説明

サンプル中のヘプシジンを検出および/または測定する方法

質量分析によってヘプシジンを単離および/または分析する方法ならびにヘプシジンを定量する方法を開示する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本明細書に開示される方法は、生体サンプル中のヘプシジンの単離、ヘプシジンの検出、およびヘプシジンレベルの測定に関する。特に、本明細書に開示される方法は、サンプルからのヘプシジンの効率的な単離および該サンプル中のヘプシジンレベルの定量的測定を可能にする。
【背景技術】
【0002】
鉄は全ての生命体の成長および発達のために必要となる、必須微量元素である。例えば、鉄はDNA合成に不可欠であり、広範な代謝過程においても不可欠である。鉄代謝の障害は、限定するものではないが、鉄欠乏性貧血、ヘモシデローシス、および鉄過剰症であるヘモクロマトーシスを含む、多くの哺乳動物の重要な疾病と結びつけられている(Andrews著、Ann. Rev. Genomics Hum. Genet., 第1巻、p. 75 (2000年);Philpott著、Hepatology, 第35巻、p. 993 (2002年);Beutlerら著、Drug-Metab. Dispos., 第29巻、p. 495 (2001年)。
【0003】
哺乳動物体内の鉄量は、主として十二指腸および上部空腸における吸収を制御することによって調節されており、これが鉄貯蔵を生理学的に制御する唯一の機構である(Philpott著、Hepatology, 第35巻、p. 993 (2002年))。吸収に続き、鉄は循環型トランスフェリンと結合し、全身の組織に輸送される。肝臓は鉄貯蔵の主要な部位である。
【0004】
鉄欠乏である個体における鉄吸収を増強し、かつ鉄過剰である個体における鉄吸収を減少させるフィードバック機構が存在する(Andrews著、Ann. Rev. Genomics Hum. Genet., 第1巻、p. 75 (2000年);Philpott著、Hepatology, 第35巻、p. 993 (2002年);Beutlerら著、Drug-Metab. Dispos., 第29巻、p. 495 (2001年))。腸が体内の鉄要求性の変化に応答する際の分子機構が、つい最近解明された。これに関連して、近年同定された哺乳動物のポリペプチドであるヘプシジン(Krauseら著、FEBS Lett., 第480巻、p. 147 (2000年);Parkら著、J. Biol. Chem., 第276巻、p. 7806 (2001年))が、鉄恒常性を調節する鍵となるシグナル物質であることが示された(Philpott著、Hepatology, 第35巻、p. 993 (2002年); Nicolasら著、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 第99巻、p. 4396 (2002年))。ヘプシジンは25アミノ酸(aa)からなるポリペプチドとしてヒト血漿および尿から単離された物質であり、抗菌活性を示す(Krauseら著、FEBS Lett., 第480巻、p. 147 (2000年);Parkら著、J. Biol. Chem., 第276巻、p. 7806 (2001年))。続いて、マウスにおいては83 aa前駆体、ラットおよびヒトにおいては84 aa前駆体(24 aaの推定シグナルペプチドを含む)をコードしているヘプシジンcDNAが、鉄によって調節される肝臓特異的遺伝子を検索することにより同定された(Pigeonら著、J. Biol. Chem., 第276巻、p. 7811 (2001年))。
【0005】
ヘプシジンと自然免疫反応の関連性は、感染のような、脊椎動物の自然免疫系の急性期応答を誘導する炎症性刺激の後の、ヘプシジン遺伝子発現の強いアップレギュレーションの観察に由来する。マウスにおいては、リポポリサッカライド(LPS)、テレピン、フロイントの完全アジュバント、およびアデノウィルス感染によってヘプシジン遺伝子発現がアップレギュレートされることが示された。
【0006】
ヒト初代培養肝細胞を用いて行われた研究により、ヘプシジン遺伝子発現がインターロイキン-6(IL-6)の投与に応答するが、インターロイキン-1α(IL-1α)または腫瘍壊死因子-α(TNF-α)には応答しないことが示された。この観察結果と調和するように、ヒトボランティアに対するIL-6の点滴は、血清および尿中の生理活性ヘプシジンペプチドレベルの急速な上昇を引き起こし、かつ血清中の鉄およびトランスフェリン飽和度の低下を並行して引き起こした。細菌性、真菌性およびウィルス性感染を含む慢性炎症性疾患を患う患者において、ヘプシジン発現および炎症性貧血の間に強い相関も見出された。これらの知見は、マウスの同様なデータと相俟って、炎症の際のヘプシジンの誘導はIL-6に依存し、かつヘプシジン-IL-6と連なる軸線は、低鉄血症性応答およびそれに続く血液媒介病原菌からの鉄の制限の原因であるという結論へ導くものであった。
【0007】
鉄調節および感染に対する自然免疫反応におけるヘプシジンの中心的役割およびその鍵となる機能は、生体サンプル中の成熟型でかつ生物活性なヘプシジンの測定およびヘプシジン生産の調節のための方法ならびに情報価値のある診断ツールに対する必要性を示すものである。
【0008】
ヘプシジンを尿サンプルから部分的に精製することによって、尿中へのヘプシジン分泌は、炎症症状においては正常レベルと比較して10〜100倍に上昇することが示された(Parkら著、J. Biol. Chem., 第276巻、p. 7806 (2001年))。マウスにおける研究では、ヘプシジンアップレギュレーションを検出する唯一の方法はRNA分析に依存しているが、該方法は循環型ヘプシジンレベルと相関しないようである。今日までに、血清または血漿におけるヘプシジンレベルを正確に測定するために利用できる方法はない。上記の尿による方法は、循環型ヘプシジンレベルの絶対値を解明することはない。血清レベルを測定するために開発された他のアッセイは、半定量的であるか(Tomosugiら著、Blood, 2006年4月(出版前))、またはヘプシジン誘導とは相関がない化学種である、プロヘプシジンを検出することができるのみ(Kemnaら著、Blood, 第106巻、p. 1864-1866 (2005年))のいずれかである。ヘプシジンレベルの正確な定量を可能にするアッセイは、炎症性貧血または他の関連障害を治療するために、ヘプシジン遮断戦略から利益を享受しうる患者を特定することに重要な意味を持つ。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Andrews著、Ann. Rev. Genomics Hum. Genet., 第1巻、p. 75 (2000年)
【非特許文献2】Philpott著、Hepatology, 第35巻、p. 993 (2002年)
【非特許文献3】Beutlerら著、Drug-Metab. Dispos., 第29巻、p. 495 (2001年)
【非特許文献4】Krauseら著、FEBS Lett., 第480巻、p. 147 (2000年)
【非特許文献5】Parkら著、J. Biol. Chem., 第276巻、p. 7806 (2001年)
【非特許文献6】Nicolasら著、Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 第99巻、p. 4396 (2002年)
【非特許文献7】Pigeonら著、J. Biol. Chem., 第276巻、p. 7811 (2001年)
【非特許文献8】Tomosugiら著、Blood, 2006年4月(出版前)
【非特許文献9】Kemnaら著、Blood, 第106巻、p. 1864-1866 (2005年)
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、サンプル中のヘプシジンを単離および/またはその濃度を決定する方法に関する。特に、質量分析を用いる生体サンプル中のヘプシジンを定量するための方法ならびに生体サンプルからヘプシジンを精製および/または分離するための方法を開示する。
【0011】
したがって、本発明の一態様は、ヘプシジンに対応するシグナルを有するマススペクトルを生成するために、サンプルを質量分析(MS)に付する工程、該シグナルの強度を測定する工程、およびシグナル強度をヘプシジン濃度の検量線に相関させる工程を含む、サンプル中のヘプシジンの存在またはその濃度を決定する方法を提供することである。いくつかの実施形態において、ヘプシジンは約84アミノ酸残基を有するプレプロペプチド形態のヘプシジンである。他の実施形態において、ヘプシジンは約61アミノ酸残基を有するプロペプチド形態のヘプシジンである。さらに他の実施形態において、ヘプシジンは約20〜約25アミノ酸残基を有するプロセシングされた形態のヘプシジンである。いくつかの実施形態において、ヘプシジンは配列番号3、配列番号4、配列番号13、配列番号14、配列番号15またはそれらの組み合わせの配列を有するペプチドである。ヘプシジンはMS分析の間にイオン化され、その結果として得られるヘプシジンの電荷は+1、+2、+3、+4またはそれらの組み合わせであることが可能である。MS分析は、液体クロマトグラフィーMSおよび/またはタンデムMSにより可能である。いくつかの実施形態において、ヘプシジンはMS分析に先立ってサンプルからさらに分離される。分離は液体クロマトグラフィーおよび固相抽出のようなクロマトグラフィーにより行うことが可能である。
