説明

サブマージアーク溶接用溶融型フラックス

【課題】 引張り強さ75キロ級以上の強度レベルで安定して250ppm以下の酸素量の溶接金属を有するUOE鋼管の製造等に適したサブマージアーク溶接用溶融型フラックスを提供する。
【解決手段】 SiO2:5〜15%、MnO:1〜10%、CaO:10〜30%、CaF2:40〜50%、MgO:2〜10%、Al23:2〜20%、TiO2:2〜20%、BaO:1〜10%を合計で少なくとも95%含有する。
さらにNa2O:0.2〜3%、K2O:0.2〜3%、B23:0.1〜1.0%のうち1種または2種以上を含有してもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サブマージアーク溶接時に使用される溶融型フラックスに関する。
【背景技術】
【0002】
UOE鋼管や原油タンクの自動溶接方法として、GMAW溶接方法やサブマージアーク溶接方法等が用いられる。殊にサブマージアーク溶接方法は高能率で高性能な溶接金属を得ることが出来るため良く用いられている。
【0003】
サブマージアーク溶接に用いられるフラックスとしては、ボンドフラックスと溶融型フラックスがある。溶融型フラックスは各種鉱物質の原材料を1200℃以上の高温で溶融し冷却後に粉砕したものであり吸湿性が低く取り扱いや保管が容易な上、多電極溶接との組み合わせにより高速溶接が可能な特徴を有しておりUOE鋼管の製造に多用される。
ボンドフラックスは、原材料に結合材を少量加えて造粒した後に600℃程度で焼き固めたものである。ボンドフラックスに金属原料や脱酸剤を添加することにより溶接金属の化学成分を比較的自由に調整できる特徴を有する反面、吸湿性が高く取り扱いに難があり、また高速溶接には適さないと言う問題点がある。
【0004】
いずれのフラックスにしても溶接に際しては、溶融スラグを形成することにより溶融金属を大気から遮断し溶接金属の窒化、酸化を防ぐとともにメタル/スラグ反応を介して溶融金属と冶金反応を行い短時間で清浄な溶接金属を作り、良好なビードを形成する等の重要な働きをしている。
【0005】
先に述べたように溶融型フラックスは多電極の高速溶接に適しており、ビード外観も優れることからラインパイプ用UOE鋼管等の高級鋼管の製造に多用されている。これらの高級鋼管では溶接金属について高強度とともに良好な靱性が求められる。一般に強度と靱性は相反する特性であり、強度が増加するほど靱性の確保が困難になる。この課題に対応するためには溶接金属の酸素量の低減が有効であることが知られており、種々の成分を有する溶融型フラックスが、例えば、特許文献1ないし特許文献10等に提案されている。
【0006】
いずれの特許文献においても、フラックス中の塩基性成分と酸性成分の調整による酸素量の低減(あるいは溶接金属靱性の改善)と配合比の調整による溶接性確保の観点からの提案となっている。これらの提案の中で具体的に溶接金属酸素量を示しているのは特許文献1、3、8、9、10である。この中で最も酸素量の低減をしているのは特許文献3、10である。
特許文献10の実施例中の溶接金属酸素量は190〜270ppmに低減されている。特許文献3の実施例では酸素は180〜270ppmに低減されている。他の例では溶接金属酸素量は概ね250〜300ppmに低減されている。すなわちこれらの提案により溶接金属の酸素量は概ね300ppm以下に低減することが示されている。
【特許文献1】特開平6−31481号公報
【特許文献2】特開平6−285679号公報
【特許文献3】特開平7−256488号公報
【特許文献4】特開平7−303990号公報
【特許文献5】特開平8−187593号公報
【特許文献6】特開平8−267279号公報
【特許文献7】特開平9−85488号公報
【特許文献8】特開平9−262692号公報
【特許文献9】特開平11−19795号公報
【特許文献10】特開平11−277294号公報
【特許文献11】特開平2004−154840号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の各特許文献では溶接金属の強度レベルへの言及がないが、実施例に使用された母材鋼板や溶接ワイヤの化学成分から推定すると引張り強さで60キロ級を対象としている。一方で、近年ではラインパイプ用鋼管としてX100(引張り強さ75キロ級)やX120級(引張り強さ95キロ級)の開発が進められており、これらの高強度鋼管の製造では従来以上に溶接金属酸素量の低減が重要になることが予想される。
