説明

ジクアホソル含有点眼液およびその製造方法、不溶性析出物発生の抑制方法

【課題】安定した物理化学的性質を有するジクアホソル点眼液およびその製造方法を探索すること。
【解決手段】キレート剤を含有するジクアホソル点眼液では、ジクアホソル点眼液で認められる保存中の不溶性析出物の発生、および製造過程(ろ過滅菌過程)におけるろ過性の低下が抑制された。また、キレート剤を含有するジクアホソル点眼液では、保存効力の増強も確認された。したがって、本発明は、製造および流通過程ならびに患者による保存過程においても安定した物理化学的性質を有し、特に製造過程では効率的なろ過滅菌が可能な上、優れた保存効力をも有するジクアホソル点眼液を提供する。また本発明は、ジクアホソルまたはその塩を含有する水性点眼液に、キレート剤を加えることによる、該水性点眼液から不溶性析出物の発生を抑制する方法についても提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、0.1〜10%(w/v)の濃度のジクアホソルまたはその塩を含有する水性点眼液(以下、単に「ジクアホソル点眼液」ともいう)であって、該点眼液がキレート剤を含有することにより不溶性析出物の発生が抑制された点眼液、およびその製造方法に関する。また、本発明は、ジクアホソルまたはその塩を含有する水性点眼液に、キレート剤を加えることによる、該水性点眼液から不溶性析出物の発生を抑制する方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
ジクアホソルはP,P−ジ(ウリジン−5’)四リン酸またはUpUとも呼ばれるプリン受容体アゴニストであり、特許第3652707号公報(特許文献1)に開示されているように、涙液分泌促進作用を有することが知られている。また、Cornea, 23(8), 784−792(2004)(非特許文献1)には、ジクアホソル四ナトリウム塩を含有する点眼液を点眼投与することにより、ドライアイ患者の角膜上皮障害が改善したことが記載されている。したがって、ジクアホソル点眼液は新たなドライアイ治療剤となることが期待されている。
【0003】
一方、点眼液については、製造および流通過程、ならびに患者による保存過程においても安定した物理化学的性質を有する必要がある。特に、流通過程や患者による保存時に析出物が生じるような点眼液は、事後的に析出物を取り除くことができないので、点眼液としては好ましくない。また、製造過程において析出物が生じる場合、点眼液をろ過滅菌する過程で析出物を取り除くことは可能ではあるが、ろ過中にろ過フィルターが目詰まりを起こすためにろ過滅菌の効率が悪くなり、製造コストが嵩むという問題が生じる。
【0004】
点眼液中の析出物の発生を抑制する方法として、特開2007−182438号公報(特許文献2)において、点眼液中にグリセリンを添加する方法などが開示されているが、同文献にも記載されているように、析出物の性質や状態は有効成分や添加物の種類によってそれぞれ異なるものであり、当然に、析出物の発生を抑制する方法も点眼液ごとに異なる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3652707号公報
【特許文献2】特開2007−182438号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Cornea, 23(8), 784−792(2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上のように、安定した物理化学的性質を有するジクアホソル点眼液およびその製造方法を探索することは興味深い課題である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者等は、鋭意研究の結果、ジクアホソル点眼液の保存中に経時的に不溶性析出物が生じ、さらに、キレート剤を添加することで、該不溶性析出物の発生を抑制しうることを見出し、本発明に至った。また、本発明者等は、ジクアホソル点眼液にキレート剤であるエデト酸塩を添加することで、その保存効力を向上せしめることをも見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、0.1〜10%(w/v)の濃度のジクアホソルまたはその塩を含有する水性点眼液であって、該点眼液にキレート剤を添加することにより、不溶性析出物の発生が抑制された点眼液(以下、単に「本点眼液」ともいう)、である。
