説明

ステアリング装置

【課題】ピニオン軸をハウジングに組付ける時間を短縮するとともに、軸受をハウジングに圧入した時に、ピニオンとラック歯の噛み合い部の歯面に圧痕が生じないようにする。
【解決手段】ラック軸31のラック歯32には、ラック歯32の歯底をストローク端(使用範囲)からラック軸31の中央側に向かって延長した逃がし部33を形成している。逃がし部33がピニオン軸107の軸心に位置決めされていて、ピニオン22とラック歯32との噛み合いが外れている。従って、ボール軸受23を軸受孔214に圧入しても、ピニオン22とラック歯32の噛み合い部の歯面には圧痕が生じることはなく、操舵時に異音が生じたり、ステアリングギヤの耐久性が低下する問題は生じない。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はステアリング装置、特に、ラックピニオン式ステアリング装置のピニオン軸の組付けを容易にしたステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ラックピニオン式ステアリング装置は、タイロッドを介して車輪の操舵角を変えるラック軸が、ステアリングギヤのハウジングに往復移動可能に支持され、ステアリングホイールの回転をラック軸に伝達するピニオン軸が、ステアリングギヤのハウジングに軸受を介して回転可能に軸支されている。
【0003】
このようなラックピニオン式のステアリング装置は、ピニオン軸をハウジングに軸支する軸受に予圧を付与して、操舵時にピニオン軸に加わる負荷によって、ピニオン軸がラジアル方向やスラスト方向に動いて、異音が生じたり、操舵力が変動するのを防止している。
【0004】
リングナットで軸受に予圧を付与すれば、軸受のラジアル方向やスラスト方向の剛性が大きくなるため好ましいが、リングナットを組み込むためのスペースが必要となるため、ステアリングギヤが大型化し、リングナットの予圧調整作業にも時間が掛かる問題がある。
【0005】
テーパースナップリング(止め輪)で軸受に予圧を付与すれば、テーパースナップリングを組み込むためのスペースが小さくで済むため、ステアリングギヤを小型化でき、テーパースナップリングの組付け作業時間も短縮できる。しかし、テーパースナップリングで軸受に予圧を付与すると、軸受のラジアル方向やスラスト方向の剛性が小さくなってしまう。軸受のラジアル方向やスラスト方向の剛性を大きくするためには、軸受をハウジングに圧入すればよい。しかし、軸受をハウジングに圧入すると、軸受圧入時に、ピニオンとラック歯の噛み合い部の歯面に大きな荷重が作用して、噛み合い部の歯面に圧痕が生じて、操舵時に異音が生じたり、ステアリングギヤの耐久性が低下する問題が生じる。
【0006】
特許文献1に開示されたラックピニオン式のステアリング装置は、ラック軸にラック歯の歯底をストローク端の外側に延ばした逃がし部を形成し、この逃がし部をピニオンの位置に位置決めして、リングナットの締付け作業を行うようにしている。従って、ピニオン軸が回転してもラック軸は移動せず、ピニオン軸を必要なだけ回転させてリングナットの締付け作業を完了させることができるため、リングナットの締付け作業時間を短縮することができる。
【0007】
しかし、特許文献1に開示されたラックピニオン式のステアリング装置は、リングナットで軸受に予圧を付与するため、リングナットを組み込むためのスペースが必要となるため、ステアリングギヤが大型化し、リングナットの予圧調整作業に時間が掛かる問題は解決されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−255121号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、ピニオン軸をハウジングに組付ける作業時間を短縮するとともに、軸受をハウジングに圧入した時に、ピニオンとラック歯の噛み合い部の歯面に圧痕が生じないようにしたラックピニオン式ステアリング装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題は以下の手段によって解決される。すなわち、第1番目の発明は、ハウジング、上記ハウジングに往復移動可能に支持され、タイロッドを介して車輪の操舵角を変えるラック軸、上記ハウジングにラック軸の端部を往復移動可能に軸支する軸受ブッシュ、ステアリングホイールに連結され、上記ラック軸のラック歯に噛み合うピニオンを有し、ステアリングホイールの回転をラック軸に伝達するピニオン軸、上記ハウジングに圧入され上記ピニオン軸をハウジングに回転可能に軸支する軸受、上記軸受の外輪を上記ハウジングに固定するスナップリング、上記ラック軸に形成され、ラック歯の歯底をラック軸のストローク端からラック軸の中央側に向かって延長した逃がし部を備え、上記逃がし部を上記ピニオン軸の軸心に位置決めして、上記ピニオンとラック歯との噛み合いを外し、上記軸受を上記ハウジングに圧入することを特徴とするステアリング装置である。