【0012】
本発明の別の態様は、サンプルからヘプシジンを分離する工程、ヘプシジンに対応するシグナルを有するマススペクトルを生成するために、ヘプシジンをMSに付する工程、ヘプシジンシグナルの強度を測定する工程、およびサンプル中のヘプシジン含量値を得るためにマススペクトル中の該シグナル強度をヘプシジン濃度の検量線に相関させる工程を含む、サンプル中のヘプシジンの存在またはその濃度を決定する方法を提供することである。いくつかの実施形態において、サンプルからのヘプシジンの分離は、液体クロマトグラフィー、固相抽出、またはそれらの組み合わせのようなクロマトグラフィーによる。いくつかの実施形態において、ヘプシジンは約84アミノ酸残基を有するプレプロペプチド形態のヘプシジンである。他の実施形態において、ヘプシジンは約61アミノ酸残基を有するプロペプチド形態のヘプシジンである。さらに他の実施形態において、ヘプシジンは約20から約25アミノ酸残基を有するプロセシングされた形態のヘプシジンである。ヘプシジンはMS分析の間にイオン化され、その結果として得られるヘプシジンの電荷は+1、+2、+3、+4またはそれらの組み合わせであることが可能である。
【0013】
本発明のさらに別の態様は、サンプルを逆相カラムへ導入する工程、および該逆相カラムを溶出溶媒で処理する工程を含み、結果として得られる溶出物がヘプシジンを含む、サンプルからヘプシジンを分離する方法を提供することである。いくつかの実施形態において、溶出溶媒は、メタノール、水、またはそれらの混合物からなる。ある実施形態において、逆相カラムは、C18、C8、もしくはC3逆相カラムまたは極性改変されたC18、C8、もしくはC3逆相カラムからなる。かかるカラムはWaters社、Agilent社などを含む様々な市販供給元から入手可能である。
【0014】
本明細書に開示される発明の態様のいずれかにおいて、サンプルは哺乳動物から採取することが可能であり、特定の実施形態において該哺乳動物はヒトである。ある実施形態においてヒトは健康体であるが、他の実施形態においては破壊された鉄恒常性を示す。特定の実施形態において鉄恒常性は正常値を下回るが、他の実施形態においては正常値を上回る。ある特定の実施形態において、被験体の鉄指標(iron indices)または血液学的な判断基準の値は下記表Iに示されているような正常値の範囲外である。様々な実施形態において、ヒト患者は貧血を患っており、エリスロポエチン療法または赤血球新生療法に対して反応性が低下している。特定の実施形態において、赤血球新生療法はダルベポエチンアルファのようなエリスロポエチン類縁体を含む。
【0015】
本明細書に開示される発明の態様のいずれかにおいて、ヒトは炎症もしくは炎症関連症状を患っているか、または患っている疑いがある。かかる症状には、敗血症、炎症性貧血、癌性貧血、慢性炎症性貧血、うっ血性心不全、末期腎疾患、鉄欠乏性貧血、フェロポーチン病、ヘモクロマトーシス、糖尿病、関節リウマチ、動脈硬化症、腫瘍、血管炎、全身性エリテマトーデス、および関節症が含まれる。他の実施形態において、ヒトは非炎症性症状を患っているか、または患っている疑いがある。かかる非炎症性症状には、ビタミンB6欠乏症、ビタミンB12欠乏症、葉酸欠乏症、ペラグラ、索状脊髄症(funicular myelosis)、偽脳炎(pseudoencephalitis)パーキンソン病、アルツハイマー病、冠動脈心疾患および末梢閉塞性疾患が含まれる。さらに他の実施形態において、ヒトは急性期反応を患っているか、または患っている疑いがある。かかる急性期反応には、敗血症、膵炎、肝炎およびリウマチ性疾患が含まれる。
【0016】
本発明の別の態様において、本明細書に開示された方法を用いてヘプシジン濃度を測定することにより、貧血を患っているヒト患者の治療を改善するための方法が提供される。様々な実施形態において、ヘプシジン濃度は約10 ng/mL以下、約5 ng/mL以下、約2 ng/mL以下、または約1 ng/mLである。他の実施形態において、ヘプシジン濃度は約25 ng/mL以上または約30 ng/mL以上である。ある実施形態において、患者の貧血療法は、その患者のヘプシジン濃度のモニタリングに基づいて改変および/または再評価される。
【0017】
本発明の別の態様は、本発明の方法を実施するために有用な2個以上の物品を、一緒に包装された状態で含むキットである。例えば、ある場合には、キットは、それぞれの容器が既知量でかつ異なる量のヘプシジンを有している複数のヘプシジン容器、標準物質の容器、ならびに標準化のためにヘプシジン濃度の検量線を作成し、試験サンプルのヘプシジン濃度をアッセイするための取扱説明書を含む。ある場合において、標準物質は同位体標識されたヘプシジンであり、他の場合においては、標準物質はヘプシジンと類似の保持特性およびヘプシジンの質量±約750 Daの質量を有するペプチドである。いくつかの実施形態において、ヘプシジンは配列番号4の配列からなる。特定の実施形態において、ヘプシジンは配列番号4の配列からなり、かつ標準物質は同位体標識された配列番号4の配列からなる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1A】ヘプシジンレベルの測定をせずに、患者の評価をするための鉄指標および病状の決定ツリー図を示す。
【図1B】ヘプシジンレベルの測定を用いて、患者の評価をするための決定ツリー図を示す。
【図2】マススペクトル中のヘプシジンイオンの形成が主として+4 (m/z 698.5)および+3 (m/z 930.8)の電荷状態であることを示す。
【図3】+3の電荷状態であるヘプシジンのMS/MSスペクトルを示す。
【図4】+4の電荷状態であるヘプシジンのMS/MSスペクトルを示す。
【図5】ヘプシジンの固相抽出(SPE)におけるpH至適化を示す。
【図6】ブランク検体であるヒト血清から抽出されたヒトヘプシジン(+3および+4の電荷状態)のMSクロマトグラムを示す。
【図7】敗血症患者から抽出されたヒトヘプシジン(+3および+4の電荷状態)および内部標準物質のMSクロマトグラムを示す。
【図8】既知のヘプシジン量から作成された、各濃度に対する分析物:内部標準物質のピーク面積比をプロットした検量線を示す。
【図9】インキュベーション条件下での時間経過に対するヘプシジンの安定性を示す。
【図10】時間ゼロにおけるインキュベーション溶液のベースピークLCクロマトグラムを示す。
【図11】ゼロ時間のインキュベーションにおけるヘプシジンに対応するMSクロマトグラムを示す。
【図12】4時間インキュベーション後の溶液のベースピーククロマトグラムを示す。
【図13】4時間のインキュベーション時におけるヘプシジンに対応するMSクロマトグラムを示す。
【図14】Aは、20名の献血者の血清ヘプシジンレベルと、様々な癌および10 g/dL未満のヘモグロビン値を有する40名の患者との比較を示す。ここで対照献血者における2名の高い値は、高いTsat値または感染に関連があった。Bは、炎症の可能性(AI)、鉄欠乏性貧血(IDA)または混合型貧血(mixed anemia)を有する癌患者を同定するための、癌患者の貧血についての細分類を示す。これらの類型のいずれにも該当しない患者を全て「その他」と表記した。患者を分類するために使用した指標はCRP, sTfR/logフェリチン比、Tsat、およびフェリチン値であった(図1Bを参照されたい)。図中の線は平均値を示す。
【図15】+3および+4の両方の電荷状態にある切断型ヒトヘプシジンであるHepc-20(配列番号15)を示す、Hepc-20のMSクロマトグラムを示す。
【図16】+3および+4の両方の電荷状態にある切断型ヒトヘプシジンであるHepc-22(配列番号16)を示す、Hepc-22のMSクロマトグラムを示す。
【図17】+3および+4の両方の電荷状態にある切断型ヒトヘプシジンであるHepc-25(配列番号4)を示す、Hepc-25のMSクロマトグラムを示す。
【図18】Hepc-25、Hepc-22、およびHepc-20の濃度(ng/mL)に対するMSシグナル強度による検量線を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
発明の詳細な説明
ヘプシジンは、その産生部位から命名されたが、鉄代謝と関連づけられる重要なペプチドである。鉄代謝における障害を、ヘプシジンレベルを測定し、その後測定したヘプシジンレベルを正常レベルと比較することにより評価可能である。かかる比較は診断を促進させることが可能であり、治療計画を評価することが可能であり、または時間経過に伴う患者の症状進行をモニターすることが可能である。
【0020】