【0010】
本点眼液におけるキレート剤は、エデト酸、クエン酸、メタリン酸、ピロリン酸、ポリリン酸、リンゴ酸、酒石酸、フィチン酸およびそれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましく、エデト酸、クエン酸、メタリン酸、ポリリン酸およびそれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種であることがさらに好ましく、エデト酸の塩であることが特に好ましい。
【0011】
また、本点眼液は、点眼液中の該キレート剤の濃度が0.001〜0.1%(w/v)であることが好ましい。
【0012】
また、本点眼液において、ジクアホソルまたはその塩の濃度は1〜5%(w/v)であることが好ましく、3%(w/v)であることが特に好ましい。
【0013】
本点眼液はまた、キレート剤がエデト酸の塩であり、点眼液中の該キレート剤の濃度が0.001〜0.1%(w/v)であり、点眼液中のジクアホソルまたはその塩の濃度が3%(w/v)であることが好ましい。
【0014】
また本点眼液は、さらに、防腐剤を含有することが好ましい。
また、本発明は、0.1〜10%(w/v)の濃度のジクアホソルまたはその塩を含有する水性点眼液の製造方法であって、ジクアホソルまたはその塩およびキレート剤を混合して不溶性析出物の発生が抑制された水溶液を得るステップを含む製造方法(以下、単に「本製造方法」ともいう)についても提供する。
【0015】
また、本製造方法は、得られた水溶液をポアサイズ0.1〜0.5μmのろ過滅菌フィルターでろ過するステップを含むことが好ましい。
【0016】
本発明はさらに、0.1〜10%(w/v)の濃度のジクアホソルまたはその塩を含有する水性点眼液に、キレート剤を加えることによる、該水性点眼液から不溶性析出物の発生を抑制する方法についても提供する。
【発明の効果】
【0017】
後述する保存安定性試験およびろ過性能試験の結果から明らかなように、キレート剤を含有するジクアホソル点眼液では、ジクアホソル点眼液で認められる保存中の不溶性析出物の発生、および製造過程(ろ過滅菌過程)におけるろ過性の低下が抑制された。また、後述する保存効力試験の結果で示されるように、キレート剤を含有するジクアホソル点眼液では、保存効力の増強も確認された。したがって、本発明のジクアホソル点眼液は、製造および流通過程ならびに患者による保存過程においても安定した物理化学的性質を有し、特に製造過程では効率的なろ過滅菌が可能な上、優れた保存効力をも有する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】エデト酸塩含有処方、エデト酸塩非含有処方それぞれのジクアホソル点眼液でのろ過性能試験の結果を示すグラフであり、縦軸はろ過量(g)、横軸は時間(分)である。
【図2】キレート剤非含有処方、またはエデト酸塩、クエン酸、メタリン酸塩もしくはポリリン酸塩含有処方のそれぞれのジクアホソル点眼液でのろ過性能試験の結果を示すグラフであり、縦軸は有効ろ過面積あたりのろ過量(g/cm)、横軸は時間(分)である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
ジクアホソルは、下記構造式で示される化合物である。
【0020】
【化1】

【0021】
「ジクアホソルの塩」としては、医薬として許容される塩であれば特に制限はなく、リチウム、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、亜鉛などとの金属塩;塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硝酸、硫酸、リン酸などの無機酸との塩;酢酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、クエン酸、酒石酸、アジピン酸、グルコン酸、グルコヘプト酸、グルクロン酸、テレフタル酸、メタンスルホン酸、乳酸、馬尿酸、1,2−エタンジスルホン酸、イセチオン酸、ラクトビオン酸、オレイン酸、パモ酸、ポリガラクツロン酸、ステアリン酸、タンニン