説明

ダイズペプチド含有パン類

【課題】膨化性が良好で、かつ食感や風味に優れる、ダイズペプチドを含有するパン類を提供すること。
【解決手段】小麦粉及びダイズタンパク質のサーモリシン加水分解物を含有してなる、パン類。ダイズペプチド含有パン類の原料として、ダイズタンパク質のサーモリシン加水分解物を用いることで、膨化性が良好で、かつ食感や風味に優れる、ダイズペプチドを含有するパン類を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小麦粉及びダイズタンパク質のサーモリシン加水分解物を含有するパン類に関する。
【背景技術】
【0002】
パン類を製造する際に用いる小麦粉はタンパク質含量が約10重量%前後と少なく、なおかつリジンを初めとする必須アミノ酸の量も少ないため、栄養的にも優れたものとはいえない。解決する手段として、アミノ酸スコアの高い他のタンパク質やペプチドを添加することで栄養面の強化を図る試みは行われているが、ダイズタンパク質やペプチドを添加した場合では膨化性に劣り、体積が減少するという問題点がある。
【0003】
この問題を解決する方法としてはレシチン等の乳化剤を添加することが検討されているが、苦味等の風味上の問題点もあり好ましくない。乳化剤を添加する方法以外には、キシラナーゼを添加する技術が知られている(特許文献1参照)。
【0004】
また、特許文献2には、ダイズタンパク質の代替として、ダイズタンパク質を分解して得られるダイズペプチドを用いることにより、ダイズ由来のタンパク質の混合量を多くしても、十分に膨張することができるパンの製造方法が開示されている(特許文献2参照)。
【特許文献1】特開平11−243844号公報
【特許文献2】特開2005−143388号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、キシラナーゼを添加する技術においては、キシラナーゼの添加量が少ない場合には体積減少抑制効果が低く、多すぎる場合には膨化しすぎることにより、逆に体積の減少やキメの悪化を招く問題点がある。さらにパンに含有されるダイズタンパク質の種類によってキシラナーゼの添加量を調整する必要があり、作業効率を考慮すると必ずしも適した改良剤とはいえない。
【0006】
また、特許文献2のダイズペプチドを含有したパン類では、小麦粉の風味が消えてしまうほどダイズペプチド特有の風味が強く残るため、さらなる改良が望まれている。
【0007】
本発明の課題は、膨化性が良好で、かつ食感や風味に優れる、ダイズペプチドを含有するパン類を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、小麦粉及びダイズタンパク質のサーモリシン加水分解物を含有してなる、パン類に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明のパン類は、ダイズペプチドを含有しながらも、膨化性が良好で、さらに、食感や風味を低下させずに維持することができるという優れた効果を奏する。さらに、本発明のパン類は、ダイズペプチドを含有することで、必須アミノ酸を補給することができるという優れた効果を奏する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明のパン類は、小麦粉以外にダイズタンパク質のサーモリシン加水分解物(以下、サーモリシン加水分解物という)を含有することに大きな特徴を有する。
【0011】
サーモリシン加水分解物は、ダイズタンパク質をサーモリシンにより加水分解することにより得られるが、本発明では、詳細な理由は不明なるも、サーモリシン加水分解物に含まれるペプチドが小麦粉由来タンパク質との相互作用を起こしにくいということから、サーモリシン加水分解物をパン類に含有させることで、その生地のふくらみを維持することができると推定される。また、詳細な理由は不明なるも、サーモリシン加水分解物はダイズ特有の風味が低減されていることから、パン類に含有させても、食感及び風味を低下させずに維持することができると推定される。
【0012】
本発明におけるダイズタンパク質は、ダイズ植物に由来するタンパク質であれば特に限定されないが、ダイズ植物の種子に由来するタンパク質であることが好ましい。
【0013】
従って、本発明においては、ダイズ植物そのものやダイズ植物の種子そのもの、あるいは該植物や該種子の破砕物又は粉砕物等を、ダイズタンパク質として用いてもよいが、好ましくはダイズ植物中の全成分からタンパク質成分を分離、精製したもの、より好ましくは、ダイズ植物の種子中の全成分からタンパク質成分を分離、精製したものが用いられる。このように分離、精製して得られたダイズタンパク質は、ダイズ植物又はダイズ植物の種子中に含まれる実質的に全種類のタンパク質を含むものでもよく、また、一部の種類のタンパク質を含むものであってもよい。
【0014】
ダイズタンパク質としては、市販品も好適に用いられ得、例えば、日清コスモフーズ(株)、ADMファーイースト(株)、昭和産業(株)、不二製油(株)、(株)光洋商会等の製造業者又は供給業者から容易に入手可能である。
【0015】
なお、本明細書において、ダイズ植物の種子とは、ダイズ種子と通常呼ばれる構造物全体を指すのみならず、例えば、脱皮ダイズ種子、脱脂ダイズ種子(粉末)、ダイズ種子全体より得られえる雪花菜(オカラ)等でもあり得る。
