説明

シリンダライナ

【課題】ピストンの上死点近傍においてシール性を損なうことなく、潤滑油による油膜によって潤滑性とガスシール性とを確保すること。
【解決手段】シリンダライナ16は、例えば、銅合金等の金属製材料で形成されたライナ本体26と、上死点近傍位置に対応する前記ライナ本体26の上部側環状凹部内に鋳包み成形によって一体的に設けられる上死点側部材28と、下死点近傍位置に対応する前記ライナ本体26の下部側環状凹部内に鋳包み成形によって一体的に設けられる下死点側部材30とを有し、前記上死点側部材28には、ピストン28の摺動面31に連通しないクローズドポアからなる複数の微細空孔32が形成され、前記下死点側部材30には、摺動面31に連通するオープンポアからなる複数の微細凹部34が形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関に設けられるシリンダライナに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、例えば、往復動型内燃機関では、シリンダブロックに設けられたシリンダライナ内をピストンが上下方向に沿って摺動し、前記ピストンに対してピストンピンを介してコネクティングロッドの上端部が軸着され、前記コネクティングロッドの下端部がクランクシャフトに軸着されて、前記クランクシャフトが回転するように設けられている。ピストンのピストンクラウン近傍部位の外周面には、周方向に沿って延在すると共に、上下方向に沿って所定間隔離間する複数のピストンリング溝が形成され、前記ピストンリング溝に対してそれぞれピストンリングが装着されている。
【0003】
前記往復動型内燃機関では、ピストンが上死点と下死点との間で上下方向に沿ってシリンダライナ内を往復摺動し、ピストンリングが接するシリンダライナの摺動面における上死点及び下死点近傍部位では、潤滑油の油膜が薄くなるためピストンの摺動運動による影響を受け易い。
【0004】
そこで、例えば、特許文献1には、シリンダライナのピストン摺動面のうち、ピストンの上死点(X=0)の位置から前記上死点近傍部位である0<X<5(mm)の範囲内において、他のピストン摺動面と比較して高密度からなる多数のミクロポア(孔)を形成し、このミクロポアに対して固体潤滑剤を充填する技術的思想が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3632219号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記特許文献1に開示された技術的思想では、例えば、ピストンの上死点に対応するシリンダライナのピストン摺動面に多数のミクロポアを形成し且つ前記多数のミクロポアに対して固体潤滑剤(黒鉛)を充填すると、シリンダヘッド側の燃料室に近接することから前記固体潤滑剤が燃焼してカーボン(カーボンスラッジ)が発生し、前記発生したカーボン(カーボンスラッジ)がピストンリング等に付着してピストンなどに固着するおそれがある。
【0007】
また、仮に、ミクロポアに充填された固体潤滑剤が前記ミクロポア内から脱落すると、シリンダライナの摺動面における表面粗さが増大して摺動抵抗となり、さらに、ピストンリングとの間におけるシール性(気密性)が劣化するおそれがある。
【0008】
本発明は、前記の点に鑑みてなされたものであり、ピストンの上死点近傍においてシール性を損なうことなく、潤滑油による油膜によって潤滑性とガスシール性とを確保することが可能なシリンダライナを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記の目的を達成するために、本発明は、シリンダライナのピストン摺動面のうち、ピストンの上死点近傍においては前記シリンダライナ内に前記ピストン摺動面に連通しないクローズドポアからなる微細空孔を形成すると共に、前記ピストンの下死点近傍においては、前記ピストン摺動面に連通するオープンポアからなる微細凹部を形成し、前記微細凹部内に固体潤滑材を充填することを特徴とする。
【0010】
本発明によれば、ピストンの上死点近傍に対応するシリンダライナの部位において、ピストン摺動面に連通しないクローズドポアからなる複数の微細空孔が形成され、前記微細空孔によってシリンダライナが比較的容易に弾性変形しやすくなるため、ピストンとシリンダライナとの間に油膜が確保され、良好なシール性が発揮される一方、下死点近傍において、ピストン摺動面に連通するオープンポアからなる複数の微細凹部が形成され、前記微細凹部内に固体潤滑剤が充填されることにより、良好な摺動性を得ることができる。
【0011】
換言すると、本発明では、シリンダライナの上死点近傍部位に、ピストン摺動面に連通しないクローズドポアからなる複数の微細空孔を形成し、前記微細空孔が押圧(加圧)されて変形し易くなりシリンダライナの内壁とピストン(ピストンリング)との間でクリアランスが容易に形成される。従って、本発明では、前記形成されたクリアランス内に潤滑油が進入して油膜の形成が容易となり、この油膜によって潤滑性とガスシール性とが確保される。この結果、本発明では、ピストンの上死点近傍においてシール性を損なうことなく、潤滑油の油膜を確保することが可能なシリンダライナを得ることができる。
【0012】
また、本発明は、前記シリンダライナが、ライナ本体と、前記微細空孔が形成される上死点側部材と、前記微細凹部が形成される下死点側部材とを有し、前記上死点側部材と前記下死点側部材とはそれぞれ別体で形成され、前記上死点側部材及び前記下死点側部材は、前記ライナ本体に対して鋳包み成形されることによって一体的に構成されるとよい。この場合、少なくとも、前記上死点側部材は銅合金材で形成されるとよい。
【0013】
本発明によれば、微細空孔が形成される上死点側部材と、微細凹部が形成される下死点側部材とは、それぞれ別体で構成されるために微細空孔と微細凹部との作り分けを容易に行うことができる。さらに、少なくとも、前記上死点側部材が銅合金で形成されることにより、熱伝導率が高く、ピストンの良好な熱引き特性(放熱作用)を得ることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ピストンの上死点近傍においてシール性を損なうことなく、潤滑油による油膜によって潤滑性とガスシール性とを確保することが可能なシリンダライナを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明の実施形態に係るシリンダライナが組み込まれた内燃機関の概略縦断面図である。
【図2】(a)は、図1に示すA部の部分拡大縦断面図、(b)は、図1に示すB部の部分拡大縦断面図である。
【図3】シリンダライナの摺動面における潤滑特性領域を示す説明図である。
【図4】本実施形態に係るシリンダライナと従来品に係るシリンダライナとについて、パラメータに対する摩擦係数との関係を示した特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
次に、本発明の実施形態について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。図1は、本発明の実施形態に係るシリンダライナが組み込まれた内燃機関の概略縦断面図、図2(a)は、図1に示すA部の部分拡大縦断面図、図2(b)は、図1に示すB部の部分拡大縦断面図である。
【0017】
図1に示されるように、往復動型の内燃機関10は、シリンダブロック12のシリンダボア14内に一体的に鋳込まれて形成され、シリンダ軸方向に沿って延在するスリーブ状に形成されたシリンダライナ16と、潤滑油によって前記シリンダライナ16内を上死点と下死点との間で上下方向(シリンダ軸方向)に沿って往復摺動可能に設けられたピストン18と、図示しないピストンピンを介して上端部が前記ピストン18に連結されたコネクティングロッド20とを含む。なお、図1中では、説明の便宜上、前記ピストン18が上死点の位置にある場合と下死点の位置にある場合とを仮想的に併記している。
【0018】
ピストン18のピストンクラウン18a近傍部位の外周面には、周方向に沿って延在すると共に、上下方向に沿って所定間隔離間する複数のピストンリング溝22a〜22cが形成される。前記複数のピストンリング溝22a〜22cには、ピストンクラウン18aから離間する方向に向かってそれぞれ順に、第1ピストンリング24a、第2ピストンリング24b及び第3ピストンリング24cが装着されている。
【0019】
前記シリンダライナ16は、例えば、銅合金等の金属製材料で形成されたライナ本体26と、前記ライナ本体26と別体で形成された円筒体からなり、上死点近傍位置に対応する前記ライナ本体26の上部側環状凹部内に鋳包み成形によって一体的に設けられる上死点側部材28と、前記ライナ本体26と別体で形成された円筒体からなり、下死点近傍位置に対応する前記ライナ本体26の下部側環状凹部内に鋳包み成形によって一体的に設けられる下死点側部材30とを有する。
【0020】
