説明

コアネットワーク構成転写因子の同定方法

【課題】コアネットワークを構成する転写因子セットを簡易かつ的確に規定できる同定方法を提供する。
【解決手段】目的細胞に、前記目的細胞の複数の転写因子の一つを導入すると共に、前記目的細胞のコアネットワークを遷移させる遷移化処理をする導入工程と、前記目的細胞の遷移化を観測し、遷移化が阻害されている場合に、前記導入工程にて導入された転写因子を、前記目的細胞のコアネットワークを構成するコアネットワーク構成転写因子であると同定する同定工程と、を有するコアネットワーク構成転写因子の同定方法。遷移化処理は、目的細胞に、Oct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycを含むiPSセットを導入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞の性質を規定する転写因子のコアネットワークを構成するコアネットワーク構成転写因子を同定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
再生医療を行う上で、移植する細胞を患者自身の体細胞から直接誘導できれば、治療を受けるまでの時間は大幅に短縮され、拒絶反応の心配も無くなる。
【0003】
そこで、患者自身の特定の細胞を任意の目的細胞に人工的に変えるため、細胞の性質を規定するコアネットワークを構成する転写因子を決定する手法が求められる。
【0004】
転写因子は、DNAのプロモーター配列に結合して下流の遺伝子の発現を促すスイッチとなるタンパク質であり、一般に、細胞の性質は、液性因子や細胞接着因子を含めた全てのシグナルが、核内の転写因子ネットワークに翻訳され、決定される。
【0005】
この転写因子ネットワークが再現できれば、人為的に特定の細胞を作り出すことができる。
【0006】
特許文献1には、A)細胞を少なくとも1種類の摂動因子に供する工程、B)該細胞内の、生物学的機能を反映する機能レポーターのうち、少なくとも2種類についての情報を得る工程、及び、C)該得られた情報を集合論による処理に供し、該機能レポーター間の関係を計算して、該細胞のネットワークの関係を作成する工程を有する転写因子のネットワークを解析する方法が記載されている。
【0007】
しかし、上述の技術は、生物学的機能を反映する機能レポーター間の関係の計算が煩わしい上に、摂動因子の選択によっては、転写因子のネットワーク解析が曖昧になる。
【0008】
また、非特許文献1には、皮膚由来の繊維芽細胞にES細胞特異的な転写因子群を導入することにより、ES細胞とほぼ同じ性質をもつ細胞を樹立している手法が記載されている。
【0009】
また、非特許文献2には、膵臓特異的転写因子を含む2つの因子を肝臓で強制発現させ、膵β細胞に似た細胞を誘導することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特表2008−518319号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献2】Takahashi and Yamanaka, Cell.126:663-76, 2006
【非特許文献2】Kojima et al., Nat Med. 9:596-603, 2003
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
上述の技術は、転写因子群の強制発現が、細胞の性質を強力に方向付けることを示すが、ウイルス導入と細胞選択による方法では、非増殖性の細胞を分化転換により誘導することは極めて困難である。このように、コアネットワークを構成する転写因子セットを的確に規定できる手法はいまだ実現されていない。
【0013】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、コアネットワークを構成する転写因子セットを簡易かつ的確に規定できるコアネットワーク構成転写因子の同定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明に係るコアネットワーク構成転写因子の同定方法は、目的細胞に、前記目的細胞の複数の転写因子の一つを導入すると共に、前記目的細胞のコアネットワークを遷移させる遷移化処理をする導入工程と、前記目的細胞の遷移化を観測し、遷移化が阻害されている場合に、前記導入工程にて導入された転写因子を前記目的細胞のコアネットワークを構成するコアネットワーク構成転写因子であると同定する同定工程と、を有することを特徴とする。
