説明

シリンダブロックの加工方法、シリンダブロック及び溶射用シリンダブロック

【課題】シリンダボアのクランクケース側端部に対し溶射皮膜を含めて除去加工する際に、シリンダブロックの小型化を達成しつつ、充分な除去加工代を確保できるようにする。
【解決手段】シリンダブロック1のシリンダボア内面3aに粗面7を形成した後、溶射皮膜5を形成する。シリンダボアブロック1は、シリンダボア3のクランクケース9側の端部に突起11を備えており、この突起11は、シリンダブロック1の鋳造時に形成してあった先端部11aを除去して、その端面11dを傾斜させている。突起11の先端部11aを除去加工する際には、溶射皮膜5の密着度について、シリンダボア3の軸方向端部に相当する突起11付近が他の部位より低くなっている溶射皮膜5aを一緒に除去する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダボア内面に溶射皮膜を形成するシリンダブロックの加工方法、シリンダブロック及び溶射用シリンダブロックに関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関の出力、燃費、排気性能向上あるいは小型、軽量化といった観点から、アルミシリンダブロックのシリンダボア部に適用しているシリンダライナを廃止することへの設計要求は極めて高い。その代替技術の一つとして、シリンダボア内面に溶射皮膜を形成する溶射技術の適用が進められている。
【0003】
上記した溶射技術をシリンダボア部に適用する場合には、溶射用材料を噴出する溶射ガンをシリンダボア内に軸方向に移動させつつ回転させて行い、溶射皮膜形成後は、例えばホーニング加工によって皮膜表面を研削加工して仕上げを行う。
【0004】
この際、下記特許文献1では、溶射皮膜の特にクランクケース側の端部の剥離を抑えるために、溶射皮膜形成後に、クランクケース側端部のシリンダボアの内径が大きくなるようシリンダボア内面を、溶射皮膜のクランクケース側端部を含めて除去加工している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−211307号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、例えば燃費向上のために軽量化してシリンダブロック全体をより小型化する際には、クランクケース側端部におけるシリンダボアの内径が大きくなるようシリンダボア内面を除去加工する際に、充分な除去加工代を確保できない場合がある。
【0007】
そこで、本発明は、シリンダボアのクランクケース側端部に対し溶射皮膜を含めて除去加工する際に、シリンダブロックの小型化を達成しつつ、充分な除去加工代を確保できるようにすることを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、シリンダボアのクランクケース側の端部に、該クランクケース側に突出する突起を設け、前記シリンダボアの内面に、該内面に連続する前記突起の内面を含めて溶射皮膜を形成し、この溶射皮膜形成後に、前記突起の少なくとも一部をその内面に形成した溶射皮膜とともに除去することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、溶射皮膜の剥離を抑えるためのシリンダボアのクランクケース側端部における除去加工部位を、シリンダボア内面からクランクケース側に向けて突出させた突起としているので、シリンダボアのクランクケース側端部に対し溶射皮膜を含めて除去加工する際に、シリンダブロックの小型化を達成しつつ、充分な除去加工代を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】本発明の一実施形態を示すシリンダブロックの断面図である。
【図2】図1のシリンダブロックの製造工程図である。
【図3】図2の製造工程における粗面加工時(c)での動作説明図である。
【図4】図1のA部を拡大した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づき説明する。
【0012】
図1に示すように、本発明の一実施形態に係わるエンジンのアルミ合金製シリンダブロック1(以下、単にシリンダブロック1という)は、そのシリンダボア3の内面に鉄系金属材料からなる溶射皮膜5を形成している。この溶射皮膜5を形成するシリンダブロック1の下地部分は、凹凸形状の粗面7をあらかじめ形成することで、溶射皮膜5の密着度を高めている。
【0013】
そして、本実施形態では、シリンダボア3のクランクケース9側の端部に、シリンダボア3の軸方向に沿ってクランクケース9側に向けて突出する突起11を、シリンダボア3の円周方向の全周にわたり環状に形成している。なお、上記した溶射皮膜5は突起11の内面にも連続して形成してある。
【0014】
突起11は、溶射皮膜5を形成した後に、二点鎖線で示す断面ほぼ三角形状の除去加工部となる先端部11aを、取り代として機械加工によって除去したものである。なお、突起11の先端部11aに対しても溶射皮膜5aを上記した溶射皮膜5に連続して形成してある。
【0015】
