説明

サイトメガロウイルスの検出のための細胞株およびその細胞株を使用した検出方法

【課題】臨床株のサイトメガロウィルスに対しても感染感受性が高い上皮細胞または内皮細胞由来の細胞株を提供することを課題とする。また、本発明は、前述した細胞株を使用することにより、組換えウイルスや免疫学的手法を用いることなく、サイトメガロウィルスの前初期遺伝子産物の発現を高感度で迅速かつ簡便に定量解析し、サイトメガロウィルス感染を検出するための方法を提供することを課題とする。
【解決手段】サイトメガロウィルスに対して、感染感受性を有する上皮細胞または内皮細胞由来の細胞を親株として用いることにより、簡便かつ高感度にサイトメガロウィルス感染を検出できる。また、本発明の細胞を用いることにより、サイトメガロウィルス感染のモニタリングを行うこともできる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サイトメガロウイルスに対して感染感受性を有し、かつ標識されたPMLボディ構成タンパク質およびp180タンパク質を発現する細胞株に関する。また、本発明は、前記細胞株を用いたサイトメガロウイルスの検出・モニタリング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
サイトメガロウイルスは、ヘルペスウイルスに属するウイルスである。ヘルペスウイルスは、α、βおよびγヘルペスウイルスの3つの亜科からなるDNAウイルスである。αヘルペスウイルスとしては、単純ヘルペスウイルス(HSV)1および2、並びに帯状疱疹ウイルス(VZV)が、βヘルペスウイルスとしては、ヒトサイトメガロウイルス(HCMV)、並びにヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)およびヒトヘルペスウイルス7(HHV-7)が、γヘルペスウイルスとしては、EBウイルス(EBV)およびヒトヘルペスウイルス8(HHV-8)が知られている。現在までにこれら8種のウイルスがヒトに感染するヒトヘルペスウイルスとして報告されている。
【0003】
サイトメガロウイルスを含め、ヒトヘルペスウイルスは様々な病態の原因ウイルスであるが、その多くは日和見感染症である。多くのヒトヘルペスウイルスでは、初感染時の不顕性感染を経て、一生涯体内に滞まる潜伏感染状態へ移行する。その後、様々な刺激によって再活性化された際、免疫能が低下している場合に重篤な日和見感染症を引き起こす。例えばサイトメガロウイルス(CMV)の場合、成人になるまでに80〜90%の人が感染するが、初感染時は通常不顕性に経過し、疾患にはいたらない。しかし、免疫の未熟な胎児や、免疫の低下したエイズ患者、臓器移植患者、および癌患者などの易感染性者では、CMV脳炎、CMV網膜炎、肺炎など重篤な病態を引き起こし、多臓器不全となる場合もある。ヘルペスウイルスの治療薬(抗ヘルペスウイルス剤)としては、ウイルス遺伝子複製過程の選択的な阻害作用を利用する核酸系抗ウイルス剤(例えばガンシクロビル、アシクロビル)が用いられている。
【0004】
臓器移植患者やエイズ患者のように免疫不全の状態にある患者では、HCMVに起因するHCMV感染症がしばしば重篤、致死的となり、最も警戒すべき感染症の一つである。これらの患者群においてはウイルスの再活性化がおこりやすい状態となっており、早期発見の為には血液等を試料とした感染モニタリングが非常に重要である。特に、臓器移植、骨髄移植の術後段階では、HCMV感染症は一度発症すると予後不良であり、移植自体を左右する場合も多くあるため、その発症予防、管理は最重要課題の一つである。即ち、これらの患者群において、HCMV感染症の管理のための継続的ウイルスモニタリングが必須となっている。
【0005】
HCMV感染のモニタリングに必要な条件としては、定量性、感度、迅速性、病態との相関性などがあげられる。これまでに、HCMV感染症の診断に用いられている検査法としては、血液中抗体価(特異的IgM抗体)、尿からのウイルス分離などの古典的方法が確立されている。さらに、血液中ウイルス抗原を検出するアンチゲネミア法、培養後に抗原検出するシェルバイアル法、ゲノムDNA検出のためのPCR法などが用いられている。しかしながら、これらの方法はいずれも、HCMV感染のモニタリングに必要な条件を全て満たしている訳ではなく、いずれの方法もモニタリングの方法としては不十分であると考えられている。
【0006】
例えば、血液中抗体価に基づくモニタリングは、過去に於ける感染履歴を反映しているものの、生体内で活動中のウイルスの指標としては有用ではない。尿からのウイルス分離に基づくモニタリングは、操作完了までに数週間要するため、臨床現場における感染モニタリングという観点からは有用な情報が得られない。ゲノムDNA検出に基づくモニタリングは、感度が高く迅速に結果が得られるものの、モニタリングの結果が病態と連動しない事が知られている。アンチゲネミア法に基づくモニタリングは、末梢血多形核白血球細胞中のウイルス抗原陽性細胞数が分かるため定量的結果が得られ、病態との関連も示唆されているものの、感度が十分とはいえず、ゲノムDNA検出などの他の方法と組み合わせる必要がある。このように、これまでに開発された感染モニタリングでは、病態を的確に把握するために複数のモニタリング方法を組み合わせて総合的に判断する必要があり、1つのモニタリング方法のみで定量性、感度、迅速性、病態との相関性などを備えた新しい検出法の開発が望まれていた。
【0007】
サイトメガロウイルスを含むヘルペスウイルスが細胞へ感染する場合、まず最初にウイルス粒子が標的細胞表面へと吸着する。この結合は受容体を介したものであり、低親和性受容体および高親和性受容体を含む多段階のプロセスとして進行することが報告されている。HCMVの場合は細胞膜成分であるヘパラン硫酸とHCMVエンベロープ糖タンパク質が結合することから始まる。未同定であるが高親和性受容体の存在が示唆されており、それらの結合に引き続き、細胞膜とエンベロープ膜が融合し、テグメントとカプシドが細胞質に侵入する。その後細胞質へ侵入したカプシドが核膜まで移行し、核膜孔からウイルスゲノムを核内に放出する。核内に入ったウイルスゲノムDNAから、宿主のRNAポリメラ-ゼによって前初期遺伝子が転写される。さらに初期遺伝子、後期遺伝子の順にウイルス遺伝子の転写、翻訳が進み、複雑な過程を経て子孫ウイルス粒子(カプシド)が核内で形成され、成熟ウイルス粒子が作られる(成熟過程)。これらの過程は宿主細胞の機能に大きく依存していることから、サイトメガロウイルスの感染が全ての細胞で成熟過程まで進むわけではないことが知られている。
