説明

コンクリート構造物の変状検出方法

【課題】 コンクリート構造物に存在する変状を従来よりも短時間でかつ精度良く検出することが可能な変状検出方法を提供する。
【解決手段】 コンクリート構造物に存在する変状を検出する方法であって、赤外線映像装置を用いてコンクリート構造物の表面温度分布を計測し、その計測結果により得られた表面温度分布を等温線で表示する。その際、等温線表示の前処理として、表面温度分布に含まれるノイズを除去するノイズ除去処理を行うのが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外線映像装置を用いてコンクリート構造物の表面温度分布を計測し、その計測結果に基づいてコンクリート構造物に存在する変状を検出する変状検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、コンクリート構造物には、コンクリー打設時の不備や、コンクリート自体の経年劣化、鉄筋の腐食等に起因して、ひび割れ、剥離、空隙、浮き(鉄筋とかぶりコンクリートとの付着不良)などの各種の変状が存在することがある。そして、コンクリート構造物にこのような初期欠陥や劣化部などの変状が存在すると、コンクリートの剥落等を生じて構造物全体の強度劣化をもたらすため、このような変状の有無を確実に検出することが必要となる。
【0003】
このため、従来技術では、赤外線映像装置を用いてコンクリート構造物の表面温度分布を計測し、その計測結果により表面温度分布を色分けして色の濃淡で画像表示する、いわゆるサーモグラフィを利用して初期欠陥や劣化部などの変状を検出する方法が広く採用されている。
【0004】
すなわち、コンクリート構造物の健全部分と変状部分とは熱伝導率の違いによって温度差を生じるので、この温度差を赤外線映像装置により熱映像情報として捉えることで変状部分を検出することができる。
【0005】
しかし、単純に赤外線映像装置を用いて得られるサーモグラフィを観察するだけでは、色の濃淡が連続的に変化して表示されているので、画像が全体的にぼやけていて、変状部分と健全部分とのコントラストが不明確なことが多い。そのため、観測者がサーモグラフィにおける色の濃淡の相違に基づいて目視で変状を検出することは、多分に勘と経験に負うところが大きく、検出精度が必ずしも高くない。
【0006】
そこで、このような不具合を改善するために、従来技術では、例えば、構造物表面での日中および夜間のそれぞれの時間帯で赤外線カメラを用いて表面温度を計測して両者の温度差分布を求めたり(例えば、特許文献1参照)、赤外線カメラで撮影した赤外線画像とデジタルカメラで撮影したディジタル写真画像とを組み合わせたり(例えば、特許文献2,3参照)、あるいは、特定波長の赤外線を構造物に均一に照射したり(例えば、特許文献4参照)することにより、コンクリート構造物に存在する変状部分を顕在化させるようにした技術が提案されている。さらに、従来技術では、モニタテレビの画面に表示されたサーモグラフィについて、観測者が四季に渡る観測データを参照しながら目視によってノイズを除去して変状部分を顕在化するようにした方法も提案されている(例えば、特許文献5参照)。
【特許文献1】特開平9−281065号公報
【特許文献2】特開2002−267432号公報
【特許文献3】特開2004−212104号公報
【特許文献4】特開2003−185608号公報
【特許文献5】特開平5−108796号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上記の各特許文献1〜5に記載されている各従来技術は、未だ次の課題が残されている。
【0008】
すなわち、特許文献1に記載されている技術は、日中および夜間のそれぞれの時間帯で赤外線カメラを用いてそれぞれ表面温度を計測する必要があるため、その結果が出るまでに時間がかかり、リアルタイムでコンクリート構造物の変状の有無を検出することができない。
【0009】
また、特許文献2,3に記載されている技術は、赤外線カメラとデジタルカメラの2台のカメラが必要であり、コンクリート構造物の変状検出のために余分なコストがかかるだけでなく、両カメラの設置関係が適切になるように調整する必要があるため、設置調整のために余分な労力を要する。
【0010】
また、特許文献4に記載されている技術は、赤外線カメラ以外に、特定波長の赤外線を構造物に均一に照射するための照射手段が別途必要であり、特許文献2,3の場合と同様、余分なコストがかかるだけでなく、赤外線カメラと照射照射との設置調整のために余分な時間と労力を要する。
【0011】
さらにまた、特許文献5に記載されている技術は、赤外線カメラにより得られた赤外線画像自体を解析的に加工して画像に含まれているノイズを除去するものではなく、あくまで、モニタテレビの画面上で赤外線画像から目視によってノイズを除去するものであるため、多分に勘と経験に負うところが大きくて個人差を生じ易いために、依然として検出精度が不十分である。
【0012】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたもので、赤外線映像装置によりコンクリート構造物の表面温度分布を計測して得られた情報に基づいて短時間の内に変状部分と健全部分とのコントラストを明確に表示できるようにして、個人差を生じることなく観測者が変状を確実に検出することができ、従来よりも簡便で、かつ高い検出精度が得られるコンクリート構造物の変状検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
