説明

セルラーゼを発現する形質転換酵母及びその利用

【課題】向上されたセルロース分解能力を有する酵母を提供する。
【解決手段】シロアリ原生生物由来のセルラーゼを導入し発現させることで、酵母に高いセルロース分解能力を付与する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルラーゼを発現する形質転換酵母及びその利用に関し、特に、シロアリ腸内共生原生生物由来のセルラーゼを発現する形質転換酵母に関する。
【背景技術】
【0002】
木質成分であるセルロースをエネルギー源としているシロアリなどの木質分解性の昆虫はセルロース分解酵素であるセルラーゼによってセルロースを分解している。こうした昆虫由来のセルラーゼは極めて高いセルロース分解能力を有している。シロアリの腸内でセルロースに作用するセルラーゼは、シロアリ自身のものとその腸内に共生する原生生物などの微生物のものと2種類に大別される。シロアリ自身のセルラーゼ、例えば、ヤマトシロアリ、タカサゴシロアリのセルラーゼ及びセルラーゼ遺伝子は、すでに開示されている(特許文献1)。
【0003】
下等シロアリの後腸内に共生する原生生物は、セルロース分解の主要な役割を担っているが、この原生生物は難培養性であるため、研究があまり進められていなかった。しかし、近年、分子生物学的手法を用い、原生生物から直接RNAを抽出し、cDNAを合成する手法を用いて、大腸菌等の異種生物で発現が可能なシロアリ原生生物セルラーゼ及び遺伝子が開示されている(特許文献2)。また、原生生物の遺伝子を取り出し、網羅的に解析することによって、得られたセルラーゼ遺伝子の特許出願も行われている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−46764号公報
【特許文献2】特開2003−7047号公報
【特許文献3】国際公開第WO2008/108116号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
木質系または草本系バイオマスを利用し、化成品やバイオ燃料に展開しようとする試み(バイオリファイナリー)の重要性が指摘され、実用化に向けた技術開発が進められている。実用化において解決しなければならない大きな課題の一つとして、バイオマスの主成分であるセルロースの高効率糖化が挙げられる。現状では、セルラーゼを大量に使用しなければならないことから、糖化の高効率化の実現には、セルラーゼの添加量低減に貢献できる新しい技術が必要とされている。
【0006】
セルラーゼ使用量の低下のためには、既存のセルラーゼに変異を導入することで、高いセルラーゼ活性を有する改変酵素を創生する手段と、これまでに評価されていない新規の高機能化セルラーゼを取得する手段とがあると指摘されている。後者の手段として、上記特許文献に記載されるようにシロアリ腸内原生生物からの有用遺伝子の取得に向けた取組みもいくつか報告されている。これらシロアリ腸内原生生物由来のセルラーゼを大腸菌で発現させた例は報告されているが、実用化を考えた場合、アルコールを生産する能力を有する酵母において、高いセルラーゼ活性を有する酵素を発現させる技術が求められている。
【0007】
しかしながら、これまでに大腸菌での発現に成功したシロアリ腸内原生生物由来のセルラーゼは、酵母での発現に成功していない。また、酵母で発現が可能なシロアリ原生生物セルラーゼ遺伝子は、これまでに全く発見されていない。その理由として、シロアリ原生生物は培養が困難であることから当該生物由来のセルラーゼにつき研究があまり進んでいないこと、また、シロアリ原生生物は進化的に酵母と遠い関係にあり、原生生物で用いられているコドンユーセージが酵母と対応している遺伝子が少ない可能性がある、という2点が挙げられる。
【0008】
本発明は、向上されたセルロース分解能力を有する酵母及びその利用を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、酵母には適合性が低いと考えられたシロアリ等の木質分解性昆虫由来のセルラーゼをあえて酵母に導入し、セルラーゼ活性の高い酵母の選抜を試みたところ、酵母での分泌発現に適したエンドグルカナーゼ及びその遺伝子を見出すことに成功した。その中の一遺伝子について、さらに詳細な評価を実施した結果、トリコデルマ・リーゼイ由来のエンドグルカナーゼIよりも2.5倍以上高いセルロース分解能を有するという知見を得た。本発明によれば以下の手段が提供される。
【0010】
本発明によれば、以下の(a)〜(f)のいずれかのセルラーゼ遺伝子を含む、形質転換酵母が提供される。
(a)配列番号1で表される塩基配列からなる遺伝子
(b)配列番号1で表される塩基配列からなるDNAと相補的なDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(c)配列番号1で表される塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(d)配列暗号2で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子
(e)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を有し、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f)配列番号2で表されるアミノ酸配列に対して80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
【0011】
前記形質転換酵母は、前記セルラーゼを分泌生産するものであることが好ましい。サッカロマイセス属酵母であることも好ましく、サッカロマイセス・セレビジエであることがより好ましい。
【0012】
本発明によれば、上記(a)〜(f)のいずれかのセルラーゼ遺伝子を含む、セルラーゼを発現する酵母の発現ベクターが提供される。
【0013】
本発明によれば、セルロース分解活性が向上された形質転換酵母の作製方法であって、上記(a)〜(f)のいずれかのセルラーゼ遺伝子を酵母に導入する工程を備える、作製方法も提供される。
【0014】
本発明によれば、本発明の形質転換酵母が生産するセルラーゼでセルロース含有材料を分解する工程を備える、セルロースの分解産物の生産方法が提供される。また、本発明によれば、セルロース含有材料を含む炭素源の存在下、本発明の形質転換酵母を培養する工程、を備える、有用物質の生産方法も提供される。有用物質はエタノールであることが好ましい。さらに、本発明によれば、炭素源の存在下、上記いずれかに記載の形質転換酵母を培養する工程、を備える、セルラーゼの生産方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】酵母用発現ベクターの構築手順を示す図である。
