説明

グルタリル−7−アミノセファロスポラン酸(GL−7−ACA)アシラーゼ活性が増強された改変γ−グルタミルトランスペプチダーゼ(改変GGT)の製造方法

生物界に広く分布している酵素であるγ−グルタミルトランスペプチダーゼ(GGT)を用いて、グルタリル−7−アミノセファロスポラン酸(GL−7−ACA)アシラーゼ活性が増強された改変ペプチド(即ち、改変GGT)を製造することを本発明の課題とする。本発明に従って、GGTにおいて、1)γ−グルタミル化合物と相互作用するアミノ酸残基、又は2)活性中心周辺領域におけるアミノ酸残基、からなる群より選択される1又はそれ以上のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換することによって、グルタリル−7−アミノセファロスポラン酸(GL−7−ACA)アシラーゼ活性が増強された改変GGTを製造することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、γ−グルタミルトランスペプチダーゼ(GGT)の1又はそれ以上のアミノ酸残基を置換することを特徴とする、グルタリル−7−アミノセファロスポラン酸(GL−7−ACA)アシラーゼ活性が増強された改変GGTの製造方法、GL−7−ACAアシラーゼ活性が増強された改変GGT、該改変GGTをコードする核酸分子、及び該改変GGTを発現している細胞に関する。さらに、本発明は、前記改変GGTを用いて、GL−7−ACAを処理し、セファロスポリン系(セフェム系)抗生物質の原料となる7−アミノセファロスポラン酸(7−ACA)を製造する方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
2002年の半合成セファロスポリンの販売額は、同年の医薬品の世界市場の総売り上げ約4,000億ドルのうちの76億ドルを占め、抗生物質のなかで販売額の最も多い医薬品である。半合成セファロスポリンは、7−アミノセファロスポラン酸(7−ACA)の3位と7位の側鎖を修飾することにより、生産されている。それゆえ、7−ACAの効率的な生産は、製薬業界にとって極めて重大な関心事である。工業的には、カビの一種であるAcremonium chrysogenumの発酵生産するセファロスポリンCの7位の側鎖を主として化学的に脱アシル化することにより生産されている。
【0003】
しかしながら、化学的方法の場合、何段階もの複雑なプロセスを経ること、純度の高いセファロスポリンを必要とすること、特殊な条件(例えば、低温)で反応を行うこと、毒性を持った化合物を使うこと、廃棄物として多量の化学物質が出ることなどの欠点がある。
【0004】
そこで、半合成ペニシリンの中間体である6−アミノペニシラン酸が、ペニシリンを微生物由来のペニシリンアシラーゼで脱アシル化して工業生産されているのと同様、セファロスポリンアシラーゼを生産する微生物を見つけ、その酵素によりセファロスポリンCを7−ACAに変換する酵素法の開発が長く検討されてきた。セファロスポリンCを直接脱アシル化する酵素も見つかっているが、セファロスポリンCを基質とした場合の活性は極めて低い。そこで、セファロスポリンCを化学的にGL−7−ACAに変換した後、セファロスポリンアシラーゼで7−ACAに脱アシル化する方法が1978年より工業化されていた(非特許文献1)。一方、最近工業化されたバイオプロセスでは(非特許文献2)、D−アミノ酸オキシダーゼとセファロスポリンアシラーゼの2種類の酵素が利用されている。このプロセスにおいて、セファロスポリンCはD−アミノ酸オキシダーゼによりケトアジポイル−7−ACAに変換された後、この反応で副生した過酸化水素により非酵素的にGL−7−ACAに変換される。ついで、GL−7−ACAはセファロスポリンアシラーゼにより脱アシル化されて、7−ACAになる。これらいずれのプロセスでも、効率的な変換を触媒するセファロスポリンアシラーゼが重要であり、広範なスクリーニングが行われてきたが、この活性を持った微生物は、限られた種類の細菌にしか見つかっていない。
【0005】
効率的な酵素法のために、多種多様な生物に存在し、セファロスポリンアシラーゼに代わって7−ACA生成の反応を触媒する酵素が強く求められている。
【0006】
他方、γ−グルタミルトランスペプチダーゼ(GGT)は、細菌、植物、動物などの広範囲な生物種において存在し、γ−グルタミル化合物のアミド基のC−N結合を加水分解する酵素として広く知られている。例えば、γ−グルタミルペプチド + 水 → グルタミン酸 + ペプチド の反応を触媒する。
【0007】
しかしながら、今までのところ、GGTがGL−7−ACAアシラーゼ活性をもつことを示す報告は、全くなされていない。
【非特許文献1】都築勝沼、小松謙一、市川茂彰、渋谷友三. 酵素法による7−アミノセファロスポラン酸(7−ACA)製造技術の研究. 日本農芸化学会誌, 63, 1847−1853 (1989).
