてもよい。この処理により導電性が高まる。
【0037】
電解液としては、エチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)の混合溶媒にLiPFを溶解させたものを用いるとよいが、これに限られない。
【0038】
セパレータ210には、空孔が設けられた絶縁体(例えば、ポリプロピレン)を用いてもよいが、リチウムイオンを透過させる固体電解質を用いてもよい。
【0039】
筐体206、筐体244、スペーサー240およびワッシャー242は、金属(例えば、ステンレス)製のものを用いるとよい。筐体206および筐体244は、負極204および正極232を外部と電気的に接続する機能を有している。
【0040】
これら負極204、正極232およびセパレータ210を電解液に含浸させ、図5に示すように、筐体206を下にして負極204、セパレータ210、リング状絶縁体220、正極232、スペーサー240、ワッシャー242、筐体244をこの順で積層し、筐体206と筐体244とを圧着してコイン型の二次電池を作製する。
【0041】
(実施の形態2)
本実施の形態では、集電体上に形成されたシリコン活物質層の表面に1枚以上50枚以下のグラフェンの層よりなるカーボン膜を形成する例について説明する。最初に、酸化グラフェンを水やNMP等の溶媒に分散させる。溶媒は極性溶媒であることが好ましい。グラフェンの濃度は1リットル当たり0.1g乃至10gとすればよい。
【0042】
この溶液にシリコン活物質層を集電体ごと浸漬し、これを引き上げた後、乾燥させる。さらに、真空中あるいは不活性ガス(窒素あるいは希ガス等)中等の還元性の雰囲気で200℃以上の温度で加熱する。以上の工程により、シリコン活物質層表面に1枚以上50枚以下のグラフェンの層よりなるカーボン膜を形成することができる。このようにして形成されたカーボン膜は、上記で説明したような数密度の欠陥があるため、リチウムイオンが透過する。
【0043】
なお、このようにして一度、カーボン膜を形成した後、もう一度、同じ処理を繰り返して、さらに同様に1枚以上50枚以下のグラフェンの層よりなるカーボン膜を形成してもよい。同じことを3回以上繰り返してもよい。このように多層のカーボン膜を形成するとカーボン膜の強度が高くなる。
【0044】
なお、一度に厚いカーボン膜を形成する場合には、カーボン膜のsp結合の向きに乱雑さが生じ、カーボン膜の強度が厚さに比例しなくなるが、このように何度かに分けてカーボン膜を形成する場合には、カーボン膜のsp結合が概略シリコンの表面と平行であるため、厚くするほどカーボン膜の強度が増す。
【0045】
(実施の形態3)
本実施の形態では、集電体上に形成されたシリコン活物質層の表面に1枚以上50枚以下のグラフェンの層よりなるカーボン膜を形成する別の例について説明する。実施の形態2と同様に、酸化グラフェンを水やNMP等の溶媒に分散させる。グラフェンの濃度は1リットル当たり0.1g乃至10gとすればよい。
【0046】
酸化グラフェンを分散させた溶液にシリコン活物質層が形成された集電体を入れ、これを正極とする。また、溶液に負極となる導電体を入れ、正極と負極の間に適切な電圧(例えば、5V乃至20V)を加える。酸化グラフェンは、ある大きさのグラフェンシートの端の一部がカルボキシル基(−COOH)で終端されているため、水等の溶液中では、カルボキシル基から水素イオンが離脱し、酸化グラフェン自体は負に帯電する。そのため、陽極に引き寄せられ、付着する。なお、この際、電圧は一定でなくてもよい。正極と負極の間を流れる電荷量を測定することで、シリコン活物質層に付着した酸化グラフェンの層の厚さを見積もることができる。
【0047】
必要な厚さの酸化グラフェンが得られたら、集電体を溶液から引き上げ、乾燥させる。さらに、真空中あるいは不活性ガス(窒素あるいは希ガス等)中等の還元性の雰囲気で200℃以上の温度で加熱する。このようにしてシリコン活物質の表面に形成された酸化グラフェンは還元され、グラフェンとなる。その際、隣接するグラフェン同士が結合し、より巨大な網目状あるはシート状のネットワークを形成する。
【0048】
上記のように形成されたグラフェンは、シリコン活物質に凹凸があっても、その凹部にも凸部にもほぼ均一な厚さで形成される。このようにして、シリコン活物質層の表面に1枚以上50枚以下のグラフェンの層よりなるカーボン膜を形成することができる。このようにして形成されたカーボン膜は、上記で説明したような数密度の欠陥があるため、リチウムイオンが透過する。
【0049】
なお、このようにカーボン膜を形成した後に、本実施の形態の方法によるカーボン膜の形成や、実施の形態2の方法によるカーボン膜の形成を1回以上おこなってもよい。
【符号の説明】
【0050】
101 電極
102 グラフェン
103 リチウムイオン
104 欠陥
105 円
200 負極集電体
202 負極活物質層
204 負極
206 筐体
210 セパレータ
220 リング状絶縁体
228 正極集電体
230 正極活物質層
232 正極
240 スペーサー
242 ワッシャー
244 筐体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素原子と結合する酸素原子を有する欠陥の数密度が0.0001以上0.1以下であるグラフェン。
【請求項2】
酸素濃度が0.3原子%以上30原子%以下であるグラフェン。
【請求項3】
請求項1あるいは請求項2記載のグラフェンを有する蓄電装置。
【請求項4】
請求項1あるいは請求項2記載のグラフェンを有する電気機器。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図1】
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【公開番号】特開2012−250880(P2012−250880A)
【公開日】平成24年12月20日(2012.12.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−125484(P2011−125484)
【出願日】平成23年6月3日(2011.6.3)
【出願人】(000153878)株式会社半導体エネルギー研究所 (5,264)
【Fターム(参考)】