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p−トルエンスルホン酸、硫酸ラウリルエステル、硫酸メチル、ナフタレンスルホン酸、スルホサリチル酸などの有機酸との塩;臭化メチル、ヨウ化メチルなどとの四級アンモニウム塩;臭素イオン、塩素イオン、ヨウ素イオンなどのハロゲンイオンとの塩;アンモニアとの塩;トリエチレンジアミン、2−アミノエタノール、2,2−イミノビス(エタノール)、1−デオキシ−1−(メチルアミノ)−2−D−ソルビトール、2−アミノ−2−(ヒドロキシメチル)−1,3−プロパンジオール、プロカイン、N,N−ビス(フェニルメチル)−1,2−エタンジアミンなどの有機アミンとの塩などが挙げられる。
【0022】
本発明において、「ジクアホソルまたはその塩」には、ジクアホソル(フリー体)またはその塩の水和物および有機溶媒和物も含まれる。
【0023】
ジクアホソルまたはその塩に、結晶多形および結晶多形群(結晶多形システム)が存在する場合には、それらの結晶多形体および結晶多形群(結晶多形システム)も本発明の範囲に含まれる。ここで、結晶多形群(結晶多形システム)とは、それらの結晶の製造、晶出、保存などの条件および状態により、結晶形が変化する場合の各段階における個々の結晶形およびその過程全体を意味する。
【0024】
本発明の「ジクアホソルまたはその塩」として好ましいのはジクアホソルのナトリウム塩であり、下記構造式で示されるジクアホソル四ナトリウム塩(以下、単に「ジクアホソルナトリウム」ともいう)が特に好ましい。
【0025】
【化2】

【0026】
ジクアホソルまたはその塩については、特表2001−510484号公報に開示された方法などにより製造することができる。
【0027】
本点眼液はジクアホソルまたはその塩以外の有効成分を含有することもできるが、好ましくは、ジクアホソルまたはその塩を唯一の有効成分として含有する。
【0028】
本点眼液中のジクアホソルまたはその塩の濃度は0.1〜10%(w/v)であるが、1〜5%(w/v)であることが好ましく、3%(w/v)であることが特に好ましい。
【0029】
本製造方法におけるジクアホソルまたはその塩の使用量は、本方法によって得られる水性点眼液中のジクアホソルまたはその塩の最終濃度が0.1〜10%(w/v)となる量であるが、該濃度が1〜5%(w/v)となる量であることが好ましく、該濃度が3%(w/v)となる量であることが特に好ましい。
【0030】
本発明において、「水性点眼液」とは水を基剤とする点眼液を意味する。
本発明において、「キレート剤」とは、金属イオンをキレート化する化合物であれば特に制限はされないが、例えば、エデト酸(エチレンジアミン四酢酸)、エデト酸一ナトリウム、エデト酸二ナトリウム、エデト酸三ナトリウム、エデト酸四ナトリウム、エデト酸二カリウム、エデト酸三カリウム、エデト酸四カリウムなどのエデト酸またはその塩;クエン酸、クエン酸一ナトリウム、クエン酸二ナトリウム、クエン酸三ナトリウム、クエン酸一カリウム、クエン酸二カリウム、クエン酸三カリウムなどのクエン酸またはその塩;メタリン酸、メタリン酸ナトリウム、メタリン酸カリウムなどのメタリン酸またはその塩;ピロリン酸、ピロリン酸四ナトリウム、ピロリン酸四カリウムなどのピロリン酸またはその塩;ポリリン酸、ポリリン酸ナトリウム、ポリリン酸カリウムなどのポリリン酸またはその塩;リンゴ酸一ナトリウム、リンゴ酸二ナトリウム、リンゴ酸一カリウム、リンゴ酸二カリウムなどのリンゴ酸またはその塩;酒石酸ナトリウム、酒石酸カリウム、酒石酸カリウムナトリウムなどの酒石酸またはその塩;フィチン酸ナトリウム、フィチン酸カリウムなどのフィチン酸またはその塩、などを挙げることができる。なお、本発明において、「エデト酸、クエン酸、メタリン酸、ピロリン酸、ポリリン酸、リンゴ酸、酒石酸、フィチン酸、およびそれらの塩」には、それぞれのフリー体またはそれらの塩の水和物および有機溶媒和物も含まれるものとする。
【0031】
本発明において、好ましいキレート剤はエデト酸、エデト酸の塩(エデト酸塩)、クエン酸、クエン酸の塩(クエン酸塩)、メタリン酸、メタリン酸の塩(メタリン酸塩)、ポリリン酸、ポリリン酸の塩(ポリリン酸塩)であり、エデト酸のナトリウム塩(エデト酸二ナトリウム水和物などの水和物を含む)、クエン酸(クエン酸一水和物などの水和物を含む)、メタリン酸のナトリウム塩(メタリン酸ナトリウム)、ポリリン酸のナトリウム塩(ポリリン酸ナトリウム)が特に好ましい。