【0008】
そこで、本発明では従来以上に溶接金属の酸素量が低減可能な(具体的には引張り強さ75キロ級以上の強度レベルで安定して250ppm以下)UOE鋼管の製造等に適したサブマージアーク溶接用溶融型フラックスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、サブマージアーク溶接による溶接金属の酸素量を低減するべく、フラックス成分の溶接金属中の酸素量に対する影響に関する考察を行った。具体的には、フラックスが同一成分の溶融スラグを形成すると仮定して、各スラグ成分に対する平衡酸素活量を熱力学的に推定し、その影響を考察した。その結果、平衡酸素活量を支配するのはフラックス中のSiO2含有率であることを見出し、SiO2 含有率を従来以上に低減することで、酸素量が250ppm以下となる溶接金属を安定して製造可能な溶融型フラックスを見出し、本発明を完成した。
【0010】
ここに、本発明は、質量%で、SiO2:5〜15%、MnO:1〜10%、CaO:10〜30%、CaF2:40〜50%、MgO:2〜10%、Al23:2〜20%、TiO2:2〜20%、BaO:1〜10%を含有し、その含有率の合計が少なくとも95%であることを特徴とするサブマージアーク溶接用溶融型フラックスである。
【0011】
質量%で、さらにNa2O:3%以下、K2O:3%以下、B23:1.0%以下のうち1種または2種以上を含有してもよい。
従来の提案、研究では、溶接金属の酸素量はフラックスの酸性成分と塩基性成分の比率から導出される塩基度で整理されている。SiO2は酸性成分の1つとして重要な成分として取り扱われているが、その含有量は他の酸性成分とのバランスの中で決定されている。また、SiO2はスラグをガラス化させる重要な成分であることから、20〜40%の比較的多量含有するのが一般的である。前出の既存技術において最もSiO2を低減した提案である特許文献5におけるSiO2の含有率は13〜24%である。本発明ではSiO2の含有率を5〜15%としており、従来に比べて著しく低減している。
【0012】
また、SiO2の減少に伴いSiO2に対する平衡酸素活量は減少するが、SiO2の少ない領域ではMnOに対する平衡酸素活量が増大するため、MnOの含有率についても制限を加える必要がある。
【0013】
一方で、SiO2をこのように極端に低減した場合にはビード外観やスラグの剥離性が劣化する可能性があるが、CaF2を40〜50%含有するとビード外観やスラグの剥離性にはほとんど悪影響がないことを合わせて見出した。この原因は明らかではないが、CaF2を40%〜50%含有すると、スラグがCaF2を多量に含む相と他の酸化物を多量に含む相の2相に分離し、このような2相分離したスラグの物性の変化がビード性状等への悪影響を緩和したと推定される。
【発明の効果】
【0014】
本発明により、高速溶接においても溶接欠陥の発生や溶接ビードの外観劣化を防止しつつ、溶接金属の酸素量を250ppm以下に低減することが可能となった。特にX80グレードを越えるような高強度ラインパイプや高周波ベンド管の溶接金属の低温靱性の確保・向上の観点から価値のある発明である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
次に、本発明においてフラックス組成を上述のように限定した理由を説明する。なお、本発明においてフラックス中の各成分の含有率を規定する「%」は、とくにことわりがない限り、「質量%」である。また、本発明のフラックスは、不純物を除けば金属酸化物およびCaF2からなるので、各成分の含有率は、フラックス中の金属元素含有率を金属酸化物に換算した含有率、およびフッ素含有率をCaF2に換算した含有率の意味である。
【0016】
SiO2:5〜15%
