説明

スチーム延伸装置

【課題】アクリル系糸条を加圧スチーム延伸する場合に、安定して延伸できる延伸装置を提供し、製造工程の安定化とプリカーサーの品位向上をはかる。
【解決手段】アクリル系重合体を紡糸して得た繊維糸条1を加圧スチーム中にて延伸する延伸装置であって、加圧スチームから発生するドレンを延伸装置外に除去する機構を有する延伸装置。延伸部の繊維糸状入口および出口に複数段のラビリンスを有し、該ラビリンス中に、前期繊維糸状の走行方向に交差する方向に穴の開いたラビリンスを有し、該穴が延伸装置外に連通することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維前駆体繊維の製造方法に用いる延伸装置に関し、詳しくは、飽和スチームを用いた延伸装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリアクリロニトリル系繊維は炭素繊維のプリカーサーとして使用されており、性能の優れた炭素繊維を得るための多くの改善技術が開示されている。炭素繊維はそのプリカーサーであるポリアクリロニトリル系繊維を紡糸する製糸工程、200〜400℃の空気雰囲気中で該繊維を加熱焼成して酸化繊維に転換する耐炎化工程、窒素、アルゴン、ヘリウム等の不活性雰囲気中でさらに300〜2500℃に加熱して炭化する炭化工程を経ることで得られ、複合材料の強化繊維として航空宇宙用途やスポーツ用途、一般産業用途などに幅広く利用されている。
【0003】
従来、炭素繊維プリカーサーの生産性を上げるために、加圧スチーム中でアクリル繊維を延伸するスチーム延伸を適用することが一般的であり、多くの技術が開示されている。
【0004】
例えば特許文献1に示されるようにスチームの高圧を維持し、延伸張力を適正化するためラビリンスと呼ばれるスチームの漏出を規制する細径のシール部材を使用する方法や、特許文献2に示されるようにスチームの湿り度を適正化し、繊維糸条を適度に濡らし可塑効果を与えることにより延伸性を向上させる方法などが示されている。
【0005】
しかし、このような特許文献1や特許文献2で開示されている技術を使用した場合、加圧スチームがスチーム延伸機の入口及び出口から吹き出す。この際に延伸室内に供給される加圧スチームの一部は延伸室内で一部が凝縮し、前記加圧スチームと共にスチーム延伸機の入口及び出口から吹き出し、繊維糸条を振動させるため、ラビリンスとの接触を助長して、繊維糸条の損傷を増幅させる。ここで、スチームから熱が除去されて凝集することにより発生する液状の水をドレンと呼ぶが、繊維糸条のスチーム延伸を行う部分の入り側でドレンが繊維糸条にかかると繊維糸条の温度が低下し、延伸性を低下させるため、毛羽発生が増加するという問題もある。
【0006】
また特許文献3には延伸機入り出の繊維糸条の糸道を安定化させ、噴出するドレンを安定化させる技術が示されているが、ドレンの噴出自体を抑制することは出来ないことから、噴出したドレンがかかることによる繊維糸条の温度低下が生じるため、延伸性が低下し毛羽発生を回避することができないという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平6―57572号公報
【特許文献2】特開昭58―214521号公報
【特許文献3】特開平05−44132号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、アクリル系繊維糸条を加圧スチーム延伸する場合に、安定して延伸できる延伸装置を提供し、製造工程の安定化とプリカーサーの品位向上をはかることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を達成するため、本発明のスチーム延伸装置は次の構成を有する。すなわち、アクリル系重合体を紡糸して得た繊維糸条を加圧スチーム中にて延伸する延伸装置であって、加圧スチームから発生するドレンを延伸部の外に除去する機構を有することを特徴とする延伸装置である。
【0010】
また、該延伸装置は、延伸部の繊維糸条入口および出口に複数段のラビリンスを有し、該ラビリンス中に、前記繊維糸条の走行方向に交差する方向に穴の開いたラビリンスを有し、該穴が延伸部の外に連通する延伸装置であることが好ましい。
【0011】
