説明

スポット溶接部の破断ひずみ算出方法、基準破断ひずみ算出方法

【課題】有限要素法によるスポット溶接部の解析において、要素サイズによらずに破断ひずみを算出することができる破断ひずみの算出方法を提供する。
【解決手段】同一のスポット溶接継手について複数の要素サイズで解析モデルを作成し、有限要素法によりそれぞれの解析モデルでスポット溶接部の母材及び/又は熱影響部の破断ひずみεCRを計算し、要素サイズを定める要素サイズパラメータRb、Rh,Divと破断ひずみとεCRの関係を求め、この関係により所定の要素サイズパラメータRb、Rh,Divの値から母材及び/又は熱影響部の破断ひずみεCRを求める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有限要素法による解析(以下「FEM(Finite Element Method)解析」という。)を用いたスポット溶接部の破断ひずみ算出方法、基準破断ひずみ算出方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
スポット溶接は、自動車組立工程における鋼板の接合方法として広く用いられている。自動車は、衝突時に自動車部材のスポット溶接部が破断することで衝突エネルギーを吸収し、乗員の安全を図っている。そのため、自動車の衝突エネルギー吸収性能を把握するため、スポット溶接部の破断を正確に予測することが重要である。
【0003】
この破断予測の方法として、FEM解析を用いる方法がある。FEM解析とは数値解析方法の一種であり、主に物体をコンピュータでモデル化し、そのモデルを細かいメッシュの要素に分割して各要素について数値を近似して求めるものである。FEM解析は、単純な形状であれば短時間で解析精度の高い細分割化された有限要素解析モデル(以下単に「解析モデル」ということがある。)を使用できる。しかし、自動車部材のように複雑な形状では、計算時間が膨大になることからシェル要素などで簡略化した解析モデルを使用し、要素サイズを大きくして計算時間を短縮する。しかし、FEM解析の精度は要素サイズにより決まるため、解析時間と解析精度を両立させることが困難である。
【0004】
特許文献1には、十字型引張試験及び/又はせん断型引張試験を基に、破断強度パラメータを算出し、この破断強度パラメータを有限要素法により求めた破断予測式に導入して、スポット溶接部の破断を予測する方法、及びこれらを実行する手段を有するスポット溶接部の破断予測装置が開示されている。かかる技術によれば、コンピュータ上の有限要素法解析により、例えば自動車部材のスポット溶接をモデル化した部分での破断予測を正確に行うことができる、とされている。
【0005】
非特許文献1には、動的陽解法に用いるスポット溶接部のモデル構造として、溶着面(以下「ナゲット」という。)周りに破断判定用の要素を設けている。これによれば、CAEでスポット溶接部の亀裂発生までの変位状況、変位ともに実験をよく模擬しており、板厚違い、あらゆる負荷モード(せん断、剥離、十字引張り、U字引張りなど。以下「荷重モード」ということがある。)に対してプラグ破断をシミュレートすることが可能である、とされている。
【0006】
非特許文献2では、超小型試験片を用いてスポット溶接各部の母材、熱影響部(以下「HAZ(Heat Affected Zone)」ということがある。)、ナゲットの各部位の応力−ひずみ関係を個別かつ定量的に測定し、その応力−ひずみ関係から、超小型試験片をFEM解析することにより各部位の破断ひずみを求める。そして、解析モデルにおいて先にこの破断ひずみに達した部位を破断と判定しその強度を求めることで、溶接継手の破断位置及び破断強度を予測している。これによれば、溶接継手の破断位置及び破断強度を高精度で予測できる、とされている。
【特許文献1】特開2005−326401号公報
【非特許文献1】トヨタ自動車株式会社 「動的陽解法によるシートベルトアンカ強度解析手法の開発」 自動車技術会論文集Vol.32,No.2,April 2001 研究論文(18)
【非特許文献2】住友金属工業株式会社 「スポット溶接部の力学特性の測定と継手引張強度の予測」 自動車技術会論文集Vol.36,No.1,January 2005 研究論文
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1に記載の技術では、継手の板幅、回転角などを入力しなければ破断強度パラメータが算出できないため、複雑なスポット溶接部、例えば湾曲した形状の鋼板に不規則にスポット溶接された部材では、破断の予測が困難であるという問題があった。また、CAEモデルにナゲット、HAZ、母材の材料特性を分けて設定する記載がなく、材料特性がナゲット、HAZ、母材に分けて設定されないことで破断予測を精度良く行うことができないという問題があった。
【0008】
非特許文献1に記載の方法では、破断ひずみとなる適正な限界塑性ひずみは試行錯誤により設定しなければならず、また、ひずみに影響を与える解析モデルの要素サイズに関する記述がないため、解析モデルを作成する度に破断ひずみ決定のための試行錯誤をしなければならないという問題があった。また、解析モデルにナゲット、HAZ、母材の材料特性を分けて設定する記載がなく、材料特性がナゲット、HAZ、母材に分けて設定されないことで破断予測を精度良く行うことができないという問題があった。
【0009】
非特許文献2に記載の方法では、解析モデルの要素サイズを数10μmのソリッド要素で分割する必要がある。そのため、自動車部材のように複雑かつ大きな解析モデルでは、計算時間が増大し、さらに、解析メッシュの作成にも多大な時間と人的労力を要するという問題があった。
【0010】
そこで、本発明は上記問題を解決するため、解析モデルの形状、ナゲット径、要素サイズによらずに破断ひずみを算出することができ、かつ解析精度の良いスポット溶接部の破断ひずみ算出方法、及び基準破断ひずみ算出方法などを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
以下、本発明について説明する。なお、本発明の理解を容易にするために添付図面の参照符号を括弧書きにて付記するが、それにより本発明が図示の形態に限定されるものではない。
【0012】
請求項1に記載の発明は、有限要素法を用いたスポット溶接部の破断ひずみ算出方法であって、スポット溶接部を有する同一のスポット溶接継手(1〜3)について複数の要素サイズで解析モデル(4〜6)を作成する工程と、有限要素法によりそれぞれの解析モデルでスポット溶接部の母材(33)及び/又は熱影響部(32)の破断ひずみを計算する工程と、要素サイズを定める要素サイズパラメータと破断ひずみとの関係を求める工程と、この関係により所定の要素サイズパラメータの値から母材及び/又は熱影響部の破断ひずみを算出する工程とを有することを特徴とするスポット溶接部の破断ひずみ算出方法を提供することにより前記課題を解決する。
【0013】
「要素サイズパラメータ」とは、解析モデルにおける各要素の大きさを表す変数(パラメータ)であり、要素サイズ自体であっても、要素サイズから定義される値であっても良い。要素サイズパラメータの具体例としては、要素サイズ自体として、後述する母材要素の半径方向長さRb、HAZ要素の半径方向長さRh、母材要素の周方向長さCb、HAZ要素の周方向長さCh、ナゲット中心の円を考えた場合の周方向の要素分割数Div、母材要素の対角長さRbDia、HAZ要素の対角長さRhDia、母材要素の半径方向長さRbMax、HAZ要素の半径方向長さRhMaxなどを挙げることができる。また、要素サイズから定義される値として、後述するEb、Eh、Ebhなどを挙げることができる。ただし、要素サイズパラメータはこれらの変数に限定されず、要素の大きさを表す変数であれば、他を用いることが可能である。
【0014】
また、「所定の」要素サイズパラメータの値とは、スポット溶接部の破断を解析する被溶接物の解析モデルなどにおける、破断ひずみを求めたい要素の要素サイズから求められる要素サイズパラメータの値である。
【0015】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載のスポット溶接部の破断ひずみ算出方法において、1又は2の要素サイズパラメータを用いることを特徴とする。
【0016】
請求項3に記載の発明は、請求項1又は2に記載のスポット溶接部の破断ひずみ算出方法において、それぞれの解析モデル(4〜6)にスポット溶接部の母材(33)、熱影響部(32)、及びナゲット(31)の材料特性を設定することを特徴とする。