溶射皮膜5は、特にシリンダボア3の軸方向端部が他の部位に比較して密着度が低いので、突起11の先端部11aを溶射皮膜5aとともに除去することで、密着度が低い部位をより少なくし、全体として密着度が高まることになる。
【0016】
次に、図2を用いて図1のシリンダブロック1の加工方法について説明する。なお、図2は、シリンダブロック1の図1中で左側部分のみを示している。図2(a)は、シリンダブロック1の鋳造後の状態を示し、シリンダボア3のクランクケース9側の端部に、前記した先端部11aを除去する前の突起11を形成してある。
【0017】
この先端部11aを除去する前の突起11は、内面11bがシリンダボア3の内面3aに軸方向に連続していて、シリンダボア3の軸方向端部を構成している。したがって、突起11(内面11b)は環状に形成されている。
【0018】
一方、突起11の上記した内面11bと反対側は傾斜面11cとしてあり、この傾斜面11cは、突起11の先端側ほどシリンダボア3の径方向中心側となるよう傾斜している。この傾斜面11cについても、シリンダボア3の全周にわたり環状に形成してある。
【0019】
以上より、突起11は、基端部の肉厚Lが最も厚く、先端(図2(a)中で下端)側ほど肉厚が薄くなっている。なお、ここでの肉厚Lの最小値は4mmで、突起高さHの最小値は、1.3mm+〔仕上げ加工後の溶射皮膜の膜厚/tan(面取り角度)〕とする。面取り角度とは、図2(d)中の角度αに相当する。
【0020】
次に図2(b)に示すように、図2(a)のシリンダボア3の内面3aに対し、下地粗面加工を行って粗面7を形成する。粗面7を形成することで、その後に形成する溶射皮膜5のシリンダボア3の内面3aに対する密着度が高まる。
【0021】
下地粗面化加工は、図3に示すようにボーリング加工装置を用いてそのボーリングバー13の先端外周に工具(刃)15を装着し、ボーリングバー13を回転させつつ軸方向下方に移動させることで、シリンダボア3の内面3a(突起11の内面11bも含む)をねじ状に形成して凹凸部を形成する。
【0022】
このようにして粗面7を形成した後は、図2(c)に示すように、シリンダボア3の内面3a(突起11の内面11bも含む)に対して溶射皮膜5を形成する。溶射皮膜5は、シリンダボア3の内面3a(突起11の内面11bも含む)に対してほぼ均一となるよう形成する。溶射方法については、前述した特許文献1などに記載されていて公知であるので詳細な説明は省略する。
【0023】
上記図2(c)のように、溶射皮膜5を形成した後は、図2(d)に示すように、図1に示した突起11の除去加工部である先端部11aを除去する。先端部11aの除去加工については、例えば図3に示したものと同様なボーリングバーを偏心回転させることで実施できるが、加工法については特に限定されるものではなく、クランクケース9側から加工することも可能である。先端部11aの除去加工後は、溶射皮膜5の表面に対しホーニンング加工などによる仕上げ加工を実施する。
【0024】
次に、先端部11aを除去した後の突起11の形状について、図1のA部を拡大した図4を用いて説明する。
【0025】
先端部11aを除去加工した後の突起11の端面11d(溶射皮膜5の除去加工部も含む)は、シリンダボア内面3a側が、シリンダボア内面3aと径方向の反対側に対し、シリンダボア3の軸方向でクランクケース9と反対側となるよう傾斜している。すなわち、図4中での端面11dは、右側の端部が左側の端部よりシリンダボア3の軸方向上方となるよう傾斜している。このような端面11dの形状は、シリンダボア3の円周方向全周にわたっている。
【0026】
これにより、シリンダボア3の内面(正確には溶射皮膜5の表面)と端面11dとのなす角度θは、鈍角となる。なお、この端面11dは傾斜させずに水平な面(シリンダボア3の軸線に垂直な面)としてもよい。
【0027】
ここで、前述したように、シリンダボア3の内面に形成した溶射皮膜5は、シリンダボア3の特に軸方向端部であるクランクケース9側の端部が、他の部位に比較して密着度が低いものとなっている。そして、本実施形態では、上記シリンダボア3のクランクケース9側の端部は突起11を備えている。
【0028】
このため、その突起11の一部である先端部11aを溶射皮膜5とともに除去することで、密着度が低くなっている溶射皮膜5を下地ごと除去することになり、したがって、溶射皮膜5のシリンダボア3に対する密着度を全体として高めることができ、高品質なシリンダブロック1とすることができる。
【0029】
この際、本実施形態では、除去加工部位を、シリンダボア3からクランクケース9側へ突出させた突起11に設定している。つまり、この突起11は、単にクランクケース9内の空間に突出させているだけである。このため、シリンダブロック1としては、除去加工部位である突起11を設けても、大型化は抑制されて小型化を達成できるものであり、その上で、突起11によって充分な除去加工代を確保することができる。
【0030】
また、本実施形態では、突起11は基端部よりも先端部の肉厚を薄くすることによって、突起11の剛性を高めつつ体積をより小さくしている。このように、突起11の剛性を確保することで、図3で示した下地粗面加工時に突起11の変形を抑制できるとともに、突起11を必要最小限の大きさとすることで、除去加工取り代がより小さくなって除去加工に費やす時間を短縮でき、製造コストを低減することができる。