本明細書に開示された方法は、生体サンプルからヘプシジンを単離する手段および/または生体サンプル中のヘプシジンを分析する手段を提供する。本明細書の開示以前は、ヘプシジンの質量分析およびサンプルからのヘプシジンの単離のいずれも、サンプル中のヘプシジン絶対値の定量に関連するほど十分に効率的ではなく、また正確でもなかった。非効率的なMSおよび/もしくは分離技術、または不整合なMSおよび/もしくは分離技術は、別々のデータセットを比較することを妨げるものである。効率的なMSおよび分離技術の発見によって、同一患者から経時的に、または異なる患者から異なる時間に得られる様々なデータセットを比較することが可能となる。
【0021】
ヘプシジンは、そのアミノ酸配列が一部の原因であるが、容易にMS分析のためのフラグメント化をしない。内部標準物質およびその検量線との比較を用いるヘプシジンの定量に好適なMSスペクトルとなる、ヘプシジンの見事なイオン化およびフラグメント化のための技術が本明細書において開示される。ヘプシジンMS分析に関する先行文献は、サンプル中のヘプシジンの定量を効果的に可能にするものではないMS技術を利用していた(例えば、Kemnaら著、Blood, 第106巻、p. 3268 (2005年)を参照されたい)。本明細書において開示される方法を、ディフェンシンの測定に適用することも可能である(Kluverら著、J. Peptide. Res. 第59巻、p 241 (2002年))。
【0022】
本明細書において使用されているように、用語「定量的」または「定量」は、異なる時間にまたは異なる供給源から得られた測定値と比較することが可能である、サンプル中のヘプシジンの絶対測定値を提供することを意味する。比率のような情報を獲得しうる、同時に得られた他の測定値と比較することのみが可能な相対測定に加えて、定量測定は多くの目的のために役立つ。以下により詳細に述べるように、内部標準物質の測定量の使用は、サンプル中のヘプシジンの定量的計算を可能にする。
【0023】
本明細書において使用されているように、用語「サンプル」は、本明細書において開示された方法によるヘプシジン分析に好適なあらゆる生体サンプルを意味する。かかるサンプルの供給源は、被験体から得た血清、血液、血漿、尿もしくは他の体液、または体液の濾液が可能である。被験体は動物であり、好ましくは哺乳動物、より好ましくはヒトである。
【0024】
本明細書において使用されているように、用語「鉄マーカー」は、鉄レベルまたは代謝に結びつけられる代謝産物、タンパク質または他の生体分子である。鉄代謝の破壊は、表Iに列挙されているような1種以上の鉄マーカー、または図1Aもしくは図1Bに示されているような他の臨床的鉄パラメーターの欠損または正常値からのずれを意味する。臨床的鉄パラメーターに加えて、鉄レベルを制御しうるタンパク質には、フェロポーチン、可溶性ヘモジュベリン、骨形成タンパク質(BMP)および関連ファミリーのメンバーが含まれる。患者からの生体サンプル中のヘプシジンレベルを測定することによって、患者の鉄代謝に関する情報を推定することが可能である。さらに、様々な鉄代謝障害または症状についてのヘプシジンレベルの傾向に関するデータを生成することが可能である。
【0025】
鉄代謝の破壊に結びつけられる炎症症状には、限定するものではないが、敗血症、炎症性貧血(Weissら著、N. Engl. J. Med., 第352巻、p. 1011 (2005年))、癌性貧血、コラーゲン誘発関節炎(CIA)、うっ血性心不全(CHF)、末期腎疾患(ESRD)(Kulaksizら著、Gut, 第53巻、p. 735 (2004年))、鉄欠乏、ヘモクロマトーシス(Ganz著、Blood, 第102巻、第3号、p. 783 (2003年))、糖尿病、関節リウマチ(Jordan著、Curr. Opin. Rheumatology, 第16巻、p. 62 (2004年))、動脈硬化症、腫瘍、血管炎、全身性エリテマトーデス、および腎臓病もしくは腎不全が含まれる。鉄代謝の破壊に結びつけられる非炎症性症状には、限定するものではないが、ビタミンB6欠乏症、ビタミンB12欠乏症、葉酸欠乏症、ペラグラ、索状脊髄症(funicular myelosis)、偽脳炎(pseudoencephalitis)パーキンソン病(Fasanoら著、J. Neurochem., 第96巻、p. 909 (2006年)およびKaurら著、Ageing Res. Rev., 第3巻、p. 327 (2004年))、アルツハイマー病、冠動脈心疾患、骨減少症および骨粗鬆症(Guggenbuhlら著、Osteoporos. Int., 第16巻、p. 1809 (2005年))、異常ヘモグロビン症および他の赤血球代謝障害(Papanikolaouら著、Blood, 第105巻、p. 4103 (2005年))、ならびに末梢閉塞性動脈疾患が含まれる。鉄代謝の破壊に結びつけられる急性期反応症状には、限定するものではないが、膵炎、肝炎(Brock著、Curr. Opin. Clinic. Nutrition. Metab. Care, 第2巻、p. 507 (1999年))およびリウマチ性疾患がある。
【0026】
測定されたヘプシジンに対する基準値は、例えば、0〜約2000 ng/mLの範囲であり、特に約100〜約500 ng/mLの範囲である。特に好ましい基準範囲は約200〜約260 ng/mLである。基準範囲内のあらゆる値、例えば0〜約1000 ng/mLの範囲の値を測定の閾値として使用可能である。約10 ng/mL未満の測定値はヘプシジンの抑制を示しうる一方、ヘプシジンレベルの「正常な」範囲は、約25 ng/mL未満である。様々な他の鉄指標およびそれらの正常な濃度範囲を表Iに示す。
【表1】

【0027】
表Iに示された正常範囲外である患者の鉄指標レベルは、該患者のヘプシジンレベルを測定する引き金となる。ヘプシジンは鉄代謝の鍵となる成分であるため、ヘプシジンレベルは鉄代謝の破壊および/または鉄指標と相関がある。ヘプシジンレベルの上昇は、表Iに示された正常範囲未満である血清鉄レベル、低ヘモグロビン、およびヘマトクリット、減少したかもしくは正常なTsat値および高いかもしくは正常なフェリチン値、ならびにC反応性タンパク質(CRP)上昇によって測定される炎症状態の上昇と相関がある。
【0028】
鉄代謝の破壊の検出には、アッセイすること、イメージングすること、またはその他ヘプシジンもしくはヘプシジン前駆体の存在、不存在または濃度を確定することが含まれる。用語「検出」は、ヘプシジンについての診断、予後診断、およびモニタリングを含む。
【0029】
本明細書において使用される用語「ヘプシジン」は、83または84 aa配列のプレプロペプチドである、マウス(配列番号1);ラット(配列番号2);およびヒト(配列番号3)における配列;25 aaのヘプシジン配列であるヒトヘプシジン(配列番号4);カニクイザルヘプシジン(配列番号5);サバンナモンキーヘプシジン(配列番号6);ウサギヘプシジン(配列番号7);ラットヘプシジン(配列番号8);マウスヘプシジン(配列番号9);またはイヌヘプシジン(配列番号10)、(配列番号11)、もしくは(配列番号12)を含む。ヘプシジンペプチドは、60アミノ酸からなるヒトプロペプチド(配列番号13)および(配列番号14)だけでなく、20アミノ酸配列(配列番号15)、および22アミノ酸配列(配列番号16)も含む。
【0030】
本明細書において使用される用語「質量分析」または「MS」は、イオンの質量対電荷の比、すなわち「m/z」に基づいてイオンを選別し、検出し、かつ測定する方法を表す。一般に、1以上の対象となる分子をイオン化し、該イオンを次に質量分析装置へと導入するが、該質量分析装置では、磁場および電場の組合せにより、イオンは質量(「m」)および電荷(「z」)に依存する空間中の進路を進む。例えば、米国特許第6,204,500号;第6,107,623号;第6,268,144号;第6,124,137号;第6,982,414号;第6,940,065号;第5,248,875号明細書;Wrightら著、Prostate Cancer and Prostatic Diseases, 第2巻、p. 264 (1999年);ならびにMerchantおよびWeinberger著、Electrophoresis, 第21巻、p. 1164 (2000年)を参照されたい。これらは参照により全体を本明細書に組み入れるものとする。
【0031】
例えば、「四重極型」または「四重極イオントラップ型」分析装置では、振動高周波(RF)場内のイオンは、電極間に印加された直流(DC)電圧、RFシグナルの振幅、およびm/zに比例する力を受ける。特定のm/zを有するイオンのみが四重極間の空間を進む一方、それ以外の全てのイオンが進路から排除されるような電圧および振幅を選択することが可能である。すなわち、四重極分析装置は、分析装置内へ注入されたイオンに対して「質量フィルター」および「質量検出器」の両方として機能することが可能である。
【0032】