【図2】pESC−Trp−MO2 ベクターを示す図である。
【図3】スクリーニングにより選抜されたセルラーゼ発現酵母のセルラーゼ分解活性を示す図である。
【図4】カルボキシメチルセルロース(CMC)分解性試験結果を示す図である。
【図5】培養上清のセルロース分解活性を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする塩基配列からなるDNA又は前記塩基配列と一定の関係を有し、かつセルラーゼ活性を有するタンパク質をコードするアミノ酸配列を有し、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAを有する形質転換酵母に関する。本発明の形質転換酵母によれば、高いセルラーゼ活性を発揮するセルラーゼを生産できる。このため、セルロース含有材料中のセルロースの分解に本発明の酵母又は当該酵母により生産されたセルラーゼを用いることにより、高効率にセルロースを分解することができる。
【0017】
また、セルロース含有材料の存在下で本発明の酵母を発酵させることにより、セルロース含有材料から酵母によって有用物質生産させることができる。
【0018】
以下、本発明の各種実施形態について適宜図面を参照しながら説明する。なお、説明の都合上、まず、本発明で用いるセルラーゼ遺伝子について説明し、次いで、酵母発現用DNA構築物及び形質転換酵母について説明し、さらにその利用について説明する。
【0019】
(セルラーゼ遺伝子)
本発明で用いるセルラーゼ遺伝子は、酵母での発現に適したシロアリ共生原生生物由来のセルラーゼをコードする遺伝子である。本発明者らは、このセルラーゼ遺伝子を、以下のようにして選抜した。すなわち、ヤマトシロアリ、オオシロアリ、コウシュンシロアリ、ムカシシロアリ及びキゴキブリに由来する共生原生生物群のcDNAライブラリーから合計4837クローンを取得し、そのcDNA配列を決定した。さらに、これらの塩基配列と既知配列に対するホモロジー解析及びアノテーションを行い、セルラーゼに相当する164遺伝子をスクリーニング対象として選抜した。そして、これらの遺伝子の発現ベクターを作製して形質転換酵母を作製し、さらに、当該酵母を用いてセルロースを分解する2回の選抜を経て、1種類のセルラーゼが選抜された。
【0020】
今回選抜したセルラーゼ遺伝子は、配列番号1で表される塩基配列を有し、配列番号2で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子として、すでに登録されている(データベースアクセッション番号)。本発明者らは、このセルラーゼが、多数のシロアリ等に由来する共生原生生物由来セルラーゼと比較して顕著に優れていることを初めて見出した。後述するように、本発明で用いるセルラーゼを酵母で発現させたときのセルロース分解活性は、現在、セルラーゼとして高い活性を有していると考えられているTrichoderma reesei由来のセルラーゼを酵母で発現させたときよりもはるかに高いものであった。このセルラーゼ遺伝子がコードするセルラーゼは、糖質加水分解酵群ファミリー(Glycoside Hydrolase Family:GHF)7に属するセルラーゼであって、少なくともエンドグルカナーゼ活性を有している。
【0021】
本発明で用いるセルラーゼ遺伝子は、セルラーゼ活性を有する限りにおいて、配列番号2で表されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする遺伝子であってもよい。
【0022】
ここで、「セルラーゼ」とは、セルロースをグルコースにまで分解する酵素群に包含される酵素をいい、例えば、エンドグルカナーゼ(EC.3.2.1.4)、セロビオヒドロラーゼ(EC.3.2.1.91)等が挙げられる。また、「セルラーゼ活性」とは、セルラーゼとしての少なくとも一つの活性であれば足りるが、好ましくは、エンドグルカナーゼ活性を含んでいる。また、「セルラーゼ活性」とは、酵母に分泌生産させたときのセルラーゼ活性であることが好ましい。なお、エンドグルカナーゼは、セルロース等のβ−1,4−グルコシド結合をエンド型で(分子内部から)切断する加水分解酵素であり、セロビオヒドロラーゼは、セルロース等のβ−1,4−グルコシド結合を還元末端又は非還元末端のいずれかから切断しセロビオースを生成する加水分解酵素である。
【0023】
「セルラーゼ活性を有する」とは、配列番号2で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質が有するセルロース活性を有していることを意味するが、好ましくは、該セルロース活性と同等程度あるいはそれ以上のセルロース活性を有する。セルラーゼ活性が同等あるいはそれ以上であるかどうかは、例えば、配列番号2で表されるアミノ酸配列からなるタンパク質を酵母で発現したときの当該酵母の有するセルラーゼ活性の70%以上であることが好ましく、より好ましくは80%以上であり、さらに好ましくは90%以上であり、もっとも好ましくは100%以上である。セルラーゼ活性の比較には、用いるセルラーゼ遺伝子が異なる以外は同様の条件で作製した形質転換酵母を用い、後述する実施例にて開示されるハロの検出によるハロアッセイ他、TZ法を用いることができる。
【0024】
配列番号2で表されるアミノ酸配列に対するアミノ酸の変異は、すなわち、欠失、置換若しくは付加は、いずれか1種類であってもよいし、2種類以上が組み合わされていてもよい。また、これらの変異の総数は、特に限定されないが、好ましくは、1個以上10個以下程度である。より好ましくは、1個以上5個以下である。
【0025】
アミノ酸置換の例としては、保存的置換が好ましく、具体的には以下のグループ内での置換が挙げられる。(グリシン、アラニン)(バリン、イソロイシン、ロイシン)(アスパラギン酸、グルタミン酸)(アスパラギン、グルタミン)(セリン、トレオニン)(リジン、アルギニン)(フェニルアラニン、チロシン)。
【0026】
本発明で用いるセルラーゼ遺伝子は、配列番号2で表されるアミノ酸配列に対して70%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、かつセルラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子が含まれる。同一性は好ましくは80%以上であり、より好ましくは85%以上であり、さらに好ましくは、90%以上であり、もっとも好ましくは95%以上である。
【0027】
