説明

ダッシュパネル構造及びその製造方法

【課題】ダッシュパネルロアとダッシュパネルアッパとの接合部の隙間から車両前方側への接着剤のはみ出しを抑制する。
【解決手段】ダッシュパネル2が、車両前方側において車室を仕切るダッシュパネルロア10と、該ダッシュパネルロア10の上部に接合されるダッシュパネルアッパ20とを備え、ダッシュパネルロア10の上端部において車両前方に向かって延びるとともに車幅方向に延設された上部フランジ12と、ダッシュパネルアッパ20の被接合パネル部23とが、車幅方向に連続して形成された接着剤層7と、車幅方向に間隔を空けて複数施されたスポット溶接部SWとを介して接合される場合において、車両前後方向においてスポット溶接部SWよりも車室内側に配置された部分における接着剤層7の厚みを、スポット溶接部SWよりも前側に配置された部分に比べて大きく、且つ、車室内側に向かうに従って大きく形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両のダッシュパネルを構成するダッシュパネルロアとダッシュパネルアッパとを接着剤とスポット溶接とによって接合してなるダッシュパネル構造、及び該ダッシュパネル構造を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
図7に示すように、車室Rと、エンジンルーム等の車室前方の空間Sとを隔てるダッシュパネル202は、ダッシュパネルロア210と、該ダッシュパネルロア210の上部に接合されるダッシュパネルアッパ220とで構成されることがある。また、この場合、ダッシュパネルロア210の上端から車両前方へ延びる上部フランジ212の上面に、ダッシュパネルアッパ220の被接合パネル部223が重ね合わされて、上部フランジ212と被接合パネル部223とが、接合面に接着剤207を塗布した状態でスポット溶接を行う所謂ウェルドボンドにより接合されることがある。このウェルドボンドによれば、スポット溶接のみによる接合に比べて、接合強度が高められるとともにシール性も向上する。
【0003】
ところが、ウェルドボンドにより車体パネル用ブランク材同士を接合する場合、スポット溶接時に溶接電極により圧力が加えられることによって、両ブランク材の被接合パネル部間の隙間から接着剤がはみ出る問題がある。
【0004】
これに対して、例えば特許文献1及び2には、ウェルドボンドによる被接合パネル部の隙間から接着剤がはみ出ることを抑制するための技術が開示されている。
【0005】
具体的に、特許文献1には、ウェルドボンドにより2つのブランク材のフランジ同士を接合する構造において、少なくとも一方のフランジに、他方のフランジ側に向かって突出する突出部を長手方向に連続的または間欠的に設けて、該突出部によりフランジ間の隙間を仕切る技術が開示されている。かかる技術によれば、フランジ間の接着剤は、スポット溶接時に圧力が加えられても、前記突出部で仕切られた空間に溜められることとなるため、フランジ間の隙間からはみ出すことが抑制される。
【0006】
一方、特許文献2には、同じくウェルドボンドによりフランジ同士を接合する構造において、一方のフランジに隆起部を設けることで、該隆起部と他方のフランジとの間に空間を形成するようにした技術が開示されている。かかる技術によっても、スポット溶接時の加圧によりフランジ間の隙間で接着剤が拡がるときに、一方のフランジの前記隆起部と他方のフランジとの空間に接着剤を溜めることができるため、フランジ間の隙間からの接着剤のはみ出しが抑制される。
【0007】
そこで、ウェルドボンドによるダッシュパネルロアとダッシュパネルアッパとの接合部に、前記の特許文献1又は2の技術と同様に接着剤を溜める部分を設けるようにすれば、該接合部においても接着剤のはみ出しを抑制することが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】実開平1−149063号公報
【特許文献2】特開2006−213262号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、ダッシュパネルロアとダッシュパネルアッパとの接合部の幅が小さい場合や、該接合部がユーザから見える場所に配置される場合など、構造上または外観上の問題により、接合部に接着剤を溜める部分を設けることができない場合があるため、このような場合にも接着剤のはみ出しを抑制し得る技術の開発が望まれている。