多重イオン反応モニタリング(MRM)モードによるトリプル四重極質量分析装置をヘプシジン定量に用いることが好ましい。前記装置は、四重極コリジョンセルによって隔てられた2つの独立した四重極質量分析部を含む。第1の四重極は対象となる分析物イオン(プリカーサー)を選択するために使用され、該プリカーサーイオンはコリジョンセル内において衝突解離によってフラグメント化される。結果として得られるフラグメントは第2の分析用四重極によって分析される。プリカーサーイオンはコリジョンセル内において非常に特異的に分解するので、プリカーサーの独特なフラグメントイオンをモニタリングすることは、特異性およびSN比の大きな向上につながる。したがって、血清のような複雑なサンプルの定量的分析のために、前記装置を使用することが可能である。
【0033】
加えて、MS技術の分解能を、「タンデム質量分析」または「MS/MS」を用いることによって増強することが可能である。この技術において、対象となる1分子(もしくは複数分子)から生成された1個のプリカーサーイオンまたはイオン群は、MS装置内において選別され、続いてこれらのプリカーサーイオンは、2番目のMSにおいて分析される1個以上のフラグメントイオンを得るためにフラグメント化される。プリカーサーイオンの注意深い選択によって、対象となる分析物によって生成されたイオンのみが、フラグメントイオンを生成するために不活性ガスの原子との衝突が起きるフラグメンテーションチャンバーを通過する。提示される一定のイオン化/フラグメント化条件の下では、プリカーサーおよびフラグメントイオンのいずれも再現性ある様式で生成されるので、MS/MS技術は非常に強力な分析ツールを提供することが可能である。例えば、ろ別/フラグメント化の組合せを、妨害物質を除外するために使用することが可能であり、生体サンプルのような、複雑な成分のサンプルにおいて特に有用である。
【0034】
質量分析装置は多くの異なるイオン化法を利用する。これらの方法には、限定するものではないが、電子衝撃、化学イオン化、および電界イオン化のような気相イオン源だけでなく、電界脱離、高速原子衝撃、マトリクス支援レーザー脱離イオン化、および表面増強レーザー脱離イオン化のような脱離イオン源が含まれる。加えて、質量分析装置をガスクロマトグラフィー(GC)および高速液体クロマトグラフィー(HPLC)のような分離手段と連結することが可能である。いくつかの場合において、エレクトロスプレーイオン化が使用される。正イオンモードのエレクトロスプレーイオン化(ESI)は、HPLC分離のインターフェイスおよび質量分析によるヘプシジンの検出のために使用される。イオン化は大気圧下で起きる。前記イオン化はLC分析の溶出液またはサンプル自体を、高電圧が印加されている小さな針からスプレーすることを含む。この過程は荷電した微細液滴を生成し、その後移動相溶媒はサンプル分子から離れて気相へ蒸発しイオン化する。これらの生じた気相イオンはその後検出のために質量分析装置内へと「掃引」される。化学イオン化のような他のイオン化技術を同様に使用することが可能であるが、ESIは好ましいイオン化メカニズムである。マススペクトルはm/z単位で与えられるので、イオン化の程度はヘプシジンペプチドに相当する検出ピークに影響を与えることになる。ヘプシジンの電荷は、使用されるイオン化法に依存して、+1、+2、+3、+4またはそれらの組み合わせとなることが可能である。
【0035】
いくつかの実施形態において、結果として得られる測定値の感度を向上させるために、MSは液体クロマトグラフィーステップと組み合わされる。逆相HPLCは、互いに混じり合わない無極性固定相および相対的に極性な移動相の2つの相の間の物質移動を含む分離技術である。混合物の成分はまず溶媒に溶かされ、その後移動相内に導入されて、固定相が充填剤に固定化されているクロマトグラフィーカラムを通って進む。カラム内において、混合物はその溶質と移動相および固定相との相互作用に依存して、各成分へと分離される。分離された成分のそれぞれはその後質量分析装置によって検出される。
【0036】
サンプル中のヘプシジンの定量は、内部標準物質をサンプルに加えて、ヘプシジンおよび内部標準物質の比を既知量のヘプシジンおよび内部標準物質をブランクマトリクスに加えた一連のサンプル群から得られた比(検量線、例えば図8を参照されたい)と比較することによって達成される。この方法の使用は、正常な健全個体におけるヘプシジンレベルだけでなく、敗血症または他の炎症症状を患っている患者からのヘプシジンレベルの決定も可能にする。好適な内部標準物質は、ヘプシジンの分子量(すなわち、マススペクトルシグナル)とは異なるが、その差が± 750 (m/z)の範囲である分子量を有するものである。いくつかの実施形態において、内部標準物質は同位体標識されたヘプシジンペプチドであって、1個以上のH、C、N、および/またはO原子が異なる質量を有する安定同位体(例えば、2H、13C、15N、17O、もしくは18O)に置換されている。様々な実施形態において、内部標準物質はヘプシジンと類似の保持特性および/またはクロマトグラフィー特性ならびに± 50 m/zの範囲内で異なる分子量を有するペプチドである。特定の実施形態において、内部標準物質は配列番号17の配列を有するペプチドである。
【0037】
サンプル中のヘプシジンレベルの定量は、データセット間の比較を可能にする。異なるサンプル測定値を比較するこの能力は、モニタリング同様診断を可能にする。本発明の実施形態によるヘプシジンの定量法は、臨床的な診断設定の範囲内で、患者の鉄代謝または鉄恒常性破壊の程度を診断することに、有利に利用することが可能である。かかる診断自体は、鉄キレート療法、鉄治療(iron treatment)、炎症抑制、または赤血球新生療法を含む好適な予防法および治療法を選択および実行するために、臨床医が使用することができるであろう。臨床的な診断設定において、ヘプシジンの濃度レベル単独または表Iに示されているような他のパラメーターとの組み合わせに依存して適切な企画を採ることができるように、上記の方法および算出法が解釈される。本明細書において使用されているように、用語「鉄恒常性」は、鉄取り込み、鉄減少、ならびに鉄動員および貯蔵との間のバランスを維持し、結果として血清鉄レベルを正常範囲内に制御するために、体内の鉄代謝の全ての態様を協調させる過程を表す。負のバランス(正常値を下回っている)を伴う鉄恒常性は、血清鉄レベルが正常範囲未満に維持されているか、鉄取り込みと減少の間のバランスが体内の正味の鉄の減少を導くか、または貯蔵鉄が枯渇するようになる鉄の分布不全が起きる状況からなる。正のバランス(正常値を上回っている)を伴う鉄恒常性は、血清鉄レベルが正常範囲超に維持されているか、鉄取り込みと減少の間のバランスが体内の正味の鉄の増加を導くか、または貯蔵鉄が増加するようになる鉄の分布不全が起きる状況からなる。
【0038】
治療過程および濃度の読み値の意義を決定する際に使用者または解釈者を補助するために使用する図1Bのような決定ツリーを、患者の診断を促進するために、ヘプシジンのレベルを解釈するために使用することが可能である。ヘプシジン値は、炎症性の鉄過剰症およびフェロポーチン病を有する患者において上昇し、かつヘモクロマトーシス、異常ヘモグロビン症、および他の赤血球細胞障害を有する患者において抑制されることが予測される。図1Bの決定ツリーは、鉄代謝障害を有することを疑われている患者の診断および/または評価を、ヘプシジンレベルの測定値がどのように単純化するかを示す。図1Aは、ヘプシジンレベルの測定を含まない決定ツリー評価法を示す。
【0039】
様々な実施形態において、貧血を有する患者の治療を改善するためにヘプシジンレベルを使用することが可能である。患者のヘプシジンレベルの濃度を分析することによって、医学的な決定者は、検討中または患者が現在受けている特定の治療をよりよく評価することができる。特に、エリスロポエチンまたはその類縁体(エポエチンアルファ、エポエチンベータ、ダルベポエチンアルファ、あらゆる赤血球新生刺激タンパク質もしくはペプチド、または赤血球新生刺激活性を有する小分子)、または他のあらゆる種類の赤血球新生療法のような典型的な貧血治療に対する反応性が低下している患者は、代替の貧血治療の迅速かつ/または正確な分析から利益を得る。いくつかの実施形態において、それぞれの貧血治療に応答する患者のヘプシジンレベルのモニタリングに基づいて、貧血治療が患者個人にあわせて行われる。
【0040】
本明細書において使用される用語「赤血球新生刺激分子」または「赤血球新生療法」は、ヒトエリスロポエチンまたは生理活性を有する変異体、誘導体、またはそれらの類縁体を含み、これにはかかるタンパク質もしくは類縁体の化学的に修飾された誘導体または赤血球新生を刺激するあらゆる小分子を含む。エリスロポエチンには、限定するものではないが、配列番号18または配列番号19に規定されるようなアミノ酸配列を含むポリペプチドが含まれる。配列番号18の第1〜165アミノ酸は、例えばエポエチンアルファ、エポエチンベータ、エポエチンガンマ、エポエチンゼータなどのようなエポエチンと命名されたあらゆる分子の成熟タンパク質を構成する。加えて、エポエチンはまた、例えばポリエチレングリコールのような1個以上の水溶性ポリマーを有するような、化学的に改変された前記のエポエチンのいずれかをも含む。配列番号18または配列番号19と65%、70%、75%、80%、85%、90%、91%、92%、93%、94%、95%、96%、97%、98%、または99%の同一性を有し、かつ赤血球新生活性を保持しているエリスロポエチンの類縁体もまた想定される。
【0041】
