説明

サーマルインクジェット記録用水分散体の製造方法

【課題】優れた吐出性を有するサーマル式インクジェット用水分散体の製造方法、その水分散体、及びそれを含有する水系インクを提供する。
【解決手段】〔1〕顔料、アニオン性基を有するポリマー、揮発性塩基、不揮発性塩基、有機溶媒、及び水を含有する混合物であって、該揮発性塩基による該アニオン性基の中和度と該不揮発性塩基による該アニオン性基の中和度の合計が210〜500%であり、かつ(揮発性塩基/不揮発性塩基)のモル比が1を超える混合物を、分散処理して分散体を得る工程(1)、及び工程(1)で得られた分散体から、該揮発性塩基及び該有機溶媒を除去して、顔料を含有するポリマー粒子の水分散体を得る工程(2)を有する、サーマルインクジェット記録用水分散体の製造方法、並びに〔2〕その製造方法により得られる水分散体を含有する水系インクである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、サーマルインクジェット記録用水分散体の製造方法、及びその水分散体を含有する水系インクに関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録方式は、非常に微細なノズルからインク液滴を記録部材に直接吐出し、付着させて、文字や画像を得る記録方式である。この方式は、フルカラー化が容易で、かつ安価であり、記録部材として普通紙が使用可能、被印字物に対して非接触、という数多くの利点があるため普及が著しい。
インクジェット記録に使用されるインクとしては、耐水性や耐候性の観点から、近年、顔料、ポリマー、水を分散させた顔料系インクが主に使用されている。
【0003】
インクジェット記録方式には、インクを吐出させる方式として、機械的なエネルギーを利用するピエゾ方式と、熱エネルギーを利用するサーマル方式がある。
サーマル方式はインクに熱エネルギーを印加するため、いわゆるコゲーション(抵抗素子表面上の残渣沈着)の問題がある。
近年、画像品質向上のために、抵抗素子の表面温度が高くなる傾向にあり、サーマル方式におけるコゲーションは、インクの吐出速度の低下、熱効率の低下、更にはインク液滴の吐出不良による画像品位の低下を招くため大きな問題である。
【0004】
一方、保存安定性の優れたインクジェット記録用顔料水分散体の製造方法として、特許文献1には、着色剤、イオン性分散剤、揮発性中和剤、不揮発性中和剤、有機溶媒及び水を混合し、分散処理した後、得られた分散体から有機溶媒及び揮発性中和剤を除去する着色剤分散体の製造法が開示されている。
また、特許文献2には、酸性基を有する水不溶性ポリマー、有機溶媒、リチウム化合物、着色剤、及び水を含有する混合物を分散処理した後に、有機溶媒を除去する、着色剤を含有し、リチウム化合物で中和されてなる酸性基を有する水不溶性ポリマー粒子の水分散体の製造方法が開示されている。
しかしながら、これらの従来技術では、長時間のインクジェット記録を行うと、徐々にコゲが堆積していき、インクの吐出速度や吐出安定性が低下するという問題がある。
【0005】
【特許文献1】特開平2004−346174号公報
【特許文献2】特開平2006−45342号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、優れた吐出速度及び吐出安定性を有するサーマル式インクジェット用水分散体の製造方法、及びその水分散体を含有する水系インクを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、水分散体の製造時におけるポリマー粒子等の分散処理時に、揮発性塩基を用いてポリマーのアニオン性基の中和を過剰に行うことで、サーマルヘッドにおける吐出性を高め、分散処理後に揮発性塩基を除去することで、記録ヘッドの耐久性を維持できることを見出した。
すなわち、本発明は、次の〔1〕〜〔2〕を提供する。
〔1〕下記工程(1)及び(2)を有する、サーマルインクジェット記録用水分散体の製造方法。
顔料、アニオン性基を有するポリマー、揮発性塩基、不揮発性塩基、有機溶媒、及び水を含有する混合物であって、該揮発性塩基による該アニオン性基の中和度と該不揮発性塩基による該アニオン性基の中和度の合計が210〜500%であり、かつ(揮発性塩基/不揮発性塩基)のモル比が1を超える混合物を、分散処理して分散体を得る工程
工程(2):工程(1)で得られた分散体から、該揮発性塩基及び該有機溶媒を除去して、顔料を含有するポリマー粒子の水分散体を得る工程
〔2〕前記〔1〕の製造方法により得られる、サーマルインクジェット記録用水分散体を含有する、サーマルインクジェット記録用水系インク。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、優れた吐出速度及び吐出安定性を有するサーマル式インクジェット用水分散体の製造方法、及びその水分散体を含有する水系インクを提供することができる。
また、得られた本発明の水系インクは、吐出速度に優れるため、着弾精度の向上からインクが付与されない白抜け部分がなくなり、印字濃度も優れている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明のサーマルインクジェット記録用水分散体の製造方法は、下記工程(1)及び(2)を有することを特徴とする。
顔料、アニオン性基を有するポリマー、揮発性塩基、不揮発性塩基、有機溶媒、及び水を含有する混合物であって、該揮発性塩基による該アニオン性基の中和度と該不揮発性塩基による該アニオン性基の中和度の合計が210〜500%であり、かつ(揮発性塩基/不揮発性塩基)のモル比が1を超える混合物を、分散処理して分散体を得る工程
工程(2):工程(1)で得られた分散体から、該揮発性塩基及び該有機溶媒を除去して、顔料を含有するポリマー粒子の水分散体を得る工程
【0010】
本発明において吐出速度及び吐出安定性が改善されるメカニズムは明らかではないが、以下のように考えられる。すなわち、分散処理の際にポリマーのアニオン性基を210%以上中和することで、ポリマーの内部に取り込まれていたアニオン性基の多くが水相側に露出する。これにより、顔料に対するポリマーの吸着状態が変わり、顔料を含有するポリマー粒子の表面にアニオン性基が偏在しやすくなる。次いで、ポリマーを膨潤させ、動きやすくしていた有機溶媒と揮発性塩基とが同時に除去されて行くにつれて、アニオン性基がポリマー粒子の表面に偏在したままポリマーの顔料への吸着力が強まり、アニオン性基が表面に偏在した状態が保持される。
