説明

セルロース熱処理物

【課題】遠赤外線放射特性に優れたセルロース熱処理物、及びその製造方法を提供すること。
【解決手段】セルロース素材を熱処理することによって得られるセルロース熱処理物であって、当該熱処理物を構成する炭素原子数及び酸素原子数の割合が、酸素原子数/炭素原子数(O/C)として0.1〜0.6であり、炭素原子数及び水素原子数の割合が水素原子数/炭素原子数(H/C)として0.2〜1.2であるセルロース熱処理物、並びに、セルロース素材を酸化雰囲気中、150〜300℃で熱処理する工程、及び、不活性ガス雰囲気中、150〜600℃で熱処理する工程、を含む、セルロース熱処理物の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、綿、麻及びレーヨン等のセルロース素材を熱処理することによって得ることができるセルロース熱処理物に関する。より詳細には、セルロース素材を比較的低い温度で熱処理することによって得ることができる、遠赤外線放射特性に優れたセルロース熱処理物に関する。また、本発明はそのようなセルロース熱処理物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
現在一般に利用されている機械的物性(高強度、高弾性率)を目的とした炭素繊維は、合成繊維(PAN)や石油・石炭系ピッチを原料としたもので、通常1500℃以上の温度で処理することによって得られる、炭素含有量が実質100重量%の物質である。
【0003】
一方、綿等の植物繊維を原料とする炭素繊維も開発されてきている。例えば、活性炭素繊維としての利用(例えば特許文献1参照)、半導体としての利用(例えば特許文献2参照)、電気二重層キャパシタ用電極材としての利用(例えば特許文献3参照)、などが図られている。また、木酢液を炭素繊維表面に付けることにより抗菌活性の向上を図った例もある(例えば特許文献4参照)。しかし、これらの植物繊維を原料とする炭素繊維は、600℃以上で焼成あるいは賦活処理されたものである。
【0004】
一方、遠赤外線が様々な作用を有することが知られている。例えば、遠赤外線の生体に対する効果として、皮下深層の温度上昇、微細血管の拡張、血液循環の促進、新陳代謝の促進、体液障害の一掃、組織の再生能力の増強、知覚神経の異常興奮の抑制、及び自律神経の機能調整効果、などがあると言われている。また、臨床的に報告のある効果の具体例として、慢性関節リウマチ・腰痛症・慢性関節炎・手術後の痛みなどの疼痛の緩解、筋疾患の改善、中枢神経麻痺による筋徑性の緩解、局所の浮腫の軽減、血行改善、炎症の改善、疲労回復、冷え性改善等が挙げられている。
【0005】
また、高い遠赤外線放射特性を有する繊維素材から作製された衣類等は高い保温性を示すことが知られている。そして、そのような目的のために、遠赤外線放射に優れた繊維の開発が行なわれてきているが、そのような繊維を作製するための従来の方法は一般に、化学繊維に遠赤外線放射特性に優れた物質を含有させる、または、化学繊維または天然繊維を遠赤外線放射特性に優れた物質で被覆する、というものであった(例えば特許文献5及び特許文献6参照)。
【特許文献1】特許第3199660号公報
【特許文献2】特開2004−51909号公報
【特許文献3】特開2002−299185号公報
【特許文献4】特開2000−160476号公報
【特許文献5】特開2005−9024号公報
【特許文献6】特開2006−274488号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、セルロース素材を原料とした新規な炭素繊維材料を提供することを目的とする。
医療及び健康用途に適した遠赤外線放射特性、保温性、抗菌性、及び吸着・脱臭特性等を持ち、且つ取扱い性に優れた炭素繊維材料が求められている。また、抗菌性、吸着・脱臭特性も医療、健康用の用途によっては有用な場合が多く、特に遠赤外線放射特性などの他の特性と併せ持つことによって非常に好ましい素材となる可能性もある。
【0007】
PAN(ポリアクリロニトリル)やピッチを原料とした炭素繊維は、高い機械的性質を持つため取扱い性に優れており、織物、不織布などの形状での利用も可能である。しかし、高い機械的性質を追及したため炭素ほぼ100%まで炭化が進んでおり、さらに高温焼成のため結晶性も発現しているので、熱伝導性は大きく、表面積は小さくなっている。このため医療、健康用途での人体への適用を考えた場合、保温性、吸着特性が不十分で、必ずしも好ましい素材とはいえない。さらに、焼成温度が通常1500℃以上であるため製造コストが高く、エネルギー消費の点でも必ずしも環境にやさしいとはいえない。