【0015】
前記導入工程における遷移化処理は、前記目的細胞に、Oct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycを含むiPSセットを導入することが好ましい。
【0016】
また、前記導入工程における遷移化処理は、前記目的細胞に細胞融合処理を施すことも可能である。
【0017】
前記目的細胞の複数の転写因子の中の他の夫々について、前記導入工程及び前記同定工程をn回(nは2以上の整数)繰り返すことが好ましい。
【0018】
前記目的細胞のiPS化の効率の阻害は、培地におけるiPSコロニー数を計測して、iPSコロニーの減少が50%以下の場合に、コアネットワーク構成転写因子であると同定することが好ましい。
【0019】
前記目的細胞は、例えば、神経幹細胞、心血管前駆細胞、肝前駆細胞、骨髄幹細胞、又は造血幹細胞である。
【発明の効果】
【0020】
本発明のコアネットワーク構成転写因子の同定方法によれば、コアネットワークを構成する転写因子セットを簡易かつ的確に規定できる。そのため、再生医療を行う上で、移植する細胞を患者自身の体細胞から直接誘導できるようになり、治療を受けるまでの時間は大幅に短縮され、拒絶反応の心配も無くなる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】第1実施形態に係るコアネットワーク構成転写因子の同定方法を説明する概念図である。
【図2】細胞の性質が規定される概念を説明する概念図である。
【図3】エピジェネティック状態の方向を説明図である。
【図4】被誘導細胞から目的細胞を誘導する説明図である。
【図5】本実施形態に係るコアネットワーク構成転写因子の同定方法の工程図である。
【図6】第2実施形態に係る細胞融合アッセイ法を説明する概念図であり、そのうち(a)は通常の細胞融合アッセイの説明であり、(b)はコア因子を導入した細胞融合アッセイの説明である。
【図7】無血清培地で培養した細胞のiPSコロニーの観察状態を示す図であり、そのうち(a)はNSCにiPSセットを加えたものであり、(b)はNSCにPax6とiPSセットを共導入したものである。
【図8】iPS干渉の実験結果を示すAP陽性のコロニー数を示す図である。
【図9】NSC細胞を用いたiPS干渉法スクリーニングの結果を示す図である。
【図10】MEFでのNSCコア因子のiPS干渉の実験結果を示す図である。
【図11】NSCコア因子の単独での強制発現結果を示す図である。
【図12】細胞融合アッセイ法によるコア因子の特定の実験概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
(実施形態1)
以下、添付の図面を参照して本発明の第1の実施形態について具体的に説明する。図1は、本実施形態に係るコアネットワーク構成転写因子の同定方法を説明する概念図である。
【0023】
図1に示すように、導入工程では、目的細胞に、Oct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycを含むiPSセットと、その目的細胞の複数の転写因子の中の一つとを共導入(強制発現)する。
【0024】
図2は、細胞の性質が規定される概念を説明する概念図である。図2に示すように、細胞の性質は転写因子のコアネットワークが規定する。本実施形態に係るコアネットワーク構成転写因子の同定方法では、まず、目的細胞の複数の転写因子の中の一つを選択する。
【0025】
目的細胞は、特に限定されるものではなく、例えば、神経幹細胞、心血管前駆細胞、肝前駆細胞、骨髄幹細胞、又は造血幹細胞等のように種々の細胞である。
【0026】
iPS(induced pluripotent stem)セットは、Oct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycを含む。線維芽細胞は皮膚が傷ついたときに治癒する過程で主に働くという特定の機能を有し、他の機能を持つ細胞に分化することはできないが、その繊維芽細胞にOct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycの4つの遺伝子を組み込んだレトロウイルスを感染させて導入することで、様々な細胞に分化できるiPS細胞ができる。
【0027】
