説明

グルタミン合成酵素遺伝子、該遺伝子の発現が増強された納豆菌、及び該納豆菌を用いて製造されたアンモニア含量低下納豆

【課題】納豆の発酵は充分に行えて品質の良好な納豆を製造でき、かつ、アンモニアの生産性が低下してアンモニア臭が少ない納豆を製造できる納豆菌を育種開発し、その納豆菌を用いて納豆を生産することにより、アンモニア臭が低下した品質の良好な納豆を生産する方法を提供すること。
【解決手段】納豆菌のグルタミン合成酵素遺伝子を分離同定し、該遺伝子の発現を増強してグルタミン合成酵素の活性を増大させた納豆菌を取得し、好ましくは0.01ユニット/mg蛋白質以上にまで該酵素活性が増大した納豆菌を開発し、該納豆菌を用いて納豆を製造することにより、アンモニア含量が50ppm未満のアンモニア臭が低下した目的の納豆を製造する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は納豆のアンモニア臭の原因物質であるアンモニア低生産性納豆菌とその菌を用いて製造されるアンモニア臭の少ない納豆に関する。さらに詳しくは、グルタミン合成酵素活性が増強されたアンモニア低生産性納豆菌、ならびに該納豆菌を用いて生産されるアンモニア含量が低下したアンモニア臭の少ない納豆に関する。
【背景技術】
【0002】
納豆は大豆を原料に納豆菌による発酵を行って生産され、納豆菌がつくる粘質物と共に、その特有の臭いに特徴のある食品である。
【0003】
納豆中には、ピラジン類、アセトイン、ジアセチル、酢酸、プロピオン酸、短鎖分岐脂肪酸(イソ酪酸、イソ吉草酸、2メチル酪酸)、アンモニアなどを中心とした種々の揮発性成分が含有されていることが知られているが(例えば、非特許文献1参照)、これらの内のピラジン類、ジアセチルなどは、納豆好きの消費者に好まれるいわゆる納豆臭の主成分であるといわれている。
【0004】
その一方で、いわゆるアンモニア臭やムレ臭は代表的な不快臭であるといわれており、なるべくこれらの不快臭の原因となる物質の含量の低い納豆を開発することができれば、納豆の品質を向上させることができると期待できる。
【0005】
このような観点から、不快臭の一つであるアンモンニア臭を抑制する方法としては、発酵中や保存中にアンモニアをあまり生産しないように改良した納豆菌を開発し、その納豆菌を使用して納豆を生産しようとする試みが多くなされてきているが、これらの殆どは納豆菌が本来保有するプロテアーゼ活性を低下させた納豆菌を開発して納豆を生産する方法であった(例えば、特許文献1参照)。
【0006】
しかし、納豆菌のプロテアーゼ活性は納豆発酵工程における重要な役割を果たすものであり、プロテアーゼ活性を低下させた納豆菌を用いた場合は、十分な発酵が行われず、未熟な納豆となってしまうきらいがあった。
【0007】
なお、このような欠点を改良すべく、発酵中には充分なプロテアーゼ活性を発揮させ、発酵後半以降のみプロテアーゼ活性を低下させることができる納豆菌も開発されているが、このような納豆菌を用いても納豆中のアンモニア量を十分低下させることが難しくアンモニア臭を充分に低下させることができない傾向があった(例えば、特許文献2参照)。
【0008】
すなわち、納豆の発酵は充分に行えるが、一方でアンモニア臭が少ない納豆を製造しうる納豆菌の開発が求められていた。
【非特許文献1】日本食品工業学会誌、31巻、p.587−595、1984年
【特許文献1】特開平6−269281号公報
【特許文献2】特開平8−275772号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、納豆の発酵は充分に行えて品質の良好な納豆を製造でき、かつ、アンモニアの生産性が低下してアンモニア臭が少ない納豆を製造できる納豆菌を育種開発し、その納豆菌を用いて納豆を生産することにより、アンモニア臭が低下した品質の良好な納豆を生産する方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、納豆菌のアンモニア生産機構について鋭意検討を重ねた結果、一旦生成されたアンモニアを再び消費することにより納豆中のアンモニア含量を低下できることに着目し、納豆菌のグルタミン合成酵素遺伝子を分離同定し、該遺伝子の発現を増強してグルタミン合成酵素の活性を増大させることにより目的の納豆菌を開発できることを見出して、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、請求項1に記載の本発明は、配列表の配列番号1に記載の塩基配列の内、塩基番号61〜1395の塩基配列からなるグルタミン合成酵素をコードする塩基配列を含むDNAに関する。
