説明

コップ

【課題】サンドブラストやレーザーによりコップに加傷することなく、ビール等を注いだ際に豊かな泡立ちを生じさせるコップを提供する。
【解決手段】筆もしくは刷毛のいずれかにより、コップの内底面側から開口部側に向けて略同心円状の環もしくは略らせん状の帯を成して該コップの内表面の一部に熱硬化樹脂であるポリウレタン樹脂を塗布することにより樹脂膜層を形成し、樹脂膜層の層厚を1〜50μmとすると共に、樹脂膜層に細孔を発達させ、細孔径1〜50μmの細孔を1mm2当たり500〜20000個存在するものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はコップに関し、特にビール等の良好な泡持ちを生じさせるビール用のコップに関する。
【背景技術】
【0002】
きめ細かい泡は、外気とコップ中のビールとを遮断し、ビールの芳香を封じ込めると共にビールの酸化も防ぐ。そのため、ビールの風味を持続させるために不可欠である。また、きめ細かい泡の感触により、口に含んだときに特有の美味しさも得ることができる。
【0003】
一般に、ビール等をコップに注いだときの発泡は、コップの内表面の微細な凹凸にビールが接触し、その衝撃によりビール中の過飽和の炭酸ガスが放出されることとして知られている。
【0004】
従来、ビールを注いだ際の泡立ちを良くするために種々の改良が重ねられてきた。その一つとして、素焼きのように素材全体が多孔質としたコップが市販されている。しかし、素焼きのコップではビールの色を楽しむことができず興趣の減退は避けられない。
【0005】
そこで、素焼きの代わりに透明なガラスを用い、内表面に微細な凹凸を形成する手法が試みられてきた。例えば、ジョッキの内表面にサンドブラスト処理を施し、微細な凹凸を形成したビールジョッキが提案されている(特許文献1参照)。また、コップの内底面に炭酸ガスレーザーを照射し、微細な凹凸を形成したコップが提案されている(特許文献2参照)。
【0006】
特許文献1にて開示されているビールジョッキによると、サンドブラスト処理によるため、ジョッキ自体が不透明化する。そのため、サンドブラスト処理の手法をそのままコップに適用すると、霞みがかったコップとなり見栄えが思わしくない。さらに、特許文献1及び2に共通して、微細な凹凸を形成するためにコップの内表面や内底面のガラスに傷を設けることとなる。一般に、ガラスやセラミックスの強度は、表面傷の深さの平方根に反比例することが知られている。従って、ガラス表面を直接加傷する加工方法は、強度維持の観点から好ましくない。
【特許文献1】特開平8−242999号公報
【特許文献2】特開2003−61804号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は前記の点に鑑みなされたものであり、サンドブラストやレーザーによりコップに加傷することなく、ビール等を注いだ際に豊かな泡立ちを生じさせるコップを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、請求項1の発明は、コップの内表面に樹脂を塗布して樹脂膜層を形成したことを特徴とするコップに係る。
【0009】
請求項2の発明は、前記樹脂膜層が、前記コップの内底面側から開口部側に向けて略同心円状の環を成して該コップの内表面の一部に形成されている請求項1に記載のコップに係る。
【0010】
請求項3の発明は、前記樹脂膜層が、前記コップの内底面側から開口部側に向けて略らせん状の帯を成して該コップの内表面の一部に形成されている請求項1に記載のコップに係る。
【0011】
請求項4の発明は、前記樹脂膜層が、前記樹脂を筆もしくは刷毛のいずれかにより塗布して形成されている請求項1ないし3のいずれか1項に記載のコップに係る。
【0012】
請求項5の発明は、前記樹脂が、熱硬化樹脂であってポリウレタン樹脂である請求項1ないし4のいずれか1項に記載のコップに係る。