【0016】
サーモリシン(EC3.4.24.27)は、Bacillus thermoproteolyticusという耐熱性菌によって生産される耐熱性のプロテアーゼである。サーモリシンは一般に、大きな側鎖をもった疎水性のアミノ酸残基(例えば、イソロイシン、ロイシン、バリン、フェニルアラニン、メチオニン、アラニン等)のアミノ基側のペプチド結合を切断することが知られている。
【0017】
サーモリシンは、市販品も好適に使用され得、大和化成(株)等の製造業者から容易に入手可能である。また、本発明においては、サーモリシンと同等のペプチド切断特性(切断配列特異性等)を有するプロテアーゼとして当該分野で公知のプロテアーゼを、サーモリシンとして用いることができる。
【0018】
なお、本発明では、ダイズタンパク質を加水分解する際に、本発明の効果を損なわない範囲で、サーモリシン以外の他のプロテアーゼを併用してもよい。他のプロテアーゼとしては、特に限定されず、例えば、パパイン、ブロメライン、トリプシン、キモトリプシン、パンクレアチン、スブリチン等が挙げられる。これらは、1種類又は2種類以上を組み合わせて、サーモリシンと併用してもよい。
【0019】
ダイズタンパク質をサーモリシンで加水分解する場合に用いられる反応条件は、特に制限されず、技術常識に従って当業者により適宜選択され得る。例えば、市販のサーモリシンを使用する場合には、その使用説明書に従って使用することができる。具体的な例としては、水等の溶媒に、ダイズタンパク質濃度が、好ましくは0.1〜30%(w/v)、より好ましくは1〜10%(w/v)程度となるようにダイズタンパク質又はダイズタンパク質を含む原料を懸濁し、この懸濁液に、好ましくは0.001〜3%(w/v)、より好ましくは0.01〜0.125%(w/v)程度となるようにサーモリシンを加えて加水分解反応を行なう態様が挙げられる。反応温度は30〜80℃が好ましく、40〜70℃がより好ましく、50〜60℃がさらに好ましい。また反応時間は、2〜30時間が好ましく、3〜24時間がより好ましく、10〜20時間がさらに好ましく、12〜18時間がさらにより好ましい。反応液のpHとしては、サーモリシンの至適pHであるpH7.0〜8.5付近であることが好ましい。
【0020】
反応の停止手段についても、特に制限はなく、公知の手段を用いることができる。かかる手段としては、例えば、加熱処理等が挙げられる。具体的には、上記反応物を80〜100℃程度の温度で好ましくは3〜20分間、より好ましくは5〜15分間加熱処理すればよく、85℃で15分間の加熱処理や100℃で5分間の加熱処理により、反応物中に含まれるサーモリシンを失活させることができる。
【0021】
上記のような加水分解反応により得られるサーモリシン加水分解物は、必要に応じて、当業者に公知の任意の方法によりさらに処理され得る。例えば、ろ過等の処理により、該サーモリシン加水分解物中の大きな固体粒子を取り除くことが好ましい。ろ過条件等は、特に制限されず、技術常識に従って当業者により適宜選択され得る。例えば、ろ紙が目詰まりを起こしやすい場合等には、ろ過助剤等も好適に用いられ得る。
【0022】
また、前記サーモリシン加水分解物を減圧濃縮し、次いで凍結乾燥することにより、粉末化することもできる。減圧濃縮及び凍結乾燥の際に使用される条件や機器類は、特に制限されず、技術常識に従って当業者により適宜選択され得る。このようにして粉末化されたサーモリシン加水分解物は、そのまま又は水等の溶媒に溶かして、用いることができる。
【0023】
サーモリシン加水分解物は、ダイズタンパク質をサーモリシンで加水分解することにより生じた多種多様なペプチドを実質的に全て含んだ状態であってもよいし、又は、そのような多種多様なペプチドを、公知の方法で、さらに分画及び精製して得られる一部分であってもよい。しかし簡便には、ダイズタンパク質をサーモリシンで加水分解して得られる多種多様なペプチドを実質的に全て含んだ状態でそのまま用いる。
【0024】
本発明におけるサーモリシン加水分解物の平均分子量は、好ましくは300〜10000である。該平均分子量は、より高い効果を得る観点から、より好ましくは400〜5000であり、さらに好ましくは500〜3500であり、さらにより好ましくは550〜3200である。サーモリシン加水分解物の平均分子量は、当業者に公知の任意の方法によりに測定され得、例えば、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)法により測定され得る。本明細書において、GPC法により測定される平均分子量は「ピーク平均分子量」を意味し、「ピーク平均分子量」とは、クロマトグラムのピークトップ(最も強い強度のピーク)の溶出時間に対応する分子量を意味する。
【0025】
本発明では、サーモリシン加水分解物として、市販品である「コラプラスTMN」(ロート製薬社製、ピーク平均分子量:711)を用いることができる。
【0026】
本発明のパン類中のサーモリシン加水分解物の含有量は、生地のふくらみを良好にする観点から、小麦粉100重量部に対して3〜25重量部が好ましく、3〜12重量部がより好ましく、3〜8重量部がさらに好ましい。
【0027】
本発明のパン類に使用される小麦粉としては、強力粉、中力粉、薄力粉、準強力粉、浮き粉、全粒粉等が挙げられ、中でも、グルテン含量の高さの観点から、強力粉が好適に使用される。