なお、本明細書において同一性又は類似性とは、当該技術分野で知られているとおり、配列を比較することにより決定される、2以上のタンパク質あるいは2以上のポリヌクレオチドの間の関係である。当該技術で"同一性 "とは、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間のアラインメントによって、あるいは場合によっては、一続きのそのような配列間のアラインメントによって決定されるような、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間の配列不変性の程度を意味する。また、類似性とは、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間のアラインメントによって、あるいは場合によっては、一続きの部分的な配列間のアラインメントによって決定されるような、タンパク質またはポリヌクレオチド配列の間の相関性の程度を意味する。より具体的には、配列の同一性と保存性(配列中の特定アミノ酸又は配列における物理化学特性を維持する置換)によって決定される。なお、類似性は、後述するBLASTの配列相同性検索結果においてSimilarity と称される。同一性及び類似性を決定する方法は、対比する配列間で最も長くアラインメントするように設計される方法であることが好ましい。同一性及び類似性を決定するための方法は、公衆に利用可能なプログラムとして提供されている。例えば、AltschulらによるBLAST (Basic Local Alignment Search Tool) プログラム(たとえば、Altschul SF, Gish W, Miller W, Myers EW, Lipman DJ., J. Mol. Biol., 215: p403-410 (1990), Altschyl SF, Madden TL, Schaffer AA, Zhang J, Miller W, Lipman DJ., Nucleic Acids Res. 25: p3389-3402 (1997))を利用し決定することができる。BLASTのようなソフトウェアを用いる場合の条件は、特に限定するものではないが、デフォルト値を用いるのが好ましい。
【0028】
なお、配列番号2で表されるアミノ酸配列又は当該アミノ酸配列と一定の関連性のあるアミノ酸配列をコードする塩基配列は、遺伝暗号の縮重に従い、タンパク質のアミノ酸配列を変えることなく所定のアミノ酸配列をコードする塩基配列の少なくとも1つの塩基を他の種類の塩基に置換することができる。従って、本発明のセルラーゼ遺伝子は、遺伝暗号の縮重に基づく置換によって変換された塩基配列をコードするセルラーゼ遺伝子も包含する。
【0029】
本発明に用いるセルラーゼ遺伝子は、配列番号1で表される塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子であってもよい。
【0030】
ストリンジェントな条件とは、たとえば、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。例えば、相同性が高い核酸、すなわち配列番号1で表わされる塩基配列と80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、最も好ましく95%以上の相同性を有する塩基配列からなるDNAの相補鎖がハイブリダイズし、それより相同性が低い核酸の相補鎖がハイブリダイズしない条件が挙げられる。より具体的には、ナトリウム塩濃度が15〜750mM、好ましくは50〜750mM、より好ましくは300〜750mM、温度が25〜70℃、好ましくは50〜70℃、より好ましくは55〜65℃、ホルムアミド濃度が0〜50%、好ましくは20〜50%、より好ましくは35〜45%での条件をいう。さらに、ストリンジェントな条件では、ハイブリダイゼーション後のフィルターの洗浄条件が、通常はナトリウム塩濃度が15〜600mM、好ましくは50〜600mM、より好ましくは300〜600mM、温度が50〜70℃、好ましくは55〜70℃、より好ましくは60〜65℃である。
【0031】
本発明に用いるセルラーゼ遺伝子は、上述の記載に従い、配列番号1で表される塩基配列と80%以上の相当性を有する塩基配列を有し、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAを含む遺伝子であってもよい。
【0032】
本発明に用いるセルラーゼ遺伝子は、例えば、配列番号2で表されるアミノ酸の配列をコードするDNA(たとえば、配列番号1で表される塩基配列からなる)を、慣用の突然変異誘発法、部位特異的変異法、エラープローンPCRを用いた分子進化的手法等によって改変することによって取得することができる。このような手法としては、Kunkel法又は Gapped duplex法等の公知手法又はこれに準ずる方法が挙げられ、例えば部位特異的突然変異誘発法を利用した変異導入用キット(例えばMutant-K(TAKARA社製)やMutant-G(TAKARA社製))などを用いて、あるいは、TAKARA社のLA PCR in vitro Mutagenesis シリーズキットを用いて変異が導入される。
【0033】
また、本発明に用いるセルラーゼ遺伝子は、例えば、配列番号1等の配列に基づいて設計したプライマーを用いて、cDNAライブラリー又はゲノムDNAライブラリー等由来の核酸を鋳型としたPCR増幅を行うことにより、核酸断片として得ることができる。また、上記ライブラリー等由来の核酸を鋳型とし、セルラーゼ遺伝子の一部であるDNA断片をプローブとしてハイブリダイゼーションを行うことにより、核酸断片として得ることができる。あるいはセルラーゼ遺伝子は、化学合成法等の当技術分野で公知の各種の核酸配列合成法によって、核酸断片として合成してもよい。
【0034】
そのほか、当業者であれば、Molecular Cloning(Sambrook, J. et al., Molecular Cloning :a Laboratory Manual 2nd ed., Cold Spring Harbor Laboratory Press, 10 Skyline Drive Plainview, NY (1989))等を参照することにより、配列番号1又は2の配列に基づいて、本発明で用いるセルラーゼ遺伝子を取得することができる。
【0035】
本発明で用いるセルラーゼ遺伝子は、成熟タンパク質として発現されてもよいが、例えばN−末端等において異種のポリペプチドが融合された融合タンパク質として発現されてもよい。
【0036】
