説明

チェーンテンショナ

【課題】圧力室内に供給される作動油に固形粒子が混入した場合にも、圧力室内の空気を確実に排出することが可能なチェーンテンショナを提供する。
【解決手段】一端が開放した有底筒状のシリンダ9内にプランジャ10を軸方向に摺動可能に挿入してシリンダ9内に圧力室11を形成し、その圧力室11の外部と内部とを連通する給油通路13をシリンダ9に設け、圧力室11の内部と外部とを連通する螺旋状のねじ隙間25を設け、圧力室11内に組み込んだリターンスプリング21でプランジャ10をシリンダ9から突出する方向に付勢し、そのプランジャ10でチェーン6を押圧するようにしたチェーンテンショナ1において、ねじ隙間25を多条に形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自動車エンジンのカムシャフトを駆動するタイミングチェーンの張力保持に用いられるチェーンテンショナに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のエンジンは、一般に、クランクシャフトの回転を、エンジンカバー内のエンジンルームに収容されたタイミングチェーンを介してカムシャフトに伝達し、そのカムシャフトの回転により燃焼室のバルブの開閉を行なう。ここで、チェーンの張力を適正範囲に保つために、支点軸を中心として揺動可能に設けたチェーンガイドと、そのチェーンガイドをチェーンに向けて押圧するチェーンテンショナとからなる張力調整装置が多く用いられる。
【0003】
この張力調整装置に組み込まれるチェーンテンショナとして、一端が開放した有底筒状のシリンダ内にプランジャを軸方向に摺動可能に挿入してシリンダ内に圧力室を形成し、その圧力室の外部と内部とを連通する給油通路を前記シリンダに設け、前記圧力室内に組み込んだリターンスプリングで前記プランジャをシリンダから突出する方向に付勢し、そのプランジャで、チェーンガイドを介してチェーンを押圧するようにしたものが知られている。
【0004】
このチェーンテンショナは、エンジン作動中にチェーンの張力が小さくなると、給油通路を通じて圧力室に供給される作動油の圧力と、リターンスプリングのばね力によって、プランジャがシリンダから突出する方向(以下、「突出方向」という)に移動し、チェーンの弛みを吸収する。このとき、給油通路を通じて圧力室内に作動油が供給され、プランジャは速やかに移動する。
【0005】
一方、エンジン作動中にチェーンの張力が大きくなると、そのチェーンの張力によって、プランジャがシリンダ内に押し込まれる方向(以下、「押し込み方向」という)に移動し、チェーンの緊張を吸収する。このとき、圧力室内の作動油は、プランジャとシリンダの摺動面間のリーク隙間を通じてエンジンルームに流出し、その作動油の流量が制限されてダンパ作用が生じるので、プランジャはゆっくりと移動する。
【0006】
このようなチェーンテンショナにおいて、エンジンから供給される作動油に空気が混入したり、圧力室内の作動油に空気が析出したりすると、チェーンの張力が大きくなったときに、その気泡が圧縮することによってプランジャが移動するので、チェーンテンショナのダンパ作用が低下する。
【0007】
そこで、このダンパ作用の低下を防止するために、圧力室内の空気を排出するエア抜き通路を設けたチェーンテンショナとして、シリンダに形成したねじ孔にビスをねじ係合させ、そのねじ孔とビスとの間に形成された螺旋状のねじ隙間を通じて、圧力室内の空気を排出するようにしたものが知られている(特許文献1)。
【0008】
同様に、圧力室内の空気を排出するエア抜き通路を設けたチェーンテンショナとして、前記プランジャのシリンダからの突出部分に形成したねじ孔に円柱部材を圧入し、そのねじ孔と円柱部材の間に形成された螺旋状の隙間を通じて、圧力室内の空気を排出するようにしたものも知られている(特許文献2)。
【特許文献1】特開2002−364720号公報(第6頁、第4図)
【特許文献2】特開平11−182639号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、エンジンからチェーンテンショナに供給される作動油には、スーツ(すす)やコンタミなどの固形粒子が混入することがあり、その固形粒子が原因で、エア抜き通路に詰まりが生じるおそれがある。特に、ディーゼルエンジンにおいては、作動油にスーツが発生しやすいので、エア抜き通路に詰まりが生じる可能性が高い。
【0010】