図1に戻り、幹細胞に、Oct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycを含むiPSセットを導入する(iPS化処理)ことにより、コアネットワークは一点に遷移又は収束される。即ち、iPS化処理をすることにより、多能性幹細胞の遺伝子発現プロファイルを1パターンにならしめる。
【0028】
しかし、目的細胞の複数の転写因子の中の一つが、iPSセットと共に共導入(強制発現)されており、ネットワークがiPS細胞のそれに転換することを阻害してiPS化の効率を落とすならば、目的細胞のコアネットワーク構成転写因子と同定できる(同定工程)。即ち、iPSセットと同時に目的細胞のコアネットワークを構成する転写因子を一つでも共導入(強制発現)すれば、目的細胞のコアネットワークの安定化因子として機能し(図3に示すように、エピジェネティック状態が順方向であるため)、iPS化の進行を阻害し、結果として出現するiPS細胞のコロニー数は減少する。
【0029】
図3に示すように、細胞の性質維持はエピジェネティクスの影響を大きく受け、一般にゲノム上で遺伝子は転写されるとヒストンメチル化等のエピジェネティック修飾が転写活性化状態となり、逆に転写されないと抑制状態になる。従って細胞のそれぞれの遺伝子座では発現状態に従ったエピジェネティック状態が維持される。iPS干渉法では、それぞれの遺伝子座でアクチベーター又はリプレッサーとして機能する(と期待される)因子を強制持続発現し、エピジェネティクスの維持によるネットワーク転換阻害効果をアッセイする。このとき、比較的多数の下流遺伝子を持つ因子(コア因子)は大きな影響を与え、iPS化の効率を大きく落とす。
【0030】
iPS化の効率の阻害の検証手法は、特に限定されるものではなく、例えば無血清培地中においてウイルス感染させた細胞を培養させ、iPSコロニーの減少の程度を観察することにより検証することができる。
【0031】
コアネットワーク構成転写因子の同定は、例えばiPSコロニーの減少の程度が50%以下の場合、より好ましくは40%以下の場合に、コア因子であると判断することができる。
【0032】
目的細胞を得るためには、転写因子を複数導入することが必要であり、目的細胞の複数の転写因子の中の一つについて、コアネットワーク構成転写因子と同定できた後は、複数の転写因子の中の他の夫々について、上述の導入工程及び同定工程をn回(nは2以上の整数)繰り返す。これにより、コアネットワーク構成転写因子セットが同定できる。
【0033】
図4は、被誘導細胞から目的細胞を誘導する説明図である。コアネットワーク構成転写因子セットが同定されたならば、図4に示すように、被誘導細胞にコアネットワーク構成転写因子セットを導入して、目的細胞を樹立する。被誘導細胞は、特に限定されるものではなく、例えば、皮膚細胞、繊維芽細胞等のように種々の細胞である。
【0034】
次に、本実施形態に係るコアネットワーク構成転写因子の同定方法を更に詳述する。
【0035】
図5は、本実施形態に係るコアネットワーク構成転写因子の同定方法の工程図である。図5に示すように、第1ステップとして、NSCで発現している転写因子のレトロウイルスを作成する。まず、文献情報とNCBI(米国立生物工学情報センター)のGEO(Gene Expression Omnibus)data setから発現している転写因子を抽出する。転写因子のリストアップは、50〜100程度行う。次に、これらを発現するレトロウイルスを作成する。そして、10種類のウイルスが出来たら、これを1セットとして順次iPS干渉実験を行う。
【0036】
第2ステップとして、NSCにiPSセットと転写因子1つずつを共導入することにより、iPS干渉アッセイを行う。まず、材料のNSCを樹立する。Oct3/4に薬剤耐性遺伝子を挿入したES細胞(2CG2OLG2、樹立済み)から分化させ、平面培養で作成する(Conti et al.,PLoS Biol.3:e283.2005)。次に、このNSCに、iPSセットとステップ1のウイルス一種類ずつを共導入する。次に、共導入後、NSCのみが生育可能な培養条件(FGF2,EGF存在下)で培養し、4日後にiPS細胞のみが生育可能な培養条件(LIF存在下)で培養する。およそ2週間後から薬剤選択を開始する。次に、iPSセット+GFPのときと比べて、iPSコロニー数が少ないものを候補因子とする。次に、このアッセイを全ての因子について行い、iPS干渉を起こすものを選抜する。そして、候補因子を全て共導入すると、最も強くiPS干渉が起きるか検証する。
【0037】