【0008】
一方、CMVの感染機構は、実験室で汎用される線維芽細胞と上皮細胞または内皮細胞とでは細胞への侵入メカニズムが異なることが近年明らかになりつつある(非特許文献1〜4)。更にウイルスの伝播機構(感染細胞から次の非感染細胞への2次感染)も線維芽細胞と上皮細胞または内皮細胞とでは異なっていると予想されている。一般に、Towne株のような実験室ウイルス株を線維芽細胞に感染させる場合、培養液中に遊離のウイルスが大量に放出されるが、一方、臨床分離ウイルス株を標的細胞に感染させる場合は、主に細胞―細胞間感染(cell to cell spread)によってのみ感染が進行し、培養液中には遊離のウイルスが殆ど放出されない事が広く知られており、実験室ウイルス株と臨床分離ウイルス株の間でもウイルスの伝播機構が異なっていると考えられる。更に、体内でのサイトメガロウイルスの感染標的細胞としては上皮細胞または内皮細胞が重要な位置を占めることが知られている。これらの事実を併せて考えれば、臨床分離ウイルス株の上皮細胞または内皮細胞での感染性、特に細胞―細胞間感染を評価する事は体内での感染動態を理解する上で大変重要である。また、上皮細胞または内皮細胞等での感染性、特に細胞―細胞間感染性を指標にして、抗ウイルス薬の評価を行う事も同様に重要である。
【0009】
本発明者らは、サイトメガロウイルスの中和抗体価、感染阻害率などを定量的に算出する新規な細胞株ならびにそのような細胞株を使用した検出方法について報告している(特開2005-312409号公報および特開2008-017811号公報を参照)。これらの方法は、標識したPMLボディ構成タンパク質を発現する細胞(例えばSE/15細胞や組換えPMLを含むTH/33細胞など)を用いることにより、サイトメガロウイルス感染細胞を簡便かつ高感度に検出することができることを特徴としている。
【0010】
PMLボディは、サイトメガロウイルスのようなDNAウイルスの感染により特異的な構造変化を引き起こすことが近年明らかになっている細胞核内におけるサブドメイン構造の1つであり、PMLタンパク質を含む数十種類のタンパク質から構成されている。CMVの場合、非感染細胞のPMLタンパク質は小さなドット状のPMLボディとして存在しているが、感染により前初期遺伝子産物IE1が発現すると、PMLボディが壊れてPMLタンパク質が核内全体へ拡散し、ドットが大きくなる(非特許文献5〜7を参照)。両者の大きさは著しく異なっているため、容易に区別することができる。さらに、PMLボディ構成タンパク質は標識することもできるため、抗体等による免疫染色の操作を必要とせず、例えば蛍光顕微鏡による観察だけでウイルス感染細胞を検出する事が可能である。
【0011】
しかし、SE/15細胞は、CHO細胞(チャイニーズハムスター卵巣由来の線維芽細胞)を親株とした細胞であり、また、TH/33細胞は、ヒト急性単球性白血病であるTHP-1細胞に由来する細胞である。すなわち、いずれの細胞もサイトメガロウイルスの体内における主要な感染標的である上皮細胞または内皮細胞由来ではなかった。また、上皮細胞または内皮細胞での感染価、特に細胞-細胞間感染に対する感度は十分に高くはなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開2005-312409号
【特許文献2】特開2008-017811号
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Sinzger C, et al., Curr Top Microbiol Immunol. 2008; 325: 63-83
【非特許文献2】D. Wang, and T. Shenk, Proc Natl Acad Sci U S A 102 (2005) 18153-18158
【非特許文献3】D. Wang, and T. Shenk, J Virol 79 (2005) 10330-10338
【非特許文献4】D. Wang, et al., Proc Natl Acad Sci U S A 104 (2007) 20037-20042
【非特許文献5】Wilkinson, G.W. et al., Journal of General Virology, 79, 1998, 1233-1245
【非特許文献6】Ahn, J.H. et al., Journal of Virology, 71, 1997, 4599-4613
【非特許文献7】Korioth, F. et al., Experimental Cell Research, 229, 1996, 155-158
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
CMVの感染機構は、線維芽細胞と上皮細胞または内皮細胞では細胞への侵入メカニズムが異なることが近年明らかになりつつある(非特許文献1〜4)。更にウイルスの伝播機構(感染細胞から次の非感染細胞への2次感染)も線維芽細胞と上皮細胞または内皮細胞とでは異なっていると予想される。一般に、Towne株のような実験室ウイルス株を線維芽細胞に感染させる場合、培養液中に遊離のウイルスが大量に放出されるが、一方、臨床分離ウイルス株を標的細胞に感染させる場合は、主に細胞-細胞間感染(cell to cell spread)によってのみ感染が進行し培養液中には遊離のウイルスが殆ど放出されない事が広く知られており、実験室ウイルス株と臨床分離ウイルス株の間でもウイルスの伝播機構が異なっていると考えられる。更に、体内でのサイトメガロウイルスの感染標的細胞としては上皮細胞または内皮細胞が重要な位置を占めることが知られている。これらの事実を併せて考えれば、臨床分離ウイルス株の上皮細胞または内皮細胞での感染性、特に細胞-細胞間感染(cell to cell spread)を評価する事は体内での感染動態を理解する上で大変重要である。また、上皮細胞または内皮細胞等での感染性を指標にして、抗ウイルス薬の評価を行う事も同様に重要である。
【0015】