サーマルインクジェット記録方式では、ヒーター部が300〜400℃まで上昇するため、ヒーターに付着したポリマーがヒーター上で焦げ付くことがあることは避けられないが、アニオン性基が表面に偏在したポリマー粒子は、焦げた後でもインクに再分散し易く、ヒーター上への焦げ付きとして残らないため、吐出速度を低下させないと推定される。
一方、焦げ付き後のポリマーは、インクのpHが高ければ再分散しやすいが、インクのpHが高過ぎると記録ヘッド自体を腐食してしまい、長期吐出における吐出安定性が得られない。本発明においては、ポリマー粒子等の分散処理時に、揮発性塩基を過剰に用いて中和し、分散後にそれを除去するため、上記腐食の問題はない。
以下、本発明に用いられる各成分、分散処理操作等について説明する。
【0011】
〔顔料〕
本発明に用いられる顔料は、無機顔料及び有機顔料のいずれであってもよい。また、必要に応じて、それらと体質顔料を併用することもできる。
無機顔料としては、例えば、カーボンブラック、金属酸化物、金属硫化物、金属塩化物等が挙げられる。これらの中では、特に黒色水系インクにおいては、カーボンブラックが好ましい。カーボンブラックとしては、ファーネスブラック、サーマルランプブラック、アセチレンブラック、チャンネルブラック等が挙げられる。
有機顔料としては、例えば、アゾ顔料、ジアゾ顔料、フタロシアニン顔料、キナクリドン顔料、イソインドリノン顔料、ジオキサジン顔料、ペリレン顔料、ペリノン顔料、チオインジゴ顔料、アントラキノン顔料、キノフタロン顔料等が挙げられる。
好ましい有機顔料の具体例としては、C.I.ピグメント・イエロー、C.I.ピグメント・レッド、C.I.ピグメント・バイオレット、C.I.ピグメント・ブルー、及びC.I.ピグメント・グリーンからなる群から選ばれる1種以上の各品番製品が挙げられる。体質顔料としては、シリカ、炭酸カルシウム、タルク等が挙げられる。
顔料としては、いわゆる自己分散型顔料を用いることもできる。自己分散型顔料とは、アニオン性親水基又はカチオン性親水基の1種以上を直接又は他の原子団を介して顔料の表面に結合することで、界面活性剤や樹脂を用いることなく水系媒体に分散可能である顔料を意味する。ここで、アニオン性親水基としては、特にカルボキシル基(−COOM1)、スルホン酸基(-SO31)が好ましく(式中、M1は、水素原子、アルカリ金属、アンモニウムである)、カチオン性親水基としては、第4級アンモニウム基が好ましい。
上記の顔料は、単独で又は2種以上を混合して使用することができる。
【0012】
〔アニオン性基を有するポリマー〕
本発明において、アニオン性基を有するポリマーとしては、印字濃度、吐出性の観点から、水不溶性ポリマーが好ましい。
水不溶性ポリマーとは、ポリマーを105℃で2時間乾燥させ、恒量に達した後、25℃の水100gに溶解させたときに、その溶解量が好ましくは10g以下、より好ましくは5g以下、更に好ましくは1g以下であるポリマーをいう。溶解量は、ポリマーのアニオン性基を水酸化ナトリウムで100%中和した時の溶解量である。
【0013】
かかるポリマーとしては、アニオン性基含有モノマー(a)(以下「(a)成分」ともいう)由来の構成単位と、(メタ)アクリル酸エステル系マクロマー(b)(以下「(b)成分」ともいう)由来の構成単位、(メタ)アクリル酸のアルキルエステル又はアリールエステル(c)(以下「(c)成分」ともいう)由来の構成単位、及び下記一般式(1)で表される(メタ)アクリル酸のアルカンジイルオキシドエステル(d)(以下「(d)成分」ともいう)由来の構成単位から選ばれる1種以上の構成単位とから本質的になるポリマーが好ましい。
CH2=C(R1)COO(R2O)q3 (1)
(式中、R1は水素原子又はメチル基、R2は炭素数2又は3の炭化水素基、R3は水素原子又は炭素数1〜22の直鎖又は分岐鎖の炭化水素基を示し、qは平均付加モル数を示し1〜60の数である。)
ここで「本質的に」とは、本発明の効果を損なわない範囲、好ましくは1重量%以下、より好ましくは0.5重量%以下、更に好ましくは0.1重量%以下で、他のモノマー成分由来の構成単位を有していてもよいが、他のモノマー成分由来の構成単位を有さないことが好ましいことを意味する。
このポリマーは、(a)成分と、(b)成分、(c)成分及び(d)成分から選ばれる1種以上の成分とを含むモノマー混合物(以下「モノマー混合物」ともいう)を共重合させることにより得ることができる。
【0014】
((a)アニオン性基含有モノマー)
(a)アニオン性基含有モノマーは、得られる分散体の分散安定性を高める観点から用いられる。アニオン性基としては、カルボキシ基、スルホン酸基、リン酸基、アミノ基、アンモニウム基等が挙げられ、特にカルボキシ基が好ましい。
アニオン性基含有モノマーの例として、特開平9−286939号公報段落〔0022〕等に記載されているもの等が挙げられる。
アニオン性基含有モノマーの代表例としては、不飽和カルボン酸モノマー、不飽和スルホン酸モノマー、不飽和リン酸モノマー等が挙げられる。
不飽和カルボン酸モノマーとしては、アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、イタコン酸、マレイン酸、フマル酸、シトラコン酸、2−メタクリロイルオキシメチルコハク酸等が挙げられる。不飽和スルホン酸モノマーとしては、スチレンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、3−スルホプロピル(メタ)アクリレート、ビス−(3−スルホプロピル)−イタコン酸エステル等が挙げられる。不飽和リン酸モノマーとしては、ビニルホスホン酸、ビニルホスフェート、ビス(メタクリロキシエチル)ホスフェート、ジフェニル−2−アクリロイルオキシエチルホスフェート、ジフェニル−2−メタクリロイルオキシエチルホスフェート、ジブチル−2−アクリロイルオキシシエチルホスフェート等が挙げられる。
上記アニオン性モノマーの中では、顔料を含有するポリマー粒子の水分散体の分散安定性、インクの吐出安定性の観点から、不飽和カルボン酸モノマーが好ましく、アクリル酸及びメタクリル酸がより好ましい。
【0015】
((b)(メタ)アクリル酸エステル系マクロマー)
(b)(メタ)アクリル酸エステル系マクロマー(以下、単に「(b)マクロマー」ともいう)は、ポリマー粒子が顔料を含有した場合に、ポリマー粒子の分散安定性を高める観点から用いることができる。(メタ)アクリル酸エステル系マクロマーとは、マクロマーの片末端に存在する重合性官能基として、アクリロイルオキシ基又はメタクリロイルオキシ基を有するものを意味する。