組換えヒトエリスロポエチンの代表的な配列、製造、精製および使用は、限定するものではないが、米国特許第4,703,008号明細書(Lin)および米国特許第4,667,016号明細書(Laiら)を含む多くの特許刊行物に記載されており、これらはそれぞれ引用により本明細書に完全に組み入れられる。ダルベポエチンは、2本の追加の糖鎖のためにrHuEPOのアミノ酸配列中5カ所の変更を有する、高度にグリコシル化されたエリスロポエチン類縁体である。より特定的には、ダルベポエチンアルファは2本の追加のN結合糖鎖を配列番号18の第30および88アミノ酸残基に含む。ダルベポエチンおよび他のエリスロポエチン類縁体の代表的な配列、製造、精製および使用は、国際公開第91/05867号パンフレット(Stricklandら)、国際公開第95/05465号パンフレット(Elliottら)、国際公開第00/24893号パンフレット(Egrieら)および国際公開第01/81405号パンフレット(Egrieら)を含む多くの特許公報に記載されており、これらはそれぞれ引用により本明細書に完全に組み入れられる。天然物または類縁体のポリペプチドの誘導体には、例えば水溶性ポリマー(例えばペグ化)、放射性核種、または他の診断用もしくは標的化用もしくは治療用部位を有するように化学的に改変されたポリペプチドが含まれる。
【0042】
用語「赤血球新生活性」は、例えば低酸素症でない赤血球増加症マウスアッセイ(exhypoxic polycythemic mouse assay)のようなin vivoアッセイにおいて実証される、赤血球新生を刺激する活性を意味する。例えばCotesおよびBangham著、Nature, 第191巻、p. 1065 (1961年)を参照されたい。
【0043】
開示された方法の様々な実施形態において、ヘプシジンはMSもしくはLC-MS分析に先立ち、またはその代わりにサンプルから単離される。固相抽出(SPE)はヘプシジン単離の好ましい手段である。SPEの使用は、後に続くHPLC分離および質量分析による検出のための、(血清、血漿および尿のような)生体サンプルからのヘプシジンの抽出および単離を可能にする。SPEは、MSのような定量的化学分析を行う前にサンプルを調製するためのクロマトグラフィー技術である。SPEの目的は、定量分析を行う能力に対して負の効果を有する、望ましくない干渉物を含む複雑なサンプルマトリクスから標的分析物を単離することである。単離された標的分析物は、定量分析に適合している溶液中に回収される。標的化合物を含むこの最終溶液を、直接分析に使用するか、または標的分析物をさらに濃縮し、かつ該目的物をより検出および測定しやすくするために、蒸発留去してより少量の体積の別の溶液に再構成することが可能である。液体クロマトグラフィー(LC)を用いた血漿および尿のような生体サンプルの分析は、不溶物および可溶性の干渉物を除去するため、および検出感度を増強するために標的化合物を前もって濃縮するための双方の観点で、分析に先立つSPEから利益を得る。生体成分分離において遭遇する多くのサンプルマトリクスは、質量分析装置をベースにした検出を使用するときに特にやっかいなものになりうる、バッファー、塩、または界面活性剤を含んでいる。成分の化学構造の違いに基づいたサンプルの単純な分画を行い、それにより分析されるべきサンプルの複雑度を減少させるために、SPEを使用することも可能である。
【0044】
典型的なSPE法は、それぞれが特定の目的を有する一連のステップを含む。第一のステップは、「コンディショニング」ステップと称されるが、該ステップは、サンプルを受け入れるために装置、典型的にはクロマトグラフィーカラムを準備する。逆相SPEでは、コンディショニングステップは第一にSPE装置をメタノールまたはアセトニトリルのような有機溶媒を用いてフラッシュすることを含み、これは装置および吸着剤の双方の表面を湿潤させる作用をし、かつ装置からあらゆる残余の夾雑物を洗い流す。一般に、この初期のリンスの後は、しばしばpHバッファーまたは他の修飾剤を含む高度に水性の溶媒のリンスが続き、このステップが標的サンプル成分を優先的に保持するようにクロマトグラフィー吸着剤を準備することになる。ひとたびコンディショニングされると、SPE装置は直ちにサンプルを受け入れることのできる状態となる。
【0045】
第二のステップは、「ローディング」ステップと称され、サンプルを装置内へ通液することを含む。ローディングの間、サンプル成分は多くの干渉物とともにクロマトグラフィー吸着剤に吸着される。ローディングが完了すると、干渉するサンプル成分を洗い流し、その一方標的化合物を吸着剤に保持されたままにしておくために、「洗浄」ステップを使用する。ほとんどまたは全くヘプシジンの損失はないので、結果として得られるヘプシジンの測定値は、サンプル中の実際のヘプシジン量を正確に反映している。
【0046】
ヘプシジンを含むサンプルの洗浄のために、7よりも高いpHが好ましく、8よりも高いpHがより好ましく、約10以上のpHがもっとも好ましい。このpH範囲の溶媒系を用いる洗浄は、ほとんどまたは全くヘプシジン自体を損失せずに、サンプル中の夾雑物および他の生体分子をヘプシジンから洗浄除去することが可能である。洗浄溶媒のpHを調節するために使用されるバッファーとしては、限定するものではないが、水酸化アンモニウム、リン酸アンモニウム、炭酸アンモニウムなどがある。水酸化アンモニウムは好ましいバッファーである。溶媒系の中に存在するバッファーの量は、結果として得られるpHに影響を与えることになるが、典型的には約0.1〜約10%で存在し、より好ましくは約1〜約5%で存在し、もっとも好ましくは約1.5〜約3%で存在する。特定の実施形態において、水酸化アンモニウムがバッファーであり、約2%で存在する。洗浄溶媒は、典型的には水およびメタノールの混合物である。メタノールは混合物の約20〜約70%の量で存在し、より好ましくは約40〜約50%である。溶媒系の残余分は水である。
【0047】
洗浄ステップの後には「溶出」ステップが続くが、該ステップは典型的には、メタノールまたはアセトニトリルのような有機溶媒を高パーセンテージで含む液体を使用する。溶出溶媒は、標的化合物をクロマトグラフィー吸着剤から好適なサンプル容器の中へ効果的に脱離させるように選択される。溶出溶媒は典型的には約8未満のpHを有し、より好ましくは約3〜約6のpHを有し、もっとも好ましくは約4.5〜約5.5のpHを有する。約5のpHは、溶出溶媒に対して非常に好ましい。溶出溶媒のpHを調節するために使用されるバッファーとしては、限定するものではないが、酢酸塩、クエン酸塩、リンゴ酸塩、ギ酸塩、コハク酸塩などがある。バッファー選択は所望のpHに依存する。溶出溶媒は典型的には水およびメタノールの混合物である。メタノールは混合物中に70%超で存在し、より好ましくは約75%超であり、もっとも好ましくは80%超である。溶媒系の残余分は水である。
【0048】
高濃度の有機溶媒による溶出は、分析前にさらなるステップを行うことを必要とする。クロマトグラフィーによる分析(LCまたはLC-MS)の場合には、サンプルはメタノールまたはアセトニトリルのような純有機溶媒よりも、むしろ水−有機溶媒の混合液に溶解されていることが好ましい。SPE技術および材料は、米国特許第5,368,729号;第5,279,742号;第5,260,028号;第5,242,598号;第5,230,806号;第5,137,626号;および第5,071,565号明細書に記載されており、これらはそれぞれ完全に本明細書に組み入れられる。SPEカラムのための吸着剤としては、限定するものではないが、C18、C8、陽イオン交換体および親水性−脂溶性バランスコポリマー(hydrophilic-lipophilic-balanced copolymer)物質がある。かかるSPEカラムは、Waters社(例えばOasis HLBおよびMCX)、Varian社(例えばC18およびC8)、ならびにMillipore社(例えばC18、C8、および混合相カチオン(mixed phase cation)−MPC)を含む様々な供給元から市販されている。
【実施例】
【0049】
以下の実施例を、本発明の好ましい実施形態を示すために提供する。以下の実施例に開示された技術は、本発明の実施において良好に機能することが発明者らによって見出された技術を代表するものであり、それ故その実施のための好ましい態様を構成するとみなされることが可能であることを、当業者は理解するべきである。しかしながら、開示されている特定の実施形態において多くの変更がなされることが可能であり、それでもなお本発明の意図および範囲からそれることなく同一または類似の結果を得ることができることを、本開示に照らして当業者は理解するべきである。
【0050】
装置
全ての定量実験を、Turbo ESIイオン源を用いたApplied Biosystems社(Foster City, CA)製API4000(SciEx)トリプル四重極質量分析装置で実施した。前記システムを、Analysisソフトウェア 1.3.1により制御した。安定性および分解産物同定実験を、Xcaliburソフトウェア1.3によって制御されたFinnigan LTQ (Thermo-Electron社)で実施した。
【0051】
