説明

グリース組成物およびグリース封入軸受

【課題】低摩擦、低粘化を図りながら、高温耐久性をより高めることができるグリース組成物、およびこのグリースを封入したグリース封入軸受を提供する。
【解決手段】基油と、増ちょう剤と、添加剤とを含むグリース組成物であって、上記基油は、カチオン成分とアニオン成分とからなるイオン性液体を含んでなり、上記添加剤は亜硝酸塩、モリブデン酸塩、二塩基酸塩等の腐食抑制剤を含有し、上記増ちょう剤は、ポリテトラフルオロエチレン樹脂などのフッ素系樹脂である。グリース封入軸受は、上記グリース組成物7が少なくとも転動体4の周囲に封入される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グリース組成物および該グリース封入軸受に関し、特にイオン性液体を基油に含むグリース組成物および該グリース封入軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
軸受用潤滑剤として、一般的に潤滑油またはグリースが多用されている。これらの潤滑油またはグリースの主成分となる基油としては、鉱物油やポリ-α-オレフィン油、エステル油、シリコーン油、フッ素油などの合成油を挙げることができる。近年、省エネルギーの観点から軸受などに用いられる潤滑油またはグリースについては低摩擦、低粘化の要求が高まっている。また、自動車の電装品等に用いられる軸受については小型化、高性能化の要求に伴い、軸受に封入される潤滑剤に対し高温耐久性向上の要求が高まっている。
【0003】
この要求に対し解決の可能性を示唆する技術として、例えば導電性付与剤としてイオン性液体を添加した潤滑剤を用いた流体軸受装置(特許文献1参照)や、イオン性液体を含んでなる基油と、増ちょう剤とからなるグリース組成物(特許文献2参照)が知られている。これらは常温溶融塩であるイオン性液体が、様々な有機イオンの組合せによって低粘度であることを利用したものである。
【0004】
しかしながら、特許文献1には潤滑剤が導電性付与添加剤であるイオン性液体を含有することにより回転部位に静電気が蓄積することなく、高速回転等の使用条件下でも安定かつ低トルク損失を実現できると記載されてはいるものの、イオン性液体を含有することによる潤滑剤の低粘化効果や高温耐久性の向上効果等については不明である。また、特許文献2についてもイオン性液体を用いて潤滑剤の低粘化が図られているものの、イオン性液体による軸受鋼の腐食が進行しやすくなると予想され、この潤滑剤を用いた軸受の高温耐久性をより高めるには十分ではない。
【特許文献1】特開2004−183868号公報
【特許文献2】特開2006−249368号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明はこのような問題に対処するためになされたものであり、低摩擦、低粘化を図りながら、高温耐久性をより高めることができるグリース組成物、およびこのグリースを封入したグリース封入軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明のグリース組成物は、基油と、増ちょう剤と、添加剤とを含むグリース組成物であって、上記基油は、カチオン成分とアニオン成分とからなるイオン性液体を含んでなり、上記添加剤は腐食抑制剤を含有することを特徴とする。
【0007】
上記腐食抑制剤は、亜硝酸塩、モリブデン酸塩、二塩基酸塩から選ばれた少なくとも一つを含有することを特徴とする。また、上記腐食抑制剤は、亜硝酸ナトリウム、モリブデン酸ナトリウム、セバシン酸ナトリウムから選ばれた少なくとも一つを含有することを特徴とする。
【0008】