第3ステップとして、皮膚細胞からのNSCの樹立を行う。まず、Sox2遺伝子座に薬剤耐性遺伝子が挿入されたマウスから、皮膚細胞(tail-tip fibloblast)を作成する。次に、候補因子のウイルスを全て共導入し、NSC培養条件下で培養する。そして、薬剤選択後、出現した細胞はMusashi1等のマーカー遺伝子発現を解析するほか、ニューロンとグリアへの分化能を細胞レベルで検証する。それぞれのマーカー遺伝子の発現解析は定量的RTPCR法と免疫染色法で行う。
【0038】
従来のノックアウト等の機能抑制発現では、標的遺伝子の機能リダンダンシー等によって表現型として明確にならないことが多く、機能的に重要な因子を見逃しているケースも多かった。しかしながら、本実施形態に係るコアネットワーク構成転写因子の同定方法は、強制発現法であるため、リダンダンシーに影響されずに解析することが可能である。
【0039】
また、本実施形態に係るコアネットワーク構成転写因子の同定方法は、複数の遺伝子を一度に導入する解析手法と異なり、転写因子を一つずつ機能解析することができる。即ち、体性幹細胞で発現している転写因子を50〜100程度リストアップしたとしても、これを一度に導入可能な数に絞り込むことは、天文学的な数字となる組み合わせをスクリーニングするしかないが、本実施形態に係る発明によれば、転写因子を一つずつ機能解析することができる。
【0040】
更に、本実施形態に係る発明では、iPS化の効率の阻害の検証手法は、例えばiPSコロニー数の勘定だけであるため、効果の解析が極めて簡易である。
【0041】
本実施形態に係る発明によれば、コアネットワーク構成転写因子セットを同定できるので、同定された転写因子セットを皮膚細胞等の任意の細胞に導入することにより、神経幹細胞等の任意の目的細胞の樹立ができる。波及的効果として、ドナー細胞調整時の低コスト化につながる他、従来の試験管内培養法では得られなかった細胞(造血幹細胞等)の樹立法につながり、より多くの疾患での再生医療実現につながる。また、コアネットワークは細胞外のシグナルを遺伝子発現に反映させるものであるため、コアネットワークを構成する転写因子を同定し、コアネットワークを強制発現させる手法は、成長因子に依存しない培養方法の開発にもつながる。
【0042】
(実施形態2)
実施形態2では、上述の実施形態1と異なり、導入工程における遷移化処理は、目的細胞に細胞融合処理を施す。それ以外は実施形態1と共通である。
【0043】
図6は、実施形態2に係る細胞融合アッセイ法を説明する概念図であり、そのうち(a)は通常の細胞融合アッセイの説明であり、(b)はコア因子を導入した細胞融合アッセイの説明である。
【0044】
図6(a)に示すように、目的細胞としての第1細胞と第2細胞とを細胞融合(fusion)させると、それらの融合である融合細胞が出現する。このとき、第1細胞及び第2細胞の転写ネットワークを維持した融合細胞はわずかであり、中間的なネットワークをもった細胞(中間的細胞)が多く出現する(Hybrid distinctionとよばれる現象)。しかしながら、図6(b)に示すように、第1細胞(目的細胞)の複数の転写因子の中の一つを導入して、第1細胞(目的細胞)と第2細胞とを細胞融合(fusion)させた場合、ネットワークが第2細胞又は中間的細胞のそれに転換することを阻害してそれぞれの出現の効率を落とす、あるいは第1細胞の出現の効率を上昇させるならば、目的細胞のコアネットワーク構成転写因子と同定できる。即ち、第1細胞(目的細胞)の複数の転写因子の中の一つを導入して、第2細胞と細胞融合させると、目的細胞のコアネットワークの安定化因子として機能し、細胞融合によって引き起こされる転写ネットワーク遷移を阻害し、結果として出現する第1細胞の数が増加あるいは第2細胞の数は減少する。
【0045】
融合細胞の出現効率の阻害の検証手法は、特に限定されるものではなく、例えば実施形態1と同様に、融合細胞のコロニーの減少の程度を観察することにより検証することができる。
【0046】
目的細胞は、特に限定されるものではなく、例えば実施形態1と同様に、神経幹細胞、心血管前駆細胞、骨髄幹細胞、又は造血幹細胞等のように種々の細胞である。また、目的細胞と融合される第2細胞も特に限定されるものではなく、例えば胚体外内胚葉細胞(Extraembryonic endoderm cells)等を使用できる。
【実施例】
【0047】
(実施例1)
実施例1では、iPS干渉実験を示す。
【0048】
〈トランスフェクション−細胞の準備〉