(b)マクロマーとしては、数平均分子量500〜100,000、好ましくは1,000〜10,000の重合可能な不飽和基を有するモノマーであるマクロマーが挙げられる。なお、(b)マクロマーの数平均分子量は、溶媒として1mmol/Lのドデシルジメチルアミンを含有するクロロホルムを用いたゲルクロマトグラフィー法により、標準物質としてポリスチレンを用いて測定される。
(b)マクロマーの中では、ポリマー粒子の分散安定性等の観点から、片末端に前記重合性官能基を有する、スチレン系マクロマー、及び芳香族基含有(メタ)アクリレート系マクロマーが挙げられる。
スチレン系マクロマーとしては、スチレン系モノマー単独重合体、又はスチレン系モノマーと他のモノマーとの共重合体が挙げられる。スチレン系モノマーとしては、スチレン、2−メチルスチレン、ビニルトルエン、エチルビニルベンゼン、ビニルナフタレン、クロロスチレン等が挙げられる。
芳香族基含有(メタ)アクリレート系マクロマーとしては、芳香族基含有(メタ)アクリレートの単独重合体又はそれと他のモノマーとの共重合体が挙げられる。芳香族基含有(メタ)アクリレートとしては、ヘテロ原子を含む置換基を有していてもよい、炭素数7〜22、好ましくは炭素数7〜18、更に好ましくは炭素数7〜12のアリールアルキル基、又は、ヘテロ原子を含む置換基を有していてもよい、炭素数6〜22、好ましくは炭素数6〜18、更に好ましくは炭素数6〜12のアリール基を有する(メタ)アクリレートであり、ヘテロ原子を含む置換基としては、ハロゲン原子、エステル基、エーテル基、ヒドロキシ基等が挙げられる。例えばベンジル(メタ)アクリレート、フェノキシエチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシ−3−フェノキシプロピルアクリレート、2−メタクリロイロキシエチル−2−ヒドロキシプロピルフタレート等が挙げられ、特にベンジル(メタ)アクリレートが好ましい。
また、共重合される他のモノマーとしては、下記式(2)で表されるアクリロニトリル系モノマー等が好ましい。
【0016】
【化1】

【0017】
(式中、x、yは平均付加モル数を示し、x/y=6/4〜10/0である。)
スチレン系マクロマー中におけるスチレン系モノマー、又は芳香族基含有(メタ)アクリレート系マクロマー中における芳香族基含有(メタ)アクリレートの含有量は、顔料との親和性を高める観点から、好ましくは50重量%以上、より好ましくは70重量%以上である。
(b)マクロマーは、オルガノポリシロキサン等の他の構成単位からなる側鎖を有するものであってもよい。この側鎖は、例えば下記式(3)で表される片末端に重合性官能基を有するシリコーン系マクロマーを共重合することにより得ることができる。
CH2=C(CH3)-COOC36-〔Si(CH32O〕t-Si(CH33 (3)
(式中、tは8〜40の数を示す。)。
(b)マクロマーとして商業的に入手しうるスチレン系マクロマーとしては、例えば、東亜合成株式会社の商品名、AS−6(S)、AN−6(S)、HS−6(S)等が挙げられる。
【0018】
((c)(メタ)アクリル酸のアルキルエステル又はアリールエステル)
(c)(メタ)アクリル酸のアルキルエステル又はアリールエステルは、保存安定性を高める観点から用いることができる。
(c)(メタ)アクリル酸のアルキルエステルとしては、炭素数1〜22、好ましくは炭素数1〜18、より好ましくは炭素数1〜12のアルキル基を有する(メタ)アクリル酸エステルが挙げられる。
その具体例としては、(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸(イソ)プロピル、(メタ)アクリル酸(イソ又はtert−)ブチル、(メタ)アクリル酸(イソ)アミル、(メタ)アクリル酸シクロヘキシル、(メタ)アクリル酸2−エチルヘキシル、(メタ)アクリル酸(イソ)オクチル、(メタ)アクリル酸(イソ)デシル、(メタ)アクリル酸(イソ)ドデシル、(メタ)アクリル酸(イソ)ステアリル等が挙げられる。
(メタ)アクリル酸アリールエステルの具体例としては、(メタ)アクリル酸フェニル、(メタ)アクリル酸ベンジル、(メタ)アクリル酸フェノキシエチル等の炭素数6〜22、好ましくは炭素数6〜18、より好ましくは炭素数6〜12のアリール基、アリールアルキル基、アルコキシ基を有していてもよい(メタ)アクリル酸アリールエステル等が挙げられる。
なお、本明細書にいう「(イソ又はtert−)」及び「(イソ)」は、これらの基が存在している場合とそうでない場合の双方を含むことを意味し、これらの基が存在していない場合には、ノルマルであることを示す。また、「(メタ)アクリル酸」は、アクリル酸及び/又はメタクリル酸を示す。
上記の中では、顔料への吸着力を高め、インクのより高い保存安定性と印字濃度を得る観点から、(メタ)アクリル酸アリールエステルが好ましく、メタクリル酸ベンジルがより好ましい。
【0019】
((d)(メタ)アクリル酸のアルカンジイルオキシドエステル)
本発明で用いられるポリマーは、顔料が該ポリマーに含有された後の顔料を含有するポリマー粒子の分散体の安定性を補助し、インクの吐出安定性を高めるという観点から、下記一般式(1)で表される(メタ)アクリル酸のアルカンジイルオキシドエステル(d)由来の構成単位を有することが好ましい。
CH2=C(R1)COO(R2O)q3 (1)
(式中、R1は水素原子又はメチル基、R2は炭素数2又は3の炭化水素基、R3は水素原子又は炭素数1〜22の直鎖又は分岐鎖の炭化水素基を示し、qは平均付加モル数を示し1〜60の数である。)
1の具体例としては、エチレン基、トリメチレン基、又はプロパン−1,2−ジイル基等挙げられる。qは平均付加モル数を意味し、好ましくは7〜30であり、より好ましくは8〜23である。qが2以上の場合、R2は同一でも異なっていてもよく、ブロック付加、ランダム付加のいずれであってもよい。
3は、好ましくは炭素数3〜22、より好ましくは炭素数8〜18の直鎖又は分岐鎖のアルキル基である。具体的には、メチル基、エチル基、(イソ)プロピル基、(イソ又はtert−)ブチル基、(イソ)アミル基、ヘキシル基、2−エチルヘキシル基、(イソ)オクチル基、(イソ)デシル基、(イソ)ドデシル基、(イソ)ステアリル基、ベヘニル基等が挙げられる。