【非特許文献2】A. Schmid, F. Hollmann, J. B. Park, and B. Buhler. The use of enzymes in the chemical industry in Europe. Current Opinion in Biotechnology, 13, 359-366 (2002).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、GL−7−ACAアシラーゼ活性が増強された改変GGTを製造する方法、GL−7−ACAアシラーゼ活性が増強された改変GGT、該改変GGTをコードする核酸分子、及び該改変GGTを発現している細胞を提供することを目的とする。さらに、本発明は、上記GL−7−ACAアシラーゼ活性が増強された改変GGTを用いてGL−7−ACAを処理し、セファロスポリン系(セフェム系)抗生物質の原料となる7−アミノセファロスポラン酸(7−ACA)を生産する方法を提供することもさらなる目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、セファロスポリン系抗生物質の原料となる7−ACAを、酵素法により効率的に生産する方法を開発すべく鋭意研究を行った。その結果、GGTにおいて、1)γ−グルタミル化合物と相互作用するアミノ酸残基、又は2)活性中心周辺領域におけるアミノ酸残基、からなる群より選択される1又はそれ以上のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基へ置換することにより、GL−7−ACAアシラーゼ活性が増強された改変GGTを製造することに成功した。
【0010】
これまで、GGTの遺伝子が同定されクローニングされている種としては、大腸菌(Escherichia coli K-12)、Bacillus subtilis、Bacillus natto、Helicobacter pylori 26695、Pseudomonas A14、Rat、Mouse、Pig、Humanがある。これらの種の間でアミノ酸配列が完全に保存されているのは、大腸菌のGGTの580アミノ酸残基のうちの76アミノ酸残基である。そこで、この76アミノ酸残基について、GGTとクラスIVセファロスポリンアシラーゼとの間で配列を比較したところ、GGTの76アミノ酸残基のうち、58アミノ酸残基は、クラスIVセファロスポリンアシラーゼ(Y. Kim, K.-H. Yoon, Y. Khang, S. Turley, and W. G. J. Hol. The 2.0 A crystal structure of cephalosporin acylase. Structure, 8, 1059-1068 (2000).)でも保存されていることがわかった。GGTとクラスIVセファロスポリンアシラーゼとの間で相違する18アミノ酸残基については、これまでに2つの菌株から見つかったクラスIVセファロスポリンアシラーゼの間では保存されていた(図1a〜1c及び2を参照のこと)。しかしながら、大腸菌のGGTは、GL−7−ACAの加水分解活性を有さず、一方、クラスIVセファロスポリンアシラーゼは、GL−7−ACAを加水分解する活性を有する。そこで、本発明者らは、GGTにおいて、生物種間で保存されているが、クラスIVセファロスポリンアシラーゼとの間では異なるアミノ酸残基に注目した。
【0011】
大腸菌のGGTの433番目の残基であるアスパラギン酸(Asp−433)に相当するヒトのGGTのアミノ酸残基(Asp−423)は、γ−グルタミル化合物のα位のアミノ基と相互作用して安定化させていることが示唆されていた(N. Taniguchi, and Y. Ikeda. γ-Glutamyl transpeptidase: catalytic mechanism and gene expression. Ad
v. Enzymol. Rel. Areas Mol. Biol. 72, 239-278 (1998))。この大腸菌GGTの433番目に相当するアミノ酸残基は、GGT間では完全に保存されているがクラスIVセファロスポリンアシラーゼとの間で異なる18アミノ酸残基のうちの一つであった。また、クラスIVセファロスポリンアシラーゼの基質であるGL−7−ACAの7位の側鎖は、グルタリル基が7位のアミノ基にアミド結合した構造である。グルタリル基は、γ−グルタミル基のα位のアミノ基が脱アミノ化した構造である。
【0012】
そこで、本発明者らは、GGTにγ−グルタミル化合物との相互作用が変化するような変異を導入することにより、GL−7−ACAアシラーゼ活性が増強された改変GGTを作製することができるという仮説をたてた。この仮説に基づき、本発明者らは、γ−グルタミル化合物と相互作用するアミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換した改変GGTを作製したところ、該改変GGTは、改変前より有意に高いGL−7−ACAアシラーゼ活性を有していた。驚くべきことに、この改変GGTは、従来のセファロスポリンアシラーゼよりも、GL−7−ACAに対して、低いKm値を有し、高い基質特異性を示していた。
【0013】
また、大腸菌GGTの391番目のスレオニン残基に相当するアミノ酸残基が活性に必須なアミノ酸残基の一つであるということが、本発明者らによってすでに明らかにされていた。そこで、本発明者らは、GGTの活性中心周辺領域(例えば、大腸菌GGTの391番目のスレオニン残基に相当するアミノ酸残基の周辺領域)に変異を導入することにより、活性中心周辺領域のコンフォメーションが変化し、活性中心がGL−7−ACAの7位炭素の隣のアミド結合に接近し、アミド結合を加水分解するという仮説をたてた。この仮説に基づき、GGTの活性中心周辺領域に変異を導入すれば、GL−7−ACAアシラーゼ活性の増強された改変GGTが得られ得る。
【0014】
すなわち、本発明は、以下の事項に関する。
項1.
γ−グルタミルトランスペプチダーゼ(GGT)において、
1)γ−グルタミル化合物と相互作用するアミノ酸残基、又は
2)活性中心周辺領域におけるアミノ酸残基、
からなる群より選択される1又はそれ以上のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換することを特徴とする、グルタリル−7−アミノセファロスポラン酸(GL−7−ACA)アシラーゼ活性が増強された改変GGTの製造方法。
項2.
GGTにおいて、配列番号1で表わされる大腸菌由来のGGTのアミノ酸配列の第50〜78残基、第93〜98残基、第114〜125残基、第147〜188残基、第209〜347残基、第391〜434残基、第452〜487残基及び第508〜569残基の領域から選択される1又はそれ以上の領域に相当する領域において、1又はそれ以上のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換することを特徴とする、項1に記載の方法。
項3.
GGTにおいて、配列番号1で表わされる大腸菌由来のGGTのアミノ酸配列の第16残基、第94残基、第98残基、第114残基、第115残基、第209残基、第227残基、第242残基、第263残基、第334残基、第342残基、第433残基、 第452残基、第460残基、第461残基、第462残基、第468残基、第484残基から選択される1又はそれ以上のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換することを特徴とする、項1に記載の方法。
項4.
GGTにおいて、配列番号1で表わされる大腸菌由来のGGTのアミノ酸配列の第433残基に相当するアミノ酸残基を、他のアミノ酸残基で置換することを特徴とする、項1〜3のいずれかに記載の方法。
項5.
前記他のアミノ酸残基が、アスパラギン、グルタミン、チロシン、トリプトファン、フェニルアラニンからなる群より選択される少なくとも1種のアミノ酸残基である、項4に記載の方法。
項6.
前記他のアミノ酸残基がアスパラギンである、項5に記載の方法。
項7.
項1〜6のいずれかに記載の方法により取得された改変GGT。
項8.
項7に記載の改変GGTをコードする核酸分子。
項9.
項7に記載の改変GGTを発現している細胞。
項10.
項7に記載の改変GGTでGL−7−ACAを処理する工程を包含する、7−アミノセファロスポラン酸(7−ACA)の製造方法。
【0015】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0016】
本発明におけるGL−7−ACAアシラーゼ活性は、特に記載しない限り、GL−7−ACAの7位の側鎖のアミド結合を加水分解する活性を意味する。
【0017】
改変前の「γ−グルタミルトランスペプチダーゼ(GGT)」は、任意の生物由来の、天然に存在するGGT及び非天然のGGT(人工的に合成されたGGT、GL−7−ACAアシラーゼ活性以外の性質(例えば、熱安定性など)の改良を目的として改変されたGGTを含む)を包含する。また、GGT全長ではなく、N末端欠失型、C末端欠失型、N及びC末端欠失型のGGTも同様に用いられる。N末端欠失型GGTとしては、例えば、大腸菌の1〜34番目のアミノ酸残基に相当するアミノ酸残基が欠失したGGTが例示できる。C末端欠失型GGTとしては、例えば、大腸菌の572〜580番目のアミノ酸残基に相当するアミノ酸残基が欠失したGGTが例示できる。N及びC末端欠失型としては、例えば、大腸菌の1〜34及び572〜580番目のアミノ酸残基に相当するアミノ酸残基が欠失したGGTが例示できる。
【0018】
GGTの由来となる任意の生物としては、細菌(例えば、大腸菌、枯草菌、納豆菌、スードモナス(Pseudomonas)、ピロリ菌等)、動物(例えば、ヒト、サル、ラット、マウス、ブタ、ウサギ、ハムスター等)、昆虫(例えば、カイコ)、植物(例えば、インゲンマメ等)、藍藻(例えば、アオコ、スイセンジノリ、ユレモ、ネンジュモ等)、酵母(例えば、Saccharomyces属等)が挙げられる(これらに限定されない)。
【0019】
「γ−グルタミル化合物と相互作用するアミノ酸残基」としては、γ−グルタミル化合物に相互作用するアミノ酸残基であれば、いかなる残基でもよい。このようなアミノ酸残基としては、例えば、γ−グルタミル化合物のα位のアミノ基(−NH2、−NH3+)、α位のカルボキシル基(−COOH基、−COO-基)、β位及び/又はγ位のメチレン基(CH2基)と相互作用するアミノ酸残基が挙げられる。相互作用は、当業者が通常認識し得るような作用であり、例えば、イオン結合、水素結合、静電的相互作用、疎水性相互作用、ファンデルワールス力等である。
【0020】
γ−グルタミル化合物のα位のアミノ基と相互作用するアミノ酸残基としては、アミノ基と相互作用し得るアミノ酸残基であればいかなるアミノ酸残基であってもよいが、好ましくは、アスパラギン酸、グルタミン酸、セリン、スレオニン、システイン、グルタミン、アスパラギン、チロシンが例示できる(これらに限定されない)。
【0021】
γ−グルタミル化合物のα位のカルボキシル基と相互作用するアミノ酸残基としては、カルボキシル基と相互作用し得るアミノ酸残基であればいかなるアミノ酸残基であってもよいが、好ましくは、アルギニン、リジン、ヒスチジン、グルタミン酸、アスパラギン酸、グルタミン、アスパラギン、セリン、システイン、スレオニンが例示できる(これらに限定されない)。
【0022】
γ−グルタミル化合物のβ位及び/又はγ位のメチレン基(CH2基)と相互作用するアミノ酸残基としては、メチレン基と相互作用し得るアミノ酸残基であれば、いかなるアミノ酸残基であってもよいが、好ましくはフェニルアラニン、アラニン、チロシン、ロイシン、イソロイシン、バリンが例示できる(これらに限定されない)。
【0023】
「活性中心周辺領域におけるアミノ酸残基」としては、活性中心及び活性中心と二次元及び三次元的に近いアミノ酸残基であればいかなるアミノ酸残基であってもよい。このような活性中心周辺領域におけるアミノ酸残基として、例えば、大腸菌のGGTの391番目のスレオニンに相当するアミノ酸残基の周辺の領域におけるアミノ酸残基が挙げられる。
【0024】
従って、「γ−グルタミル化合物と相互作用するアミノ酸残基、又は活性中心周辺領域におけるアミノ酸残基」としては、例えば、配列番号1で表わされる大腸菌由来のGGTのアミノ酸配列の第50〜78残基、第93〜98残基、第114〜125残基、第147〜188残基、第209〜347残基、第391〜434残基、第452〜487残基及び第508〜569残基の領域から選択される1又はそれ以上の領域に相当するGGTの領域におけるアミノ酸残基が挙げられる。γ−グルタミル化合物と相互作用するアミノ酸残基の一つである大腸菌GGTのAsp−433 に相当するGGTのアミノ酸残基や、GGT活性の活性中心に存在するアミノ酸残基の一つである大腸菌GGTのThr−391 に相当するGGTのアミノ酸残基は、これらの領域内に存在している。
本発明の1つの好ましい実施形態において、本発明に従って置換されるアミノ酸残基は、GGTにおいて、生物種間で保存され且つクラスIVセファロスポリンアシラーゼとの間で保存されていないアミノ酸残基である。かかるアミノ酸残基は、例えば、大腸菌のAsp−433、Leu−16、Gly−94、Phe−98、Arg−114、Glu−115、Phe−209、Leu−227、Phe−242、Thr−263、Tyr−334、Gly−342、 Asn−452、Pro−460、Leu−461、Ser−462、Ile−468、Gly−484に相当するアミノ酸残基である。
【0025】
置換後の「他のアミノ酸残基」は、置換前のアミノ酸残基と異なるアミノ酸残基であれば、いかなるアミノ酸であってもよい。好ましくは、置換前のアミノ酸残基と異なる性質(例えば、側鎖の、酸性/中性/塩基性、親水性/疎水性、嵩高さ等)をもつアミノ酸残基である。例えば、置換前のアミノ酸残基が酸性である場合、他のアミノ酸残基は塩基性又は中性であり、置換前のアミノ酸残基が塩基性である場合、他のアミノ酸残基は酸性又は中性であり、置換前のアミノ酸残基が中性である場合、他のアミノ酸残基は塩基性又は酸性のアミノ酸残基である。また、例えば、置換前のアミノ酸が疎水性である場合、他のアミノ酸残基は親水性であり、置換前のアミノ酸が親水性である場合、他のアミノ酸残基は疎水性である。例えば、大腸菌のGGTの433番目のアスパラギン酸に相当するGGTのアミノ酸残基を置換する場合、他のアミノ酸残基は、例えば、アスパラギン、グルタミン、チロシン、ヒスチジン、トリプトファン、グルタミン酸、システイン、アルギニン、リジン、スレオニン、セリン、フェニルアラニン、ロイシン、イソロイシン、バリン(これらに限定されない)であり、好ましくは、アスパラギン、チロシン、グルタミン、トリプトファン、フェニルアラニンであり、より好ましくは、アスパラギン、チロシンであり、特に好ましくはアスパラギンである。
本発明の1つの好ましい実施形態において、他のアミノ酸残基は、図1a〜c中のGGTのアミノ酸配列において下線が引かれているアミノ酸残基に対応するクラスIV セファロスポリンアシラーゼのアミノ酸残基である。
【0026】