【0012】
また、請求項2に記載の本発明は、配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列を有するグルタミン合成酵素に関する。
【0013】
また、請求項3に記載の本発明は、グルタミン合成酵素遺伝子の発現が増強されたことを特徴とする納豆菌に関する。
さらに、請求項4に記載の本発明は、グルタミン合成酵素遺伝子が、配列表の配列番号1に記載の塩基配列の内、塩基番号61〜1395の塩基配列からなるグルタミン合成酵素をコードする塩基配列であることを特徴とする請求項3に記載の納豆菌に関する。
【0014】
さらに、請求項5に記載の本発明は、請求項3〜請求項4のいずれか1項に記載の納豆菌が、バシルス・サチリス(Bacillus subtilis) glnAh2 (FERM BP−10446)であることを特徴とする同項記載の納豆菌に関する。
【0015】
さらに、請求項6に記載の本発明は、グルタミン合成酵素活性が0.01ユニット/mg蛋白質以上であることを特徴とする請求項3〜請求項5のいずれか1項に記載の納豆菌に関する。
【0016】
さらに、請求項7に記載の本発明は、請求項3〜請求項6のいずれか1項に記載の納豆菌を用いて製造されたことを特徴とする納豆に関する。
【0017】
さらにまた、請求項8に記載の本発明は、アンモニア含量が50ppm未満であることを特徴とする請求項7に記載の納豆に関する。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、 納豆の不快臭のひとつであるアンモニア臭の原因物質であるアンモニアの生産量が非常に低い納豆菌を育種開発する方法が提供され、その方法により開発されたアンモニア低生産性納豆菌を用いて納豆を生産することによりアンモニア含量が非常に低くアンモニア臭が著しく少ない納豆が製造可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0020】
本発明で育種改良に用いる元の納豆菌には特に制限はないが、通常、納豆工業で使用されている発酵能力に優れた納豆菌や、自然界から分離取得された納豆菌、およびさらに改良を重ねた優れた納豆菌を用いるのが望ましい。
【0021】
納豆菌は、枯草菌バシルス・サチリス(Bacillus subtilis)に分類されているが、大豆などの豆類を発酵して、粘質物(糸引物質)などの納豆としての特徴をつくり出すことができ、納豆発酵での主体をなす細菌であって、また生育にビオチンを要求するとされるなどの特性を有していることなどから、バシルス・ナットウ(Bacillus natto)として分類されたり、枯草菌の変種としてBacillus subtilis var. nattoあるいはBacillus subtilis(natto)などと、枯草菌と区別して分類する場合もある。
【0022】
納豆菌としては、Bacillus natto IFO3009株、Bacillus subtilis IFO3335株、同IFO3336株、同IFO3936株、同IFO13169株などがあるほか、各種の納豆菌が広く使用できる。
【0023】
具体的には、市販納豆から分離したO−2株や該株の形質転換効率向上性変異株であるr22株(例えば、特開2000−224982号公報参照)が挙げられ、また市販の納豆種菌である高橋菌(T3株、東京農業大学菌株保存室)や宮城野菌(宮城野納豆製作所)など各種の納豆菌が適宜使用可能である。
【0024】
本発明は、グルタミン合成酵素活性を増大させた納豆菌を育種することにより、アンモニアを生産しない納豆菌を取得するものであり、育種の方法のひとつとしては、グルタミン合成酵素遺伝子(以下、glnAと称する場合もある。)を多コピー数ベクターに連結して納豆菌に導入する遺伝子組換え法による方法がある。
【0025】
また、このような遺伝子組換え法を納豆菌で利用するには、納豆菌への遺伝子導入のための形質転換系が必要であるが、本発明では、形質転換能が向上した納豆菌を利用した実用的なレベルの形質転換系を利用してプラスミドベクターを納豆菌に効率良く導入し、目的の育種をすることが出来たのである。
【0026】
また、納豆菌の遺伝子組換え系の一つとしては、ファージベクターを利用した形質導入法(例えば、「アプライド・アンド・エンバイロメンタル・マイクロバイオロジー(Appl. Environ. Microbiol.)」、63巻、p.4087−4089、1997年参照)が既に開発されており、本発明ではこのような方法も利用される。