【0011】
第2番目の発明は、第1番目の発明のステアリング装置において、上記逃がし部を上記ピニオン軸の軸心に位置決めした時に、上記ラック軸の端部が上記軸受ブッシュに軸支された状態を維持していることを特徴とするステアリング装置である。
【0012】
第3番目の発明は、第2番目の発明のステアリング装置において、上記ラック軸は、ラック歯から逃がし部までの範囲の歯面側が高周波焼き入れが施されていることを特徴とするステアリング装置である。
【0013】
第4番目の発明は、第3番目の発明のステアリング装置において、上記ラック軸は、ラック歯から逃がし部までの範囲の背面側が高周波焼き入れが施されていることを特徴とするステアリング装置である。
【0014】
第5番目の発明は、第2番目の発明のステアリング装置において、上記ラック軸は、ラック歯から逃がし部までの範囲の背面側が高周波焼き入れが施されていることを特徴とするステアリング装置である。
【発明の効果】
【0015】
本発明のステアリング装置は、ハウジングに圧入されてピニオン軸をハウジングに回転可能に軸支する軸受の外輪をスナップリングでハウジングに固定し、ラック歯の歯底をラック軸のストローク端からラック軸の中央側に向かって延長した逃がし部をラック軸に形成し、逃がし部をピニオン軸の軸心に位置決めして、ピニオンとラック歯との噛み合いを外し、軸受をハウジングに圧入している。従って、ピニオン軸をハウジングに組付ける作業時間が短縮され、軸受を軸受孔に圧入しても、ピニオンとラック歯の噛み合い部の歯面には圧痕が生じることはなく、操舵時に異音が生じたり、ステアリングギヤの耐久性が低下する問題は生じない。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の実施例のステアリング装置を示し、コラムアシスト型ラックピニオン式ステアリング装置の全体斜視図である。
【図2】図1のステアリングギヤの要部を示す一部を断面した正面図である。
【図3】図2のラックとピニオンとの噛み合い部を示す一部を断面した拡大正面図である。
【図4】図3のA−A断面図である。
【図5】図2からピニオン軸を取り外した状態を示す一部を断面した正面図である。
【図6】(a)は本発明の実施例のラック軸単体のラック歯近傍を示す正面図、(b)は(a)のB−B断面図である。
【図7】(a)は本発明の実施例のラック軸単体の全体を示す正面図、(b)は(a)のC−C拡大断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図1は本発明の実施例のステアリング装置を示し、コラムアシスト型ラックピニオン式パワーステアリング装置の全体斜視図である。図1に示すように、本発明の実施例のコラムアシスト型ラックピニオン式パワーステアリング装置は、ステアリングホイール101の操作力を軽減するために、コラム105の中間部に取付けたモータ102の操舵補助力をステアリングシャフトに付与している。そして、ステアリングシャフトの回転を中間シャフト106に伝達し、ピニオン軸107を介してラックピニオン式のステアリングギヤ103のラック軸を往復移動させ、タイロッド104を介して舵輪を操舵している。
【0018】
図2は図1のステアリングギヤの要部を示す一部を断面した正面図、図3は図2のラックとピニオンとの噛み合い部を示す一部を断面した拡大正面図である。図4は図3のA−A断面図、図5は図2からピニオン軸を取り外した状態を示す一部を断面した正面図である。図6(a)は本発明の実施例のラック軸単体のラック歯近傍を示す正面図、図6(b)は図6(a)のB−B断面図である。図7(a)は本発明の実施例のラック軸単体の全体を示す正面図、図7(b)は図7(a)のC−C拡大断面図である。
【0019】