しかし、特許文献1に記載のチェーンテンショナは、シリンダに形成した前記ねじ孔が一条ねじであり、また、特許文献2に記載のチェーンテンショナも、プランジャのシリンダからの突出部分に形成したねじ孔が一条ねじである。そのため、上記いずれのチェーンテンショナも、エア抜き通路が一条だけしか形成されず、そのエア抜き通路に詰まりが生じると、圧力室内の空気が排出されなくなり、チェーンテンショナのダンパ作用が低下していた。
【0011】
この発明が解決しようとする課題は、圧力室内に供給される作動油に固形粒子が混入した場合にも、圧力室内の空気を確実に排出することが可能なチェーンテンショナを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記の課題を解決するため、前記螺旋状のエア抜き通路を多条に形成した。
【0013】
前記螺旋状のエア抜き通路としては、例えば、次の構成のものが挙げられる。
1)前記シリンダに形成された多条のねじ孔と、そのねじ孔にねじ係合するビスとの間に形成されたねじ隙間。
2)前記シリンダに形成された多条のねじ孔と、そのねじ孔に圧入した円柱部材との間に形成された螺旋状の隙間。
3)前記プランジャのシリンダからの突出部分に形成された多条のねじ孔と、そのねじ孔に圧入した円柱部材との間に形成された螺旋状の隙間。
【0014】
上記1)の構成を採用する場合、前記ビスの頭部と前記シリンダとの間にスプリングワッシャを組み込むと、ビスを弛み止めすることができる。
【0015】
上記2)または3)の構成を採用する場合、前記円柱部材は、空気透過性材料で形成すると、万一、螺旋状の隙間がすべて詰まった場合にも、円柱部材を通じて、圧力室内の空気を確実に排出することができる。
【発明の効果】
【0016】
この発明のチェーンテンショナは、多条のエア抜き通路を有するので、そのエア抜き通路のうち、いずれかのエア抜き通路に詰まりを生じた場合にも、他のエア抜き通路を通じて、圧力室内の空気を確実に排出することができる。そのため、このチェーンテンショナは、ディーゼルエンジンに組み込んだ場合にも、ダンパ作用の低下を生じにくい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
図1に、この発明の第1実施形態のチェーンテンショナ1を組み込んだチェーン伝導装置を示す。このチェーン伝導装置は、エンジンのクランクシャフト2に固定されたスプロケット3と、カムシャフト4に固定されたスプロケット5とがチェーン6を介して連結されており、そのチェーン6がクランクシャフト2の回転をカムシャフト4に伝達し、そのカムシャフト4の回転により燃焼室のバルブ(図示せず)の開閉を行なう。
【0018】
チェーン6には、支点軸7を中心として揺動可能に支持されたチェーンガイド8が接触しており、チェーンテンショナ1が、チェーンガイド8をチェーン6に向けて押圧している。
【0019】
チェーンテンショナ1は、一端が開放した有底筒状のシリンダ9と、シリンダ9内に軸方向に摺動可能に挿入されたプランジャ10とを有し、そのプランジャ10によって、シリンダ9内に圧力室11が形成されている。シリンダ9は、ボルト12でエンジンブロック(図示せず)に固定されている。
【0020】
シリンダ9には、圧力室11の外部と内部とを連通する給油通路13が形成されている。給油通路13は、給油ポンプ(図示せず)に接続されており、その給油ポンプから送り出された作動油を、圧力室11内に導入するようになっている。給油通路13の圧力室11側の端部には、圧力室11の外部から内部への作動油の流れのみを許容するチェックバルブ14が設けられている。
【0021】
プランジャ10とシリンダ9の摺動面間には、微小なリーク隙間15が形成されており、そのリーク隙間15を通じて、圧力室11内の作動油がエンジンルームにリークするようになっている。
【0022】
プランジャ10のシリンダ9内への挿入端は筒状に形成されており、その内周に雌ねじ16が形成されている。また、圧力室11内には、プランジャ10の雌ねじ16にねじ係合する雄ねじ17を外周に形成したスクリュロッド18が組み込まれている。
【0023】
雄ねじ17と雌ねじ16は、軸線に沿った断面形状が非対称形状の鋸歯状に形成されており、プランジャ10をシリンダ9内に押し込む方向の力が作用したときに圧力を受ける圧力側フランク19のフランク角が、遊び側フランク20のフランク角よりも大きくなっている。
【0024】