本発明は、臨床株のサイトメガロウィルスに対して感染感受性が高く、安定である上皮細胞または内皮細胞由来の細胞株を提供することを目的とする。また、本発明は、前述した細胞株を使用することにより、組換えウイルスや免疫学的手法を用いることなく、サイトメガロウィルスの前初期遺伝子産物の発現を高感度で迅速かつ簡便に定量解析し、サイトメガロウィルス感染を検出するための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、サイトメガロウィルスに対して、感染感受性を有する上皮細胞または内皮細胞由来の細胞を親株として用いて、簡便かつ高感度にサイトメガロウィルス感染を検出できる、サイトメガロウィルスの検出のための上皮細胞または内皮細胞由来の細胞株、およびその細胞株を使用した検出系を確立した。
【0017】
即ち、本発明は、サイトメガロウィルスに対して感染感受性を有し、かつ標識されたPMLボディ構成タンパク質およびp180タンパク質を発現する、上皮細胞または内皮細胞由来の細胞株を提供するものである。
【0018】
また、本発明は、一態様として、受領番号:NITE AP-932(独立行政法人製品評価技術基盤機構、特許微生物寄託センター、受領日:2010年4月21日)で表される、上皮細胞由来の細胞株を提供するものである。
【0019】
さらに、本発明は、本発明の上皮細胞または内皮細胞由来の細胞株に臨床現場において採取された臨床分離ウイルス株のサイトメガロウィルスを感染させ、PMLボディの特異的形態変化を示す細胞を解析することを含む、サイトメガロウィルスの前初期遺伝子産物の発現を検出する方法を提供するものである。
【0020】
さらに、本発明は、本発明の上皮細胞または内皮細胞由来の細胞株にサイトメガロウィルスを含む可能性のある生体試料を接種し、PMLボディの特異的形態変化を示す細胞を解析することを含む、サイトメガロウィルス感染のモニタリング方法を提供する。
【0021】
また、本発明は、本発明の上皮細胞または内皮細胞由来の細胞株に、サイトメガロウィルスとともに、感染を阻害する可能性が考えられる被検物質を接種し、細胞がPMLボディの特異的形態変化(例えば、PMLボディが破壊されGFP-PMLが核内に拡散する形態変化など)を示すか否かを解析することにより、被検物質が感染阻害活性を有するか否かをスクリーニングすることを含む、感染阻害物質のスクリーニング方法または薬剤感受性検査方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明の細胞株およびその細胞株を使用した方法を用いることにより、簡便で迅速かつ定量的にサイトメガロウィルス前初期遺伝子産物の発現を検出し、ウイルス感染価、中和抗体価、感染阻害率を算出できるのみならず、臨床分離ウイルス株の上皮細胞または内皮細胞での感染価、特に細胞―細胞間感染を感度良く定量的に評価することができる。さらに、本発明の検出方法は組換えウイルスを必要としないため、多様な性質を備えた臨床分離ウイルス株、ヒト以外を宿主とするサイトメガロウィルスにも応用可能であり、そのようなウイルス株を感染阻害物質のスクリーニングや感受性検査にも用いることができる。さらに、本発明の方法は、活発に活動中のウイルスのみを検出するため、検出される指標は、病態との相関性の高い指標となり、臓器移植、骨髄移植などの易感染性者のサイトメガロウィルス感染モニタリングに有用な検査法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】図1は、HCMVをHeLa/GA21細胞に感染させたことによるGFP-PMLの局在およびPMLボディの形態変化を示す図である。(a)は核内におけるPMLボディの形成およびp180タンパク質の発現を示す。(b)HeLa/GA21細胞へTowne株を感染させたときのPMLボディの破壊とGFP-PMLの核内への拡散を示す。(c)HeLa/GA21細胞へ臨床分離ウイルス株NP-03ウイルス株を感染させたときのPMLボディの破壊とGFP-PMLの核内への拡散を示す。
【図2】図2は、HCMV感染細胞とHeLa/GA21細胞を共培養後のGFP-PMLの局在およびPMLボディの形態変化を示す図である。(a)NP-05ウイルス株感染HEL細胞とHeLa/GA21細胞を共培養したときのPMLボディの破壊とGFP-PMLの核内への拡散を示す。(b)NP-05ウイルス株感染K-1034細胞とHeLa/GA21細胞を共培養したときのPMLボディの破壊とGFP-PMLの核内への拡散を示す。(c)HCMV臨床分離ウイルス株を感染させたK-1034細胞からHeLa/GA21細胞、またはSE/15細胞を共培養したときの1ウェルあたりの陽性細胞数の計測結果を示す。
【図3】図3は、HCMV臨床分離ウイルス株(NP-03ウイルス株感染、およびNP-05ウイルス株)を感染させたK-1034細胞と、GFP-PMLを発現するK-1034細胞、またはSE/15細胞を、5.5日間共培養したときの、GFP陽性細胞数の割合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明について、詳細に説明する。
本発明はサイトメガロウィルス(CMV)、好ましくはヒトサイトメガロウィルス(HCMV)の感染を検出するための、上皮細胞または内皮細胞由来の細胞およびその細胞を使用した方法に関するものである。
【0025】
本発明の上皮細胞または内皮細胞由来の細胞株は、その細胞内において、PMLボディを構成するタンパク質およびp180タンパク質を発現することを特徴とする。これらの発現は定常的な発現であっても一過性の発現であってもよい。
【0026】
PMLボディの構成タンパク質の例としては、PMLタンパク質、SP100タンパク質、NDP52タンパク質、NDP55タンパク質、DAXXタンパク質、Ski/Snoタンパク質、CBPタンパク質、HSF2タンパク質、Sp1タンパク質、pRbタンパク質、HP1タンパク質、eIF-4タンパク質、そしてこれらのいずれかの組合せなどを挙げることができ、PMLタンパク質を用いることが好ましい。本発明の細胞株に導入するPMLボディの構成タンパク質遺伝子は、これらとPMLボディの構成タンパク質を発現する限り、PMLボディの構成タンパク質を構成するアミノ酸に対して1〜数アミノ酸が欠失、置換、および/または付加されたものをコードするヌクレオチド配列を有するDNA分子、または、PMLボディの構成タンパク質遺伝子を規定するヌクレオチド配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズ可能なものであってもよい。これらのPMLボディの構成タンパク質または変異を有するPMLボディの構成タンパク質は、DNAウイルスの感染によりPMLボディから核内に拡散し、非イオン性界面活性剤処理により可溶化される。
【0027】