【0027】
また、例えばpHY300PLKなどの多コピー数プラスミドベクターに対して当該グルタミン合成酵素遺伝子を連結した後、既存の形質転換法(例えば、「フェムス・マイクロバイオロジー・レター(FEMS Microbiol. Lett.)」、236巻、p.13−20、2004年参照)を利用して納豆菌に導入して、当該グルタミン合成酵素を高発現させることにより、グルタミン合成酵素活性を増大させる方法も有効である。
【0028】
さらに、本発明においては、グルタミン合成酵素遺伝子の上流域にあるプロモーター領域を、遺伝子組換えや自然変異などによって高発現化することも有効である。
【0029】
なお、上記のような遺伝子組換え技術以外によっても、すなわち、既に目的遺伝子の発現が増強され、酵素活性が増大している納豆菌を自然界から選抜するいわゆるスクリーニング法や、薬剤変異法や紫外線照射変異法などの突然変異処理によってこれらの遺伝子の発現を増大させるなどの、従来から実施されているような他の方法によっても育種が可能である。
【0030】
このようにして開発された納豆菌の納豆生産への利用は、従来から実施されている方法を採用すれば良く、何ら制限がない。
【0031】
例えば、納豆は丸大豆を原料として製造されたいわゆる丸大豆納豆が一般的であるが、一部には予め挽割った大豆を原料とする挽割り納豆もある。
【0032】
丸大豆納豆の製造方法は、一般に原料である丸大豆を冷水に十数時間浸漬した後、蒸煮釜で加圧蒸気を用いて加圧蒸煮(1.5〜2Kg/cm2・128〜133℃)して得られた蒸煮大豆に対して、高温状態(70〜100℃)で納豆菌を接種し混合した後、所定の容器に充填してから発酵室に搬入して比較的高温度(40〜55℃程度)で所定時間(12〜48時間程度)発酵させた後、5℃前後で冷蔵熟成(12〜72時間程度)して完成させるのが一般的である。
【0033】
また、挽割り納豆の場合は、予め挽割った大豆を水に浸漬する以外は、通常の丸大豆納豆の場合と同様の方法で製造される。
【0034】
このような従来の納豆の製造方法において、本発明では発酵工程で用いる納豆菌を、前記方法によって育種改良したアンモニア低生産性納豆菌に代えて使用することによって製造される。
【0035】
このようにしてアンモニア低生産性納豆菌を用いて生産した納豆と、従来から利用されている通常の納豆菌を用いた納豆とを比較すると、アンモニア低生産性納豆菌で製造した納豆は、アンモニアをほとんど含有しておらず、いわゆるアンモニア臭がほとんどないことが確認されている。
【0036】
なお、アンモニア臭を感ずる閾値の濃度は、個人差があり一概には決められないが、納豆の香りに敏感なパネラーを用いてアンモニア臭を感じる濃度を調査した場合は50ppm以上となると明確にアンモニア臭を感じる結果が得られたことから、50ppm程度であると言える。
【0037】
従って、アンモニア濃度は50ppm未満とすることが望ましく、アンモニア濃度を50ppm未満とするためには、本発明では、通常の納豆菌に比べて有意にグルタミン合成酵素活性が上昇した納豆菌が必要となるため、通常菌に比べて10倍程度以上のグルタミン合成酵素活性が検出されるような納豆菌を開発する必要がある。
【0038】
本発明は、上記目的を達成するためになされたものであって、本発明によれば、例えば実施例に記載したように、遺伝子組換え技術によってグルタミン合成酵素遺伝子自体(構造遺伝子自体)についてその発現が増強された遺伝子を新規に作成し、これを納豆菌に導入して、グルタミン合成酵素遺伝子の発現が増強された新規納豆菌の育種に成功したものであって、そのひとつをバシルス・サチリス(Bacillus subtilis) glnAh2と命名し、これを(独)特許生物寄託センターにFERM BP−10446として国際寄託したところである。
【0039】
本発明によってはじめて育種された新規納豆菌は、そのグルタミン合成酵素活性が0.01ユニット/mg蛋白質以上であり、0.5〜1.5ユニット/mg蛋白質も可能であって、事実、2〜2.6ユニット/mg蛋白質のものが得られており、3ユニット/mg蛋白質あるいはそれ以上のものも充分に可能である。
【0040】
そして、このような新規納豆菌を使用することにより、アンモニア含量が50ppm未満の納豆を製造することが可能となり、30ppm以下のもの、例えば28ppmのものも得られ(実施例)、20ppm以下のものはもとより10ppm以下のものも充分に可能である。