【0008】
植物繊維を原料とする既存の炭素繊維は、一般に高表面積を得るため600℃以上の高温で焼成あるいは賦活処理をしているため、繊維強度が弱くなる傾向があり、織物、不織布などとして利用するのに不適当な場合がある。また、通常の炭素繊維ほどではないが高温処理を必要とし、特許第3199660号公報のように特別な不純物処理も必要な場合があって、製造コスト的には高くなっている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、セルロースを原料とする素材(繊維、その織物、不織布等)を比較的低温の特定の条件で熱処理することにより、優れた遠赤外線放射特性を有する材料が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0010】
すなわち、本発明は以下の通りである:
1.セルロース素材を熱処理することによって得られるセルロース熱処理物であって、前記熱処理物を構成する炭素原子数及び酸素原子数の割合が、酸素原子数/炭素原子数(O/C)として0.1〜0.6であり、炭素原子数及び水素原子数の割合が水素原子数/炭素原子数(H/C)として0.2〜1.2である、前記セルロース熱処理物、
2.前記熱処理が、150〜600℃で熱処理する工程を含む、前記1に記載のセルロース熱処理物、
3.前記熱処理が、酸化雰囲気中、150〜300℃で熱処理する工程、及び、不活性ガス雰囲気中、150〜600℃で熱処理する工程、を含む、前記1に記載のセルロース熱処理物、
4.前記セルロース素材が、綿、麻及びレーヨンからなる群から選択される少なくとも一つの素材である、前記1に記載のセルロース熱処理物、
5.前記セルロース素材が、平均繊維径3〜20μmの素材である、前記1に記載のセルロース熱処理物、
6.窒素中での熱重量分析で、150〜500℃の温度範囲での重量減少が40%以下である、前記1に記載のセルロース熱処理物、
7.セルロース素材を酸化雰囲気中、150〜300℃で熱処理する工程、及び、
不活性ガス雰囲気中、150〜600℃で熱処理する工程、
を含む、セルロース熱処理物の製造方法であって、前記熱処理物を構成する炭素原子数及び酸素原子数の割合が、酸素原子数/炭素原子数(O/C)として0.1〜0.6であり、炭素原子数及び水素原子数の割合が水素原子数/炭素原子数(H/C)として0.2〜1.2である、前記製造方法、
8.セルロース素材を酸化雰囲気中、150〜300℃で熱処理する工程、
不活性ガス雰囲気中、前記酸化雰囲気中の熱処理温度より50±5℃高い温度で熱処理する工程、及び、
不活性ガス雰囲気中、150〜600℃で熱処理する工程、
を含む、セルロース熱処理物の製造方法であって、前記熱処理物を構成する炭素原子数及び酸素原子数の割合が、酸素原子数/炭素原子数(O/C)として0.1〜0.6であり、炭素原子数及び水素原子数の割合が水素原子数/炭素原子数(H/C)として0.2〜1.2である、前記製造方法、
9.前記1に記載のセルロース熱処理物から構成される医療用及び健康用物品。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、遠赤外線放射特性に優れた、セルロース素材を原料とした新規な炭素繊維材料(セルロース熱処理物)を提供することができる。また、本発明により、そのようなセルロース熱処理物の製造方法を提供することができる。
【0012】
本発明のセルロース熱処理物は、セルロース素材を焼成することによって得られる炭素がほぼ100%である炭素繊維に比べて柔軟性を有する。そのため、本発明のセルロース熱処理物により、医療用途または健康用途に適した、取扱い性に優れた材料を提供することができる。また、本発明のセルロース熱処理物により、保温性に優れ、人体の適用部の形に容易に変形することのできる物品(シート、パッド及びサポーター等)を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明のセルロース熱処理物は、セルロース素材を熱処理することにとって得られ、そして、それを構成する炭素原子数及び酸素原子数の割合が、酸素原子数/炭素原子数(O/C)として0.1〜0.6であり、炭素原子数及び水素原子数の割合が水素原子数/炭素原子数(H/C)として0.2〜1.2である、セルロース熱処理物である。本発明のセルロース熱処理物は、好ましくは、それを構成する炭素原子数及び酸素原子数の割合が、酸素原子数/炭素原子数(O/C)として0.3〜0.5であり、炭素原子数及び水素原子数の割合が水素原子数/炭素原子数(H/C)として0.6〜1.0である、セルロース熱処理物である。ここで、各元素の原子数の割合は、元素分析によって求めた、セルロース熱処理物を構成する各元素の割合(重量%)及び各元素の原子量から求められる値である。また、ここでいう熱処理とは、予備酸化処理、焼成及び賦活処理等の加熱を伴った処理を意味する。