例えば、セルラーゼは、酵母で発現されるのに際し、酵母の細胞外に分泌されることが好ましい。セルラーゼが酵母の細胞外に分泌されることにより、細胞外にあるセルロースを直接酵母が利用できるようになる。細胞外に分泌発現する形態としては、特に限定されない。分泌発現の形態としては、例えば、細胞表層に拘束することなく分泌する形態とセルラーゼを細胞表層に提示する形態とが挙げられる。例えば、前者の形態は、酵母において機能するシグナルペプチドを付与するなどすればよく、例えば、酵母におけるタンパク質の分泌のためには、天然シグナル配列は、例えば酵母インベルターゼリーダー、α因子リーダー、またはRhizopus oryzae やC. albicansグルコアミラーゼリーダーなどが挙げられる。また、後者の形態は公知の酵母の細胞表層提示システムを利用することができる。このような提示システムとしては、凝集性タンパク質又はその一部を用いることでタンパク質を酵母の表層に提示した状態に分泌させることができる。例えば、分泌シグナルに加えて凝集性タンパク質であるα−アグルチニンC末端側の320アミノ酸残基からなるペプチドが利用される。所望のタンパク質を細胞表層に提示するためのポリペプチドや手法は、WO01/79483号公報や、特開2003−235579号公報、WO2002/042483号パンフレット、WO2003/016525号パンフレット、特開2006−136223号公報、藤田らの文献(藤田ら,2004. Appl Environ Microbiol 70:1207-1212および藤田ら, 2002. Appl Environ Microbiol 68:5136-5141.)、村井ら, 1998. Appl Environ Microbiol 64:4857-4861.に開示されている。例えば、シグナル配列は、ベクターに組み込まれる要素であってもよいが、セルラーゼ遺伝子の一部であってもよい。
【0037】
(酵母用の発現ベクター)
本発明によれば、上記セルラーゼ遺伝子を含む、酵母用の発現ベクターが提供される。セルラーゼ遺伝子は、上記したように各種形態の遺伝子として含まれる。また、セルラーゼ遺伝子は、cDNAのほか、ゲノムDNA、化学合成DNAも含まれる。このようなDNAは、公知の方法により合成することができる。
【0038】
本発明の発現ベクターは、典型的には、セルラーゼ遺伝子の発現を目的とした組換えベクターとして各種形態を採ることができる。組換えベクターは、例えば、セルラーゼ遺伝子を含む断片を適当な発現ベクター中のプロモーターの下流に連結することにより製造することができる。
【0039】
酵母で本発明のセルラーゼ遺伝子を発現させるためには、複製可能なベクターとして、たとえばYEp24を用いることができる。プラスミドYEp24はURA3遺伝子を含有しており、このURA3遺伝子をマーカー遺伝子として利用することができる。酵母細胞用の発現ベクターのプロモーターの例としては、3−ホスホグリセレートキナーゼ、グリセルアルデヒド−3−ホスフェートデヒドロゲナーゼ、アルコールデヒドロゲナーゼなどの遺伝子のプロモーター等が挙げられる。
【0040】
その他、酵母用の組換えベクターとして必要な、ターミネーター、エンハンサー、複製開始点(ori)など、適宜選択される。なお、組換えベクターの作製、組換え体宿主としての酵母等の取り扱いに必要な一般的な操作は、当業者間で通常行われているものであり、たとえば、T.Maniatis,J. Sambrookらの実験書(Molecular Cloning, A Laboratory Manual、Cold Spring Harbor Laboratory、1982,1989、2001)等を適宜参照することにより当業者であれば実施することができる。
【0041】
(形質転換酵母)
本発明の形質転換酵母は、上記したセルラーゼ遺伝子を保持している。本発明の形質転換酵母が、上記セルラーゼ遺伝子を保持する形態は特に限定されない。セルラーゼ遺伝子は、上記したセルラーゼ遺伝子を染色体上に保持されていてもよいし、染色体外に自律複製可能な状態で保持されていてもよい。
【0042】
宿主である酵母としては、特に限定されないが、例えば、Saccharomyces属、Candida属、Torulopsis属、Zygosaccharomyces属、Schizosaccharomyces属、Pichia属、Yarrowia属、Hansenula属、Kluyveromyces属、Debaryomyces属、Geotrichum属、Wickerhamia属、Fellomyces属、Sporobolomyces属等が挙げられる。工業的利用を考慮すると、Saccharomyces属、Candida属、Torulopsis属、Zygosaccharomyces属、Schizosaccharomyces属、Pichia属、Kluyveromyces属が好ましく、より好ましくは、Saccharomyces属である。さらに好ましくは、Saccharomyces cerevisiae(サッカロマイセス・セレビジエ)である。
【0043】
なお、宿主酵母は、本発明で用いるセルラーゼ遺伝子を保持している他に、外来遺伝子の導入、内在性遺伝子が破壊などの遺伝子工学的な改変がなされたものであってもよい。例えば、セルロース含有材料をより効率的に分解するための、セロビロヒドロラーゼやβ−グルコシダーゼ遺伝子など他のセルラーゼ遺伝子が導入されていてもよいし、解糖系が改変されていてもよい。
【0044】
本発明の形質転換酵母によれば、セルラーゼを効率的に発酵生産できる。形質転換酵母の培養条件は、用いた宿主や発現ベクター等を考慮して適宜決定される。
【0045】
(セルラーゼの生産方法)
本発明のセルラーゼの生産方法は、炭素源の存在下、本発明の形質転換酵母を培養することでセルラーゼを生産する工程を備えることができる。セルラーゼは、形質転換酵母によるセルラーゼの生産形態に応じて培養菌体又は培養上清を回収し、常法に従い、タンパク質画分からセルラーゼを回収する。なお、菌体外に分泌生産される場合には培養上清をそのまま利用してもよい。
【0046】
(形質転換酵母の作製方法)
本発明の形質転換酵母の作製方法は、セルラーゼ遺伝子を含む本発明の発現ベクターを酵母に導入して形質転換酵母を作製する工程を備えることができる。本発明の作製方法によれば、セルロース分解活性が向上した酵母を得ることができる。ベクターの導入方法としては、上記組換えベクター等を、従来公知の各種方法、例えば、リン酸カルシウム法、トランスフォーメーション法や、トランスフェクション法、接合法、プロトプラスト法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、酢酸リチウム法または他の方法が挙げられる。によって行われ得る。このような手法は、上記した実験書等に記載される。ベクターを導入した酵母につき、マーカー遺伝子を用いた選抜及び活性発現による選抜により本発明の形質転換酵母を得ることができる。