【0017】
「材料特性」とは、スポット溶接の部位である母材、熱影響部、及びナゲットのヤング率、ポアソン比、応力σ−ひずみε関係など材料自体の特性を意味する。
【0018】
請求項4に記載の発明は、有限要素法を用いたスポット溶接部の基準破断ひずみ算出方法であって、スポット溶接部を有する、荷重モード及び/又はナゲット径(ND)の異なる複数のスポット溶接継手(1〜3)についてスポット溶接部の引張試験を行う工程と、すべてのスポット溶接継手のスポット溶接部の母材(33)及び/又は熱影響部(32)の要素サイズを定める要素サイズパラメータの値が同一となるように解析モデル(4〜6)を作成する工程と、有限要素法によりそれぞれの解析モデルで母材及び/又は熱影響部の破断ひずみを計算する工程と、引張試験の結果から、破断ひずみを用いて母材及び/又は熱影響部の基準破断ひずみを算出する工程とを有することを特徴とするスポット溶接部の基準破断ひずみ算出方法を提供することにより前記課題を解決する。
【0019】
「基準破断ひずみ」とは、荷重モード及び/又はナゲット径によらずに母材及び/又は熱影響部の部位ごとに用いることができる破断ひずみである。また、荷重モードとは、スポット溶接部に負荷される荷重の種類であり、一般的には引張せん断、L字型継手引張、U字型継手引張などがあるが、特にこれらに限定されず、他の荷重を用いることも可能である。
【0020】
請求項5に記載の発明は、請求項4に記載のスポット溶接部の基準破断ひずみ算出方法において、それぞれの解析モデル(4〜6)にスポット溶接部の母材(33)、熱影響部(32)、及びナゲット(31)の材料特性を設定することを特徴とする。
【0021】
請求項6に記載の発明は、請求項4又は5に記載のスポット溶接部の基準破断ひずみ算出方法を用いて複数の要素サイズパラメータの値について母材(33)及び/又は熱影響部(32)の基準破断ひずみを算出する工程と、要素サイズパラメータと母材及び/又は熱影響部の基準破断ひずみとの関係である破断基準を求める工程とを有することを特徴とするスポット溶接部の破断基準作成方法を提供することにより前記課題を解決する。
【0022】
請求項7に記載の発明は、有限要素法によるスポット溶接部の破断予測方法であって、スポット溶接部を有する被溶接物の解析モデル(60)を作成する工程と、被溶接物の解析モデルの要素サイズを定める要素サイズパラメータの値を求める工程と、請求項6に記載の破断基準作成方法により作成された破断基準を用い、被溶接物の要素サイズパラメータの値から母材(33)及び/又は熱影響部(32)の基準破断ひずみを求める工程と、被溶接物の解析モデルを有限要素法により解析し、要素のひずみを求める工程と、ひずみが基準破断ひずみ以上となった時に要素を破断と判定する工程とを有することを特徴とするスポット溶接部の破断予測方法を提供することにより前記課題を解決する。
【0023】
破断予測とは、スポット溶接の破断部位、破断位置、破断時の破断ひずみ、又は所定荷重での破断の有無などを予測することである。
【0024】
請求項8に記載の発明は、請求項7に記載のスポット溶接部の破断予測方法において、被溶接物の解析モデル(60)にスポット溶接部の母材(33)、熱影響部(32)、及びナゲット(31)の材料特性を設定することを特徴とする。
【0025】
請求項9に記載の発明は、要素に分割された解析モデル(60)を作成する解析モデル作成手段(52)と、解析モデルの要素サイズを定める要素サイズパラメータと要素の破断ひずみとの関係を記憶する記憶手段(51)と、要素サイズから要素サイズパラメータの値を求め、要素サイズパラメータの値から記憶手段を用いて破断ひずみを求める破断ひずみ設定処理手段(56)と、解析モデルを有限要素法により解析し、解析により求めた要素のひずみと破断ひずみとを比較する解析手段(54)と、を備えることを特徴とするスポット溶接部の破断予測装置(50)を提供することにより前記課題を解決する。
【発明の効果】
【0026】
請求項1に記載の発明によれば、要素サイズパラメータと破断ひずみとの関係から、どのような要素サイズであっても、要素サイズパラメータの値を求めることで、母材及び/又は熱影響部の破断ひずみを求めることができる。
【0027】
請求項2に記載の発明によれば、1又は2の要素サイズパラメータを用いることで、要素サイズパラメータと破断ひずみとの関係が簡単化されるため、要素サイズパラメータから破断ひずみを容易に求めることができる。
【0028】
請求項3に記載の発明によれば、解析モデルに母材、熱影響部、及びナゲットの材料特性を分けて設定することにより、FEM解析の精度を向上させることができる。これにより、精度の良い破断ひずみを得ることができる。
【0029】
請求項4に記載の発明によれば、荷重モード及び/又はナゲット径に関係しない破断ひずみである基準破断ひずみが求められる。これにより、解析モデルの形状及び/又はスポット溶接部のナゲット径に関係なく、基準破断ひずみを母材及び/または熱影響部の部位ごとにひずみに関する破断の判定基準として用いることができる。
【0030】
請求項5に記載の発明によれば、解析モデルに母材、熱影響部、及びナゲットの材料特性を分けて設定することにより、FEM解析の精度を向上させることができる。これにより、精度の良い基準破断ひずみを得ることができる。
【0031】
請求項6に記載の発明によれば、要素サイズパラメータと母材及び/又は熱影響部の基準破断ひずみとの関係である破断基準が求められる。これにより、解析モデルの要素サイズから要素サイズパラメータの値を求めることで、基準破断ひずみを求めることができる。したがって、解析モデルの形状及び/又はスポット溶接部のナゲット径、解析モデルの要素サイズに関係なく、要素のひずみに関する破断の判定基準を得ることができる。
【0032】
請求項7に記載の発明によれば、請求項6に記載の破断基準作成方法により作成された破断基準を用いることで、被溶接物の形状及び/又はスポット溶接部のナゲット径、解析モデルの要素サイズに関係なく、要素のひずみに関する破断の判定基準を得ることができる。そのため、どのような被溶接物であっても、スポット溶接部の破断を予測することが可能である。
【0033】
請求項8に記載の発明によれば、被溶接物の解析モデルに母材、熱影響部、及びナゲットの材料特性を分けて設定することにより、被溶接物の解析モデルにおけるFEM解析の精度を向上させることができる。これにより、スポット溶接部の破断予測の精度を向上させることができる。
【0034】
請求項9に記載の発明によれば、スポット溶接部の破断予測装置が要素サイズパラメータと要素の破断ひずみとの関係を記憶する記憶手段、及び破断ひずみ設定処理手段を備えることで、被溶接物の解析モデルの要素サイズに関係なく、破断ひずみを求めることができる。そのため、解析モデルの要素サイズに関わらず、被溶接物のスポット溶接部の破断を予測することが可能である。
【0035】
また、破断ひずみとして基準破断ひずみを用いることで、被溶接物の形状及び/またはスポット溶接部のナゲット径、解析モデルの要素サイズに関係なく、要素のひずみに関する破断の判定基準を得ることができる。そのため、どのような被溶接物についても、スポット溶接部の破断を予測することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
以下本発明を図面に示す実施形態に基づき説明するが、以下に説明するものは本発明の実施形態の一例であって、本発明はその要旨を超えない限り以下の説明になんら限定されるものではない。
【0037】
<試験モデル及び解析モデル>
図1〜3の(a)はスポット溶接継手の試験片1〜3、(b)は試験片1〜3の有限要素解析モデル4〜6を示す図である。図1は引張せん断試験の試験片(以下「TS」という。)、図2はL字型継手引張試験の試験片(以下「LT」という。)、図3はU字型継手引張試験の試験片(以下「UT」という。)であり、引張試験の状態が示されている。図1〜3の(a)では、ナゲット10でスポット溶接された試験片1〜3が、チャック12、12、又は冶具13に固定されている。かかる構成により、スポット溶接部が破断するまで試験片1〜3に引張荷重11を与える。これにより、引張試験による引張荷重11とひずみεとの関係を求めることができる。
【0038】