これらPMLボディの構成タンパク質は、PMLボディ中でタグ標識された状態で発現される。標識としては、蛍光タンパク質、例えばグリーン蛍光タンパク質(GFP)やEGFP、EBFP、BFP2、EYFP、ECFPなど;または、蛍光以外の標識手段、例えばβ-ガラクトシダーゼ、CAT、ルシフェラーゼなどによる化学発光を用いた手段;が挙げられる。
【0028】
また、本発明の細胞株においては、PMLまたはPMLボディを構成する他のタンパク質と共に、さらに感染感受性を上昇させる能力のあるタンパク質を発現させる。感染感受性を上昇させる能力のあるタンパク質としては、p180タンパク質が挙げられる。ヒトp180タンパク質は、既に明らかになっているcDNA配列の分析から、N末端に反復配列を有することが知られており、この反復数が54回、26回、14回の少なくとも3種類の分子種が存在することが分かっている。本発明の検出方法においては、いずれの反復数を有するp180タンパク質を用いることもできるが、54回の反復数が好ましい。
【0029】
本発明の細胞株は、サイトメガロウィルスに対して感染感受性を有する細胞株である。ここで、「感染感受性を有する細胞」とは、ウイルス粒子の細胞への侵入から前初期遺伝子産物の翻訳までに求められる宿主細胞の様々な機能が欠如していない細胞であることを意味する。
【0030】
本発明の細胞株を作製するために使用することができる細胞として、サイトメガロウィルス感染の標的とされる上皮細胞または内皮細胞由来の細胞を利用することができ、そのような細胞としては樹立細胞株であっても初代培養細胞であってもよい。例えば、上皮細胞由来の樹立細胞株としては、HeLa、K-1034、ARPE-19、CACO-2、293、A253、MIAPaCa-2、NOR-P1、PANC-1、PK-1、PK45H、PK-59、PK-9、HPC-1、HPC-3、KP4、HMS-1、HPAM 1、HCT 116、H1299、MCF-7、またはSW480を使用することができる。上皮細胞の初代培養細胞の例としては、表皮ケラチノサイト、新生児表皮ケラチノサイト、成人表皮ケラチノサイト、表皮メラノサイト、新生児表皮メラノサイト、気道上皮細胞系、気管支/気管上皮細胞、小気道上皮細胞、腎上皮細胞系、腎近位尿細管上皮細胞、腎皮質上皮細胞、または腎上皮混合細胞を使用することができる。内皮細胞由来の初代培養細胞としては、血管・内皮細胞系、臍帯静脈血管内皮細胞、大動脈内皮細胞、大動脈平滑筋細胞、大動脈平滑筋細胞を使用することができる。本発明においては、好ましくは、HeLa細胞またはK-1034細胞を使用して、本発明の細胞株を作製する。
【0031】
上皮細胞由来の細胞としてHeLa細胞を使用した場合の、本発明の細胞株の調製方法を以下に説明する。他の細胞を使用した場合も、基本的には同一の方法により細胞株を調製することができる。
【0032】
細胞中で発現させる遺伝子のクローニングおよび発現細胞の作製は、常法に従って行うことができ、例えば、Katano, H. et al., Virology, 286, 2001, 446-445に記載の方法を用いることができる。
【0033】
まず所望の遺伝子をPCRで増幅後、適当な発現ベクターに組み込む。その際、所望の遺伝子をタグ標識するために連結する遺伝子を、所望の遺伝子産物との融合タンパク質として発現可能なように組み込むことができるが、すでにベクター中に組み込まれたものを用いることが好ましい。発現ベクターとしては、pEGFP-C2ベクター、pEGFP-C3ベクター(Clontech)、Vitality hrGFPレポーターベクター(STRATAGENE)、GFP Fusion TOPOベクター(Invitrogen)、pTracerベクター(Invitrogen)などを用いることができる。
【0034】
組換え発現ベクターは、例えばリポフェクチン法、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、DEAEデキストラン法、マイクロインジェクション法などの方法により、HeLa細胞へトランスフェクションする。発現ベクターには薬剤耐性遺伝子が組み込まれていることが好ましく、この場合、発現ベクターを導入後、薬剤存在下で選択することにより、薬剤耐性細胞株をクローニングすることができる。
【0035】
次に、本発明の細胞株を用いて、サイトメガロウィルス感染を検出する方法について説明する。
本発明の細胞株にサイトメガロウィルスを含む試料を接種した後、前初期遺伝子産物の発現によりPMLボディの特異的変化を誘導させる。この特異的変化の例としては、ヒトサイトメガロウィルス前初期遺伝子産物IE1の場合はPMLタンパク質の核内への拡散などが挙げられる。サイトメガロウィルスの場合、非感染細胞のPMLタンパク質は小さなドット状のPMLボディとして存在しているが、感染によりIE1が発現するとPMLボディが壊れてPMLタンパク質が核内全体へ拡散し、ドットが大きくなる。両者の大きさは著しく異なっているため、容易に区別することができる。
【0036】
サイトメガロウィルスを含む試料としては、感染細胞から放出された子孫ウイルスを含む培養液、感染細胞を超音波処理等により調製した子孫ウイルスをふくむ接種液、あるいは感染細胞そのもの等を使用することができる。細胞-細胞間感染を評価する場合はサイトメガロウィルス感染細胞と本発明の細胞株を共培養し、本発明の細胞株内部におけるPMLボディの特異的変化を誘導させる。本発明の細胞株を使用する場合、同種細胞間あるいは異種細胞間のどちらでも感染価の評価が可能である。
【0037】
核内へ拡散したPMLタンパク質は、NP-40、オクチルグルコシド、ヘプチルチオグルコシド、MEGA-10(デカノイル-N-メチルグルカミド)、Brij-35、Brij-56、Brij-58、Brij-76、Brij-96、Brij-98、Triton X-45、Triton X-114、Triton X-100、Triton X-102、Triton X-165、Triton X-305、Triton X-405、Triton N-101、Span20、Sterox 67-K、Lubrol WX、スクロースモノヘキサン酸エステル、スクロースモノラウリン酸エステル、Tween 20、Tween 40、Tween 60、Tween 80などの非イオン性界面活性剤を含む溶出バッファーで可溶化処理し、その後、可溶化したPMLタンパク質量を蛍光光度計で測定することもできる。測定値を比較することで前初期遺伝子産物の発現の有無を迅速に検出することができる。この方法を用いることにより、ヒトサイトメガロウィルス感染を検出することができる。また、細胞内に存在する非可溶性PMLタンパク質の残存量を測定することにより、同様にしてヒトサイトメガロウィルス感染を検出することもできる。
【0038】
さらに、サイトメガロウィルスを含む試料を、サイトメガロウィルス感染阻害候補物質または感染阻害薬等との混合液として接種した後、またはあらかじめサイトメガロウィルス感染阻害候補物質または感染阻害薬等で処理した細胞株にサイトメガロウィルスを接種した後、非イオン性界面活性剤で可溶化処理し、可溶性PMLタンパク質量または細胞内に存在する非可溶性PMLタンパク質の残存量を測定することで、サイトメガロウィルス感染阻害候補物質または感染阻害薬等の感染阻害率を算出することができる。サイトメガロウィルス感染阻害候補物質または感染阻害薬等の例としては、抗ウイルス剤、中和抗体、ウイルスの細胞への吸着阻害剤、ウイルスの核移行阻害剤を挙げることができる。この方法を用いることにより、感染阻害候補物質のスクリーニングや感染阻害薬の感受性検査が可能となる。また、可溶化処理をせずに直接PMLボディの特異的形態変化を確認することにより、感染阻害候補物質のスクリーニングや感染阻害薬の感受性検査をすることも可能である。
【0039】
感染用のサイトメガロウィルスを含む試料は、実験室ウイルス株でも臨床分離ウイルス株でもよく、目的及び検出方法により適宜選択される。これまで使用された細胞株では、実験室ウイルス株の感染は可能であったが、臨床分離ウイルス株を生体内における感染・増殖の機構と同様の機構により感染・増殖させることができないという問題点があった。しかしながら、本発明の細胞株を使用することにより、臨床分離ウイルス株を生体内における感染・増殖の機構と同様の機構により感染・増殖させることができるという、顕著な効果を発揮することができる。従って、サイトメガロウィルスを含む試料として、尿、血液、血液由来細胞、生検材料など、サイトメガロウィルスが含まれる可能性のある生体由来材料を用いることもできる。また、本発明の検出方法は、ヒトサイトメガロウィルスの臨床分離ウイルス株だけでなく、ヒト以外を宿主とするサイトメガロウィルス、例えば霊長類由来のサイトメガロウィルスにも応用可能である。
【0040】
以下、GFP-PML融合タンパク質およびp180タンパク質を発現する細胞にヒトサイトメガロウィルスを感染させた場合についてさらに具体的に説明する。
本発明の細胞株をφ10 cmプレートに蒔き、ヒトサイトメガロウィルスを接種させる。一定時間培養後、IE1タンパク質の発現によりPMLボディの形態学的変化を生じさせる。プレートに蒔く細胞数(細胞/プレート)は、5×103〜4×105、好ましくは1×104〜2×105、より好ましくは5×104〜1×105で行う。培養時間は2〜96時間、好ましくは10〜24時間である。
【0041】
その後、PMLボディの構成タンパク質に関して、定量的解析(以下、「NEB溶出法」という)を行う場合には、例えばNP-40溶出バッファー(NEB)を加え、IE1タンパク質の発現により核内に拡散したGFP-PML融合タンパク質を可溶化する。NP-40の濃度は0.5〜0.03%、好ましくは0.2〜0.05%、より好ましくは0.1〜0.15%で行う。NEBのpHは7.0〜8.0、好ましくは7.5である。塩濃度は10〜150 mM、好ましくは150 mMで使用する。また、溶出温度は4〜37℃、好ましくは4〜20℃、より好ましくは4℃である。溶出時間は1〜25分、好ましくは5〜20分、より好ましくは10〜15分で行う。次にNEBを回収し、可溶化したGFP-PML融合タンパク質量を蛍光光度計で測定する。この方法を用いることにより、非イオン性界面活性剤で感染細胞に対し可溶化処理する工程のみでサイトメガロウィルス前初期遺伝子産物の発現を簡便に、精度よく定量的に検出することができる。
【0042】
NEB溶出法の実験室レベルにおける用途の具体例として以下の例が挙げられる。種々の抗体で前処理した本発明の細胞株(例えば、HeLa/GA21細胞)に対してサイトメガロウィルスを感染させ、NEB処理を行い、溶出した可溶性GFP-PML融合タンパク質量、あるいは非可溶性GFP-PML融合タンパク質量をそれぞれ測定し、得られた測定値から感染効率を算出する。これらの方法を用いてサイトメガロウィルス感染を阻害する抗体をスクリーニングすることにより、サイトメガロウィルス感染における新規受容体が迅速かつ簡便に検索できる。また臨床レベルの用途の具体例としては、次の例が挙げられる。治療に用いる薬剤あるいは治療の候補となる薬剤で細胞株(例えば、HeLa/GA21細胞)を処理し、臨床分離ウイルス株を感染させる。あるいは臨床分離ウイルス株を同様の薬剤で処理し、細胞株(例えば、HeLa/GA21細胞)に感染させる。そしてNEB溶出法を用いて各薬剤の阻害作用を定量的に検出することで、臨床分離ウイルス株の各々の薬剤に対する感受性を定量的に比較することが可能となる。
【0043】
また、上述のようにPMLボディの形態は、ウイルスの感染前後で明らかに異なるため、NEBで溶出操作を行うことなく画像解析により定量解析することも可能である。すなわち、前述の感染細胞及び非感染細胞を蛍光顕微鏡で観察し、蛍光顕微鏡画像解析システム等を用いて観察した画像を記録する。記録した画像を画像解析ソフトを用いて解析する。画像解析ソフトの例としては、NIH image、Win Roof(三谷商事)、Lumina Vision(三谷商事)、MetaMorph(Molecular Devices)、Mac Scope(三谷商事)、Scion Image、ImageJなどが挙げられるが、ある一定以上あるいは以下の大きさのドットのみの面積またはドット数を測定できるものであればいかなるソフトを用いてもよい。例えばNIH imageを用いる場合は、閾値(threshold)を設定して一定面積に存在する感染細胞数あるいは非感染細胞数を定量的に検出することが可能である。界面活性剤で溶出操作を行うことなく感染あるいは非感染細胞数をカウントできるため、非常に簡便かつ精度よく定量的に検出することができる。従ってNEB溶出法と同様に、画像解析法も感染細胞の検出や、新規抗ウイルス剤開発におけるスクリーニング法、臨床分離ウイルス株の薬剤感受性検査に非常に有用である。
【0044】
本発明の細胞株は少なくとも一定期間持続的に、GFP-PML融合タンパク質を発現するため、上記方法によりウイルス感染細胞数を定量的に解析することができ、サイトメガロウィルス感染モニタリング、特にヒトサイトメガロウィルス感染モニタリングに有用な検査法を提供することができる。
【0045】
本発明の細胞株は、サイトメガロウィルスの実験室ウイルス株だけでなく、臨床分離ウイルス株に対して高い感染感受性を有する。
以下、本発明を実施例によって具体的に説明する。なお、これらの実施例は、本発明の範囲を限定するものではない。
【0046】
CMVの感染機構は、線維芽細胞と上皮細胞または内皮細胞では細胞への侵入メカニズムが異なることが近年明らかになりつつある(非特許文献1〜4)。更にウイルスの伝播機構(感染細胞から次の非感染細胞への2次感染)も線維芽細胞と上皮細胞または内皮細胞とでは異なっていると予想される。一般に、Towne株のような実験室ウイルス株を線維芽細胞に感染させる場合、培養液中に遊離のウイルスが大量に放出されるが、一方、臨床分離ウイルス株を標的細胞に感染させる場合は、主に細胞-細胞間感染(cell to cell spread)によってのみ感染が進行し培養液中には遊離のウイルスが殆ど放出されない事が広く知られており、実験室ウイルス株と臨床分離ウイルス株の間でもウイルスの伝播機構が異なっていると考えられる。更に、体内でのサイトメガロウイルスの感染標的細胞としては上皮細胞または内皮細胞が重要な位置を占めることが知られている。これらの事実を併せて考えれば、臨床分離ウイルス株の上皮細胞または内皮細胞での感染性、特に細胞-細胞間感染(cell to cell spread)を評価する事は体内での感染動態を理解する上で大変重要である。また、上皮細胞または内皮細胞等での感染性を指標にして、抗ウイルス薬の評価を行う事も同様に重要である。
【0047】
しかし、臨床分離ウイルス株は一般に培養細胞中での増殖能が低く、更に細胞-細胞間感染(cell to cell spread)を感度良く特異的に評価する検出法がこれまで無かったため、臨床分離ウイルス株の上皮細胞または内皮細胞での感染性の評価は難しかった。
【0048】
本発明では臨床分離ウイルス株の細胞-細胞間感染(cell to cell spread)、特に上皮細胞または内皮細胞等への細胞-細胞間感染を定量的、特異的、簡便かつ高感度に評価する検出系を提供する。
【実施例】
【0049】
実施例1:細胞株の調製
(1)GFP-PMLタンパク質のHeLa細胞における発現
GFP-PMLタンパク質を発現するプラスミドpEGFP-PMLは特許文献1(特開2005-312409号公報)に準じて以下のように調製した。即ち、TY1細胞由来の1本鎖cDNAを鋳型として、PCR法によりPML遺伝子に対応するヌクレオチド配列を増幅し、pEGFPベクター(Clontech社製)に挿入連結してプラスミドpEGFP-PMLを得た(特許文献1を参照)。
【0050】
次に、GFP-PML融合タンパク質を以下の方法を用いて培養細胞中で産生させた。HeLa細胞を10%ウシ胎児血清を含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)中、5%CO2存在下、37℃で培養した。0.7〜0.8×105個の細胞を6穴プレート(ヌンク社製、内径3 cm)に植え、5%CO2存在下、37℃で20〜22時間培養した。新鮮培地に交換した細胞に、上記の方法で得たpEGFP-PML 1μgとトランスフェクション用のFugene試薬(ベーリンガー社製)3μlを含むDMEM 0.1 mlを添加し、5%CO2存在下、37℃で30時間培養した。
【0051】
細胞を洗浄後、発現させたGFP-PMLタンパク質が、内因性のPMLタンパク質と同様、核内でPMLボディを形成するかどうかを調べた。共焦点レーザー顕微鏡を用いて細胞の観察を行ったところ、HeLa細胞内で発現させたGFP-PMLタンパク質が核内でPMLボディを構築していることを確認した。
【0052】
(2)p180タンパク質を発現するHeLa細胞由来細胞株の樹立(HeLa/p180細胞)
発現プラスミドpEFp180-54Rの構築とp180タンパク質を発現するHeLa細胞の樹立はUeno, T., ら(Ueno, T., et al., (2010) Exp Cell Res 3 1 6, 329-340)によって行った。即ち、pEF1/Myc-Hisベクター(Invitrogen社)3μgを制限酵素ScaIとHindIIIで消化後、低融点アガロース電気泳動により約2.0 kbpの断片を分離し、フェノール溶出により断片を回収した。回収したEF1プロモーター配列を含むDNA断片を、あらかじめ制限酵素ScaIとHindIIIで消化し、低融点アガロース電気泳動で約8.7 kbpの断片を分離回収して得たpcDNAp180-54Rベクター(特許文献1)へ挿入連結し、pEFp180-54Rを構築した。得られたpEFp180-54Rを制限酵素ScaIとNsiIで消化後、低融点アガロース電気泳動により約8.0 kbpの断片を分離し、フェノール溶出により断片を回収し以下の細胞株樹立に用いた。
【0053】
ヒトp180タンパク質を発現するHeLa細胞株を樹立するために、以下の方法でp180遺伝子を細胞へ導入した。HeLa細胞を10%ウシ胎児血清を含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)中、5%CO2存在下、37℃で培養した。0.7〜0.8×105個の細胞を6穴プレート(ヌンク社製、内径3 cm)に植え、5%CO2存在下、37℃で20〜22時間培養した。新鮮培地に交換した細胞に、上記で得たpEFp180-54Rの8 kbp断片1.5μg、ピューロマイシン耐性遺伝子発現プラスミド0.2μgとトランスフェクション用のFugene試薬(ベーリンガー社製)4μlを含むDMEM 0.1 mlを添加し、5%CO2存在下、37℃で30時間培養した。
【0054】
その後、0.8μg/mlピューロマイシン存在下で2日ごとに培地を交換し、20日間培養後に、ピューロマイシ耐性細胞株を限外希釈法によりクローニングし、ヒトp180タンパク質を発現するHeLa細胞株HeLa/p180細胞を樹立した。
【0055】
(3)p180タンパク質とGFP-PMLタンパク質を発現するHeLa細胞由来細胞株の樹立(HeLa/GA21細胞)