【0047】
(セルロース分解産物の生産方法)
本発明のセルロース分解産物の生産方法は、本発明の形質転換酵母から得られるセルラーゼを用いてセルロース含有材料を分解する工程、を備えることができる。本発明によれば、効率的にセルロースを分解し、低分子化し、セルロースオリゴマー、セロビオース又はグルコースを生産できる。本発明の形質転換酵母から得られるセルラーゼを用いてセルロース含有材料を分解する態様としては、各種態様が挙げられる。
(1)本発明の形質転換酵母が生産するセルラーゼをセルロース含有材料に添加してセルロースを分解する。
(2)本発明の形質転換酵母をセルロース含有材料を含む炭素源を用いて発酵して、形質転換酵母自体にセルロース含有材料を分解させる。
【0048】
上記(1)の分解工程では、形質転換酵母を、セルロースを含んでいてもよい炭素源を用いて培養しセルラーゼを生産させ、得られるセルラーゼをセルロース含有材料に添加してセルロースを分解する。したがって、形質転換酵母は、必ずしもセルラーゼを分泌生産する必要はないが、回収を考慮すると分泌生産させるのが好ましい。セルラーゼを得るには、形質転換酵母によるセルラーゼの生産形態に応じて培養菌体又は培養上清を回収し、常法に従い、タンパク質画分からセルラーゼを回収する。なお、菌体外に分泌生産される場合には培養上清をそのまま利用してもよい。
【0049】
上記(2)の分解工程では、形質転換酵母にセルラーゼを分泌生産させて直接セルラーゼ含有材料を炭素源として利用させる過程においてセルロース含有材料を分解させるものである。したがって、形質転換酵母によるセルロース分解産物の利用、すなわち、セルロースの分解産物から有用物質への変換を伴うことになる。なお、セルロース含有材料の分解にあたっては、上記(1)及び(2)の態様を組み合わせてもよい。
【0050】
本明細書において、セルロースとは、グルコースがβ-1,4-グルコシド結合により重合した重合体及びその誘導体をいう。セルロースにおけるグルコースの重合度は特に限定しないが、好ましくは200以上である。また、誘導体としては、カルボキシメチル化、アルデヒド化、若しくはエステル化などの誘導体が挙げられる。また、セルロースは、その部分分解物である、セロオリゴ糖、セロビオースを含んでいてもよい。さらに、セルロース は、結晶性セルロースであってもよいし、非結晶性セルロースであってもよいが、好ましくは結晶性セルロースを含む。さらに、セルロースは、天然由来のものでも、人為的に合成したものでもよい。セルロースの由来も特に限定しない。植物由来のものでも、真菌由来のものでも、細菌由来のものであってもよい。
【0051】
本明細書において、セルロース含有材料とは、上記したセルロースを含むものであればよい。したがって、セルロースは、配糖体であるβグルコシド、リグニン及び/又はヘミセルロースとの複合体であるリグノセルロース、さらにペクチンなどとの複合体であってもよい。セルロース含有材料としては、綿や麻などの天然繊維品、レーヨン、キュプラ、アセテート、リヨセルなどの再生繊維品、稲ワラなどの各種ワラ、籾殻、バガス、木材チップなどの農産廃棄物、古紙、建築廃材などの各種廃棄物などを含むバイオマス(木質系及び草本系)が挙げられる。
【0052】
分解しようとするセルロース含有材料の種類によっては、前処理や追加の酵素が必要な場合もありうる。例えば、リグノセルロース材料を用いる場合、効率な分解のためには、物理的、化学的又は酵素的な前処理が必要な場合もある。
【0053】
(有用物質生産方法)
本発明の有用物質の生産方法は、本発明の形質転換酵母を、セルロース含有材料を含む炭素源を用いて培養する工程を備えている。この生産方法によれば、セルロース含有材料中のセルロースを利用して酵母を発酵させることができ、酵母により有用物質を生産させることができる。したがって、セルロース含有材料から効率的に有用物質を生産できる。
【0054】
有用物質としては特に限定しないが、グルコースを利用して酵母が生産可能なものであればよい。例えば、グルコースからの代謝系の1種又は2種以上の酵素を遺伝子組換えにより置換、追加等して本来の代謝物でない化合物を産生可能に改変したものであってもよい。具体的には、エタノールなどの低級アルコール、乳酸などの有機酸の他、イソプレノド合成経路の追加によるファインケミカル(コエンザイムQ10、ビタミン及びその原料等)、解糖系の改変によるグリセリン、プラスチック・化成品原料など、バイオリファイナリー技術が対象とする材料が挙げられる。酵母は、アルコール発酵能が高いため、本形質転換酵母は、セルロース含有材料からエタノールを効率的に生産することができる。
【0055】
形質転換酵母の発酵には、セルロース含有材料を含む炭素源を用いる。培養開始時には、グルコースやスクロースなど酵母が利用しやすい形態の炭素源を利用することもできる。また、培地中にセルラーゼを添加してもよい。添加するセルラーゼは、特に限定しないが、本発明の形質転換酵母を培養して生産したものであってもよい。
【0056】
そのほか、形質転換酵母の発酵には、酵母に一般的に適用される培養条件を適宜選択して用いることができる。典型的には、発酵のための培養は、静置培養、振とう培養または通気攪拌培養等を用いることができる。通気条件は、嫌気条件下、微好気条件下及び好気条件等、適宜選択することができる。培養温度も、特に限定しないが、25℃〜55℃等の範囲とすることができる。また、培養時間も必要に応じて設定されるが、数時間〜150時間程度とすることができる。また、pHの調整は、無機あるいは有機酸、アルカリ溶液等を用いて行うことができる。培養中は、必要に応じてアンピシリン、テトラサイクリンなどの抗生物質を培地に添加することができる。
【0057】
発酵終了後、培養液から有用物質含有画分を回収する工程、さらにこれを精製又は濃縮する工程を実施することもできる。回収工程や精製等の工程は有用物質の種類等に応じて適宜選択される。
【実施例】
【0058】
以下、本発明を、実施例を挙げて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0059】
(シロアリ腸内共生原生生物群mRNAの調製)
ヤマトシロアリ・オオシロアリ・コウシュンシロアリ・ムカシシロアリ・キゴキブリより腸管を摘出し、それぞれSolution U(Trager 1934, Biological Bulletin, Vol66: 182-190)中で破砕し、100μmのナイロンメッシュでろ過した。得られた懸濁液を100×g、3分間ゆるやかに遠心することによって原生生物画分を得た。更にSolution Uで3回洗浄し、RNA抽出のための原生生物画分を得た。mRNAの単離はOligo−dT30 <Super>(日本ロシュ)を用いて指示書通りに行い、各宿主シロアリ由来の原生生物群よりmRNAを調製した。