図1〜3の(b)の解析モデル4〜6は、計算時間を短縮する目的で、それぞれシェル要素でメッシュ分割されるとともに、TSは幅方向での1/2対称モデル、LTは幅方向と溶接面での1/4対称モデル、UTは長さ方向と幅方向と溶接面での1/8対称モデルとされている。それぞれの解析モデル4〜6は、試験片1〜3と同様にナゲット20でスポット溶接されている。また、負荷部22に引張荷重21が与えられることで、ナゲット20に引張荷重23が発生している。これにより、解析モデル4〜6による引張荷重21とひずみとεの関係を求めることができる。
【0039】
<スポット溶接部>
図4は、スポット溶接部を示す図である。図4(a)は外観斜視図、図4(b)は図4(a)の破線30における縦断面図である。なお、図4はTSについて示されているが、他の試験片についても同様である。図4(a)のとおり、スポット溶接の部位は、溶融後の溶着面であるナゲット31、ナゲット31周辺で溶接熱の影響を受けた領域であるHAZ32、溶接熱の影響を受けていない母材33に分けられる。図4(b)のとおり、ナゲット31の寸法はナゲット径ND、HAZの寸法はHAZ幅32aとする。ここで、HAZ幅32aは、HAZ32の半径方向長さである。スポット溶接の各部寸法、ナゲット径ND、HAZ幅32aは、断面から計測することができる。また、スポット溶接の各部寸法を算出する計算式を用いてもよい。例えば、ナゲット径NDは、一般式として知られる次の(1)式で求めることができる。
【0040】
【数1】

ここで、tは被溶接物の板厚である。また、kは係数であり、断面の計測で蓄積した寸法データから求めることができる。なお、各部の寸法算出の計算式は、上述した(1)式の他にも、スポット溶接部の断面を計測し、蓄積した寸法のデータから作成することが可能である。このようにして測定又は算出した寸法から、解析モデルにスポット溶接部の各部位であるナゲット31、HAZ32、および母材33を作成する。
【0041】
図5は、ナゲット31、HAZ32、母材33(図4参照)の応力σ−ひずみεの関係を示す図である。ナゲット31、HAZ32、母材33の各応力σ31、σ32、σ33は、各部位の試験片を採取して試験をしたデータである。HAZ32については試験片を採取する場所によって引張強さが変化する。そのため、一般に成り立つ応力σ−ひずみεの関係を表した次の(2)式により、計算でHAZ32’の応力σ32’を求めることができる。
σ32’=a・σ33+(1−a)・σ31 ・・・(2)
(ただし、0<a<1)
ここで、aは定数である。図5では、σ32’の一例が示されている。図5のとおり、各部位31〜33の引張強さは、母材33<HAZ32<ナゲット31の関係にある。そのため、スポット溶接部の破断の予測精度を確保するためには、FEM解析において、ナゲット31とHAZ32の材料特性を解析モデルに設定することが必要である。材料特性は、ヤング率、ポアソン比、応力σ−ひずみε関係などである。
【0042】
<破断ひずみの算出>
図6は、試験片の解析モデルにおける破断ひずみεCRの算出例である。ここでは、試験片をLTとする。図6では、横軸は試験片全体の変位量λであり、縦軸は引張荷重P又は解析モデルにおける要素のひずみεである。図6には、試験での荷重変化40、FEM解析での荷重変化41、FEM解析での最大相当塑性ひずみの変化42、継手最大荷重43、FEM解析での破断変位44、FEM解析での破断ひずみεCRが示されている。なお、以下、母材33の破断ひずみをε(Base)CR、HAZ32の破断ひずみをε(HAZ)CRとする。
【0043】
LTのスポット溶接部の母材33(図4参照)要素の破断ひずみε(Base)CRを求める方法について説明する。まず、LTを図2(a)のとおり引張試験することで、試験での荷重変化40を求める。次に、LTを図2(b)のとおり解析モデルでFEM解析することで、FEM解析での荷重変化41を求める。この時、FEM解析で母材の最大相当塑性ひずみの変化42を求める。試験での荷重変化40のピーク荷重を継手最大荷重43とし、継手最大荷重43で試験片のスポット溶接部が破断することとする。そのため、継手最大荷重43とFEM解析での荷重変化41との交点から、FEM解析での破断変位44を求める。そして、FEM解析での破断変位44と、母材の最大相当塑性ひずみの変化42との交点から、母材の破断ひずみε(Base)CRを求めることができる。
【0044】
上記では、スポット溶接部が破断する時の荷重として継手最大荷重43を用いている。継手最大荷重43としては、引張試験を複数回実施して平均することが好ましい。これにより、妥当な荷重を用いることができるため、FEM解析の精度が低下することを防止することができる。また、スポット溶接部が破断する時の荷重は、試験片の材料などで異なるため、試験片に合わせて継手最大荷重43以外の荷重を用いることも可能である。
【0045】
なお、HAZ32(図4参照)要素の破断ひずみε(HAZ)CRを求めるには、FEM解析でHAZ32の最大相当塑性ひずみの変化を求めて、図6に使用する。同様にして、TS(図1参照)、UT(図3参照)などの荷重モード、及び/又はナゲット径ND(図4(b)参照)が異なる試験片について、図6により母材33及び/又はHAZ32の破断ひずみε(Base)CR、ε(HAZ)CRを求めることができる。
【0046】
表1は、荷重モード及び/又はナゲット径NDの異なる4つの試験片について、引張試験を行った結果の一例である。
【0047】
【表1】

試験片には、荷重モードTS、LT、及びUTを用い、TSはナゲット径NDが異なる2つの物を用いている。それぞれの試験片を、TS−1、TS−2、LT−1、及びUT−1とする。引張試験は試験1〜試験3まで各試験片について3回実施し、結果としてスポット溶接部の破断箇所が示されている。試験片により破断箇所が異なり、TS−1、TS−2は母材33(図4参照)、LT−1はHAZ32(図4参照)、UT−1は母材33又はHAZ32のいずれかで破断している。
【0048】
図7は、FEM解析から求めた表1の試験片の破断ひずみεCRを示す図である。破断ひずみεCRは、図6において説明した方法により求める。表1のとおり、各試験片は3回の引張試験が実施されているため、その結果を平均して試験での荷重変化40(図6参照)とする。そして、各試験片についてFEM解析を行うことで、上述した手順により、各試験片のHAZ32及び母材33について、図7のとおり破断ひずみε(Base)CR、ε(HAZ)CRを求めることができる。
【0049】
この時、各試験片の解析モデルの要素にナゲット31、HAZ32、及び母材33(図4参照)の材料特性を設定することで、FEM解析の精度が向上する。その結果、図7のとおり、母材破断を起こすTS−1、TS−2、及びUT−1の母材の破断ひずみε(Base)CRの差異、及びHAZ破断を起こすLT−1及びUT−1のHAZの破断ひずみε(HAZ)CRの差異が、それぞれ小さくなる。
【0050】
<基準破断ひずみの算出>
さらに、図7のとおり各試験片の破断ひずみεCRから、母材33及びHAZ32ごとに基準破断ひずみSεCRを求める。これは、試験片の引張試験による破断箇所を用いて、破断ひずみεCRを平均することなどにより求めることができる。例えば、表1のとおり、試験片TS−1、TS−2、及びUT−1は母材33で破断する。そのため、これらの試験片の母材33の破断ひずみε(Base)CRを平均し、母材33の基準破断ひずみSε(Base)CRとする。また、HAZ32で破断する試験片LT−1及びUT−1のHAZ32の破断ひずみε(HAZ)CRを平均し、HAZ32の基準破断ひずみSε(HAZ)CRとする。これにより、荷重モード及び/又はナゲット径に関係しない破断ひずみである基準破断ひずみが求められる。したがって、解析モデルの形状及び/又はスポット溶接部のナゲット径に関係なく、基準破断ひずみをひずみに関する破断の判定基準として用いることができる。
【0051】
また、破断時の応力多軸度(以下、破断応力多軸度)を基準破断ひずみSεCR算出のためのパラメータとして用いることができる。ここで「応力多軸度」は垂直方向平均応力と相当応力との比で表され、応力多軸度が高いと相当塑性ひずみは低くても延性破壊が発生するとされている。TSはスポット溶接面に対して平行方向に引張るが、LT、UTではスポット溶接面に対して垂直方向に引張るためスポット溶接面周辺での曲げの効果が大きくなる。曲げの効果が大きいと垂直方向応力は板の上面下面で引張りと圧縮のバランスが長く保たれて応力多軸度は上昇するため、破断箇所が同じであればTSに比べLT、UTの方が破断応力多軸度は高い傾向になる。
【0052】
