説明

ターボ分子ポンプ

【課題】 ボルトの変形により吸気口フランジの移動が効果的に抑制されるとともに、加工の容易なボルト孔を有するターボ分子ポンプの提供。
【解決手段】 ボルト孔14は、ボルトヘッド側の開口がロータ回転方向にずれるように、角度θだけ傾けて形成されている。そのため、吸気口フランジ13aがロータ回転方向に移動してボルト15の軸に当接した場合、軸の領域H2の部分は非拘束状態となる。ポンプ異常状態時における衝撃力Fによって吸気口フランジ13aが左側に移動すると、ボルト15の領域H2の部分が左側に曲がるように変形し、衝撃のエネルギーはボルト変形による歪みエネルギーとして吸収される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ターボ分子ポンプに関する。
【背景技術】
【0002】
高真空排気に用いられるターボ分子ポンプは、交互に配置された複数段の回転翼と複数段の固定翼とを備えている。各回転翼および固定翼は複数のタービンブレードから成り、回転翼はモータにより回転駆動されるロータに形成されており、固定翼はポンプのベースに固定されている。さらに、上述したタービンブレードに加えて、ドラッグポンプ段を備えたターボ分子ポンプも知られている。ドラッグポンプ段は、ロータ下部に形成された円筒部と、その円筒部と近接して配設されるネジ溝ステータとから成る。
【0003】
ターボ分子ポンプでは、タービンブレードおよび円筒部が形成されたロータは数万rpmで高速回転しており、異常な外乱が作用するとロータとステータ側(例えば、ネジ溝ステータ)とが接触するおそれがあり、その場合にはステータ側に大きな衝撃が加わることになる。また、高速回転するロータには大きな遠心力が常に作用しており、ロータとステータ側が接触した場合や、設計時の想定を越える条件下で連続運転された場合には、ロータが破壊するおそれもある。そのような場合にはさらに大きな衝撃がステータ側に加わり、ポンプケーシングを装置本体に締結しているボルトに大きな剪断力が加わるという問題があった。
【0004】
そのため、ボルト孔を拡開する複数の段が形成された孔とすることにより、剪断力が一カ所に集中するのを防いでボルトの破断を防止するものが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特開2003−148388号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、拡開する複数の段付き孔を形成するには加工工程が複数となり加工のコストアップが問題となる。さらに、上記従来の技術では、ボルトが段付き孔の側面の当接して塑性変形することにより衝撃力を吸収するような構造となっているが、段付き孔であるために塑性変形による効果が十分に得られていないという欠点があった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
請求項1の発明は、吸気口フランジが形成されたポンプケーシングと、ポンプケーシング内に設けられた固定翼と、回転翼が形成され、ポンプケーシング内で高速回転駆動されるロータとを備え、排気対象装置に対して吸気口フランジを複数のボルトにより締結するターボ分子ポンプに適用され、ボルトの軸線方向に対して斜めに形成されたボルト用貫通孔を吸気口フランジに設けたことを特徴とする。
請求項2の発明は、請求項1に記載のターボ分子ポンプにおいて、貫通孔は、吸気口フランジの締結面側に形成される第1の開口と吸気口フランジの締結面と反対の面に形成される第2の開口とを有し、第1の開口に対して、第2の開口が複数の貫通孔のピッチ円上においてロータの回転方向にずれている。
請求項3の発明は、請求項1または2に記載のターボ分子ポンプにおいて、貫通孔は、貫通方向に垂直な断面形状が円形であって、前記円形の直径が貫通方向に沿って一定とした。