GFP-PML融合タンパク質をHeLa/p180細胞中で産生させるため、以下のようしてHeLa/p180細胞へ遺伝子を導入した。10%ウシ胎児血清および0.8μg/mlピューロマイシンを含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)中で、5%CO2存在下、37℃で培養した。0.7〜0.8×105個の細胞を6穴プレート(ヌンク社製、内径3 cm)に植え、5%CO2存在下、37℃で20〜22時間培養した。新鮮培地に交換した細胞に、pEGFP-PML 1μgとトランスフェクション用のFugene試薬(ベーリンガー社製)3μlを含むDMEM 0.1 mlを添加し、5%CO2存在下、37℃で30時間培養した。
【0056】
その後、400μg/mlのG418、0.8μg/mlのピューロマイシン存在下で2-3日ごとに培地を交換し、20日間培養後に、G418およびピューロマイシン耐性細胞株を限外希釈法によりクローニングし、GFP-PMLを安定に発現し、ヒトp180タンパク質を発現する細胞株HeLa/GA21細胞を樹立した(独立行政法人製品評価技術基盤機構、特許微生物寄託センター、受領番号:NITE AP-932、受領日:2010年4月21日)。
【0057】
HeLa/GA21細胞がp180タンパク質を高発現し、かつ核内でGFP-PMLがPMLボディを形成する事を以下のように調べた。細胞は10穴スライドガラス上の各ウェル中で培養し、18時間後に4%パラホルムアルデヒドのPBS溶液で室温30分固定、0.1%Triton X-100のPBS溶液で室温3分処理した。PBSで洗浄後、500倍に希釈したp180に対する抗体(K. Ogawa-Goto, Mol. Biol. Cell.、 18 (2007) 3741-3751参照)を室温で1時間反応させた。PBSで洗浄後、400倍に希釈したAlexa 594標識抗ウサギIg抗体(Invitrogen社製)を室温で1時間反応させ、PBSで洗浄後、蛍光顕微鏡を用いて観察した。図1aに示すようにHeLa/GA21細胞の核内でGFP-PMLはPMLボディを形成し、細胞質中にp180タンパク質が高発現していることを確認した。
【0058】
実施例2:HeLa/GA21細胞へのHCMV感染とPMLボディの破壊
HeLa/GA21細胞をウイルス接種の24時間前に1.0×105細胞/ウェルとなるよう24穴プレートに蒔いた。次に、HCMV接種液をm.o.i.=1になるように各ウェルに加え、37℃で60分間インキュベーションした。
【0059】
使用したHCMVとしては実験室ウイルス株であるTowne株(ATCC No.VR-977)、またはHCMV患者血液から分離後、ニッピバイオマトリックス研究所において凍結保存されていたHCMV臨床分離ウイルス株(NP-03ウイルス株、NP-05ウイルス株)を使用した。その後、PBS(-)で細胞を2回洗浄し、5%FBS-F12/DMEM(GIBCO社)を500μl加え37℃で48時間インキュベーションした。
【0060】
蛍光顕微鏡観察によりTowne株感染後のHeLa/GA21細胞のPMLボディが破壊されGFP-PMLが核内に拡散している様子が観察された(図1b)。この現象は、HCMVとして臨床分離株NP-03ウイルス株、NP-05ウイルス株を用いても全く同様に観察され(図1c)、HeLa/GA21細胞が臨床分離株に対しても感受性を有する事が確認された。
【0061】
実施例3:HCMVの細胞-細胞間感染のHeLa/GA21細胞による評価
一般に、Towne株のような実験室ウイルス株を線維芽細胞に感染させると培養液中に遊離のウイルスが大量に放出されるが、臨床分離ウイルス株の場合は、主に細胞-細胞間感染(cell to cell spread)によってのみ感染が進行し培養液中には遊離のウイルスが殆ど放出されない事が広く知られている。これらより、実験室ウイルス株と臨床分離ウイルス株の間ではウイルスの伝播機構が異なっていることが予想される。即ち、臨床分離ウイルス株の上皮細胞または内皮細胞での感染性、特に細胞-細胞間感染の評価が重要であるといえる。
【0062】
しかし、臨床分離ウイルス株は一般に培養細胞中での増殖能が低く、更に細胞-細胞間感染(cell to cell spread)の高感度な評価系には組換えウイルスを用いる以外には適当な方法がなかった。ここでは臨床分離ウイルス株の細胞-細胞間感染(cell to cell spread)、特に上皮細胞への細胞-細胞間感染をHeLa/GA21細胞が検出可能かどうかの試験を行った。
【0063】
(1)HCMVの細胞-細胞間感染のHeLa/GA21細胞による検出
実施例2のHCMV接種液の代わりにTowne株感染HEL細胞(ヒト胎児肺線維芽細胞)を用いて、実施例2と同様の方法により観察した。
【0064】
定法に従いTowne株感染HEL細胞を調製し、HeLa/GA21細胞を48〜72時間共培養したのちに蛍光顕微鏡観察により観察すると、HCMV感染後のHeLa/GA21細胞のPMLボディが破壊されGFP-PMLが核内に拡散している様子が観察された。同様にHEL細胞にHCMV臨床分離ウイルス株(NP-03ウイルス株、NP-05ウイルス株)を感染させ、NP-03ウイルス株、またはNP-05ウイルス株感染HEL細胞を調製した。これら感染HEL細胞(0.5×105細胞)とHeLa/GA21細胞(1×105細胞)を、5%FBSを含むDMEM培地を加えて24穴プレートに蒔き、5%CO2存在下、37℃で共培養した結果、HeLa/GA21細胞のPMLボディが破壊されGFP-PMLが核内に拡散している様子が観察された(図2a)。
【0065】
これらの結果より、HeLa/GA21細胞はHCMVの細胞-細胞間感染を検出可能であることが確認された。
(2)上皮細胞-細胞間感染のHeLa/GA21細胞による検出
この実施例の上記(1)と同様の方法で、HCMV感染HEL細胞の代わりにHCMV臨床分離株を感染させた網膜色素上皮細胞(K-1034細胞)を調製し、上記(1)と同じくHeLa/GA21細胞との共培養の実験を行った。共培養から3〜4日目に、HeLa/GA21細胞へウイルスが効果的に感染しGFP-PMLが核内に拡散する陽性所見が得られた(図2b)。HeLa/GA21細胞の代わりにCHO細胞由来のGFP-PML発現細胞であるSE/15細胞を用いて検出した場合と比較すると、HeLa/GA21細胞の方が上皮細胞-細胞間感染を高感度で検出できる事が判明した(図2c)。
【0066】
実施例4:HCMVの細胞-細胞間感染のHeLa/GA21細胞による評価:GFP-PMLタンパク質のみを発現させたHeLa細胞との比較