【0013】
請求項6の発明は、前記樹脂膜層の層厚が、1〜50μmである請求項1ないし5のいずれか1項に記載のコップに係る。
【0014】
請求項7の発明は、前記樹脂膜層には細孔が形成されており、細孔径が1〜50μmである細孔は1mm2当たり500〜20000個存在する請求項6に記載のコップに係る。
【発明の効果】
【0015】
請求項1の発明に係るコップによると、コップの内表面に樹脂を塗布して樹脂膜層を形成したため、コップに加傷することなく、ビール類を注いだ際の豊かな泡立ちを生じさせることができる。
【0016】
請求項2の発明に係るコップによると、請求項1に記載の発明において、前記樹脂膜層が、前記コップの内底面側から開口部側に向けて略同心円状の環を成して該コップの内表面の一部に形成されているため、ビール類をコップに注ぐ際に直接ビール類は略同心円状の環に接触する。また、ビール類をコップの注いだ際の液面の上昇に伴い、順次、ビール類は略同心円状の環と何回も接触することによりビール類は物理的な衝撃を何度も受け、溶存していた過飽和の炭酸ガスが小泡となって発生し上昇し易くなる。そこで、ビール等を注いだ際に生じた泡の持続時間をより長くすることができる。
【0017】
請求項3の発明に係るコップによると、請求項1に記載の発明において、前記樹脂膜層が、前記コップの内底面側から開口部側に向けて略らせん状の帯を成して該コップの内表面の一部に形成されているため、ビール類をコップに注ぐ際に直接ビール類は略らせん状の帯に接触する。また、ビール類をコップの注いだ際の液面の上昇に伴い、順次、ビール類は略らせん状の帯と何回も接触することによりビール類は物理的な衝撃を何度も受け、溶存していた過飽和の炭酸ガスが小泡となって発生し上昇し易くなる。そこで、ビール等を注いだ際に生じた泡の持続時間をより長くすることができる。
【0018】
請求項4の発明に係るコップによると、請求項1ないし3のいずれか1項に記載の発明において、前記樹脂が、熱硬化樹脂であってポリウレタン樹脂であるため、洗浄時の衝撃、摩擦への耐久性と共に、耐熱性も兼ね備えることができ、樹脂膜層の機能を維持し続けることができる。
【0019】
請求項5の発明に係るコップによると、請求項1ないし4のいずれか1項に記載の発明において、前記樹脂膜層が、前記樹脂を筆もしくは刷毛のいずれかにより塗布して形成されているため、毛先の周りの空気が樹脂に巻き込まれ、筆の毛先により被着した樹脂の塗り跡は粗くなり、ビール類を注いだ際に樹脂膜層からビール類が受ける衝撃を増大させることができる。
【0020】
請求項6の発明に係るコップによると、請求項1ないし5のいずれか1項に記載の発明において、前記樹脂膜層の層厚が、1〜50μmであるため、樹脂膜層自体の衝撃耐性を備えると共に、コップ内表面の樹脂膜層が目立たなくなる。
【0021】
請求項7の発明に係るコップによると、請求項6に記載の発明において、前記樹脂膜層には細孔が形成されており、細孔径が1〜50μmである細孔は1mm2当たり500〜20000個存在するため、好適な微細泡を発生させることができ、良好な泡立ちを実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下添付の図面に従って本発明を説明する。
図1は本発明の一実施例に係るコップの全体斜視図、図2は他の実施例に係るコップの全体斜視図、図3は樹脂の塗布を示す第1模式図、図4は樹脂の塗布を示す第2模式図、図5は発泡の概念図である。
【0023】
本発明のコップとは、ビール類を注いだ際に程良い泡立ちを生じさせる特性を有するビール用のコップである。このコップの材質はガラス、耐熱性の公知の樹脂素材から形成される。いずれにおいても、ビール類の色を楽しむために透明であることが好ましい。ビール類には、酒税法上のビール、発泡酒、雑酒をはじめ、アルコール濃度1%未満のビールテイスト飲料等が含まれ、いずれも溶存ガス(炭酸ガス等)が溶解(過飽和に溶解)していることを特徴とする。さらには、スパークリングワイン等の酒類、サイダー等の飲料も含めることができる。以下、これら飲用物の総称としてビール類と記載する。