【実施例2】
【0060】
(シロアリ腸内共生原生生物群cDNAライブラリーの作成とcDNA塩基配列の解析)
実施例1にて調製した各シロアリ共生原生生物群由来のmRNA 2.0 〜3.0μg用いて、cDNAライブラリーの構築を行った。なお、ライブラリー構築はヤマトシロアリに関してはPieroらの方法によって調製し(Carninci, P & Hayashizaki, Y. 1999, Methods. Enzymol. Vol. 303, p19 - 44)、その他のシロアリ由来mRNAについては丸山らの方法によってcDNAライブラリーの構築を行った(Maruyama, K. and Sugano, S. 1994, Gene, Vol. 138, p171-174)。ヤマトシロアリのcDNAライブラリーに関してはSOLR株大腸菌とEx Assistヘルパーファージ(Novagen)を使用して、プロトコールに従ってプラスミドへのサブクローニングを行った。
【0061】
得られた大腸菌クローンはLB培養液(Yeast extract 5.0 g/l、Tripton 10 g/l、NaCl 10 g/l)にて37℃で振とう培養を行い、マルチスクリーンFB(日本ミリポア)を用いてプラスミドDNAを調製した。各プラスミドDNAを用いて、ヤマトシロアリ、オオシロアリ、コウシュンシロアリ、ムカシシロアリ、キゴキブリそれぞれの共生原生生物群由来のライブラリー中にサブクローニングされたcDNAの塩基配列を、それぞれ917、920、1056、1023、921クローンずつ、解読した。塩基配列の解読には、Big dye terminator cycle sequencing kit v3.1にて調整し、自動シーケンサABI 3700、3100または3130(Applied Biosystems)を用いて定法通りに配列決定した。なお、配列決定にはM4プライマー(5'- GTT TTC CCA GTC ACG AC -3')を用いて、5'末端のsingle pass sequenceを決定した。得られた配列はFASTXにより公共データベースに蓄積されている既知配列に対するホモロジー解析を行い(DNA database Japan)、アノテーションを行った。得られたアノテーションの中からセルラーゼに相当する164遺伝子をスクリーニングの対象遺伝子とし、164種類のクローンを選抜した。なお、164遺伝子を混合させたライブラリーを、シロアリ原生生物セルラーゼライブラリーと命名した。
【実施例3】
【0062】
(シロアリ原生生物セルラーゼライブラリーの酵母発現用ベクターの構築)
シロアリ原生生物セルラーゼライブラリーが酵母で分泌発現するためのベクターを構築した。ベクターの構築には、大腸菌Escherichia coli JM 109株(東洋紡)を使用し、培養にはLB培地を使用した。ベクターに導入するインサート断片はSaccharomyces cerevisiae YPH 499株(Stratagene、MATa, ura3-52, lys2-801, ade2-101, trp1-Δ63, his3Δ200, leu2Δ1)のゲノムDNAからPCRによって取得した。なおS. cerevisiae YPH 499株の培養には YPD培地(Yeast extrsct 10 g/l、Pepton 20 g/l,D-Glucose 20 g/l)を用いた。本ベクターの構築手順を図1に示した。
【0063】
S. cerevisiae YPH 499株をYPD培養液2 mlにて、30℃、17時間振騰培養し、得られた菌体を集菌した後、Genとるくん-酵母用-(タカラバイオ)に従ってゲノムDNAを調製した。調製したゲノムを鋳型にし、PCRによって酵母の分泌シグナルであるαファクターを取得した。PCR反応には増幅酵素として、Ex-Taq DNA polymerase(タカラバイオ)を使用した。反応組成は定法に従い、PCRの反応条件としては、96℃ 2分の熱処理を行った後、96℃で30秒、53℃で30秒、72℃で60秒の3つの温度変化を1サイクルとし、これを25サイクル繰り返し、最後に4℃とした。反応液に色素を添加し、電気泳動にて増幅断片の有無を確認した。
【0064】
上述のPCRには下記の合成オリゴヌクレオチド(オペロンバイオテクノロジー)をプライマーとした。
MOV-F; 5'- ATA TAT CCC GGG ACA ATG AGA TTT CCT TCA ATT TTT ACT GCA G -3'
(配列番号3:43 mer、Sma IおよびStart codon 付与)
MOV-R2; 5'- ATA TAT CTC GAG GGC CAC ATA GGC CAT ATA TGG CCA ACA AGG CCT TTC TTT TAT CC -3'
(配列番号4:56 mer、制限酵素Xho I , Sfi I付与、フレームシフト調整2 mer付与)
【0065】
上記のとおり作製したPCR増幅断片を制限酵素Sma I、Xho I(タカラバイオ)で処理し、TaKaRa RECOCHIP(タカラバイオ)を用いてインサート断片を回収した。同様の制限酵素でpBTDH3Pベクター(TDH3; glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase 3プロモーター断片挿入プラスミド)を処理し、LigaFast Rapid DNA Ligation(Promega)を用いて連結させた。本反応溶液をE. coli JM 109株のコンピテント細胞へ形質転換し、これを抗生物質アンピシリン100 μg/mlを含有したLBプレート下でコロニー選抜を行った。得られたコロニーを、コロニーPCRにより目的のベクターであるかを確認した。
【0066】
次に、一般的なアルカリ処理によって調整した上記記載のベクターを制限酵素Sac I、Xho I(タカラバイオ)にて処理し、得られたインサート断片をpESC-Trp Vector(Stratagene)に連結し、最終目的とするベクターを構築した。完成させたベクターを、pESC-Trp-MO2と名付けた(図2)。なお、エタノール沈殿処理、制限酵素処理等のDNAサブクローニングに関わる一連操作の詳細は、Molecular Cloning A Laboratory Manual second edition (Maniatis et al., Cold Spring Harbor Laboratory press. 1989)に従った。
【0067】
