説明

ゼオライトを用いたタンパク質結晶化方法

【課題】 多くの結晶化条件で結晶化を試みる必要なく、結晶の形状および空間群を容易に変えることのできるタンパク質結晶化方法を開発する。
【解決手段】 ゼオライトの存在下においてタンパク質を結晶化させることを特徴とする、タンパク質結晶化方法、ならびにゼオライトを構成成分として含むタンパク質結晶化用キット。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質結晶化のための新規な方法に関する。詳細には、ゼオライトの存在下においてタンパク質結晶化を行うことにより、容易にタンパク質結晶の形状および空間群を変えることができるタンパク質結晶化方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
タンパク質のX線構造解析は現在最も有効なタンパク質構造決定の手法の一つである。そのタンパク質構造を決定するためには位相を決定する過程が必要不可欠である。その位相決定の手法として、分子置換法や重原子置換法などがあるが、しばしばその位相を決定できない場合がある。その様な場合、異なる空間群の結晶を用いて位相決定を試みることが多い。また、タンパク質結晶のX線回折における分解能を上げたい場合、その結晶の空間群を変えることでその分解能が大幅に向上することもある。しかしながら、一般に、結晶の空間群を変えたい場合、異なる組成(結晶化剤、および添加剤の種類、その濃度、pH等が異なる)の結晶化溶液を数多く用いて結晶化を試みて異なる空間群の結晶を析出させるので(非特許文献1等参照)、所望の結晶を析出させるのは容易なことではない。したがって、必要となる多くの異なる結晶化試薬の調製やその結晶化に費やす時間と費用はタンパク質サンプルが多いほど莫大になる。
【非特許文献1】N. Kunishima, Yukuhiko Asada, Mayumi Sugahara, Jun Ishijima, Yuichi Nodake, Mitsuaki Sugahara, Masashi Miyano, Seiki Kuramitsu, Shigeyuki Yokoyama and Michihiro Sugahara, 'A Novel Induced-fit Reaction Mechanism of Asymmetric Hot Dog Thioesterase PaaI' Journal of Molecular Biology (2005年7月からオンラインにて利用可能)(印刷中)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明の解決課題は、多くの結晶化条件で結晶化を試みる必要なく、結晶の形状および空間群を変えることのできるタンパク質結晶化方法を開発することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは、上記事情に鑑みて鋭意研究を行い、ゼオライトの存在下においてタンパク質を結晶化させた場合に、容易にタンパク質結晶の形状を変化させることができ、異なる空間群の結晶が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0005】
すなわち、本発明は、
(1)ゼオライトの存在下においてタンパク質を結晶化させることを特徴とする、タンパク質結晶化方法;
(2)ゼオライトがモレキュラーシーブである、(1)記載の方法;
(3)ゼオライトを構成成分として含むタンパク質結晶化用キット;
(4)ゼオライトがモレキュラーシーブである、(3)記載のキット
を提供するものである。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、簡単な操作により、タンパク質結晶の形状および空間群を変化させることができるので、結晶の空間群を変えたい場合、多くの結晶化条件で結晶化を試みる必要はなくなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明は、ゼオライトの存在下においてタンパク質を結晶化させることを特徴とする、タンパク質結晶化方法に関するものである。本発明を用いれば、タンパク質結晶の形状や空間群を容易に変化させることができる。ゼオライトはアルミニウムおよびケイ素を主成分とする多孔性結晶であり、天然ゼオライトと人工ゼオライトがある。本発明には天然ゼオライトと人工ゼオライトのいずれも使用できるが、品種の豊富さ、組成・形状が一定していること、結果の再現が良い等の点から、人工ゼオライトが好ましい。
【0008】