【0024】
ビール類を注いだ際の程良くきめ細かい泡立ちを生じさせるため、図1に示し、請求項1の発明に規定するように、コップ10の内表面11に樹脂を塗布することにより、樹脂膜層20を形成している。
【0025】
コップ10の樹脂膜層20に着目すると、請求項2の発明に規定するように、樹脂膜層20は、コップ10の内底面12側から開口部13側に向け、略同心円状の環21を成して形成されている。また、図2に示し、請求項3の発明に規定するように、コップ10Aにあっては、樹脂膜層20Aは、コップ10Aの内底面12側から開口部13側に向け、略らせん状の帯22を成して形成されている。
【0026】
図1及び図2から把握されるとおり、コップ10,10Aの内表面11に塗布される樹脂からなる樹脂膜層20,20Aは、当該コップの内表面11の一部に線状(帯状)を成して形成されている。つまり、コップの内表面11には樹脂膜層20,20Aにより段差が生じている。このため、ビール類をコップの注いでいるとき、さらには注がれたビール類の液面が上昇するとき等、順次、ビール類は略同心円状の環21あるいは略らせん状の帯22と何回も接触する。当該接触によりビール類は物理的な衝撃を何度も受け、ビール類に溶存していた過飽和の炭酸ガスが小泡となって発生し上昇し易くなる。
【0027】
むろん、コップ10における略同心円状の環21の本数、並びにコップ10Aにおける略らせん状の帯22の本数、幅、形状は、コップ自体の大きさ、デザイン、所望の泡立ち具合、ビール類自体の種類等いかんにより適宜である。また、略同心円状の環21や略らせん状の帯22は図示のような連続した形状でも、図示しない途中で途切れた形状でも良い。図示から自明なように、略らせん状の帯は、略同心円状の環と比べて一筆書きできるため、樹脂塗布の作業効率は良い。
【0028】
コップ内表面への樹脂膜層の形成には、種々の手法が検討される。例えば、スプレー塗布、スポイトによる滴下等である。しかし、発明者らの検証によると、請求項4の発明に規定するように、樹脂膜層は樹脂を筆もしくは刷毛のいずれかにより塗布して形成されていることが望ましい。
【0029】
図3はスポイトによる滴下を用いた樹脂Rの塗布の様子を模式的に表す。図3(a)は塗布前、(b)は塗布途中、(c)は塗布完了を示す。すなわち、スポイト30の先端31から流れ出る樹脂Rはコップの内表面11上にそのまま被着し、事後乾燥を経て樹脂層膜となる。
【0030】
これに対して、図4は筆による樹脂Rの塗布の様子を模式的に表す。図4(a)は塗布前、(b)は塗布途中、(c)は塗布完了を示す。筆40の毛先41に含まれている樹脂もコップの内表面11上に被着する。この場合、筆の毛先を樹脂が伝って流れるうちに、毛先の周りの空気が樹脂に巻き込まれることが想定される。また、筆の毛先により被着した樹脂の塗り跡は粗くなる。加えて、事後の乾燥を経て多孔質状の樹脂膜層が形成されていると考えられる。この結果、ビール類を注いだ際に受ける衝撃の増大が推察される。なお、刷毛の場合も毛先を有する点で筆と構造上共通するため、その説明及び図示を省略する。
【0031】
コップの内表面に塗布される樹脂は、空気中で劣化しない耐候性と共に、コップの洗浄や取り扱い時の衝撃、洗浄時の熱、洗浄液にも耐えうる耐衝撃性・耐摩耗性、耐熱性、耐薬品性を極力満たし、樹脂膜層の機能を維持し続ける必要がある。そのため、適応可能な樹脂種としては、請求項5の発明に規定するように、熱硬化性樹脂のポリウレタン樹脂をはじめ、同じく熱硬化性樹脂のエポキシ樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂等の樹脂種が利用可能である。