表2にはナゲット径を同じとして荷重モードを変えた(TS、UT)場合における破断箇所の試験例を示した。
【0053】
【表2】

【0054】
表2のとおり、試験片TS−1a、UT−1aは母材33で破断する。また、図8は、表2の試験片の解析モデルによる破断ひずみと破断応力多軸度の算出結果の分布である。ここでは、破断箇所である「Base」は省略して説明する。P1はTS−1a、P2はUT−1aの結果である。破断応力多軸度TCRは図6に示した破断ひずみεCRの算出と同様に、ひずみεを応力多軸度Tに置き換えて算出する。P1とP2を結んだ線を破断限界線として、破断応力多軸度から直線近似で基準破断ひずみSεCRを求めることができる。これは、試験片毎の破断ひずみの差異が大きく、平均化が適していない場合に効果がある。P1とP2の範囲外では、P1とP2の破断ひずみεCRを基準破断ひずみSεCRとする。破断応力多軸度による基準破断ひずみSεCRの算出式をまとめると(3)式、(4)式、(5)式になる。試験片が3つ以上の場合は、破断限界線を増やして(4)式を複数用いても良いし、誤差最小化法により破断限界線を1つにしても良い。また、破断応力多軸度の多項式で近似して求めても良い。
SεCR = εCR1 :(TCR<TCR1) ・・・(3)
SεCR = TCR・a1+b1 :(TCR1≦TCR≦TCR2) ・・・(4)
SεCR = εCR2 :(TCR2<TCR) ・・・(5)
ここで式中におけるa1及びb1は係数である。
【0055】
なお、基準破断ひずみSεCRの求め方は上記方法に限定されず、一般的に用いられる複数の値から一の代表値を決定する方法が適用可能である。特に、解析モデルの荷重モード及び/又はナゲット径NDが明らかな場合などは、その荷重モード及び/又はナゲット径NDに一致、又は近似する特定の試験片の破断ひずみεCRを破断基準ひずみSεCRとすることが可能である。また、同様の理由から、一部の試験片の破断ひずみεCRを用いて、平均又は近似の度合いにより荷重平均などをすることで、基準破断ひずみSεCRを求めることが可能である。
【0056】
<FEM解析による破断判定及び破断予測>
FEM解析での破断判定は(6)又は(6)'式の条件で行うことができる。
ε(Base)CR≦ε(Base) 又は ε(HAZ)CR≦ε(HAZ) ・・・(6)
Sε(Base)CR≦ε(Base) 又は Sε(HAZ)CR≦ε(HAZ) ・・・(6)’
ここで、ε(Base)は母材の最大相当塑性ひずみ、ε(HAZ)はHAZの最大相当塑性ひずみである。(6)式のとおり、母材の最大相当塑性ひずみε(Base)が母材の破断ひずみε(Base)CRに到達、又は、HAZの最大相当塑性ひずみε(HAZ)がHAZの破断ひずみε(HAZ)CRに到達した場合、先に到達した部位で破断したと判定する。(6)’式のとおり、破断ひずみε(Base)CR、ε(HAZ)CRに代えて、破断基準ひずみSε(Base)CR、Sε(HAZ)CRを用いた場合についても同様である。
【0057】
上記判定により、ナゲット31(図4参照)から1mm前後離れた母材33(図4参照)が破断箇所になる場合は、母材33で破断して溶接部が抜けるボタン破断と特定することができる。ボタン破断は、母材33で十分に伸びて破断するため、脆性的な破断ではないことが特徴であり、エネルギー吸収量も多く、好ましい破断モードと言える。一方で、HAZ32(図4参照)が破断箇所になる場合は、ナゲットに隣接しているため、界面破断を起こす危険性を含んでいると考えられる。ナゲット31の界面で破断する界面破断は、脆性的であり、十分にエネルギーを吸収できないまま破断する現象のため、危険とされている。実際に鋼種(590〜980MPa級)、荷重モード、ナゲット径、板厚が異なる40種の試験片で引張試験を各3回実施した結果、16種の試験片で界面破断が生じ、そのうち母材33で破断した場合があった試験片は0種だが、HAZ32で破断した場合があった試験片は4種であった。そのため、母材33、HAZ32の破断箇所を予測することは、界面破断の危険性を含んでいるスポット溶接部を予測するという点においても効果的である。
【0058】
図9は、解析モデルのスポット溶接部付近の拡大図である。図9(a)は、スポット溶接部の1/4が図示されている。図9(b)は、図9(a)のHAZ要素41及び母材要素42の拡大図である。ナゲット31の中心Oを円の中心として、HAZ32及び母材33について、円周状及び周方向に要素を分割する。この周方向の要素分割数をDiv(以下単に「Div」ということがある。)とする。図4(b)のとおり、HAZの幅32aは、スポット溶接部の断面から計測することができる。また、一般的な、又は断面の計測で蓄積した寸法のデータから作成されたスポット溶接部の各部の寸法を算出する計算式を用いて、求めることができる。これにより、HAZ要素41を半径方向に設定する数により、HAZ要素41の半径方向の要素サイズRhが決定される。ここでは、HAZ要素41は、半径方向に1列設定されている。また、HAZ要素41の周方向の要素サイズChは、HAZ要素41の半径方向大きさの中間位置でのサイズとするため、周方向の要素分割数Divを決定することで求められる。このDivは、任意で決定することができる。このようにして、HAZ要素41のサイズは、Rh及びCh、又はRh及びDivで定めることができる。一方、母材要素42は、半径方向の要素サイズRbを任意で定めることができる。また、母材要素42の周方向の要素サイズCbは、母材要素42の半径方向中間位置でのサイズとするため、要素サイズRb及び周方向の要素分割数Divを決定することで求められる。Divは、HAZ要素41のDivと同一とする。これにより、母材要素42のサイズは、Rb及びCb、又はRb及びDivで定めることができる。
【0059】
図10(a)は、母材要素42(図9参照)の周方向の要素分割数Divと母材33(図9参照)の破断ひずみε(Base)CRとの関係を示す図である。Div以外は同一とする複数の解析モデルを作成し、図6により各解析モデルで母材33の破断ひずみε(Base)CRを求める。Divが小さいほど母材要素42のサイズが大きくなるので、破断ひずみε(Base)CRは小さくなる傾向にある。なお、上述のとおり、Divから母材要素42のサイズCb(図9参照)を求めることができるため、図10(a)は要素サイズCbと母材33の破断ひずみε(Base)CRとの関係とすることもできる。図10(b)は、母材要素42の要素サイズRb(図9参照)と母材33の破断ひずみε(Base)CRとの関係を示す図である。要素サイズRb以外は同一とする複数の解析モデルを作成し、図6により各解析モデルで母材33の破断ひずみε(Base)CRを求める。Rbが小さいほど破断ひずみε(Base)CRは大きくなる傾向にある。
【0060】
(要素サイズパラメータ)
このように、要素サイズRb及びCb又はDivの変化に伴い、母材33の破断ひずみε(Base)CRの値が変化する。したがって、この関係を定めることで、任意の要素サイズRb及び、Cb又はDivで母材33の破断ひずみε(Base)CRを求めることができる。そのため、要素サイズRb及びCbから、要素サイズパラメータEbを設定する。要素サイズパラメータEbは(7)式で定義される。
Eb=Rb・s1+Cb・s2 ・・・(7)
(0≦s1、0≦s2)
ここで、s1、s2は、破断ひずみε(Base)CRに関係する要素サイズRb、Cbの重み係数で、次のとおり破断時の塑性ひずみ成分の比率から求めることができる。
【0061】
図11は、要素の破断時の塑性ひずみを示す図である。図11(a)は、1の要素における破断時の塑性ひずみの解析出力を示す図である。図11(b)は、HAZ要素41及び母材要素42における破断時の塑性ひずみの解析出力を示す図である。図11(a)のとおり、各要素では直交する2軸X、Yの方向に塑性ひずみPEx、PEyが出力される。そのため、図11(b)のとおり、HAZ要素41では塑性ひずみPEx(HAZ)、PEy(HAZ)が出力される。また、母材要素42では、塑性ひずみPEx(Base)、PEy(Base)が出力される。ここで、母材要素42においては、図9のとおり要素サイズRb、Cbの方向は直交しない。そのため、要素サイズRbと塑性ひずみPEx(Base)の方向は一致するが、要素サイズCbと塑性ひずみPEy(Base)の方向は一致しない。そこで、周方向の要素分割数Divを、例えば128のように大きくすることで、要素サイズCbと塑性ひずみPEy(Base)の方向を近似させている。これにより、重み係数s1、s2を、次の(8)、(9)式で求めることができる。