構築した酵母分泌発現用pESC-Trp-MO2ベクターにシロアリ原生生物セルラーゼライブラリーに含まれる個々の遺伝子の導入を行った。インサートは断片の両末端にSfi Iの制限酵素サイトが付加する形でセルラーゼ遺伝子をPCRにて増幅させた後、制限酵素処理を施した。ベクターはインバースPCR法を用い、断片を増幅した後、制限酵素処理を行った。ライゲーション後、大腸菌E. coli DH5α株(ECOSTM Competent E. coli DH5α;ニッポンジーン)へ形質転換し、コロニー選抜を行った後、プラスミドを抽出した。
【0068】
なお、ポジティブコントロールとして、Trichoderma ressei エンドグルカナーゼ I遺伝子(Gene bank Accession No. M15665)を同様の制限酵素サイトを両末端に付与させた形でPCRによって取得し、pESC-Trp-MO2ベクター中に導入した。
【0069】
個々のシロアリ原生生物発現プラスミドを混合させた溶液を調製し、大腸菌へ導入した。混合DNA溶液0.5 μgを大腸菌(ECOSTM Competent E. coli DH5α;ニッポンジーン)へ形質転換し、SOC培地4 mlに植菌し、180 rpm、37℃、1時間の振とう培養を行った。その後、アンピシリンを終濃度50 μg/mlとなるように添加し、同条件で18時間の振とう培養を行なった後、本培養液からプラスミドDNAを抽出し、この混合DNA溶液を以下の実験に用いた。
【実施例4】
【0070】
(シロアリ原生生物セルラーゼライブラリーの酵母への形質転換)
上述のシロアリ原生生物セルラーゼライブラリーを導入するための宿主酵母としては、Aspergillus aculeatus由来のβグルコシダーゼを、S. cerevisiae YPH 499株にて発現させた組換え酵母を利用した。本酵母を、YPD培養液2 mlにて30℃にて振とう培養し、O.D. 600nm = 0.8になった培養液をFrozen-EZ Yeast Transformation IIキット(ZYMO RESERCH)を用いてコンピテントセルを調製した。続いて、約0.5 μgのシロアリ原生生物セルラーゼライブラリーの混合プラスミドDNA溶液をプロトコールに従って形質転換し、選抜培地に播種したプレートを、30℃にて静置培養した。選抜培地は、トリプトファン選抜培地(SD-Trp培地)を使用した。得られたコロニーを新しいトリプトファン選抜培地に再度播種し、安定した形質を示すものを選抜した。
【実施例5】
【0071】
(酵母で発現するシロアリ腸内セルラーゼ遺伝子の選抜)
形質転換酵母を選抜用培地へ植菌し、酵母で発現するシロアリ腸内セルラーゼ遺伝子の選抜を行った。選抜には、自動コロニーピッキング装置を用い、形質転換体を選抜用プレート培地へ植菌した。選抜用培地には、トリプトファン要求性培地(SD-Trp培地)の炭素源を2.0 %のグルコースから、1.0 % カルボキシメチルセルロース(Carboxymethyl cellulose sodium salt: CMC;SIGMA-ALDRICH)に変えた選抜培地(以下、本培地をSD + CMC - Trp培地と称す)を用いた。また、通常の2.0 %グルコースからなるSD-Trp培地を予備プレートとして用いた。植菌したプレートは30℃にて4〜5日の静置培養を行った。
【0072】
選抜用プレート(SD + CMC - Trp培地)で生育した酵母のコロニーを滅菌水で洗い流した後、コンゴーレッド溶液(0.1% Congo Red、1M Tris-HCl、pH 9.0)で染色した。続いて1M NaCl溶液でプレートの洗浄を行った後に、ハロ(CMCの分解によりコンゴーレッドで染色されない円形の部分)の形成による選抜を行った。選抜株については同条件でもう一度ハロ形成の再確認試験を行った。
【実施例6】
【0073】
(選抜株に導入されたシロアリ遺伝子の同定)
実施例5にて選抜された株に導入されたシロアリ腸内セルラーゼ遺伝子を、以下の手法によって同定した。選抜株をSD-Trp液体培地1.5 ml に植菌し、30℃ 120 rpm 18時間振とう培養後、Zymoprep IITM Yeast Plasmid Minipreparation Kit(ZYMO RESEARCH)を用いて酵母からプラスミドを抽出した。本プラスミドを、大腸菌(ECOSTM Competent E. coli DH5α ;ニッポンジーン)へ形質転換し、コロニーPCRで目的の遺伝子が導入されている株をピックアップした。本大腸菌を培養し、アルカリ抽出によってプラスミドDNAを調整後、DNA塩基配列解析キットBig Dye Terminator Cycle Sequencing Ready Reaction Kit(Applied Biosystems)に従ってシークエンシング反応を行った。シークエンシング反応は、塩基配列解析装置3130 Genetic Analyzer(Applied Biosystems)を用いた。
【0074】
その結果、シロアリ原生生物セルラーゼライブラリーに含まれる164種類のセルラーゼ遺伝子のうち、ヤマトシロアリ腸内共生原生生物のセルラーゼ遺伝子で、糖質加水分解酵素群ファミリー(Glycoside Hydrolase family: GHF)7に属するRs2042B24(配列番号1)が酵母での発現に適したシロアリ腸内共生原生生物セルラーゼ遺伝子であることが判明した。ハロ形成試験の確認試験と酵母導入遺伝子の対応を図3に示す。
【0075】
さらに独立した3つの遺伝子組換え酵母を用いて、ハロ形成試験の再確認試験と酵母導入遺伝子の対応を確認した。結果を図4に示す。ハロ形成試験の結果からも明らかなように、シロアリ原生生物由来エンドグルカナーゼRs2042B24遺伝子を導入した酵母は、コントロールであるT. ressei EG IのセルラーゼGHF7遺伝子発現株におけるセルロース分解能より高い分解能力を示すことを確認した。
【実施例7】
【0076】
(選抜株におけるCMC分解活性試験)
遺伝子同定したシロアリ原生生物セルラーゼのうち、Glycoside Hydrolase Family(GHF)ごとにハロの形成能の活性の高い遺伝子を選抜した後、CMC分解活性試験をTZアッセイによる還元糖量の定量によって測定した。なおTZアッセイの手法の詳細は、Determination of reducing sugars in the nanomole range with tetrazolium blue (JueC. K. and Peter N. L. 1985, J Biochem Biophys Methods, Vol. 11, p109-115)に従った。
【0077】