請求項4の発明は、請求項1〜3のいずれかに記載のターボ分子ポンプにおいて、貫通孔とそれに挿通されるボルトとの隙間に配設され、排気対象装置に対して吸気口フランジが移動した際に変形して衝撃を吸収し、吸気口フランジの移動を抑制する緩衝部材を備えたものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、ボルト軸線方向にに斜めに形成された貫通孔内でボルトが変形することにより、吸気口フランジの移動の抑制や排気対象装置に伝達される衝撃の低減を図ることができる。また、貫通孔であるため容易に加工することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、図を参照して本発明を実施するための最良の形態について説明する。図1は本発明によるターボ分子ポンプの概略構成を示す図であり、(a)は断面図、(b)はフランジ部分を示す平面図である。なお、平面図はフランジの上半分を示したものである。図1に示したターボ分子ポンプ1は磁気軸受式のポンプであり、ロータ2はベース3に設けられた磁気軸受4a〜4cによって非接触支持されている。4a,4bはラジアル磁気軸受であり、4cはアキシャル磁気軸受である。
【0009】
ベース3には、ロータ2を回転駆動するモータ6、タッチダウンベアリング7a,7bおよびロータ2の浮上位置を検出するためのギャップセンサ5a,5b,5cがそれぞれ設けられている。タッチダウンベアリング7a,7bにはメカニカルベアリングが用いられ、磁気軸受4a〜4cによるロータ2の磁気浮上がオフされたときにロータ2を支持する。
【0010】
ロータ2には、回転軸方向に複数段の回転翼8が形成されている。上下に並んだ回転翼8の間には固定翼9がそれぞれ配設されている。これらの回転翼8と固定翼9とにより、ターボ分子ポンプ1のタービン翼段が構成される。各固定翼9は、スペーサ10によって上下に挟持されるように保持されている。スペーサ10は、固定翼9の保持機能とともに、固定翼9間のギャップを所定間隔に維持する機能を有している。
【0011】
さらに、固定翼9の後段(図示下方)にはドラッグポンプ段を構成するネジステータ11が設けられており、ネジステータ11の内周面はロータ2の円筒部12と所定間隔で対向している。ロータ2およびスペーサ10によって保持された固定翼9は、吸気口フランジ13aが形成されたケーシング13内に納められている。吸気口フランジ13aにはボルト孔14が等間隔で8箇所形成されており、吸気口フランジ13aは8本のボルト15によって装置側のフランジ16に固定される。なお、吸気口フランジ13aの径の大きさによって、フランジ厚さや使用ボルト寸法およびボルト本数は規格によって定められている。
【0012】
図2,3は、吸気口フランジ13aのボルト孔14部分を詳細に示したものであり、図2は図1(b)のA−A断面図である。また、図3の(a)は図2のB矢視図、(b)はC矢視図である。図1(a)および図2に示すように、ボルト孔14の貫通方向は吸気口フランジ13aに垂直な方向に対して角度θだけ傾いている。吸気口フランジ13aの装置側に対向する面(締結面)側の貫通孔開口に対して、締結面に対して反対の面の貫通孔開口(ボルトヘッド側貫通孔開口)がロータ回転方向Rにずれるように傾いている。そのため、角度θだけ傾いた方向から見たC矢視図(図3(b))の場合、ボルト孔14を貫通方向から見ているため、孔形状は円形となっている。
【0013】
一方、吸気口フランジを13aを垂直方向から見たB矢視図(図3(a))の場合、ボルト孔14の孔形状は楕円形となっている。ボルト15は、斜めに形成されたボルト孔14内を吸気口フランジ13aに対して垂直方向に貫通する。図3(a)の斜線で示した部分は、ボルト15の断面である。図2において、17は平座金であり、18はバネ座金である。
【0014】
図4はボルト孔14の作用を説明する図であり、ボルト孔14部分を周方向に沿って断面したものである。ボルト15は、軸の先端から領域H1の部分が装置側フランジ16の雌ネジ部に螺合しており、この領域H1は装置側フランジ16によって拘束されている。一方、装置側フランジ16に螺合していない領域H2は非拘束状態になっている。
【0015】
ターボ分子ポンプに上述したような異常状態が発生すると、衝撃力Fによって吸気口フランジ13aを回転させるようなトルクが発生し、吸気口フランジ13aが装置側フランジ16に対して図示左側にずれるように回転移動する。この回転移動により、符号Dで示すボルト15の首の部分において吸気口フランジ13aのボルト孔14とボルト15の軸とが当接する。
【0016】
この衝撃力は非常に大きいため、ボルト孔14とボルト15の軸とが当接した後も吸気口フランジ13aが左側に移動し、衝撃力によりボルト15の軸が左側に曲げられるように変形する。このときの変形には、単にボルト15の軸が曲げられるような変形だけでなく、ボルト15の軸が伸びるような変形も生じており、ボルト15の領域H2はボルト孔14の右側斜面に沿うように変形することになる。
【0017】
このように、本実施の形態では、吸気口フランジ13aに衝撃トルクが働いた場合でも、ボルト15に働く剪断力がボルト15の非拘束領域H2の部分の変形により剪断力と引っ張り力の2方向に分解される。そのため、剪断エネルギーをボルト15の歪みエネルギーとして受け止めることができ、装置側に伝達される衝撃トルクを低減することができる。また、ボルト15が変形することで、衝撃トルクによる剪断力を締結に用いられているボルト15の全てで受け止めることができるため、ボルト強度を有効に活用することができ、ボルト15の破断を防止することができる。
【0018】
図5は比較例として、標準のフランジ構造を示したものであり、(a)は衝撃力Fが作用する前の締結状態を示し、(b)は衝撃力Fが作用した場合を示す図である。この場合、吸気口フランジ13aには垂直に貫通するボルト孔24が形成されており、ボルト15の軸は、領域H1の部分は装置側フランジ16に拘束されており、領域H2は非拘束状態となっている。
【0019】
一方、衝撃力Fが作用して吸気口フランジ13aが図示左側に移動すると、図5(b)に示すようにボルト15の領域H2の部分がボルト孔24の側面に当接する。その結果、領域H2の部分は吸気口フランジ13aによって拘束状態となり、剪断応力が領域H1と領域H2との境界部分に集中して作用することになる。吸気口フランジ13aは複数のボルト15によって装置側フランジ16に固定されているが、各ボルト孔24の位置誤差により図5(b)のような状態になるのは各ボルト15によって異なる。そのため、最初に図5(b)のような状態となったボルト15のみに剪断応力が集中して発生し、瞬時に破断してしまうという状態が生じることになる。
【0020】
図6は上述した従来技術におけるボルト孔34を示したものであり、ボルト孔34は拡開する段付き孔になっている。この場合、衝撃力Fにより吸気口フランジ13aが図示左方向に移動すると、一番下側の段がボルト15の軸に当接する。そして、吸気口フランジ13aがさらに移動するとボルト15の軸が左側に変形することになる。この場合、領域H2において一番下側の段に当接する部分は拘束状態となるため、主に領域H3の部分の歪みエネルギーによって衝撃のエネルギーが吸収されることになる。そのため、領域H2でエネルギーを吸収する本実施の形態の方がより効果的にエネルギー吸収することができ、ボルト破断防止の上で優れている。
【0021】
さらに、図6に示すような段付きのボルト孔34を形成する場合には、例えば、バイト等の切削工具を用いて各段毎に加工を行う必要がある。一方、本実施の形態では、ドリルを用いて斜めに孔加工するだけでボルト孔14を形成することができ、加工しやすさおよび加工コストの点で優れている。
【0022】
[変形例]
図7は上述した実施の形態の変形例1を示す図であり、吸気口フランジ13aのボルト孔14の部分の断面図である。吸気口フランジ13aのボルト孔14には、衝撃エネルギーを吸収するための緩衝部材20が挿入されている。緩衝部材20には垂直な孔21が形成されており、この孔21をボルト孔として利用する。緩衝部材20には、塑性変形しやすいアルミ材や、体積変形して衝撃を吸収するウレタンやゴム等が用いられる。
【0023】
衝撃力Fより吸気口フランジ13aが図示方向に回転移動するとボルト15の軸が変形するとともに緩衝部材20も変形し、両方の変形により衝撃力によるエネルギーを吸収することになり、ボルト15への衝撃の影響を緩和することができる。例えば、アルミ材で緩衝部材20を形成した場合には、緩衝部材20がボルト孔14に密に設けられると変形しにくいので、このような場合には緩衝部材20に孔等の隙間を形成して変形しやすいようにすれば良い。