トランスフェクション前日に、ゼラチンコートした10cm dishに5×10のPlatinum E細胞(PlatE細胞)を撒いた。Platinum-E細胞は、293T細胞由来でecotropicなエンベロープタンパク質を持っている。使用した培地は、抗生物質なしの10%FCS DMEM培地であった。
【0049】
〈トランスフェクション〉
1.5mlのマイクロチューブ(エッペンドルフ社)に300μlのDMEM培地を準備し、300μlのDMEM培地に27μlのFuGENE(登録商標)6を加えた。この時、マイクロチューブの壁につかないように、1本ずつDMEM培地中に直接加えた。そして、軽くボルテックスで攪拌し、室温で5分放置した。これに9μgのDNAを加え、軽くボルテックスで攪拌した後、室温で20分放置した。前日から培養しておいたPlatE細胞のシャーレに、FuGENE(登録商標)6/DNA混合液を滴下し、軽く揺らして混ぜ、37℃インキュベータで培養した。24時間後に培地をフレッシュなものに交換し(この時、インフェクション先の細胞に合わせた培地(NSA培地)にしておく)、更に24時間培養を続けてから、ウイルス液を回収した。回収の際には、PlatE細胞の持込をなくすため、0.45μmのフィルターを通して、遠沈管に移し、そのウイルス液を1mlずつ凍結保存用チューブに分注して−80℃で保存した。iPS誘導4因子は、別々のシャーレでウイルスを作成し、回収のときにひとつにまとめた。
【0050】
〈インフェクション−細胞の準備〉
iPS干渉実験では、1つの候補因子に付き、6穴プレートの3穴分を使って干渉効果を測定する。即ち、一つのウイルスのチェックに2段階の希釈系列を用いるので、3穴ずつ用意する。そのため、{候補因子の数+2(ポジ・ネガコン)}×3穴分の細胞を用意した。干渉実験を行う前日には、6穴プレートの1穴につき、2×10のNSC細胞を撒いた。培地は、通常培養時と同じ2mlのNSA培地であった。
【0051】
〈インフェクション〉
予めdishから前培養液をのぞき、800μl、800μl、960μlずつNSA培地を入れておき、iPS誘導4因子ウイルス液 500μl、ポリブレン(4mg/ml)1μl、干渉候補因子ウイルス液(あらかじめタイターチェックし、80%程度の細胞で導入が確認できた量)を200μl、200μl、40μl加え、NSA培地で総量1mlとなるようにした。
【0052】
共導入において使用するプラスミドは、pMXs-Oct3/4(Addgene)のBamHI-SalI 領域を切りとり、マルチクローニングサイトとIRES-Neo断片を挿入することにより、pMXs-MCS6l-INを構築した。pMXs-MCS6l-INの塩基配列は配列番号1に示すとおりである。
【0053】
その18〜20時間後に、培地を3mlずつ交換し、更に6〜8時間後にタンパク質合成阻害抗生物質G418を6μlずつ1/500になるように添加した。ただし、夫々のウイルスについて、200μlの1穴ずつにはG418は添加しなかった。
【0054】
それぞれの穴に250μlのトリプシンを入れて、37℃で3分間放置することにより細胞をトリプシンではがし、250μlずつ血清入り培地を加えてピペットマンで懸濁後、血球計算版でカウントすることにより、総細胞数を測定した。
【0055】
次に前培養として、6穴プレートの1穴につき、2×10のNSC細胞を撒いた。培地は、通常培養時と同じ2mlのNSA培地であった。NSC細胞はES細胞から培養した。ES細胞の培養は、フィーダーフリー株EB5(Kawasaki et al.,Neuron.28:31-40,2000)及びEB3(Ogawa et al.,Genes to Cells 9:471-477, 2004)を用いて、ゼラチンコート培養皿上にて以下の培地で培養した。培地:Glasgow minimal essential medium (GMEM),10% fetal calf serum,1mM sodium pyruvate,10-4M 2-mercaptoethanol,1x nonessential amino acids (Invitrogen),1000 U/ml LIF。また、NSC細胞の培養は、EB5を用いて、Conti et al(PLoS Biol.3:e283.2005)の方法を用いてNSCを樹立し、維持した。NSA培地の組成:Euromed-N (Euroclone; ECM0883LD),2mM L-Glutamine,1%(v/v) N2 supplement (Invitrogen),20μg/ml Insulin,75μg/ml BSA fraction V (Sigma),10ng/ml EGF,10ng/ml FGF2。