【0031】
ここで、除去加工取り代を小さくすることは、シリンダブロック1の鋳造時に、粗材に含まれる鋳造巣が加工によって表面に現れることを抑制でき、シリンダブロック1の品質向上にも寄与することができる。
【0032】
また、本実施形態では、取り代である先端部11aを除去した後の突起11の端面11dは、シリンダボア内面3a側が、シリンダボア内面3aと反対側に対し、シリンダボア3の軸方向でクランクケース9と反対側となるよう傾斜している。このため、シリンダボア3の内面(正確には溶射皮膜5の表面)と端面11dとのなす角度θが、図4に示すように鈍角となる。
【0033】
このように、角度θが鈍角となることで、溶射皮膜5に対し、そのシリンダブロック本体側の下地部分が、シリンダボア3の軸方向でクランクケース9側に突出することになる。このため、溶射皮膜5は下地部分に対してより安定して密着することになり、溶射皮膜5の破損(剥離や欠け)を抑えることができる。
【0034】
また、本実施形態では、取り代である先端部11aを除去した後の突起11のシリンダボア内面3aと反対側に、クランクケース9の内壁9aに対向する内壁対向面となる傾斜面11cを備えている。
【0035】
このため、本シリンダブロック1を組み込んだエンジンを稼動したときに、図示しないクランクシャフトが回転することで内壁9aに沿って掻き揚げられるオイルが、傾斜面11cによって必要以上にシリンダボア3内に入り込むことを抑制し、ボア3内で消費されるオイル量を削減できる。その結果、ユーザの維持管理費が低減するとともに、排出ガスに含まれるオイル量を低減してエンジンの排気性状を清浄化することができる。
【0036】
ここで、本実施形態では、上記内壁9aに対向する突起11の内壁対向面を、先端側ほどシリンダボア3の径方向中心側となるよう傾斜する傾斜面11cとしている。これにより、掻き揚げられたオイルが、よりスムーズに流下してシリンダボア3内へ入り込むことをより確実に抑えることができる。
【0037】
なお、上記した実施形態では、突起11の先端部11aを突起11の一部として除去しているが、突起11の全体を除去してもよい。その場合にも、除去後の端面は、図4に示す端面11dのように傾斜させることが望ましい。
【0038】
また、突起11は、基端部よりも先端部の肉厚を薄くしているが、肉厚全体を同等としてもよい。その場合には、図2(a)の傾斜面11cは、シリンダボア3の軸方向と平行な内壁対向面となる。平行な面としても、内壁9aに沿って掻き揚げられるオイルが、必要以上にシリンダボア3内に入り込むことを抑制することはできる。
【符号の説明】
【0039】
1 シリンダブロック
3 シリンダボア
3a シリンダボアの内面
5 溶射皮膜
5a 突起の先端部における溶射皮膜
9 クランクケース
9a クランクケースの内壁
11 突起
11a 突起の先端部(突起の一部)
11b 突起の内面
11c 突起の内面と反対側の傾斜面(内壁対向面)
11d 先端部を除去した後の突起の端面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダボアのクランクケース側の端部に、該クランクケース側に突出する突起を設け、前記シリンダボアの内面に、該内面に連続する前記突起の内面を含めて溶射皮膜を形成し、この溶射皮膜形成後に、前記突起の少なくとも一部をその内面に形成した溶射皮膜とともに除去することを特徴とするシリンダブロックの加工方法。
【請求項2】
シリンダボアのクランクケース側の端部に、該クランクケース側に突出する突起を備え、この突起は、前記シリンダボアの内面に、該内面に連続する前記突起の内面を含めて溶射皮膜が形成された状態で、前記突起の少なくとも一部がその内面に形成した溶射皮膜とともに除去されていることを特徴とするシリンダブロック。
【請求項3】
前記突起は、基端部よりも先端部の肉厚が薄くなっていることを特徴とする請求項2に記載のシリンダブロック。
【請求項4】
前記少なくとも一部を除去した後の突起の端面は、シリンダボア内面側が、シリンダボア内面と反対側に対し、シリンダボアの軸方向で前記クランクケースと反対側となるよう傾斜していることを特徴とする請求項2または3に記載のシリンダブロック。
【請求項5】
前記少なくとも一部を除去した後の突起のシリンダボア内面と反対側に、前記クランクケースの内壁に対向する内壁対向面を備えていることを特徴とする請求項2ないし4のいずれか1項に記載のシリンダブロック。
【請求項6】
前記突起の内壁対向面は、先端側ほどシリンダボアの径方向中心側となるよう傾斜していることを特徴とする請求項5に記載のシリンダブロック。
【請求項7】
シリンダボアの内面に溶射皮膜を形成する溶射用シリンダブロックであって、前記シリンダボアのクランクケース側の端部に、該クランクケース側に突出する突起を備え、この突起は、基端部よりも先端部の肉厚が薄くなっていることを特徴とする溶射用シリンダブロック。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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