本発明の実施例のステアリングギヤ103は、フロントサブフレーム等の図示しない車体フレームに取り付けられている。図3の紙面に直交する手前側が車体前方側、図3の紙面に直交する奥側が車体後方側、図3の左右方向が車幅方向、図3の上方向が車体上方側、図3の下方向が車体下方側である。
【0020】
ステアリングギヤ103のハウジング21の内周211には、図2の左右方向に摺動可能にラック軸31が内嵌している。ハウジング21の内周211の左端には、軸受ブッシュ212が内嵌され、ラック軸31の左端を摺動可能に軸支している。ラック軸31の左右両端には図示しないボールジョイントソケットが各々ねじ込まれて取り付けられ、、ボールジョイントソケットに連結されたタイロッド(図1参照)104、104が、図示しないナックルアームを介して車輪に接続されている。
【0021】
ハウジング21には、2箇所に車体取り付け用ボス部213、213が形成されている。車体取り付け用ボス部213、213に形成された図示しない取り付け孔に図示しないボルトを挿入し、このボルトを車体フレームに締め付けることで、ハウジング21は車体フレームに取り付けられている。
【0022】
図2、図3に示すように、ピニオン軸107は、ピニオン22の直上で、ボール軸受(軸受)23によりハウジング21に軸支されている。ピニオン軸107の溝26に装着してカシメられたカシメリング27は、ボール軸受23の内輪を、ピニオン軸107の段差面28との間で挟み込んでいる。また、ボール軸受23の外輪は、ハウジング21に形成された軸受孔214に圧入され、この軸受穴214の環状溝215に装着されたテーパースナップリング(止め輪)29によって軸方向に押圧されて、ハウジング21に固定されている。テーパースナップリング29及び環状溝215の片面側には傾斜面が形成されていて、環状溝215にテーパースナップリング29を挿入すると、楔作用によってボール軸受23の外輪との間の隙間が除去されて、ボール軸受23に予圧が付与される。
【0023】
ピニオン軸107の下端部は、ニードル軸受24によりハウジング21にラジアル方向にのみ軸支されている。ピニオン軸107の上端は、図1の自在継手108を介して中間シャフト106に連結されている。ピニオン軸107の回転は、ピニオン22を介してラック軸31に伝達され、ラック軸31に連結された図1のタイロッド104、104を介して、舵輪の向きを変更する。
【0024】
図6、図7に示すように、ラック軸31のラック歯32には、ラック歯32の歯底をストローク端(使用範囲)からラック軸31の中央側(図6、図7の左側)に向かって延長した逃がし部33を形成している。しかし、ラック軸31に逃がし部33を形成すると、ラック軸31の強度が低下する恐れがある。
【0025】
図7に示すように、ラック軸31の強度を大きくするために、ラック歯32が形成されている範囲L1の歯面を高周波焼き入れする時に、逃がし部33の範囲L2も高周波焼き入れを施して、ラック歯32から逃がし部33までの範囲L3を高周波焼き入れ(図7の二点鎖線で示す高周波焼き入れ範囲35)している。
【0026】
また、ラック軸31の背面側の外周34を、ラック歯32から逃がし部33までの範囲L4にわたって高周波焼き入れ(図7の二点鎖線で示す高周波焼き入れ範囲36)すれば、ラック軸31の強度を更に大きくすることができるため、好ましい。また、高周波焼き入れ範囲35または高周波焼き入れ範囲36のうちのいずれか一方を高周波焼き入れしてもよい。
【0027】
図5に示すように、ラック軸31をストローク端(使用範囲)を越えて右側に移動し、逃がし部33をピニオン軸107の軸心25に位置決めする。逃がし部33をピニオン軸107の軸心25に位置決めした時、ラック軸31の左端部は軸受ブッシュ212に軸支された状態が維持されている。
【0028】
ピニオン軸107にボール軸受23の内輪を圧入した後、ピニオン軸107の溝26にカシメリング27をカシメて装着し、ボール軸受23の内輪をピニオン軸107に固定して、ピニオン軸107とボール軸受23の組付け品を作る。ニードル軸受24をハウジング21に圧入した後、ピニオン軸107とボール軸受23の組付け品をハウジング21に挿入する。その結果、ピニオン軸107の下端部がニードル軸受24に挿入されるとともに、ボール軸受23の外輪が軸受孔214に圧入される。最後に、環状溝215にテーパースナップリング29を装着し、ボール軸受23の外輪をハウジング21に固定する。
【0029】