s1=PEx(Base)/(PEx(Base)+PEy(Base)) ・・・(8)
s2=1−s1 ・・・(9)
なお、上記(8)、(9)式は、重み係数s1、s2の算出方法の一例であって、重み係数s1、s2の算出方法はこれに限定されず、他の算出方法を用いることも可能である。
【0062】
図12は、要素サイズパラメータEbと母材33(図9参照)の破断ひずみε(Base)CRとの関係を示す図である。要素サイズパラメータEbを変更して複数の解析モデルを作成し、図6により各解析モデルの母材の破断ひずみε(Base)CRを求めている。この破断ひずみε(Base)CRの分布を双曲線などのマスターカーブCmで近似することができる。これにより、任意の要素サイズパラメータEbについて、破断ひずみε(Base)CRを求めることができる。
【0063】
図13(a)は、HAZ要素41のサイズRh(図9参照)とHAZ32(図9参照)の破断ひずみε(HAZ)CRとの関係を示す図である。要素サイズRh以外は同一とする複数の解析モデルを作成し、図6により各解析モデルでHAZ32の破断ひずみε(HAZ)CRを求める。Rhが小さいほどHAZ32の破断ひずみε(HAZ)CRは大きくなる傾向にある。HAZ要素41のサイズChとHAZ32の破断ひずみε(HAZ)CRとの関係についても同様である。図13(b)は、母材要素42のサイズRb(図9参照)とHAZ32(図9参照)の破断ひずみε(HAZ)CRとの関係を示す図である。要素サイズRb以外は同一とする複数の解析モデルを作成し、図6により各解析モデルでHAZ32の破断ひずみε(HAZ)CRを求めている。要素サイズRhとは異なり、要素サイズRbが小さいほどHAZ32の破断ひずみε(HAZ)CRは小さくなる傾向にある。これは、要素サイズRbは母材33の要素サイズであるため、要素サイズRbを小さくすることで母材33が大きく伸ばされるが、全体での伸びは変わらないことから、HAZ要素41の伸びが小さくなるためである。要素サイズCbとHAZ32の破断ひずみε(HAZ)CRとの関係についても同様である。このように、要素サイズRh、Ch、Rb及びCbの変化に伴い、HAZ32の破断ひずみε(HAZ)CRの値が変化する。したがって、この関係を定めることにより、任意の要素サイズRh、Ch、Rb及びCbでHAZ32の破断ひずみε(HAZ)CRを求めることができる。そのため、上述した(7)式のとおり、要素サイズRb及びCbから設定される要素サイズパラメータEbを用いる。また、要素サイズRh及びChから、要素サイズパラメータEhを設定する。要素サイズパラメータEhは(10)式で定義される。
Eh=Rh・t1+Ch・t2 ・・・(10)
(0≦t1、0≦t2)
ここで、t1、t2は破断ひずみε(HAZ)CRに関係する要素サイズRh、Chの重み係数で、次のとおり破断時の塑性ひずみ成分の比率から求めることができる。
【0064】
図11におけるHAZ要素41での破断時の塑性ひずみPEx(HAZ)、PEy(HAZ)を用い、上述した母材要素42の重み係数s1、s2と同様にして、重み係数t1、t2を次の(11)、(12)式で求めることができる。
t1=PEx(HAZ)/(PEx(HAZ)+PEy(HAZ)) ・・・(11)
t2=1−t1 ・・・(12)
なお、上記(11)、(12)式は、重み係数t1、t2の算出方法の一例であって、重み係数t1、t2の算出方法はこれに限定されず、他の算出方法を用いることも可能である。
【0065】
図14は要素サイズパラメータEb、EhとHAZ32(図4参照)の破断ひずみε(HAZ)CRとの関係を示す図である。要素サイズパラメータEb、Ehを変更して複数の解析モデルを作成し、図6により各解析モデルのHAZ32の破断ひずみε(HAZ)CRを求めている。この破断ひずみε(HAZ)CRの分布を直交積曲面などのマスター曲面Smで近似することができる。直交積曲面とは、制御点を格子状に配置した曲面のことで、ここでは制御点を予めFEM解析で計算した破断ひずみε(HAZ)CRに置き換えて、2軸をEb、Ehとして格子状に配置する。高さ方向を破断ひずみε(HAZ)CRの値にしているため、曲面に分布している。これにより、任意の要素サイズパラメータEb、Ehについて、HAZ32の破断ひずみε(HAZ)CRを求めることができる。
【0066】
なお、破断ひずみε(HAZ)CRの算出に用いる要素サイズパラメータはEb、Ehに限定されず、他の要素サイズパラメータを用いることが可能である。例えば、母材33及びHAZ32の要素サイズRb、Cb、Rh、Chをまとめた要素サイズパラメータEbhを用いても良い。要素サイズパラメータEbhは(13)式で定義される。
Ebh=Rb−m・r1+Cb−n・r2+Rh・r3+Ch・r4 ・・・(13)
(ただし、0≦m、0≦n、0≦r1、0≦r2、0≦r3、0≦r4)
【0067】
ここで、m、nは要素サイズRb、Cbの影響係数である。また、r1、r2、r3、r4は破断ひずみε(HAZ)CRに関係する要素サイズRb、Cb、Rh、Chの重み係数で、破断時の塑性ひずみ成分の比率から求めることができる。なお、上述したとおり、HAZ要素41(図9参照)のサイズRh、Chが小さくなると破断ひずみε(HAZ)CRは大きくなるが、母材要素42(図9参照)のサイズRb、Cbが小さくなると破断ひずみε(HAZ)CRは小さくなる。そのため、母材要素42(図9参照)サイズRb、CbにはRb−m、Cb−nと負の指数を与える。これにより、要素サイズRb、Cbが小さくなると要素サイズパラメータEbhは大きくなるため、破断ひずみε(HAZ)CRが小さくなる。
【0068】
要素サイズパラメータEbhは、例えば上述した重み係数s1、s2、t1、t2を用いて、次の(14)式で定めることができる。
Ebh=(Rb・s1)−m+(Cb・s2)−n+Rh・t1+Ch・t2 ・・・
(14)
なお、上記(14)式は、要素サイズパラメータEbhの一例であって、要素サイズパラメータEbhの式、又は重み係数r1、r2、r3、r4はこれに限定されず、他の式
又は値を用いることも可能である。
【0069】
また、HAZ要素41及び母材要素42の要素サイズパラメータとして、図15(a)に示す要素の対角長さRbDia、RhDia、又は図15(b)に示す要素の半径方向最大長さRbMax、RhMaxを用いても良い。図15(b)のR1は、半径方向に対する要素の傾きで、周方向の要素分割数Divによって変化する。図10(a)のとおり、Divを小さくすると母材33(図4参照)の破断ひずみε(Base)CRは減少傾向に大きく変化するが、Divを大きくしても母材33の破断ひずみε(Base)CRの増加傾向への変化は小さいことが分かる。これは、Divを大きくした場合、R1の変化が小さくなって、要素の半径方向長さRbMax、RhMaxの変化が小さくなるためである。したがって、破断ひずみεCRは、半径方向で要素が占める最大領域である半径方向最大長さRbMax、RhMaxの影響を大きく受けると考えられる。
【0070】
図16は、要素サイズパラメータRbMaxと母材33(図4参照)の破断ひずみε(Base)CRとの関係を示す図である。RbMaxを横軸にした場合、母材33の破断ひずみの変化は線形になるため、線形近似をすることができる。RhMaxと、HAZ32(図4参照)の破断ひずみε(HAZ)CRとの関係についても同様である。そのため、任意の要素サイズパラメータRbMax、RhMaxについて、容易に母材33及びHAZ32の破断ひずみを求めることができる。
【0071】
図14で示したマスター曲面Smに関して、EbとEhの組み合わせが不規則で直交積曲面が使用できない場合は、任意曲線群を補間するロフテッド曲面などで近似しても良い。表3及び表4に例を示す。
【0072】
【表3】

【0073】
【表4】

【0074】
表3はRb=0.5mm、1mm、2mm、4mm、Rh=0.25mm、0.5mm、1mmの要素サイズの組み合わせで作成した12種類の解析モデルでFEM解析を行い、破断ひずみεCR(i,j)を計算している。この例では、Rb、Rhで破断ひずみεCR(i,j)を格子状に配置できるので直交積曲面を使用できる。しかし、表4では、表3と同じ要素サイズの組み合わせにおいて、一部について破断ひずみεCR(i,j)が計算されておらず、格子状に配置できないため直交積曲面を使用できない。この場合には、ロフテッド曲面などで近似してもよい。
【0075】