【0014】
このような炭素原子、酸素原子及び水素原子の割合を有する本発明のセルロース熱処理物は、優れた遠赤外線放射特性を示し、また、原料となる素材に近い柔軟性を保っているため、その取扱いや加工を容易に行なうことができる。
【0015】
炭素原子に対する酸素原子及び水素原子の割合が前記の値より大きくなると、遠赤外線放射特性が低下する。
また、炭素原子に対する酸素原子及び水素原子の割合が前記の値より小さくなると、すなわち炭素原子の割合が大きくなると、遠赤外線放射特性が低下し、特に10〜20μmの波長領域でこの低下傾向が明瞭になる。さらにセルロース熱処理物の強度、柔軟性が低下し、繊維、織物、不織布としてもその取扱い性が悪くなる。
【0016】
本発明のセルロース熱処理物は、波長3〜20μmの範囲において高い遠赤外線分光放射率を示す。
遠赤外線の波長範囲は、社団法人遠赤外線協会によれば3μm〜1mm(1000μm)とされている。しかし、波長が非常に長くなるとエネルギーが小さくなるため生体への作用も小さいと考えられている。生体への効果を考える際は、例えば3〜20μmの範囲の遠赤外線を考える場合が多い。
【0017】
原料となるセルロース素材からもこの波長範囲の遠赤外線は放射される(図4(レーヨン繊維についての測定結果)参照)。しかしながら特定の波長領域、例えば4〜6μmの波長領域では、分光放射率の低下が認められる。これは、有機物であるセルロースの組成、構造に由来するものと考えられる。
【0018】
これに対して、炭素原子数、水素原子数及び酸素原子数の割合が上記の値である本発明のセルロース熱処理物では遠赤外線の分光放射率が上昇している。特に4〜6μmの波長領域での上昇度が大きい。これは、原料セルロースの組成、構造が変化することによって、その特定波長での遠赤外線低下がなくなったためと考えられる。
【0019】
本発明のセルロース熱処理物は、セルロース素材を熱処理することにとって製造することができる。セルロース素材とはセルロースで構成される繊維、または、それらの繊維の織物または不織布等である。セルロースで構成される繊維であれば特に限定はないが、綿及び麻等の植物に由来するセルロースで構成される天然繊維、及びレーヨン等を挙げることができる。使用される繊維の繊維径としては特に制限はないが、平均繊維径が例えば、3〜25μmまたは5〜20μmの繊維を使用することができる。セルロース素材としては、綿繊維、麻繊維及びレーヨン、並びに、それらの繊維の織物及び不織布を用いることができる。
【0020】
次に本発明の製造方法について説明する。
原料のセルロース素材の熱処理では、その焼成温度が高くなるに従って炭化が進み、炭素100%に近い組成となる。炭化の進行に伴い、一般に、電気伝導性、電磁波遮蔽性及び不活性雰囲気での耐熱性等は向上する傾向にあるが、一方、原料の持つ柔軟性は、炭化が大きく進んだ場合は失われていく傾向があり、この点は取扱い性の低下をもたらし、実用上、好ましくない。
【0021】
本発明のセルロース熱処理物は、セルロース素材を150〜600℃、好ましくは150〜500℃の温度範囲で熱処理することによって製造することができる。本発明のセルロース熱処理物の製造においては、600℃(好ましくは500℃)を超えない温度で熱処理することが重要である。600℃(または500℃)を超える温度で熱処理を行なうと、得られる熱処理物の遠赤外線放射特性や強度が低下することがある。
【0022】
セルロース素材の熱処理は、予備酸化処理する工程と焼成する工程として行なうことができる。
予備酸化処理は、原料となるセルロース素材(例えば、平均繊維径5〜25μmの繊維、その織物・不織布などの形状の原料)を酸化雰囲気中(例えば空気中)、150〜300℃で、好ましくは150〜250℃で加熱することによって行なうことができる。加熱の時間としては、例えば0.1〜5時間、または0.4〜4時間、または0.5〜3時間である。高い温度で加熱する場合にはその時間を短くする。例えば、空気中で加熱する場合は、(温度(℃)の二乗)×時間(h)が、ほぼ40000〜50000の範囲に入るような処理時間にするのが好ましい。例えば、加熱温度が150℃の場合は1.8〜2.2時間、250℃の場合は0.6〜0.8時間、の加熱時間とすることが好ましい。