【0041】
なお、本発明におけるアンモニア濃度とは、以下の方法によって測定された値であると定義できる。すなわち、まず納豆検体約30gをシャーレに取り、直径18cm、厚さ4mmの円盤状のすりガラスの上に置いた後、該納豆を置いたすりガラス上に、ガラス製で容積が2.5リットルのベルジャーと呼ばれる鈴型の密閉器具(図1参照)を置く。この際、すりガラスとベルジャーの接触面にはワセリンを塗布し、気密性を保持する。その後、室温にて30分間放置し、アンモニアを十分揮発させた後、ベルジャー上部に取り付けた吸引チューブを通じてベルジャー内部の空気を吸引し、ベルジャー内の空気中の揮発アンモニア濃度をアンモニア用気体検知管(ガステック社製)にて測定する。なお、吸引は気体採取器(ガステック社製)を用いてベルジャー内の空気100mlを採取し、またアンモニア用気体検知管の反応時間は1分間である。
【実施例】
【0042】
以下に、実施例等を挙げて本発明を具体的に説明する。
【0043】
(実施例1)
(1)使用菌株等
納豆菌r22株は、市販納豆から分離された親株O−2株の形質転換能を高めた変異株であり、親株O−2株をニトロソグアニジン(NTG)を用いて化学変異処理することにより取得された株である(例えば、特開2000−224982号公報参照)。
【0044】
大腸菌JM109、枯草菌ベクターpHY300PLKおよび大腸菌ベクターpUC19は宝酒造社製を用いた。
【0045】
培地は、納豆試験法(例えば、「納豆試験法」、光琳出版、p.85−97、1990年参照)に記載の肉汁培地、胞子形成培地、NP再生培地等を用いた。ただし、必要な場合は、テトラサイクリン(2μg/ml)を添加した。
【0046】
(2)グルタミン合成酵素遺伝子増強株の調製
グルタミン合成酵素増強株は、以下の方法によって取得したグルタミン合成酵素遺伝子(glnA)全長の約1.3kb断片を、アルカリプロテアーゼ遺伝子(aprE)のプロモーター配列約0.3kbに連結したDNAを保有するベクターを構築し、該ベクターを以下の方法で納豆菌に導入して作製した。
【0047】
i)ベクター構築
グルタミン合成酵素遺伝子(glnA)の構造遺伝子の塩基配列は、同じBacillus subtilisに属する菌であっても、菌株により差異が見られるため、r22株のグルタミン合成酵素遺伝子(glnA)の塩基配列を以下の方法により新たに決定した。
【0048】
すなわち、DNA配列のデータベースGenBankに登録されているBacillus subtilisのグルタミン合成酵素遺伝子の周辺を含む塩基配列(登録番号D00854)を基に、グルタミン合成酵素遺伝子をその上流及び下流を含んで増幅するように、5’−TGTCCCGCTTCTTTCATT−3’(配列表の配列番号3(図5)に記載)及び5’−AAAAATCCCCTGACACCA−3’(配列表の配列番号4(図6)に記載)の2種のオリゴDNAを調製した。
【0049】
これらをプライマーとして用い、また、r22株の全DNAを鋳型に用いて、常法どおりPCRを行い、グルタミン合成酵素遺伝子を上流及び下流を含むように増幅した。得られたDNA断片について、塩基配列を常法により決定した(配列表の配列番号1(図2)に記載)ところ、1335塩基から成るグルタミン合成酵素遺伝子の構造遺伝子(配列表の配列番号1の塩基番号61−1395に相当する)を含むことが明らかとなった。(GenBank登録番号D00854のDNA配列では1379番目、1399番目、1402番目の塩基がt、a、cであるのに対し、配列表の配列番号1ではg、t、aであり、両者間には明らかな相違点が存在し、その詳細なメカニズムは今後の研究にまたねばならないが、この相違点が本発明においてグルタミン合成酵素遺伝子の発現が増強されるひとつの因子と考えられる。したがって本発明は、配列番号1の塩基配列の内、塩基番号61〜1395の塩基配列からなるかあるいは該塩基配列を含んでなるグルタミン合成酵素をコードする遺伝子のDNAを提供するものである)。
【0050】
また、グルタミン合成酵素遺伝子は配列表の配列番号2(図3〜図4)に示すアミノ酸配列のタンパク質をコードしていることが明らかとなった(GenBank登録番号D00854のアミノ酸配列では3番目、10番目、11番目のアミノ酸がリジン、バリン、リジンであるのに対し、配列表の配列番号2ではアスパラギン、グルタミン酸、スレオニンであり、両者間には明らかな相違点が存在するところから、このグルタミン合成酵素は新規なものと認められた。したがって本発明は、配列番号2(図3〜図4)に記載のアミノ酸配列からなるグルタミン合成酵素、ないしは該アミノ酸配列を含むグルタミン合成酵素活性を有するタンパク質を提供するものである。