但し、平均付加モル数qが4以下の場合、インクの吐出安定性及び保存安定性の観点から、R3は炭素数3〜22の直鎖又は分岐鎖のアルキル基が好ましい。
【0020】
(d)成分の好適例としては、末端にアルキル基を有するポリエチレングリコール(n=2〜30、nはアルカンジイルオキシ基の平均付加モル数を示す。以下同じ。)(メタ)アクリレート、末端にアルキル基を有するポリプロピレングリコール(n=2〜30)(メタ)アクリレート、末端にアルキル基を有するポリ(エチレングリコール(n=1〜15)・プロピレングリコール(n=1〜15))(メタ)アクリレート等が挙げられる。
特に好適な具体例としては、2−エチルヘキシロキシポリエチレングリコール(n=4)メタクリレート、2−エチルヘキシロキシポリエチレングリコール(n=9)メタクリレート、メトキシポリエチレングリコール(n=9)メタクリレート等が挙げられる。
商業的に入手しうる(d)成分の具体例としては、新中村化学工業株式会社の単官能性アクリレートモノマー(NKエステル)EH−4E、EH−9E、M−90G、日本油脂株式会社のブレンマーシリーズ、50PEP−300、50POEP−800B等が挙げられる。
上記(a)〜(d)成分は、それぞれ単独で又は2種以上を混合して用いることができる。
【0021】
ポリマー製造時における、上記(a)〜(d)成分のモノマー混合物中における含有量(未中和量としての含有量。以下同じ)又はポリマー中における(a)〜(d)成分に由来する構成単位の含有量は、次のとおりである。
(a)成分の含有量は、得られる分散体の分散安定性の観点から、好ましくは2〜40重量%、より好ましくは2〜30重量%、特に好ましくは3〜20重量%である。
(b)成分の含有量は、特に顔料との相互作用を高める観点から、好ましくは1〜25重量%、より好ましくは5〜20重量%である。
(c)成分の含有量は、光沢性及び写像性の観点から、好ましくは5〜98重量%、より好ましくは10〜60重量%である。
(d)成分の含有量は、得られる分散体の分散安定性の観点から、好ましくは5〜40重量%、より好ましくは7〜35重量%である。
モノマー混合物中における〔(a)成分+(d)成分〕の合計含有量は、得られる分散体の分散安定性の観点から、好ましくは10〜70重量%、より好ましくは20〜60重量%である。〔(b)成分+(c)成分〕の合計含有量は、得られる分散体の分散安定性の観点から、好ましくは30〜90重量%、より好ましくは40〜80重量%である。
また、〔(a)成分/[(b)成分+(c)成分]〕の重量比は、光沢性及び写像性の観点から、好ましくは0.02〜0.8、より好ましくは0.03〜0.6、更に好ましくは0.05〜0.5である。
(a)成分と(c)成分との重量比[(a)/(c)]は、分散安定性と吐出安定性との両立の観点から、好ましくは0.1〜0.8、より好ましくは0.2〜0.5である。
(b)成分と(c)成分との重量比[(b)/(c)]は、吐出安定性と印字濃度との両立の観点から、好ましくは0.05〜0.5、より好ましくは0.1〜0.4である。
【0022】
(ポリマーの製造)
本発明で用いられるポリマーは、塊状重合法、溶液重合法、懸濁重合法、乳化重合法等の公知の重合法により、モノマー混合物を共重合させることによって製造される。これらの重合法の中では、溶液重合法が好ましい。
溶液重合法で用いる溶媒としては極性有機溶媒が好ましい。極性有機溶媒が水混和性を有する場合には、水と混合して用いることもできる。極性有機溶媒としては、例えば、炭素数1〜3の脂肪族アルコール;炭素数3〜8のケトン類;酢酸エチル等のエステル類等が挙げられる。これらの中では、メタノール、エタノール、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン又はこれらの1種以上と水との混合溶媒が好ましい。
重合の際には、2,2'−アゾビスイソブチロニトリル、2,2'−アゾビス(2,4−ジメチルバレロニトリル)等のアゾ化合物や、t−ブチルペルオキシオクトエート、ジベンゾイルオキシド等の有機過酸化物等の公知のラジカル重合開始剤を用いることができる。ラジカル重合開始剤の量は、モノマー混合物1モルあたり、好ましくは0.001〜5モル、より好ましくは0.01〜2モルである。
重合の際には、さらに、オクチルメルカプタン、2−メルカプトエタノール等のメルカプタン類、チウラムジスルフィド類等の公知の重合連鎖移動剤を添加してもよい。
【0023】
モノマー混合物の重合条件は、使用するラジカル重合開始剤、モノマー、溶媒の種類等によって異なるので一概には決定することができない。通常、重合温度は、好ましくは30〜100℃、より好ましくは50〜80℃であり、重合時間は、好ましくは1〜20時間である。また、重合雰囲気は、窒素ガス雰囲気、アルゴン等の不活性ガス雰囲気であることが好ましい。
重合反応の終了後、反応溶液から再沈澱、溶媒留去等の公知の方法により、生成したポリマーを単離することができる。また、得られたポリマーは、再沈澱を繰り返したり、膜分離、クロマトグラフ法、抽出法等により、未反応のモノマー等を除去して精製することができる。
ポリマーの重量平均分子量は、印字濃度、顔料の分散安定性の観点から、5,000〜50万が好ましく、1万〜40万がより好ましく、1万〜30万が更に好ましく、2万〜30万が特に好ましい。なお、ポリマーの重量平均分子量は、実施例で示す方法により測定する。
【0024】
〔サーマルインクジェット記録用水分散体の製造〕
本発明のサーマルインクジェット記録用水分散体は、下記の工程(1)及び(2)を有する方法によって製造される。
顔料、アニオン性基を有するポリマー、揮発性塩基、不揮発性塩基、有機溶媒、及び水を含有する混合物であって、該揮発性塩基による該アニオン性基の中和度と該不揮発性塩基による該アニオン性基の中和度の合計が210〜500%であり、かつ(揮発性塩基/不揮発性塩基)のモル比が1を超える混合物を、分散処理して分散体を得る工程
工程(2):工程(1)で得られた分散体から、該揮発性塩基及び該有機溶媒を除去して、顔料を含有するポリマー粒子の水分散体を得る工程
顔料を含有するポリマー粒子として、顔料を含有する架橋ポリマー粒子を用いる場合は、工程(2)の後に、更に下記工程(3)を有する方法によって製造することが好ましい。
工程(3):工程(2)で得られた顔料を含有するポリマー粒子の水分散体に架橋剤を添加して、ポリマーを架橋処理し、顔料を含有する架橋ポリマー粒子の水分散体を得る工程