【0024】
また、図8に示すようにボルト孔14の角度θをより大きく設定することにより、ボルト変形による歪みエネルギーをより大きくすることができる。さらに、C方向から見た孔径が大きくなるので緩衝部材20の体積も大きくなり、緩衝部材20の緩衝効果を高めることができる。もちろん、緩衝部材20を設けなくてもエネルギー吸収効果は向上する。
【0025】
なお、上述した実施の形態では、ボルト孔14のボルトヘッド側開口がフランジ合わせ面(締結面)側開口に対して円周方向(ロータ回転方向)にずれるように傾けたが、ボルトヘッド側開口のずれは必ずしも円周方向でなくても良い。例えば、ロータ2が2つに破断してケーシング3に衝突するという極端な場合を仮定した場合、衝撃力は吸気口フランジ13aを回転させるトルクを生じさせるだけでなく、吸気口フランジ13aを楕円形状に変形させるような力も吸気口フランジ13aに作用する。この場合、吸気口フランジ13aの場所によっては、移動方向が回転方向と外側に拡がる方向とを合成したものになる場合もある。
【0026】
以上説明した実施の形態と特許請求の範囲の要素との対応において、ボルト孔14は貫通孔を構成する。また、本発明の特徴を損なわない限り、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】図1は本発明によるターボ分子ポンプの概略構成を示す図であり、(a)は断面図、(b)はフランジ部分を示す平面図である。
【図2】図1(b)のA−A断面図である。
【図3】(a)は図2のB矢視図、(b)はC矢視図である。
【図4】ボルト孔14の作用を説明する断面図である。
【図5】比較例を示す図であり、(a)は衝撃力Fが作用する前の締結状態を示し、(b)は衝撃力Fが作用した場合を示す図である。
【図6】上述した従来技術における拡開段付きのボルト孔34の場合を説明する図である。
【図7】変形例1を示す図である。
【図8】ボルト孔14の角度θを大きく設定した場合を説明する図である。
【符号の説明】
【0028】
1 ターボ分子ポンプ
2 ロータ
3 ベース
4a〜4c 磁気軸受
6 モータ
8 回転翼
9 固定翼
11 ネジステータ
12 円筒部
13 ケーシング
13a 吸気口フランジ
14,24,34 ボルト孔
15 ボルト
16 装置側フランジ
20 緩衝部材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
吸気口フランジが形成されたポンプケーシングと、前記ポンプケーシング内に設けられた固定翼と、回転翼が形成され、前記ポンプケーシング内で高速回転駆動されるロータとを備え、排気対象装置に対して前記吸気口フランジを複数のボルトにより締結するターボ分子ポンプにおいて、
前記ボルトの軸線方向に対して斜めに形成されたボルト用貫通孔を前記吸気口フランジに設けたことを特徴とするターボ分子ポンプ。
【請求項2】
請求項1に記載のターボ分子ポンプにおいて、
前記貫通孔は、前記吸気口フランジの締結面側に形成される第1の開口と前記吸気口フランジの前記締結面と反対の面に形成される第2の開口とを有し、
前記第1の開口に対して、前記第2の開口が前記複数の貫通孔のピッチ円上において前記ロータの回転方向にずれていることを特徴とするターボ分子ポンプ。
【請求項3】
請求項1または2に記載のターボ分子ポンプにおいて、
前記貫通孔は、貫通方向に垂直な断面形状が円形であって、前記円形の直径が貫通方向に沿って一定であることを特徴とするターボ分子ポンプ。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のターボ分子ポンプにおいて、
前記貫通孔とそれに挿通される前記ボルトとの隙間に配設され、前記排気対象装置に対して前記吸気口フランジが移動した際に変形して衝撃を吸収し、前記吸気口フランジの移動を抑制する緩衝部材を備えたことを特徴とするターボ分子ポンプ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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