【0051】
続いて、決定した塩基配列を基に、5’−GGAATTCCATATGGCAAATTACACTAGAGAAG−3’(配列表の配列番号5(図7)に記載)及び5’−CGGGATCCTTAATACTGAGACATATAC−3’(配列表の配列番号6(図8)に記載)の2種のオリゴDNAを調製した後、これらをプライマーとして用い、r22株の全DNAを鋳型に用いて、常法どおりPCRを行い、グルタミン合成酵素遺伝子のオープンリーディングフレーム全長(1335塩基)を増幅すると共に、下線部で示した位置に制限酵素NdeI及びBamHIの認識サイトをそれぞれ導入した。得られたDNA断片を制限酵素NdeI及びBamHIで切断して、グルタミン合成酵素遺伝子を含むNdeI−BamHI断片を得た。
【0052】
さらに、DNA配列のデータベースGenBankに登録されているBacillus subtilisのアルカリプロテアーゼ遺伝子の塩基配列(登録番号Y14083)を基に、5’−GCTCTAGAGACAGGAATTTGCCGGACTCAGG−3’(配列表の配列番号7(図9)に記載)及び5’−GGAATTCCATATGTTACCCTCTCCATTTAAAAAA−3(配列表の配列番号8(図10)に記載)の2種のオリゴDNAを調製した後、これらをプライマーとして用い、r22株の全DNAを鋳型に用いて、常法どおりPCRを行い、アルカリプロテアーゼ遺伝子のプロモーター領域(274塩基)を増幅すると共に、下線部で示した位置に制限酵素XbaI及びNdeIの認識サイトをそれぞれ導入した。
【0053】
得られたDNA断片を制限酵素XbaI及びNdeIで切断して、アルカリプロテアーゼ遺伝子のプロモーター領域を含むXbaI−NdeI断片を得た。
【0054】
続いて、上記の2種のDNA断片と、XbaI及びBamHIで切断したプラスミドpUC19の合計3断片を同時にライゲーションすることにより、プラスミドpGLNA1を得た。
【0055】
pGLNA1を制限酵素XbaI及びBamHIで切断後、アガロース電気泳動して生じた2本のバンドのうち、短いほうのバンド(約1.8kb)をアガロースから回収し、XbaI及びBamHIで切断した大腸菌−枯草菌シャトルベクターpHY300PLKに挿入した。得られたプラスミドをpGLNA2と命名し、以下の実験に供した。
【0056】
ii)形質転換
大腸菌JM109を宿主として用いて調製したプラスミドpGLNA2を、納豆菌r22株に、常法どおりプロトプラスト法により形質転換した。
【0057】
形質転換株の選択は、テトラサイクリン耐性を指標に行った。複数得られた形質転換株の内から、2株を選んでプラスミドを回収してpGLNA2が保持されていることを確認し、glnAh1及びglnAh2株と命名した。
【0058】
これらの形質転換株の内、納豆のアンモニア臭をより抑制する能力に優れたglnAh2株を、Bacillus subtilis glnAh2と命名し、これをFERM BP−10446として、独立行政法人 産業技術総合研究所特許微生物寄託センターに国際寄託した。
【0059】
iii)グルタミン合成酵素の酵素活性
納豆菌r22株およびglnAh2株を、100mlの大豆加水分解物培地(各1.5%のグルコース、グルタミン酸ナトリウム、大豆加水分解物を含む)を入れた坂口フラスコ中で、37℃で振とう培養した。
【0060】
終夜培養後、納豆菌を常法により集菌し、5mlの50mMイミダゾール-塩酸緩衝液(pH7.0、0.2mMエチレンジアミン四酢酸、1mMβメルカプトエタノールを含む)に懸濁後、100μgのリゾチームを添加し、37℃で1時間処理した。その後、リゾチーム処理菌体液を超音波にて30秒間破砕し、粗酵素液として用いた。
【0061】
酵素活性は、常法(例えば、「メソッズ・イン・エンザイモロジー(Methods in Enzymology)」、11巻、p.337-342、1955年参照)に従って測定した。表1(グルタミン合成酵素の酵素活性)に結果を示す。
【0062】
【表1】

【0063】
対照としたr22株では、微弱な活性しか検出されなかったのに対し、glnAh2株では、約1700倍の高い活性が検出され、glnAh2株がグルタミン合成酵素高活性株となっている事が確認された。
【0064】
iv)納豆製造