プランジャ10とスクリュロッド18の間には、リターンスプリング21が組み込まれている。リターンスプリング21は、一端がスクリュロッド18で支持され、他端がスプリングシート22を介してプランジャ10を押圧しており、その押圧によって、プランジャ10を、シリンダ9から突出する方向に付勢している。プランジャ10は、プランジャ10のシリンダ9からの突出端がチェーンガイド8に接触し、そのチェーンガイド8を介してチェーン6を押圧している。
【0025】
図2に示すように、シリンダ9には、シリンダ9の外面から内面に貫通する多条のねじ孔23が形成され、そのねじ孔23にビス24がねじ係合している。ねじ孔23とビス24の間には、図3に示すように、螺旋状のねじ隙間25が多条(図では二条)に形成されており、そのねじ隙間25,25を介して、圧力室11の内部と外部とが連通している。また、図2に示すように、ビス24の頭部24aとシリンダ9の外面との間には、スプリングワッシャ26が組み込まれており、そのスプリングワッシャ26によって、ビス24が弛み止めされている。ここで、圧力室11内の空気は、ねじ隙間25と、スプリングワッシャ26の切れ目26aとを通ってエンジンルームに排出されるようになっている。
【0026】
次に、このチェーンテンショナ1の動作例を説明する。
【0027】
エンジン作動中にチェーン6の張力が小さくなると、給油通路13を通じて圧力室11に供給される作動油の圧力と、リターンスプリング21のばね力とによって、プランジャ10がシリンダ9から突出する方向に移動し、チェーン6の弛みを吸収する。このとき、チェックバルブ14が開き、給油通路13を通じて圧力室11内に作動油が供給されるので、プランジャ10は速やかに移動する。
【0028】
一方、エンジン作動中にチェーン6の張力が大きくなると、そのチェーン6の張力によって、プランジャ10がシリンダ9内に押し込まれる方向に移動し、チェーン6の緊張を吸収する。このとき、プランジャ10は、チェーン6の振動により、スクリュロッド18に対して回転しながら軸方向に移動する。また、チェックバルブ14が閉じて、圧力室11内の作動油がリーク隙間15を通ってエンジンルームに流出し、ダンパ作用が生じるので、プランジャ10はゆっくりと移動する。
【0029】
エンジン始動時に給油通路13を通じて供給される作動油に空気が混入したり、エンジン作動中に圧力室11の圧力が急激に低下して圧力室11内の作動油に空気が析出したりすると、その空気が、ねじ隙間25を通じてエンジンルームに排出される。そのため、圧力室11内の空気によるダンパ作用の低下が生じにくい。
【0030】
エンジン停止時は、チェーン6が振動しないので、軸方向の力を受けてもプランジャ10が回転せず、プランジャ10の位置が固定される。そのため、エンジン停止時に、カムシャフト4の停止位置によって、プランジャ10に作用する押し込み方向の力が大きくなった場合にも、エンジンを再始動するときに、チェーン6の弛みを生じにくく、円滑なエンジン始動が可能である。
【0031】
このチェーンテンショナ1は、ねじ隙間25が多条に形成されているので、そのねじ隙間25,25のうち、いずれかのねじ隙間25に詰まりを生じた場合にも、他のねじ隙間25を通じて、圧力室11内の空気を確実に排出することができる。そのため、このチェーンテンショナ1は、ディーゼルエンジンに組み込んだ場合にも、ダンパ作用の低下を生じにくい。
【0032】
上記実施形態では、圧力室11内の空気を排出するエア抜き通路として、ねじ孔23とビス24の間のねじ隙間25を採用したが、エア抜き通路は、図4に示すように、外周に円筒面を有する円柱部材27を多条のねじ孔23に圧入し、その円柱部材27とねじ孔23の間に形成される螺旋状の隙間28を採用してもよい。このようにしても、円柱部材27とねじ孔23の間に、螺旋状の隙間28が多条に形成されるので、その隙間28,28のうち、いずれかの隙間28に詰まりを生じた場合にも、他の隙間28を通じて、圧力室11内の空気を確実に排出することができる。
【0033】
多条のねじ孔23に円柱部材を圧入する場合、図5に示すように、空気透過性材料(焼結金属など)からなる円柱部材29を用いると好ましい。このようにすると、万一、多条の隙間28,28がすべて詰まった場合にも、円柱部材29を通じて、圧力室11内の空気を確実に排出することができる。
【0034】
図6、図7に、この発明の第2実施形態のチェーンテンショナ31を示す。第1実施形態と対応する部分は同一の符号を付して説明を省略する。
【0035】
プランジャ10のシリンダ9からの突出部分には、図7に示すように、プランジャ10を軸方向に貫通する多条のねじ孔32が形成され、そのねじ孔32に円柱部材33が圧入されている。ねじ孔32と円柱部材33の間には、図8に示すように、螺旋状の隙間34が多条に形成されており、その隙間34,34を介して、圧力室11の内部と外部とが連通している。円柱部材33は、焼結金属などの空気透過性材料で形成されている。