【0010】
そこで、本願発明者は、上記のような接着剤のはみ出しの具体的な原因を追及すべく種々の試験研究を重ねた結果、接着剤のはみ出しは、スポット溶接時だけでなく、スポット溶接後にも徐々に生じ得ることを見出した。
【0011】
より具体的に説明すると、接着剤を介して2枚の被接合パネル部を重ね合わせるとともに、一方のパネル部を固定側電極に保持した状態で、他方のパネル部を可動側電極により押圧してスポット溶接を行うとき、このときの加圧により接着剤のはみ出しが生じるとともに、可動側電極により押圧される側のパネル部における溶接部間の部分において、他方のパネル部から離間する方向へ膨出する撓みが生じる。この撓み部分は、スポット溶接後において、撓みが徐々に解消されるように変形するため、このパネル部の変形に伴って、両パネル部間の隙間からの更なる接着剤のはみ出しが生じ得ることが分かった。
【0012】
図8及び図9を参照しながら更に具体的に説明する。
【0013】
図8に示す接合構造では、第1ブランク材101の略平板状のフランジ101aと第2ブランク材102の略平板状のフランジ102aとの接合面に接着剤103が塗布されるとともに、フランジ101aが固定側電極に保持され、フランジ102aが可動側電極により押圧された状態でスポット溶接が行われることにより溶接部SWが形成されている。
【0014】
また、図9(a)は、図8に示す接合構造において電着塗装が施された直後の状態を示すY9−Y9線断面図である。図9(a)に示すように、スポット溶接時にフランジ101a,102a間の隙間から接着剤103がはみ出した場合、この状態で電着塗装が施されると、フランジ101a,102aの表面だけでなく、スポット溶接時にフランジ101a,102a間の隙間からはみ出した接着剤部分103aの表面にも電着塗膜104が形成される。このはみ出した接着剤部分103aの発生は、スポット溶接前に両ブランク材101,102がクランプされることと、スポット溶接時に両ブランク材101,102のフランジ101a,102aにスポット溶接電極が押圧されることと、上述したようにスポット溶接時に撓みが生じたフランジ102aの溶接部間の部分がスポット溶接後に撓みを解消するように変形することとが原因として考えられる。
【0015】
さらに、図9(b)に示すように、電着塗装後の乾燥工程では、昇温に伴って一時的に接着剤103の粘度が低下して流動的となるため、フランジ101a,102a間の隙間からの更なる接着剤103のはみ出しが生じやすくなる。
【0016】
よって、この更なる接着剤103のはみ出しに伴って電着塗膜104が剥がれることがあり、この場合、電着塗膜104が剥がれた部分Pで錆が発生するおそれがある。
【0017】
したがって、ウェルドボンドによるダッシュパネルロアとダッシュパネルアッパとの接合についても、同様に、接合工程の後、防錆処理としての電着塗装がダッシュパネルに施される場合、該電着塗装後に上記のような接着剤のはみ出しが生じ、該はみ出し部分において電着塗装が剥がれ得る。そして、特に車室外に露出する車両前方側のはみ出し部分において電着塗装が剥がれると、錆が発生するおそれがある。
【0018】
そこで、本発明は、車両のダッシュパネルを構成するダッシュパネルロアとダッシュパネルアッパとを接着剤とスポット溶接とによって接合する場合において、スポット溶接時およびスポット溶接後において接合部の隙間から車両前方側へ接着剤がはみ出ることを抑制することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
前記課題を解決するため、本発明に係るダッシュパネル構造及びその製造方法は、次のように構成したことを特徴とする。
【0020】
まず、本願の請求項1に記載の発明は、
車両前方側において車室を仕切るダッシュパネルロアと、該ダッシュパネルロアの上部に接合されるダッシュパネルアッパとを備えたダッシュパネル構造であって、
前記ダッシュパネルロアは、該ダッシュパネルロアの上端部において車両前方に向かって延びるとともに車幅方向に延設された上部フランジを備え、