図17は、要素サイズパラメータから破断ひずみεCRを求める方法を示す図である。図17(a)は、要素サイズRb、Rh及びDivと破断ひずみεCRとの関係を示す図である。図17(a)では、一例として3種類のDiv=8、16、32でマスター曲面Sm1、Sm2、Sm3を作成している。そして、それぞれの曲面Sm1、Sm2、Sm3について、破断ひずみεCRを求めたい要素の要素サイズRb、Rhから、破断ひずみεCR1、εCR2、εCR3が算出されている。
【0076】
図17(b)は、破断ひずみεCR1、εCR2、εCR3から任意の要素サイズCbについて破断ひずみを求める方法を示す図である。図17(b)では、横軸が要素サイズCb、縦軸が破断ひずみεCRとなっている。図17(a)で算出されたεCR1、εCR2、εCR3のDivがCbに換算され、図17(b)のとおり記されている。そして、εCR1とεCR2との傾き、及びεCR2とεCR3との傾きで破断ひずみεCRを近似する線を描く。これにより、任意のCb43から破断ひずみεCRを求めることができる。したがって、任意のRb、Rh、Divからの破断ひずみεCRを算出可能である。
【0077】
なお、母材33とHAZ32(図4参照)の要素サイズから影響を受ける度合いは、母材33とHAZ32の引張強さのバランスで変化する。そのため、破断ひずみεCR算出に使用するマスターカーブCm(図12参照)又はマスター曲面Smは被溶接物の材料により異なる。また、上述した破断ひずみεCRと要素サイズとの関係定量化の技術は、破断ひずみεCRだけを対象にしたものではなく、他の解析結果を破断基準にする場合にでも適用できる。図18(a)は、Divと母材要素42(図9参照)の応力との関係を示す図である。Divが小さいほど要素サイズが大きくなるので応力は小さくなる傾向にある。図18(b)は要素サイズRb(図9参照)と母材要素42の応力との関係を示す図である。要素サイズRbが小さいほど応力は大きくなる傾向にある。このように、破断ひずみεCR以外の解析結果も要素サイズの影響を受けるため、本発明は破断ひずみεCR以外の解析結果へも適用可能である。
【0078】
(破断予測)
以上の方法により、スポット溶接部の破断予測を行う。表1に示す4種類の試験片を用いて、引張試験を行う。試験片は、図1(a)〜図3(a)のとおりであり、図1(a)のTSだけ、ナゲット径NDを変えて2種類の試験片とする。各種類の試験片について3回の引張試験を行う。破断箇所は、表5のとおりである。
【0079】
【表5】

【0080】
次に、上記4種類の試験片について解析モデルを作成する。解析モデルは、板厚1.2mm、板幅40mm、鋼種の引張強さは780MPa級とし、母材33、HAZ32、ナゲット31(図4参照)のそれぞれに材料特性を設定する。材料特性は、ヤング率205000MPa、ポアソン比0.3とし、応力σ−ひずみε関係は図19に示す母材33、HAZ32、ナゲット31をそれぞれ設定する。なお、図19は、FEM解析における塑性後の応力σ−ひずみεの関係を示している。要素サイズパラメータには、要素サイズRb、Rh、Divを用いる。Rbを1mm、2mm、4mm、Rhを0.1625mm、0.325mm、0.65mm、Divを8、16、32とする。これらの組み合わせにより、各試験片について27通りの解析モデルでFEM解析を行う。
【0081】
上述した要素サイズパラメータの組み合わせから、Rbが1mm、Rhが0.65mm、Divが32の場合について説明する。この要素サイズパラメータである各試験片の解析モデルについてFEM解析を行い、破断ひずみεCRを算出する。算出方法については、図6で説明したとおりである。FEM解析による破断ひずみεCRも表5に示した。これから、母材33及びHAZ32について、基準破断ひずみSεCRを求める。母材33の基準破断ひずみSε(Base)CRは、母材33で破断した試験片TS−1、TS−2、UT−1の母材33の破断ひずみε(Base)CRを平均化して0.258となる。HAZ32の基準破断ひずみSε(HAZ)CRは、HAZ32で破断した試験片LT−1、UT−1のHAZ32の破断ひずみε(HAZ)CRを平均化して0.152となる。
【0082】
同様にして、すべての要素サイズパラメータの組み合わせ27通りについてFEM解析を行い、基準破断ひずみSεCRを求める。これにより、母材33及びHAZ32のそれぞれについて、表6のとおり破断基準が作成される。
【0083】
【表6】

なお、破断基準は表6に限定されず、例えば要素サイズパラメータRb、Rh、Divのサイズを変更することはもちろん、要素サイズパラメータとして、上述したCb、Ch、Eb、Eh、Ebh、RhDia、RbDia、RhMax、RbMaxなどを用いることも可能である。
【0084】
そして、スポット溶接部の破断予測をしたい被溶接物について、解析モデルを作成する。このときの要素サイズは特に限定されず、自動メッシュ機能などを用いて任意の大きさで作成することができる。この解析モデルの要素について、各要素サイズパラメータの大きさを求め、表6の破断基準より基準破断ひずみSεCRを算出する。ここでは、要素サイズパラメータがRb、Rh、Divであり、図17(a)、図17(b)で説明した方法において、縦軸を基準破断ひずみSεCRとすることで、基準破断ひずみSεCRを求めることができる。そして、被溶接物の解析モデルについてFEM解析を行い、上述した(6)’式のとおり要素のひずみεが基準破断ひずみSεCRとなった時点で、破断と判定する。これにより、母材33又はHAZ32どちらの部位で破断するかについての破断部位、破断する要素からの破断位置、その時の破断応力、また所定荷重での破断の有無などの破断予測をすることができる。
【0085】
図20は、スポット溶接部の破断予測装置50を示す図である。破断予測装置50は、要素サイズパラメータと要素の破断ひずみとの関係を記憶する記憶手段である破断ひずみデータベース51、解析モデル作成手段であるプリプロセッサ52、プリプロセッサ52などで作成された解析モデルデータ53、FEM解析手段であるソルバー54、解析結果表示手段であるポストプロセッサ55、解析モデルデータ53及び破断ひずみデータベース51と接続された破断ひずみ設定処理手段56を有している。破断ひずみ設定処理手段56は、要素サイズ算出手段57と破断ひずみ近似手段58とを有している。なお、破断ひずみデータベース51には、上述した表5のとおり、要素サイズパラメ−タと基準破断ひずみSεCRとを定量関係化した破断基準を記憶しても良い。また、プリプロセッサ52、ソルバー54、ポストプロセッサ55については特に限定されず、一般的に使用されている解析モデル作成、FEM解析、解析結果表示のソフトなどを用いることが可能である。
【0086】
かかる構成により、プリプロセッサ52でスポット溶接部の破断予測をしたい被溶接物について、解析モデル60を作成する。図21(a)は、被溶接物のスポット溶接部周辺の解析モデルを示す図である。被溶接物は、板材が重ねられてスポット溶接されている。ここでは、解析モデルの簡易化から、スポット溶接部の1/2について、シェル要素で要素分割されている。図21(b)は、図21(a)のスポット溶接部の拡大図である。ナゲット61、61、HAZ62、62、母材63、63の各部位にそれぞれ材料特性を設定する。解析モデル60の各データは、解析モデルデータ53として出力される。なお、解析モデルデータ53はプリプロセッサ52に解析モデル作成ソフトを用いて出力されたデータだけでなく、手計算で作成したものでもよく、他にCADなどのモデリングツールで作成した形状データをメッシュデータに変換したものでもよい。
【0087】
図22は、要素サイズ計算手段57を示す図である。要素の節点情報、要素情報、節点集合情報、及び要素集合情報などの解析モデルデータ53を読み込み、HAZ要素64の半径方向長さRh60、周方向長さCh60、HAZ要素に隣接する母材要素65の半径方向長さRb60、及び周方向長さCb60を求める。
【0088】
図23は、破断ひずみ近似手段58を示す図である。ここでは一例として、破断ひずみデータベース51(図20参照)から母材63(図21参照)のマスター曲面を作成し、母材63の破断ひずみε(Base)CRを求める方法を説明する。破断ひずみデータベース51から、図23(a)のとおり、母材63の破断ひずみε(Base)CRについて、第1軸をRb、第2軸をRhとして、Div=8、16、32それぞれに対応するマスター曲面Sm1、Sm2、Sm3を作成する。
【0089】