通常、等高線を描いた地形図から地形の様子が容易に読み取ることができるという観点に着目し、請求項1記載の発明に係るコンクリート構造物の変状検出方法は、赤外線映像装置を用いてコンクリート構造物の表面温度分布を計測し、その計測結果に基づいてコンクリート構造物に存在する変状を検出する際に、コンクリート構造物を計測して得られる表面温度分布を等温線で表示することを特徴としている。
【0014】
請求項2記載の発明は、請求項1記載のコンクリート構造物の変状検出方法において、前記各等温線をその温度に応じて色分け表示することを特徴としている。
【0015】
また、計測されたコンクリート構造物の表面温度分布のデータには、コンクリートがセメント、細骨材、粗骨材などから構成される複合体であることに起因した局所的な熱的性質の不均一や、コンクリート表面の凹凸、および汚れなどによって生じる温度変化がノイズとして含まれている。そして、このようなノイズによる温度変化が大きいと、それによって変状の存在に基づく等温線が乱されて変状の検出が難しくなる恐れがある。したがって、変状の存在を明瞭に表す等温線を描くためには、表面温度分布の計測データに含まれるノイズを有効に除去することが望ましい。
【0016】
そこで、請求項3記載の発明では、請求項1または請求項2に記載のコンクリート構造物の変状検出方法において、前記コンクリート構造物を計測して得られた表面温度分布を2次元ウェーブレット変換して展開級数を求めるステップと、前記展開係数の係数使用比率をαとしたとき、前記2次元ウェーブレット変換して得られた各展開係数を絶対値の大きい順に並べて上位の展開係数のα分のみを残してそれ以外の展開級数を除去するステップと、この除去後に残った展開級数を2次元ウェーブレット逆変換して表面温度分布の再構成を行うステップと、から構成されるノイズ除去を前処理として施すことを特徴としている。
【0017】
この請求項3記載の発明において、ノイズ除去を前処理として施す場合に適用する係数使用比率αとしては、請求項4記載の発明のように、0.1〜1.0%の範囲に設定されていることが好ましい。
【0018】
また、請求項3記載の発明において、前記ノイズ除去を前処理として施す場合に適用する係数使用比率αとしては、請求項5記載の発明のように、予め係数使用比率αの値を種々に変えて前記ノイズ除去を行なって得られた各表面温度分布と、前記ノイズ除去を行わない元の表面温度分布との平均二乗誤差を求め、この平均二乗誤差の値が急激に変化し始めるときのαの値を採用することができる。
【0019】
あるいは、請求項3記載の発明において、前記ノイズ除去を前処理として施す場合に適用する係数使用比率αとしては、請求項6記載の発明のように、予め係数使用比率αの値を種々に変えて前記ノイズ除去を行なって得られた各表面温度分布と、前記ノイズ除去を行わない元の表面温度分布との平均二乗誤差の関係を近似した近似曲線を求め、この近似曲線の値が急激に変化し始めるときのαの値を採用することができる。
【0020】
あるいはまた、請求項3記載の発明において、前記ノイズ除去を前処理として施す場合に適用する係数使用比率αとしては、請求項7記載の発明のように、予め係数使用比率αの値を種々に変えて前記ノイズ除去を行なって得られた各表面温度分布と、前記ノイズ除去を行わない元の表面温度分布との平均二乗誤差の関係を近似した近似曲線の微分値または曲率値を求め、この微分値または曲率値が急激に変化し始めるときのαの値を採用することができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明のコンクリート構造物の変状検出方法によれば、次の効果が得られる。
【0022】
請求項1記載の発明では、赤外線映像装置を用いて計測したコンクリート構造物の表面温度分布を等温線で表示するので、コンクリート構造物に存在する変状がより明確に視認できるようになる。このため、観測者は個人差を生じることなく変状を確実に検出することができる。しかも、表示された等温線の形状の特徴を分析することにより、例えば、空隙、浮き、ひび割れ等の変状の種別や、ひび割れの傾斜方向や欠陥の存在範囲などの変状状態を容易に識別することができる。また、赤外線映像装置以外に他の装置や設備を準備する必要がないので、温度計測を簡単に行うことができ、余分なコストや手間がかかることもない。
【0023】
特に、請求項2記載の発明では、等温線をその温度に応じて色分けして表示するので、変状の存在をさらに一層容易に視認することができる。このため、表示された等温線の形状の特徴分析がさらに容易となり、変状の種別や変状発生状態をより明確に検出できるようになる。
【0024】
また、請求項3記載の発明では、コンクリート構造物を計測して得られた表面温度分布を等高線で表示するための前処理として、2次元ウェーブレット変換を利用したノイズ除去処理を施すので、ノイズ除去を行わない元の表面温度分布を用いる場合よりも等高線表示がより明確となり、変状の検出がさらに容易となる。また、ノイズ除去のために要する時間は従来よりも短くて済むので、ほぼリアルタイムでコンクリート構造物の変状の有無を検出することができる。
【0025】
請求項4記載の発明では、このノイズ除去を前処理として施す場合に適用する係数使用比率αとしては、0.1〜1.0%の範囲に設定されているので、赤外線映像装置で得られたままの元の表面温度分布の情報を失わず、かつ、不要なノイズが確実に除去されるので、等高線表示がより一層明確となり、変状の検出が容易となる。