【0023】
酸化雰囲気としては空気の他、空気より酸素濃度を高めた雰囲気、純酸素雰囲気及びオゾン含有雰囲気等を用いることができる。空気より酸素濃度を高めた雰囲気、純酸素及びオゾン含有雰囲気等を用いた場合、加熱処理温度を低くしたり時間を短縮したりすることができる。安全性やコスト等の面から、空気を用いることが好ましい。
【0024】
セルロース素材を硫酸、塩酸、リン酸及び硝酸等の無機酸の溶液に浸漬した後予備酸化処理することもできる。このような酸で処理することにより予備酸化処理が促進され、また次工程の焼成時の歩留まりを向上することが可能となることがあり、トータルの製造コストを低減できる場合がある。
【0025】
焼成工程は、予備酸化処理されたセルロース素材を、不活性ガス中(例えば窒素)で加熱することによって行なわれる。例えば、150〜600℃、または200〜500℃、または300〜500℃、または250〜350℃の温度で、例えば、0.1〜10時間、または0.2〜5時間、または0.5〜3時間、または0.1〜0.5時間、加熱することによって行ない、本発明のセルロース熱処理物を得ることができる。
【0026】
また、焼成工程を二段階で行なって本発明のセルロース熱処理物を得ることもできる。二段階の工程とすることによって、得られるセルロース熱処理物の柔軟性がより維持、物性発現、トータルの焼成効率の向上に有効であることがある。
【0027】
焼成工程を二段階で行なう場合、まず、予備酸化処理温度より50±5℃高い温度で、例えば0.1〜2時間、または0.2〜1時間の一次焼成を行ない、引き続き、150〜600℃、好ましくは200〜350℃の温度で、例えば0.1〜10時間、好ましくは0.2〜2時間、二次焼成を行なうことができる。または、二次焼成を、例えば、300〜500℃の温度で、例えば0.1〜2時間、好ましくは0.2〜0.5時間、行なうことができる。
【0028】
さらに製造条件と物性の関係を検討した結果、各工程の条件の組み合わせによる効果が明らかになった。例えば、ある好ましい範囲の一つの予備酸化条件に対しては最適な焼成条件は一つであるが、この範囲内の別の予備酸化条件に対しては別の最適な焼成条件が存在する。さらに、特定の濃度範囲の無機酸を使用した場合には、別の最適な予備酸化処理条件、焼成条件が存在する。すなわち、最適な物性を得るための製造条件が複数存在することになる。当業者であれば、本明細書の開示を基にして、条件を適切に選択して本発明のセルロース熱処理物を容易に製造することができる。
【0029】
このようにして製造することができる本発明のセルロース熱処理物の外観は黒色であり、原料となるセルロース素材の外観(白色)とは全く異なるものである。そして、その外観より、炭化が進行していることがわかる。
【0030】
表1に本発明のセルロース熱処理物、レーヨン繊維(原料のセルロース素材)及び比較例の熱処理物の元素分析値を示す。レーヨン繊維には炭素以外に植物由来原料に特徴的な酸素と水素が含まれているが、焼成温度を上げるに従って減少していく。高温焼成領域では炭化が進行しており、2000℃で焼成した熱処理物3では炭素原子の割合が100%に近く、通常の炭素繊維(PAN系炭素繊維等)の組成とほぼ同じとなる。
【0031】
一方熱処理物1及び2のように比較的低温で焼成した場合には、酸素、水素とも相当量が残存し、レーヨン繊維及び通常の炭素繊維とも異なった特徴的な組成となっている。これが本発明のセルロース熱処理物に特徴的な作用を発現していると考えられる。
【0032】
本発明のセルロース熱処理物は高い遠赤外線放射特性を有するので、焼成後のセルロース熱処理物をそのまま、保温性を目的としたサポーターや衣類、医療用物品及び健康用物品等、種々の物品の製造に用いることができる。また、用途に応じて、セルロース熱処理物に追加的な処理を施すことができる。例えば、表面積を大きくして吸着特性をより高めたい用途には、スチーム等による賦活処理をしてもよい。また、木酢液浸漬処理を行って、細菌及び真菌に対する抗菌活性をより高めてもよい。
【0033】
以下に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。なお、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0034】
実施例に示した元素分析値、熱重量分析値及び遠赤外線分光放射率は、それぞれ以下の方法によって測定した。
[元素分析]