上記腐食抑制剤は、上記基油と上記増ちょう剤との合計量に対して 0.1〜29 重量%含有されることを特徴とする。
【0009】
上記イオン性液体は、40℃における動粘度が 100 mm2/sec 以下であり、上記カチオン成分はイミダゾリウムカチオンであり、上記アニオン成分はビス-トリフルオロメチルスルホニル-イミドアニオンであることを特徴とする。
【0010】
上記増ちょう剤は、フッ素系樹脂を含有することを特徴とする。また、上記フッ素系樹脂はポリテトラフルオロエチレン(以下、PTFEと記す)樹脂であることを特徴とする。
【0011】
本発明のグリース封入軸受は、上記グリース組成物が封入されてなるグリース封入軸受であることを特徴とする。また、上記グリース封入軸受は、モータ、オルタネータ、コンプレッサ、ファンクラッチに使用される軸受であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明のグリース組成物は、基油と、増ちょう剤と、添加剤とを含み、上記基油は、カチオン成分とアニオン成分とからなるイオン性液体を含んでなり、上記添加剤は、亜硝酸塩、モリブデン酸塩、二塩基酸塩などの腐食抑制剤を含有するので、低摩擦、低粘化を図れるとともに、高温時の該グリース組成物による軸受鋼などの腐食を防止できる。
【0013】
さらに、増ちょう剤として、PTFE樹脂を用いることにより、イオン性液体を含む基油の増ちょう性に優れるとともに、高温耐久性を向上できる。
【0014】
本発明のグリース封入軸受は、上記グリースを封入してなるので、軸受の低トルク化が図れ、かつ、軸受高温耐久性を向上させることができる。このため、高温、高速回転で使用されるモータ、オルタネータ、コンプレッサ、ファンクラッチの軸受として好適に利用できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
イオン性液体を含む基油を用いたグリースを軸受に封入する際において、軸受の高温耐久性をより高めるべく鋭意検討を行なった結果、亜硝酸塩、モリブデン酸塩、二塩基酸塩などの腐食防止剤を併用することで、軸受の高温耐久性を大幅に向上できることがわかった。この原因は現在特定できていないが、イオン性液体と鋼との高温での反応で、腐食生成物が生成されることを抑制できるためであると考えられる。本発明はこのような知見に基づくものである。
【0016】
本発明のグリース組成物に使用できる基油は、イオン性液体を含む基油である。イオン性液体とは、カチオン成分とアニオン成分とからなるイオン結合性化合物であるにもかかわらず室温付近で液体となる物質をいう。基油としてイオン性液体とその他の油とを併用する場合、耐熱性を維持するために、イオン性液体を基油全体に対して 50 重量%以上とすることが好ましい。
【0017】
本発明で使用できるイオン性液体のカチオン成分としては、脂肪族アミンカチオン(下記の化1参照)、脂環式アミンカチオン(下記の化2参照)、イミダゾリウムカチオン(下記の化3参照)、ピリジンカチオン(下記の化4参照)等が挙げられる。これらの中で耐熱性と低温流動性と環境適合性に優れることから、イミダゾリウムカチオンを用いることが好ましい。化1〜化4においてRはアルキル基またはアルコキシ基を示す。
【0018】
化1〜化4においてアニオン成分(X- )としては、ハロゲン化物イオン、SCN-、BF4-、ClO4-、PF6-、(CF3SO22-、(CF3CF2SO22-、CF3SO3-、CF3COO-、Ph4-、(CF3SO23- 、PF3(C253- 等が挙げられる。これらの中で耐熱性と低温流動性と環境適合性に優れることから、(CF3SO22-(ビス-トリフルオロメチルスルホニル-イミドアニオン)を用いることが好ましい。
【0019】
【化1】