図23(b)のとおり、Sm1において、要素サイズ計算手段56で算出したRb60、Rh60(図22参照)での破断ひずみε(Base)CR1の算出に双1次式パッチを適用する。双1次式パッチでは、直交積曲面において、任意位置を囲む4つの制御点の値から線形補間をすることで、任意位置での値を近似することができる。双1次式パッチにより、ε(Base)CR1を次の(15)式で求めることができる。
ε(Base)CR1=(1−v){(1−u)・E0,0+u・E0,1
+v・{(1−u)・E1,0+u・E1,1} ・・・(15)
ただし、u=(Rb60−Rb0,0)/(Rb0,1−Rb0,0
v=(Rh60−Rh0,0)/(Rh1,0−Rh0,0
ここで、E0,0、E0,1、E1,0、E1,1は制御点の母材63の破断ひずみε(Base)CRである。また、Rb0,0は制御点E0,0のRb座標、Rh0,0は制御点E0,0のRh座標、Rb0,1は制御点E0,1のRb座標、Rh1,0は制御点E1,0のRh座標である。他のマスター曲面Sm2、Sm3も同じ方法で破断ひずみε(Base)CR2、ε(Base)CR3を求めることができる。
【0090】
破断ひずみデータベース51のDivはCbに変換可能なことから、Div=8からCb1、Div=16からCb2、Div=32からCb3を算出する。要素サイズ計算手段56(図20参照)で算出した要素サイズCb60での母材63の破断ひずみε(Base)CRは、図23(c)のとおり、Cb1、Cb2、Cb3の値とCb60の値に基づいて、ε(Base)CR1とε(Base)CR2との傾きSL1、又はε(Base)CR2とε(Base)CR3との傾きSL2から線形補間で求めることができる。同様にして、HAZ62(図21参照)の破断ひずみε(HAZ)CRを求めることができる。これにより、母材63及びHAZ62の破断ひずみε(Base)CR、ε(HAZ)CRを解析モデルデータ53(図20参照)に設定する。
【0091】
図24は、解析モデル60(図21参照)のFEM解析の状況を示す図である。解析モデル60の下側の板材については、図の見易さから要素を灰色にしている。解析モデルデータ53を用いて、ソルバー54によりFEM解析を行い、ポストプロセッサ55で表示する(図20参照)。ソルバー54に市販ソフトであるABAQUS/Explicitを用い、母材、HAZ、ナゲットの各部位ごとに図23で求めた破断ひずみε(Base)CR、ε(HAZ)CRを設定することで、破断ひずみε(Base)CR、ε(HAZ)CRに到達した要素の応力を強制的に0にして、その要素を取り除いた状態で解析を進めることができる。図24(a)は初期状態である。図24(b)は母材63(図21参照)が破断した状態である。一部の母材要素65の相当塑性ひずみが設定した破断ひずみε(Base)CRに到達して、その要素が取り除かれている。図24(c)は破断がさらに進展した状態である。このようにして、本発明の破断予測装置50(図20参照)を用いることで、スポット溶接部が複数個ある部材であっても破断ひずみεCRと破断過程の予測ができる。なお、また、ソルバー54は上記ソフトに限定されず、他の市販ソフトを用いてもよい。
【0092】
次に、実部材のスポット溶接部の破断予測を行うため、プリプロセッサ52で解析モデル70を作成する。図25(a)はハット型形状の解析モデルを示す図である。図25(b)は、図25(a)のスポット溶接部の拡大図である。ハット型部材74とプレート75をスポット溶接部76で接合している。両端はプレート77、プレート78を接合している。プレート78を拘束し、プレート77に衝撃荷重79を付加して被溶接物であるハット型部材74とプレート75を圧潰する。ナゲット71、HAZ72、母材73の各部位にそれぞれ材料特性を設定する。解析モデル70では鋼種の引張強さを440MPa級としたため、440MPa級の材料特性と破断ひずみε(Base)CR、ε(HAZ)CRを設定した。
【0093】
図26は、解析モデル70のFEM解析の状況を示す図である。図の見易さからプレート77、プレート78を省略している。解析モデル60と同様にABAQUS/Explicitを用いて解析を行った。図26(a)は初期状態である。図26(b)は変位量60mm、図26(c)は変位量150mmの圧潰状態である。図24に示した解析モデル60同様、破断ひずみに到達した要素を取り除いた状態で解析を進めることができるため、スポット溶接部76が破断してハット型部材74とプレート75が分離する過程をシミュレーションすることができる。図27は、解析モデル70を対象にした実験とFEM解析による吸収エネルギーの比較である。FEM解析結果は実験結果とほぼ一致することが分かる。
【0094】
(比較例1)
比較例1では、HAZ32(図4参照)の材料特性を設定しないで各試験片の破断ひずみεCRを求めた。図28は、比較例1の結果を示す図である。比較例1では、表1の試験片を対象にして、図5におけるHAZ32と母材33との応力σ−ひずみε関係を区別せずに、ナゲット31(図4参照)以外は母材33の応力σ−ひずみε関係を設定した。表1のとおり、引張試験において、TS−1、TS−2、UT−1は母材33で破断しているが、図28ではこれらの破断ひずみεCRの差異が大きい。そのため、これらを平均化した母材33の基準破断ひずみでスポット溶接部の強度を計算すると、実際の強度と比較して最大16%の誤差が発生した。また、引張試験において、試験片LT−1、UT−1はHAZ32で破断しているが、図28ではこれらの破断ひずみεCRの差異が大きい。そのため、これらを平均化したHAZ32の基準破断ひずみでスポット溶接部の強度を計算すると、実際の強度と比較して最大30%の誤差が発生した。一般的にスポット溶接部の強度の予測誤差は10%前後までが望ましいとされているので、図28で示した破断ひずみεCRでは精度のよい基準破断ひずみを得ることができない。HAZ32の材料特性を設定しなければ、拘束されたナゲット31の周辺の材料が最も伸ばされ、破断箇所もナゲット31に隣接するHAZ32の位置となる。しかし、HAZ32は母材33よりも変形抵抗が大きいため、実現象ではナゲット31に隣接するHAZ32よりもHAZ32から1mm前後離れた母材33が最も伸ばされる場合がある。荷重モードに依存しない破断予測を行うには、いずれの荷重モードにおいても適正に各部位の伸びを計算してひずみを算出しなければならない。そのため、HAZ32の材料特性を設定する効果が大きいことが確認できた。
【0095】
(比較例2)
比較例2では、材料特性の設定を変えてFEM解析を行い、HAZ要素41と母材要素42(図9参照)での試験片全体の変位量λとひずみεとの関係求めた。図29(a)〜(c)は、比較例2の結果を示す図である。図29(a)は、表1の試験片TS−1についての解析結果を示す図である。材料パターン1とは、母材33、HAZ32、ナゲット31(図4参照)にそれぞれ材料特性を設定する場合である。材料パターン2とは、ナゲット31以外はすべて母材33の材料特性を設定し、HAZ32の材料特性を設定しない場合である。材料パターン1では、拘束されたナゲット31に隣接するHAZ要素41よりも、母材要素42が伸ばされるが、材料パターン2では逆の結果となった。
【0096】
図29(b)は、表1の試験片LT−1についての解析結果を示す図である。材料パターン1では、HAZ要素41よりも母材要素42が伸ばされるが、材料パターン2ではHAZ要素41と母材要素42との伸びは、ほぼ同じであった。
【0097】
図29(c)は、表1の試験片UT−1についての解析結果を示す図である。材料パターン1では、HAZ要素41よりも母材要素42が伸ばされるが、材料パターン2では逆の結果となった。このように、各荷重モードともHAZ32(図4参照)の材料特性の影響を受ける。荷重モードに依存しない破断予測を行うには、いずれの荷重モードにおいても適正に各部位の伸びを計算してひずみを算出しなければならない。そのため、HAZ32の材料特性を設定する効果が大きいことが確認できた。
【0098】
なお、上記実施形態では、母材及びHAZについて本発明を適用したが、本発明は母材、HAZのどちらか一方にのみ適用することも可能である。また、上記実施形態のひずみに代えて応力などの他の値を用いることでも、本発明の効果を得ることができる。
【0099】