【0032】
コップの内表面に樹脂が塗布された後、樹脂種に応じた温度雰囲気のもとで加熱される。例えば、熱硬化性樹脂のポリウレタン樹脂の場合には、150〜220℃の加熱温度とされる。150℃以下の場合には、熱硬化が進行せず樹脂膜層の耐久性に欠く。また、220℃以上の場合には、樹脂の変色を生じさせるおそれがあるため好ましくない。
【0033】
コップの内表面に樹脂を塗布して形成した樹脂膜層の層厚について、請求項6の発明に規定するように、1〜50μmとすることが好ましい。樹脂膜層の層厚が1μm以下のように極端に薄い場合、樹脂膜層自体の耐衝撃性・耐摩耗性が低下する。上限は適宜ではあるものの、50μmを超えても泡立ちの効果の向上はあまり期待できない。また、コップは透明なガラス製であることを考慮すると、樹脂膜層の層厚が厚くなることにより、コップの内表面の樹脂膜層が目立って視認されるため、外観視において好ましくない。このような観点からも樹脂膜層の層厚は50μm以下とされる。ちなみに、形成した樹脂膜層の屈折率は1.7以下であれば、外観視において認識されにくいと考えられる。
【0034】
なお、コップの内表面に樹脂を塗布して形成した樹脂膜層については、必要により適宜の親水化処理が施される。例えば、プラズマ処理、コロナ放電、薬品処理、オゾン処理等である。この結果、樹脂膜層表面の極性が変化し親水性が高まるものとされる。
【0035】
コップの内表面に形成された樹脂膜層には、請求項7の発明に規定するように、細孔が形成されている。細孔の直径(細孔径)が1〜50μmである細孔は、樹脂膜層表面1mm2当たり500〜20000個存在している。この細孔は樹脂の硬化時に溶剤成分が揮発して形成される。例えば水溶性の熱硬化ポリウレタン樹脂の場合、加熱、硬化の際に水分が蒸発して細孔が生じる。細孔径について、極端に小さい場合、泡の生成に影響を及ばさない。樹脂膜層の層厚を超えて大きくなる場合、細孔ゆえの段差として機能しなくなるほか、泡が大きくなりやすく泡の持続性が低下する可能性がある。細孔の単位面積当たりの存在頻度は、後述する実施例より把握されるとおり、良品の試作例に基づくものである。
【0036】
樹脂膜層に形成される細孔とは、特に筆塗りや刷毛塗りによって樹脂に巻き込まれた空気により生じた気泡が樹脂の熱硬化、乾燥の際に破壊され、樹脂膜層表面に気泡の略半球状の陥没を生じさせたものであると考えられる。実施例においては電子顕微鏡の撮像により細孔の個数等を確認している。
【0037】
ここで、樹脂膜層に形成される細孔とビール類の発泡に関しては、概念的に図5の断面模式図のとおり示される。図5(a)によると、コップ10,10Aの内表面11上に被着形成された樹脂膜層20,20Aには、細孔25が形成されている。樹脂膜層の層厚Tは前述のとおり1〜50μmである。また、細孔の直径(細孔径D)も1〜50μmとされる。樹脂膜層の表面24は素焼きの容器ように多孔質状態に近似する。
【0038】
次に、ビール類を注ぐと、図5(b)に示すように、ビール類Lqは樹脂膜層20,20Aを伝ううちに細孔25と接触する。このときの衝撃により、ビール類は平衡状態から不安定化し、溶解している炭酸ガス(二酸化炭素)が放出されて微細泡30が生じる。こうして、生じた微細泡は上昇して液面上に美麗かつ風味良いビール類に特有な泡となる。
【実施例】
【0039】
[使用材料]
コップとして、石塚硝子株式会社製のガラスコップ「小コップ6」:容量180mL、開口部直径60mm、全高93mmを用いた。ここで、何らの処理を行っていない前記のガラスコップ「小コップ6」を比較例とした。ビール類として、アサヒビール株式会社製のビール「アサヒスーパードライ」を用いた。
【0040】