SiO2はスラグを構成する重要な成分である。SiO2はスラグをガラス化させ、ビード外観を改善する。またSiO2の配合量が少ないとスラグ粘性が大きくなり、アンダーカットやスラグ巻き込みなどを生じやすくなる。このため5%以上SiO2を含む必要である。一方でSiO2は酸性成分であり、SiO2の増加は溶接金属の酸素量を増加させる。特に、本発明で目標とする、溶接金属の酸素量を250ppm以下にするには、その含有率を15%以下にする。好ましい上限は15%未満であり、更に好ましい上限は13%であり、更に好ましい上限は10%以下である。
【0017】
MnO:1〜10%
MnOはスラグの流動性を向上させ、ビード外観を滑らかにする効果を有する。また、溶接金属へのMnの歩留まりを改善する効果も期待される。これらの効果を得るには1%以上の含有が必要である。一方、MnOは酸性成分であり多量の配合は溶接金属の酸素量を増加させるため、その上限を10%とする。好ましくは2.0〜7.0%である。
【0018】
CaO:10〜30%
CaOは塩基性成分であり溶接金属の酸素量を低減する作用を有する。酸素量低減には含有量が多いほど好ましいが、多量の含有はスラグ剥離性を劣化させるとともにフラックスの耐吸湿性の劣化を通してポックマークを形成しやすくする。よってその含有率を10〜30%とする。好ましくは12〜20%である。
【0019】
CaF2:40〜50%
CaF2は溶接金属の酸素量を低減するのに極めて有効な成分である。SiO2低減によるビード外観の劣化を防止する。しかし、多量に含有するとスラグの剥離性を損なうため、その含有率を40〜50%とする。好ましい範囲は40%超50%以下である。
【0020】
MgO:2〜10%
MgOは塩基性成分であり、溶接金属の酸素量を低減するとともに粘度調整のために添加される。この効果を得るためには2%以上の含有が必要である。一方で10%を越えて含有すると粘度が大きくなりすぎ、アンダーカットやスラグ巻き込みを発生しやすくするとともに、フラックスの耐吸湿性劣化によりポックマークを形成しやすくする。よって、その上限を10%とする。好ましくは2.5〜6.5%である。
【0021】
Al23:2〜20%
Al23は中性の成分であり、スラグの融点、粘度調整を目的に添加される。2%未満の添加ではスラグの粘性不足によりビード外観が劣化し、スラグの剥離性も劣化する。一方で、多量の含有はスラグの融点、粘度を上昇させ、ビードのアンダーカットやスラグ巻き込みを生じて形状を悪化させる。このため上限を20%とする。好ましくは4〜16%である。
【0022】
TiO2:2〜20%
TiO2は少量の含有でスラグの剥離性を改善するとともに、溶接金属へのTiの歩留まりを改善する。この効果を得るために2%以上の含有が必要である。一方、多量の含有はスラグ粘性の増大によりアンダーカットやスラグ巻き込みを生じてビード形状を悪化させる。このため上限を20%とする。好ましい上限は15%であり、一方、好ましい下限は2.5%である。
【0023】
BaO:1〜10%
BaOはスラグの融点を調整するとともに溶接金属の酸素量を低減する有効な成分である。この効果を得るために1%以上含有が必要である。一方で過剰に含有するとビード形状を悪化させるためその上限を10%とする。
【0024】
上記の成分の他、Na2O、K2OおよびB23のうちの1種または2種以上を含有してもよい。
Na2O、K2O:3%以下
Na2OとK2Oは、スラグの粘度調整のために含有することが出来る。この効果を得るにはそれぞれ0.2%以上の添加すればよい。一方、多量の含有は粘度の過度な増加によりビード形状の劣化を招くため、上限を3%とする。
【0025】
23:1.0%以下
23は、溶接金属にボロンを添加するために含有してもよい。添加するボロン量に応じて含有量は調整されるが、0.1%以上1.0%以下の配合で効果があり、この範囲内であれば酸素量や溶接性に大きな影響は与えない。
【0026】
本発明のフラックスは、上記成分の合計を95%以上含む。残部はFeO等の不純物である。上記成分の合計は97%以上が好ましく、99%以上がより好ましい。
このような組成を有するフラックスは、1200℃以上で一旦溶融され、冷却・凝固後に粉砕されて製造される。フラックスの粒度はふるい分けに用いたふるいの最大および最小の呼び寸法に対応するメッシュで表すように定められている(JIS Z 3352等)。フラックスの粒度は適用する溶接条件、特に適用電流により使い分けられる。
本発明において溶接法自体は慣用のものとして特に制限されない。