【0026】
また、請求項5記載の発明のように、予め係数使用比率αの値を種々に変えて前記ノイズ除去を行なって得られた各表面温度分布と、前記ノイズ除去を行わない元の表面温度分布との平均二乗誤差の値が急激に変化し始めるときのαの値、あるいは請求項6記載の発明のように、その平均二乗誤差の関係を近似した近似曲線の値が急激に変化し始めるときのαの値、または、請求項7記載の発明のように、近似曲線の微分値または曲率値が急激に変化し始めるときのαの値、をそれぞれノイズ除去を行うための係数使用比率αとして採用することで、常に客観的かつ適切な係数使用比率αを決定することができる。特に、近似曲線の微分値または曲率値を求めて係数使用比率αを決定する仕方は、近似曲線の変化の様子がより明瞭に現れるので好ましいものとなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
以下、本発明の実施の形態におけるコンクリート構造物の変状検出方法について説明する。
【0028】
この実施の形態では、赤外線映像装置を用いて計測したコンクリート構造物の表面温度分布を等温線で表示するが、そのためには、予め表面温度分布の計測データに含まれるノイズを有効に除去する必要がある。
【0029】
そこで、ここではまず、計測データに含まれる変状の存在を反映した温度変化、およびノイズの温度変化の特徴について説明し、次いで、両者の特徴に基づいて表面温度分布の計測データからノイズを有効に除去する方法について説明する。
【0030】
赤外線映像装置を用いたコンクリート構造物の変状として、かぶりコンクリート内に存在する空洞や、鉄筋とかぶりコンクリートとの境界部分に生じる浮き、あるいはかぶりコンクリート部分を貫通するひび割れなどがある。
【0031】
そして、これらの変状の存在に起因してコンクリート表面に現れる温度変化は、変状の近傍に局所的に存在する。また、変状の温度変化の周期特性は、変状の種類や発生位置などによって異なるが、従来においてハンマーを用いた打音試験で検出される程度の規模のものであることを考慮すると、波長は概略100mm以上の比較的長い、すなわち比較的長周期のものであると考えられる。
【0032】
一方、コンクリートは、セメント、細骨材、粗骨材などから構成される複合体であるので、これらの熱伝導率の差に起因した局所的な不均一性や、コンクリート表面の凹凸、あるいは汚れなどによって温度変化が生じている。このため、計測されたコンクリート構造物の表面温度分布の計測データには、これらの温度変化がノイズとして含まれている。
【0033】
特に、細骨材はコンクリート構造物の表面付近に多く存在しているので、コンクリート表面における局所的な温度変化の主原因となるのは細骨材であると考えられる。ここに、細骨材の寸法は10mm以下であって、平均は1〜2mm程度であるので、細骨材に起因するコンクリート表面での局所的な温度変化は、正弦波の波長として捉えると寸法の2倍、つまり波長が20mm程度以下の範囲に分布している。また、粗骨材の最大寸法は一般的な構造物では40mm以下である。
【0034】
したがって、骨材全体に起因するコンクリート表面での局所的な温度変化は、正弦波の波長として捉えたとき波長が80mm程度以下の範囲に広く分布すると考えられる。また、コンクリート表面の凹凸も同様に表面に露出した骨材によるものが大半であり、汚れはその凹凸の上に載っているので、これらの温度変化の波長も同様に80mm程度以下の範囲に分布している。
【0035】
したがって、変状の存在に起因する温度変化は比較的長周期のものであるのに対して、ノイズの原因となる温度変化はそれよりも短い周期のものであって比較的広い範囲に分布して存在していると考えられる。
【0036】
また、変状の存在に起因する温度変化の振幅とノイズの振幅とを比較すると、対象とする変状がいわゆる打音試験で検出できる程度に劣化が進行したものであることを考慮すれば、前者は後者よりも十分に大きいと考えられる。
【0037】
以上の観点より、変状の存在に起因する温度変化、およびノイズの温度変化の特徴に基づき、赤外線映像装置によって得られる表面温度分布の計測データからノイズを有効に除去して変状を精度良く検出するため具体的な方法について、図1に示すフローチャートを参照して説明する。
【0038】
まず、コンクリート構造物の表面温度分布を赤外線映像装置を用いて計測する。この場合の赤外線映像装置としては一般の市販品を使用することができる。そして、計測して得られた表面温度分布の計測データに基づいて、以下に述べる信号処理を実施する。
【0039】
変状の存在に起因する温度変化およびノイズの温度変化は、ともに連続的でなくコンクリート構造物の表面各部に局在するので、連続信号の周波数分析に一般的に用いられているフーリエ展開級数による分析は適していない。そこで、この実施の形態では、不連続信号の周波数分析に好適な離散ウェーブレット変換を用いて、表面温度分布の計測データについてウェーブレット展開係数を求める(ステップ1)。
【0040】
すなわち、表面温度分布の計測データは2次元の離散データとして与えられるので、これをf(m,n)で表す。そして、この表面温度分布f(m,n)をレベル0(j=0)のスケーリング係数s(0) m 、 n とみなして、横軸方向に1次元直交ウェーブレット変換を行なうと次式のようになる。
【0041】
【数1】

【0042】
【数2】

【0043】
ここに、s(l、 x)m 、 n およびw(l、 x)m 、 n は、それぞれ横軸方向のスケーリング係数およびウェーブレット展開係数を示す。
【0044】
次に、それぞれの係数に対して縦軸方向に1次元直交ウェーブレット変換を行なうと、次のようにレベル1(j=1)の各係数が得られる。
【0045】
【数3】

【0046】
【数4】

【0047】
【数5】

【0048】
【数6】

【0049】
ここに、w(l、 h)m 、 n は横軸方向にスケーリング関数、縦軸方向にウェーブレットを作用させた係数を示す。また、w(l、 v)m 、 n は横軸方向にウェーブレット、縦軸方向にスケーリング関数を作用させた係数を示す。また、w(l、 d)m 、 n は縦方向および横方向ともにウェーブレットを作用させた係数を示す。
【0050】
ここで、上記の(数1),(数2)、および(数3)〜(数6)の関係をまとめると次のようになる。
【0051】
【数7】

【0052】
【数8】

【0053】
【数9】

【0054】
【数10】

【0055】
同様にして、上式の内、s(1) m 、 n のみをさらに4つの成分に分解すると、レベル2の係数であるs(2) m 、 n 、w(2、 h)m 、 n 、w(2、 v)m 、 n 、およびw(2、 d)m 、 n が得られ、このような操作を繰り返すことにより2次元の多重解像度分解を行うことができる。分解のレベルが上がるごとにスケーリング係数およびウェーブレット展開級数にはより長周期の成分が現われる。
【0056】
前述のように、表面温度データの中に含まれる、変状の存在に起因する温度変化の成分とノイズに基づく温度変化の成分とを比較すると、前者の方が比較的長周期であって値が大きい。したがって、分解のレベルを上げて変状の存在に基づく長周期の温度変化を代表する展開係数を顕著にした上で、得られた展開係数全体から値が小さいものを除けば相対的に変状に起因する温度変化が強調され、結果としてノイズを除けることになる。
【0057】
すなわち、多重解像度分解の操作をL回(例えば、L=5程度)繰り返して、レベルL(j=L)のスケーリング係数s(L) m 、 n と、ウェーブレット展開級数w(L、 h)m 、 n 、w(L、 v)m 、 n 、w(L、 d)m 、 n とを求め、これらの展開係数を絶対値の大きい順に並べる。そして、いま、展開係数の係数使用比率をα(%)としたとき、上位の展開係数のα(%)分のみを残し、それ以外の展開級数を“0”にする。これによって上記のノイズ除去が行なえる(ステップ2)。
【0058】
続いて、これらの縮退した展開係数を次式に示すようにして2次元ウェーブレット逆変換するとレベル(L−1)(j=L−1)のスケーリング係数が再構成される。
【0059】
【数11】

【0060】
この(数11)に示す2次元ウェーブレット逆変換による再構成を、2次元ウェーブレット変換をしたのと同じ回数(L回)分だけ繰り返して行うと、最終的にノイズが除去された一画面についての表面温度分布fc(m,n)が得られる(ステップ3)。
【0061】
次に、係数使用比率αの好適値を決定するために、計測された表面温度分布f(m,n)に対して係数使用比率αの値を、α1 ,α2 ,α3 ,…というように複数個(例えば4個)設定し、設定した全ての係数使用比率α1 ,α2 ,α3 ,…によるノイズ除去処理が終了していないときには、係数使用比率α1 ,α2 ,α3 ,…の各値を順次設定して上記のステップ2,3の処理を繰り返してノイズ除去を行なう。
【0062】
そして、全ての係数使用比率α1 ,α2 ,α3 ,…を設定したノイズ除去処理が終了したときには(ステップ4)、続いて、ノイズ除去前の元の計測データである表面温度分布f(m,n)と、係数使用比率αをα1 ,α2 ,α3 ,…と変化させた場合に得られたノイズ除去後の表面温度分布fc(m,n)とから、次式によって平均二乗誤差を求める。
【0063】
【数12】

【0064】
続いて、係数使用比率αと平均二乗誤差mseとの関係に適合する近似曲線を求め、この近似曲線の値が大きく変化し始めるときの係数使用比率αの値を適合値αsとして決定する(ステップ5)。
【0065】
この場合の近似曲線としては、例えば、累乗近似曲線が好ましい。また、このような近似曲線のほかに、近似曲線の微分または曲率の値と係数使用比率αとの関係を利用して適合値αsを決定してもよい。この場合には、近似曲線の変化の様子がより明瞭に現れるのでさらに好ましい。
【0066】
なお、近似曲線を求めずに、係数使用比率αと平均二乗誤差との関係をそのまま用いてαの値が大きく変化し始めるときの適合値αsを決定することもできる。ただし、この場合には、適合値αsを決定する上で係数使用比率αをα1 ,α2 ,α3 ,…と変化させる数を多く設定する必要がある。
【0067】
最後に、上記のようにして決定した係数使用比率αの好適値αsを用いてノイズの除去を行なった表面温度分布fc(m,n)について等温線を表示する。この場合、信号レベルの等しい部分を連続的に結んで等高線を作成して表示する技術そのものは周知である。この技術を適用すれば、表面温度分布fc(m,n)について等温線を描くことができるので、ここでは詳しい説明は省略する。そして、その等温線の形状上の特徴から変状の種別、存在位置および存在範囲などを読み取る(ステップ6)。
【0068】
以上のように、この実施の形態におけるコンクリート構造物の変状検出方法は、赤外線映像装置を用いて得られる表面温度分布を等温線で表示するので、コンクリート構造物に存在する変状をより明確に視認できるようになる。このため、観測者は個人差を生じることなく変状を確実に検出することができる。また、表示された等温線の形状の特徴を分析することにより、例えば、空隙、浮き、ひび割れ等の変状の種別や、ひび割れの傾斜方向や欠陥の存在範囲などの変状状態を容易に識別することができる。また、赤外線映像装置以外に他の装置や設備を準備する必要がないので、温度計測を簡単に行うことができ、余分なコストや手間がかかることもない。さらに、表面温度分布の計測データを解析して等温線を表示するまでの一連の処理は、コンピュータを利用して行えるため、比較的短時間の内に処理を終了することができる。
【0069】
しかも、この実施の形態では、計測して得られた表面温度分布を等高線で表示する際に、その前処理として2次元ウェーブレット変換を利用したノイズ除去処理を施すので、ノイズ除去を行わない元の表面温度分布を用いる場合よりも等高線表示がさらに明確となり、変状の検出や形状の特徴分析を一層容易に行うことができる。
次に、本発明方法をコンクリート構造物の変状検出に適用した場合の具体的な実施例について説明する。
【実施例1】
【0070】
図2に示すように、コンクリート構造物を模擬したモルタル試験体1(寸法:300mm×300mm×100mm)を作成した。ここでは内部に生じた空隙を模擬するために、その中心部に縦に貫通する断熱材2(寸法:300mm×100mm×25mm)が設置されている。このモルタル試験体1のひとつの露出面以外は厚さ10mmの木製型枠で覆った状態にして、この露出面を真南に向けて直立させて快晴の日の日中に日射により加熱した。
【0071】
図3は加熱開始3時間後において赤外線映像装置を用いて上記の露出面を撮影して得られたサーモグラフィである。図3のサーモグラフィを目視観察すると、試験体内部の断熱材2の存在が視認できるものの、十分に明瞭であるとは言い難い。なお、下端中央から1時方向に見られる筋状の高温部は、コンクリート表面に存在する幅10mm、深さ1mm程度の傷による影響である。
【0072】
図3のサーモグラフィに対応する表面温度分布について、係数使用比率αを100%に設定して等温線を描くと図4のようになる。図4では空隙部の存在が十分に視認できるような等温線とはなっていない。次に、係数使用比率αを1%、0.3%、および0.05%にそれぞれ設定してノイズ除去を行った上で等温線を描くと図5〜図7に示すようになる。
【0073】