「グルタリル−7−アミノセファロスポラン酸(GL−7−ACA)アシラーゼ活性が増強された(される)」とは、前述のような置換によって、GL−7−ACAアシラーゼ活性がいくらか増加した(高められた)ことを意味する。また、置換前のGGTがGL−7−ACAアシラーゼ活性を有していなくても、有していてもよい。活性が増強された量(増加量)は、少しでも増加していれば、特に限定されず、例えば、0.0001U/mg以上の増加量である。
【0027】
「改変GGT」とは、本発明の方法に従って製造された、GL−7−ACAアシラーゼ活性が増強されたGGTの改変ペプチド及び/又は改変タンパク質を意味する。
「改変GGTをコードする核酸分子」とは、改変GGTと同じアミノ酸配列へ転写・翻訳されるDNA分子及び/又はRNA分子を意味する。なお、改変GGTをコードする核酸分子は、改変GGTを正しくコードしている限り、いかなるコドンを選択してもよい。コドンの選択は、常法に従って行うことができる。例えば、利用する宿主のコドンの使用頻度などを考慮し決定することができる。
【0028】
「改変GGTを発現している細胞」とは、該改変GGTを発現している細胞(改変GGTをコードする核酸分子で形質転換された細胞を含む)であれば、いかなる細胞であってもよい。かかる細胞の種は、いかなる種であってもよいが、GGTの由来の種と同じであることが好ましい。
【0029】
上述のような「改変GGTをコードする核酸分子」、「改変GGT」及び「改変GGTを発現している細胞」は、常法に従って、取得することができる。
【0030】
改変GGTをコードする核酸分子は、例えば、Kunkel法、Eckstein法、AlteredSite法、PCR法、Ito法などの変異導入法により、取得することができる。なお、これらの変異導入法を行うときに使用するプライマーは、採用する変異導入方法や改変GGTをコードする核酸分子の配列情報に基づいて、適宜設計でき、常法に従って合成できる。
【0031】
取得した核酸分子の単離及び精製は、例えば、H. Suzuki, H. Kumagai, T. Echigo, and T. Tochikura. Molecular cloning of Escherichia coli K-12 ggt and rapid isolation of γ-glutamyltranspeptidase. Biochem. Biophys. Res. Commun., 150, 33-38 (1988)に記載される方法、ゲル電気泳動による分離精製又は分子ふるい操作などの通常用いられる方法によって、行うことができる。
【0032】
また、上記のように得られた核酸分子は、必要に応じて、例えば、ジデオキシ法やマキサム−ギルバート法などに従って、又は市販のシークエンスキットなどを用いて、配列が決定される。
【0033】
「改変GGT」及び「改変GGTを発現している細胞」の取得については、前述ように取得された改変GGTをコードする核酸分子を用いて、常法の遺伝子組換技術に従って行うことができる(Sambrook, J., Frisch, E.F., and Maniatis, T. Molecular Cloning, A Laboratory Manual. 2nd Edition. Cold Spring Harbor Laboratory Press. 1989 Current Protocls in Molecular Biology. John Wiley Sons, Inc. 1998. など)。簡潔には、例えば、改変GGTをコードする核酸分子を適当な発現ベクターへ挿入した後、これを適当な宿主細胞へ導入して形質転換し、適切な条件下において改変GGTを発現させることにより、改変GGTを発現している細胞を取得することができる。さらに、この改変GGTを発現している細胞から、改変GGTを回収することができる。この回収した改変GGTを、文献(H. Suzuki, H. Kumagai, T. Echigo, and T. Tochikura. Molecular cloning of Escherichia coli K-12 ggt and rapid isolation of γ-glutamyltranspeptidase. Biochem. Biophys. Res. Commun., 150, 33-38 (1988))に記載の方法又は常法に従って、さらに精製してもよい。
【0034】
ここで、発現プラスミドを宿主細胞へ導入する方法は、特に限定されず、一般的な方法を採用することができる。例えば、エレクトロポレーション、リポソーム法、リン酸カルシュウム法、DEAEデキストラン法などを用いることができる。また、各ステップにおいて、目的物を選別する必要がある場合、適宜、サブクローニング操作やシークエンシングなどを行ってもよい。
【0035】
発現プラスミドを導入するための宿主細胞としては、あらゆる種の原核生物及び真核生物の細胞(樹立細胞を含む)を使用することができる。
【0036】
原核生物細胞としては、例えば、大腸菌(例えば、Escherichia coli)、枯草菌(例えば、Bacillus subtilis)、納豆菌、スードモナス、ピロリ菌又は藍藻(これらに限定されない)の細胞が挙げられる。大腸菌の細胞としては、例えば、K12株、B株、SH641株、CM9株、SH703株に分類される細胞株(これらに限定されない)が好適である。また、枯草菌の細胞としては、とりわけMH2308株(これらに限定されない)が好適である。
【0037】
真核生物細胞としては、例えば、動物由来細胞(例えば、ヒト、ラット、マウス由来細胞)、昆虫由来細胞(例えば、カイコ由来細胞)、植物由来細胞(例えば、インゲンマメ由来細胞)が挙げられるが、これらに限定されない。動物由来の樹立細胞としては、具体的には、サルの腎臓細胞であるCOS細胞(Cell, 23: 175 (1981))、Vero細胞及びMK細胞、チャイニーズハムスターの卵巣細胞であるCHO細胞、マウスの線維芽細胞であるNIH3T3細胞(J.Viol., 4:549(1969))、及びヒトのT細胞リンパ腫由来細胞であるJurkat細胞(J.Immunol., 133:123(1984))などが挙げられる。酵母細胞(例えば、Saccharomyces属)もまた、好適に利用される。
【0038】
原核生物細胞を宿主とする場合は、該宿主細胞中で複製可能なベクターを用いて、このベクター中に改変GGTをコードする核酸分子、該核酸分子の上流にプロモーター、SD(シャイン−ダルガーノ)配列、及び必要に応じて開始コドン(例えば、ATG)を付与した発現プラスミドを、好適に利用することができる。
【0039】
上記ベクターとしては、一般に大腸菌由来のプラスミド、例えばpBR322、pBR325、pUC18、pUC19がよく用いられるが、これらに限定されず、既知の各種ベクターを用いることができる。大腸菌を利用した発現系に利用される上記ベクターの市販品としては、例えばpGEX−4T、pKK223−3(Amersham Pharmacia Biotech社)、pMAL−C2、pMAL−P2(New England Biolabs社)、pET21、pET21/lacIq(Invitrogen社)、pBAD/His(Invitrogen社)(これらに限定されない)を例示できる。