分離をPolaris C18A, 5 μmカラム(2.1 x 50 mm, Varian社)で行った。流速を300 μl/minに設定した。溶出溶媒Aを5:95のメタノール:水(v/v)とし、溶媒Bを95:5のメタノール:水(v/v)とし、いずれも0.1%ギ酸を含むものとした。2つの異なるクロマトグラフィー法を開発した。定量分析およびヘプシジン安定性の研究のために、HPLCシステムをLEAP Technologies社(Carrboro, NC)HTS PALオートサンプラーおよびRheosバイナリーポンプで構成した。グラジエント条件を以下:0〜0.1分まで、2% B/98% A均一濃度;0.1〜4.5分まで、2% B〜95% B;4.5〜4.9分まで、95% B;4.9〜5.0分まで、95% B〜2% B;5.0〜6.0分まで、2% B均一濃度;のように設定した。ニードル洗浄溶媒はメタノール:水(50:50, v/v)とした。ヘプシジンの酵素的分解産物同定のために、HPLCシステムは、4 ℃に設定した温度制御型オートサンプラーを用いたAgilent 1100フル構成システム(Agilient Technologies社, Palo Alto, CA)から成るものとした。リニアグラジエントは5%〜95% Bへの濃度勾配を18分間で実行し、その後2分間95% Bで維持した。その後グラジエントは初期条件に戻して次回ランの前に10分間平衡化した。いずれの方法とも全ての実験において、サンプルインジェクト体積は20 μlとした。
【0052】
標準溶液の調製
濃度1 mg/mLのヒトヘプシジン(配列番号4)のストック溶液を、10 mM酢酸ナトリウムバッファー(約pH5)にて調製した。1 mg/mlの内部標準物質(配列番号17)のストック溶液を、水にて調製した。配列番号17はAc-Lys-Lys-Arg-Pro-Hyp-Gly-CpG-Ser-DTic-CpGの配列を有するものであって、ここでAcはアセチル、Lysはリジン、Argはアルギニン、Proはプロリン、Hypはtrans-4-ヒドロキシ-プロリン、Glyはグリシン、CpGはシクロペンチルグリシン、Serはセリン、およびDTicはD-1,2,3,4-テトラヒドロイソキノリン-3-カルボン酸である。いずれのストック溶液も-70℃で保存した。最終濃度100 μg/mlのヘプシジン検量線用作業溶液を、ストック溶液を10 mM酢酸ナトリウムバッファーを用いて希釈することにより調製した。濃度100 ng/mlの最終内部標準物質溶液を、内部標準物質のストック溶液を水にて希釈することにより調製した。
【0053】
較正用標準物質溶液を、ブランク検体の血清にヘプシジン(配列番号4)作業溶液を加えて、濃度10、25、50、100、250、500および1000 ng/mLの血清溶液となるように新たに調製した。3種の異なる濃度(20、200、800 ng/mL)の品質管理(QC)サンプルを、較正用標準物質溶液とともに調製した。
【0054】
安定性および分解産物同定のためのサンプル調製
ヒトヘプシジン安定性調査を、ヘプシジン(配列番号4)を10%ヒト血清水中室温でインキュベートすることにより行った。インキュベーションを、5 ml試験管中で20 μLのヘプシジン作業溶液(100 μg/mL)を1980 μLの10%血清水と混合し、初期濃度1 μg/mLとすることにより開始した。0時間、0.5時間、1時間、1.5時間、2時間、3時間、4時間および5時間の時点で、インキュベーション溶液から100 μLの溶液を採取した。それぞれの採取試料をSPEにより直ちに抽出して、分析するまで4℃で保存した。
【0055】
固相抽出
固相抽出をOasis HLB 96-ウェルプレート (Waters社、Milford, MA)で実施した。洗浄溶媒は、水酸化アンモニウムでpHを約10に調節した30%メタノール/水とした。溶出溶媒は、酢酸でpHを約5に調節した90%メタノール/水とした。活性化およびコンディショニングの後、100 μLの血清サンプルおよび200 μLの内部標準物質をSPEプレートにロードし、水および350 μLの洗浄溶媒で洗浄した。溶出を、100 μLの溶出溶媒を用いて行い、100 μLの水で希釈した。結果として得られる200 μLの溶出液は、直ちにLC-MS分析が可能な状態となった。
【0056】
ESI-MS/MS最適化
ヒトヘプシジン(H-hep;配列番号4)のプリカーサーおよびプロダクトイオンを、0.1%ギ酸を含む50:50のメタノール:水(v/v)に溶解した10 μg/mLのヘプシジン溶液を直接注入することにより決定した。ヘプシジンは塩基性ペプチドなので、ESIによる正イオンモードを使用した。図2に示すように、+4(m/z 698.5)および+3(m/z 930.8)の電荷状態であるヘプシジンイオンの形成が主である。電荷のデコンボリューションをした後の、ヘプシジン配列から計算される質量より8 Da少ない2788の平均質量は、8個のシステインアミノ酸の間に形成された4個のジスルフィド結合を示す。図3および4は、両者の電荷状態についてのMS/MSスペクトルを示す。m/z 698およびm/z 931のヘプシジンプリカーサーイオンの衝突解離は、ヒスチジンインモニウムイオンに相当するm/z 110およびフェニルアラニンインモニウムイオンに相当するm/z 120の主要なプロダクトイオンを生成する。m/z 110のプロダクトイオンを導くイオンの遷移のためのESI-MS/MSパラメーターを、ヘプシジン定量のために表IIに示すように最適化した。
【表2】

【0057】
ヘプシジン定量のための固相抽出最適化
タンデム質量分析(MS/MS)は、対象となる分析物の検出に際だった特異性を提供するけれども、LC-MSインターフェイスにおける、LC分離でともに溶出される干渉成分からのイオン化に対する競合は、イオン抑制および化学的ノイズのような望ましくない効果を引き起こす、顕著でかつ不整合なマトリクス効果の原因となりうる。それ故、LC分離前のサンプル精製は、生体マトリクス成分の複雑さおよびHPLC、特に高速LC分離における限定的な分解能のために、LC-MS/MSバイオ分析に対して大きな影響を有する。ヘプシジンが抽出および前濃縮され、一方干渉成分の量が顕著に減少する方法である固相抽出が、ヘプシジンバイオ分析のために使用される。
【0058】
ヒト血清からのヘプシジンの固相抽出を、Waters Oasis HLB プレートで行った。吸着剤は、C18よりも高い保持能力および容量を有する親水性/脂溶性バランスポリマーであった。ヘプシジンは塩基性ペプチドなので、抽出効率は洗浄および溶出溶媒の有機溶媒濃度と同様、pHによって大きく影響される。図5は、水酸化アンモニウムにより約10のpHに調節したメタノール/水溶媒および酢酸により約5のpHに調節した溶媒を用いる、一定量のヘプシジンの溶出曲線を示す。酸性条件では、SPE吸着剤からのヘプシジンの浸出が水を用いた場合でさえ起きる。対照的に、塩基性条件では最大値で50%メタノールでもSPE吸着剤からのヘプシジンの溶出を引き起こさない。約10のpHである30%メタノールが洗浄のために選択され、かつ約5のpHである90%メタノールがヘプシジンSPE溶出のために使用された。
【0059】
血清抽出物中のヒトヘプシジンのLC-MS/MS
図6は、ブランク検体のヒト血清から抽出されたヒトヘプシジンのMRMクロマトグラムを示す。m/z 930.60→110.15のイオンの遷移は、m/z 698.10→110.15のイオンの遷移よりもずっときれいなバックグラウンドでかつずっと微弱な血清マトリクスからの干渉を与えたので、それをヘプシジン定量のために選択した。図7は、敗血症患者の血清から抽出されたヘプシジンおよび内部標準物質のクロマトグラムを示す。
【0060】
検量線の特徴、真度および精度
血清中のヒトヘプシジンに対して、10〜100 ng/mLの範囲内で直線的な検量線を得たが、図8に示すように、ゼロ以外の7種全ての標準物質(10、25、50、100、200、500および1000 ng/mL)に関する二連検体の偏差は全て15%以内である。
【0061】
名目上の濃度に対する計算値の偏差の百分率として表される真度(accuracy)(%RE)を、3種の濃度:QC1 (20 ng/mL)、QC2 (200 ng/mL)およびQC3 (800 ng/mL)で評価した。3種の品質管理サンプルいずれも10%未満の偏差を有する。精度(precision)もまた3種のQCについて評価したが、表IIIに示すように全ての%RSD値が10%未満であった。
【表3】

【0062】
前記方法を、提供者から得た敗血症患者の血清および貧血患者のサンプルにおけるヘプシジンレベルのアッセイに適用した。表IVは敗血症患者の血清のヘプシジンレベルについての結果を示す。
【表4】

【0063】
ヒトヘプシジン安定性