前記ダッシュパネルアッパは、前記上部フランジの上面に接合される被接合パネル部を備え、
前記上部フランジと前記被接合パネル部とは、車幅方向に連続して形成された接着剤層と、車幅方向に間隔を空けて複数施されたスポット溶接部とを介して接合され、
車両前後方向において前記スポット溶接部よりも車室内側に配置された部分における前記接着剤層の厚みが、前記スポット溶接部よりも前側に配置された部分に比べて大きく、且つ、車室内側に向かうに従って大きいことを特徴とする。
【0021】
また、本願の請求項2に記載の発明は、前記請求項1に記載の発明において、
前記上部フランジは、車両後方側に向かうに従って前記被接合パネル部との距離が大きくなるように該被接合パネル部に対して相対的に傾斜して配置され、且つ、該相対的な傾斜角度が接合前に比べて小さくなるように弾性変形した状態で前記被接合パネル部に接合されていることを特徴とする。
【0022】
さらに、本願の請求項3に記載の発明は、前記請求項2に記載の発明において、
前記ダッシュパネルロアは、前記上部フランジの後端から下方に延びる縦壁部を備え、
該縦壁部と、前記ダッシュパネルアッパにおける前記スポット溶接部よりも車両後方側の部分とは、ダッシュパネルレインフォースメントを介して固定されていることを特徴とする。
【0023】
またさらに、請求項4に記載の発明は、
車両前方側において車室を仕切るダッシュパネルロアと、該ダッシュパネルロアの上部に接合されるダッシュパネルアッパとを備えたダッシュパネル構造の製造方法であって、
前記車室に面する縦壁部と、該縦壁部の上端から車両前方に向かって該縦壁部との間に鈍角の角度を形成する方向へ延びる上部フランジとを有する前記ダッシュパネルロアを用意する工程と、
該ダッシュパネルロアの前記上部フランジと、該上部フランジに接合される前記ダッシュパネルアッパの被接合パネル部とのうち、少なくとも一方の接合面に車幅方向に連続的に接着剤を塗布する工程と、
前記上部フランジを、前記被接合パネル部との距離が車両後方に向かうに従って大きくなるように該被接合パネル部に対して相対的に傾斜させて対向配置する工程と、
前記相対的な傾斜を維持した状態で前記被接合パネル部と前記上部フランジとを車幅方向に間隔を空けた複数の箇所でスポット溶接する工程と、を有することを特徴とする。
【0024】
また、本願の請求項5に記載の発明は、前記請求項4に記載の発明において、
前記対向配置する工程の後、前記相対的な傾斜角度が縮小されるように前記上部フランジを弾性変形させた状態で、前記接着剤により前記上部フランジと前記被接合パネル部とを接着する工程を更に有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0025】
まず、請求項1に記載の発明によれば、ダッシュパネルロア上端部において車両前方に向かって延びる上部フランジの上面に、ダッシュパネルアッパの被接合パネル部が、接着剤層とスポット溶接部とを介して接合される場合において、車両前後方向においてスポット溶接部よりも車室内側に配置された部分における接着剤層の厚みが、スポット溶接部よりも前側に配置された部分に比べて大きく、且つ、車室内側に向かうに従って大きくなるように構成される。そのため、腐食環境が厳しい車両前方側部分において接着剤層の厚みの縮小が図られることで、スポット溶接時およびスポット溶接後において、前記上部フランジと前記被接合パネル部との隙間から車両前方側への接着剤のはみ出しを抑制することができる。よって、スポット溶接後に接着剤のはみ出し部分の表面に形成される電着塗膜の剥がれを抑制し、これにより、電着塗膜の剥離部分における錆の発生を抑制することができる。
【0026】
また、請求項2に記載の発明によれば、ダッシュパネルロアの上部フランジが、車両後方側に向かうに従って前記被接合パネル部との距離が大きくなるように該被接合パネル部に対して相対的に傾斜して配置され、且つ、該相対的な傾斜角度が接合前に比べて小さくなるように弾性変形した状態で被接合パネル部に接合される。そのため、上部フランジの弾性力が、接着剤層に対して車室内側へ押し出す方向に作用するため、上部フランジと被接合パネル部との隙間から車両前方側への接着剤のはみ出しを一層効果的に抑制することができる。
【0027】
さらに、請求項3に記載の発明を請求項2に記載の発明に適用すれば、ダッシュパネルロアの縦壁部と、ダッシュパネルアッパにおける前記スポット溶接部よりも車両後方側の部分とが、ダッシュパネルレインフォースメントを介して固定されるため、上記のように傾斜し且つ弾性変形した上部フランジの取付け状態を安定的に維持することができる。
【0028】
またさらに、請求項4に記載の発明によれば、ダッシュパネルロアの上部フランジが、ダッシュパネルアッパの被接合パネル部との距離が車両後方に向かうに従って大きくなるように該被接合パネル部に対して相対的に傾斜して対向配置され、該相対的な傾斜を維持した状態で被接合パネル部にスポット溶接されるため、前記上部フランジと被接合パネル部との間の接着剤層の厚みを、腐食環境が厳しい車両前方側部分において縮小することができ、これにより、スポット溶接時およびスポット溶接後において、前記上部フランジと前記被接合パネル部との隙間から車両前方側への接着剤のはみ出しを抑制することができる。よって、スポット溶接後に接着剤のはみ出し部分の表面に形成される電着塗膜の剥がれを抑制し、これにより、電着塗膜の剥離部分における錆の発生を抑制することができる。
【0029】
また、本願の請求項5に記載の発明を請求項4に記載の発明に適用すれば、前記上部フランジが被接合パネル部に対向配置された後、該被接合パネル部に対する相対的な傾斜角度が縮小されるように上部フランジが弾性変形した状態で、前記接着剤により前記上部フランジと前記被接合パネル部とが接着されるため、上部フランジの弾性力により、車室内側に向かう方向の力を前記接着剤に作用させることができ、これにより、上部フランジと被接合パネル部との隙間から車両前方側への接着剤のはみ出しを一層効果的に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明の実施形態に係るダッシュパネル構造を備えた車体のダッシュパネルロア及びダッシュパネルレインフォースメントを車体後方から示した斜視図である。
【図2】本発明の実施形態に係るダッシュパネル構造を備えた車体のダッシュパネルロア及びダッシュパネルアッパを車体前方から示した斜視図である。
【図3】車幅方向のスポット溶接部間の部分におけるダッシュパネルロア、ダッシュパネルアッパ及びダッシュパネルレインフォースメントを車幅方向から見た断面図である。
【図4】車幅方向のスポット溶接部が存在する部分におけるダッシュパネルロア、ダッシュパネルアッパ及びダッシュパネルレインフォースメントを車幅方向から見た断面図である。
【図5】ダッシュパネルロアの上部フランジをダッシュパネルアッパの中央水平部に対向配置する工程の一例を示す断面図である。
【図6】ダッシュパネルロアの上部フランジをダッシュパネルアッパの中央水平部に対向配置する工程の別の例を示す断面図である。
【図7】従来のダッシュパネル構造の一例を示す断面図である。
【図8】2枚のブランク材のフランジの接着剤とスポット溶接とによる接合を説明するための説明図である。
【図9】スポット溶接後のフランジの間からの接着剤のはみ出しを説明するための説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の実施形態について添付図面を参照しながら説明する。なお、以下の説明において、「前」、「後」、「前後」等の方向を示す用語は、特段の説明がある場合を除いて、車両の進行方向を「前」とした場合の方向を指すものとする。
【0032】
図1及び図2に示すように、本発明の実施形態に係るダッシュパネル構造を備えた車体1の前部にはダッシュパネル2が設けられ、該ダッシュパネル2により、車室Rと、車室前方の空間Sとが隔てられている(図3及び図4参照)。なお、車室前方の空間Sは、エンジン又はバッテリ等の機器を収容するための空間であり、例えばエンジン自動車においてはエンジンルームを構成する。
【0033】
ダッシュパネル2は、車両前方側において車室Rを仕切るダッシュパネルロア10と、該ダッシュパネルロア10の上部に接合されるダッシュパネルアッパ20とを備えている。
【0034】
図3に示すように、ダッシュパネルロア10は、該ダッシュパネルロア10の上端部において車両前方に向かって延びるとともに車幅方向に延設された上部フランジ12と、該上部フランジ12の後端から下方に延びる縦壁部11とを有する。
【0035】
上部フランジ12は、縦壁部11の上端から車両前方に向かって該縦壁部11との間に鈍角の角度αを形成する方向へ延設されている。縦壁部11は、車幅方向に延設されるとともに、車室Rに面するように車両前後方向に略垂直な方向に沿って配設されている。
【0036】
一方、ダッシュパネルアッパ20は、該ダッシュパネルアッパ20の後部において略水平方向に沿って配設された後方水平部21と、該後方水平部21の前端から前方に向かって斜め下方に延びる傾斜部22と、該傾斜部22の前端から前方に向かって略水平に延びる中央水平部23と、該中央水平部23の前端から立ち上がる立ち上がり部24と、該立ち上がり部24の上端から前方に向かって略水平に延びる前方水平部25とを有する。
【0037】
ダッシュパネルアッパ20の中央水平部23は、ダッシュパネルロア10の上部フランジ12の上面に接合される被接合パネル部となっており、該中央水平部23と上部フランジ12との接合構造について、後に詳細に説明する。
【0038】
なお、ダッシュパネルアッパ20の上方には、カウルアウタパネル3と、該カウルアウタパネル3の下側に重ねて配設されたカウルインナパネル4とが配設され、該カウルインナパネル4はダッシュパネルアッパ20の後方水平部21の上面に接合されている。また、カウルアウタパネル3には、接着剤5を介してフロントガラス6が取り付けられている。
【0039】
また、車体1には、ダッシュパネルロア10よりも車室内側において車幅方向に延びるダッシュパネルレインフォースメント30が設けられている。
【0040】
図3及び図4に示すように、ダッシュパネルレインフォースメント30は、ダッシュパネルロア10の縦壁部11の後面に固定される縦面部31と、該縦面部31から後方に向かって断面コ字状に膨出する膨出部32とを備え、これら縦面部31と膨出部32とにより断面ハット状部分が形成されている。また、ダッシュパネルレインフォースメント30は、縦面部31の上端から斜め上後方に向かって延びる傾斜部33を備えている。該傾斜部33は、ダッシュパネルアッパ20における後述のスポット溶接部SWよりも車両後方側部分、具体的にはダッシュパネルアッパ20の前記傾斜部22の下面に固定されている。
【0041】
図5に示すように、ダッシュパネルレインフォースメント30の縦面部31に対する傾斜部33の傾斜角度γは、ダッシュパネルロア10の縦壁部11に対するダッシュパネルアッパ20の傾斜部22の傾斜角度δを決定する角度である。すなわち、ダッシュパネルレインフォースメント30の縦面部31と傾斜部33とがそれぞれ撓むことなくダッシュパネルロア10の縦壁部11とダッシュパネルアッパ20の傾斜部22とに固定された状態において、縦壁部11に対する傾斜部22の傾斜角度δは、縦面部31に対する傾斜部33の傾斜角度γに略等しくなるように構成されている。
【0042】
続いて、図3〜図6を参照しながら、ダッシュパネルロア10の上部フランジ12とダッシュパネルアッパ20の中央水平部23との接合構造について説明する。
【0043】
図3及び図4に示すように、上部フランジ12と中央水平部23とは、車幅方向に連続して形成された接着剤層7と、車幅方向に間隔を空けて複数施されたスポット溶接部SWとを介して接合されている。
【0044】
図3に示すように、車幅方向におけるスポット溶接部SW間の部分において、上部フランジ12は、車両後方側に向かうに従って中央水平部23との距離が大きくなるように該中央水平部23に対して相対的に傾斜して配置されている。これにより、上部フランジ12と中央水平部23との間に介在する接着剤層7は、車幅方向におけるスポット溶接部SW間の部分において、車両後方側に向かうに従って厚みが大きくなるように形成されている。このようにして腐食環境が厳しい車両前方側部分において接着剤層7の厚みの縮小を図ることで、スポット溶接時およびスポット溶接後において、上部フランジ12と中央水平部23との隙間から車両前方側への接着剤のはみ出しを抑制することができる。
【0045】
また、上部フランジ12は、中央水平部23に対する相対的な傾斜角度βが図5に示す接合前の状態に比べて小さくなるように弾性変形した状態で該中央水平部23に接合されている。この接合状態における上部フランジ12には、傾斜角度βを接合前の大きさに復元しようとする弾性力が作用し、この上部フランジ12の弾性力は、接着剤層7に対して車室内側へ押し出す方向に作用する。そのため、上部フランジ12と中央水平部23との隙間から車両前方側への接着剤のはみ出しが一層効果的に抑制される。
【0046】
このように傾斜し且つ弾性変形した上部フランジ12の取付け状態は、上述のようにダッシュパネルロア10の縦壁部11とダッシュパネルアッパ20におけるスポット溶接部SWよりも車両後方側の部分(具体的には傾斜部22)とがダッシュパネルレインフォースメント30を介して固定されていることにより、安定的に維持されるようになっている。
【0047】
一方、図4に示すように、車幅方向においてスポット溶接部SWが存在する部分の上部フランジ12は、車両前後方向における上部フランジ12の前端からスポット溶接部SWまでの部分が中央水平部23に対して略平行に配置され、スポット溶接部SWよりも車室内側の部分が車室内側に向かうに従って中央水平部23との距離が大きくなるように撓んだ状態で配置されている。これにより、車幅方向におけるスポット溶接部SWが存在する部分では、車両前後方向においてスポット溶接部SWよりも車室内側に配置された部分における接着剤層7の厚みが、スポット溶接部SWよりも前側に配置された部分に比べて大きく、且つ、車室内側に向かうに従って大きくなるように形成されている。
【0048】
このように、車幅方向の当該部分においても、腐食環境が厳しい車両前方側部分で接着剤層7の厚みの縮小が図られ、スポット溶接時およびスポット溶接後において、上部フランジ12と中央水平部23との隙間から車両前方側への接着剤のはみ出しを抑制することができる。また、車幅方向のスポット溶接部SW間の部分と同様、車両前後方向のスポット溶接部SWよりも車室内側部分では、上部フランジ12の弾性力が接着剤層7に対して車室内側へ押し出す方向に作用するため、車両前方側への接着剤のはみ出しが一層効果的に抑制される。
【0049】
以下、図5を参照しながら、ダッシュパネルロア10、ダッシュパネルアッパ20及びダッシュパネルレインフォースメント30を相互に接合する手順について説明する。
【0050】
先ず、ダッシュパネルロア10の縦壁部11の後面に、ダッシュパネルレインフォースメント30の縦面部31を例えば溶接及び/又は接着剤により固定する。
【0051】
また、ダッシュパネルロア10の上部フランジ12と、該上部フランジ12に接合されるダッシュパネルアッパ20の中央水平部23とのうち、少なくとも一方の接合面に車幅方向に連続的に接着剤を塗布する。さらに、ダッシュパネルレインフォースメント30の傾斜部33とダッシュパネルアッパ20の傾斜部22との接合に接着剤を使用する場合は、これらの傾斜部22,33の少なくとも一方の接合面にも接着剤を塗布しておく。
【0052】
次に、ダッシュパネルロア10の上部フランジ12を、ダッシュパネルアッパ20の中央水平部23との距離が車両後方に向かうに従って大きくなるように中央水平部23に対して相対的に傾斜させて対向配置する。
【0053】
続いて、中央水平部23に対する上部フランジ12の傾斜角度βと、ダッシュパネルロア10の縦壁部11に対するダッシュパネルアッパ20の傾斜部22の傾斜角度δとを維持しながら、ダッシュパネルアッパ20に対してダッシュパネルロア10及びダッシュパネルレインフォースメント30を徐々に近接させて、ダッシュパネルロア10の上部フランジ12の前端をダッシュパネルアッパ20の中央水平部23に当接させる。
【0054】
さらに続けて、中央水平部23に対する上部フランジ12の傾斜角度βが縮小されるように上部フランジ12を弾性変形させながら、ダッシュパネルアッパ20の傾斜部22の下面にダッシュパネルレインフォースメント30の傾斜部33の上面を重ね合わせる。これにより、ダッシュパネルロア10の縦壁部11に対するダッシュパネルアッパ20の傾斜部22の傾斜角度δが、ダッシュパネルレインフォースメント30の縦面部31に対する傾斜部22の傾斜角度γに略等しくなるように確実に位置決めされ、予め両傾斜部22,33の接合面に接着剤が塗布されている場合は、これらの傾斜部22,33が相互に接着される。
【0055】
この結果、図3に示すように、上部フランジ12は、上記のように傾斜し且つ弾性変形した状態で中央水平部23に接着され、上部フランジ12と中央水平部23との間に上述の接着剤層7が形成される。
【0056】
最後に、上記のような中央水平部23に対する上部フランジ12の相対的な傾斜を維持した状態で、これら上部フランジ12と中央水平部23とを、車幅方向に間隔を空けた複数の箇所でスポット溶接する。具体的には、図4に示すように、上部フランジ12を固定側電極41によって保持した状態で、中央水平部23を可動側電極42によって押圧してスポット溶接を行うことで、スポット溶接部SWが形成される。ただし、このスポット溶接は、中央水平部23を固定側電極41によって保持した状態で、上部フランジ12を可動側電極42によって押圧することで行ってもよい。
【0057】
このようにして中央水平部23に接合された上部フランジ12は、図4に示すように車幅方向においてスポット溶接部SWが存在する部分では、車両前後方向における上部フランジ12の前端からスポット溶接部SWまでの部分が中央水平部23に対して略平行に配置され、スポット溶接部SWよりも車室内側の部分が車室内側に向かうに従って中央水平部23との距離が大きくなるように撓んだ状態で配置される。したがって、接着剤層7の厚みを、腐食環境が厳しい車両前方側部分において縮小することができ、これにより、スポット溶接時およびスポット溶接後において、上部フランジ12と中央水平部23との隙間から車両前方側への接着剤のはみ出しを抑制することができる。
【0058】
一方、図3に示すように車幅方向のスポット溶接部SW間の部分において、上部フランジ12は、中央水平部23に対して相対的に傾斜した状態が維持される。したがって、車幅方向の当該部分においても、車両前方側部分において接着剤層7の厚みを縮小することができ、これにより車両前方側への接着剤のはみ出しを抑制することができる。また、車幅方向の当該部分では、スポット溶接時において、可動側電極42により押圧される中央水平部23に、上部フランジ12から離間する方向へ膨出する撓みが生じて、スポット溶接後において、この中央水平部23の撓み部分は、撓みが徐々に解消されるように変形することがあり、この場合、この中央水平部23の変形により接着剤層7が圧迫され得る。特にスポット溶接部SW同士の中間部分において接着剤層7は圧迫されやすくなるが、当該部分における接着剤層7の厚みは比較的小さいため、前記の圧迫に起因する接着剤のはみ出しを抑制することができる。
【0059】
しかも、接着剤層7には、車室内側へ押し出される方向に上部フランジ12の弾性力が作用するようになっているため、車両前方側への接着剤のはみ出しを一層効果的に抑制することができる。
【0060】
以上のように、本実施形態によれば、スポット溶接時およびスポット溶接後において、上部フランジ12と中央水平部23との隙間から車両前方側への接着剤のはみ出しが効果的に抑制されるため、スポット溶接後の電着塗装により接着剤のはみ出し部分の表面に形成される電着塗膜の剥がれを抑制することができ、これにより、電着塗膜の剥離部分における錆の発生を抑制することができる。
【0061】
以上、上述の実施形態を挙げて本発明を説明したが、本発明は上述の実施形態に限定されるものではない。
【0062】
例えば、上述の実施形態では、ダッシュパネルロア10にダッシュパネルレインフォースメント30が接合された状態で、ダッシュパネルロア10とダッシュパネルアッパ20とを接合する場合について説明したが、本発明では、ダッシュパネルロア10にダッシュパネルレインフォースメント30が接合されていない状態で、ダッシュパネルロア10とダッシュパネルアッパ20とを接合するようにしてもよい。この場合、例えば、図6に示すように、ダッシュパネルロア10の縦壁部11を支持する第1の支持面101と、ダッシュパネルアッパ20の傾斜部22を支持する第2の支持面102とを備えた治具100を用いることで、縦壁部11に対する傾斜部22の相対的な傾斜角度δを所望の角度に保持することができ、これにより、ダッシュパネルロア10の上部フランジ12を、ダッシュパネルアッパ20の中央水平部23に対して所望の角度で傾斜するように弾性変形させながら、該中央水平部23に接合することができる。