本発明に用いられるゼオライトの種類、特性、形状等は特に限定されず、タンパク質の種類、所望の結晶の形状、空間群等の因子により、様々なものを使用することができる。人工ゼオライトの典型例はモレキュラーシーブである。モレキュラーシーブは天然ゼオライトと同様の吸着特性を有する材料であり、種々の分子の吸着に使用されている。また、モレキュラーシーブは合成により得られるので、その性質や形状も種々のものが製造されている。例えば、モレキュラーシーブには3A、4A、5A、13X(吸着口径はこの順に大きくなる)等のタイプがあり、市販されている。しかしながら、分子の吸着剤ではなく、タンパク質結晶化のための添加剤としてモレキュラーシーブを用いる例は本発明以外にない。本発明にはいずれのタイプのモレキュラーシーブであっても使用できる。
【0009】
上述のごとく、本発明において、ゼオライトの存在下においてタンパク質を結晶化させる。すなわち、ゼオライトをタンパク質結晶化添加剤として使用する。ゼオライトの「存在下」とは、タンパク質結晶化工程の全体において、あるいは一部においてゼオライトが添加されることを意味する。したがって、例えば、先ずゼオライトを容器に入れ、次いで、結晶化試薬(多くの場合、溶液である)およびタンパク質を容器に添加してタンパク質を結晶化させてもよく、結晶化試薬にタンパク質を溶解した後、その溶液にゼオライトを添加してタンパク質を結晶化させてもよい。本発明によれば、結晶化タンパク質はゼオライト表面上から析出するので、その取得が容易である。
【0010】
タンパク質結晶化の際に添加するゼオライトの量は、タンパク質の量や結晶化試薬の体積等の因子に応じて適宜選択することができる。使用するゼオライトの大きさは、結晶化に用いる装置や器具の大きさに応じて選択することができる。後で説明するように、ゼオライトを乳鉢等で適当な大きさに潰して用いてもかまわない。使用するゼオライトの種類については数種類のものを用いて結晶化を試みることが好ましい。結晶の析出は、ゼオライトの空孔の大きさに依存すると考えられるからである。例えば、ゼオライトとしてモレキュラーシーブを用いる場合には、3A、4A、5A、13X等について結晶化を試みることが好ましい。
【0011】
本発明に用いる結晶化試薬(本明細書において「結晶化剤」ともいう)は、その中でタンパク質の結晶が得られることが確認されている試薬であり、タンパク質の種類により成分が異なるのが普通である。一般的には、結晶化試薬はポリエチレングリコール(PEG)、グリセロール、適切なバッファー(例えば、pH5〜6のクエン酸バッファー)等を含む溶液である。
【0012】
本発明の結晶化法に用いるタンパク質の種類はいずれのものであってもよい。
【0013】
本発明におけるタンパク質結晶化条件、例えば、結晶化時間、温度、pH等は、結晶化させるべきタンパク質、結晶化試薬、ゼオライトの種類や性質、所望のタンパク質結晶の形態や空間群に応じて、適宜選択することができる。
【0014】
以下に、本発明のタンパク質結晶化法の典型的な手順を示す。これはあくまでも典型例であり、限定的なものではない。結晶化方法は特に限定するものではなく、モレキュラーシーブが添加できるものであればどの方法でも良い。例えば、マイクロバッチ法、ハンギングドロップ法、シッティングドロップ法を用いてもよい。以下の手順はマイクロバッチ法の場合である。モレキュラーシーブは市販品でよい。
1.結晶が得られた試薬(結晶化試薬)を用意する。
2.モレキュラーシーブを適当な大きさに(容器に入るように)潰す。例えば、乳鉢上で潰し0.1mmから0.8mm程度の結晶化プレートのウェルに入る大きさに加工する。
3.結晶化プレートのウェルにモレキュラーシーブを1、2個入れる。
4.そこに結晶化溶液、タンパク質溶液を加え、必要ならば最後にパラフィンオイル等で覆う。
5.以上の作業を各モレキュラーシーブ(例えば、3A、4A、5A、13X)で行う。
【0015】
さらにもう1つの態様において、本発明は、ゼオライトを構成成分として含むタンパク質結晶化用キットに関するものである。該キットは、例えば、数種のタンパク質結晶化用試薬、ならびに数種のモレキュラーシーブを別個の容器に入れたものを含んでいてもよい。また、例えば、モレキュラーシーブと結晶化剤を混合したものを複数種類用意してもよい。該キットはさらにタンパク質結晶化用の装置、器具類を含んでいてもよい。一般的には、取扱説明書をキットに添付する。
【0016】
以下に実施例を示して本発明をさらに具体的かつ詳細に説明するが、実施例は本発明を限定するものと解してはならない。
【実施例1】
【0017】
Pyrococcus horikoshii OT3由来のタンパク質サンプルを用いて本結晶化方法の有用性を確かめた。このタンパク質サンプルは以下の組成の結晶化剤により結晶が得られることが確認されている:
22.5%(w/w)PEG4000,0.1Mクエン酸バッファー,pH5.7。
【0018】