また、図8は、上記ノイズ除去における係数使用比率αと平均二乗誤差との関係を累乗近似曲線で近似した場合において、係数使用比率αと累乗近似曲線の曲率との関係を示したものである。両者の関係から、この実験データについては係数使用比率αが概略0.7%より小さくなるにつれて累乗近似曲線の値が次第に大きくなる。特に、係数使用比率αがおよそ0.3%より小さい範囲ではその傾向が顕著になる。これは、ノイズだけでなく、変状の存在に起因する表面温度を含む表面温度分布の本質的な部分が除去されるためであると考えられる。
【0074】
そこで、改めて図5〜図7を観察すると、係数使用比率αが1%のときは試験体画像の左右にノイズによるシミ状のもの3が依然として残っている(図5参照)。しかし、係数使用比率αが0.3%ではこれらが完全に消失し、ノイズ除去が完了している(図6参照)。さらにαを0.05%まで下げ過ぎると等温線が不自然に乱れている(図7参照)。これはノイズ以外の表面温度分布の本質的な部分までもがかなり除去されるためと推察される。
【0075】
このように、図8における累乗近似曲線の曲率の値が小さく、かつほとんど変化しない範囲における係数使用比率αの値を用いてノイズ除去を行なってもノイズ除去効果が小く、このため、試験体内部の断熱材2の存在を十分に視認できるまでに至らない。一方、曲率の値が過度に大きくなってしまった範囲における係数使用比率αの値を用いてノイズ除去を行なうと、現実の構造物の状態を反映した表面温度分布の本質的な部分までもが除去されてしまうため、等温線が不自然に乱れてしまい変状の検出が困難になる。つまり、係数使用比率αの値が大き過ぎても、逆に小さ過ぎても変状の検出に適した等温線が得られない。
【0076】
したがって、この実施例1の場合は、累乗近似曲線の曲率の値が急激に変化し始めるときの係数使用比率αの適合値αsは、αs=0.3%に設定してノイズ除去を行なうことが好ましい。
【実施例2】
【0077】
図9に示すように、コンクリート構造物を模擬したコンクリート試験体4(寸法:450mm×600mm×200mm)を作成した。ここではひび割れを模擬するために、コンクリートの水平な表面からこの面となす角度が30°であるようにアクリル板5(寸法:1mm×50mm×200mm)を挿入したものである。
【0078】
図10は模擬ひび割れを設けた面を真上にして快晴の日の日中に日射により加熱したときの加熱開始2時間後のその面におけるサーモグラフィである。ひび割れのコンクリート表面に現れる開口部がおよそ視認できる。
【0079】
図10のサーモグラフィに対応する表面温度分布について、係数使用比率αを100%、2%、0.5%および0.1%と変化させてノイズ除去を行った上で等温線を描くと図11〜図14に示すようになる。
【0080】
また、図15は、上記ノイズ除去における係数使用比率αと平均二乗誤差との関係を累乗近似曲線で近似した場合において、係数使用比率αと累乗近似曲線の曲率との関係を示したものである。
【0081】
係数使用比率αが2%のときはコンクリート試験体4の中央部付近の低温部にシミ状のもの6が依然として存在し、ノイズ除去が不十分である(図12参照)。係数使用比率αが0.5%になるとシミ状のものは見られずノイズの除去が完了している(図13参照)。しかし、係数使用比率αが0.1%になると、低温部の等温線が単調な形状に変化し始めている(図14参照)。これは、ひび割れの存在に起因する表面温度分布の本質的な部分までもがかなり除去されているためと考えられる。
【0082】
図15から、累乗近似曲線の曲率は、係数使用比率αの値がおよそ0.5%より小さくなると急激に大きくなる。これは図11〜図14に見られる現象とほぼ一致している。したがって、この場合は、適合値αs=0.5%に設定してノイズ除去を行なうことが好ましい。
【0083】