【0056】
それぞれのウイルスについて、あらかじめdishから前培養液をのぞき、NSA培地を入れておき、そこに80%、16%のタイターを示すウイルス液を足して、それぞれの穴が1mlずつになるようにしてテストを行った。
【0057】
その18〜20時間後に、培地を3mlずつ交換し、培地交換の2日後にカルチセル(+ACTH)培地へ4mlずつ交換し、2〜3日そのまま培養を行った。
【0058】
その後、ES培養用のLIF(白血病抑制因子)入り培地に交換し、適当に4mlずつ培地交換を繰り返しながら7日ほどさらに培養した。その時点で培地にBlaS試薬を加え、幹細胞化していない細胞を除いた。
【0059】
BlaS添加後2日目でアルカリフォスファターゼ(Alkaline Phosphatase)染色を行い、APポジのコロニー数をカウントした。即ち、培地を除き、37℃で10分程度乾燥させ、その後、−30℃の冷凍庫で冷やした固定液で細胞表面を覆い、−30℃に入れて5秒後に固定液を除き、cool送風のドライヤーでよく乾かせて表面を白くさせた。そして、Fast Blue RRのボトルに直接基質原液を加え、よくシェイクして混ぜ、細胞表面を覆い、37℃で2時間放置して(乾かないように、発泡スチロール等をかぶせておく)、流水でよく洗浄して、1穴ごとにAPポジのコロニー数をカウントした。カウントは、干渉ウイルスを加えていないiPSコロニー数を100%として、それぞれの比率を求めた。
【0060】
図7は、無血清培地で培養した細胞のiPSコロニーの観察状態を示す図であり、そのうち(a)はNSCにiPSセットを加えたものであり、(b)はNSCにPax6とiPSセットを共導入したものである。図7(a)(b)に示すように、Pax6とiPSセットを共導入したものは、iPSコロニーの減少が明確に観察できた。
【0061】
図8は、iPS干渉の実験結果を示すAP陽性のコロニー数を示す図である。図8に示すように、GFPやPdx1(膵臓特異的転写因子)ではiPSコロニー数に大きな変化はみられないが、pax6及びHmga2において、AP陽性のコロニー数が減少しており、iPS化の効率が阻害されていることがわかる。
【0062】
(実施例2)
実施例2では、実施例1と同様の手法を用いて、更にNSC特異的転写因子の同定を試みた。
【0063】
マイクロアレイ法を用いて、NSC特異的転写因子183個を抽出した。発現特異性の高いものから優先に、iPS干渉法スクリーニングを進め、そのうち50個アッセイした。図9は、NSC細胞を用いたiPS干渉法スクリーニングの結果を示す図である。図9に示すように、NSC特異的転写因子5個(Hmga2, Gatad2b, Etv6, Esx1, Nfxl1)をコア因子として同定した。なお、Hmga2は、NSCの自己複製に必須と報告されている(Nishino et al., Cell 135:227-39,2008)。
【0064】
(実施例3)
実施例3では、NSCコア因子は胚線維芽細胞(mouse embryonic fibroblasts:MEF)ではiPS干渉を起こさないことを示す。
【0065】
iPS化は多数のステップから構成され、いずれのステップにおける非特異的阻害もiPS干渉効果として見える(つまり、アーチファクト)懸念があった。そこで、NSC以外の細胞でNSCコア因子が干渉を起こすかどうかをアッセイした。材料はTg-Nanog-EGFP-IRESpuroのマウスからMEFを作成し、これを用いた。iPS細胞の判定は、puro選択と、AP染色を用いて行った。
【0066】
図10は、MEFでのNSCコア因子のiPS干渉の実験結果を示す図である。図10に示すように、Pax6,Hmga2,Gatad2b,Etv6について、いずれも干渉効果は見られなかった。従って、これらのコア因子についてはアーチファクト由来ではないことが確認された。
【0067】
(実施例4)
上記実施例3の捕足として、実施例4では、NSCコア因子は、単独の強制発現ではES細胞で分化を引き起こさないことを示す。
【0068】