【0020】
【化2】

【0021】
【化3】

【0022】
【化4】

【0023】
本発明において基油は、40℃における動粘度が 100 mm2/sec 以下であることが好ましい。100 mm2/sec をこえるとグリースの十分な低粘化が図れなくなる。基油としてイオン性液体のみを用いる場合、イオン性液体を単独または 2 種類以上組み合わせて上記範囲に調節できる。
【0024】
本発明のグリース組成物に使用できる増ちょう剤としては、リチウム石けん、リチウムコンプレックス石けん、力ルシウム石けん、カルシウムコンプレックス石けん、アルミニウム石けん、アルミニウムコンプレックス石けん等の石けん類、ジウレア化合物、ポリウレア化合物等のウレア系化合物、PTFE樹脂、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)樹脂、テトラフルオロエチレン−ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)樹脂などのフッ素系樹脂等を挙げることができる。
【0025】
これらの中で、高温化でのグリースの性状変化を抑えるために耐熱性の良好なフッ素系樹脂を用いることが好ましく、フッ素系樹脂の中でも基油であるイオン性液体の増ちょう性に優れたPTFE樹脂を用いることが特に好ましい。
【0026】
本発明において増ちょう剤は、グリース組成物全体に対して、3〜70 重量%含有させることが好ましい。より好ましくは 5〜60 重量%である。増ちょう剤の含有量が 3 重量%未満では、増ちょう効果が少なくなることでグリース化が困難となり、70 重量%をこえると得られたグリースが硬くなりすぎ、所定の効果が得られにくくなる。
【0027】
本発明に使用できる腐食抑制剤としては、亜硝酸塩、モリブデン酸塩、二塩基酸塩等を用いることが好ましい。また、二塩基酸塩としてはアジピン酸塩、スペリン酸塩、ピメリン酸塩、アゼライン酸塩、セバシン酸塩等が挙げられる。二塩基酸塩の中ではセバシン酸塩がより好ましい。これらの塩の代表的なものとしてカリウム塩、ナトリウム塩、リチウム塩などが挙げられる。これらの中ではナトリウム塩を用いることが特に好ましい。
【0028】
本発明に使用できる腐食抑制剤の配合量は、基油と増ちょう剤との合計量に対してに対して 0.1〜29 重量%、好ましくは 1〜20 重量%である。0.1 重量%未満の場合には効果は期待できない。また、29 重量%をこえる場合には効果は頭打ちになりコスト的に不利になる。
【0029】
本発明のグリース組成物には、必要に応じて従来から一般に使用されている極圧剤、油性剤等の各種添加剤を配合することができる。
【0030】
本発明のグリース封入軸受を図面に基づいて説明する。図1は本発明のグリース組成物が封入されている深溝玉軸受の断面図である。深溝玉軸受1は、外周面に内輪転走面2aを有する内輪2と内周面に外輪転走面3aを有する外輪3とが同心に配置され、内輪転走面2aと外輪転走面3aとの間に複数個の転動体4が配置される。この複数個の転動体4を保持する保持器5が設けられている。外輪3等に固定されるシール部材6が、内輪2および外輪3の軸方向両端開口部8a、8bにそれぞれ設けられている。少なくとも転動体4の周囲にグリース組成物7が封入される。グリース組成物7は、上述の本発明のグリース組成物である。
【0031】
以下に、実施例および比較例を挙げて本発明をさらに説明するが、本発明は、これによって何ら制限されるものではない。
【0032】
実施例1〜実施例3
表1に示す配合割合で、基油と、増ちょう剤と、腐食抑制剤とを用いてグリース組成物を得た。基油であるイオン性液体はカチオン成分を1-オクチル-3-メチルイミダゾリウムカチオン、アニオン成分をビス-トリフルオロメチルスルホニル-イミドアニオンとするメルク社製:1-オクチル-3-メチルイミダゾリウム-ビス-トリフルオロメチルスルホニル-イミド(下記の化5に示すもの;表1にはOMI−TFSIと記す)を用いた。得られたグリース組成物を供試グリースとして以下に示す高温高速グリース寿命試験に供し、高温高速グリース寿命時間を測定した。結果を表1に併記する。
【化5】

【0033】
<高温高速グリース寿命試験>
得られた供試グリースを転がり軸受6204(内径 20 mm×外径 47 mm×厚さ 14 mm )に全空間容積の 38%封入し、アキシアル荷重 67 N とラジアル荷重 67 N の下で、軸受温度 180℃、10000 rpm の回転速度で回転させ、焼き付きに至るまでの時間を高温高速グリース寿命時間として測定した。
【0034】
実施例4、実施例6〜実施例10および比較例7
表1に示す配合割合で、基油と、増ちょう剤と、腐食抑制剤とを用いてグリース組成物を得た。基油であるイオン性液体はカチオン成分を1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムカチオン、アニオン成分をビス-トリフルオロメチルスルホニル-イミドアニオンとするメルク社製:1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウム-ビス-トリフルオロメチルスルホニル-イミド(下記の化6に示すもの;表1にはHMI−TFSIと記す)を用いた。得られたグリース組成物を供試グリースとして上述の高温高速グリース寿命試験に供し、高温高速グリース寿命時間を測定した。結果を表1に併記する。
【化6】

【0035】
実施例5
表1に示す配合割合で、基油と、増ちょう剤と、腐食抑制剤とを用いてグリース組成物を得た。基油であるイオン性液体はカチオン成分を1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムカチオン、アニオン成分をトリフルオロ-トリ(ペンタフルオロエチル)フォスファイドアニオンとするメルク社製:1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウム-トリ(ペンタフルオロエチル)-トリフルオロフォスファイド(下記の化7に示すもの;表1にはHMI−(C253PF3- と記す)を用いた。得られたグリース組成物を供試グリースとして上述の高温高速グリース寿命試験に供し、高温高速グリース寿命時間を測定した。結果を表1に併記する。
【化7】