前記上死点側部材28には、図1及び図2(a)に示されるように、ピストン28の摺動面(ピストン摺動面)31に連通しないクローズドポアからなる複数の微細空孔32が形成される。換言すると、上死点側部材28の上死点近傍に形成される複数の微細空孔32は、摺動面31の表面には露呈することなく、シリンダライナ16の内周壁を構成する上死点側部材28の内部に形成される。また、前記複数の微細空孔32内には、後記する微細凹部34と異なって、固体潤滑剤36が充填されていない。この結果、複数の微細空孔32が形成されたシリンダライナ16の上死点近傍部位は、比較的容易に弾性変形可能に設けられる。
【0021】
前記複数の微細空孔32は、図2(a)に示されるように、ピストン18が上死点の位置にあるとき、第1ピストンリング24aが接触する箇所(矢印X1参照)から、エンジン常用回転数(約1500rpm程度)でピストン18の摺動速度が2(m/s)となる箇所(矢印X2参照)までの範囲内に形成される。この場合、ピストン18の摺動速度である2(m/s)が後記する境界潤滑(領域)と流体潤滑(領域)との境界部位となり(図4参照)、ピストン18の摺動速度が2(m/s)を下回ると境界潤滑(領域)となる。この点については、後記する。
【0022】
前記下死点側部材30には、図2(b)に示されるように、摺動面(ピストン摺動面)31に連通するオープンポアから複数の微細凹部34が形成される。換言すると、下死点側部材34の下死点近傍に形成される複数の微細凹部34は、摺動面31の表面に露呈するように形成される。この複数の微細凹部34内には、例えば、黒鉛(グラファイト)等からなる固体潤滑剤36が充填される。この結果、複数の微細凹部34内に黒鉛が充填されることにより、摺動性が向上する。
【0023】
前記複数の微細凹部34が形成される範囲は、下死点において第1ピストンリング24aが接触する箇所(矢印X3参照)よりも下側に沿って配置される。従って、本実施形態では、万が一、黒鉛からなる固定潤滑剤36が微細凹部34から脱落した場合であっても、シール性に影響することなく、さらに、境界潤滑領域であっても、ピストンスカート18bや第1〜第3ピストンリング24a〜24cとシリンダライナ16との間の摺動抵抗が前記黒鉛によって低減される。
【0024】
この場合、微細凹部34は、下死点側部材30の内周壁の表面(摺動面31)に形成されるため、前記微細凹部34内に対して容易に黒鉛を充填することができる。
【0025】
前記微細空孔32の孔径及び前記微細凹部34の凹部径は、それぞれ、約100μm〜200μm程度の大きさに形成されるとよい。
【0026】
微細空孔32が形成される上死点側部材28と、微細凹部34が形成される下死点側部材30とは、それぞれ、ライナ本体26とは別体からなる銅合金で形成されるとよい。また、それぞれ別体で構成されるために微細空孔32と微細凹部34との作り分けを容易に行うことができる。さらに、前記上死点側部材28及び下死点側部材30がそれぞれ銅合金で形成されることにより、熱伝導率が高く、ピストン18の良好な熱引き特性(放熱作用)を得ることができる。
【0027】
前記上死点側部材28及び下死点側部材30は、それぞれ、例えば、アルミニウム合金や鋳鉄材で形成されたライナ本体26で鋳包み成形によって鋳包まれる。すなわち、上死点側部材28と下死点側部材30との間の中間部は、アルミニウム合金や鋳鉄材等からなるライナ本体26で形成される。
【0028】
図3は、シリンダライナの摺動面における潤滑特性領域を示す説明図である。図3に示されるように、ピストン18の上死点近傍及び下死点近傍においては、ピストン18の摺動速度が低下するために潤滑油による油膜が形成されにくい境界潤滑となり(境界潤滑領域参照)、また、上死点近傍と下死点近傍の間の中間部では、ピストン18の摺動速度が速いために油膜による流体潤滑となる(流体潤滑領域参照)。
【0029】
図4は、本実施形態に係るシリンダライナ16と従来品に係るシリンダライナ(図示せず)とについて、パラメータに対する摩擦係数との関係を示した特性図である。図4において、縦軸を摩擦係数μとし、横軸をパラメータとし、本実施形態に係るシリンダライナ16の特性曲線を実線で示し、従来品に係るシリンダライナの特性曲線を破線で示したものである。このパラメータは、log(η×V/P)からなり、Pは面圧、Vは速度で、ηは潤滑油の粘度を示したものである。
【0030】
この図4から了解されるように、流体潤滑領域と境界潤滑領域との境界部位である2(m/s)を下回る境界潤滑領域(上死点近傍)において、本実施形体に係るシリンダライナ16では、従来品に係るシリンダライナと比較して、摩擦係数μを低減することができた。
【0031】
本実施形態では、シリンダライナ16の摺動面31(ピストン摺動面)のうち、ピストン18の上死点近傍においてシリンダライナ16内に微細空孔32を形成すると共に、ピストン18の下死点近傍において摺動面31の表面に微細凹部34を形成し、前記微細凹部34内に固体潤滑剤36(黒鉛)を充填することで、上死点近傍においてはシール性を損なうことなく、微細空孔32の低弾性変形(低弾性機能)によって油膜を確保し且つ摺動抵抗を低減させることができ、一方、下死点近傍においては摺動性を向上させることができる。
【0032】
すなわち、ピストン18の上死点近傍は、シリンダヘッド側の燃焼室に近接して圧縮工程・爆発工程が行われるため、耐熱性、シール性及び熱引き性(放熱性)が重要な要素となる。本実施形態では、上死点近傍に配置された上死点側部材28の内部にクローズドポアからなる複数の微細空孔32が形成され、前記微細空孔32によってシリンダライナ16が比較的容易に弾性変形しやすくなるため、第1〜第3ピストンリング24a〜24cやピストン18とシリンダライナ16との間に油膜が確保され、良好なシール性が発揮される。
【0033】
一方、本実施形態では、下死点近傍に配置された下死点側部材30に摺動面31に露呈(連通)するオープンポアからなる複数の微細凹部34が形成され、前記微細凹部34内に固体潤滑剤36が充填されることにより、良好な摺動性を得ることができる。
【0034】
換言すると、本実施形態では、シリンダライナ16の上死点近傍部位に、摺動面31に連通しないクローズドポアからなる複数の微細空孔32を形成し、前記微細空孔32が押圧(加圧)されて変形し易くなりシリンダライナ16の内壁と第1〜第3ピストンリング24a〜24cとの間でクリアランスが容易に形成される。
【0035】
従って、本実施形態では、前記形成されたクリアランス内に潤滑油が進入して油膜の形成が容易となって摩擦係数μを低減させ(図4の実線参照)、この油膜によって潤滑性とガスシール性とが確保される。この結果、本発明では、ピストン18の上死点近傍においてシール性を損なうことなく、潤滑油の油膜を確保することが可能なシリンダライナ16を得ることができる。
【0036】
さらに、本実施形態では、シリンダライナ16の上死点近傍部位に、摺動面31に連通しないクローズドポアからなる複数の微細空孔32を形成することにより、従来技術のようにミクロポアに充填された固体潤滑剤が前記ミクロポア内から脱落して摺動面31の表面粗さが増大することを好適に回避することができ、第1〜第3ピストンリング24a〜24cとの間におけるシール性が劣化することを防止することができる。
【0037】
なお、上死点側部材28の内部に外部と連通しないクローズドポア(微細空孔32)を製造する方法としては、例えば、銅合金の粉末を成形して成形体を得る工程と、前記成形体を焼結して焼結体を得る工程とを有し、前記焼結工程において、昇温時に焼結体の相対密度が70%となったときから降温開始までの期間で、雰囲気圧力を1気圧超10気圧以下とすることにより、クローズドポアからなる微細空孔32を容易に製造することができる。
【符号の説明】
【0038】
10 内燃機関
12 シリンダブロック
16 シリンダライナ
18 ピストン
26 ライナ本体
28 上死点側部材
30 下死点側部材
31 摺動面(ピストン摺動面)
32 微細空孔
34 微細凹部
36 固体潤滑剤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダライナのピストン摺動面のうち、ピストンの上死点近傍においては前記シリンダライナ内に前記ピストン摺動面に連通しないクローズドポアからなる微細空孔を形成すると共に、前記ピストンの下死点近傍においては、前記ピストン摺動面に連通するオープンポアからなる微細凹部を形成し、前記微細凹部内に固体潤滑材を充填することを特徴とするシリンダライナ。
【請求項2】
前記シリンダライナは、ライナ本体と、前記微細空孔が形成される上死点側部材と、前記微細凹部が形成される下死点側部材とを有し、前記上死点側部材と前記下死点側部材とはそれぞれ別体で形成され、前記上死点側部材及び前記下死点側部材は、前記ライナ本体に対して鋳包み成形されることによって一体的に構成されることを特徴とする請求項1に記載のシリンダライナ。
【請求項3】
少なくとも、前記上死点側部材は銅合金材で形成されることを特徴とする請求項2に記載のシリンダライナ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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