GFP-PMLタンパク質のみを発現させたHeLa細胞も実施例3と同様にしてNP-03ウイルス株、またはNP-05ウイルス株感染HEL細胞と4日間共培養し、感染感受性を蛍光顕微鏡観察により陽性細胞数を計測する事(T. Ueno, and K. Ogawa-Goto, Methods Mol. Biol., 515 (2009) 33-44)により評価した。その結果、GFP-PMLタンパク質のみを発現させたHeLa細胞を用いた場合、NP-03ウイルス株、NP-05ウイルス株の陽性細胞数はそれぞれ5.3および9.6%であった。一方、GFP-PMLとp180タンパク質を共発現するHeLa/GA21細胞を用いた場合のNP-03ウイルス株、NP-05ウイルス株の陽性細胞数はそれぞれ8.7および13.4%へ増加し、前者の細胞に比べて1.4〜1.6倍に感度が高いことが判明した。
【0067】
以上より、HeLa/GFP-PML発現細胞株にp180を共発現させることで、HCMVの細胞-細胞間感染能を特に上皮細胞の細胞間感染能をより高感度に評価できることが示された。
実施例5:上皮細胞-細胞間感染のGFP-PMLタンパク質を発現するK-1034細胞による検出
(1)網膜色素上皮細胞(K-1034細胞)へのGFP-PMLタンパク質遺伝子の導入
GFP-PML融合タンパク質をK-1034細胞中で産生させるため、以下のようしてK-1034細胞細へNeon transfection system(Invitrogen社製)により遺伝子を導入した。10%ウシ胎児血清を含むダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)中で、5%CO2存在下、37℃で培養した。細胞をPBSで洗浄後、トリプシン/EDTA溶液を加えフラスコから剥離し、遠心により細胞を回収した。5×105個の細胞をトランスフェクション用試薬(Buffer R、Invitrogen社)100μlに懸濁し、pEGFP-PML 5μgを添加し混和した。細胞懸濁液をエレクトロポレーション用ピペットで吸い上げNeon transfection systemにて、Pulse voltage 1100、Pulse width 20、Pulse number 3の条件でエレクトロポレーションを行った。10%ウシ胎児血清を含むDMEM培地中で、5%CO2存在下、37℃で16時間培養した。
【0068】
蛍光顕微鏡を用いた観察よりGFP-PMLはPMLボディを形成していることを確認した。更に培養を継続し、GFP-PMLタンパク質の発現とPMLボディの形成は少なくとも6日間は保たれている事が確認された。
【0069】
(2)細胞-細胞間感染の検討
この実施例の(1)の方法により調製したGFP-PMLタンパク質を発現する網膜色素上皮細胞(K-1034細胞)を使用して、HCMV臨床分離ウイルス株の同種細胞間感染を検出可能であるかを調べた。
【0070】
(1)で調製されたGFP-PMLタンパク質を発現する網膜色素上皮細胞(K-1034細胞)に対して、実施例3(2)と同様の方法で、HCMV臨床分離ウイルス株(NP-03ウイルス株、NP-05ウイルス株)を感染させた網膜色素上皮細胞(K-1034細胞)を調製し、先に調製したGFP-PMLタンパク質を発現するK-1034細胞あるいはSE/15細胞との共培養の実験を行った。実験の結果を図3に示す。
【0071】
共培養から3日目以降に、蛍光顕微鏡を用いた観察からGFP-PMLタンパク質を発現するK-1034細胞へウイルスが効果的に感染しGFP-PMLが核内に拡散するGFP陽性所見が得られた。CHO細胞由来のGFP-PML発現細胞であるSE/15細胞を用いて検出した場合と比較すると、GFP-PMLタンパク質を発現するK-1034細胞の方が上皮細胞からの細胞-細胞間感染を高感度で検出できる事が判明した(図3)。このことはすなわち、本発明の上皮由来細胞は臨床株HCMVウイルス株に対して高い感受性を有し上皮細胞-細胞間感染の検出に特に優れていることを示している。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サイトメガロウイルスに対して感染感受性を有し、かつ
標識されたPMLボディ構成タンパク質およびp180タンパク質を発現する、上皮細胞または内皮細胞由来の細胞株。
【請求項2】
標識されたPMLボディ構成タンパク質が刺激により発現する、請求項1に記載の細胞株。
【請求項3】
標識が蛍光標識である、請求項1又は2に記載の細胞株。
【請求項4】
PMLボディ構成タンパク質がPMLタンパク質である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の細胞株。
【請求項5】
ウイルスの感染、増殖、および分離が可能である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の細胞株。
【請求項6】
寄託番号NITE AP-932で表される、上皮細胞由来の細胞株。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の細胞株にサイトメガロウイルスを感染させ、PMLボディの特異的形態変化を示す細胞を解析することを含む、サイトメガロウイルス初期遺伝子産物の発現を検出する方法。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の細胞株にサイトメガロウイルスを含む可能性のある生体試料を接種し、PMLボディの特異的形態変化を示す細胞を解析することを含む、サイトメガロウイルス感染モニタリング方法。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の細胞株に、サイトメガロウイルスと試料を接種し、PMLボディの特異的形態変化を示す細胞を解析することを含む、感染阻害物質のスクリーニング方法または薬剤感受性検査方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−229500(P2011−229500A)
【公開日】平成23年11月17日(2011.11.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−105396(P2010−105396)
【出願日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【出願人】(000135151)株式会社ニッピ (18)
【Fターム(参考)】