iPS干渉法では、例えば40%以下のiPSコロニー数減少を引き起こすものをコア因子として選定したが、これまでに同定されたコア因子をES細胞において強制発現した結果、未分化コロニー数を40%以下に減少させるわけではないことがわかった。Oct3/4遺伝子座にBlasticidin体性遺伝子が挿入されたES細胞EB5を用いて、pMYs-cDNA-IRESNeoレトロウイルスを導入し、ネオマイシン300マイクログラム・mlの強い選択圧下においてクローナルな播種密度でOct3/4陽性細胞数をカウントした(つまり、厳密に多能性をもった細胞だけが生えてくる条件でカウントした)。なお、使用したプラスミドpMYs-MCS6l-INは、pMYs-IRESGFP(Cell Biolabs)のBamHI-SalI領域を切り取り、マルチクローニングサイトとIRES-Neo断片を挿入することにより構築した。pMYs-MCS6l-INの塩基配列は配列表2に示すとおりである。
【0069】
図11は、NSCコア因子の単独での強制発現結果を示す図である。図11に示すように、EGFPを導入したものと差が無いことが理解され、NSCコア因子は、単独の強制発現ではES細胞で分化を引き起こさないことが確認された。
【0070】
(実施例5)
実施例5では、細胞融合アッセイ法によるコア因子の特定を試みる。第1細胞(目的細胞)としては、神経幹細胞(NS cells)を使用し、第2細胞としては胚体外内胚葉細胞(Extraembryonic endoderm cells=ExEn cells)を使用した。細胞融合に使用した試薬として、ポリエチレングリコール1500(ロシュ・ダイアグノスティックス社)を用いた。図12は、細胞融合アッセイ法によるコア因子の特定の実験概略図である。図12に示すように、EGFP又はSox2を夫々導入して、融合細胞の出現効率の阻害を検証した。スクリーニングを行う際のマーカーとしては、ハイグロマイシンを使用した。培地はDMEMを使用し、培地へのハイグロマイシンの添加量は、200μg/mlであった。
【0071】
図12に示すように、ハイグロマイシン耐性のコロニー数を検証した結果、Sox2が重要なコア因子であることが確認された。従って、iPS干渉アッセイ法は勿論のこと細胞融合アッセイ法によっても、コアネットワークを構成する転写因子の同定が可能であることが実証された。
【配列表フリーテキスト】
【0072】
配列番号1〜2:プラスミド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
目的細胞に、前記目的細胞の複数の転写因子の一つを導入すると共に、前記目的細胞のコアネットワークを遷移させる遷移化処理をする導入工程と、
前記目的細胞の遷移化を観測し、遷移化が阻害されている場合に、前記導入工程にて導入された転写因子を前記目的細胞のコアネットワークを構成するコアネットワーク構成転写因子であると同定する同定工程と、を有することを特徴とするコアネットワーク構成転写因子の同定方法。
【請求項2】
前記導入工程における遷移化処理は、前記目的細胞に、Oct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycを含むiPSセットを導入することを特徴とする請求項1記載のコアネットワーク構成転写因子の同定方法。
【請求項3】
前記導入工程における遷移化処理は、前記目的細胞に細胞融合処理を施すことを特徴とする請求項1記載のコアネットワーク構成転写因子の同定方法。
【請求項4】
前記目的細胞の複数の転写因子の中の他の夫々について、前記導入工程及び前記同定工程をn回(nは2以上の整数)繰り返すことを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項に記載のコアネットワーク構成転写因子の同定方法。
【請求項5】
前記目的細胞のiPS化の効率の阻害は、培地におけるiPSコロニー数を計測して、iPSコロニーの減少が50%以下の場合に、コアネットワーク構成転写因子であると同定することを特徴とする請求項1又は2記載のコアネットワーク構成転写因子の同定方法。
【請求項6】
前記目的細胞が、神経幹細胞、心血管前駆細胞、肝前駆細胞、骨髄幹細胞、又は造血幹細胞であることを特徴とする請求項1乃至5の何れか1項に記載のコアネットワーク構成転写因子の同定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−83216(P2011−83216A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−237407(P2009−237407)
【出願日】平成21年10月14日(2009.10.14)
【出願人】(803000056)財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (341)
【Fターム(参考)】