説明

ステンレス鋼帯の酸洗方法及び酸洗設備

【課題】硫酸酸洗中の地鉄溶解速度の変動を有効に抑制し、スラッジ処理負荷を低減でき且つ通板速度を安定して高速に維持できるステンレス鋼帯の酸洗方法及び酸洗設備を提供する。
【解決手段】硫酸浴の浴液を一部抜出し、サイクロン112及びフィルタ113に通して浮遊物を除去した後、イオン交換樹脂(イオン交換樹脂塔121)に通して金属を除去して遊離酸を回収し、該回収した遊離酸を前記硫酸浴に戻すことにより前記硫酸浴の金属濃度を目標85g/L以下に制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ステンレス鋼帯の酸洗方法及び酸洗設備に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼帯の連続酸洗プロセスでは、熱間圧延後焼鈍したステンレス鋼帯の表面に生成したスケールを除去するために、従来、主として硫酸で予め酸洗後、弗酸と硝酸の混合酸で酸洗する方法が採用されている。この方法で酸洗を行う従来設備の1例を図1に示す。この例の設備は、焼鈍炉2及び冷却帯3を通ってきたステンレス鋼帯1を、MSB(機械的スケール破壊)装置4及びショットブラスト装置5に順次通した後、酸洗槽(硫酸浴槽)6,7内の硫酸浴に浸漬通板し、次いで酸洗槽(混合酸浴槽)8内の弗酸と硝酸の混合酸浴に浸漬通板するように構成されている。
【0003】
硫酸浴による酸洗(即ち硫酸酸洗)では、スケール層と鋼(地鉄)との界面で鋼が溶解し、スケールが剥離することで脱スケールが進行するので、継続すると硫酸浴中のFe、Cr等の金属濃度が高くなり脱スケール性が低下する。
この脱スケール性の低下を抑制する手段として、特許文献1には、硫酸浴中のFe3+を還元剤或いは電解還元によりFe2+に還元することにより同浴中のFe3+量を0.5g/L以下に調整することが開示されている。又、特許文献2には、硫酸浴のFe2+濃度を45g/L以下に管理することが開示されている。又、特許文献3には、硫酸浴中の全Fe濃度を10g/L以上とし且つ硫酸浴1L当たり100mL/分以上の空気通気を併用することが開示されている。
【0004】
一方、硫酸浴中のFe3+、Fe2+等の金属濃度(又は浴液の酸濃度)を所望濃度に保つ手段としては、通常、酸洗槽から浴液を一部抜き取り、新たな硫酸水溶液(或いは更に水)を酸洗槽に追加する方法が採用されている。又、抜き取った浴液に、蓚酸等の添加(特許文献4)、或いは、金属鉄との接触或いは更に拡散透析(特許文献5)を施して、酸洗槽に戻す方法が知られている。
【特許文献1】特開平9−195073号公報
【特許文献2】特開2004−149828号公報
【特許文献3】特開平2−205692号公報
【特許文献4】特開昭52−61134号公報
【特許文献5】特開昭59−53686号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ステンレス鋼帯、中でも特にCr含有量の多いフェライト系ステンレス鋼帯は、硫酸浴中での溶解速度が大きいため、フェライト系ステンレス鋼帯の連続酸洗操業中は、硫酸浴中の金属濃度の上昇及び遊離酸の劣化、更に金属塩の析出が著しく、上記従来の技術ではこの金属濃度の急激な上昇を抑えることが困難である。そこで、硫酸浴に酸洗促進剤(酸洗を促進する効能を有する界面活性剤主体の薬剤)を添加することで、地鉄の溶解速度を上げる対策をとっている。
【0006】
しかしながら、酸洗促進剤を添加する対策は、一時的な即効性はあるものの持続性に乏しく、しかも硫酸浴中の酸洗促進剤濃度を制御することが難しいため、過剰な地鉄溶解を招きやすい。そのためスラッジの増量を招き、酸洗槽底に溜まったスラッジの処理負荷が大きいという問題があった。又、酸洗促進剤を添加すると、硫酸浴中の金属濃度の更なる上昇を招く悪循環に陥りやすく、それによる地鉄溶解速度の低下を補うために、しばしば通板速度の減速を余儀なくされるという問題もあった。尚、上記通常の、酸洗槽から浴液を一部抜き取り、新たな硫酸水溶液(或いは更に水)を酸洗槽に追加する方法も併用しているが、硫酸浴の酸濃度を安定制御するためには少量ずつの追加とせざるを得ないため、金属濃度の急激な上昇に対しては抑制効果に乏しい。
【0007】
そこで、本発明は、硫酸酸洗中の地鉄溶解速度の変動を有効に抑制し、スラッジ処理負荷を低減でき且つ通板速度を安定して高速に維持できるステンレス鋼帯の酸洗方法及び酸洗設備を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成した本発明は、以下のとおりである。