ペプチドは生体マトリクス内の内在性酵素による分解に感受性が高いことが知られている。25残基のペプチドであるヒトヘプシジンに加えて、N-末端切断型ヘプシジン-20およびヘプシジン-22もまた、ヒト尿中に存在することが報告されている。それ故、ヘプシジン安定性の評価およびその分解産物の同定は、方法開発において重要である。ヘプシジン安定性を、ヘプシジンを初期濃度1 μg/ml、室温で10%ヒト血清/水中においてインキュベートし、その後LC-MS/MS分析することによって評価した。内部標準物質に対するヘプシジンのピーク面積比を、安定性を評価するために使用し、全てのデータを0時間における値に対して基準化した。安定性のデータ(図9)は、ヒトヘプシジンは比較的安定であることを示した。5時間以内のインキュベーションでは、ヘプシジンは10%未満の分解を示した。
【0064】
分解産物を、Finnigan LTQ装置を用いるLC-MS/MS法に依存するデータによって同定した。図10は、0時間におけるインキュベーション溶液のベースピーククロマトグラムを示す。タンデムマススペクトルに基づくペプチドの配列解析は、保持時間8.18分のピークがヒトヘプシジンであることを確認させるものである(図11)。4個の分子内システインジスルフィド結合のために、主要なフラグメントイオンは小さいbイオン(b3, b4)および大きいyイオン(y21, y22, y23およびy24)である。図12は、4時間インキュベーション後における溶液のベースピーククロマトグラムを示す。保持時間7.53分の新たなピークを検出し、そのMS/MS(図13)により該ピークを酸化されたメチオニン(M21)を有するヒトヘプシジンと同定した。
【0065】
患者のヘプシジンレベル測定
癌性貧血を患っている患者からのサンプル(ProteoGenexより得た)およびボランティア(対照)からのサンプルを採取した。100 μLのそれぞれのサンプル、血清ブランク検体およびゼロ以外の7種の濃度(10、25、50、100、250、500、1000 ng/mL)の二連検体からなる較正用標準物質を、Oasis HLB mElution 96-ウェルプレート (Waters社、Milford, MA)を用いるSPEにより抽出した。洗浄溶媒は、水酸化アンモニウムで約10のpHに調節した30%メタノール/水とした。溶出溶媒は、酢酸で約5のpHに調節した90%メタノール/水とした。SPEプレートを500 μLのメタノールで活性化し、500 μLの水でコンディショニングして、その後100 μLの血清サンプルおよび200 μLの内部標準物質を溶出プレートにロードし、350 μLの水および350 μLの洗浄溶媒で洗浄した。溶出を100 μLの溶出溶媒を用いて行い、該溶出液を100 μLの水で希釈した。結果として得られた200 μLの溶出液をLC-MS/MSにより分析した。
【0066】
20 μlの各抽出サンプルをPolaris C18A, 5 μm HPLCカラム(2.1 x 50 mm, Varian社)にインジェクトした。LC流速を300 μl/minに設定した。HPLCの移動相Aは5:95のメタノール/水とし、かつ移動相Bは95:5のメタノール/水として、両移動相とも0.1%ギ酸を含むものとした。グラジエント条件を以下:0〜0.1分まで、2% B/98% A均一濃度;0.1〜4.5分まで、2% B〜95% B;4.5〜4.9分まで、95% B;4.9〜5.0分まで、95% B〜2% B;5.0〜6.0分まで、2% B均一濃度;のように設定した。
【0067】
Turbo ESIイオン源を有するApplied Biosystems社(Foster City, CA)製SciEx API4000トリプル四重極質量分析装置を、m/z 930.60からm/z 110.15へのイオンの遷移を用いたMRMモードでヘプシジン検出に使用した。ヘプシジンおよび内部標準物質のLCピーク面積比を、ヘプシジンおよび内部標準物質の量が既知である一連の標準物質から得られた比と比較することによって、定量を達成した。
【0068】
この実験は、多くの健全個体を含むことが推定される対照の集団におけるヘプシジンの血清レベルだけでなく、癌性貧血(AOC)を患っている患者のヘプシジンの血清レベルの決定も可能にした。結果を図14Aに示す。
【0069】
ヘプシジンレベルの上昇の同定の後、患者が炎症または鉄欠乏性貧血を有しているかを決定するために、他の鉄指標濃度についてサンプルを分析した(図14B)。パラメーターを以下のように測定した:血清鉄、UIBC、フェリチン、およびCRPを、Olympus AU400臨床検査分析装置により標準的な手順を用いて測定した;sTfRを、標準的なELISA法(R&D systems社)を用いて測定した。
【0070】
サンプル中のヘプシジン-20、ヘプシジン-22、およびヘプシジン-25の分離および決定
サンプル中のヘプシジン-20、ヘプシジン-22、およびヘプシジン-25の相対的および/または絶対的レベルは、期待される生理活性に関連しうる。ヘプシジン-20およびヘプシジン-22は、全長成熟ペプチドの分解産物であると信じられている。ヘプシジン-20は、生物検定においては不活性であることが示されており、これはフェロポーチンと結合することができないことによると推定されている。それ故、ヘプシジン-20および潜在的にヘプシジン-22は、循環性ヘプシジンプールの不活性な構成成分でありうる。慢性腎臓病のような病状においてはヘプシジンの正常な排除が影響されうるので、異なる型の相対的な存在量が影響されうる。この理由から、ヘプシジン-22およびヘプシジン-20に関連する全長物(ヘプシジン-25)の推定を可能にする検出方法を開発することの利点が存在する。
【0071】
N末端切断型ヒトヘプシジンHepc-20(配列番号15)、Hepc-22(配列番号16)および完全長であるHepc-25(配列番号4)のプリカーサーおよびプロダクトイオンを、0.1%ギ酸を含む50:50のメタノール:水(v/v)に溶解した10 μg/mLのヘプシジン溶液を直接注入することにより決定した。ESIによる正イオンモードを使用した。図15〜17に示すように、3種のヘプシジンペプチドに対して4+および3+の電荷状態であるイオンの形成が主である。
【0072】
Hepc-20、Hepc-22およびHepc-25のプリカーサーイオンの衝突解離は、表Vに示すようにHepc-20、Hepc-22およびHepc-25の定量のために最適化されかつ使用される独特のプロダクトイオンを生成した。同位体標識されたヘプシジンHepc-25*を内部標準物質として使用した。
【表5】

【0073】
各サンプル中の3種のヘプシジンの分離を、Polaris C18A, 5 μmカラム(75 x 2.0 mm, Varian社)で行った。流速を400 μl/minに設定した。溶出溶媒Aを5:95のメタノール:水(v/v)とし、溶媒Bを95:5のメタノール:水(v/v)とし、いずれも0.1%ギ酸を含むものとした。HPLCシステムをLEAP Technologies社(Carrboro, NC)HTS PALオートサンプラーおよびRheosバイナリーポンプで構成した。グラジエント条件を以下:0〜0.5分まで、2% B/98% A均一濃度;0.5〜4.0分まで、2% B〜95% B;4.0〜5.4分まで、95% B;5.4〜5.5分まで、95% B〜2% B;5.5〜6.5分まで、2% B均一濃度;のように設定した。全ての実験についてサンプルインジェクト体積は20 μlとした。
【0074】
較正用標準物質溶液を、ブランク検体の血清にヒトヘプシジンペプチドを加えて、2.5、5、10、25、50、100、250、500 ng/mLのHepc-20、Hepc-22およびHepc-25を含む血清標準物質溶液となるように新たに調製した。Hepc-20およびHepc-22のいずれも2.5〜500 ng/mLの範囲で良好な直線性を示し、一方Hepc-25は5〜500 ng/mLの範囲で良好な直線性を示した(図18)。
【0075】
固相抽出をOasis HLB 96-ウェルプレート (Waters社、Milford, MA)で実施した。洗浄溶媒は、水酸化アンモニウムでpH10に調節した30%メタノール水溶液とした。溶出溶媒は、酢酸でpH5に調節した90%メタノール水溶液とした。活性化およびコンディショニングの後、100 μLの血清サンプルおよび200 μLの内部標準物質をSPEプレートにロードし、水および350 μLの洗浄溶媒で洗浄した。溶出を100 μLの溶出溶媒を用いて行い、該溶出液を100 μLの水で希釈した。結果として得られた200 μLの溶出液は、直ちにLC-MS分析が可能な状態となった。
【0076】
9検体の敗血症サンプルを上記のプロトコルを用いて分析した。Hepc-20、Hepc-22、およびHepc-25の濃度を、検量線を用いて決定した(BQLは定量レベル(Hepc-25について5 ng/mLまたはHepc-20およびHepc-22について2.5 ng/mL)未満であったことを示す)。結果を下記表VIに示す。
【表6】

【0077】
高ヘプシジンレベルであることから敗血症患者を分析に使用したが、該分析はヘプシジン-22およびヘプシジン-20のような低存在量のヘプシジン種の正確な定量を可能にする。これらの結果は、本アッセイにより低存在量のヘプシジン種の検出を認めることができることを示す。それ故、本方法の利用は、疾病集団における活性型ヘプシジンと全ヘプシジンの比の評価を可能にすることになる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンプルを質量分析に付して、ヘプシジンシグナルを有するマススペクトルを生成し、ヘプシジンシグナルの強度を測定し、シグナル強度をヘプシジン濃度の検量線に相関させて、サンプル中のヘプシジンの存在または濃度を決定することを含む、サンプル中のヘプシジンの存在または濃度を決定する方法。