なお、本検討でのコントロールとして、すでに構築したT. ressei EG I(GenBank accessioin No.M15665)を導入したベクターを実施例5に示した同様の手法で形質転換して得られた組換え酵母を用いた。
【0078】
選抜株およびコントロール株をYPD培地 4 mlに植菌し、30℃ 120rpm 2日間振騰培養し、定常期に達した後、培養液を5000 rpmにて1分間遠心し、上清を分取した。続いて、本上清10μlに、基質として2 % CMCを含有した酢酸バッファー溶液(pH 6.0)140 μlを添加し、37℃、30分間の反応を行った。反応溶液を10分間煮沸することで、反応を止め、そのうち40μlにTZ試薬(0.05M NaOH, 0.5M Potassium Sodium Tartrate, 0.1% Tetrazolium blue)200μlを添加した後、100℃で10分インキュベートし、660nmの吸光度を測定することにより、還元糖の定量を行った。
【0079】
図5にその結果を示した。本試験では、ハロの大きさが最も大きかったRs2042B24セルラーゼ遺伝子について示した。本培養液におけるセルロース分解能は、コントロールであるT. ressei EG IのセルラーゼGHF7遺伝子発現株の培養上清におけるセルラーゼと比べて約2.6倍高い分解能であることを確認した。
【配列表フリーテキスト】
【0080】
配列番号3、4:プライマー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(f)のいずれかのセルラーゼ遺伝子を含む、形質転換酵母。
(a)配列番号1で表される塩基配列からなる遺伝子
(b)配列番号1で表される塩基配列からなるDNAと相補的なDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(c)配列番号1で表される塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(d)配列番号2で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子
(e)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を有し、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f)配列番号2で表されるアミノ酸配列に対して80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項2】
前記セルラーゼを分泌生産する、請求項1に記載の形質転換酵母。
【請求項3】
前記形質転換酵母は、サッカロマイセス属酵母である、請求項1又は2に記載の形質転換酵母。
【請求項4】
前記形質転換酵母は、サッカロマイセス・セレビジエである、請求項3に記載の形質転換酵母。
【請求項5】
以下の(a)〜(f)のいずれかのセルラーゼ遺伝子を含む、セルラーゼを発現する酵母の発現ベクター。
(a)配列番号1で表される塩基配列からなる遺伝子
(b)配列番号1で表される塩基配列からなるDNAと相補的なDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(c)配列番号1で表される塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(d)配列番号2で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子
(e)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を有し、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f)配列番号2で表されるアミノ酸配列に対して80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項6】
請求項5に記載のベクターを含む、形質転換酵母。
【請求項7】
セルロース分解活性が向上された形質転換酵母の作製方法であって、
以下の(a)〜(f)のいずれかの遺伝子を酵母に導入する工程を備える、作製方法。
(a)配列番号1で表される塩基配列からなる遺伝子
(b)配列番号1で表される塩基配列からなるDNAと相補的なDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつ、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(c)配列番号1で表される塩基配列に対して80%以上の相同性を有する塩基配列からなり、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(d)配列番号2で表されるアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子
(e)配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1又は複数個のアミノ酸が欠失、置換又は付加されたアミノ酸配列を有し、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
(f)配列番号2で表されるアミノ酸配列に対して80%以上の同一性を有するアミノ酸配列を有し、セルラーゼ活性を有するタンパク質をコードする遺伝子
【請求項8】
請求項1〜4のいずれかに記載の形質転換酵母が生産するセルラーゼでセルロース含有材料を分解する工程を備える、セルロースの分解産物の生産方法。
【請求項9】
セルロース含有材料を含む炭素源の存在下、請求項1〜4のいずれかに記載の形質転換酵母を培養する工程、を備える、有用物質の生産方法。
【請求項10】
前記有用物質は、エタノールである、請求項9に記載の生産方法。
【請求項11】
炭素源の存在下、請求項1〜4のいずれかに記載の形質転換酵母を培養する工程、を備える、セルラーゼの生産方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−178677(P2010−178677A)
【公開日】平成22年8月19日(2010.8.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−25274(P2009−25274)
【出願日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【出願人】(000003609)株式会社豊田中央研究所 (4,200)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】