下記の比較例及び試作例のコップは、市販の家庭用食器洗剤と食器用スポンジを用い40℃以上の温水にて洗浄し、水道水及び蒸留水によりコップ内表面のすすぎを行った。さらに、コップの内容量いっぱいに蒸留水を満たした後にこの蒸留水を捨て、コップを伏せた状態のまま60秒間水切りを行った。ビールは未開栓のまま静置し液温を10℃に保持した。開栓後直ちにコニカルビーカーに80mL注いで計量し、60秒間水切りを行ったコップに一気に注いだ。そこで生じたビール液面上の泡を評価した。ビールをコップに注いでいるとき、並びに注いだ直後については、図6(a)及び(b)のとおり概要を示すことができる。符号Bはビールの泡、Lqはビールである。
【0041】
[評価方法]
泡持ち時間とは、ビールを注ぐことによって生じた泡において、この泡の減少に伴い泡が存在しない部分、つまり、ビールの液面の一部が露出するまでの時間を示す。この状況は、図6(c)の露出するビールの液面Lsとして参照される。ガラスコップ「小コップ6」そのものである未処理のコップ(比較例とする)の泡持ち時間を基準の時間とし、各試作例のコップの泡持ち時間が基準の時間よりもどれだけ長い時間であるかについて計測した。
【0042】
泡立ちの評価とは、コップにビールを注いだ後、コップの内表面から発泡を生じさせている箇所(点)の有無、並びに個数や発泡状態の評価である。評価は、目視による次の3段階とした。“◎”はコップの内表面の2箇所以上より連続して泡が発生している状態である。“○”はコップの内表面の1箇所より連続して泡が発生している。あるいは、2箇所以上ではあるが不連続に泡が発生している状態である。“△”はコップの内表面からの発泡がない。あるいは、不連続な泡の発生が1箇所存在する状態である。
【0043】
内表面泡付きの評価とは、泡持ち時間の計測を終えた時点の各コップにおいて、コップの内表面にどの程度泡が残存しているのかに関する評価である。これは、図6(c),(d)にて、‘*’印を付した泡付き部Brとして参照される。評価は、目視による次の2段階とした。“○”は図6(b)に示す当初の泡により満たされていたコップの内表面と比較して、半分以上の内表面面積に依然として泡が付着している状態である。“△”は、同様に比較して付着している泡が内表面面積の半分以下の状態である。
【0044】
液面泡付きとは、泡持ち時間の計測を終えた時点の各コップにおいて、ビールの液面Lsとコップの内表面との間に泡が残存しているか否かに関する評価である。そこで、“○”は、図6(c)にて‘#’印を付した液面泡付き部Bsが存在しているものとした。“×”は液面泡付き部Bsが見られず図6(d)のように泡とビールの液面が離れた状態である。
【0045】
繰り返し耐性は、市販のコップ洗浄用スポンジを用い試作例のコップの内表面を10000回繰り返してこすった。そこで、コップの内表面に形成されている樹脂膜層の剥離の有無を観察した。“○”は剥離無し、“△”は部分的な剥離あり、“×”は全部剥離である。
【0046】
[樹脂膜層の形成]
樹脂膜層の形成手法の相違による細孔分布、泡立ちの差を検証した。
【0047】
試作例1は、比較例のコップの内表面に、水溶性ポリウレタン樹脂PU−1をスポイトにより略らせん状に塗布した後、フッ化水素(フッ酸水)を用いコップの内表面をエッチングし、コップを600℃で5時間加熱してポリウレタン樹脂を消失させたコップである。この場合、樹脂部分はフッ酸の腐蝕を受けないため、コップの内表面に略らせん状の段差が生じる。試作例1によると、エッチングの深さは8μmであった。なお、水溶性ポリウレタン樹脂PU−1の揮発性水分量は60%である。
【0048】
試作例2は、比較例のコップの内表面に、同じくポリウレタン樹脂PU−1をスポイトにより略らせん状に塗布し、170℃で20分間加熱し、熱硬化後の樹脂膜層に親水処理を施したコップである。試作例2の樹脂膜層の段差(層厚)は15μmであった。
【0049】
試作例3は、比較例のコップの内表面に、同ポリウレタン樹脂PU−1を筆により略らせん状に塗布し、170℃で20分間加熱し、熱硬化後の樹脂膜層に親水処理を施したコップである。試作例3の樹脂膜層の段差(層厚)は8μmであった。