また、前記ラビリンスを固定するラビリンスボックスが、延伸部の外に連通する0.5mmΦ〜5.0mmΦのドレン排出ラインを有する延伸装置であることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の延伸装置を用いれば、アクリル系繊維糸条をスチーム延伸する場合に、走行毛羽発生などの品位低下や操業性不良を起こすことなく、安定して延伸できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の延伸装置の一例の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明においてアクリル系重合体とは、アクリロニトリルを主成分とする重合体であり、好ましくはアクリロニトリルが90重量%以上含む重合体である。なお、10重量%未満の割合であれば、他のコモノマーと共重合されていてもよい。かかるコモノマーとしては、アクリル酸、メタアクリル酸、イタコン酸及びそれらのメチルエステル、プロピルエステル、ブチルエステル、アルカリ金属塩、アンモニウム塩、あるいはアリルスルホン酸、メタリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、及びそれらのアルカリ金属塩等を使用することができる。
【0015】
かかるアクリル系重合体を得るには、公知の乳化重合、塊状重合、溶液重合等を用いることができる。
【0016】
かかる重合体を繊維化して繊維糸条を得るには、かかる重合体と、ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、硝酸、ロダンソーダ水溶液等の溶媒とを含む溶液を紡糸原液として、水を凝固剤として乾湿式紡糸や湿式紡糸するのが一般的である。またこの紡糸に続いて、浴中延伸を行う。浴中延伸は紡出糸を直接行っても良いし、1度水洗し溶媒を除去した後に行っても良い。浴中延伸後、通常、油剤付与しホットローラー等で乾燥緻密化した後、スチーム延伸に送られる。
【0017】
本発明の延伸装置を適用する繊維糸条は、前述したアクリル系重合体を紡糸した繊維糸条であれば特に限定はないが、炭素繊維前駆体に用いるアクリル系重合体繊維糸条が特に好ましい。かかる炭素繊維前駆体に用いるアクリル系重合体繊維糸条を製造する装置に本発明の延伸装置を適用した場合に、単繊維の損傷の少ない高品質なアクリル系重合体繊維糸条が得られるために、炭素繊維製造時の焼成工程通過性が良好となり高品質な炭素繊維を得ることができ、好適である。
【0018】
本発明の延伸装置は、繊維糸条を加圧スチーム中にて延伸する延伸装置であり、典型的には繊維糸条の延伸を行う部分(本明細書では、延伸部と記す)に加圧スチームを吹き込んだ管(以降、これを延伸チューブと記す)等を用い、かかる延伸部で繊維糸条を可塑化した状態で張力をかけることにより延伸するものであるが、ドレンを延伸部の外に除去する機構をもつものである。このようなドレンを排出する機構を有することにより、延伸部で発生したドレンが、延伸部の繊維糸条入り口と出口から噴出し、繊維糸条を振動させることがないため、繊維糸条と該延伸部の繊維糸条入り口や出口との接触が防止でき、繊維糸条の損傷を抑制でき、また、延伸部の繊維糸条入り口でドレンが繊維糸条にかかることによる繊維糸条の温度の低下も抑制できる。
【0019】
本発明における延伸装置としては、延伸部に加圧スチームを吹き込み前記延伸部において繊維糸条全体に加圧スチーム供給ができることが必要である。例えば前記延伸部の入り口と出口にシール材を設け、加圧スチームの漏れを抑制し前記延伸部の加圧状態を均一に保てるようなものであればどのようなものでも構わないが、前記延伸部全体への加圧スチーム供給が容易であり、加圧状態を均一に保ちやすいことから前記延伸部としては、延伸チューブを使用することが好ましい。また滞留時間や延伸倍率にもよるが延伸チューブの長さは、通常1〜6m程度が好ましく、延伸チューブの直径は通常1〜8cm程度が好ましい。 本発明の延伸装置は、延伸部で発生したドレンを延伸部の外に除去する機構を有することが必要である。かかる機構を有することにより、延伸部で発生したドレンは該機構から延伸部の外側に排出される。かかるドレンを延伸部の外に除去する機構としては、繊維糸条の出口にサクションノズル等を設け強制的に排出する機構や、延伸部に糸条の走行方向と並行な方向に穴をあけサクションガンや真空ラインで強制的にドレンを排出する機構や、延伸部の糸条の走行方向に交差する方向に穴を設けた機構などが挙げられるが、延伸部の糸条の走行方向に交差する方向に穴を設けた機構であることが好ましい。該穴は延伸部からのドレン吹き出しを抑制するため、延伸部の繊維糸条入り口、出口の直近部や、後述するラビリンスシール部の様にドレンが発生しやすい箇所に設けることが好ましく、延伸部内に複数の穴を有しても構わない。
【0020】
また、本発明の延伸装置においては、延伸部の繊維糸条入り口と出口にラビリンスシール部材を設けたものであることが好ましい。ラビリンスシール部材とは、繊維糸条の通過とスチームの流出を同時に行う機能を有するものであり、通常、小口径を有するパイプを用いる。