[請求項1] ステンレス鋼帯を連続通板しながら硫酸浴に浸漬する工程を有するステンレス鋼帯の酸洗方法において、前記硫酸浴の浴液を一部抜出し、サイクロン及びフィルタに通して浮遊物を除去した後、イオン交換樹脂に通して金属を除去して遊離酸を回収し、該回収した遊離酸を前記硫酸浴に戻すことにより前記硫酸浴の金属濃度を目標85g/L以下に制御することを特徴とするステンレス鋼帯の酸洗方法。
【0009】
[請求項2] 前記硫酸浴の金属濃度の制御目標を、85g/L以下に代えて、酸洗促進剤使用時の地鉄溶解速度を確保可能な金属濃度とし、且つ地鉄溶解速度の低下に応じて前記酸洗促進剤を添加することを特徴とする請求項1記載のステンレス鋼帯の酸洗方法。
[請求項3] ステンレス鋼帯の通板ライン内に硫酸浴を保持する硫酸浴槽を有するステンレス鋼帯の酸洗設備において、前記硫酸浴槽の浴液を一部抜出して貯え且つ該貯えた浴液を一部抜出して前記硫酸浴槽に戻す循環タンクと、該循環タンクの浴液を一部抜出しサイクロン及びフィルタに通して浮遊物を除去し清浄液にする浴液浄化手段と、前記清浄液をイオン交換樹脂に通して金属を除去し、得られた遊離酸を回収して前記循環タンクに戻す金属除去及び酸回収手段とを有することを特徴とするステンレス鋼帯の酸洗設備。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ステンレス鋼板を高速で連続通板しながら硫酸酸洗する工程において、地鉄溶解速度を適正な範囲に維持しやすくなり、スラッジ処理負荷を低減でき且つ通板速度を安定して高速に維持できるようになる。又、酸洗促進剤の使用量を大幅に削減することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
実酸洗ラインでの硫酸浴液に相当する硫酸水溶液(硫酸濃度27〜30g/L)中の鉄濃度を種々違えて調整した試験液にステンレス鋼板を浸漬する実験を行い、鋼の溶解量と鉄濃度の関係を調べた。実酸洗ラインでの硫酸浴液中の金属は殆どが鉄であり、鉄以外の金属(Cr、Cu等)は無視できる程度に微量であるから、鉄濃度で金属濃度を代表して差支えない。尚、浸漬時間は、実酸洗ラインの硫酸浴に高速50mpmで通板浸漬したときの浸漬時間に合わせた。その結果を図2に示す。
【0012】
図2より、鉄濃度が0g/Lから約73g/Lに増しても溶解量は約80g/mと略一定であり、鉄濃度が更に約97g/Lに増すと溶解量は約43g/mに減り、鉄濃度が更に135g/Lに増すと溶解量は微減して約40g/mになる。一方、実酸洗ラインの硫酸酸洗では、酸洗減量が60g/m未満になるとステンレス鋼板の表面品質及び耐食性の劣化に繋がるという経験的知見が得られている。酸洗減量と等価な溶解量が60g/m以上になる鉄濃度範囲は、図2より85g/L以下である。よって、本発明では、実酸洗ラインの硫酸浴の金属濃度を目標85g/L以下に制御する。
【0013】
硫酸浴の金属濃度を上記目標に制御する方法を種々検討し、上記目標からのずれの発生(突発的な酸洗減量の低下に繋がる)頻度が少なく、且つスラッジの堆積量も少なくする面から、次の方法が最適であることがわかった。即ち、硫酸浴の浴液を一部抜出し、サイクロン及びフィルタに通して浮遊物を除去した後、イオン交換樹脂に通して金属を除去して遊離酸を回収し、該回収した遊離酸を前記硫酸浴に戻すという循環系を構成し、この循環系の循環液量を操作することにより、硫酸浴の金属濃度を上記目標に制御するのである。
【0014】
尤も、上記制御中に突発的な酸洗減量の低下が全く起らないとはいえない。それが起った場合には、前記酸洗促進剤を添加してもよい。その場合、金属濃度の制御目標を上記の85g/L以下とすることに代えて、当該酸洗促進剤使用時の酸洗減量(地鉄溶解速度)を確保可能な金属濃度としておくと、酸洗促進剤の添加量を従来よりも削減でき、スラッジ量もさらに低減するので好ましい。尚、当該酸洗促進剤使用時の酸洗減量(地鉄溶解速度)を確保可能な金属濃度は、予め実験によって求めることができ、好ましくは75g/L以下、より好ましくは60g/L以下、更に好ましくは40g/L以下である。
【0015】
上述の循環系を設備として具体化したのが本発明の酸洗設備であり、その1例を図3に示す。図3では硫酸浴槽7に設けた循環系を示したが、硫酸浴槽6に設けたものも同様である。循環タンク10は、硫酸浴槽7の浴液を一部抜出して貯え且つ該貯えた浴液を一部抜出して硫酸浴槽7に戻すものである。この戻し液は一部抜出されて浴液浄化手段11に供給される。
【0016】