本発明においては、揮発性塩基と不揮発性塩基とを併用して、アニオン性基を有するポリマーの中和度を高くして吐出性を向上させ、分散処理後に、得られた分散体から揮発性塩基を除去するので、プリンターを長期間使用しても揮発性塩基の揮発による記録ヘッドの腐食を防止することができる。
【0025】
工程(1)
工程(1)では、まず、アニオン性基を有するポリマーを有機溶媒に溶解させ、次に顔料、水、揮発性塩基、不揮発性塩基、及び必要に応じて界面活性剤等を、得られた有機溶媒溶液に加えて混合し、水中油型の分散体を得る方法が好ましい。
顔料、アニオン性基を有するポリマー、揮発性塩基、不揮発性塩基、有機溶媒、及び水を含有する混合物中、顔料は、5〜50重量%が好ましく、10〜40重量%が更に好ましく、有機溶媒は、10〜70重量%が好ましく、10〜50重量%が更に好ましく、アニオン性基を有するポリマーは、2〜40重量%が好ましく、3〜20重量%が更に好ましく、水は、10〜70重量%が好ましく、20〜70重量%が更に好ましい。揮発性塩基、及び不揮発性塩基は、後述するように、ポリマーのアニオン性基を中和する量を用いる。
前記ポリマーと顔料との合計量に対する顔料量の重量比〔顔料/(ポリマー+顔料)〕は、分散安定性の観点から、50/100〜90/100であることが好ましく、70/100〜85/100であることがより好ましい。
有機溶媒としては、エタノール、イソプロパノール、イソブタノール等のアルコール系溶媒、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、ジエチルケトン等のケトン系溶媒及びジブチルエーテル、テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル系溶媒が挙げられる。これらは単独で又は2種以上を組み合わせて用いてもよい。
該有機溶媒の水100gに対する溶解量は、20℃において、好ましくは5g以上、更に好ましくは10g以上であり、メチルエチルケトン及びメチルイソブチルケトンが好ましい。
【0026】
工程(1)では、ポリマー中のアニオン性基を、揮発性塩基と不揮発性塩基とで中和する。ここで、揮発性塩基とは、常圧下での沸点が130 ℃未満のものをいい、不揮発性塩基とは、常圧下での沸点が130 ℃以上のものをいう。
揮発性塩基としては、アンモニア、メチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、エチルアミン、ジエチルアミン、トリメチルアミン等の塩基が挙げられる。
不揮発性塩基としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の塩基が挙げられる。
前記混合物中のポリマーのアニオン性基の中和度は、ヒーター上で焦げたポリマーをインク中に再分散し易くして、吐出速度を低下させないようにする観点から、揮発性塩基による該アニオン性基の中和度と不揮発性塩基による該アニオン性基の中和度の合計が210〜500%であり、好ましくは210〜450%、より好ましくは210〜400%である。
また、前記混合物中の不揮発性塩基によるアニオン性基の中和度は、上記と同様の観点から、好ましくは70〜140%であり、より好ましくは80〜130%、更に好ましくは90〜120%である。
また、前記混合物中の(揮発性塩基/不揮発性塩基)のモル比は、上記と同様の観点から、1を超え、好ましくは1.05〜5、より好ましくは1.4〜4である。
【0027】
工程(1)で得られる分散体のpH(20℃、固形分濃度10重量%)、即ち分散処理時のpHは、上記と同様の観点から、好ましくは10.0〜13.0であり、より好ましくは10.5〜12.5であり、更に好ましくは11.0〜12.0である。工程(1)で得られる分散体(分散処理時)の固形分濃度は、全分散体量中、ポリマーと顔料と中和剤との合計量の割合を計算値で求めた値である。
ここで中和度は、下記式によって求めることができる。
{[中和剤の重量(g)/中和剤の当量]/[ポリマーの酸価(KOHmg/g)×ポリマーの重量(g)/(56×1000)]}×100
酸価は、ポリマーの構成単位から、計算で算出することができる。または、適当な溶剤(例えばメチルエチルケトン)にポリマーを溶解して、滴定する方法でも求めることができる。ポリマーの酸価は、50〜200が好ましく、50〜150が更に好ましい。
【0028】
工程(1)の分散処理方法に特に制限はない。本分散だけでポリマー粒子の平均粒径を所望の粒径となるまで微粒化することもできるが、好ましくは予備分散させた後、さらに剪断応力を加えて本分散を行い、ポリマー粒子の平均粒径を所望の粒径とするよう制御することが好ましい。工程(1)の分散処理時における温度は、5〜50℃が好ましく、10〜35℃がより好ましく、分散処理時間は1〜30時間が好ましく、2〜25時間がより好ましい。
混合物を予備分散させる際には、アンカー翼、ディスパー翼等の一般に用いられている混合撹拌装置、具体例としては、ウルトラディスパー、デスパミル(浅田鉄工株式会社、商品名)、マイルダー(株式会社荏原製作所、太平洋機工株式会社、商品名)、TKホモミクサー、TKパイプラインミクサー、TKホモジェッター、TKホモミックラインフロー、フィルミックス(以上、プライミクス株式会社、商品名)等の高速撹拌混合装置が好ましい。
本分散の剪断応力を与える手段としては、例えば、ロールミル、ニーダー、エクストルーダ等の混練機、高圧ホモゲナイザー(株式会社イズミフードマシナリ、商品名)に代表されるホモバルブ式の高圧ホモジナイザー、マイクロフルイダイザー(Microfluidics 社、商品名)、ナノマイザー(吉田機械興業株式会社、商品名)、アルティマイザー、スターバースト(スギノマシン株式会社、商品名)等のチャンバー式の高圧ホモジナイザー、ペイントシェーカー、ビーズミル等のメディア式分散機が挙げられる。市販のメディア式分散機としては、ウルトラ・アペックス・ミル(寿工業株式会社製、商品名)、ピコミル(浅田鉄工株式会社製、商品名)、ダイノーミル(シンマルエンタープライゼス社製、商品名)等が挙げられる。これらの装置は複数を組み合わせることもできる。これらの中では、顔料の小粒子径化の観点から、メディア式分散機と高圧ホモジナイザーを併用することが好ましい。
【0029】
工程(2)
工程(2)は、工程(1)で得られた分散体から、揮発性塩基及び有機溶媒を除去して、顔料を含有するポリマー粒子の水分散体を得る工程である。