【0032】
本発明において、エデト酸塩としても最も好ましいのは、エデト酸二ナトリウム水和物(以下、単に「エデト酸ナトリウム水和物」ともいう)である。
【0033】
本点眼液が含有するキレート剤の濃度は、金属イオンをキレート化できる濃度であれば特に制限されないが、該キレート剤が「エデト酸、クエン酸、メタリン酸、ピロリン酸、ポリリン酸、酒石酸、フィチン酸、またはそれらの塩」の場合、0.0001〜1%(w/v)が好ましく、0.0005〜0.5%(w/v)がさらに好ましく、0.001〜0.1%(w/v)が特に好ましい。
【0034】
本製造方法におけるキレート剤の使用量は、金属イオンをキレート化できる量であれば特に制限されないが、該キレート剤が「エデト酸、クエン酸、メタリン酸、ピロリン酸、ポリリン酸、酒石酸、フィチン酸、またはそれらの塩」の場合、本方法によって得られる水性点眼液中の該キレート剤の最終濃度が0.0001〜1%(w/v)となる量であることが好ましく、該濃度が0.0005〜0.5%(w/v)となる量であることがさらに好ましく、該濃度が、0.001〜0.1%(w/v)となる量であることが特に好ましい。
【0035】
本点眼液はさらに防腐剤を含有することができる。なお、本発明における「防腐剤」としては、ベンザルコニウム塩化物、ベンゼトニウム塩化物、クロルヘキシジングルコン酸塩、パラベン、ソルビン酸、クロロブタノール、ホウ酸、亜塩素酸塩などを挙げることができるが、ベンザルコニウム塩化物が特に好ましい。
【0036】
本点眼液に添加されるベンザルコニウム塩化物としても最も好ましいのは、その一般式:[CCHN(CHR]Clにおいて、アルキル基Rの炭素数が12であるベンザルコニウム塩化物(以下、単に「BAK−C12」ともいう)である。
【0037】
また、本製造方法においては、ジクアホソルまたはその塩およびキレート剤を混合する際に、さらに前記防腐剤を加えることもできる。
【0038】
本点眼液がさらに防腐剤を含有する場合、該防腐剤濃度は、所定の保存効力を奏する濃度であれば特に制限されないが、該防腐剤がベンザルコニウム塩化物の場合、0.0001〜0.1%(w/v)が好ましく、0.0005〜0.05%(w/v)がさらに好ましく、0.001〜0.01%(w/v)が特に好ましい。
【0039】
本製造方法においてさらに防腐剤を使用する場合、該防腐剤の使用量は、所定の保存効力を奏する量であれば特に制限されないが、該防腐剤がベンザルコニウム塩化物の場合、本方法によって得られる水性点眼液中の該防腐剤の最終濃度が、0.0001〜0.1%(w/v)となる量であることが好ましく、該濃度が0.0005〜0.05%(w/v)となる量であることがさらに好ましく、該濃度が0.001〜0.01%(w/v)となる量であることが特に好ましい。
【0040】
本点眼液には、汎用されている技術を用い、必要に応じて製薬学的に許容される添加剤を添加することができ、例えば、リン酸ナトリウム、リン酸水素ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、酢酸ナトリウム、イプシロン−アミノカプロン酸などの緩衝化剤;塩化ナトリウム、塩化カリウム、濃グリセリンなどの等張化剤;ポリオキシエチレンソルビタンモノオレート、ステアリン酸ポリオキシル40、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油などの界面活性剤などを必要に応じて選択し、添加することができる。本点眼液のpHは眼科製剤に許容される範囲内にあればよいが、通常4〜8の範囲内が好ましい。
【0041】
また、本製造方法においては、ジクアホソルおよびキレート剤を混合する際に、さらに前記添加剤を加えることもできる。
【0042】
本点眼液はろ過滅菌またはその他の滅菌処理を行なうことができ、これらの滅菌された本点眼液も本発明の範囲に含まれる。
【0043】
本製造方法においては、ジクアホソルまたはその塩およびキレート剤を混合して得られた水溶液を、さらに滅菌処理することもできる。滅菌方法は、得られた水溶液を滅菌できる方法であれば特に限定されないが、好ましくはろ過滅菌である。
【0044】
本発明において「ろ過滅菌」とは、水溶液をろ過滅菌できる方法であれば特に限定されないが、好ましくは、ポアサイズ0.1〜0.5μmのろ過滅菌フィルターを用いてろ過することが好ましい。
【0045】
本発明において、「不溶性析出物」とは本点眼液の製造、流通および/または保存過程において生じる再溶解しない異物を意味する。なお、本発明における「不溶性析出物の発生」とは(a)点眼液中に目視可能な異物が生じること、および(b)点眼液中に目視可能な異物が生じないものの、ろ過滅菌中にろ過性の低下が生じることの両方またはいずれかを意味するものとする。
【0046】
本発明における「不溶性析出物の発生が抑制された」とは、キレート剤を添加しない場合と比較して、(a)点眼液の製造直後ないし保存中に認められる目視可能な点眼液中の異物の発生頻度および/または量が低減されていること(目視可能な異物が全く認められない場合も含む)、ならびに(b)ろ過滅菌中のろ過性の低下が抑制されていること(ろ過性の低下が全く生じない場合も含む)の両方またはいずれかを意味するものとする。
【0047】
本発明はさらに、ジクアホソルまたはその塩を含有する水性点眼液に、キレート剤を加えることによる、該水性点眼液から不溶性析出物の発生を抑制する方法についても提供する。本発明の不溶性析出物の発生の抑制方法における各用語の定義は上述したとおりであり、好ましい態様についても上述と同様である。
【0048】
以下に、保存安定性試験、ろ過能試験および保存効力試験の結果および製剤例を示すが、これらの例は本発明をよりよく理解するためのものであり、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0049】
[保存安定性試験]
ジクアホソル点眼液の保存中の性状変化の有無を目視で確認するとともに、キレート剤であるエデト酸塩が該性状変化に及ぼす影響を検討した。
【0050】
(試料調製)
・エデト酸塩非含有処方
ジクアホソルナトリウム3g、リン酸水素ナトリウム水和物0.2g、塩化ナトリウム0.41g、塩化カリウム0.15gおよびベンザルコニウム塩化物0.0075gを水に溶解して100mLとし、pH調節剤を添加して、pH7.5、浸透圧比1.0とした。
【0051】
・0.001または0.1%(w/v)エデト酸塩含有処方
ジクアホソルナトリウム3g、リン酸水素ナトリウム水和物0.2g、塩化ナトリウム0.41g、塩化カリウム0.15g、エデト酸ナトリウム水和物0.001gまたは0.1gおよびベンザルコニウム塩化物0.002gを水に溶解して100mLとし、pH調節剤を添加して、pH7.5、浸透圧比1.0とした。
【0052】
(試験方法)
上記エデト酸塩非含有処方および0.001または0.1%(w/v)エデト酸塩含有処方をガラス容器中で、25℃で3ヶ月間保存した後、目視によりその性状の変化の有無を確認した。
【0053】
(試験結果)
試験結果を表1に示す。
【0054】
【表1】

【0055】
表1から明らかなように、エデト酸塩非含有処方については、保存中に目視可能な不溶性析出物が発生することが確認された。一方で、エデト酸塩含有処方では、これらの不溶性析出物の発生が抑制されることが示された。
【0056】
(考察)
キレート剤を含有するジクアホソル点眼液については、流通過程および患者による保存過程においても、不溶性析出物が発生しないか、または該析出物の発生頻度および量が低減されることが示唆された。
【0057】
[ろ過性能試験]
ジクアホソル点眼液のろ過滅菌時のろ過性能の経時的変化を確認するとともに、キレート剤であるエデト酸塩が該変化に及ぼす影響を検討した。
【0058】
(試料調製)
・エデト酸塩非含有処方
ジクアホソルナトリウム30g、リン酸水素ナトリウム水和物2g、塩化ナトリウム4.1g、塩化カリウム1.5gおよびベンザルコニウム塩化物0.075gを水に溶解して1000mLとし、pH調節剤を添加して、pH7.5、浸透圧比1.0とした。
【0059】
・0.001%(w/v)エデト酸塩含有処方
ジクアホソルナトリウム30g、リン酸水素ナトリウム水和物2g、塩化ナトリウム4.1g、塩化カリウム1.5g、エデト酸ナトリウム水和物0.01gおよびベンザルコニウム塩化物0.075gを水に溶解して1000mLとし、pH調節剤を添加して、pH7.5、浸透圧比1.0とした。
【0060】
(試験方法)
各調製物を、ろ過フィルターとして親水性PVDFメンブレンフィルター(日本ポール社製、フロロダインIIディスクフィルターφ47mm、ポアサイズ0.2μm(型式FTKDFL)を2段使用し、ろ過圧力200kPa、室温でろ過を行なった。そのときのろ過時間とろ過量を測定し、その関係をプロットした。
【0061】
(試験結果)
図1は、エデト酸塩含有処方、エデト酸塩非含有処方それぞれのジクアホソル点眼液でのろ過性能試験の結果を示すグラフであり、縦軸はろ過量(g)、横軸はろ過時間(分)である。図1から明らかなように、エデト酸塩非含有処方については、ろ過滅菌中にろ過量の低下(ろ過率の低下)が認められる一方、エデト酸塩含有処方では、ろ過率の低下が完全に抑制されることが示された。
【0062】
(考察)
キレート剤を含有するジクアホソル点眼液については、製造過程(ろ過滅菌過程)におけるろ過率の低下が完全に抑制されることから、キレート剤を含有しないジクアホソル点眼液と比較して、効率的にろ過滅菌できることが示唆された。なお、キレート剤を含有しないジクアホソル点眼液において認められたろ過率の低下は、不溶性析出物(目視できないものも含まれる)の目詰まりが原因であるものと考えられる。
【0063】
[ろ過性能試験−2]
エデト酸塩およびエデト酸塩以外のキレート剤が、ジクアホソル点眼液のろ過滅菌時のろ過性能の経時的変化に及ぼす影響を比較検討した。
【0064】
(試料調製)
・キレート剤非含有処方
ジクアホソルナトリウム30g、リン酸水素ナトリウム水和物2g、塩化ナトリウム4.1g、塩化カリウム1.5gおよびベンザルコニウム塩化物0.075gを水に溶解して1000mLとし、pH調節剤を添加して、pH7.5、浸透圧比1.0とした。
【0065】
・0.01%(w/v)エデト酸塩含有処方
ジクアホソルナトリウム30g、リン酸水素ナトリウム水和物2g、塩化ナトリウム4.1g、塩化カリウム1.5g、エデト酸ナトリウム水和物0.1gおよびベンザルコニウム塩化物0.075gを水に溶解して1000mLとし、pH調節剤を添加して、pH7.5、浸透圧比1.0とした。
【0066】
・0.01%(w/v)クエン酸含有処方
ジクアホソルナトリウム30g、リン酸水素ナトリウム水和物2g、塩化ナトリウム4.1g、塩化カリウム1.5g、クエン酸一水和物0.1gおよびベンザルコニウム塩化物0.075gを水に溶解して1000mLとし、pH調節剤を添加して、pH7.5、浸透圧比1.0とした。
【0067】
・0.01%(w/v)メタリン酸塩含有処方
ジクアホソルナトリウム30g、リン酸水素ナトリウム水和物2g、塩化ナトリウム4.1g、塩化カリウム1.5g、メタリン酸ナトリウム0.1gおよびベンザルコニウム塩化物0.075gを水に溶解して1000mLとし、pH調節剤を添加して、pH7.5、浸透圧比1.0とした。
【0068】
・0.01%(w/v)ポリリン酸塩含有処方
ジクアホソルナトリウム30g、リン酸水素ナトリウム水和物2g、塩化ナトリウム4.1g、塩化カリウム1.5g、ポリリン酸ナトリウム0.1gおよびベンザルコニウム塩化物0.075gを水に溶解して1000mLとし、pH調節剤を添加して、pH7.5、浸透圧比1.0とした。
【0069】
(試験方法)
各調製物を、ろ過フィルターとして親水性PVDFメンブレンフィルター(日本ポール社製、フロロダインIIディスクフィルターφ25mm、ポアサイズ0.2μm(型式FTKDFL)を2段使用し、ろ過圧力200kPa、室温でろ過を行なった。そのときのろ過時間と有効ろ過面積あたりのろ過量を測定し、その関係をプロットした。
【0070】
(試験結果)
図2は、キレート剤非含有処方、またはエデト酸塩、クエン酸、メタリン酸塩もしくはポリリン酸塩含有処方のそれぞれのジクアホソル点眼液でのろ過性能試験の結果を示すグラフであり、縦軸は有効ろ過面積あたりのろ過量(g/cm)、横軸はろ過時間(分)を示す。図2から明らかなように、キレート剤非含有処方については、ろ過滅菌中にろ過量の低下(ろ過率の低下)が認められる一方、クエン酸、メタリン酸塩またはポリリン酸塩含有処方では、エデト酸塩含有処方同様に、ろ過率の低下が完全に抑制されることが示された。
【0071】
(考察)
キレート剤を含有するジクアホソル点眼液については、製造過程(ろ過滅菌過程)におけるろ過率の低下が完全に抑制されることから、キレート剤を含有しないジクアホソル点眼液と比較して、効率的にろ過滅菌できることが示唆された。
【0072】
[保存効力試験]
キレート剤がジクアホソル点眼液の保存効力に与える影響を確認するため、保存効力試験を行った。
【0073】
(試料調製)
・エデト酸塩非含有処方
ジクアホソルナトリウム3g、リン酸水素ナトリウム水和物0.2g、塩化ナトリウム0.41g、塩化カリウム0.15gおよびベンザルコニウム塩化物0.0036gを水に溶解して100mLとし、pH調節剤を添加して、pH7.2〜7.8、浸透圧比1.0〜1.1とした。
【0074】
・0.01%(w/v)エデト酸塩含有処方
ジクアホソルナトリウム3g、リン酸水素ナトリウム水和物0.2g、塩化ナトリウム0.41g、塩化カリウム0.15g、エデト酸ナトリウム水和物0.01gおよびベンザルコニウム塩化物0.0024gを水に溶解して100mLとし、pH調節剤を添加して、pH7.2〜7.8、浸透圧比1.0〜1.1とした。
【0075】
(試験方法)
保存効力試験は、第十五改正日本薬局方の保存効力試験法に準拠して行った。本試験では、試験菌として、Esherichia Coli(E.coli)、Pseudomonas aeruginosa(P.aeruginosa)、Staphylococcus aureus(S.aureus)、Candida albicans(C.albicans)およびAspergillus braziliensis(A.braziliensis)を用いた。
【0076】
(試験結果)
試験結果を表2に示す。
【0077】
【表2】

【0078】
なお、表2の試験結果は検査時の生菌数が接種した菌数に比べてどの程度減少したかをlog reductionで示しており、たとえば「1」の場合には、検査時の生菌数が接種菌数の10%に減少したことを示している。
【0079】
表2に示された通り、エデト酸塩非含有処方では、防腐剤であるベンザルコニウム塩化物の配合濃度が0.0036%(w/v)の場合であっても、日本薬局方の保存効力試験基準(カテゴリーIA)には不適合であった。一方、エデト酸塩含有処方では、ベンザルコニウム塩化物の配合濃度が0.0024%(w/v)であっても前記基準に適合することが示された。したがって、エデト酸塩含有処方は、エデト酸塩非含有処方と比較して、その保存効力が大幅に増強されていることが示された。
【0080】
(考察)
上記の結果から、ジクアホソル点眼液にキレート剤を添加することで、その保存効力が顕著に向上することが示唆された。なお、点眼液中の防腐剤については、高濃度になると角膜上皮障害などを引き起こすことが知られていることから、点眼液の保存効力を向上させ、該点眼液中の防腐剤濃度を低減せしめることには、大きな臨床的意義がある。
【0081】
[製剤例]
製剤例を挙げて本発明の薬剤をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの製剤例にのみ限定されるものではない。
【0082】
(処方例1:点眼剤(3%(w/v)))
100ml中
ジクアホソルナトリウム 3g
リン酸水素ナトリウム水和物 0.1〜0.5g
塩化ナトリウム 0.01〜1g
塩化カリウム 0.01〜1g
エデト酸ナトリウム水和物 0.0001〜0.1g
滅菌精製水 適量
滅菌精製水にジクアホソルナトリウムおよびそれ以外の上記成分を加え、これらを十分に混合することで上記点眼剤を調製できる。
【0083】
(処方例2:点眼剤(3%(w/v)))
100ml中
ジクアホソルナトリウム 3g
リン酸水素ナトリウム水和物 0.1〜0.5g
塩化ナトリウム 0.01〜1g
塩化カリウム 0.01〜1g
BAK−C12 0.1〜10g
エデト酸ナトリウム水和物 0.0001〜0.1g
滅菌精製水 適量
滅菌精製水にジクアホソルナトリウムおよびそれ以外の上記成分を加え、これらを十分に混合することで上記点眼剤を調製できる。
【0084】
(処方例3:点眼剤(3%(w/v)))
100ml中
ジクアホソルナトリウム 3g
リン酸水素ナトリウム水和物 0.1〜0.5g
塩化ナトリウム 0.01〜1g
塩化カリウム 0.01〜1g
BAK−C12 0.1〜10g
クエン酸一水和物 0.0001〜0.1g
滅菌精製水 適量
滅菌精製水にジクアホソルナトリウムおよびそれ以外の上記成分を加え、これらを十分に混合することで上記点眼剤を調製できる。
【0085】
(処方例4:点眼剤(3%(w/v)))