以上、現時点において、もっとも、実践的であり、かつ、好ましいと思われる実施形態に関連して本発明を説明したが、本発明は、本願明細書中に開示された実施形態に限定されるものではなく、請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の要旨或いは思想に反しない範囲で適宜変更可能であり、そのような変更を伴う破断ひずみ算出方法、基準破断ひずみ算出方法等もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。
【図面の簡単な説明】
【0100】
【図1】スポット溶接継手の引張せん断の試験片及び解析モデルを示す図である。
【図2】スポット溶接継手のL字型継手引張の試験片及び解析モデルを示す図である。
【図3】スポット溶接継手のU字型継手引張の試験片及び解析モデルを示す図である。
【図4】スポット溶接部を示す図である。
【図5】スポット溶接の各部位の応力σ−ひずみε関係を示す図である。
【図6】試験片の解析モデルにおける破断ひずみの算出例を示す図である。
【図7】FEM解析から求めた試験片の破断ひずみを示す図である。
【図8】破断ひずみと破断応力多軸度の関係を示す図である。
【図9】解析モデルのスポット溶接部付近の拡大図である。
【図10】(a)は、周方向の要素分割数Divと母材の破断ひずみとの関係を示す図である。 (b)は、母材要素の要素サイズRbと母材の破断ひずみとの関係を示す図である。
【図11】要素の破断時の塑性ひずみを示す図である。
【図12】要素サイズパラメータEbと母材の破断ひずみとの関係を示す図である。
【図13】(a)は、HAZ要素のサイズRhとHAZの破断ひずみとの関係を示す図である。 (b)は、母材要素のサイズRbとHAZの破断ひずみとの関係を示す図である。
【図14】要素サイズパラメータEb、EhとHAZの破断ひずみとの関係を示す図である。
【図15】(a)は、要素サイズパラメータRbDia、RhDiaを示す図である。 (b)は、要素サイズパラメータRbMax、RhMaxを示す図である。
【図16】要素サイズパラメータRbMaxと母材の破断ひずみとの関係を示す図である。
【図17】要素サイズパラメータから破断ひずみを求める方法を示す図である。
【図18】(a)は、Divと要素の応力との関係を示す図である。 (b)は、要素サイズRbと要素の応力との関係を示す図である。
【図19】スポット溶接の各部位の応力σ−ひずみε関係を示す図である。
【図20】スポット溶接部の破断予測装置を示す図である。
【図21】スポット溶接部の破断予測をする被溶接物の解析モデルを示す図である。
【図22】スポット溶接部の破断予測装置における要素サイズ計算手段を示す図である。
【図23】スポット溶接部の破断予測装置における破断ひずみ近似手段を示す図である。
【図24】解析モデルのFEM解析の状況を示す図である。
【図25】スポット溶接部の破断予測をするハット型形状の解析モデルを示す図である。
【図26】ハット型形状の解析モデルのFEM解析の状況を示す図である。
【図27】ハット型形状の解析モデルを対象にした実験とFEM解析による吸収エネルギーの比較を示す図である。
【図28】HAZの材料特性を設定しない場合の、母材の破断ひずみを示す図である。
【図29】FEM解析において、材料特性とひずみの関係を示す図である。
【符号の説明】
【0101】
εCR 破断ひずみ
ε(Base)CR 母材の破断ひずみ
ε(HAZ)CR 熱影響部(HAZ)の破断ひずみ
SεCR 基準破断ひずみ
Sε(Base)CR 母材の基準破断ひずみ
Sε(HAZ)CR 熱影響部(HAZ)の基準破断ひずみ
T 応力多軸度
CR 破断応力多軸度
1 引張せん断の試験片
2 L字型継手引張の試験片
3 U字型継手引張の試験片
31 ナゲット
32 熱影響部(HAZ)
33 母材
41 熱影響部(HAZ)要素
42 母材要素
50 スポット溶接部の破断予測装置
51 破断ひずみデータベース(記憶手段)
56 破断ひずみ設定処理手段
57 要素サイズ算出手段
58 破断ひずみ近似手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有限要素法を用いたスポット溶接部の破断ひずみ算出方法であって、
前記スポット溶接部を有する同一のスポット溶接継手について複数の要素サイズで解析モデルを作成する工程と、
前記有限要素法によりそれぞれの前記解析モデルで前記スポット溶接部の母材及び/又は熱影響部の破断ひずみを計算する工程と、
前記要素サイズを定める要素サイズパラメータと前記破断ひずみとの関係を求める工程と、
前記関係により所定の前記要素サイズパラメータの値から前記母材及び/又は前記熱影響部の前記破断ひずみを算出する工程と
を有することを特徴とするスポット溶接部の破断ひずみ算出方法。
【請求項2】
1又は2の前記要素サイズパラメータを用いることを特徴とする請求項1に記載のスポット溶接部の破断ひずみ算出方法。
【請求項3】
それぞれの前記解析モデルに前記スポット溶接部の母材、熱影響部、及びナゲットの材料特性を設定することを特徴とする請求項1又は2に記載のスポット溶接部の破断ひずみ算出方法。
【請求項4】
有限要素法を用いたスポット溶接部の基準破断ひずみ算出方法であって、
前記スポット溶接部を有する、荷重モード及び/又はナゲット径の異なる複数のスポット溶接継手について前記スポット溶接部の引張試験を行う工程と、
すべての前記スポット溶接継手の前記スポット溶接部の熱影響部及び/又は前記熱影響部に隣接する母材の要素サイズを定める要素サイズパラメータの値が同一となるように解析モデルを作成する工程と、
前記有限要素法によりそれぞれの前記解析モデルで前記母材及び/又は前記熱影響部の破断ひずみを計算する工程と、
前記引張試験の結果から、前記破断ひずみを用いて前記母材及び/又は前記熱影響部の基準破断ひずみを算出する工程と
を有することを特徴とするスポット溶接部の基準破断ひずみ算出方法。
【請求項5】
それぞれの前記解析モデルに前記スポット溶接部の母材、熱影響部、及びナゲットの材料特性を設定することを特徴とする請求項4に記載のスポット溶接部の基準破断ひずみ算出方法。
【請求項6】
請求項4又は5に記載のスポット溶接部の基準破断ひずみ算出方法を用いて複数の前記要素サイズパラメータの値について前記母材及び/又は前記熱影響部の前記基準破断ひずみを算出する工程と、
前記要素サイズパラメータと前記母材及び/又は前記熱影響部の前記基準破断ひずみとの関係である破断基準を求める工程と
を有することを特徴とするスポット溶接部の破断基準作成方法。
【請求項7】
有限要素法によるスポット溶接部の破断予測方法であって、
前記スポット溶接部を有する被溶接物の解析モデルを作成する工程と、
前記被溶接物の前記解析モデルの要素サイズを定める要素サイズパラメータの値を求める工程と、
請求項6に記載の破断基準作成方法により作成された破断基準を用い、前記被溶接物の前記要素サイズパラメータの値から前記母材及び/又は前記熱影響部の前記基準破断ひずみを求める工程と、
前記被溶接物の前記解析モデルを前記有限要素法により解析し、要素のひずみを求める工程と、
前記ひずみが前記基準破断ひずみ以上となった時に前記要素を破断と判定する工程と
を有することを特徴とするスポット溶接部の破断予測方法。
【請求項8】
前記被溶接物の前記解析モデルに前記スポット溶接部の母材、熱影響部、及びナゲットの材料特性を設定することを特徴とする請求項7に記載のスポット溶接部の破断予測方法。
【請求項9】
要素に分割された被溶接物の解析モデルを作成する解析モデル作成手段と、
前記解析モデルの要素サイズを定める要素サイズパラメータと前記要素の破断ひずみとの関係を記憶する記憶手段と、
前記要素サイズから前記要素サイズパラメータの値を求め、前記要素サイズパラメータの値から前記記憶手段を用いて前記破断ひずみを求める破断ひずみ設定処理手段と、
前記解析モデルを有限要素法により解析し、解析により求めた前記要素のひずみと前記破
断ひずみとを比較する解析手段と、
を備えることを特徴とするスポット溶接部の破断予測装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【公開番号】特開2008−107322(P2008−107322A)
【公開日】平成20年5月8日(2008.5.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−229098(P2007−229098)
【出願日】平成19年9月4日(2007.9.4)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】