工程(2)で得られる顔料を含有するポリマー粒子の水分散体のpH(20℃、固形分濃度20重量%)は、インクの保存安定性と記録ヘッドの耐久性を保持し、吐出安定性の観点から、好ましくは8.0〜12.5、より好ましくは8.2〜11.0、更に好ましくは8.5〜10.0である。水分散体の固形分濃度は、実施例記載の方法により測定された値である。
得られたポリマー粒子を含む水分散体中の揮発性塩基及び有機溶媒は実質的に除去されていることが好ましいが、本発明の目的を損なわない限り、残存していてもよく、架橋工程を後に行う場合は、必要により架橋後に再除去すればよい。残留する揮発性塩基による前記ポリマーのアニオン性基の中和度は10%以下が好ましく、5%以下であることがより好ましい。また、残留する有機溶媒の量は0.3重量%以下が好ましく、0.1重量%以下がより好ましく、0.01重量%以下であることが更により好ましい。
また必要に応じて、有機溶媒を留去する前に分散体を加熱撹拌処理することもできる。
得られた顔料を含有するポリマー粒子の水分散体は、顔料を含有する該ポリマーの固体分が水を主媒体とする中に分散しているものである。ここで、ポリマー粒子の形態は特に制限はなく、少なくとも顔料とポリマーにより粒子が形成されていればよい。例えば、該ポリマーに顔料が内包された粒子形態、該ポリマー中に顔料が均一に分散された粒子形態、該ポリマー粒子表面に顔料が露出された粒子形態等が含まれる。
【0030】
工程(3)
工程(3)は、工程(2)で得られた顔料を含有するポリマー粒子の水分散体に架橋剤を添加して、該ポリマーを架橋剤で架橋し、顔料を含有する架橋ポリマー粒子の水分散体を得る工程である。工程(3)は任意であるが、水分散体の保存安定性の観点から、この架橋処理を行うことが好ましい。
ここで、架橋剤としては、ポリマーのアニオン性基と反応する官能基を有する化合物が好ましく、該官能基を分子中に2以上、好ましくは2〜6有する化合物がより好ましい。
本発明で用いられる架橋剤は、ポリマーの表面を効率よく架橋する観点から、25℃の水100gに溶解させたときの溶解量が、好ましくは50g以下、より好ましくは40g以下、更に好ましくは30g以下である。また、その分子量は、反応のし易さ及び水分散体の保存安定性の観点から、好ましくは120〜2000、より好ましくは150〜1500、更に好ましい150〜1000である。
【0031】
(架橋剤)
架橋剤の好適例としては、次の(a)〜(c)が挙げられる。
(a)分子中に2以上のエポキシ基を有する化合物:例えば、エチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリエチレングリコールジグリシジルエーテル、ポリプロピレングリコールジグリシジルエーテル、グリセリントリグリシジルエーテル、グリセロールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールポリグリシジルエーテル、レゾルシノールジグリシジルエーテル、ネオペンチルグリコールジグリシジルエーテル、水添ビスフェノールA型ジグリシジルエーテル等のポリグリシジルエーテル。
(b)分子中に2以上のオキサゾリン基を有する化合物:例えば、2,2’−ビス(2−オキサゾリン)、1,3−フェニレンビスオキサゾリン、1,3−ベンゾビスオキサゾリン等のビスオキサゾリン化合物、該化合物と多塩基性カルボン酸とを反応させて得られる末端オキサゾリン基を有する化合物。
(c)分子中に2以上のイソシアネート基を有する化合物:例えば、有機ポリイソシアネート又はイソシアネート基末端プレポリマー。
これらの中では、(a)分子中に2以上のエポキシ基を有する化合物が好ましく、特にエチレングリコールジグリシジルエーテル、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテルが好ましい。
【0032】
架橋剤の使用量は、水分散体の保存安定性の観点から、〔架橋剤/ポリマー〕の重量比で0.3/100〜50/100が好ましく、1/100〜40/100がより好ましく、2/100〜30/100が更に好ましく、2/100〜25/100が特に好ましい。
また、架橋剤の使用量は、該ポリマー1g当たりのアニオン性基量換算で、該ポリマーのアニオン性基0.1〜20/mmol/gと反応する量であることが好ましく、0.5〜15/mmol/gと反応する量であることがより好ましく、1〜10mmol/gと反応する量であることが更に好ましい。
工程(b)で架橋処理して得られた架橋ポリマーは、架橋ポリマー1g当たり、塩基で中和されたアニオン性基(特に好ましくはカルボキシ基)を0.5mmol/g以上含有することが好ましい。かかる架橋ポリマーは、水分散体中で解離して、アニオン同士の電荷反発により、顔料を含有するアニオン性架橋ポリマー粒子の安定性に寄与すると考えられる。
ここで、下記式(3)から求められる架橋ポリマーの架橋率(モル%)は、好ましくは10〜80モル%、より好ましくは10〜70モル%、更に好ましくは10〜50モル%である。架橋率は、架橋剤の使用量と反応性基のモル数、ポリマーの使用量と架橋剤の反応性基と反応できるポリマーの反応性基のモル数から計算で求めることができる。
架橋率(モル%)=[架橋剤の反応性基のモル数/ポリマーが有する架橋剤と反応できる反応性基のモル数]×100 (3)
式(3)において、「架橋剤の反応性基のモル数」とは、使用する架橋剤の重量を反応性基の当量で除した値である。即ち、使用する架橋剤のモル数に架橋剤1分子中の反応性基の数を乗じたものである。
【0033】
(サーマルインクジェット記録用水分散体、及び水系インク)
本発明のサーマルインクジェット記録用水分散体は、前記工程(2)で得られる顔料を含有するポリマー粒子及び/又は前記工程(3)で得られる顔料を含有する架橋ポリマー粒子を含有する水分散体であり、顔料を含有する該ポリマー及び/又は該架橋ポリマーの固体分が水を主媒体とする中に分散しているものである。
本発明の水分散体及びそれを用いたインクジェット記録用水系インク中の水の含有量は、好ましくは30〜90重量%、より好ましくは40〜80重量%である。
本発明の水分散体の表面張力(20℃)は、好ましくは30〜65mN/m、更に好ましくは35〜60mN/mである。また、水系インクの表面張力(25℃)は、インクノズルからの良好な吐出性を確保する観点から、好ましくは20〜35mN/m、更に好ましくは25〜35mN/mである。
本発明の水分散体の10重量%の粘度(20℃)は、水系インクとした際に好ましい粘度とするために、2〜6mPa・sが好ましく、2〜5mPa・sが更に好ましい。また、本発明の水系インクの粘度(20℃)は、良好な吐出性を維持するために、2〜12mPa・sが好ましく、2.5〜10mPa・sが更に好ましい。