本実験では上記結晶化試薬にモレキュラーシーブ3A、4A、5A、13Xをそれぞれ加えた4種の結晶化条件および参照用としてモレキュラーシーブを加えない条件でマイクロバッチ法を用いて結晶化を行った。それらモレキュラーシーブは乳鉢上で0.1mmから0.8mm程度の大きさに潰して結晶化プレートのウェルに入る大きさに加工した。モレキュラーシーブを加えない条件の場合、1〜2日で柱状のタンパク質結晶が析出した(図1a)。一方で、モレキュラーシーブを添加した4種の結晶化条件のうち、モレキュラーシーブ5Aを添加した条件のみ結晶化から6日後にモレキュラーシーブ5Aの表面上から板状結晶が析出した(図1b)。結晶の析出はモレキュラーシーブの空孔の大きさに依存すると考えられる。次に、それら析出した結晶を用いて回折実験を行った(表1)。その回折実験結果を表1に示す。モレキュラーシーブがない場合はその空間群がP321であるのに対し、モレキュラーシーブ5Aを添加した場合、P321に変わった。その分解能はモレキュラーシーブがない場合2.2オングストロームであるのに対し、モレキュラーシーブ5Aを添加した場合、その分解能が1.60オングストロームになった。これはモレキュラーシーブ5Aによる効果と考えられる。
【実施例2】
【0019】
ここで、回折データの良し悪しはクライオプロテクタントによる影響が大きい。そこで、上記結晶化溶液に30%(w/w)グリセロールを加えた以下の組成の結晶化剤を用いて実験1同様の結晶化および回折実験を試みた:
22.5%(w/w)PEG4000,30%(w/w)グリセロール,0.1Mクエン酸バッファー,pH5.7。
【0020】
この結晶化条件で結晶が得られれば、回折実験の際、クライオプロテクタントを必要としない。結果として、モレキュラーシーブを加えない条件の場合、1〜2週間後にブロック状のタンパク質結晶が析出した(図1c)。モレキュラーシーブを添加した結晶化条件のうち、モレキュラーシーブ5Aを添加した条件のみ結晶化から3〜4週間後にモレキュラーシーブ5Aの表面上からブロック状結晶が析出した(図1d)。また、それら析出した結晶の形は異なっていた。次に、それら結晶を用いて回折実験を行った(表1)。結果として、モレキュラーシーブがない場合、その空間群がP321であるのに対し、モレキュラーシーブ5Aがある場合、その空間群はP321になった。その分解能は、モレキュラーシーブがない場合、2.3オングストロームであるのに対し、モレキュラーシーブ5Aがある場合、その分解能が1.35オングストロームになった。30%グリセロールを添加しない結晶化条件から得られた結晶と比べて、実験2で得られた結晶は分解能の差はあるが、それら空間群、セル長は同じであり、共にモレキュラーシーブによる効果が得られた。以上、これらの実験結果から、ゼオライトであるモレキュラーシーブはタンパク質結晶化溶液に加えるだけで容易に空間群を変えることができ、場合によってはその空間群が変わることでその分解能は大幅に良くなると考えられる。
【0021】
【表1】


【産業上の利用可能性】
【0022】
本発明によれば、簡単な操作により、タンパク質結晶の形および空間群を変化させることができるので、本発明は、タンパク質を取り扱う種々の分野において、例えば、タンパク質の構造解析において利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】タンパク質結晶化に及ぼすモレキュラーシーブの影響を示す図である。(a)は実施例1記載の条件下でモレキュラーシーブなし、(b)は実施例1記載の条件下でモレキュラーシーブ5A添加、(c)は実施例2記載の条件下でモレキュラーシーブなし、(d)は実施例2記載の条件下でモレキュラーシーブ5A添加。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゼオライトの存在下においてタンパク質を結晶化させることを特徴とする、タンパク質結晶化方法。
【請求項2】
ゼオライトがモレキュラーシーブである、請求項1記載の方法。
【請求項3】
ゼオライトを構成成分として含むタンパク質結晶化用キット。
【請求項4】
ゼオライトがモレキュラーシーブである、請求項3記載のキット。


【図1】
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【公開番号】特開2007−55931(P2007−55931A)
【公開日】平成19年3月8日(2007.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−242688(P2005−242688)
【出願日】平成17年8月24日(2005.8.24)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成17年度、文部科学省、タンパク3000委託研究「タンパク質基本構造の網羅的解析プログラム」、産業再生法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】