【0050】
比較例、並びに試作例1ないし3について、細孔分布、細孔径、泡立ち時間を測定、観察した。結果は、表1である。細孔分布には、走査型電子顕微鏡(SEM)を用い、1mm2の単位面積当たりの細孔数に換算した。泡立ち時間は、比較例との時間の差を示す。
【0051】
【表1】

【0052】
細孔分布をみると、比較例及び試作例1はコップ内表面のガラス地自体の観察となるため、細孔数は0個である。一方、試作例2,3によると、細孔数は上昇する。特に試作例4より把握できるように、筆塗りにより細孔数は顕著に増加する。これは筆の毛先に空気が巻き込まれ、樹脂に気泡が形成されたものと推定する。泡持ち時間の増大という効果を比較すると、試作例4は最も良好である。すなわち、細孔数の増加に応じて、良好な泡立ちや泡持ちが誘発されたことになる。これらを踏まえ、細孔径が1〜50μmである細孔は1mm2当たり500〜20000個存在することが、好適となる。なお、試作例1のように、単なる段差、つまりガラスの凹凸のみでは、泡持ちの効果が期待できない。
【0053】
続いて、従来手法も含めて各種樹脂を塗布した際の泡の状態を評価した。
【0054】
試作例4は、比較例のコップの内表面に、#400のガラスビーズを0.75MPaの噴射圧により30秒間噴射し、サンドブラスト処理を施したコップである。
【0055】
試作例5は、比較例のコップの内表面全面にポリウレタン樹脂PU−1を満たしてコートし、170℃で20分間加熱したコップである。
【0056】
試作例6は、比較例のコップを120℃に加熱し、このコップの内表面に水溶性ポリエチレン樹脂をスプレー塗布したコップである。
【0057】
試作例7は、比較例のコップの内表面に、ポリウレタン樹脂PU−1を筆により略らせん状に塗布し、170℃で20分間加熱したコップである。
【0058】
試作例8は、比較例のコップの内表面に、同ポリウレタン樹脂PU−2を筆により略らせん状に塗布し、170℃で20分間加熱し、熱硬化後の樹脂膜層に親水処理を施したコップである。
【0059】
試作例9は、比較例のコップの内表面に、同ポリウレタン樹脂PU−3を筆により略らせん状に塗布し、170℃で20分間加熱し、熱硬化後の樹脂膜層に親水処理を施したコップである。
【0060】
試作例10は、比較例のコップの内表面に、同ポリウレタン樹脂PU−4を筆により略らせん状に塗布し、170℃で20分間加熱し、熱硬化後の樹脂膜層に親水処理を施したコップである。
【0061】
比較例、並びに試作例4ないし10に関する泡持ち時間、泡立ち、内表面泡付き、液面泡付き、繰り返し効果について、結果を表2に示す。
【0062】
【表2】

【0063】
試作例4の結果のとおり、背景技術にて開示した特許文献1等のサンドブラストによる加傷を伴う処理によると、泡持ちや泡残りが悪い。試作例6のとおり熱可塑性樹脂の場合、泡持ちや泡立ちは良いものの繰り返し耐性が思わしくなく、実用化は困難である。
【0064】
試作例5のようにコップ内表面全体に樹脂膜層を形成する場合、泡持ちが思わしくない。この要因について、樹脂膜層の形成面積の増大に伴い細孔数は増加している。しかし、ビール液面の上昇時のコップ内表面と樹脂膜層との段差による抵抗が無くなる。結果として、コップに注がれたビール自体が受ける衝撃は低減したものと推察する。そのため、泡形成を考慮して樹脂膜層は、コップ内表面の一部に形成することが望ましい。
【0065】
試作例3及び試作例7ないし10について、ポリウレタン樹脂の種類による変動は見られるものの、いずれの項目とも総じて良好である。従って、樹脂の塗布は、コップの内表面の一部に限るべきである。また、樹脂は、耐久性を考慮して熱硬化樹脂であるポリウレタン樹脂が好適である。
【0066】
[層厚と硬化温度]