【0040】
プロモーターについても特に限定はなく、Escherichia属菌を宿主とする場合は、例えばトリプトファン(trp)プロモーター、lppプロモーター、lacプロモーター、recAプロモーター、PL/PR プロモーター、tacプロモーター、T7プロモーター、trcプロモーター(これらに限定されない)などを好ましく利用できる。宿主がBacillus属菌である場合は、SP01プロモーター、penPプロモーターなどが好ましい。
【0041】
真核生物細胞を宿主とする場合の発現ベクターとしては、通常、発現しようとする核酸分子の上流にプロモーター、RNAのスプライシング部位、ポリアデニル化部位及び転写終了配列を保有し、更に必要に応じて複製起点を有するものが挙げられる。該発現ベクターの例としては、例えばSV40の初期プロモーターを保有するpSV2dhfr(Mol. Cell. Biol., 1: 854 (1981))(これらに限定されない)が例示できる。上記以外にも既知の各種市販ベクターを用いることができる。動物細胞を利用した発現系の場合、発現ベクターとしては、例えば、pCI(Promega社)、pIND(Invitrogen社) 、pcDNA3.1/His(Invitrogen社)、pEF1/V5−His(Invitrogen社)などの動物細胞用ベクター、pFastBac HT(GibciBRL社)、pAcGHLT(PharMingen社)、pAc5/V5−His、pMT/V5−His、pMT/Bip/V5−his(以上 Invitrogen社)などの昆虫細胞用ベクター(これらに限定されない)が挙げられる。
【0042】
また、動物細胞を宿主とする場合の好ましいプロモーターとしては、SV40 由来のプロモーター、レトロウイルスのプロモーター、メタロチオネインのプロモーター、ヒートショックプロモーター、サイトメガロウイルスプロモーター、SRαプロモーター、アデノウイルスプロモーター、エロンゲーションファクターのプロモーター(これらに限定されない)を例示できる。酵母を宿主とする場合のプロモーターとしては、例えば、pH05プロモーター、PGKプロモーター、GAPプロモーター、ADHプロモーター(これらに限定されない)を好適に利用できる。
【0043】
このように取得された改変GGTの精製は、本発明者らが、既に報告した方法(H. Suzuki, H. Kumagai, T. Echigo, and T. Tochikura. Molecular cloning of Escherichia coli K-12 ggt and rapid isolation of γ-glutamyltranspeptidase. Biochem. Biophys. Res. Commun., 150, 33-38 (1988))又は常法に従って、行うことができる。
【0044】
さらに、本発明の改変GGTでGL−7−ACAを処理し、7−ACAを製造することができる。
【0045】
GL−7−ACAの合成については、例えば、Y. Shibuya, K. Matsumoto, and T. Fujii. Isolation and properties of 7β-(4-carboxybutanamido)cephalosporanic acid acylase-producing bacteria. Agric. Biol. Chem., 45, 1561-1567 (1981)に従って、行うことができる。
【0046】
処理は、常法を用いて(例えば、インキュベーションによって)行う。例えば、Tris−HCl(例えば、pH7.6〜9.0)中で、改変GGT及びGL−7−ACAを、37℃にて、3時間、インキュベーションする。この処理によって、該GL−7−ACAが7−ACAに変換される。
【0047】
GL−7−ACAと7−ACAの測定は、例えば、逆相HPLC、アミノ酸アナライザーなどの慣例的な方法に従う。
【0048】
さらに必要に応じて、7−ACAは、分離及び精製される。この分離及び精製は、例えば、DOWEX 1X8および逆相HPLC等によって行う。
【発明の効果】
【0049】
本発明により、グルタリル−7−アミノセファロスポラン酸(GL−7−ACA)アシラーゼ活性が増強された改変GGTを製造することが可能になった。また、本発明により製造された改変GGTのGL−7−ACAに対するKm値は、従来のセファロスポリンアシラーゼに比べて小さく、本発明の改変GGTは、GL−7−ACAに対して優れた基質特異性を有している。
【0050】
さらに、本発明により、7−ACAの効率的な酵素的製造方法が提供され、従来の化学法よりも安全、簡便、低コスト、且つ環境に優しく、セファロスポリン系(セフェム系)抗生物質の原料である7−ACAを生産することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1a】GGT及びクラスIV セファロスポリンアシラーゼの全配列のアラインメントを図1a〜図1cに示す。各配列は、SwissProt又はGenBankより入手可能である。上から、Pseudomonas sp. SE83 cephalosporin acylase(SwissProt Accession No. P15557:配列番号19)、Pseudomonas sp. V22 cephalosporin acylase(SwissProt Accession No. Q05053:配列番号21)、Escherichia coli K-12 GGT(SwissProt Accession No. P18956:配列番号1)、Bacillus subtilis 168 GGT(SwissProt Accession No. P54422:配列番号3)、Bacillus natto GGT(GenBank Accession No. 2321184A:配列番号5)、Helicobacter pylori 26695 GGT(GenBank Accession No. AE000618:配列番号7)、Pseudomonas A14 GGT(SwissProt Accession No. P36267:配列番号9)、Rat GGT(SwissProt Accession No. P07314:配列番号11)、Mouse GGT(SwissProt Accession No. Q60928:配列番号13)、Pig GGT(SwissProt Accession No. P20735:配列番号15)、Human GGT1(SwissProt Accession No. P19440:配列番号17)の配列である。下線を引いた斜体で表された残基は、すべてのGGTで保存されているがクラスIV セファロスポリンアシラーゼでは異なっているGGTの箇所を示している。斜体(下線無し)の残基は、すべてのGGT及びクラスIVセファロスポリンアシラーゼで保存されている残基を示した。図1aは、前記アラインメントの一部を示す。
【図1b】図1bは、図1aに示したアラインメントの続きである。