納豆のアンモニア臭は、気相に存在するアンモニアによるものであるから、揮発したアンモニアの量を測定することが望ましい。このため、以下に述べる、揮発性アンモニアの量を測定する方法を新たに考案し、空気中の納豆から発生する気体状のアンモニア濃度を測定した。
【0065】
常法に従って試作した納豆検体を、発酵開始後18時間目及び24時間目に、それぞれ約30gをシャーレに取り、直径18cm、厚さ4mmの円盤状のすりガラスの上に置いた。納豆を置いたすりガラス上に、ガラス製の容積が2.5リットルのベルジャーと呼ばれる鈴型の密閉器具(図1参照)を置いた。この際、すりガラスとベルジャーの接触面にはワセリンを塗布し、気密性を保持した。室温にて30分間放置し、アンモニアを十分揮発させた後、ベルジャー上部に取り付けた吸引チューブを通じてベルジャー内部の空気100mlを気体採取器(ガステック社製)を用いて吸引し、揮発アンモニア濃度をアンモニア用気体検知管(ガステック社製)にて測定した。表2(揮発アンモニア濃度)に結果を示す。
【0066】
【表2】

【0067】
glnAh2株を用いて製造した納豆には、対照としたr22株を用いて製造した納豆に比べて揮発アンモニア濃度は著しく低減されていた。
【0068】
なお、glnAh2株を用いて製造した納豆の外観、糸引きの強さなどの品質は、専門のパネラーによる官能検査の結果、r22株を用いて作成した対照と同等のものであった。また、香りに関しては、独特のアンモニア臭が抑えられていた。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明のアンモニア濃度測定時に用いたベルジャーの概略を示す図である。
【図2】グルタミン合成酵素をコードする遺伝子のDNAの塩基配列(塩基番号61〜1395)を含む塩基配列を示す。
【図3】グルタミン合成酵素のアミノ酸配列を示す。
【図4】同上続きを示す。
【図5】配列番号3で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。
【図6】塩基番号4で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。
【図7】配列番号5で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。
【図8】配列番号6で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。
【図9】配列番号7で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。
【図10】配列番号8で示されるオリゴDNAの塩基配列を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列表の配列番号1に記載の塩基配列の内、塩基番号61〜1395の塩基配列からなるグルタミン合成酵素をコードする遺伝子のDNA。
【請求項2】
配列表の配列番号2に記載のアミノ酸配列を有するグルタミン合成酵素。
【請求項3】
グルタミン合成酵素遺伝子の発現が増強されたことを特徴とする納豆菌。
【請求項4】
グルタミン合成酵素遺伝子が、配列表の配列番号1に記載の塩基配列の内、塩基番号61〜1395の塩基配列からなるグルタミン合成酵素をコードする塩基配列であること、を特徴とする請求項3に記載の納豆菌。
【請求項5】
バシルス・サチリス(Bacillis subtills) glnAh2(FERM BP−10446)であること、を特徴とする請求項3又は請求項4に記載の納豆菌。
【請求項6】
グルタミン合成酵素活性が0.01ユニット/mg蛋白質以上であることを特徴とする請求項3〜請求項5のいずれか1項に記載の納豆菌。
【請求項7】
請求項3〜請求項6のいずれか1項に記載の納豆菌を用いて製造されたことを特徴とする納豆。
【請求項8】
アンモニア含量が50ppm未満であることを特徴とする請求項7に記載の納豆。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2007−143467(P2007−143467A)
【公開日】平成19年6月14日(2007.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−341680(P2005−341680)
【出願日】平成17年11月28日(2005.11.28)
【出願人】(398065531)株式会社ミツカングループ本社 (157)
【Fターム(参考)】