【0036】
比較例1〜比較例2
表1に示す配合割合で、イオン性液体を含まない基油と、ウレア系増ちょう剤とを用いてグリース組成物を得た。得られたグリース組成物を供試グリースとして上述の高温高速グリース寿命試験に供し、高温高速グリース寿命時間を測定した。結果を表1に併記する。
【0037】
比較例3
腐食抑制剤を用いなかったこと以外は、実施例1と同様に処理して、グリース組成物を得た。得られたグリース組成物を供試グリースとして上述の高温高速グリース寿命試験に供し、高温高速グリース寿命時間を測定した。結果を表1に併記する。
【0038】
比較例4
腐食抑制剤を用いなかったこと以外は、実施例5と同様に処理して、グリース組成物を得た。得られたグリース組成物を供試グリースとして上述の高温高速グリース寿命試験に供し、高温高速グリース寿命時間を測定した。結果を表1に併記する。
【0039】
比較例5
腐食抑制剤を用いなかったこと以外は、実施例4と同様に処理して、グリース組成物を得た。得られたグリース組成物を供試グリースとして上述の高温高速グリース寿命試験に供し、高温高速グリース寿命時間を測定した。結果を表1に併記する。
【0040】
比較例6
表1に示す配合割合で、基油と、ウレア系増ちょう剤とを用いてグリース組成物を得た。基油であるイオン性液体はカチオン成分を1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウムカチオン、アニオン成分をビス-トリフルオロメチルスルホニル-イミドアニオンとするメルク社製:1-ヘキシル-3-メチルイミダゾリウム-ビス-トリフルオロメチルスルホニル-イミド(上記の化6に示すもの;表1にはHMI−TFSIと記す)を用いた。得られたグリース組成物を供試グリースとして上述の高温高速グリース寿命試験に供し、高温高速グリース寿命時間を測定した。結果を表1に併記する。
【0041】
【表1】

【0042】
表1に示すように実施例1〜実施例10は、高温、高速回転を伴う軸受などの潤滑剤に有用であることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明のグリース組成物は、低摩擦、低粘化を図りながら、高温耐久性をより高めることができるので、高温、高速回転を伴う軸受などの潤滑剤として好適に利用できる。また、本発明のグリース封入軸受はモータ、オルタネータ、コンプレッサなどの電装品などに好適に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明のグリース封入軸受の例を示す深溝玉軸受の断面図である。
【符号の説明】
【0045】
1 グリース封入軸受(転がり軸受)
2 内輪
3 外輪
4 転動体
5 保持器
6 シール部材
7 グリース組成物
8a、8b 開口部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基油と、増ちょう剤と、添加剤とを含むグリース組成物であって、前記基油は、カチオン成分とアニオン成分とからなるイオン性液体を含んでなり、前記添加剤は腐食抑制剤を含有することを特徴とするグリース組成物。
【請求項2】
前記腐食抑制剤は、亜硝酸塩、モリブデン酸塩、二塩基酸塩から選ばれた少なくとも一つを含有することを特徴とする請求項1記載のグリース組成物。
【請求項3】
前記腐食抑制剤は、亜硝酸ナトリウム、モリブデン酸ナトリウム、セバシン酸ナトリウムから選ばれた少なくとも一つを含有することを特徴とする請求項2記載のグリース組成物。
【請求項4】
前記腐食抑制剤は、前記基油と前記増ちょう剤との合計量に対して 0.1〜29 重量%含有されることを特徴とする請求項1、請求項2または請求項3記載のグリース組成物。
【請求項5】
前記イオン性液体は、40℃における動粘度が 100 mm2/sec 以下であり、前記カチオン成分はイミダゾリウムカチオンであり、前記アニオン成分はビス-トリフルオロメチルスルホニル-イミドアニオンであることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか一項記載のグリース組成物。
【請求項6】
前記増ちょう剤は、フッ素系樹脂を含有することを特徴とする請求項1ないし請求項5のいずれか一項記載のグリース組成物。
【請求項7】
前記フッ素系樹脂は、ポリテトラフルオロエチレン樹脂であることを特徴とする請求項6記載のグリース組成物。
【請求項8】
グリース組成物が封入されてなるグリース封入軸受であって、前記グリース組成物が請求項1ないし請求項7のいずれか一項記載のグリース組成物であることを特徴とするグリース封入軸受。
【請求項9】
前記グリース封入軸受は、モータ、オルタネータ、コンプレッサ、ファンクラッチに使用される軸受であることを特徴とする請求項8記載のグリース封入軸受。

【図1】
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【公開番号】特開2009−249585(P2009−249585A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−102088(P2008−102088)
【出願日】平成20年4月10日(2008.4.10)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】