炭素及び水素の元素分析はスミグラフ NCH−21型(住化分析センター(株)製)を使用して改良デュマ法(酸素燃焼−TCD検出)により行なった。酸素の元素分析はJIS Z2613に準拠して行なった(高温炭素反応−NDIR検出)。
【0035】
なお、付着水分の影響を除去するため、試料は空気中120℃、2時間の乾燥処理を行った後分析した。
[熱重量分析]
TG/DTA 300(セイコー電子(株)製)を使用し、窒素雰囲気、測定範囲:室温〜1000℃、昇温速度:10℃/分で測定した。
[遠赤外線分光放射率]
遠赤外線分光放射率の測定は、FT−IR装置(Perkin Elmer製、System2000型、分解能:16cm-1)を用いて、以下の条件で行なった。25℃での反射スペクトルから放射量を計算により求め、その放射量が同じ温度の黒体が放射する量の何%に相当するかを計算し、分光放射率として示した。なお、遠赤外線分光放射率の測定は(財)ファインセラミックスセンターに依頼して実施した。
【0036】
測定温度:25℃
測定領域:1.3〜27μm(370〜7800cm-1
積算回数:200回
光源から検出器までの光路には、窒素ガスを充満させパージを実施。
[実施例1]
平均繊維径12μmのレーヨン繊維からなる厚さ0.7mmの織物を、10%リン酸水溶液に含浸後、空気中で160℃、1.8時間加熱することによって予備酸化処理を行った。(温度(℃)の二乗)×時間(h)は約46,000であった。
【0037】
引き続き、窒素雰囲気中、210℃、2時間の一次焼成を行ない、その後300℃、0.5時間の二次焼成を行なうことによってセルロース熱処理物1を得た。
得られた熱処理物1の元素分析結果を表1に示す。酸素/炭素原子比は0.39、水素/炭素原子比は0.79で、それぞれ原料レーヨン繊維の0.72、1.53から減少していた。
【0038】
【表1】

【0039】
熱処理物1の熱重量分析測定の結果を図1に示す。
150〜500℃の範囲での重量減は33%であった。なお、室温〜150℃である程度の質量減が観測されているが、これは保存中に熱処理物1が吸着した水分や少量の低沸点物の影響と考えられる。試料の本質的な物性とは関係しないと判断されるので、この影響を除いた150〜500℃の範囲での重量減を製造条件調整のパラメーターとした。すなわち、150℃での重量に対し500℃での重量減を%で示した。
【0040】
図3及び図4に、それぞれ、熱処理物1及び原料レーヨンの、波長3〜20μmの範囲での遠赤外線分光放射率の測定結果を示す。熱処理物1の分光放射率は原料レーヨンで低かった波長領域でも高い値を示し、特に4〜6μmの波長領域では10%以上高い値を示している。
【0041】
また、熱処理物1は折り曲げても、折り目で破断したり、また、粉末が発生することはなく、熱処理前の織物に近い取扱い性の良さを示した。
[実施例2]
平均繊維径14μmのレーヨン繊維からなる厚さ4mmの不織布を、空気中210℃で1時間加熱することによって予備酸化処理を行った。(温度(℃)の二乗)×時間(h)は約44,000であった。
【0042】
引き続き窒素雰囲気中、260℃、1時間の一次焼成を行ない、その後500℃、0.2時間の二次焼成を行なうことによってセルロース熱処理物2を得た。
得られた熱処理物2の元素分析結果を表1に示す。酸素/炭素原子比は0.11、水素/炭素原子比は0.29で、それぞれ原料レーヨンの0.72、1.53から減少していた。
【0043】
熱重量分析測定の結果を図2に示す。熱処理物2の窒素雰囲気、150〜500℃の範囲での重量減は5重量%以下であった。
図5に熱処理物2の遠赤外線分光放射率測定結果を示した。熱処理物2の分光放射率は原料レーヨンで低かった波長領域でも高い値を示し、特に4〜6μmの波長領域では10%以上高い値を示している。
【0044】
また、熱処理物2は、熱処理物1に比較するとやや硬くなっているが、折り曲げても、折り目で破断したり、また、粉末が発生することはなく、取扱い性は良好であった。
[比較例1]
平均繊維径14μmのレーヨン繊維からなる厚さ4mmの不織布を、空気中210℃で1時間加熱することによって予備酸化処理を行った。(温度(℃)の二乗)×時間(h)は約44,000であった。
【0045】
引き続き窒素雰囲気中、260℃、1時間の一次焼成を行ない、その後2000℃、0.1時間の二次焼成を行なうことによって熱処理物3を得た。熱処理物3の元素分析結果を表1に示す。酸素/炭素原子比は0.003、水素/炭素原子比は0.001であり、ほぼ炭素100%に近い組成であった。
【0046】