【0028】
なお、本発明のパン類は、小麦粉及びサーモリシン加水分解物以外に、必要により、イースト、糖類、卵、塩類、化学膨張剤(ベーキングパウダー等)、油脂類、各種澱粉類、各種穀粉類、食物繊維、豆類、野菜、イモ類、ビタミン類、ナッツ類、ドライフルーツ、チーズ等を配合することができる。
【0029】
本発明のパン類は、パン類の生地にサーモリシン加水分解物が含まれていれば特に限定はなく、ノータイム法、ストレート法、中種法、オーバーナイト法、低温長時間法、冷凍生地法等の当該分野で公知の方法により製造することができる。
【0030】
本発明のパン類としては、食パン(例えばフランスパン、ロールパン)、特殊パン(例えばマフィン)、調理パン(例えばホットドッグ、ピザパン、ハンバーガー)、菓子パン(例えばジャムパン、メロンパン、クリームパン、アンパン、レーズンパン)、蒸しパン(例えば肉まん、あんまん)、ホットケーキ、バターケーキ、パウンドケーキ、揚げパン(例えばカレーパン、ドーナツ)、クロワッサン、デニッシュペストリー、ベーグル、グリッシーニ等が挙げられる。
【実施例】
【0031】
以下、本発明について実施例を用いてさらに詳細に説明するが、本発明はかかる実施例のみに限定されるものではない。
【0032】
〔ダイズペプチドの分子量〕
ダイズペプチドを25mM Tris-HCl緩衝液(150mM NaCl含有、pH7.5)に溶解し、1mg/mLの被験溶液を調製する。HPLCカラム Superdex peptide HR(10mm I.D.×30cm,Amersham Biosciences社製)を同じ緩衝液で平衡化し、このカラムに被験溶液を100μL注入する。カラムの流速は0.5mL/分、カラム温度は室温、ペプチドの検出は214nmで行う。なお、分子量既知のペプチド標品として、Cytochrome C(シグマ社製、分子量12327)、Aprotinin(シグマ社製、分子量6518)、Hexaglycine(シグマ社製、分子量360)、Triglycine(シグマ社製、分子量189)、及びGlycine(シグマ社製、分子量75)を用いた。溶出時間から分子量分布及びピーク平均分子量を推定する。
【0033】
実施例1 サーモリシン加水分解物含有バターロールの作製
表1に示す原料を用いて、ダイズタンパク質のサーモリシン加水分解物(商品名:コラプラスTMN、ロート製薬社製、ピーク平均分子量:711、分子量分布:100〜30000)の含有量が、小麦粉100重量部に対して3.4重量部である、サーモリシン加水分解物含有バターロールをストレート法により作製した。
【0034】
実施例2 サーモリシン加水分解物含有バターロールの作製
サーモリシン加水分解物(コラプラスTMN)の量を変更した以外は、実施例1と同様にして、サーモリシン加水分解物の含有量が、小麦粉100重量部に対して7.1重量部であるバターロールを作製した。
【0035】
実施例3 サーモリシン加水分解物含有バターロールの作製
サーモリシン加水分解物(コラプラスTMN)の量を変更した以外は、実施例1と同様にして、サーモリシン加水分解物の含有量が、小麦粉100重量部に対して11.1重量部であるバターロールを作製した。
【0036】
実施例4 サーモリシン加水分解物含有バターロールの作製
サーモリシン加水分解物(コラプラスTMN)の量を変更した以外は、実施例1と同様にして、サーモリシン加水分解物の含有量が、小麦粉100重量部に対して25重量部であるバターロールを作製した。
【0037】
比較例1 市販ダイズペプチド含有バターロールの作製
サーモリシン加水分解物(コラプラスTMN)の代わりに、ダイズタンパク質の微生物由来プロテアーゼ加水分解物である市販ダイズペプチド(商品名:ハイニュートDL、不二製油株式会社製、分子量情報無し)を使用する以外は、実施例1と同様にして、市販ダイズペプチドの含有量が、小麦粉100重量部に対して3.4重量部であるバターロールを作製した。
【0038】
比較例2 市販ダイズタンパク質含有バターロールの作製
サーモリシン加水分解物(コラプラスTMN)の代わりに、市販ダイズタンパク質(商品名:PR−800、不二製油株式会社製)を使用する以外は、実施例1と同様にして、市販ダイズタンパク質の含有量が、小麦粉100重量部に対して3.4重量部であるバターロールを作製した。
【0039】
参考例1
サーモリシン加水分解物(コラプラスTMN)を添加しない以外は、実施例1と同様にして、バターロールを作製した。
【0040】
試験例1
実施例1〜4、比較例1、2及び参考例1のそれぞれで試作したバターロールのローフの高さを測定した。結果を表1に示す。なお、前記ローフの高さが、参考例1の80%以上であれば膨化性が良好であると判断する。
【0041】
試験例2 官能評価
実施例1〜4及び比較例1、2のバターロールの食感及び風味に関して、10人のパネラーを対象に官能評価を行った。食感及び風味のそれぞれを以下の評価基準に従って3段階で評価してもらい、その平均値を算出した。結果を表1に示す。なお、各平均値が2.3以上であれば、参考例1と比べて遜色ない食感及び風味を維持しているものと判断する。
【0042】
〔食感の評価基準〕
3:参考例1と同じ
2:参考例1よりやや劣る
1:参考例1より劣る
【0043】
〔風味の評価基準〕
3:参考例1と同じ
2:参考例1よりやや劣る
1:ダイズ由来の風味が残る
【0044】
【表1】