αs=0.5%としてノイズ除去を行なった場合(図13)の等温線を見ると、先ず、等温線が高密度に直線状に集まっている部分7にひび割れ開口部があることが分かる。次に、ひび割れ開口部7を挟んで右側の等温線8の色が濃く、左側の等温線9の色が薄いことから、右側の表面温度が左側のそれよりも相対的に高く、ひび割れ面が右側に傾斜していることが分かる。さらに、同図において、放射状に広がる等温線の始点10となっている箇所や、等温線が直角に曲がっている箇所11の存在を視認することができる。これらの箇所はひび割れ開口部の端部に対応しているので、ひび割れ開口部の存在範囲を明確に限定することができる。
【0084】
これらの実施例1,2、およびその他の実験結果より、ノイズ除去のために適用する係数使用比率αは、コンクリート構造物の特性に依るが、0.1〜1.0%の範囲に設定されていることが好ましい。また、実施例1,2から分かるように、従来のサーモグラフィをそのまま用いる場合に比べて、コンクリート構造物に存在するひび割れ近傍の表面温度分布を等温線で表示することにより、等温線に現れる特徴を分析してひび割れの傾斜方向やひび割れ開口部の存在範囲などを推定することが容易になる。
【産業上の利用可能性】
【0085】
上記の説明は、コンクリート構造物の表面温度分布を対象としているが、これに限らず、表面温度分布に基づいて求められたサーモグラフィを構成する画像データ、その他の表面温度分布を反映した2次元データに対しても本発明を同様に適用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0086】
【図1】本発明の実施の形態におけるコンクリート構造物の変状検出方法の手順を概略的に示すフローチャートである。
【図2】内部に空隙が存在するコンクリート構造物を模擬したモルタル試験体を示す斜視図である。
【図3】図2に示すモルタル試験体の加熱開始3時間後における露出面のサーモグラフィを示す図である。
【図4】図3に示すサーモグラフィに対応する表面温度分布をそのままにして描いた等温線を示す図である。
【図5】図3に示すサーモグラフィに対応する表面温度分布のウェーブレット展開係数の係数使用比率αを1%に設定してノイズ除去を行った上で描いた等温線を示す図である。
【図6】図3に示すサーモグラフィに対応する表面温度分布のウェーブレット展開係数の係数使用比率αを0.3%に設定してノイズ除去を行った上で描いた等温線を示す図である。
【図7】図3に示すサーモグラフィに対応する表面温度分布のウェーブレット展開係数の係数使用比率αを0.05%に設定してノイズ除去を行った上で描いた等温線を示す図である。
【図8】図3に示すサーモグラフィに対応する表面温度分布についてノイズ除去を行うために、係数使用比率αと平均二乗誤差との関係を累乗近似曲線で近似した場合の係数使用比率αと累乗近似曲線の曲率との関係を示す図である。
【図9】ひび割れが存在するコンクリート構造物を模擬したコンクリート試験体を示す図である。
【図10】図9に示すコンクリート試験体の加熱開始2時間後のひび割れが存在する面におけるサーモグラフィを示す図である。
【図11】図9に示すサーモグラフィに対応する表面温度分布をそのままにして描いた等温線を示す図である。
【図12】図10に示すサーモグラフィに対応する表面温度分布のウェーブレット展開係数の係数使用比率αを2%に設定してノイズ除去を行った上で描いた等温線を示す図である。
【図13】図10に示すサーモグラフィに対応する表面温度分布のウェーブレット展開係数の係数使用比率αを0.5%に設定してノイズ除去を行った上で描いた等温線を示す図である。
【図14】図10に示すサーモグラフィに対応する表面温度分布のウェーブレット展開係数の係数使用比率αを0.1%に設定してノイズ除去を行った上で描いた等温線を示す図である。
【図15】図10に示すサーモグラフィに対応する表面温度分布についてノイズ除去を行うために、係数使用比率αと平均二乗誤差との関係を累乗近似曲線で近似した場合の係数使用比率αと累乗近似曲線の曲率との関係を示す図である。
【符号の説明】
【0087】
1 モルタル試験体
2 断熱材
3 ノイズによるシミ状のもの
4 コンクリート試験体
5 アクリル板
6 ノイズによるシミ状のもの
7 ひび割れ開口部
8 右側の等温線
9 左側の等温線
10 放射状に広がる等温線の始点
11 等温線が直角に曲がっている箇所

【特許請求の範囲】
【請求項1】
赤外線映像装置を用いてコンクリート構造物の表面温度分布を計測し、その計測結果に基づいてコンクリート構造物に存在する変状を検出する方法であって、前記コンクリート構造物を計測して得られる表面温度分布を等温線で表示することを特徴とするコンクリート構造物の変状検出方法。
【請求項2】
前記各等温線をその温度に応じて色分け表示することを特徴とする請求項1記載のコンクリート構造物の変状検出方法。
【請求項3】
前記コンクリート構造物を計測して得られた表面温度分布を2次元ウェーブレット変換して展開級数を求めるステップと、前記展開係数の係数使用比率をαとしたとき、前記2次元ウェーブレット変換して得られた各展開係数を絶対値の大きい順に並べて上位の展開係数のα分のみを残してそれ以外の展開級数を除去するステップと、この除去後に残った展開級数を2次元ウェーブレット逆変換して表面温度分布の再構成を行うステップと、から構成されるノイズ除去を前処理として施すことを特徴とする請求項1または請求項2に記載のコンクリート構造物の変状検出方法。
【請求項4】
前記ノイズ除去を前処理として施す場合に適用する係数使用比率αは、0.1〜1.0%の範囲に設定されていることを特徴とする請求項3記載のコンクリート構造物の変状検出方法。
【請求項5】
前記ノイズ除去を前処理として施す場合に適用する係数使用比率αは、予め係数使用比率αの値を種々に変えて前記ノイズ除去を行なって得られた各表面温度分布と、前記ノイズ除去を行わない元の表面温度分布との平均二乗誤差を求め、この平均二乗誤差の値が急激に変化し始めるときのαの値を採用する、ことを特徴とする請求項3に記載のコンクリート構造物の変状検出方法。
【請求項6】
前記ノイズ除去を前処理として施す場合に適用する係数使用比率αは、予め係数使用比率αの値を種々に変えて前記ノイズ除去を行なって得られた各表面温度分布と、前記ノイズ除去を行わない元の表面温度分布との平均二乗誤差の関係を近似した近似曲線を求め、この近似曲線の値が急激に変化し始めるときのαの値を採用する、ことを特徴とする請求項3に記載のコンクリート構造物の変状検出方法。
【請求項7】
前記ノイズ除去を前処理として施す場合に適用する係数使用比率αは、予め係数使用比率αの値を種々に変えて前記ノイズ除去を行なって得られた各表面温度分布と、前記ノイズ除去を行わない元の表面温度分布との平均二乗誤差の関係を近似した近似曲線の微分値または曲率値を求め、この微分値または曲率値が急激に変化し始めるときのαの値を採用する、ことを特徴とする請求項3に記載のコンクリート構造物の変状検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図8】
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【図9】
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【図15】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2006−250892(P2006−250892A)
【公開日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−71530(P2005−71530)
【出願日】平成17年3月14日(2005.3.14)
【出願人】(505094098)株式会社アークコンサルタント (1)
【Fターム(参考)】