【0027】
次に、実施例によって本発明の作用効果をさらに具体的に説明する。
【実施例】
【0028】
原材料の配合比率をかえることにより、表1に示す種々の化学成分を有する溶融型フラックスを製造した。なお、本実施例では太径のワイヤを用いた大入熱溶接であるため、フラックスの粒度は細かい目に粉砕した。具体的な粒度メッシュは20xDであった。
【0029】
溶接試験の母材には、表2に示す化学成分を有する鋼板を用いた。鋼板の板厚は16mmであり、2枚の鋼板の端に開先深さ6mm、開先角度70度のV開先を作製し、溶接長1.0mの1層の溶接を行った。作製した溶接ビードの健全性を外観の目視検査で確認するとともに、溶接金属酸素量を分析した。
【0030】
溶接は、表3に示す化学成分を有する直径4mmのソリッドワイヤを用い、表4に示す条件で、4電極のサブマージアーク溶接を行った。先頭極に直流電源を用い他の電極には交流電源を用いた。
【0031】
溶接金属酸素量の分析結果と目視検査の結果を表5に示す。また、一部の溶接金属については全溶接金属の引張り試験と-30℃でのシャルピー試験を行った結果を併せて表5に示している。これらの結果から、本発明にかかる溶融型フラックスが75キロ級以上の強度レベルの高級UOE鋼管の製造に用いることができることが分かる。
【0032】
本発明例ではいずれも酸素量が250ppm以下に制御できている。さらにSiO2の上限を13%に制限することでさらに溶接金属の酸素量は安定的に低減され、ほぼ200ppm以下に制御することが可能である。
【0033】
比較例1ではSiO2が本発明範囲の上限を越えており、且つCaF2の下限を満たしていないため、溶接金属の酸素量が250ppmを越えている。
比較例2ではSiO2本発明範囲の上限を越えているため、溶接金属の酸素量が250ppmを越えている。
【0034】
比較例3ではMnOが本発明範囲の上限を越えているため、溶接金属の酸素量が250ppmを越えている。
比較例4ではCaOが本発明の下限を満たしておらず、溶接金属の酸素量が250ppmを越えている。
【0035】
比較例5ではCaF2が本発明の上限を越えている。このためスラグの剥離性が劣化した。
比較例6から15では溶接金属酸素量に最も大きな影響を与えるSiO2、CaF2、CaO、MnOの配合比が本発明を満たしているため溶接金属酸素量は本発明の目的とする250ppm以下に低減されている。しかし、MgO、Al23、TiO2およびBaOの含有率が本発明の範囲から逸脱しているために、ビードの外観劣化やスラグ剥離性の低下あるいはアンダーカットの発生を生じている。
【0036】
上記の比較例に対し、本発明例16から23に示したように、本発明範囲に含有率を制御した溶融型フラックスでは、酸素量を低減することができると同時にビードの健全性が保たれた。
【0037】
【表1】

【0038】
【表2】

【0039】
【表3】

【0040】
【表4】

【0041】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、SiO2:5〜15%、MnO:1〜10%、CaO:10〜30%、CaF2:40〜50%、MgO:2〜10%、Al23:2〜20%、TiO2:2〜20%、BaO:1〜10%を含有し、その含有率の合計が少なくとも95%であることを特徴とするサブマージアーク溶接用溶融型フラックス。
【請求項2】
質量%で、SiO2:5〜15%、MnO:1〜10%、CaO:10〜30%、CaF2:40〜50%、MgO:2〜10%、Al23:2〜20%、TiO2:2〜20%、BaO:1〜10%を含有し、さらにNa2O:3%以下、K2O:3%以下、B23:1.0%以下のうち1種または2種以上を含有し、その含有率の合計が少なくとも95%であるサブマージアーク溶接用溶融型フラックス。

【公開番号】特開2006−326642(P2006−326642A)
【公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−154118(P2005−154118)
【出願日】平成17年5月26日(2005.5.26)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】