【産業上の利用可能性】
【0063】
以上のように、本発明によれば、車両のダッシュパネルを構成するダッシュパネルロアとダッシュパネルアッパとを接着剤とスポット溶接とによって接合する場合において、スポット溶接時およびスポット溶接後において接合部の隙間から車両前方側へ接着剤がはみ出ることを抑制することが可能となるから、前記のように構成されるダッシュパネルを備えた自動車の製造産業分野において好適に利用される可能性がある。
【符号の説明】
【0064】
1:車体、2:ダッシュパネル、10:ダッシュパネルロア、11:縦壁部、12:上部フランジ、20:ダッシュパネルアッパ、22:傾斜部、23:中央水平部、30:ダッシュパネルレインフォースメント、31:縦面部、32:膨出部、33:傾斜部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両前方側において車室を仕切るダッシュパネルロアと、該ダッシュパネルロアの上部に接合されるダッシュパネルアッパとを備えたダッシュパネル構造であって、
前記ダッシュパネルロアは、該ダッシュパネルロアの上端部において車両前方に向かって延びるとともに車幅方向に延設された上部フランジを備え、
前記ダッシュパネルアッパは、前記上部フランジの上面に接合される被接合パネル部を備え、
前記上部フランジと前記被接合パネル部とは、車幅方向に連続して形成された接着剤層と、車幅方向に間隔を空けて複数施されたスポット溶接部とを介して接合され、
車両前後方向において前記スポット溶接部よりも車室内側に配置された部分における前記接着剤層の厚みが、前記スポット溶接部よりも前側に配置された部分に比べて大きく、且つ、車室内側に向かうに従って大きいことを特徴とするダッシュパネル構造。
【請求項2】
前記上部フランジは、車両後方側に向かうに従って前記被接合パネル部との距離が大きくなるように該被接合パネル部に対して相対的に傾斜して配置され、且つ、該相対的な傾斜角度が接合前に比べて小さくなるように弾性変形した状態で前記被接合パネル部に接合されていることを特徴とする請求項1に記載のダッシュパネル構造。
【請求項3】
前記ダッシュパネルロアは、前記上部フランジの後端から下方に延びる縦壁部を備え、
該縦壁部と、前記ダッシュパネルアッパにおける前記スポット溶接部よりも車両後方側の部分とは、ダッシュパネルレインフォースメントを介して固定されていることを特徴とする請求項2に記載のダッシュパネル構造。
【請求項4】
車両前方側において車室を仕切るダッシュパネルロアと、該ダッシュパネルロアの上部に接合されるダッシュパネルアッパとを備えたダッシュパネル構造の製造方法であって、
前記車室に面する縦壁部と、該縦壁部の上端から車両前方に向かって該縦壁部との間に鈍角の角度を形成する方向へ延びる上部フランジとを有する前記ダッシュパネルロアを用意する工程と、
該ダッシュパネルロアの前記上部フランジと、該上部フランジに接合される前記ダッシュパネルアッパの被接合パネル部とのうち、少なくとも一方の接合面に車幅方向に連続的に接着剤を塗布する工程と、
前記上部フランジを、前記被接合パネル部との距離が車両後方に向かうに従って大きくなるように該被接合パネル部に対して相対的に傾斜させて対向配置する工程と、
前記相対的な傾斜を維持した状態で前記被接合パネル部と前記上部フランジとを車幅方向に間隔を空けた複数の箇所でスポット溶接する工程と、を有することを特徴とするダッシュパネル構造の製造方法。
【請求項5】
前記対向配置する工程の後、前記相対的な傾斜角度が縮小されるように前記上部フランジを弾性変形させた状態で、前記接着剤により前記上部フランジと前記被接合パネル部とを接着する工程を更に有することを特徴とする請求項4に記載のダッシュパネル構造の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2012−236571(P2012−236571A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−108454(P2011−108454)
【出願日】平成23年5月13日(2011.5.13)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】