【0036】
このチェーンテンショナ31は、図6に示すように、プランジャ10のシリンダ9からの突出方向を斜め上向きにしてチェーン伝導装置に組み込まれ、圧力室11内の作動油に空気が混入すると、その空気が隙間34,34を通じてエンジンルームに排出される。そのため、圧力室11内の空気によるダンパ作用の低下が生じにくい。
【0037】
このチェーンテンショナ31は、第1実施形態と同様、多条の隙間34,34を有するので、その隙間34,34のうち、いずれかの隙間34に詰まりを生じた場合にも、他の隙間34を通じて、圧力室11内の空気を確実に排出することができる。そのため、このチェーンテンショナ31は、ディーゼルエンジンに組み込んだ場合にも、ダンパ作用の低下を生じにくい。
【0038】
多条のねじ孔32に圧入する円柱部材は、図9に示すように、焼結金属などの空気透過性材料からなる円柱部材35を用いると好ましい。このようにすると、万一、多条の隙間34,34がすべて詰まった場合にも、円柱部材35を通じて、圧力室11内の空気を確実に排出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】この発明の第1実施形態のチェーンテンショナを組み込んだチェーン伝導装置を示す正面図
【図2】図1に示すチェーンテンショナのエア抜き通路近傍の拡大断面図
【図3】図2のねじ孔とビスの間に形成されるエア抜き通路を示す拡大断面図
【図4】図2のチェーンテンショナのエア抜き通路の変形例を示す拡大断面図
【図5】図4の円柱部材の変形例を示す拡大断面図
【図6】この発明の第2実施形態のチェーンテンショナを組み込んだチェーン伝導装置を示す正面図
【図7】図6に示すチェーンテンショナの拡大断面図
【図8】図7のねじ孔と円柱部材の間に形成されるエア抜き通路を示す拡大断面図
【図9】図8の円柱部材の変形例を示す拡大断面図
【符号の説明】
【0040】
1 チェーンテンショナ
6 チェーン
9 シリンダ
10 プランジャ
11 圧力室
13 給油通路
21 リターンスプリング
23 ねじ孔
24 ビス
24a ビスの頭部
25 ねじ隙間
26 スプリングワッシャ
27 円柱部材
28 隙間
31 チェーンテンショナ
32 ねじ孔
33 円柱部材
34 隙間

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一端が開放した有底筒状のシリンダ(9)内にプランジャ(10)を軸方向に摺動可能に挿入してシリンダ(9)内に圧力室(11)を形成し、その圧力室(11)の外部と内部とを連通する給油通路(13)を前記シリンダ(9)に設け、前記圧力室(11)の内部と外部とを連通する螺旋状のエア抜き通路(25)を設け、前記圧力室(11)内に組み込んだリターンスプリング(21)で前記プランジャ(10)をシリンダ(9)から突出する方向に付勢し、そのプランジャ(10)でチェーン(6)を押圧するようにしたチェーンテンショナ(1)において、前記螺旋状のエア抜き通路(25)を多条に形成したことを特徴とするチェーンテンショナ。
【請求項2】
前記螺旋状のエア抜き通路が、前記シリンダ(9)に形成された多条のねじ孔(23)と、そのねじ孔(23)にねじ係合するビス(24)との間に形成されたねじ隙間(25)である請求項1に記載のチェーンテンショナ。
【請求項3】
前記ビス(24)の頭部(24a)と前記シリンダ(9)との間にスプリングワッシャ(26)を組み込んだ請求項2に記載のチェーンテンショナ。
【請求項4】
前記螺旋状のエア抜き通路が、前記シリンダ(9)に形成された多条のねじ孔(23)と、そのねじ孔(23)に圧入した円柱部材(27)との間に形成された螺旋状の隙間(28)である請求項1に記載のチェーンテンショナ。
【請求項5】
前記円柱部材(29)が、空気透過性材料からなる請求項4に記載のチェーンテンショナ。
【請求項6】
前記螺旋状のエア抜き通路が、前記プランジャ(10)のシリンダ(9)からの突出部分に形成された多条のねじ孔(32)と、そのねじ孔(32)に圧入した円柱部材(33)との間に形成された螺旋状の隙間(34)である請求項1に記載のチェーンテンショナ。
【請求項7】
前記円柱部材(35)が、空気透過性材料からなる請求項6に記載のチェーンテンショナ。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate