説明

ジアリールメタン化合物または環式有機化合物の製造方法

【課題】高収率であって、かつ環境負荷が小さい、ジアリールメタン化合物を得る方法を提供する。
【解決手段】(A)例えば一般式(A1)で表される芳香族化合物と、(B)置換基を有していてもよいベンジルアルコールを、結晶性の三酸化モリブデンの存在下で脱水反応させて、ジアリールメタン化合物を製造する。


[式(A1)中、Rは置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基であり;xは前記Rの数であり、0〜5の整数である;xが2〜5である場合、それぞれのRは異なっていてもよい]

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はジアリールメタン化合物または環式有機化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ジフェニルメタンに代表されるジアリールメタン化合物や、9,10−ジヒドロアントラセンに代表される環式有機化合物は、医薬品、化成品の原料として有用である。一般に、これらの化合物は、ベンジルアルコールの水酸基と、芳香族化合物の水素を脱離させることにより合成できる。すなわちベンジルアルコールと芳香族化合物を脱水反応させることによって合成できる。
【0003】
例えば非特許文献1には、硫酸と塩化アルミニウムの存在下で、ベンジルアルコールとベンゼンを反応させてジフェニルメタンを得る方法が開示されている。また、非特許文献2には、固体酸触媒であるゼオライトの存在下で、ベンジルアルコールと芳香族化合物を反応させて、ジアリールメタン化合物を得る方法が開示されている。
さらに非特許文献3には、パーフルオロスルホン酸とテトラフルオロエチレンの共重合体であるナフィオン(登録商標)存在下で、ベンジルアルコールと芳香族化合物を反応させて、ジアリールメタン化合物を得る方法が開示されている。
【0004】
しかしながら、これらの文献に開示されている方法は、反応活性および反応選択性が悪く、高収率でジアリールメタン化合物を得ることが困難であった。さらに、非特許文献1に開示されている方法は、強酸を用いる必要があるため、環境適合性に劣るという点も問題になっていた。
【0005】
以上から、高収率であって、かつ環境負荷が小さい、ジアリールメタン化合物または環式有機化合物を得る方法が望まれていた。
【非特許文献1】G. A Olah, Freidel-Crafts and Related reactions, Vol II, NewYork, John Wile & Sons Inc. New York, (1964)
【非特許文献2】Rao, Y. X.; Trudeau, M.; Antonelli, D. J. Am. Chem. Soc., 128,13996, (2006)
【非特許文献3】Yamato, T.; Hideshima, C.; Prakash, G. K. S.; Olah, G. A. J. Org. Chem., 56, 2089 (1991)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
かかる点に鑑み、本発明は、高収率であって、かつ環境負荷が小さい、ジアリールメタン化合物、または9,10−ジヒドロアントラセン等の環式有機化合物(以下単に「環式有機化合物」ともいう)を得る方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
発明者らは鋭意検討した結果、結晶性の三酸化モリブデンを用いることにより、前記課題が解決されることを見出した。すなわち、前記課題は以下の本発明により解決される。
[1] (A)一般式(A1)または(A2)で表される芳香族化合物と、
(B)置換基を有していてもよいベンジルアルコール、または置換基を有していてもよいナフタレンメタノールを、
結晶性の三酸化モリブデンの存在下で脱水反応させる、ジアリールメタン化合物の製造方法。
【化1】


[式(A1)中、Rは置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である;
xは前記Rの数であり、0〜5の整数である;
xが2〜5である場合、それぞれのRは異なっていてもよい]
【化2】

[式(A2)中、Rはナフタレン環の1〜8位の置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である;
yは前記Rの数であり、0〜7の整数である;
yが2〜7である場合、それぞれのRは異なっていてもよい]
[2] (D)一般式(D1)で表されるアルコールを、結晶性の三酸化モリブデンの存在下で分子内脱水反応させる、一般式(E)で表される環式有機化合物の製造方法。
【化3】

[式(D1)中、数字は位置番号である;
は3’〜6’位の置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である;
pは前記Rの数であり、0〜4の整数である;pが2〜4である場合、それぞれのRは異なっていてもよい;
は3〜6位の置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である;
qは前記Rの数であり、0〜4の整数である;qが2〜4である場合、それぞれのRは異なっていてもよい;
nは1または2である]
【化4】

[式(E)中、数字は位置番号である;
は5〜8位の置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である;
pは前記Rの数であり、0〜4の整数である;pが2〜4である場合、それぞれのRは異なっていてもよい;
は1〜4位の置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である;
qは前記Rの数であり、0〜4の整数である;qが2〜4である場合、それぞれのRは異なっていてもよい;
nは1または2である]
[1]に記載の製造方法。
[3] 前記結晶性の三酸化モリブデンは、板状であり、電界放射型走査電子顕微鏡を用いて測定された板状粒子の平均サイズが、縦0.5〜2μm、横1〜3μm、厚さ30〜200nmである、[1]または[2]に記載の製造方法。
[4]前記結晶性の三酸化モリブデンの全表面積中に占める板状面の面積の割合が、60〜95%である、[1]〜[3]のいずれかに記載の製造方法。
[5]前記結晶性の三酸化モリブデンの板状面の面積が、5〜20m/gである、[1]〜[4]いずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、環境負荷を低減させた条件で、ジアリールメタン化合物または環式有機化合物を収率よく得ることができる。すなわち、安全性・生産性に優れたジアリールメタン化合物または環式有機化合物の製造方法が提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に、ジアリールメタン化合物の製造方法、および環式有機化合物の製造方法について分けて説明するが、両者は、結晶性の三酸化モリブデンの存在下で「芳香環に結合されたヒドロキシメチル基の水酸基と、芳香環上の水素を脱離させる」点で共通する。
【0010】
1.ジアリールメタン化合物の製造方法
本発明のジアリールメタン化合物の製造方法は、
(A)一般式(A1)または(A2)で表される芳香族化合物と、
(B)置換基を有していてもよいベンジルアルコール、または置換基を有していてもよいナフタレンメタノールを、
結晶性の三酸化モリブデンの存在下で脱水反応させることを特徴とする。
ジアリールメタン化合物とは、メタンの二つの水素が、それぞれ芳香族化合物で置換されている化合物である。
【0011】
本発明の反応式を以下に示す。
【化5】

上記反応式は、一般式(A1)で表される化合物と、ベンジルアルコール(式(B1))を原料として用いた場合の反応スキームである。この場合、ジアリールメタン化合物は式(C1)で表される化合物となる。ベンジルアルコールは、置換基を有していてもよい。
【0012】
上記反応は、上記の原料の組み合わせの他に、一般式(A2)で表される化合物と、置換基を有していてもよいベンジルアルコールを原料とする場合;一般式(A2)で表される化合物と、置換基を有していてもよいナフタレンメタノールを原料とする場合;一般式(A1)で表される化合物と、置換基を有していてもよいナフタレンメタノールを原料とする場合がある。
【0013】
(1) (A)成分について
本発明では、原料の(A)成分として一般式(A1)または(A2)で表される芳香族化合物を用いる。一般式(A1)で表される化合物は、ベンゼンまたは置換基を有するベンゼンである。ただし、脱水反応において、脱離される水素が必要であるため、置換基を有するベンゼンの置換基の数は、最大で5個である。上記式(A1)で表される化合物を「ベンゼン類」ともいう。
【0014】
【化6】

式(A1)中、Rは置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である。
xは前記Rの数であり、0〜5の整数である。xが2〜5である場合、それぞれのRは異なっていてもよい。
【0015】
ベンゼン類の具体例には、ベンゼン;トルエン、p−キシレン、o−キシレン、メシチレン(トリメチルベンゼン)、エチルベンゼン、ジエチルベンゼン、プロピルベンゼン、ブチルベンゼン等のアルキルベンゼン;アニソール(メトキシベンゼン)等のアルコキシベンゼンが含まれる。
【0016】
ベンゼン類として、ベンゼン、p−キシレン、メシチレン等の構造的に対象である化合物を用いると、異性体のないジアリールメタン化合物が得られる。
【0017】
また、ベンゼン類としてアニソールのような、電子供与基性のメトキシ基を置換基に有する化合物を用いると、アニソールのメトキシ基に対して、パラ位またはオルト位にメチレン基が結合したジアリールメタン化合物のみが選択的に得られる。すなわちメタ位にメチレン基が結合した化合物は得られない。これは後述するように、アニソールが、ベンジルアルコール由来のベンジルカチオン、またはナフタレンメタノール由来のナフチルメチルカチオン(以下、ベンジルカチオンとナフチルメチルカチオンをあわせて「ベンジルカチオン等」という)により求電子置換反応を受けるためと推察される。アニソールは求電子置換反応を受ける際に、顕著なオルト、パラ配向性を有するため、メタ位への求電子置換反応が起こりにくく、アニソールのメタ位にメチレン基が結合したジアリールメタン化合物は得られないと考えられる。
【0018】
同様にベンゼン類としてトルエンを用いた場合も、トルエンのメチル基に対して、パラ位またはオルト位にメチレン基が結合したジアリールメタン化合物が得られやすい。トルエンはアニソールほど電子供与性が強くはないが、電子供与基であるメチル基を有しているため、メタ位にメチレン基が結合した化合物は得られにくいと推察される。
【0019】
一般式(A2)で表される化合物は、ナフタレンまたは置換基を有するナフタレンである。ただし、後述する脱水反応において、脱離される水素が必要であるため、置換基を有するナフタレンの置換基の数は、最大で7個である。一般式(A2)で表される化合物を「ナフタレン類」ともいう。
【0020】
【化7】

式(A2)中、Rはナフタレン環の1〜8位の置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である。
yは前記Rの数であり、0〜7の整数である。yが2〜7である場合、それぞれのRは異なっていてもよい。
【0021】
ナフタレン類の具体例には、ナフタレン;1−メチルナフタレン、2−メチルナフタレン、2,6−ジメチルナフタレン、1−エチルナフタレン、2−エチルナフタレン、1−プロピルナフタレン、2−プロピルナフタレン、1−ブチルナフタレン、2−ブチルナフタレン等のアルキルナフタレン;1−メトキシナフタレン、2−メトキシナフタレン等のアルコキシナフタレンが含まれる。
【0022】
アルキルナフタレンとしては1位に置換基を有しない化合物が好ましい。後述するように本発明の反応においては、ナフタレン環がベンジルカチオン等により求電子置換される。当該反応は求電子置換反応により生じた中間体カルボカチオンの安定性により、その反応性が左右される。ナフタレン環の1位が攻撃されることによって生じた中間体カルボカチオンは、ナフタレン環の2位が攻撃されることによって生じた中間体カルボカチオンよりも安定であることが知られている。従ってアルキルナフタレンとしては1位に置換基を有しないことが好ましい。
【0023】
アルコキシナフタレンは、1位または2位のいずれが置換されていてもよい。アルコキシル基は電子供与性のため、ナフタレンの1位に結合している場合は、ナフタレンの4位にメチレン基が結合したジアリールメタン化合物が得られやすい。また、アルコキシル基がナフタレンの2位に置換している場合は、1位にメチレン基が結合したジアリールメタン化合物が得られやすい。
上記のベンゼン類およびナフタレン類を合わせて「ベンゼン類等」と呼ぶことがある。
【0024】
(2) (B)成分について
本発明では、原料の(B)成分として、置換基を有していてもよいベンジルアルコールまたはナフタレンメタノールを用いる。「置換基を有していてもよいベンジルアルコール(「ベンジルアルコール類」ともいう)」とは、ベンジルアルコールまたはベンゼン環に置換基を有するベンジルアルコールをいう。当該置換基はアルキル基またはアルコキシル基であることが好ましい。
ベンジルアルコール類の例には、ベンジルアルコール、(メトキシフェニル)メタノール、(3,4−ジメトキシフェニル)メタノール、(4−イソプロピルフェニル)メタノール(「クミノール」ともいう)が含まれる。
【0025】
「置換基を有していてもよいナフタレンメタノール(「ナフタレンメタノール類」ともいう)」とは、ナフタレンメタノールまたはナフタレン環に置換基を有するナフタレンメタノールをいう。ナフタレンメタノールとは下記の式(B2)で表される化合物である。
【0026】
【化8】

【0027】
式(B2)において、ヒドロキシメチル基は、ナフタレンの1位または2位に結合されていてよいが、1位に結合されていることが好ましい。本発明においてはナフチルメチルカチオンが、ベンゼン類に対して求電子置換反応することにより、ジアリールメタン化合物が得られると考えられる。1−ナフチルメチルカチオンの方が、2−ナフチルメチルカチオンよりも安定である。よって、ナフタレンメタノール類として、1−ナフチルメチルカチオンを生成する1−ナフトールを用いると、反応性を高めることができる。
【0028】
ナフタレン環に置換基を有する場合は、当該置換基は、アルキル基またはアルコキシル基であることが好ましい。
上記のベンジルアルコール類とナフタレンメタノール類を合わせて「ベンジルアルコール類等」と呼ぶことがある。
【0029】
ベンゼン類等とベンジルアルコール類等の比率は、化学当量であれば特に限定されない。しかしながら、ベンゼン類等1モルに対して、ベンジルアルコール類等が1モル以上であることが好ましく、10〜200モルであることがより好ましく、30〜90モルであることがよりさらに好ましい。反応を効率よく行うことができるからである。
【0030】
(3)三酸化モリブデンについて
三酸化モリブデンはMoOで表される化合物である。三酸化モリブデンは非晶性のもと結晶性のものが知られているが、本発明においては結晶性の三酸化モリブデン(以下単に「三酸化モリブデン」という)を用いる。三酸化モリブデンは斜方晶系結晶であり、MoOのゆがんだ8面体の2頂点を共有して連なった層状構造をしている。当該層は30〜60nm程度の厚みを有する。
【0031】
本発明において三酸化モリブデンは、ジアリールメタン化合物を合成する際の触媒としてふるまう。そのメカニズムは次のように推察される。いかに、A成分としてベンジルアルコールを用いた場合を例に説明する。
三酸化モリブデンは、酸素原子が離脱して、価数的に不安定であるMo部位が生じることがある。当該部位は電子が不足した状態になる。すると当該部位はルイス酸のようにふるまい、ベンジルアルコールの水酸基を引き抜く。その結果、ベンジルカチオンが生成される。ベンジルカチオンは、前述のベンゼン類等によって求核攻撃を受ける。逆にいえばベンジルカチオンはベンゼン類等を求電子攻撃する。もし、三酸化モリブデンが、ブレンステッド酸のようにプロトン供与能力が高ければ、ベンジルアルコールにプロトンを供与して、ジベンジルエーテルが生成すると考えられるが、本発明では、ジベンジルエーテルは生成しない。このことからも三酸化モリブデンがルイス酸的な役割を果たし、これによりベンジルカチオンを生成していると推察される。
【0032】
前記ルイス酸部位は、三酸化モリブデンの表面で生じやすい。そのため三酸化モリブデンは表面積が大きいことが好ましく、すなわち粒径が小さいことが好ましい。また、前記ルイス酸部位は、層状構造である三酸化モリブデンのミラー指数による010面において最も発生しやすいと考えられる。このため、三酸化モリブデンは板状であることが好ましい。以上から、本発明の三酸化モリブデンは、板状であって、板状粒子の平均サイズが、縦0.5〜2μm、横1〜3μm、厚さ30〜200nmであることが好ましい。板状粒子のサイズは、電界放射型走査電子顕微鏡などを用いて、得られた像から測定することが好ましい。
【0033】
さらに本発明の三酸化モリブデンは、全表面積に占める板状面の面積の割合(「R値」ともいう)が60〜95%であることが好ましい。R値は電界放射型走査電子顕微鏡の像から画像解析によって求めることができる。R値が前記範囲であると、上述したルイス酸部位が生じやすいからである。板状面とは、ミラー指数における010面のことである。
【0034】
また、本発明の三酸化モリブデンは、板状面の面積(「A値」ともいう)が、5〜20m/gであることがより好ましい。A値は電界放射型走査電子顕微鏡の像から画像解析によって求めることができる。A値が前記範囲であると、上述したルイス酸部位が生じやすいからである。
【0035】
本発明の三酸化モリブデンは、市販のものを準備してそれを所望の形状に粉砕するなどして得てもよいが、次に示すように、化学式(NHMo24・4HOで表されるアンモニウムヘプタモリブデート・4水和物(以下「AHM」ともいう)を焼成して合成することが好ましい。
【0036】
まず、本発明の三酸化モリブデンは、AHMを空気雰囲気あるいは窒素雰囲気で焼成して得てよい。具体的には、AHMをるつぼに入れ400℃一定時間で加熱することにより焼成を行うことができる。400℃で保持する時間は1〜5時間であることが好ましく、2時間程度とすることがより好ましい。また、400℃に加熱する際の昇温速度は10℃/分程度であることが好ましい。
【0037】
焼成する際の雰囲気を、空気雰囲気として得た三酸化モリブデンを「MCA」、窒素雰囲気として得た三酸化モリブデンを「MCN」という。本発明の三酸化モリブデンとしては、MCNであることが好ましい。既に述べたR値、A値をMCAよりも大きくでき、優れた触媒活性を示すからである。
【0038】
本発明の三酸化モリブデンは、アンモニウムヘプタモリブデート・4水和物(AHM)を、水洗または溶媒で洗浄して、塩や有機物等の不純物を除去してから、焼成して得てもよい。このようにAHMから溶媒等で不純物を抽出して三酸化モリブデンを得る方法を、「溶媒抽出法」と呼ぶことがある。焼成は空気雰囲気で行うことが好ましい。溶媒で不純物を抽出した後のAHMを、空気雰囲気で焼成して得た三酸化モリブデンを「MSEA」という。
また、溶媒で不純物を抽出した後のAHMを、窒素雰囲気において焼成すると、三酸化モリブデンではなく、Mo11が得られるので好ましくない。このメカニズムは明らかではないが、次のように推察される。
【0039】
不純物が除去されたAHMは、何らかの理由で焼成される際にAHMから酸素原子が脱離しやすい。そのため生成される三酸化モリブデンの価数は、本来6価になるべきところ、6価よりも低下してしまう傾向がある。しかし、空気雰囲気において焼成すると、雰囲気には酸素が豊富に存在するため、脱離した酸素原子が雰囲気から供給されるため、モリブデンの価数は変わらない。一方で、窒素雰囲気において焼成すると、酸素供給源がないために、酸素がAHMから脱離しやすく、モリブデンの価数は低下してしまう。その結果、Mo11を主成分とする化合物が得られる。当該化合物は三酸化モリブデンのような層状構造を有さないため、本発明において触媒として機能しないと考えられる。
【0040】
溶媒抽出法は、以下のようにして行うことが好ましい。
1)純水を入れたビーカーを準備し、その中にAHMを挿入し、攪拌する。
2)続いて、当該ビーカーに有機溶媒を挿入し、攪拌する。
3)ろ過して、不純物が除去されたAHMを得る。
4)AHMを既に述べた方法で焼成する。
前記1)工程で用いられる純水の量は、特に限定されないが、AHM1質量部に対し、50〜100質量部であることが好ましい。前記2)工程で用いられる有機溶媒の種類は特に限定されないが、好ましい溶媒の例にはアセトン、ペンタンが含まれる。有機溶媒の量は、AHM1質量部に対し、50〜200質量部であることが好ましい。
【0041】
本発明の三酸化モリブデンは、MSEAであることが特に好ましい。MSEAは、前述のMCNおよびMCNよりも高いR値、A値を有し、本発明の触媒として優れた性能を有するからである。
MSEAが、MCNおよびMCNよりも高いR値、A値を有するのは、不純物が除去された状態で焼成させられるため、得られる焼成物は純度の高い三酸化モリブデンとなるからであると推察される。三酸化モリブデンは、本来層状構造であるため、高いR値、A値を有するからである。
【0042】
このようにして得られた三酸化モリブデンは、必要に応じてアルコキシシラン等で処理してもよい。アルコキシシランによる処理は公知の方法で行ってよい。その方法の例には、アルコキシシランを含むトルエン溶液に、MCN等を浸漬して、トルエン還流下でしばらく反応させて得ることができる。アルコキシシランで処理された三酸化モリブデンは、本発明の反応に用いた際に、溶媒や原料等との親和性が向上することにより、反応性を高められる効果が期待できる。
【0043】
三酸化モリブデンの使用量は、反応が十分進行する量であれば特に限定されないが、ベンジルアルコール類1mLに対して、1〜1.5g程度であることが好ましい。
本発明に用いる三酸化モリブデンは、不均一触媒であるので、反応後、濾過等により容易に回収できる。さらに三酸化モリブデンは再利用も可能であり、環境負荷が小さいという利点を有する。
【0044】
(4)溶媒
本発明は、ベンジルアルコール類が液体であるため、溶媒を用いずに反応を行ってもよいが、溶媒を用いてもよい。溶媒は公知のものを用いてよいが、好ましい溶媒の例には、1,4−ジオキサン、ニトロメタンが含まれる。
【0045】
(5)反応条件
本発明の反応は、任意の条件で行ってよいが、以下好ましい反応方法について述べる。
原料であるベンジルアルコール類、ベンゼン類等、三酸化モリブデン、および必要に応じて溶媒をガラス容器に装入する。ガラス容器はアルゴンガス雰囲気下でシールされるようにして、オイルバス等で加熱する。その際マグネチックスターラー等を用いて系内を攪拌することが好ましい。
反応温度はベンゼン類または溶媒が還流する条件とすることが好ましい。反応時間は反応の進行度により適宜調整される。反応終了後、濾過により三酸化モリブデンは分離される。濾液に残った目的化合物は定法により単離される。
【0046】
2.環式有機化合物の製造方法
本発明の一般式(E)で表される環式有機化合物の製造方法は、
(D)一般式(D1)で表されるアルコールを、結晶性の三酸化モリブデンの存在下で分子内脱水反応させることを特徴とする。
一般式(E)で表される環式有機化合物とは、二つのベンゼン環がアルキル鎖で結合された構造を有する。
【0047】
【化9】

式(E)中、Rは5〜8位の置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である。
pは前記Rの数であり、0〜4の整数である。pが2〜4である場合、それぞれのRは異なっていてもよい。
は1〜4位の置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である。
qは前記Rの数であり、0〜4の整数である。qが2〜4である場合、それぞれのRは異なっていてもよい。
nは1または2である。
【0048】
一般式(E)で表される化合物の例には、9,10−ジヒドロアトラセンや10,11−ジヒドロ−5H−ジベンゾ[a,d]シクロヘプテンが含まれる。
【0049】
(1) (D)成分について
本発明においては原料として(D)成分である、一般式(D1)で表されるアルコールを用いる。一般式(D1)で表されるアルコールは、メタノールの一つの水素がフェニル基で置換されたアルコールである。ただし当該フェニル基の2位には、フェニルアルキル基が結合している。
一般式(D1)で表されるアルコールを、以下「特定アルコール」と呼ぶことがある。
【0050】
【化10】

式(D1)中、数字は位置番号を示す。Rはフェニルアルキル基上の置換基であり、2’位以外、すなわち3’〜6’位の置換基である。2’位は、分子内脱水反応に必要であるため、置換されていない。Rは炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である。Rが3’位に結合していると立体障害により分子内脱水反応が進みにくくなるおそれがあるため、Rは3’位に結合していないことが好ましい。pは前記Rの数であり、0〜4の整数である。pが2〜4である場合、それぞれのRは異なっていてもよい。
は3〜6位の置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である。qは前記Rの数であり、0〜4の整数である。qが2〜4である場合、それぞれのRは異なっていてもよい。nは1または2である。
【0051】
特定アルコールの好ましい化合物の例には、(2−ベンジルフェニル)メタノールや(2−フェニルエチルフェニル)メタノールが含まれる。
【0052】
(2)三酸化モリブデンについて
三酸化モリブデンは、ジアリールメタン化合物の製造方法で述べたものと同じものを用いてよい。ただし、三酸化モリブデンの使用量は特定アルコール1molに対して5〜8g程度であることが好ましい。
【0053】
(3)溶媒について
特定アルコールは室温では固体であるため、溶媒を用いることが好ましい。溶媒は、ジアリールメタン化合物の製造方法で述べたものと同じものを用いることが好ましい。溶媒の量は特に限定されないが、特定アルコール1molに対して0.1〜0.3L程度であることが好ましい。
【0054】
(4)反応条件について
反応条件は、ジアリールメタン化合物の製造方法で述べたとおりにすることが好ましい。
【実施例】
【0055】
実施例においては、総て和光純薬株式会社製の試薬を用いた。
[合成例1:MCAの合成]
化学式(NHMo24・4HOで表されるアンモニウムヘプタモリブデート・4水和物(AHM)15gをるつぼに装入した。当該るつぼをオーブンに入れ、50mL/分の空気気流下で400℃まで10℃/分の昇温速度で加熱し、400℃で2時間保持して焼成を行った。次に、当該るつぼをオーブン中で放冷して50℃以下に冷却した。このようにして得られたMCAは、密閉容器に保存された。
【0056】
このようにして得たMCAを、リガク株式会社製、RINT Ultima+を用いてX線回折分析を行い、三酸化モリブデンであることを確認した。
電界放射型走査電子顕微鏡を用いて観察されたMCA粒子の板状粒子の平均サイズは、縦1μm、横1.5μm、厚さ60〜100nmであった。
MCAの電界放射型走査電子顕微鏡(日本電子株式会社製、JSM−7400F)を用いてR値およびA値を、クワントクロームインスツルメンツ社製6AGを用いて、BET法による表面積を測定した。それぞれの値を表1に示した。
【0057】
[合成例2:MCNの合成]
オーブンに50mL/分の窒素ガスを吹き込んで焼成した以外は合成例1と同様にしてMCNを得た。このようにして得たMCNをMCAと同様にしてX線回折により分析したところ、三酸化モリブデンであることが確認された。
電界放射型走査電子顕微鏡を用いて観察されたMCN粒子の板状粒子の平均サイズは、縦1μm、横1.5μm、厚さ40〜80nmであった。
MCNのR値、A値および表面積は、MCAと同様に測定された。それぞれの値を表1に示した。
【0058】
[合成例3:MSEAの合成]
2Lのビーカーに500mLの水と7.5gのAHMを装入し、室温で4.5分間攪拌した。続いて当該ビーカーに1Lのアセトンを加え、7分間攪拌した。その後、ろ過してAHMを分離した。AHMを100mLのアセトンで二回洗浄し、続いて20mLのペンタンで2回洗浄した。その後AHMを80℃で14時間乾燥して、不純物が溶媒抽出されたAHMを得た。
続いて、AHMを合成例1と同様にして空気気流下で焼成し、MSEAを得た。このようにして得たMSEAを、MCAと同様にしてX線回折により分析したところ、三酸化モリブデンであることが確認された。
電界放射型走査電子顕微鏡を用いて観察されたMSEA粒子の板状粒子の平均サイズは、縦1μm、横2μm、厚さ30〜60nmであった。
MSEAのR値、A値および表面積は、MCAと同様に測定された。それぞれの値を表1に示した。
【0059】
[合成例4:MSENの合成]
合成例3と同様にして不純物が溶媒抽出されたAHMを得た。当該AHMを窒素気流下で焼成し、MSCNを得た。このようにして得たMSENをMCAと同様に、X線回折により分析したところ、三酸化モリブデンはなく、Mo11であることが確認された。
【0060】
[合成例5:シリル化MCA−1の合成]
冷却管を備えた100mLフラスコを準備し、1.0gのMCAを装入した。フラスコ内をアルゴンガスでパージした。
0.5mLのメトキシトリメチルシランを、NaHを用いて乾燥させたトルエン25mLに溶解させ、メトキシトリメチルシランのトルエン溶液を調整した。当該トルエン溶液を前記フラスコに装入し、フラスコをオイルバスで加熱して24時間トルエン還流下でメトキシトリメチルシランとMCAを反応させた。反応はアルゴンガス気流下で行った。
続いて、MCAを濾過して、200mLのトルエンで洗浄し、10mLのアセトニトリルで3回洗浄し、さらには10mLのペンタンで3回洗浄した。
こうして得られたシリル化MCAをアルゴンガス気流下で120℃で14時間乾燥した。
【0061】
[合成例6:シリル化MCA−2の合成]
メトキシトリメチルシランの代わりにエトキシトリメチルシランを用いた以外は合成例5と同様にして、シリル化MCA−2を合成した。
【0062】
[実施例1:MSEAを用いたジアリールメタン化合物の製造]
冷却管を備えた50mLの3つ口フラスコを準備した。当該フラスコに0.3gのMSEAと、マグネチックスターラーを装入した。20mL/分のアルゴンガスでフラスコをパージした後シールし、オイルバスで加熱し120℃で20分間保持した。
【0063】
当該フラスコをオイルバスから出し、室温まで空冷した。この状態で、フラスコ内に、0.24mLのベンジルアルコール、15mLのトルエン、内部標準として0.1mLのヘキサデカンを装入した。フラスコ内に10mL/分のアルゴンガスを3分間導入した後、5mL/分のアルゴンガスをフラスコ内に導入するようにした。
当該フラスコを116℃のオイルバスで加熱し、トルエン還流下で、トルエンとベンジルアルコールを反応させた。5分おきに反応液を0.1mL採取して分析を行い、反応を追跡した。採取された反応液は0.2μmのメンブランフィルターでろ過し、ろ液をGC/Mass(アネルバ社製、M−100QA)で分析した。
【0064】
前記ろ液の残分は、H−NMRにより分析された。H−NMRは日本電子株式会社製、ECX−600、ECX−400により、d−DMSOを用いて23℃で行った。
【0065】
このようにして反応を10分間行い、式(C2)で表されるジアリールメタン化合物を単離した。本反応におけるベンジルアルコールの転化率は100%であり、収率は95%であった。本反応では式(C2)において、メチレン基の結合部位が、メチル基に対してオルト、メタ、パラ位である異性体が得られる。よって収率は異性体の合計質量を理論収量で除した値とした。
本例におけるジアリールメタン化合物の異性体の比率は、表1に示すとおり、オルト体/メタ体/パラ体=44/10/46であり、オルト体、パラ体が選択的に得られることが明らかとなった。
本例で用いたMSEAはR値が90%、A値が9m/g、BET法による表面積は10m/gであった。
【0066】
【化11】