かかるラビリンスシール部材は、延伸部の圧力を一定に保持するため、延伸を行う部分への繊維糸条の入口及び出口に配置し、またラビリンスシール部材の小口径の形状、寸法及び個数は延伸を行う部分の目的の圧力が保持できるように設計すればよい。また効率的に延伸部の圧力を一定に保持するため、通常ラビリンスシール部材は複数段連ねて用いることが好ましい。延伸部内で生じるドレンは、特にかかるラビリンスシール部で発生しやすいため、かかる場合、ラビリンスシール部からドレンを延伸部の外に排出させる機構を設けることが最も効率的かつ有効であり、かかる機構は、延伸部への繊維糸条の入り口と出口の両方に配置することが好ましい。かかる機構を構成するためには、ラビリンスシール部材に糸条の走行方向に交差する方向に穴のあいたラビリンスを設け、該穴が延伸部の外に連通するドレン排出ラインを通してドレンを延伸装置外に排出するものであることが好ましい。繊維糸条の走行方向に交差する方向に穴のあいたラビリンスを設けるのは、糸条の進行方向にドレンを排出すると、噴出したドレンにより走行する繊維糸条が振動し、ラビリンスとの接触を助長し繊維糸条の損傷を増幅させるため好ましくないためである。
【0021】
本発明においては、延伸部に前記ラビリンスを固定するラビリンスシールボックスを有し、該ラビリンスシールボックスが延伸部の外に連通する0.5mmΦ〜5.0mmΦのドレン排出ラインを有することが好ましい。径が0.5mmΦより小さい場合は効率的にドレンを系外に排出することが出来ず、前述したように延伸性を低下させる場合がある。また径が5.0mmΦより大きい場合は、延伸部の内の圧力が不安定となり、延伸性を低下させる場合があるため好ましくない。
【0022】
ラビンリスの穴の大きさはドレン排出ラインの径以上であればよく、また走行糸条が接触した際に糸条の損傷を起こさないような形状であればどのような形状でもよい。またドレン排出ラインはそのまま放出しても良いし、エゼクターや真空装置でドレンを吸引しても構わない。
【0023】
また本発明により、スチーム延伸装置から噴出するドレンを軽減できるため、作業環境の改善にもつながる。
図1は本発明の装置の一例で、延伸チューブの繊維糸条の入口と出口にドレン抜き機構を持つラビリンスシール部材を有した延伸装置の断面図である。繊維糸条1は、繊維糸条の供給ローラー3を経て、延伸チューブ2へ供給される。この延伸チューブは、入口と出口にそれぞれラビリンスシール部材10を複数段備え、かかるラビリンスシール部材中に繊維糸条1の走行方向に交差する方向に穴の開いたラビリンスシール部材11を有している。ラビリンスボックス5,6は、ラビリンスシール部材11からドレンを系外に排出する機構7,8を有している。かかるドレンを排出するための穴径は前述したように0.5mmΦ〜5.0mmΦが好ましく、効率的にドレンを排出するために、延伸チューブ内の圧力を一定に保てる範囲内で複数箇所にドレン抜きの穴を設けることが好ましい。またラビリンスシール部材10,走行方向に交差する方向に穴の開いたラビリンスシール部材11は繊維糸条1が円滑に通過し、かつ、延伸チューブ内の圧力が一定に保たれるように開口径を調整することが好ましい。
【実施例】
【0024】
以下実施例をあげて本発明を具体的に説明する。
【0025】
[実施例1〜2]
アクリロニトリル99.7重量%、イタコン酸0.3重量%からなる固有粘度[η]が1.80のアクリル系重合体の20重量%DMSO溶液を紡糸原液として、孔径が0.055mmφの6000ホールの口金を用いてDMSO59重量%、水41重量%からなる凝固浴中に吐出し凝固させた繊維糸条を水洗後、熱水中で5倍に延伸しアミノ変性シリコーンを付与した後、乾燥緻密化を行って、アクリル繊維系糸条を得た。
【0026】
得られたアクリル系繊維糸条を延伸装置を用いて、スチーム延伸機内のスチーム圧力を0.3MPaとして2.8倍に延伸した。
【0027】
該延伸は延伸チューブ内に繊維糸条の走行方向に交差する方向に1.0mmΦの穴を延伸チューブの出側のみ(実施例1)、もしくは延伸チューブの入り口と出口に(実施例2)有した装置を使用した。使用した延伸チューブは全長4.8mで該穴は入り口及び出口からそれぞれ40cmと120cmの計4箇所に設けた。スチーム延伸後乾燥して、単糸繊度が1.1デシテックスで、総繊度3300デシテックスの炭素繊維前駆体アクリル系繊維糸条を得た。
得られた延伸糸条の毛羽の発生状況を評価し、表1に示した。なお毛羽の評価は走行状態の糸条を目視で10分間観察し、糸条表面の毛羽数をカウントした。
表−1の結果から、本発明のスチーム延伸装置を用いると毛羽の少ないことが分かる。