【図1c】図1cは、図1bに示したアラインメントの続きである。
【図2】図2は、GGT間でよく保存されている領域の一つである、大腸菌のGGTの活性中心であるThr−391から今回変異をかけたAsp−433付近のアラインメントを示す。各配列は、SwissProt又はGenBankより入手可能な前記配列(配列番号1、3、5、7、9、11、13、15、17、19、21)の部分配列である。上から順に、Escherichia coli K-12 GGT(配列番号24)、Bacillus subtilis 168 GGT(配列番号25)、Bacillus natto GGT(配列番号26)、Helicobacter pylori 26695 GGT(配列番号27)、Pseudomonas A14 GGT(配列番号28)、Rat GGT(配列番号29)、Mouse GGT(配列番号30)、Pig GGT(配列番号31)、Human GGT1(配列番号32)、Pseudomonas sp. SE83 cephalosporin acylase(配列番号33)、Pseudomonas sp. V22 cephalosporin acylase(配列番号34)のアミノ酸配列である。すべてのGGTで保存されている残基を斜体(下線無し)で示した。下線を引いた斜体の文字は、すべてのGGTでAsp残基として保存されているが、クラスIV セファロスポリンアシラーゼではAsn残基となっているGGTの箇所を示している。アラインメントの左右に示した数字は、この図の左端、右端の残基がそれぞれのN末端から何番目の残基であるかを示している。
【図3】図3は、酵素反応のHPLCのチャートを示す。反応混合液(2mM GL−7−ACA、50mM Tris−HCl(pH8.73)、0.1mg/ml D433N)を、37℃でインキュベーションすることによって、反応を行った。(A)は反応0時間、(B)は反応3時間のサンプルである。
【図4】図4は、D443NのGL−7−ACA加水分解反応の至適pHを検討した結果を示す。緩衝液は、pH6.5〜7.5ではリン酸カリウム緩衝液、pH 7.5〜8.73ではTris−HCl緩衝液、pH8.73〜10.5ではNH4Cl−NH4OH緩衝液を用いた。
【図5】図5は、NMRの結果を示す。(A)は市販品のGL-7-ACA、 (B)はこの実施例で得られた標品のNMRのチャートである。
【図6】図6は、実施例1〜25において取得される各種改変GGTを示す。大腸菌の改変GGTに相当する、Bacillus subtilis 168(B. subtilis)、Bacillus natto(B. natto)、Helicobacter pylori 26695(H. pylori)、Pseudomonas A14(Pseudo)、rat、mouse、pig、humanの改変GGTを示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0052】
以下に実施例を示すが、これは、本発明の単なる例示であって、本発明を何ら制限するものではない。なお、以下の実施例では大腸菌のGGTを用いているが、GGTのアミノ酸配列は大腸菌と他の生物種との間でよく保存されており、大腸菌以外の様々な生物種においても本発明を同様に実施できる。
【0053】
ここで、本願の特許請求の範囲、明細書及び図面に記載されるアミノ酸、タンパク質、塩基配列、核酸等の略語による表示は、IUPAC、IUBの規定、「塩基配列又はアミノ酸配列を含む明細書の作成のためのガイドライン」(特許庁編)及び当該分野における慣用記号に従うものとする。
【0054】
また、配列表に記載の各配列については、以下の通りである;
配列番号1:Escherichia coli K-12 GGTのアミノ酸配列
配列番号2:Escherichia coli K-12 GGTの核酸配列
配列番号3:Bacillus subtilis 168 GGTのアミノ酸配列
配列番号4:Bacillus subtilis 168 GGTの核酸配列
配列番号5:Bacillus natto GGTのアミノ酸配列
配列番号6:Bacillus natto GGTの核酸配列
配列番号7:Helicobacter pylori 26695 GGTのアミノ酸配列
配列番号8:Helicobacter pylori 26695 GGTの核酸配列
配列番号9:Pseudomonas A14 GGTのアミノ酸配列
配列番号10:Pseudomonas A14 GGTの核酸配列
配列番号11:Rat GGTのアミノ酸配列
配列番号12:Rat GGTの核酸配列
配列番号13:Mouse GGTのアミノ酸配列
配列番号14:Mouse GGTの核酸配列
配列番号15:Pig GGTのアミノ酸配列
配列番号16:Pig GGTの核酸配列
配列番号17:Human GGT1のアミノ酸配列
配列番号18:Human GGT1の核酸配列
配列番号19:Pseudomonas sp. SE83 cephalosporin acylaseのアミノ酸配列
配列番号20:Pseudomonas sp. SE83 cephalosporin acylaseの核酸配列
配列番号21:Pseudomonas sp. V22 cephalosporin acylaseのアミノ酸配列
配列番号22:Pseudomonas sp. V22 cephalosporin acylaseの核酸配列
配列番号23:実施例1で変異株を取得するために用いたプライマーの核酸配列
配列番号24:図2に示される、Escherichia coli K-12 GGTの部分アミノ酸配列
配列番号25:図2に示される、Bacillus subtilis 168 GGTの部分アミノ酸配列
配列番号26:図2に示される、Bacillus natto GGTの部分アミノ酸配列
配列番号27:図2に示される、Helicobacter pylori 26695 GGTの部分アミノ酸配列
配列番号28:図2に示される、Pseudomonas A14 GGTの部分アミノ酸配列
配列番号29:図2に示される、Rat GGTの部分アミノ酸配列
配列番号30:図2に示される、Mouse GGTの部分アミノ酸配列
配列番号31:図2に示される、Pig GGTの部分アミノ酸配列
配列番号32:図2に示される、Human GGT1の部分アミノ酸配列
配列番号33:図2に示される、Pseudomonas sp. SE83 cephalosporin acylaseの部分アミノ酸配列
配列番号34:図2に示される、Pseudomonas sp. V22 cephalosporin acylaseの部分アミノ酸配列。
実施例1
【0055】
変異株の取得方法
1.野生型GGTへのD433N変異の導入