【0067】
[実施例2:MCNを用いたジアリールメタン化合物の製造]
三酸化モリブデンとしてMSEAの代わりにMCNを用いる以外は、実施例1と同様にしてジアリールメタン化合物を製造した。本反応におけるベンジルアルコールの転化率は100%であり、収率は95%であった。得られたジアリールメタン化合物の異性体の比率は、表1に示すとおり、オルト体/メタ体/パラ体=45/9/46であり、オルト体、パラ体が選択的に得られた。
本例で用いたMCNはR値が86%、A値が9m/g、BET法による表面積は11m/gであった。
【0068】
[実施例3:MCAを用いたジアリールメタン化合物の製造]
三酸化モリブデンとしてMSEAの代わりにMCAを用い、反応時間を10分から20分に変更した以外は、実施例1と同様にしてジアリールメタン化合物を製造した。本反応におけるベンジルアルコールの転化率は100%であり、収率は95%であった。得られたジアリールメタン化合物の異性体の比率は、表1に示すとおり、オルト体/メタ体/パラ体=44/9/47であり、オルト体、パラ体が選択的に得られた。
本例で用いたMCAはR値が50%、A値が3m/g、BET法による表面積は6m/gであった。
【0069】
[実施例4:市販品の三酸化モリブデンを用いたジアリールメタン化合物の製造]
三酸化モリブデンとしてMSEAの代わりに市販の三酸化モリブデンを用い、反応時間を10分から30分に変更した以外は、実施例1と同様にしてジアリールメタン化合物を製造した。本反応におけるベンジルアルコールの転化率は54%であった。得られたジアリールメタン化合物の異性体の比率は、表1に示すとおり、オルト体/メタ体/パラ体=44/9/47であり、オルト体、パラ体が選択的に得られた。
本例で用いた市販の三酸化モリブデンはR値が45%、A値が1m/g、BET法による表面積は2m/gであった。
【0070】
[比較例1:二酸化モリブデンを用いたジアリールメタン化合物の製造]
三酸化モリブデンとしてMSEAの代わりに市販の二酸化モリブデンを用い、反応時間を10分から260分に変更した以外は、実施例1と同様にしてジアリールメタン化合物を製造した。しかしながら本反応におけるベンジルアルコールの転化率は11%であり、反応が十分進行しないことが明らかとなった。得られたジアリールメタン化合物の異性体の比率は、表2に示すとおり、オルト体/メタ体/パラ体=48/6/46であり、オルト体、パラ体が選択的に得られた。
本例で用いた市販の二酸化モリブデンは、BET法による表面積は1m/gであった。
【0071】
[比較例2:MSENを用いたジアリールメタン化合物の製造]
三酸化モリブデンとしてMSEAの代わりにMSENを用い、反応時間を10分から20分に変更した以外は、実施例1と同様にしてジアリールメタン化合物の合成を試みた。しかし本反応におけるベンジルアルコールの転化率は0%であり、ジアリールメタン化合物は得られなかった。
【0072】
【表1】

【0073】
【表2】

【0074】
[実施例5:ベンゼンを用いたジアリールメタン化合物の製造]
トルエンの代わりにベンゼンを用い、オイルバス温度を116℃から85℃に、反応時間を20分から90分に変更した以外は、実施例3と同様にしてジアリールメタン化合物を合成した。本反応におけるベンジルアルコールの転化率は100%であり、収率は94%であった。
【0075】
[実施例6:アニソールを用いたジアリールメタン化合物の製造]
トルエンの代わりにアニソールを用いた以外は、実施例3と同様にしてジアリールメタン化合物を合成した。本反応におけるベンジルアルコールの転化率は100%であり、収率は94%であった。ジアリールメタン化合物として、表3に示すとおり、メトキシ基に対してオルト位、パラ位にメチレン基が結合している異性体が得られたが、メタ位にメチレン基が結合した異性体は得られなかった。アニソールの求電子置換反応における強いオルト、パラ配向性のため、極めて高い反応選択性が示された。
【0076】
[実施例7:p−キシレンを用いたジアリールメタン化合物の製造]
トルエンの代わりにp−キシレンを用い、オイルバス温度を116℃から144℃に、反応時間を20分から10分に変更した以外は、実施例3と同様にしてジアリールメタン化合物を合成した。本反応におけるベンジルアルコールの転化率は100%であり、収率は93%であった。
【0077】
[実施例8:エチルベンゼンを用いたジアリールメタン化合物の製造]
トルエンの代わりにエチルベンゼンを用い、オイルバス温度を116℃から144℃に、反応時間を20分から5分に変更した以外は、実施例3と同様にしてジアリールメタン化合物を合成した。本反応におけるベンジルアルコールの転化率は100%であり、収率は93%であった。ジアリールメタン化合物として、表3に示すとおり、エチル基に対してオルト、メタ、パラ位にメチレン基が結合する異性体が得られた。その比率は、オルト体/メタ体/パラ体=42/12/46であり、オルト体、パラ体が選択的に得られた。
【0078】
[実施例9:メシチレンを用いたジアリールメタン化合物の製造]
トルエンの代わりにメシチレンを用い、オイルバス温度を116℃から146℃に、反応時間を20分から5分に変更した以外は、実施例3と同様にしてジアリールメタン化合物を合成した。本反応におけるベンジルアルコールの転化率は100%であり、収率は95%であった。
【0079】
[実施例10:ナフタレンを用いたジアリールメタン化合物の製造]
ナフタレン0.78mmol、ベンジルアルコール26μmol、内部標準であるヘキサデカンを30μL、MCAを30mg、溶媒として1,4−ジオキサン2mLを用い、実施例3と同様にして、ジアリールメタン化合物を製造した。反応におけるオイルバス温度は106℃とし、反応時間は120分とした。本反応におけるベンジルアルコールの転化率は95%であった。
ジアリールメタン化合物として、表3に示すとおり、メチレン基の結合部位が、ナフタレンの1位、2位である異性体が得られた。その比率は、1位体/2位体=74/26であり、1位体が選択的に得られた。ナフタレンの反応性が影響していると推察された。
【0080】
実施例5〜10の結果を表3に示す。
【表3】

【0081】
[実施例11:環式有機化合物の製造]
(2−ベンジルフェニル)メタノール15mmol、溶媒として1,4−ジオキサン3.0mL、三酸化モリブデンとしてMCA0.1gを用いて、実施例1と同様にして、分子内脱水反応を行い、環式有機化合物である9,10−ジヒドロアントラセンを製造した。オイルバスの温度は106℃とし、反応時間は4時間とした。
本反応における(2−ベンジルフェニル)メタノールの転化率は97%であった。
【0082】
[実施例12:環式有機化合物の製造]
(2−ベンジルフェニル)メタノールの代わりに、(2−フェニルエチルフェニル)メタノールを用いる以外は、実施例10と同様にして、環式有機化合物である10,11−ジヒドロ−5H−ジベンゾ[a,d]シクロヘプテンを製造した。オイルバスの温度は106℃とし、反応時間は4時間とした。
本反応における(2−ベンジルフェニル)メタノールの転化率は42%であった。転化率が実施例11に比べて低かったのは、シクロペンタン環は、シクロヘキサン環に比べてひずみエネルギーが高く、不安定な化合物であるためと推察された。
【0083】
実施例11および12の結果を表4に示した。
【表4】