テーパースナップリング29でボール軸受23の外輪をハウジング21に固定するため、ボール軸受23の組付け作業が容易で、ステアリングギヤを小型化することができる。また、逃がし部33がピニオン軸107の軸心に位置決めされていて、ピニオン22とラック歯32との噛み合いが外れている。従って、ボール軸受23を軸受孔214に圧入しても、ピニオン22とラック歯32の噛み合い部の歯面には圧痕が生じることはなく、操舵時に異音が生じたり、ステアリングギヤの耐久性が低下する問題は生じない。
【0030】
また、逃がし部33をピニオン軸107の軸心に位置決めした時、ラック軸31の左端部は軸受ブッシュ212に軸支された状態が維持されている。従って、ラック軸31がハウジング21の内周211内で暴れないので、ボール軸受23を軸受孔214に圧入した後、ラック軸31を左側に移動し、ピニオン22とラック歯32を噛み合わせることが容易になる。また、ピニオン22とラック歯32との噛み合いが外れた状態で、ボール軸受23を軸受孔214に圧入するため、ピニオン軸上端の雄セレーション(図2参照)107Aの位相を所定の位相に位置決めした後、ピニオン22とラック歯32を噛み合わせることができる。
【0031】
上記実施例では、コラムアシスト型ラックピニオン式パワーステアリング装置に適用した例について説明したが、ピニオンアシスト型ラックピニオン式パワーステアリング装置やマニュアル型ラックピニオン式ステアリング装置に適用してもよい。
【符号の説明】
【0032】
101 ステアリングホイール
102 モータ
103 ステアリングギヤ
104 タイロッド
105 コラム
106 中間シャフト
107 ピニオン軸
107A 雄セレーション
108 自在継手
21 ハウジング
211 内周
212 軸受ブッシュ
213 車体取り付け用ボス部
214 軸受孔
215 環状溝
22 ピニオン
23 ボール軸受(軸受)
24 ニードル軸受
25 軸心
26 溝
27 カシメリング
28 段差面
29 テーパースナップリング
31 ラック軸
32 ラック歯
33 逃がし部
34 背面側の外周
35 高周波焼き入れ範囲
36 高周波焼き入れ範囲

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハウジング、
上記ハウジングに往復移動可能に支持され、タイロッドを介して車輪の操舵角を変えるラック軸、
上記ハウジングにラック軸の端部を往復移動可能に軸支する軸受ブッシュ、
ステアリングホイールに連結され、上記ラック軸のラック歯に噛み合うピニオンを有し、ステアリングホイールの回転をラック軸に伝達するピニオン軸、
上記ハウジングに圧入され上記ピニオン軸をハウジングに回転可能に軸支する軸受、
上記軸受の外輪を上記ハウジングに固定するスナップリング、
上記ラック軸に形成され、ラック歯の歯底をラック軸のストローク端からラック軸の中央側に向かって延長した逃がし部を備え、
上記逃がし部を上記ピニオン軸の軸心に位置決めして、上記ピニオンとラック歯との噛み合いを外し、上記軸受を上記ハウジングに圧入すること
を特徴とするステアリング装置。
【請求項2】
請求項1に記載されたステアリング装置において、
上記逃がし部を上記ピニオン軸の軸心に位置決めした時に、上記ラック軸の端部が上記軸受ブッシュに軸支された状態を維持していること
を特徴とするステアリング装置。
【請求項3】
請求項2に記載されたステアリング装置において、
上記ラック軸は、ラック歯から逃がし部までの範囲の歯面側が高周波焼き入れが施されていること
を特徴とするステアリング装置。
【請求項4】
請求項3に記載されたステアリング装置において、
上記ラック軸は、ラック歯から逃がし部までの範囲の背面側が高周波焼き入れが施されていること
を特徴とするステアリング装置。
【請求項5】
請求項2に記載されたステアリング装置において、
上記ラック軸は、ラック歯から逃がし部までの範囲の背面側が高周波焼き入れが施されていること
を特徴とするステアリング装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−240638(P2012−240638A)
【公開日】平成24年12月10日(2012.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−115759(P2011−115759)
【出願日】平成23年5月24日(2011.5.24)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】