浴液浄化手段11は、前記供給された液をバッファタンク111に貯え、該貯えた液をサイクロン112に循環的に通して粗い浮遊物を除去すると共に、フィルタ113に循環的に通して微細な浮遊物を除去し、フィルタ113を通過した清浄液を清浄液タンク114に貯え、その一部を金属除去及び酸回収手段12へ供給する。サイクロン112はハイドロサイクロンで構成される。サイクロン112により除去された粗い浮遊物はスラッジとなって沈降し、スラリーとして排出される。フィルタ113を通らなかった微細な浮遊物を含む非清浄液はバッファタンク111に戻り、この戻った微細な浮遊物はバッファタンク111とフィルタ113とを循環するうちにやがては凝集粗大化し、サイクロン112側に移った際に除去される。フィルタ113は筒型の内側に供給した液を外側に濾過する方式のマイクロフィルタで構成される。このマイクロフィルタの目詰まり防止のために、適時逆流洗浄が行われる。
【0017】
金属除去及び酸回収手段12は、供給された清浄液をイオン交換樹脂塔121に通し、該塔内のイオン交換樹脂に、金属イオン(鉄イオンで代表)の結合酸(FeSO)を透過させて廃液として排出し、その一方で遊離酸(H,SO)を吸着させ、該吸着した遊離酸を、別途供給する回収水により剥離させて回収し、該回収した遊離酸を循環タンク10に戻す。金属除去率は70%程度、遊離酸回収率は95%程度である。尚、イオン交換樹脂塔121の設置基数は図示の3基に限らず、必要金属除去量に応じて適宜決定される。
【実施例】
【0018】
実施例として、図1に示した従来の酸洗設備を、図3に示した設備形態に改造し、硫酸浴中の金属濃度(鉄濃度で代表)の制御目標を50g/Lとして本発明を実施した。この実施例について、本発明の実施前後にかけての硫酸浴槽7内の硫酸浴中の鉄濃度の推移を図4に示す。図4より、本発明の実施前(従来)では鉄濃度を85g/L以下にすることは困難であったのに対し、本発明の実施後は、実施開始から約1日間の過渡期を経て、鉄濃度の目標50g/Lへの安定制御が達成されていることがわかる。
【0019】
この実施例においては、月平均のスラッジ処理負荷が従来を100とした指数で約35、月平均の減速通板時間比率が従来を100とした指数で約5と、夫々大幅に改善された。また、酸洗促進剤の使用量も、従来を100とした指数で約80に削減できた。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】従来の酸洗設備の1例を示す模式図である。
【図2】鋼の溶解量と試験液の鉄濃度との関係を示すグラフである。
【図3】本発明の酸洗設備の1例を示す構成概要図である。
【図4】本発明の実施前後にかけての硫酸浴中の鉄濃度の推移を示すグラフである。
【符号の説明】
【0021】
1 ステンレス鋼帯
2 焼鈍炉
3 冷却帯
4 MSB(機械的スケール破壊)装置
5 ショットブラスト装置
6、7 酸洗槽(硫酸浴槽)
8 酸洗槽(混合酸浴槽)
10 循環タンク
11 浴液浄化手段
12 金属除去及び酸回収手段
111 バッファタンク
112 サイクロン
113 フィルタ
121 イオン交換樹脂塔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼帯を連続通板しながら硫酸浴に浸漬する工程を有するステンレス鋼帯の酸洗方法において、前記硫酸浴の浴液を一部抜出し、サイクロン及びフィルタに通して浮遊物を除去した後、イオン交換樹脂に通して金属を除去して遊離酸を回収し、該回収した遊離酸を前記硫酸浴に戻すことにより前記硫酸浴の金属濃度を目標85g/L以下に制御することを特徴とするステンレス鋼帯の酸洗方法。
【請求項2】
前記硫酸浴の金属濃度の制御目標を、85g/L以下に代えて、酸洗促進剤使用時の地鉄溶解速度を確保可能な金属濃度とし、且つ地鉄溶解速度の低下に応じて前記酸洗促進剤を添加することを特徴とする請求項1記載のステンレス鋼帯の酸洗方法。
【請求項3】
ステンレス鋼帯の通板ライン内に硫酸浴を保持する硫酸浴槽を有するステンレス鋼帯の酸洗設備において、前記硫酸浴槽の浴液を一部抜出して貯え且つ該貯えた浴液を一部抜出して前記硫酸浴槽に戻す循環タンクと、該循環タンクの浴液を一部抜出しサイクロン及びフィルタに通して浮遊物を除去し清浄液にする浴液浄化手段と、前記清浄液をイオン交換樹脂に通して金属を除去し、得られた遊離酸を回収して前記循環タンクに戻す金属除去及び酸回収手段とを有することを特徴とするステンレス鋼帯の酸洗設備。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2007−204821(P2007−204821A)
【公開日】平成19年8月16日(2007.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−26718(P2006−26718)
【出願日】平成18年2月3日(2006.2.3)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】