【0045】
表1に示されるとおり、実施例1は比較例1と比較して、ダイズペプチド含有量が同じであるにも関わらず、高いローフの高さを示し、参考例1のローフの高さと遜色ないものであった。また、実施例2及び3は、比較例1よりも高いローフを示したことから、ダイズペプチドとしてサーモリシン加水分解物を使用することにより、従来のパン類よりも多くのダイズペプチドを含有することが可能であることが見出された。
【0046】
また、実施例1〜4は、参考例1と遜色ない食感及び風味を示し、ダイズペプチド特有の風味を感じさせないものであった。
【0047】
さらに、コラプラスTMN含有バターロールは、ダイズペプチドを含まないバターロールと同等の食感を維持し、かつ、風味を損なわずにダイズペプチドを含有することから、必須アミノ酸の補給が可能なものであった。
【0048】
配合例1〜70 サーモリシン加水分解物含有パン類の作製
表2〜11に示す原材料を用い、当業者に公知の方法に従って、ダイズタンパク質のサーモリシン加水分解物(コラプラスTMN)を含有するパン類を作製する。
【0049】
【表2】

【0050】
【表3】

【0051】
【表4】

【0052】
【表5】

【0053】
【表6】

【0054】
【表7】

【0055】
【表8】

【0056】
【表9】

【0057】
【表10】

【0058】
【表11】

【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は、膨化性が良好で、かつ、食感及び風味にも優れる、ダイズペプチド含有パン類を提供する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
小麦粉及びダイズタンパク質のサーモリシン加水分解物を含有してなる、パン類。
【請求項2】
ダイズタンパク質のサーモリシン加水分解物の含有量が小麦粉100重量部に対して3〜25重量部である、請求項1記載のパン類。


【公開番号】特開2009−148181(P2009−148181A)
【公開日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−327398(P2007−327398)
【出願日】平成19年12月19日(2007.12.19)
【出願人】(000115991)ロート製薬株式会社 (366)
【Fターム(参考)】