【0084】
[実施例13:三酸化モリブデンのリサイクル性]
実施例1と同様にして、ジアリールメタン化合物を製造した(1回目の反応)。反応後の混合物を、0.2μmのメンブランフィルター(東洋ろ紙株式会社製)でろ過し、MSEAをろ別した。ろ別されたMSEAを3mLのトルエンで五回洗浄した。
新たなベンジルアルコールとトルエンを用意し、前記MSEAを用い、実施例1と同様にしてジアリールメタン化合物の製造を行った(2回目の反応)。反応終了後、MSEAを前述した方法でろ別し、洗浄した。
同一のMSEAを用いて、同様の反応を繰り返し、7回目の反応を行った。その結果、7回目の反応においても、実施例1と同様の転化率、収率、選択率でジアリールメタン化合物が得られた。このことから、本発明のMSEAはリサイクル性に優れていることが明らかとなった。
【0085】
[実施例14:シリル化MCA−1を用いたジアリールメタン化合物の製造]
MCAの代わりにシリル化MCA−1を用いた以外は、実施例3と同様にして、ジアリールメタン化合物を製造した。その結果、実施例3と同様の転化率、収率、選択率でジアリールメタン化合物が得られた。
【0086】
[実施例15:シリル化MCA−2を用いたジアリールメタン化合物の製造]
MCAの代わりにシリル化MCA−2を用いた以外は、実施例3と同様にして、ジアリールメタン化合物を製造した。その結果、実施例3と同様の転化率、収率、選択率でジアリールメタン化合物が得られた。
【0087】
シリル化MCAは、三酸化モリブデン表面に存在する水酸基が、アルコキシルシランと反応させられているため、三酸化モリブデン表面には水酸基はほとんど存在しない。しかしながら実施例13、14の結果は、MCAを用いた実施例3の結果とほぼ同等であった。このことから本発明の反応には、三酸化モリブデンの表面に存在する水酸基は関与していないことが推察された。
【0088】
[比較例3]
ベンジルアルコールと同じモル数のピリジンを加えた以外は、実施例1と同様にして、ジアリールメタン化合物の製造を試みた。しかしながら、ジアリールメタン化合物は得られなかった。この結果から、ピリジンのようなルイス塩基が存在すると反応が阻害されることが明らかである。三酸化モリブデンのルイス酸部位とピリジンが反応することにより、三酸化モリブデンのルイス酸部位が不活性化されることが原因と推察された。すなわち、本発明の反応には三酸化モリブデンのルイス酸部位が大きく関与していることが推察された。
【産業上の利用可能性】
【0089】
本反応により、穏和な条件において収率よくジアリールメタン化合物または環式有機化合物が得られる。本発明は、医薬品や化成品の原料であるジアリールメタン化合物または環式有機化合物の製造方法として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)一般式(A1)または(A2)で表される芳香族化合物と、
(B)置換基を有していてもよいベンジルアルコール、または置換基を有していてもよいナフタレンメタノールを、
結晶性の三酸化モリブデンの存在下で脱水反応させる、ジアリールメタン化合物の製造方法。
【化1】

[式(A1)中、Rは置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である;
xは前記Rの数であり、0〜5の整数である;
xが2〜5である場合、それぞれのRは異なっていてもよい]
【化2】

[式(A2)中、Rはナフタレン環の1〜8位の置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である;
yは前記Rの数であり、0〜7の整数である;
yが2〜7である場合、それぞれのRは異なっていてもよい]
【請求項2】
(D)一般式(D1)で表されるアルコールを、結晶性の三酸化モリブデンの存在下で分子内脱水反応させる、一般式(E)で表される環式有機化合物の製造方法。
【化3】

[式(D1)中、数字は位置番号である;
は3’〜6’位の置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である;
pは前記Rの数であり、0〜4の整数である;pが2〜4である場合、それぞれのRは異なっていてもよい;
は3〜6位の置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である;
qは前記Rの数であり、0〜4の整数である;qが2〜4である場合、それぞれのRは異なっていてもよい;
nは1または2である]
【化4】

[式(E)中、数字は位置番号である;
は5〜8位の置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である;
pは前記Rの数であり、0〜4の整数である;pが2〜4である場合、それぞれのRは異なっていてもよい;
は1〜4位の置換基であり、炭素数が1〜4のアルキル基、または炭素数が1〜4のアルコキシル基である;
qは前記Rの数であり、0〜4の整数である;qが2〜4である場合、それぞれのRは異なっていてもよい;
nは1または2である]
【請求項3】
前記結晶性の三酸化モリブデンは、板状であり、電界放射型走査電子顕微鏡を用いて測定された板状粒子の平均サイズが、縦0.5〜2μm、横1〜3μm、厚さ30〜200nmである、請求項1または2記載の製造方法。
【請求項4】
前記結晶性の三酸化モリブデンの全表面積中に占める板状面の面積の割合が、60〜95%である、請求項3記載の製造方法。
【請求項5】
前記結晶性の三酸化モリブデンの板状面の面積が、5〜20m/gである、請求項3記載の製造方法。

【公開番号】特開2009−67753(P2009−67753A)
【公開日】平成21年4月2日(2009.4.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−240243(P2007−240243)
【出願日】平成19年9月14日(2007.9.14)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】