本発明の水系インクは、通常用いられる湿潤剤、浸透剤、分散剤、粘度調整剤、消泡剤、防黴剤、防錆剤等を添加してもよい。
得られる水分散体及び水系インクにおける、ポリマー粒子の平均粒径は、プリンターのノズルの目詰まり防止及び分散安定性の観点から、好ましくは0.01〜0.5μm、より好ましくは0.03〜0.3μm、特に好ましくは0.05〜0.2μmである。
【実施例】
【0034】
以下の製造例、調製例、実施例及び比較例において、「部」及び「%」は特記しない限り「重量部」及び「重量%」である。なお、ポリマーの重量平均分子量、ポリマー粒子の平均粒径、固形分濃度及びインク粘度の測定方法は以下のとおりである。
(1)ポリマーの重量平均分子量の測定
溶媒として、60mmol/Lのリン酸と50mmol/Lのリチウムブロマイドを含有するN,N−ジメチルホルムアミドを用いたゲルクロマトグラフィー法により、標準物質としてポリスチレンを用いて測定した。使用カラム:東ソー株式会社製(TSK-GEL、α-M×2本)、本体:東ソー株式会社製(HLC−8120GPC)、流速:1mL/minを用いた。
(2)ポリマー粒子の平均粒径の測定
大塚電子株式会社のレーザー粒子解析システムELS−8000(キュムラント解析)で測定した。測定条件は、温度25℃、入射光と検出器との角度90°、積算回数100回であり、分散溶媒の屈折率として水の屈折率(1.333)を入力した。測定濃度は、5×10-3重量%とした。
(3)固形分濃度の測定
顔料を含有するポリマー粒子の水分散体1gと硫酸ナトリウム(芒硝)10gとを均一に混合し、蒸発皿10.5cm2に均一に広げて、105℃、2時間、−0.07MPaで減圧乾燥させ、乾燥後の水分散体の重量を測定し、次式により固形分濃度(重量%)を求めた。
固形分濃度(%)=(乾燥後の水分散体の重量/乾燥前の水分散体の重量)×100
(4)インク粘度の測定
E型粘度計(東機産業株式会社製)を用い、標準ローター(1°34′×R24)を使用し、測定温度20℃、測定時間1分、回転数20〜100rpmのうち、該インクで装置が許容する最高回転数の条件で測定した。
【0035】
製造例1(ポリマー溶液の製造)
反応容器内に、メチルエチルケトン20部、重合連鎖移動剤(2−メルカプトエタノール)0.03部、及びモノマーとして、(a)メタクリル酸16部、(b)スチレンマクロマー(東亜合成株式会社、商品名AS−6S、数平均分子量6,000、重合性官能基:メタクロイルオキシ基、固形分濃度50%)20部、(c)2−エチルヘキシルメタクリレート30部、(c)ベンジルメタクリレート44部のうちのそれぞれ10%ずつを入れて混合し、窒素ガス置換を十分に行い、初期仕込みモノマー溶液を得た。
一方、滴下ロート中に、上記各モノマーの残りの90%ずつを仕込み、次いで前記重合連鎖移動剤0.27部、メチルエチルケトン60部及び重合開始剤(2,2'−アゾビス(2,4−ジメチルバレロニトリル)、和光純薬工業株式会社製、商品名:V−65)1.2部を入れて混合し、十分に窒素ガス置換を行い、滴下モノマー溶液を得た。
窒素雰囲気下、反応容器内の初期仕込みモノマー溶液を攪拌しながら75℃まで昇温し、滴下ロート中の滴下モノマー溶液を3時間かけて徐々に反応容器内に滴下した。滴下終了後、その反応液の液温を75℃で2時間維持した後、前記重合開始剤0.3部をメチルエチルケトン5部に溶解した溶液を該反応液に加え、更に75℃で2時間、85℃で2時間熟成させ、ポリマー溶液を得た。
得られたポリマー溶液を、減圧下、105℃で2時間乾燥させ、メチルエチルケトンを除去することによってポリマーを得た。得られたポリマーの重量平均分子量は90,000であった。
【0036】
調製例1(顔料を含有するポリマー粒子の水分散体の調製)
製造例1で得られたポリマー33.3部をメチルエチルケトン(MEK)90.5部に溶かし、その中に5N水酸化ナトリウム水溶液14.7部、25%アンモニア水溶液5.9部及びイオン交換水242部を加えて攪拌し、次いで浅田鉄工株式会社製の「ウルトラディスパー」に仕込み、ディスパー翼を用いて、2000rpmで10分間処理した後、顔料としてカーボンブラック(Cabot社製、商品名:Monarch880)を50部加え、更に9000rpmで15℃で1時間処理した。次に、マイクロフルイディクス社製の高圧分散機「140K」を用いて180MPaの圧力で15パスの高圧分散を行った。ここで得られた液の一部を分取し、固形分濃度を10重量%になるようにイオン交換水で希釈した後、20℃のpHを測定した結果、pHは11.2であった。
次に、高圧分散で得られた分散液に、イオン交換水250部を加え、攪拌した後、減圧下、60℃に加熱し、メチルエチルケトン、揮発性塩基及び一部の水を留去して、顔料を含有するポリマー粒子の水分散体(固形分濃度が20%、pH:9.4)を得た。得られたポリマー粒子の水分散体からは、メチルエチルケトン及びアンモニアによる臭気は感じられなかった。得られた分散液の平均粒径は105nmであった。
【0037】
調製例2(顔料を含有する架橋ポリマー粒子の水分散体の調製)
調製例1で得られた水分散体100gに、架橋率が10モル%となるように架橋剤(商品名:デナコールEX810、エチレングリコールジグリシジルエーテル、平均分子量:226、ナガセケムテックス株式会社製、エポキシ当量113)を0.168g加え、90℃で2時間攪拌を行った。得られた分散液を冷却し、5μmのフィルター(アセチルセルロース膜、外径:2.5cm、富士フイルム株式会社製)を用いて濾過し、前記の方法で固形分濃度を測定した。得られた水分散体を撹拌しながら固形分濃度が20%になるようにイオン交換水を添加して、顔料を含有する架橋ポリマー粒子の水分散体を得た。
【0038】
実施例1〔インクの製造〕
グリセリン7.7部、2−ピロリドン2.5部、エチレングリコール4部、トリメチロールプロパン4部、アセチレングリコールのエチレンオキサイド付加物(川研ファインケミカル株式会社、商品名:アセチレノールE100、平均付加モル数:10)0.5部、及びイオン交換水56.3部を混合し、室温で15分間攪拌して、混合溶液を得た。
次に調製例2で得られた顔料を含有する架橋ポリマー粒子の水分散体25部(固形分換算5部、顔料分換算3部)をマグネチックスターラーで撹拌しながら、混合溶液を添加し、1.2μmのフィルター(アセチルセルロース膜、富士フイルム株式会社製)で濾過し、水系インクを得た(平均粒径:110nm、pH:9.6(20℃))。