[比較例1]
延伸チューブ内に繊維糸条の走行方向に交差する方向に穴を有しない装置を使用した以外は実施例と同様にして炭素繊維前駆体アクリル系繊維糸条を得た。また実施例と同様な方法で糸条の毛羽数測定結果を表1に示す。

表1の結果から、延伸チューブに糸条の走行方向と交差する方向にドレンを排出するための穴を設けた延伸装置を用いると毛羽の少ない高品質な炭素繊維前駆体アクリル系繊維糸条を得ることが出来ることが分かる。
【0028】
【表1】

【0029】
[実施例4〜9]
アクリロニトリル99.7重量%、イタコン酸0.3重量%からなる固有粘度[η]が1.80のアクリル系重合体の20重量%DMSO溶液を紡糸原液として、孔径が0.055mmφの6000ホールの口金を用いてDMSO59重量%、水41重量%からなる凝固浴中に吐出し凝固させた繊維糸条を水洗後、熱水中で5倍に延伸しアミノ変性シリコーンを付与した後、乾燥緻密化を行って、アクリル系繊維糸条を得た。
【0030】
得られたアクリル系繊維糸条を延伸装置を用いて、スチーム延伸機内のスチーム圧力を0.3MPaとして2.8倍に延伸した。該延伸は延伸チューブ内に繊維糸条の走行方向に交差する方向に実施例4〜9に示すように0.2〜8.0mmΦの穴を延伸チューブの入り口と出口に有した装置を使用した。延伸チューブは全長4.8mで該穴は入り口及び出口からそれぞれ40cmと120cmの計4箇所に設けた。その後乾燥して、単糸繊維度が1.1デシテックスで、総繊度3300デシテックスの炭素繊維前駆体アクリル系繊維糸条を得た。
得られた延伸糸条の毛羽の発生状況を評価し、表2に示した。なお毛羽の評価
は走行状態の糸条を目視で10分間観察し、糸条表面の毛羽数をカウントした。

表2の結果から、延伸チューブに繊維糸条の走行方向と交差する方向にドレンを排出するための穴を設けたことにより、上記比較例1に比較し、毛羽の少ない高品質な炭素繊維前駆体アクリル系繊維糸条を得ることが出来、とりわけドレンを排出するための穴が、0.5〜5.0mmΦである延伸装置を用いるとより毛羽の少ない高品質な炭素繊維前駆体アクリル系繊維糸条を得ることが出来ることが分かる。
【0031】
【表2】

【符号の説明】
【0032】
1 繊維糸条
2 延伸チューブ
3 繊維糸条の供給ローラー
4 繊維糸条の引き取りローラー
5 繊維糸条入口のラビリンスボックス
6 繊維糸条出口のラビリンスボックス
7 入口ラビリンスシール部材からのドレン排出ライン
8 出口ラビリンスシール部材からのドレン排出ライン
9 延伸チューブへの加圧スチーム供給ライン
10 ラビリンスシール部材
11 繊維糸条の走行方向に交差する方向に穴の開いたラビリンスシール部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリル系重合体を紡糸して得た繊維糸条を加圧スチーム中にて延伸する延伸装置であって、加圧スチームから発生するドレンを延伸部の外に除去する機構を有することを特徴とする延伸装置。
【請求項2】
延伸部の繊維糸条入口および出口に複数段のラビリンスを有し、該ラビリンス中に、前記繊維糸条の走行方向に交差する方向に穴の開いたラビリンスを有し、該穴が延伸装置外に連通する請求項1に記載の延伸装置。
【請求項3】
前記ラビリンスを固定するラビリンスボックスが、延伸部の外に連通する0.5mmΦ〜5.0mmΦのドレン排出ラインを有する請求項2に記載の延伸装置。

【図1】
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【公開番号】特開2010−222753(P2010−222753A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−73358(P2009−73358)
【出願日】平成21年3月25日(2009.3.25)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】