【請求項2】
前記ヘプシジンが約84アミノ酸残基を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ヘプシジンが約61アミノ酸残基を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記ヘプシジンが約20〜約25アミノ酸残基を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記ヘプシジンが配列番号3、配列番号4、配列番号13、配列番号14、配列番号15およびそれらのあらゆる組み合わせからなる群より選択されるアミノ酸配列を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記ヘプシジンが+4または+3の電荷を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記ヘプシジンが+2または+1の電荷を有する、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
さらに、ヘプシジンを質量分析に付する前に、サンプルからヘプシジンを分離することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記分離がクロマトグラフィーを含む、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記クロマトグラフィーが液体クロマトグラフィーである、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記クロマトグラフィーが固相抽出である、請求項9に記載の方法。
【請求項12】
前記質量分析が液体クロマトグラフィー−質量分析によって分析することを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
前記質量分析がタンデム質量分析を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
サンプルからヘプシジンを分離し、そのヘプシジンを質量分析に付して、ヘプシジンシグナルを有するマススペクトルを生成し、ヘプシジンシグナルの強度を測定し、マススペクトル中のシグナル強度をヘプシジン濃度の検量線に相関させて、サンプル中のヘプシジン量を得ることを含む、サンプル中のヘプシジンの存在または濃度を決定する方法。
【請求項15】
前記分離がクロマトグラフィーを含む、請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記クロマトグラフィーが液体クロマトグラフィーである、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記クロマトグラフィーが固相抽出である、請求項15に記載の方法。
【請求項18】
前記ヘプシジンが約84アミノ酸残基を含む、請求項14に記載の方法。
【請求項19】
前記ヘプシジンが約20〜約25アミノ酸残基を含む、請求項14に記載の方法。
【請求項20】
前記ヘプシジンが+4または+3の電荷を有する、請求項14に記載の方法。
【請求項21】
前記ヘプシジンが+2または+1の電荷を有する、請求項14に記載の方法。
【請求項22】
サンプルを逆相カラムへ導入し、該逆相カラムを溶出溶媒で処理することを含んでなり、結果として得られる溶出物がヘプシジンを含む、サンプルからヘプシジンを分離する方法
【請求項23】
前記溶出溶媒がメタノール、水、またはそれらの混合物を含む、請求項22に記載の方法。
【請求項24】
前記メタノールの濃度が約20〜約50体積%である、請求項23に記載の方法。
【請求項25】
前記逆相カラムがC3、C8、C18、およびそれらの組み合わせからなる群より選択される、請求項22に記載の方法。
【請求項26】
前記サンプルが血漿サンプルまたは血清サンプルである、請求項1、14、または22に記載の方法。
【請求項27】
前記サンプルが哺乳動物由来である、請求項1、14、22、または26に記載の方法。
【請求項28】
前記哺乳動物がヒトである、請求項27に記載の方法。
【請求項29】
前記ヒトが敗血症または炎症性症状を患っていない、請求項28に記載の方法。
【請求項30】
鉄恒常性が破壊されている、請求項28に記載の方法。
【請求項31】
前記鉄恒常性が正常を下回っている、請求項30に記載の方法。
【請求項32】
前記鉄恒常性が正常を上回っている、請求項30に記載の方法。
【請求項33】
1以上の鉄指標値が表Iに示された範囲を超えている、請求項30に記載の方法。
【請求項34】
1以上の鉄指標値が表Iに示された範囲外である、請求項30に記載の方法。
【請求項35】
前記ヒトが炎症もしくは炎症関連症状を患っているか、または患っていることが疑われる、請求項28に記載の方法。
【請求項36】
前記症状が、敗血症、炎症性貧血、癌性貧血、慢性炎症性貧血、うっ血性心不全、末期腎疾患、慢性腎臓病、鉄欠乏性貧血、フェロポーチン病、ヘモクロマトーシス、糖尿病、関節リウマチ、動脈硬化症、腫瘍、血管炎、全身性エリテマトーデス、異常ヘモグロビン症、赤血球障害および腎不全からなる群より選択される、請求項35に記載の方法。
【請求項37】
前記ヒトが非炎症性症状を患っているか、または患っていることが疑われる、請求項28に記載の方法。
【請求項38】
前記非炎症性症状が、ビタミンB6欠乏症、ビタミンB12欠乏症、葉酸欠乏症、ペラグラ、索状脊髄症、偽脳炎、パーキンソン病、アルツハイマー病、冠動脈心疾患および末梢閉塞性動脈疾患からなる群より選択される、請求項37に記載の方法。
【請求項39】
前記ヒトが急性期反応を患っているか、または患っていることが疑われる、請求項28に記載の方法。
【請求項40】
前記急性期反応が、敗血症、膵炎、肝炎およびリウマチ性疾患からなる群より選択される、請求項39に記載の方法。
【請求項41】
前記ヒトがエリスロポエチン療法または赤血球新生療法に対して反応性が低下している、請求項28に記載の方法。
【請求項42】
前記赤血球新生療法がダルベポエチンアルファである、請求項41に記載の方法。
【請求項43】
患者からのサンプル中のヘプシジン濃度の決定を含む、貧血を患っている患者の治療方法であって、該決定が、サンプルからヘプシジンを分離し、ヘプシジンを質量分析に付して、ヘプシジンシグナルを有するマススペクトルを生成し、ヘプシジンシグナルの強度を測定し、マススペクトル中のシグナル強度をヘプシジン濃度の検量線に相関させて、サンプル中のヘプシジン含量値を得ることを含むことを特徴とする、前記方法。
【請求項44】
前記ヘプシジン濃度が約10 ng/mL以下である、請求項43に記載の方法。
【請求項45】
前記ヘプシジン濃度が約5 ng/mL以下である、請求項43に記載の方法。
【請求項46】
前記ヘプシジン濃度が約2 ng/mL以下である、請求項43に記載の方法。
【請求項47】
前記ヘプシジン濃度が約1 ng/mL以下である、請求項43に記載の方法。
【請求項48】
前記ヘプシジン濃度が約30 ng/mL以上である、請求項43に記載の方法。
【請求項49】
前記ヘプシジン濃度が約50 ng/mL以上である、請求項43に記載の方法。
【請求項50】
a) それぞれの容器が既知量でかつ異なる量のヘプシジンを含む、複数のヘプシジン容器;
b) (a)のそれぞれの容器に加えて混合し、また試験サンプルに加えて混合するための標準物質を含む容器;ならびに
c) (1)(a)および(b)から検量線を作成する;および(2)該検量線を用いて試験サンプル中のヘプシジン濃度について試験サンプルをアッセイするための取扱説明書;
を含むキット。
【請求項51】
前記標準物質が同位体標識された標準物質を含む、請求項50に記載のキット。
【請求項52】
前記標準物質が配列番号4の配列を含む、請求項51に記載のキット。
【請求項53】
前記ヘプシジンが配列番号4の配列を含む、請求項52に記載のキット。

【図1A】
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【図1B】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公表番号】特表2009−544941(P2009−544941A)
【公表日】平成21年12月17日(2009.12.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−520856(P2009−520856)
【出願日】平成19年7月20日(2007.7.20)
【国際出願番号】PCT/US2007/016477
【国際公開番号】WO2008/011158
【国際公開日】平成20年1月24日(2008.1.24)
【出願人】(500049716)アムジエン・インコーポレーテツド (242)
【Fターム(参考)】