熱処理物1及び熱処理物2と比較して、熱処理物3は強度低下のため脆くなっており、折り曲げると折り目で破断したり、また、粉末が発生し、実用上の取扱いが困難であった。
[比較例2]
ほぼ炭素100%からなるPAN系炭素繊維(東レ株式会社製、M46JB)の遠赤外線分光放射率測定を行った。結果を図6に示す。本発明の熱処理物1及び2と比較して3〜20μmの波長範囲全体で放射率が低く、特に高波長領域での著しい低下傾向を示した。
[比較例3]
平均繊維径12μmのレーヨン繊維からなる厚さ0.7mmの織物を、空気中で140℃、2時間加熱することによって予備酸化処理を行った。
【0047】
引き続き窒素雰囲気中、180℃で2時間の一次焼成を行ない、セルロース熱処理物3を得た。
得られた熱処理物3の元素分析結果は原料レーヨンと大差なかった。また、熱重量分析測定を行なったところ、窒素雰囲気、150〜500℃の範囲での重量減は80%であった。遠赤外線分光放射率測定結果も原料レーヨンとほぼ同等であった。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明のセルロース熱処理物は、特に波長3〜20μmの範囲において高い遠赤外線分光放射率を示すので、保温性衣料等を製造するために使用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】本発明の熱処理物1についての熱重量分析の結果を示す図である。
【図2】本発明の熱処理物2についての熱重量分析の結果を示す図である。
【図3】本発明の熱処理物1についての遠赤外線分光放射率測定の結果を示す図である。
【図4】レーヨンについての遠赤外線分光放射率測定の結果を示す図である。
【図5】本発明の熱処理物2についての遠赤外線分光放射率測定の結果を示す図である 。
【図6】PAN系炭素繊維についての遠赤外線分光放射率測定の結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロース素材を熱処理することによって得られるセルロース熱処理物であって、前記熱処理物を構成する炭素原子数及び酸素原子数の割合が、酸素原子数/炭素原子数(O/C)として0.1〜0.6であり、炭素原子数及び水素原子数の割合が水素原子数/炭素原子数(H/C)として0.2〜1.2である、前記セルロース熱処理物。
【請求項2】
前記熱処理が、150〜600℃で熱処理する工程を含む、請求項1に記載のセルロース熱処理物。
【請求項3】
前記熱処理が、酸化雰囲気中、150〜300℃で熱処理する工程、及び、不活性ガス雰囲気中、150〜600℃で熱処理する工程、を含む、請求項1に記載のセルロース熱処理物。
【請求項4】
前記セルロース素材が、綿、麻及びレーヨンからなる群から選択される少なくとも一つの素材である、請求項1に記載のセルロース熱処理物。
【請求項5】
前記セルロース素材が、平均繊維径3〜20μmの素材である、請求項1に記載のセルロース熱処理物。
【請求項6】
窒素中での熱重量分析で、150〜500℃の温度範囲での重量減少が40%以下である、請求項1に記載のセルロース熱処理物。
【請求項7】
セルロース素材を酸化雰囲気中、150〜300℃で熱処理する工程、及び、
不活性ガス雰囲気中、150〜600℃で熱処理する工程、
を含む、セルロース熱処理物の製造方法であって、前記熱処理物を構成する炭素原子数及び酸素原子数の割合が、酸素原子数/炭素原子数(O/C)として0.1〜0.6であり、炭素原子数及び水素原子数の割合が水素原子数/炭素原子数(H/C)として0.2〜1.2である、前記製造方法。
【請求項8】
セルロース素材を酸化雰囲気中、150〜300℃で熱処理する工程、
不活性ガス雰囲気中、前記酸化雰囲気中の熱処理温度より50±5℃高い温度で熱処理する工程、及び、
不活性ガス雰囲気中、150〜600℃で熱処理する工程、
を含む、セルロース熱処理物の製造方法であって、前記熱処理物を構成する炭素原子数及び酸素原子数の割合が、酸素原子数/炭素原子数(O/C)として0.1〜0.6であり、炭素原子数及び水素原子数の割合が水素原子数/炭素原子数(H/C)として0.2〜1.2である、前記製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−274469(P2008−274469A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−118459(P2007−118459)
【出願日】平成19年4月27日(2007.4.27)
【出願人】(506023932)セラスメディコ株式会社 (7)
【Fターム(参考)】