コップの内表面に形成される樹脂膜層の層厚を変化させるため、順次塗布量を変えながらポリウレタン樹脂PU−1を塗布した。また、各々の層厚毎の熱硬化温度による影響も評価した。下記の表3ないし6に層厚と熱硬化温度を変化させたときの繰り返し耐性並びに目視による外観視の様子を示す。表3の熱硬化温度は140℃、表4の熱硬化温度は170℃、表5の熱硬化温度は200℃、表6の熱硬化温度は230℃である。表中の目視による外観視の様子において、“○”は無色透明であり正常とした。“△”は僅かな黄変が見られたものであり、“×”はかなりの黄変が見られたものである。さらに“−”の付記は樹脂膜層の存在が目視で認識されたものである。
【0067】
【表3】

【0068】
【表4】

【0069】
【表5】

【0070】
【表6】

【0071】
表3ないし6から把握されるように、熱硬化温度140℃(表3)並びに230℃(表6)のときでは、繰り返し耐性または外観視において支障を来す。従って、好適な熱硬化温度域を考慮すると、150〜220℃、さらに好ましくは170〜200℃である。次に、層厚に着目すると、いずれの表においても最も薄い層厚では、繰り返し耐性が低下する。当然ながら、層厚の増大に伴い繰り返し耐性は向上する。しかし、樹脂膜層の存在が露見するため、ガラスコップとしての美観を重視するならば好ましくない。そのため、樹脂膜層の層厚を1〜50μm、より好ましくは5〜50μmとすることが望ましい。他のポリウレタン樹脂等に関しても同様の傾向であるため、上記の層厚を好適と類推する。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】本発明の一実施例に係るコップの全体斜視図である。
【図2】他の実施例に係るコップの全体斜視図である。
【図3】樹脂の塗布を示す第1模式図である。
【図4】樹脂の塗布を示す第2模式図である。
【図5】発泡の概念図である。
【図6】発泡評価の概略図である。
【符号の説明】
【0073】
10,10A コップ(ビール類用のコップ)
11 内表面
12 内底面
13 開口部
20,20A 樹脂膜層
21 略同心円状の環
22 略らせん状の帯
25 細孔
30 微細泡
40 筆
41 毛先

【特許請求の範囲】
【請求項1】
コップの内表面に樹脂を塗布して樹脂膜層を形成したことを特徴とするコップ。
【請求項2】
前記樹脂膜層が、前記コップの内底面側から開口部側に向けて略同心円状の環を成して該コップの内表面の一部に形成されている請求項1に記載のコップ。
【請求項3】
前記樹脂膜層が、前記コップの内底面側から開口部側に向けて略らせん状の帯を成して該コップの内表面の一部に形成されている請求項1に記載のコップ。
【請求項4】
前記樹脂膜層が、前記樹脂を筆もしくは刷毛のいずれかにより塗布して形成されている請求項1ないし3のいずれか1項に記載のコップ。
【請求項5】
前記樹脂が、熱硬化樹脂であってポリウレタン樹脂である請求項1ないし4のいずれか1項に記載のコップ。
【請求項6】
前記樹脂膜層の層厚が、1〜50μmである請求項1ないし5のいずれか1項に記載のコップ。
【請求項7】
前記樹脂膜層には細孔が形成されており、細孔径が1〜50μmである細孔は1mm2当たり500〜20000個存在する請求項6に記載のコップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−195785(P2007−195785A)
【公開日】平成19年8月9日(2007.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−18728(P2006−18728)
【出願日】平成18年1月27日(2006.1.27)
【出願人】(000198477)石塚硝子株式会社 (77)
【出願人】(000000055)アサヒビール株式会社 (535)
【Fターム(参考)】