100ml中
ジクアホソルナトリウム 3g
リン酸水素ナトリウム水和物 0.1〜0.5g
塩化ナトリウム 0.01〜1g
塩化カリウム 0.01〜1g
BAK−C12 0.1〜10g
メタリン酸ナトリウム 0.0001〜0.1g
滅菌精製水 適量
滅菌精製水にジクアホソルナトリウムおよびそれ以外の上記成分を加え、これらを十分に混合することで上記点眼剤を調製できる。
【0086】
(処方例5:点眼剤(3%(w/v)))
100ml中
ジクアホソルナトリウム 3g
リン酸水素ナトリウム水和物 0.1〜0.5g
塩化ナトリウム 0.01〜1g
塩化カリウム 0.01〜1g
BAK−C12 0.1〜10g
ポリリン酸ナトリウム 0.0001〜0.1g
滅菌精製水 適量
滅菌精製水にジクアホソルナトリウムおよびそれ以外の上記成分を加え、これらを十分に混合することで上記点眼剤を調製できる。
【産業上の利用可能性】
【0087】
キレート剤を含有するジクアホソル点眼液では、ジクアホソル点眼液で認められる保存中の不溶性析出物の発生、および製造過程(ろ過滅菌過程)におけるろ過性の低下が抑制された。また、キレート剤を含有するジクアホソル点眼液では、保存効力の増強も確認された。したがって、本発明は、製造および流通過程ならびに患者による保存過程においても安定した物理化学的性質を有し、特に製造過程では効率的なろ過滅菌が可能な上、優れた保存効力をも有するジクアホソル点眼液を提供する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.1〜10%(w/v)の濃度のジクアホソルまたはその塩を含有する水性点眼液であって、該点眼液がキレート剤を含有することにより、不溶性析出物の発生が抑制された点眼液。
【請求項2】
キレート剤が、エデト酸、クエン酸、メタリン酸、ピロリン酸、ポリリン酸、リンゴ酸、酒石酸、フィチン酸およびそれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の点眼液。
【請求項3】
キレート剤が、エデト酸、クエン酸、メタリン酸、ポリリン酸およびそれらの塩からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1に記載の点眼液。
【請求項4】
キレート剤が、エデト酸の塩である、請求項1に記載の点眼液。
【請求項5】
点眼液中の該キレート剤の濃度が0.001〜0.1%(w/v)である、請求項1〜4のいずれかに記載の点眼液。
【請求項6】
点眼液中のジクアホソルまたはその塩の濃度が1〜5%(w/v)である、請求項1〜4のいずれかに記載の点眼液。
【請求項7】
点眼液中のジクアホソルまたはその塩の濃度が3%(w/v)である、請求項1〜4のいずれかに記載の点眼液。
【請求項8】
キレート剤がエデト酸の塩であり、点眼液中の該キレート剤の濃度が0.001〜0.1%(w/v)であり、点眼液中のジクアホソルまたはその塩の濃度が3%(w/v)である、請求項1に記載の点眼液。
【請求項9】
さらに防腐剤を含有する、請求項1〜7のいずれかに記載の点眼液。
【請求項10】
0.1〜10%(w/v)の濃度のジクアホソルまたはその塩を含有する水性点眼液の製造方法であって、ジクアホソルまたはその塩およびキレート剤を混合して不溶性析出物の発生が抑制された水溶液を得るステップを含む、製造方法。
【請求項11】
さらに、得られた水溶液をポアサイズ0.1〜0.5μmのろ過滅菌フィルターでろ過するステップを含む、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
0.1〜10%(w/v)の濃度のジクアホソルまたはその塩を含有する水性点眼液に、キレート剤を加えることによる、該水性点眼液から不溶性析出物の発生を抑制する方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−149057(P2012−149057A)
【公開日】平成24年8月9日(2012.8.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−285977(P2011−285977)
【出願日】平成23年12月27日(2011.12.27)
【出願人】(000177634)参天製薬株式会社 (177)
【Fターム(参考)】