まず、GGTのアミノ酸配列の中でAsp−433をAsn−433に変えるように設計した合成オリゴヌクレオチド5’−AACCAGATGGAT*ATTTCTCCGCC−3’(A*は、野生型GGTではGである)(配列番号23)をプライマーとし、デオキシウラシルを導入した1本鎖のpSH1248(pTZ18RのHindIIIサイトにpSH253(J. O. Claudio, H. Suzuki, H. Kumagai, and T. Tochikura. Excretion and rapid purification of γ-glutamyltranspeptidase from Escherichia coli K-12. J. Ferment. Bioeng., 72, 125-127 (1991).)の約0.9 kbのHindIII−HindIIIフラグメントを挿入したもの)を鋳型としてKunkel法(T. A. Kunkel. Rapid and efficient site-specific mutagenesis without phenotypic selection. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 82, 488-492 (1985).)により変異操作を行い、DH5α株を形質転換した。得られた菌株からプラスミドを抽出し、DNAシークエンスを行い、2株で目的の変異が入っていることを確認し、その1つのプラスミドをpCM2とした。pCM2の約0.9kbのHindIII−HindIIIフラグメントとpSH253をHindIIIで切断して得られる5.4 kbのフラグメントをライゲーションし、pCM3を得た。
【0056】
pCM3の3.2 kbのSmaI−SphIフラグメントをEcoRVとSphIで切断したpBR322にライゲーションした。得られたプラスミドpCM7で、GGT欠損株SH641を形質転換したものをCM9(D433N)株とした(H. Suzuki, H. Kumagai, T. Echigo, and T. Tochikura. Molecular cloning of Escherichia coli K-12 ggt and rapid isolation of γ-glutamyltranspeptidase. Biochem. Biophys. Res. Commun., 150, 33-38 (1988).)。
実施例2
【0057】
酵素の精製
野生型と変異型(D433N)の酵素はすでに報告している方法に従ってそれぞれSH642株とCM9株から精製した(H. Suzuki, H. Kumagai, T. Echigo, and T. Tochikura. Molecular cloning of Escherichia coli K-12 ggt and rapid isolation of γ-glutamyltranspeptidase. Biochem. Biophys. Res. Commun., 150, 33-38 (1988))。
実施例3
【0058】
GL−7−ACAを基質としたときのD433Nの加水分解活性
1.基質GL−7−ACAの合成法
基質GL−7−ACAの合成法を行うにあたり、Y. Shibuya, K. Matsumoto, and T. Fujii. Isolation and properties of 7β-(4-carboxybutanamido)cephalosporanic acid acylase-producing bacteria. Agric. Biol. Chem., 45, 1561-1567 (1981)を参照した。反応液の組成は、以下の表1に示すとおりである。
【0059】
【表1】

A液をB液に加え、NaOHでpHを9.0に保ちながら、室温で3時間混合した。ロータリーエバポレーターでアセトンを蒸発させ、濃縮した。濃塩酸でpHを1.5に調整後、酢酸エチルを加え、分液ろ斗を用いて、酢酸エチル層を抽出した。水層に残った分を再び酢酸エチルで抽出した。ロータリーエバポレ−ターで酢酸エチルを蒸発させ、乾燥させた。再び酢酸エチルを加えて溶解し、ろ過した。ろ液をロータリーエバポレーターで乾燥させた。
【0060】
本法により、収率80%で、GL−7−ACAが得られた。得られたGL−7−ACA標品は1H−NMRにより、GL−7−ACAであることを確認した。
【0061】
2.GL−7−ACAを基質としたときの酵素反応(加水分解反応)条件
反応液組成は、50 mM Tris−HCl緩衝液(pH 8.73)、0.2〜2 mM GL−7−ACA、0.04〜1 mg/ml D433N酵素とし、37℃で反応した。酵素溶液を反応液に加えることにより反応を開始した。経時的にサンプリング(200μl)を行い、等量の3.5 N CH3COOHを加えてボルテクスすることにより反応を停止し、メンブレンフィルターでろ過した。
【0062】
3.GL−7−ACAと7−ACAの測定法
反応液中のGL−7−ACAと7−ACAの濃度は逆相HPLCにより測定した。Inersil ODS−3 カラム(GL Sciences, 4.6 x 250 mm)を装着したHPLC(島津製作所、LC−10)に通常50μlのサンプルをインジェクトし、280 nmの吸収を測定した。移動相Aは0.05%のトリフルオロ酢酸水溶液、移動相Bは0.05%のトリフルオロ酢酸を含むアセトニトリルとした。0〜25分でBの割合を0〜50%(リニアグラジエント)、25〜34分はBの割合を50%、34〜35分でBの割合を50〜0%(リニアグラジエント)、35〜50分はBの割合を0%、流速1 ml/minで溶出した。
【0063】
GL−7−ACAと7−ACAの溶出位置と濃度の計算には、上記のように生成したGL−7−ACAと市販の7−ACA (Aldrich Chem. Co.)を標準品として用いた。
実施例4
【0064】
酵素反応液のHPLCのチャート
酵素反応液のHPLCのチャートを図3に示す。
実施例5
【0065】
GL−7−ACAを基質としたときの反応(加水分解反応)の至適pH
反応液組成は、50 mM緩衝液、2 mM GL−7−ACA、1.04 mg/ml酵素とし、37℃で3時間反応した。100℃で1分間煮沸することにより反応を停止させた後、メンブレンフィルターでろ過した。加水分解反応の至適pHについて検討した結果を図4に示す。
実施例6
【0066】
1.D433Nとの反応によりGL−7−ACAから生成したものが7−ACAであることの確認
ここまで、D433NによるGL−7−ACAから7−ACAへの加水分解反応は、逆相HPLCでのリテンションタイムが市販の7−ACAと一致するピークが、7−ACAのピークであるという前提にたって行ってきた。しかし、本当にこのピークが7−ACAであるかどうかについては確認していなかった。そこで、市販の7−ACAと一致するリテンションタイムを示したものを大量に精製し、NMR分析によりそのものが7−ACAであり、D433NによりGL−7−ACAから7−ACAが生成したことを確認した。
【0067】
反応条件
50 mM Tris−HCl緩衝液(pH 8.73)、2 mM GL−7−ACA、30.9 mu/ml (γ−GpNAを基質とした場合の加水分解活性で)D433N酵素とし、全量730 ml、37℃で反応した。
【0068】
7−ACAの精製条件
7−ACAの精製には、DOWEX 1X8カラム(30 mlカラム)を用いた。
【0069】
<カラムの準備>
2N NaOH をカラム体積の5倍量流した。次に、蒸留水をカラム体積の5倍量流した(カラムからの流出液のpHが水のpHに等しくなるまで)。さらに、0.5N CH3COOHをカラム体積の5倍量流した。次いで、蒸留水をカラム体積の5倍量流した(カラムからの流出液のpHが水のpHに等しくなるまで)。
【0070】
<サンプルのアプライ>
サンプルをアプライした。
【0071】
<溶出>
蒸留水、0.01N CH3COOH、0.05N CH3COOH、0.1N CH3COOH、0.5N CH3COOH、1N CH3COOH、5N CH3COOHの順番で、各々、カラム体積の5倍量流した。7−ACAは0.5N CH3COOHで溶出した。
【0072】
<確認>
ニンヒドリン反応により、生成物の溶出箇所を確認した。具体的には、溶出した各フラクションをろ紙に20μlスポットし、乾燥させた後、上からニンヒドリン溶液を散布し、乾燥させたのち、ニンヒドリン反応を観察した。
【0073】
<HPLCによる確認>
呈色したフラクションをHPLCにかけ、市販品の7−ACAの溶出位置と一致することを確認した。収量18.4 mgであった。
【0074】
凍結乾燥
DOWEX 1X8カラムにより溶出された生成物(7−ACA)のフラクションを−80℃のディープフリーザー内で凍結させた後、凍結乾燥機により乾燥させた。
【0075】
HPLCによる精製
凍結乾燥させたサンプルを蒸留水に溶かし、逆相HPLCにより精製した。使用カラムは、COSMOSIL Code No. 38150−41 Size 20×250mmであり、インジェクト量は、500μlである。7−ACAの画分を凍結乾燥した。
【0076】
NMRの結果
NMRの結果を、図5に示す。この結果から、精製したものは7−ACAであることが確認できた。
【0077】
2.比活性、Km値、kcat値
D433NのGL−7−ACAを基質とした場合のKm値を求めた。結果を以下に示す。
Km : 0.108 (mM)
実施例7〜25
【0078】
実施例1〜6に従って、図6に記載の改変GGTを作製し、そのGL−7−ACAアシラーゼ活性を測定する。このように作製された改変GGTは、大腸菌GGT(D433N)と同様に、GL−7−ACAアシラーゼ活性を有し得る。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明により、広く生物界に存在する酵素である γ−グルタミルトランスペプチダーゼ(GGT)を原料として用い、該GGTのアミノ酸残基を置換することにより、GL−7−ACAアシラーゼ活性が増強された改変ペプチド(即ち、改変GGT)を製造することが可能になった。素晴らしいことに、本発明の改変GGTは、GL−7−ACAに対して、小さいKm値を有し、優れた基質特異性を有する。
【0080】
さらに、本発明により、7−ACAの効率的な酵素法が提供され、従来の化学法よりも安全、簡便、低コスト、短時間、且つ環境に優しく、セファロスポリン系(セフェム系)抗生物質の原料である7−ACAを生産することが可能になった。セファロスポリン系(セフェム系)抗生物質は、非常に需要の大きい医薬品の一つであるため、本発明が医薬品業界に与える利益は大きい。
【0081】
また、本発明は、生物界に広く分布している酵素を利用してGL−7−ACAアシラーゼの新しいソースを提供しており、今後、本発明に基づいて、多種多様な生物種のGGTを用いて、抗生物質の酵素的製造方法についての研究が盛んになされるであろう。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
γ−グルタミルトランスペプチダーゼ(GGT)において、
1)γ−グルタミル化合物と相互作用するアミノ酸残基、又は
2)活性中心周辺領域におけるアミノ酸残基、
からなる群より選択される1又はそれ以上のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換することを特徴とする、グルタリル−7−アミノセファロスポラン酸(GL−7−ACA)アシラーゼ活性が増強された改変GGTの製造方法。
【請求項2】
GGTにおいて、配列番号1で表わされる大腸菌由来のGGTのアミノ酸配列の第50〜78残基、第93〜98残基、第114〜125残基、第147〜188残基、第209〜347残基、第391〜434残基、第452〜487残基及び第508〜569残基の領域から選択される1又はそれ以上の領域に相当する領域において、1又はそれ以上のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
GGTにおいて、配列番号1で表わされる大腸菌由来のGGTのアミノ酸配列の第16残基、第94残基、第98残基、第114残基、第115残基、第209残基、第227残基、第242残基、第263残基、第334残基、第342残基、第433残基、 第452残基、第460残基、第461残基、第462残基、第468残基、第484残基から選択される1又はそれ以上のアミノ酸残基を他のアミノ酸残基で置換することを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
GGTにおいて、配列番号1で表わされる大腸菌由来のGGTのアミノ酸配列の第433残基に相当するアミノ酸残基を、他のアミノ酸残基で置換することを特徴とする、請求項1〜3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記他のアミノ酸残基が、アスパラギン、グルタミン、チロシン、トリプトファン、フェニルアラニンからなる群より選択される少なくとも1種のアミノ酸残基である、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記他のアミノ酸残基がアスパラギンである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の方法により取得された改変GGT。
【請求項8】
請求項7に記載の改変GGTをコードする核酸分子。
【請求項9】
請求項7に記載の改変GGTを発現している細胞。
【請求項10】
請求項7に記載の改変GGTでGL−7−ACAを処理する工程を包含する、7−アミノセファロスポラン酸(7−ACA)の製造方法。

【図1a】
image rotate

【図1b】
image rotate

【図1c】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【国際公開番号】WO2005/075652
【国際公開日】平成17年8月18日(2005.8.18)
【発行日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−517714(P2005−517714)
【国際出願番号】PCT/JP2005/001533
【国際出願日】平成17年2月2日(2005.2.2)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【Fターム(参考)】