実施例2〜4及び比較例1〜3
分散処理時の仕込みを表1に示すように変えた以外は、調製例1、2及び実施例1と同様にして水系インクを得た。
【0039】
【表1】

【0040】
次に、実施例及び比較例で得られたインクについて、印字濃度、保存安定性、吐出速度、吐出安定性の測定、評価は以下の方法で行った。結果を表2に示す。
(1)印刷物の印字濃度
前記の通りに調製したインクを、インクカートリッジを介してインクジェットプリンター(キヤノン株式会社製、型番:MX7600、サーマル方式)のブラックヘッド上部のインク注入口に充填した。次いで、プリンターのユーティリティからヘッドリフレッシング操作を2回行い、次いで通常クリーニング操作を1回行った。ブラックヘッドの全ノズルで問題なく吐出可能となった状態から、同インクジェットプリンターを用いて、市販の普通紙(上質普通紙、キヤノン株式会社製、商品名:GF500)に横204mm×縦275の大きさにフォトショップ上でRGBを0として作成した黒ベタ画像を印刷し、印字物を得た〔印刷条件=用紙種類:普通紙、モード設定:標準、グレースケール〕。
得られた印字物を25℃湿度55%で24時間放置後、表側(印刷面)の印字濃度を測定した。印字濃度の測定にはマクベス濃度計(グレタグマクベス社製、品番:RD914)を用い、測定条件は、観測光源を D65とし、観測視野を 2度とし、濃度基準を DIN16536とし、白色基準を紙の濃度Paperとし、フィルター無しとし、出力されるブラックの色濃度の数値を読み取った。基準となる紙の濃度は印刷していない前記市販の普通紙の表面を用いた。測定回数は、測定する場所を変え、双方向印刷の往路において印刷された部分から5点、復路において印刷された部分から5点をランダムに選び、合計10点の平均値を求めた。印字濃度は値が高い方が良好である。
【0041】
(2)保存安定性
インクの調製直後の平均粒径及び70℃で1週間静置した後の平均粒径を、下記の測定方法で測定し、平均粒径の変化率(%)を、([70℃で1週間静置後の平均粒径(nm)]−[調製直後の平均粒径(nm)])×100/[調製直後の平均粒径(nm)]の値として求め、保存安定性を評価した。平均粒径の変化率が小さいほど良好である。
【0042】
(3)吐出速度
キヤノン株式会社製のサーマルインクジェットプリンター「BJS−600」を改造した吐出速度評価装置を用い、駆動条件を、駆動パルス幅4μs、駆動電圧24V、駆動周波数20kHzとし、各インクを搭載して、それぞれの吐出速度(m/s)を測定した。
【0043】
(4)吐出安定性
調製したインクを、インクカートリッジを介してインクジェットプリンターBJS−600のブラックヘッド上部のインク注入口に充填した。次いで、記録ヘッドを前記(3)の吐出速度評価装置に設置し、前記(3)と同じ駆動条件で連続吐出を行い、1×106発ごとにヘッドから吐出されるインク重量を測定した。吐出は1×108発まで行い、その平均値を求めた。
次いで、乾燥を防止した密閉容器内に接続したままのヘッドとインクカートリッジを入れ、密閉容器ごと60℃の恒温室に72時間保管した後、前記と同様にしてインク吐出量の平均値を求めた。
A:加熱後の平均値が加熱前の平均値の90%以上
B:加熱後の平均値が加熱前の平均値の70%以上90%未満
C:加熱後の平均値が加熱前の平均値の50%以上70%未満
D:加熱後の平均値が加熱前の平均値の50%未満
【0044】
【表2】

【0045】
表2から、実施例の水系インクは、比較例の水系インクに比べて、吐出速度、吐出安定性に優れ、また印字濃度、保存安定性も優れていることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記工程(1)及び(2)を有する、サーマルインクジェット記録用水分散体の製造方法。
工程(1):顔料、アニオン性基を有するポリマー、揮発性塩基、不揮発性塩基、有機溶媒、及び水を含有する混合物であって、該揮発性塩基による該アニオン性基の中和度と該不揮発性塩基による該アニオン性基の中和度の合計が210〜500%であり、かつ(揮発性塩基/不揮発性塩基)のモル比が1を超える混合物を、分散処理して分散体を得る工程
工程(2):工程(1)で得られた分散体から、該揮発性塩基及び該有機溶媒を除去して、顔料を含有するポリマー粒子の水分散体を得る工程
【請求項2】
アニオン性基を有するポリマーが、アニオン性基含有モノマー(a)由来の構成単位と、(メタ)アクリル酸エステル系マクロマー(b)由来の構成単位、(メタ)アクリル酸のアルキルエステル又はアリールエステル(c)由来の構成単位、及び下記一般式(1)で表される(メタ)アクリル酸のアルカンジイルオキシドエステル(d)由来の構成単位から選ばれる1種以上の構成単位とから本質的になる、請求項1に記載のサーマルインクジェット記録用水分散体の製造方法。
CH2=C(R1)COO(R2O)q3 (1)
(式中、R1は水素原子又はメチル基、R2は炭素数2又は3の炭化水素基、R3は水素原子又は炭素数1〜22の直鎖又は分岐鎖の炭化水素基を示し、qは平均付加モル数を示し1〜60の数である。)
【請求項3】
工程(1)の混合物中、不揮発性塩基による該アニオン性基の中和度が70〜140%である、請求項1又は2に記載の水分散体の製造方法。
【請求項4】
工程(1)で得られる分散体のpH(20℃)が10.0〜13.0である、請求項1〜3のいずれかに記載の水分散体の製造方法。
【請求項5】
工程(2)で得られる水分散体のpH(20℃)が8.0〜12.5である、請求項1〜4のいずれかに記載の水分散体の製造方法。
【請求項6】
工程(2)で得られた水分散体中のポリマーを更に架橋剤で架橋する、請求項1〜5のいずれかに記載の水分散体の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の製造方法により得られる、サーマルインクジェット記録用水分散体を含有する、サーマルインクジェット記録用水系インク。

【公開番号】特開2010−138297(P2010−138297A)
【公開日】平成22年6月24日(2010.6.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−316162(P2008−316162)
【出願日】平成20年12月11日(2008.12.11)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】